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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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旅のはじまり * シャオロン * 2話

 シャイナ式の正式な葬儀には、本来、三年の月日が必要なのだと、東国の少年は説明した。月命日や祭礼の日には供え物をして、喪主には死者と対話し続ける義務があった。追悼を怠れば、死者は幽霊に姿を変え、生きている者を迷わす悪しき存在となってしまうからだ。
「でも、事情を話せば、父さんも母さんも村のみんなもわかってくれると思います。オレ、三年もここにとどまれないし………村の最後の生き残りとして………武闘家ユーシェンの息子として、やるべきことをやらなきゃ」
 そう言う東国の少年の体は、緊張しすぎているせいか、小さく震えていた。


 赤毛の戦士はこの村と懇意だった隣村(馬で数時間かかる距離だが)に向かい、家族と村人の亡骸を探す少年をナーダとセレスは手伝った。


 少年は西国風大きなのシャツに腰紐を結び、チュニックのように着ていた。彼の道着が刀傷で破れ血に染まってボロボロだったので、出かける前に赤毛の戦士が『やる』と言って投げてよこした着替えだ。
 大柄な戦士の服を着ると少年の手足の細さが、より目立つ。かぼそく、少女めいたやさしい顔立ちの少年。首の後ろで束ねた黒の長髪を風に靡かせ、小さな体は、黙々とやるべきことをやっていた。


 異臭がただよう中、焼け焦げた瓦礫をどけ、その下に埋もれているだろう遺体を探している間も………
 正視するのが難しいほど変わり果てた、半ば炭化した遺体を見つめている時も………
 体型や焼け残った装身具、家の並びから、その遺体が誰であるか推している時も………


 少年は無表情だった。


 遺体に手を合わせその名を呼んで別れを告げると、又、黙々と瓦礫を片付け始める。
 照りつける日差しの中で………
 何の感情も浮かんでいない顔で。


 生家から母親の遺体が見つかった時ですら、その表情は変わらなかった。


 涙も枯れてしまったのだろうか?セレスは胸が痛んだ。


 日が沈み、闇に包まれても、尚、少年は村人を探そうとした。セレスに止められてようやく捜索をやめたのだが、その場に蹲ったまま動かなくなった。眠ってしまったのだ。
 そんな少年を武闘僧は、焚き火の傍まで運び毛布をかけ、疲労回復の魔法をかけて休ませた。
 少年の生家を合わせ三軒の瓦礫を片付けたのだが、見つかった遺体は四人だけ、女性と赤子の遺体だった。少年の父も四人の兄も、隣家の男性とその息子も、その向かいの家の男性も、遺体はなかった。


 翌日、昼前に、少年に頼まれた買い物をしてきた(一升ほどの酒樽と陶器の盃三十、白く細い布。他に少年の着替え用の袍と食糧と飲料水も買っていた)赤毛の戦士が戻り、この村の惨事を聞いて同道を望んだ隣村の者五人を少年にひきあわせた。
 村長の息子と壮年の男三人に、若いインディラ僧が一人。
 ユーシェンやその弟子は、十数年前、隣村を盗賊団から救っている。隣村にとって恩人であり、格闘の師でもあった。隣村の者達はユーシェン等の死を悼み、シャオロンを慰め、遺体を探すのを手伝った。
 インディラ僧も、よるべのない身の上となったシャオロンにいたく同情していた。冬の間、この村の子供は隣村のインディラ寺院に身を寄せ、学問所に通っていた。僧侶とシャオロンは既知の間柄だった。僧侶は、葬儀の後は寺院に来るよう熱心に誘った。
 シャオロンは彼等に丁寧に礼を述べたが、隣村に住む事は頑なに断っていた。
「あたたかいお言葉ありがとうございます。でも、オレにはやらなきゃいけないことがあります………みんなの埋葬がすんだら旅に出て、武闘家ユーシェンの息子としてなすべき事を果たします」
 と、感情のこもらない声で言い続けていた。


 人手が増えた為、日没までに、遺体の捜索は終わった。
 村の傍で、セレス達勇者一行は焚き火を囲っていた。少年は隣村の人々と共に少し離れた所で野宿している。インディラ教大僧正候補とエウロペ貴族と同じ火の席には恐れ多くて就けないと、隣村の者達が固辞したからだ。
 セレスは焚き火を見つめていた。
 明日、遺体を埋葬し、葬儀を執り行ったら、大人達は隣村へと戻る。けれども、少年は………
「………あの子、一緒につれていけないかしら?」
 少年と隣村の人々が、シャイナ語でどんな会話を交わしていたかは、武闘僧が教えてくれた。
 セレスは顔をしかめた。
「あんな小さい子が、家族や村人の仇を討つ為に旅に出る気なのよ………放っておけないわ」
「小さい?あいつ、十二だろ?」
 呆れたように、アジャンが言う。
「俺は七つの年から親の庇護なしで生きてきたぞ」
「だから、何?放っておけというの?」
「ああ」
「ひどいわ!」
「ひどい?ひどいのは、おまえさんの方だろ?」
「私が?」
「俺は言ったぜ、明日には、ここを離れようってな。善意いっぱいの隣村の奴等が駆けつけてくれたんだ、あの小僧はもう任せちまえともな」
「でも」
「明日までここに残るってのが女勇者様の判断なら、従者の俺は従うだけだ。けどな、大魔王軍に侵略されてるのは、ここだけじゃねえ。まだ大魔王の復活から間もないから魔族の数は少ないが、調子に乗った大魔王教徒どもが各地で暴れてる。都市部や街道の被害はそれほどでもねえが、警備兵すらろくに巡回に来ない田舎の村がどうなってきてるかは………想像できるよな、女勇者様?」
「………」
「おまえがノロノロしてりゃ、それだけ被害が広がる。あのボーズみたいな戦災孤児が、どんどん増えてくんだぜ」
「………」
「かわいそうなガキに同情して『何てやさしいのかしら、私は』ってうっとりしたいんなら、まずやる事をやれ。おまえの仕事は世直しだ。大魔王教徒を鎮め、魔族を狩り、大魔王を倒す。その為の旅だろうが」
「わかってるわ!」
 女勇者は赤毛の傭兵をキッ!と睨みつけた。
「わがままだってことはわかってる!でも、放ってなんかおけない!あの子が、たった一人で、この村を焼き討ちした仇に挑む気なのよ!何人いるんだか何十人いるんだかわからない組織を相手にするのよ!しかも、手がかりは首謀者格の男の『サリエル』って名前だけ!無理よ!あの子、仇に行きつく前に死んでしまうわ!」
「見るからに腕力のなさそうな細い腕ですものねえ、あの子。武闘家ユーシェンの五男とは思えないほどに。まあ、足は速かったですけど」
と、ナーダ。
「シャイナ(いち)と称えられていたユーシェンの御名は、インディラにも伝わっていました。シャオロンのお父上は、皇帝の御前試合で百勝しただの、シャイナ中の猛者の集まる武術大会で十連覇しただの、武勇談の多い方で………しかも、五爪からなる聖なる武器『龍の爪』の所持者でもありました。そのユーシェンを討ち取ったのです、敵は相当な手練れでしょうね」
「ええ………そうね、そうだと思うわ。だからこそ、私達が手助けしてあげるべきだわ………あの子が仇を討つまで」
「あの子の境遇にあなたが心を痛める気持ちもわからなくはないんですが………」
 武闘僧は重々しく息を吐いた。
「でも、セレス、一緒に仇を討つという事は、あの子におぞましい真実をつきつける事になります。敵があの子の父や兄達それに村の男性の方々の肉体を何の為に集めているのかを………或いは利用された結果を、あの子に見せたいのですか?」
「………」
「魔族はこの世に現れる時、地上に存在する何かに憑依します。草木、花、岩、水、鳥、獣………そして、時には『人間』………武闘家の肉体を運んだ理由は、その肉体に魔族を下ろす為に、ほぼ間違いないでしょう。魔人となり果てた家族とあの子を再会させたいのですか?」
「………」
「私達がなすべき事は、あの子の仇討ちを助ける事ではなく、仇討ちを諦めさせる事じゃないんですか?」
「その通りだ。あのボーズにゃ、俺達が仇をとってやるって言って、残らせりゃいい。シャイナ式の葬儀が三年かかるのなら結構じぇねえか、ここに留まらせる理由になる」と、アジャン。
「隣村の方々に、私からもお願いしておきましょう。大丈夫です、インディラ寺院は他宗教の信徒にも寛容です。あの子が一人立ちするまで寺が庇護しますよ」と、ナーダ。
 セレスは言葉をのみこみ、うつむいた。
 二人の言うことが正しいとわかってはいた。が………
 目を閉じれば、昼間の少年の姿が甦る。感覚がマヒしてしまったかのような無表情で、親しい者達の亡骸を一心に求める少年の姿が………。


 夕方になり、昼間のぎらつくような日差しが嘘のように弱まり、穏やかな風が吹き抜けてゆく。
 蝉が狂ったように泣いている。森から山から蝉の命の詩が響いている。


 大人達は村の瓦礫を片付け、今夜の葬礼の舞のための場所を開けていた。
 村の墓地にいるのは少年だけだ。
 セレスは、一人、少年の元に向かった。
 シャオロンは母親の墓の前で手を合わせていた。
 見つかった十二の遺体は隣村の者の手を借りて、全て埋葬した。墓地とされていた場所に………。シャオロンの父がこの地に移ってから生まれた新しい村には、今まで墓は二つしかなかった。老爺と生まれてすぐに亡くなった赤子の墓、その傍に十二の新しい墓が作られたのだ。
 シャオロンの母親と、村の女性達、隣家の赤子、幼児に、シャオロンの幼馴染のテジュンとレン。
 遺体は、女子供ばかりだった。
 全ての墓の前には、酒で満たした小さな杯が置かれている。別れの盃だ。
「シャオロン」
 セレスの呼びかけに、後ろで束ねた黒の長髪をなびかせ、少年は振り返った。小鹿のようなつぶらな瞳、やさしそうな眉………顔には幼さが残っているが、この三日で頬はやつれ、ほんの少し大人びた印象になった。
「今、少しいいかしら?」
 少年は小さく頷いた。
 セレスはしばしためらい、それから口を開いた。
「お葬式は、今夜の鎮魂舞まででしょ?明日には私達は旅立つし、隣村の方も村に戻られるのよね?」
「………はい」
「シャオロン、あなた、隣村の方達についていった方がいいわ」
「………」
 少年の黒の瞳が真っ直ぐに女勇者を見つめる。
「あなたの無謀を誰も喜ばない。隣村の方々も、私達も………亡くなったご家族や村の方も、あなたが強く生きていく事を望んでいるわ。亡くなった方の分も………あなたは生きるべきだわ」
「………」
「隣村に住んで、この村の方達の魂の安息を祈ってあげなさい。ね?」
「いいえ………」
 少年は静かに答えた。
「オレ………行きます」
 何の気負いも感じられない、淡々とした声だ。
「オレ、みんなの仇を討たなきゃ………」
「………」  
「オレなんかじゃ、返り討ちにあっちゃいそうだけど………このままじゃ、絶対、駄目なんです………」
「………シャオロン」
「父さんが亡くなった今………オレがこの村の村長です。務めを果たします」
「………あなたの村を襲ったのは、ただの野盗じゃないわ。大魔王教徒よ。その背後には魔族がいるかもしれない」
「敵が誰でも………オレ、戦います。みんなの無念を晴らさなきゃ」
「………」
「オレがちゃんとしなきゃ………だって、母さんが………母さんが見てる。『おまえならできるよ』っていつも言ってくれてたんです………オレみたいなデキの悪い奴に、いつも、いつも………あきらめなきゃ、できるよって………」
「シャオロン………」
「テジュンはおっちょこちょいだけど、いつも明るくてよくオレを励ましてくれた………レンは頭がよくって、次の春に上の学校に行くはずだった。医者になるんだって、みんなのために………チュンランさんはこの春に赤ちゃんが生まれたばかりでとても喜んでたのに………その小さな赤ちゃんまであいつらが………」
 少年は泥だらけの拳をぎゅっと握りしめた。
 無表情だった顔に微かに感情が戻る。
 瞳の奥に炎が宿る。
 激しい怒りのままに。
「絶対、許さない………死んでもいい………命なんかいりません………仇さえ討てれば………」
「その事なんだけど、シャオロン………仇討ち、私達に任せてくれないかしら?」
 少年が大きく瞳をひらいて、見つめてくる。セレスは胸の痛みを感じた。
「大魔王教徒や魔族を討つのが私の役目。勇者としての私の義務よ。私は非道を許さない。サリエルは必ず倒すわ。あなたの村の仇は絶対、討つわ。だから、あなたは」
「セレス様………」
 少年は瞳を凝らして、女勇者を見つめている。すがりつくように………
「オレも一緒に連れて行ってください………」
「シャオロン………」
「何でもします………どんなおいいつけでも果たします………だから………だから、オレに」
 少年の顔がくしゃっと歪む。
 顔中を歪め、涙を浮かべ、少年は叫んだ。
 大きな声で。
 感情のままに。
「仇を討たせてください!どうかお願いします!お願いします!」
 土下座し、少年は地面に頭をなすりつけた。そして、何度も何度も同じ言葉を叫ぶのだ。
「オレに仇を討たせてください!お願いします!」
 慌ててセレスは少年の肩に手をあて、顔をあげさせた。少年はポロポロと涙を流していた。
「オレ………たぶん、おそばにいても、何のお役にも立たないと思います………昔から、オレ、すごく腕力がなくて、その上、気が弱くて、父さんから『武術の才なし』って見捨てられてたんです。走り回ったり体を動かすのは好きだけど、殴り合う武闘は(しょう)に合わなくて………父さんの不肖の息子でした。なんで、オレが、オレなんかが一人だけ………兄さん達の方が、ずっとずっとシャイナ(いち)の武闘家の跡継ぎにふさわしかったのに………」
「シャオロン………」
「でも、もうオレしか居ないんです!オレが父さんの跡継ぎ!この村の村長です!オレがみんなの仇を討たなきゃ!」
「………」
 女勇者は、ゆっくりと瞼を閉じた。
 シャオロンの姿は、悲しいほど昔のセレスに似ていた。
 女に生まれた自分を卑下し、筋力の弱さを嘆き、穢れた女と嘲笑われ、『勇者の剣』を持たぬ名ばかりの勇者と陰口をたたかれ………
 でも、それでも………
 勇者にふさわしい人間になりたい、と………不可能とわかっていても望まずにはいられなかった彼女に、少年はそっくりだった。
 セレスは瞼をあけ、少年に微笑みを見せた。
「わかったわ、シャオロン、一緒に行きましょう。それで、旅をしながら、武闘家としての鍛錬を積みなさい。自分で自分を恥じてばかりいては駄目よ。自分で自分を誇れるような、自分が自分を大好きになれるような………そんな人間になるのよ。私も及ばずながら力を貸すから」
「セレス様………」
「つらい旅になると思うわ。構わない?」
「はい!」
 少年は再び、セレスに向かい、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!セレス様!オレ、一生、セレス様のために働きます!」


「馬鹿か、おまえは!俺はあの小僧を隣村に置いていけと言ったんだぞ!」
「何とでも言ってくれて結構よ!私があの子を連れて行く!私の馬に乗せてあげるし………戦闘になったら、私があの子を守るわ!」
「守るぅ?誰が誰を?」
「私がシャオロンを、よ!」
「寝言は寝てからほざけ!」
「何ですって!」
「お静かに………」
 怒鳴り合うアジャンとセレスの間に、武闘僧が割って入る。
「そろそろ準備が整ったようですよ。これからシャオロンが葬礼の為の鎮魂舞を舞うんです。口をつぐまねば、死者への冒涜行為になりますよ」


 三日月の夜、所々に篝火を焚いた村の跡地で………
 袍を着て白い肩巾(ひれ)をかけた少年が、一歩、一歩、一定のリズムで踵で大地を踏みしめ進んでゆく。背中をしゃんと伸ばし、時には肩巾(ひれ)を振り、両手と顔の向きだけで全てを表現している。観客を意識した商業的な踊りとは、明らかに一線を画している。非常に宗教色の濃い、大地に根ざした踊りだ。
 大人達は少年の踊りを見守って、篝火の傍に座していた。インディラ教を信仰している隣村の者達は、ずっと手を合わせ死者への礼を尽くしていた。
 彼等とは少し離れた所に、勇者一行は座っていた。
 女勇者セレスは、少年の踊りを静かに見つめていた。死者を悼む少年の胸中を思いやりながら。
 その隣の武闘僧ナーダは、少年の凛とした動きに感心していた。武闘家としての技量は低そうだが、舞踏家としての素質には間違いなく光るものがある。
 その横で赤毛の戦士アジャンは、あくびを噛み殺していた。
 ナーダは、死者への礼を欠片(かけら)も示さない赤毛の戦士を不快に思っていた。しかも、傭兵は途中から大きく動くようになったのだ。しきりに耳を叩き、きょろきょろと周囲を見回し、いぶかしそうに頭を傾げて、と。
 武闘僧は赤毛の傭兵を糸目で睨み、小声で諌めた。
「アジャン、きちんと座ってください。今、葬礼の最中なんですよ、失礼です」
「………楽の音が聞こえる」
「は?」
 武闘僧は耳を澄ました。が、とりたてて何も聞こえなかった。
「どんどん音がでっかくなってきやがる………どこで鳴ってるんだ?」
 少年が体の向きを変えて右手で大きく肩巾(ひれ)を振ると、赤毛の傭兵は両耳を押さえ、うるさそうに顔をしかめた。
「アジャン、あなた、まさか………」
「誰………だ?耳元でしゃべってるのは?」 
 武闘僧は眉をしかめ、赤毛の傭兵を見つめた。赤毛の傭兵は非常に即物的な性格をしているのだが、異常なほど勘が良い。『シャーマン』であった父の能力を継いでいるのだ。しかし、傭兵稼業に身をやつしている彼はそっち方面の才能を伸ばす気が全くなく、天賦の才を腐らせていた。
 けれども、今、死者に捧げるシャオロンの踊りがきっかけとなって、眠っている才が動き始めたようだ。
「東だと………東のどこだ………?」
 ぶつぶつとつぶやいてから、赤毛の傭兵はふらりと立ち上がった。
「アジャン?」
 セレスも何事?と傭兵を見上げる。
 傭兵は両の瞼を閉じたまま、右手を水平にあげる。二の指で東の彼方を指し、彼のものではない厳かな声を張り上げた。シャイナ語だった。
「隣国ジャポネへ行け………シャオロンよ」
 少年が、隣村の大人達が、驚いて赤毛の傭兵を見つめる。アジャンが発した声は、彼らにとって馴染み深い人の声だった。
「わしが守っていた『龍の爪』は魔族に奪われた。ジャポネの霊山の麓の湖『龍神湖』へ行け。そこには、わしのものと対をなす左手用の『龍の爪』が眠っておる。試練を乗り越え、『龍の爪』の所有者となるのだ。さすれば、いずれ右手の爪を持つ者が、おまえの前に現れよう。その時こそ、わしらを卑劣な策で滅ぼした奴に、おまえが天誅を下す時」
「あ………」
 少年は肩巾(ひれ)を握りしめ、傭兵に向かって叫んだ。
「父さん!」
「わしらの霊魂は天に昇る。我らの肉体が幽鬼となろうとも、惑わされるな。穢れしものは土へ返せ。ゆめゆめ忘れるでない」
「はい………わかりました、父さん」
 赤毛の傭兵は、彼らしくない老成した笑みを浮かべた。
「勇者殿、愚息をお願いいたします」
 シャイナ語がわからないセレスはきょとんとしていたが、武闘僧から事情を耳打ちされ、慌てて死者に答えを返した(共通語でだが)。
「はい!責任をもってお預かりいたします!」
「わしらの肉体を奪ったのは、余禄にすぎぬ。魔族の真の目的は聖なる武器の収集………気をつけられよ」
 赤毛の傭兵は、がくんと頭を垂らし………
 それからハッ!と顔をあげた。
「あん?」
 セレスもナーダもシャオロンも隣村の人々も、皆、赤毛の傭兵を見つめていた。中にはありがたそうに手を合わせている者すらいる。全員の注目を集めている事に、アジャンは、ただ戸惑うばかりだった。


「何で、おまえまでシャオロンを連れてくのに賛成なんだ?隣村の奴等も、コロっと態度を変えやがって。何が、がんばって仇討ちをしてこい、だ!ひきずってでも、シャオロンを隣村に連れてくんじゃなかったのか?」
 武闘僧は溜息をついた。赤毛の傭兵は憑依されていた間の記憶が無い。この頑固な男を納得させるのは難しそうだ。
「言ったでしょ、シャオロンのお父上の霊とあの子を連れて行くと約束しちゃったんだって。破ったら祟られますし、あの子の仇討ちはこの辺一帯の総意になってしまったんです」
「霊?そんなモノ、ほいほい現れるか。交霊や降霊は、それなりの儀式や魔法があってこそだろ?俺は今まで戦場で死骸をさんざん見てきたが、一度も、幽霊なんぞ見たことない。魔族が死骸を利用するところならあるがな。だいたい、」
(ああああ、嫌だ、嫌だ!自覚のないシャーマン体質なんて!シャオロンのお父上に現実との接点を与えたのは、あなたでしょうが!)
 傭兵はしつこく幽霊の非現実さを説いている。武闘僧は両耳を両手で塞ぎ、傭兵を無視することに決めた。


 翌日、勇者一行は、隣村の人々に送られ、シャオロンが生まれ育った村を後にした。
 まずは近隣の街へ行ってシャオロンの旅支度を整えてから、世直しの旅に向かう。シャイナで大魔王を倒したとしても、その後、少年の為にジャポネに向かう事をセレスは決めていた。
 セレスと同じ馬上から、東国の少年は一度だけ故郷を振り返り………以後、ただひたすら前を見つめた。
 見つめ続けていた………
『旅のはじまり * シャオロン *』 完

次回は『あなたがいれば』。舞台はシャイナ。シャオロンから見た勇者一行の話です。
+注意+
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