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女勇者セレス 作者:松宮星

ケルティの闇と光

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極光の剣 17話

 女勇者の刃と神獣の浄化の気。凄まじい光の力から逃れられたのはほんのわずかな魂だけだった。異次元空間に残しておいた憑依体に逃げ込んだゼグノスは、その能力の大半を失っていた。
 それに、むろん、油断もあった。彼が恐れていたのは、『勇者の剣』と神族とその眷属のみ。人間など、憑依すべき殻。とるにたらぬ些少な存在と見下していた。
(馬鹿な……)
 ゼグノスは、己の憑代の肉体を貫く掌を呆然と見つめた。掌から広がる浄化の気が、黒の気と化した体を溶かしてゆく。
「……あなたが何処に潜んでいるのかなんて、最初からわかってましたよ」
 ゼグノスは我が目を疑った。異次元空間に封じていた人間に……殺されつつあるのだ。神族(インディラ神)を信仰しているだけの愚かな存在に……
「私には目に見えぬものを視る力はありません。ですが、職業柄、黒の気には敏感なのですよ。あなた、たかが人間と侮って、この空間に置く憑代の気配を消さなかったでしょ? 何処にいるのかなんて、すぐに気づきましたよ」
 逃げられない……インディラ神の下僕は聖なる結界をもって憑代の肉体もゼグノスも縛っている。
「でも、この空間に居るあなたを倒しても、数多くいるあなたの分身が一つ消滅するに過ぎない。だから、待つ事にしたんですよ、あなたを倒せる機会が訪れるのを、ね」
 何百何千何万にも魂を分断して、ゼグノスは、浄化の光に抗った。憑代の肉体の内で何百何千何万の魂が、徐々に光に飲まれ、消滅していく。
「あなたはあの神獣に対抗する為にケルティ中に分散させていた魂を集合させましたが……私を逃さぬ為に、この空間に居た分身は残したでしょ? あれが、まさに勝負の分かれ目でした。あなたはこの空間の分身を残し、残りの集められるだけの魂を一箇所に集中させた………つまり、現実世界の肉体が滅びれば、あなたをここに帰ってこざるをえなくなる。あなたの魂がここにある憑代に集中する時を、私は待てば良かったのですよ」
 全てが消えてゆく……意のままに動かせる全てのものが……ゼグノスは小さくなってゆく己の行く末を自覚した。
「あなたの魂はまだ私やここに居る私の部下の中にも残っているのでしょうけれど、聖なる結界に包まれたまま私達は現実世界に戻り、そこで神獣に浄化の気を浴びせてもらいます。あなたの負けです、ゼグノス。ケルティの魔族の宴は失敗に終わったのですよ」


 ふさぁ……と、何かが崩れ去る感覚だけが手に残った。武闘僧ナーダは突き出していた掌を下げた。
 ナーダとその部下の二人の忍者は、もと居たシベルア教の大聖堂に戻っていた。
「ナーダ?」
『ムラクモ』を構えた血みどろのジライが、いぶかしそうに三人を見つめる。唐突に教会に現れた三人を警戒しているようだ。
 ナーダは、仲間に対し笑みを見せた。
「ご無事で何よりです、ジライ。この国を狂わせていた魔族は滅びました。大魔王四天王ゼグノスは消滅したのです。セレスと、アジとハリの神獣の御力で……ね」
 教会に鐘の音が響いている。鐘にかけられていた魔族の邪悪な術は、術師の死と共に解けている。鐘は心洗われる天上の音楽を奏でるばかりだった。
 頭上に厳かな存在を感じ、ナーダは結界を解いた。
 何かがナーダの中を通り過ぎていった。例えるのなら、それは、降り注ぐ光の雨だった。あたたかく、やわらかで、慈悲に満ち溢れた気だ。
 この地の神の気だ……
 異国の神の恩恵だ……
 手脚の装甲――神獣クールマの甲羅が神の気に共鳴している。神の気をこの世にもたらしている存在――『動物達の母』にクールマが心を開いているのだ。同じ聖なる生き物であるがゆえに。
 聖なる気が鷲と乗り手のイメージを伝えてくる。空舞う鷲と両翼の戦士。ケルティ中に満ちる聖なる気が、誰によってもたらされたものか、光を浴びたものならば誰もがわかる事なのだ。
 ナーダは顔を上げた。心の中にイメージは伝わった。だが、いくら瞳を凝らしても、見えるのは天井や燭台などの現実だけ。神獣がすぐ側に存在しているはずなのに、ナーダの目には現実しか見えないのだ。クールマとは異なり聖なる鷲には実体がない。その神々しい姿は見えない。見る事を許されていないのだ……
 神秘を映せぬ瞳が、悲しく思われた。
 けれども、この体はインディラ神の加護の下に生まれたのだ。神秘を見通す眼が与えられなかった事にも、何らかの理由があるはずだ。不満を抱いてはいけない。神の姿は見えずとも、インディラ神を崇め、信仰の道を貫いてきたのだ。見えずとも、異国の神に敬意を払う事はできる。そう思い自らを慰めようとしていたナーダは……
 後頭部を殴られ、前のめりに倒されてしまった。
 床の上から振り返り見上げると、身をすくませてなりゆきを見守る二人の部下ムジャとヤルーと、怒りを露に鞘を握り締めるジライが見えた。どうやら、ジライに鞘でぶん殴られたらしい。
「阿呆! この事態に、何を惚けておる!」
 血の雨を浴びたような姿の覆面の忍者が、怒鳴りつけてくる。
「この始末をつけるのが、きさまの仕事だろうが! 王宮中で殺し合いがあったのだ! この国の王も摂政も魔に堕ち死んだ! 魔族は滅びたのやもしれぬが、国の中枢も、又、壊れたのだ! これぞ好機ではないのか?」
「好機?」
「大国シベルアとて、これほど大々的に国が壊されてはすぐには補強できまい。このどさくさに紛れうまく立ち回れば、ケルティ人の地位向上も可能なはず」
「あ!」
 ナーダは立ち上がった。
「その通りです! どうせなら、このどさくさに、ケルティ人の上皇を立てちゃうべきでしょう!」
「なら、さっさと働け。謀はきさまの得意分野であろう?」
「ジライ……」
 疲れたように(いや、実際、ひどく疲れているのだろうが)瞳を伏せる忍者を、武闘僧は感動して見つめていた。慈悲の心など持ち合わせていないはずのジライが、ケルティ人の問題に関心があったとは……。表面上は決して友好的ではないけれども、心の中では仲間(アジャン)の事を案じていたのか、と。
「威張りくさっておったシベルア移民から実権を奪い、ケルティ人に与えろ。セレス様の健康の為じゃ」
「……は?」
「ケルティに来てから、食欲はなくなる、寝不足になる、長くお腹をくだされる、胃痛の自覚もあるご様子。シベルア移民どもの専横に、セレス様はお心を痛められ、ストレスばかりを溜めておられるのじゃ。さっさとストレスの素を取り除け」
「………」
 又、馬鹿な感動をしてしまった……ナーダは肩を落とし、うつむいた。が、すぐに再び忍者(ジライ)に鞘で殴られ、顔を上げさせられる。部下二人が、主人(ナーダ)を殴る東国忍者を呆然と見つめているのがナーダの目の端に映った。
「さぼるな、ナーダ! 働け! 我に疲労回復の魔法をかけよ! 部下に指示を出せ! 悪知恵を働かせよ! 今がきさまの働き時であろうが!」
「………」
 ナーダは溜息をつき、仲間を見つめた。魔に操られていた人々が各地で争いを起こし、血で血を洗う戦いを繰り広げたのだ。確かに、感傷にひたっている暇はない。現状調査、生き残った高官との交渉、ケルティ人代表の選出及び支援、生き延びた人々への救済活動……現実問題は山積みなのだ。自分がこの場に居る事自体が、神の計らいのような気もした。
「……一分ほど時間をください。その後は、あなたのご希望通り馬車馬のように働きますから……ちょっとだけ待ってください」
 ナーダは天を見上げた。未だに頭上には輝かしい光を感じる……
 尊い神の世界とは縁遠い俗物の身を恥じながらも、武闘僧は神獣に対しインディラ式の拝礼を捧げ、心からの尊敬を示した。


 眼下に純白の雪景色が広がっていた。黒の気は消滅していた。空からでは、人が流した血すら見えない。ただ白い世界が広がるばかりだ。
 黒く醜いもの……薄汚れた人間も、雪に溶け込んでいる。見えるのは白い世界だけだった。
 何ものにも穢されないその世界を眺めているうちに、頬を涙が伝わった。
 あまりにも美しすぎて……涙は止まらなかった。


『アジスタスフニル』


 アジンエリシフの声が聞こえる……声は自分の内側から響いているようであり、地上から伝わってきているようでもあり、空から広がっているようでもあった。
 何処でも同じだ。
 この地上(ケルティ)の何処にも、アジの力は満ちている。アジの魂は全てのものに溶け込んでいるのだ。


『兄ちゃん』


 アジャニホルトの声が聞こえる……
 アジフラウの笑い声も聞こえる……
 母の呼び声も……
 そして……


『アジスタスフニルよ』


 父アジクラボルトの呼びかけが聞こえた。


『汝、血の宿命に従い、務めを見事に果たした。後は、アジの男として、地上に囚われず、心の赴くままに生きよ。血は脈々と続く……我らが消えた後も汝は生き、汝が死すとも血は生き続ける。アジは滅びぬ。汝は光と共にあれ』


 ゆっくりと瞼を開くと、顔をくしゃくしゃに歪めた女勇者が見えた。今にも泣き出しそうな顔だ。
 洞窟の中は崩れ落ちた岩のせいで、形が変わっていた。が、振動は収まっていた。巨大鷲『動物達の母』は魔族を浄化し終えると、空に溶け込むように自然に消えてしまった。何の天変地異も起こさずに、だ。地中より登場した時とは正反対の、あっけない退場だ。鷲の消滅と同時に、鷲と同化していた魂は本来の肉体に戻ったのだ。
 シャオロンも居る。疲れきった顔のシャオロンを、老魔術師が支えている。目が合うと、シャオロンは弱々しくにっこりと微笑みかけてきた。その側には老忍者も居た。
 隣に佇んでいるハリハールブダンは、左手の指輪に恭しく口づけを捧げていた。鷲と同化している時に、この男の記憶や思いは共有している。ハリハールブダンは空より必死に地上を眺め、地上の生存者の中に息子ハリハラルドを見つけていた。信心深いこの男は、ハリの世継ぎの無事を喜び、部族神に心からの感謝を捧げているのだ。
 赤毛の戦士は、右手にある大剣を静かに見つめた。
『極光の剣』……アジ族が部族神より与えられた聖なる武器。アジの王が所有する、神との契約の証だ。
 不思議なほど、今、この武器は、手に馴染んでいる。雷を落とされたり、手を焼かれたのが嘘のようだ。遥か昔からこの武器と共に合った先祖が認めてくれたのだ。この武器を振るう事を……
「……礼を言う」
 アジャンの言葉に、ハリの戦士はかぶりを振った。礼を述べるのは自分の方であると。
「シャオロン……」
 尊敬する男からの呼びかけに、東国の少年が表情をひきしめた。
「ハリレーレクの術に囚われている間……ずっとおまえの声が耳に聞こえた。何があっても俺を信じると、繰り返し繰り返し、おまえは言い続けていた。うるさいほどに、な」
「アジャンさん……」
「さっきの戦闘でも、おまえ、俺を殺す気なかったろう? 手ぇ抜いて、それでどうにかなる相手だと思ったのか? まったく馬鹿な奴だ」
「……すみません」
「バカ、謝るな。おまえがどうしようもないバカだったおかげで、俺はほんの少しだが正気を取り戻せたんだ」
「え?」
「ハリハールブダンやそこのナーダの部下を斬らずに済んだのは、おまえのおかげだ。おまえを殺したくねえと思ったから……俺は手加減したらしい」
「アジャンさん……」
「でなきゃ、王宮でセレスを襲った時みたいに斬りまくってたさ。なあ、シャオロン、クソ忍者は死んだのか? くノ一の方はちょいと手をぬいた記憶があるんだが……」
「あ! お二人とも無事でした。ジライさん、深手だったみたいですけど、ナーダ様がすぐに癒しましたから」
「ケッ! 何だ、殺し損ねちまったのか」
「ははは……」
 シャオロンがひきつった笑顔を見せる。赤毛の戦士の言葉を性質(たち)の悪い冗談だと思っているのだ。
 次に、アジャンは老魔術師を見つめた。
「ショーは堪能できたかい、大魔術師様?」
「うむ。満足した」
 老人はニコニコと楽しそうに笑っている。
「天変地異を抑えるだけの働きでは申し訳ないくらい、面白い見世物であった。のう、アジスタスフニルよ、過ぎた報酬を貰ってしまったゆえ、わしは、もうちょっと、おぬし達につきあってやるぞ」
「ん?」
「おぬし達の偽の用心棒として働いてやる」
「偽の用心棒?」
「さよう」
 カルヴェルはアジとハリの戦士の顔を見渡した。
「これからのおぬし達の活躍の場に、わしが居た方が話が早くなる。わしは百万の軍隊に匹敵する実力の持ち主じゃからの。わしをケルティ新王朝の牽制に使え」
 赤毛の戦士はけげんそうに眉をしかめた。
「あんた……どの勢力につくのも嫌だったんじゃなかったけか?」
「わしはどの勢力にもつかん」
 老人はにっこりと笑った。
「報酬分、働くだけよ。そうじゃのう……ケルティに上皇制度が復活し、その上皇がシベルアと対等な関係を築けるまで……もしくはわしが死ぬまでの間、ケルティの上皇の為の張子の虎として働いてやろう」
「張子の虎?」
「戦力として戦う気はないが、見せ武器となってやるという事じゃ。ケルティがシベルアと対等になるなど、おいそれとはいかぬ。ま、二、三十年はかかるじゃろ。その間、わしがケルティの後ろ盾となておれば、シベルアも思い切った軍事行動はできまいよ」
 ホホホホホと老人は笑った。
 ハリハールブダンは、妙なものを見るように老魔術師を見ていた。こんな老人がシベルアへの牽制になるのか? と、疑っている顔だ。大魔術師カルヴェルの威光も、ハリの戦士長には伝わっていないようだ。
 赤毛の戦士はそこで溜息をつき、ちらりと視線を女勇者に走らせてから、赤毛を左手で掻きつつ嫌そうに口を開いた。
「いろいろと……世話になったな、セレス」
「アジャン……」
 女勇者はハッとして、口を押さえた。
「ごめんなさい、アジャンじゃなかったわね。えっと、アジスタ……? アジスタスフル……じゃなかった、アジスタニフル……何か違うような……あれ?」
 赤毛の戦士の眉間に皺が寄った。
「アジスタスフニルだ」
「わかったわ! 覚えるわ! アジスタスフミルね!」
「アジスタスフニルだって言ってるだろ−が! 馬鹿女!」
 怒鳴ってから、赤毛の戦士はフンと鼻を鳴らした。
「……アジャンでいい。おまえは俺をアジャンと呼べ」
「え? でも……」
「俺はその名前でエウロペ国王と契約を結び、おまえの護衛を引き受けた。だから、おまえの前では俺はアジャンだ……ただの傭兵だ」
「アジャン……」
「その……何だ」
 赤毛の傭兵がボリボリと頭を掻いた。
「悪いが……少し休みをくれ」
 セレスはキュッと唇を噛み、拳を握り締めた。
「やっぱり……行くのね」
「ああ。面倒だが、血の宿命ってヤツだ」
 赤毛の戦士は火傷を負った右の掌で、尚も『極光の剣』を握り締めている。
「アジの生き残りを集めて束ねねばならん。俺の中の血がそうしたいって望んでいるんで、ね」
「……そうね」
 セレスは微笑もうとした。しかし、
「私もそうした方がいいと思うわ……あなたは、アジの王の息子ですもの」
 泣き出しそうな歪んだ顔しかつくれない。笑みを浮かべる事ができない……
「……元気でね、アジャン」
「あ? ああ、そっちも大変だと思うが、頑張ってくれ。まあ、クソ坊主が居るからどうにかなるだろう」
「……私達の事は心配しないで大丈夫よ。あなたは自分のなすべき事をなし遂げて」
「わかった。すぐに戻る」
 嘘……セレスはグッと涙を堪えた。カルヴェルは言っていた、ケルティが真の独立を勝ち取るには二、三十年かかると。アジを率いる運命の赤毛の戦士の前には、長い困難な道程があるのだ。そんな彼を従者として連れて行くなど……できるはずがない。
「今回の失踪分を含め復帰までの日数を後で計算し、日当を報酬から差し引かないとな。それほど長くかからんとは思うが……」
「いいわよ!」
 セレスは自分でも驚くほどの大きな声を出してしまった。
「あなたはケルティの平和の為に働くんでしょ? 魔族の悪道の後始末をするんでしょ! それだって、立派な平和活動よ! 勇者の従者にふさわしい仕事だわ! だから……エウロペの国王陛下にはきちんと話しておくわ、あなたへの報酬をきちんと全額払ってもらえるように……」
 セレスは赤毛の戦士から顔をそむけ、魔法の師匠へと向き直った。泣く寸前の子供のような顔で。
「お師匠様……私とシャオロンとガルバさんを王宮に運んでくださいませんか?」
 この場からすぐにも居なくなりたいのに……
『勇者の剣』はまったく反応しない。
 心が乱れている為だろう。剣はセレスを無視している。
「王宮に……早く戻りたいんです」
「運んでやっても構わぬが、報酬に何を払う?」
「セクシー・ポーズでも何でも、後でいくらでもやってさしあげます! だから!」
 セレスは目元を左手で覆った。
「すぐに運んでください……お願いします」
 アジャンとの別離が辛いから……
 このままでは彼を引き止める言葉を口にしそうだから……
 セレスが飲み込んだ言葉を、大魔術師は見抜いていた。
「……ま、よかろう」
 老魔術師が呪文をすばやく詠唱すると、ポンと白い煙が老人の周囲に広がった。その煙幕のような煙がひくと、老魔術師の周りには老魔術師の分身が二体、佇んでいた。
 驚く一同に対し、老人はニカッと笑った。
「一人はアジスタスフニルに同行させる為、一人は『知恵の指輪』を引き継いだハリの戦士の魔法教師役にする為に出した。本体のわしは、セクシー・ポーズを拝みに、セレスと共に王宮に行く事にするわ」
 ホホホと笑う老人に、ハリの戦士が首をひねりつつ尋ねる。
「俺の魔法教師役というのは、何だ? なんでそんな事をする?」
 老人は笑うのを止め、わざとらしく厳かな顔をつくった。
「おぬしはわしの事をよう知らぬようだが、実はわしは当代随一の大魔法使いなのじゃ。わしは先代勇者ランツと共に大魔王ケルベゾールドを倒した英雄であり、今や向う所敵無しの超グレートな魔力を誇っておる」
 えっへんと胸をそらせる老人を、ハリの戦士はうさんくさそうに見つめている。
「そのわしが教師役をしてやるなど、めったにない事、ありがたく思うのじゃぞ」
「……だから、何故、俺の魔法教師をするというのだ?」
 カルヴェルは杖の先端で、ハリの戦士の左手を指した。
「その『知恵の指輪』に値する男にしてやる。見たところ、おぬし、初級レベルの魔法しか使えんし、超自然との感応能力もアジスタスフニルの百分の一もない。凡人に毛が生えた程度のシャーマンじゃ」
「……自覚はある。俺は剣の方が得意だ」
「じゃがな、その『知恵の指輪』を得た事で、おぬしは能力を飛躍的に向上させられる可能性を得たのじゃ。わしが教え導いてやれば、わしには及ばぬのは当然としても、この世界で三本の指に入る大魔法使いぐらいにはなれるぞ」
 そう言われても、ハリハールブダンの顔に変化は無い。老人の話に興味がなさそうだった。そんな相手に、カルヴェルはニッと笑ってみせた。
「おぬしはケルティ(いち)のシャーマン戦士となる。ケルティの全部族がおぬしを尊敬し、シベルアの軍隊もおぬしを恐れ一目を置く。おぬしが大魔法使いとなれば、シベルアと戦わずしてケルティの独立を勝ち取れよう」
「なるほど」
 と、赤毛の戦士がニヤリと笑う。
「ジジイ、その話、王宮に行ったらクソ坊主にもしてやってくれ。お探しの上皇にふさわしい男が居たってな」
「ふむ。まあ、独立を勝ち取るよりも、勝ち取った後、維持し続ける事のが難しいのじゃが……」
 カルヴェルはニコニコ笑う。
「何とかなるじゃろ。ハリの戦士は、アジスタスフニルとは違い、短気ではないようじゃからの」
 話題にされているハリハールブダンは、怪しむように老魔術師と赤毛の戦士を見比べるばかりだった。
「お師匠様……」
 セレスの呼びかけに、老魔術師は頷いた。
「では、女勇者一行を王宮に運ぶとするかの」
 赤毛の戦士に対しシャオロンはペコリと頭を下げ、『がんばってくださいね、アジャンさん!』と、拳を握り締めた。
 老忍者は、誰に対してともなく軽く会釈をした。
 けれども、女勇者は……ハリの戦士には『お世話になりました』と言葉短く感謝の気持ちは伝えたものの、赤毛の戦士を見ようとはせず、うつむいたまま老魔術師の魔法で運ばれて行った。


 洞窟には、アジとハリの戦士と老魔術師の分身二体のみが残ったのだった…… 
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