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女勇者セレス 作者:松宮星

ケルティの闇と光

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極光の剣 14話

 異空間に閉じ込められている武闘僧ナーダは、眉をしかめ、魔族ゼグノスが映す現実の窓の一つを見つめていた。
 岩の上に倒れ、動かなくなった三人。シャオロン、ガルバ、ハリの戦士。彼等を倒したアジャンが、セレスへと斬りかかってゆく。
 ハリのシャーマンは、岩に鞘ごと刺さった形で封印されている巨大な両手剣を前に、誰に聞かせるでもなく思いを口にしていた。
『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 邪魔はさせぬ……神を降臨するのだ。アジクラボルト殿……ああ、やっと……わしは……償える……あなたを殺す気などなかったのだ……アジの部族王に謀反の動きがあると噂を流したのは……あなたを殺す為ではない……あなたの翻意を促したかっただけ……新王朝から謀反の嫌疑がかけられれば、あなたも戦わざるをえなくなる。わしに賛同し、共に神を降ろして欲しかったのだ……だが、新王朝は裁判もせず、拘束した当日にあなたを殺した……わしはアジの部族王の死など望んでいなかった……ハリとアジが揃わねば神は降臨せん。わしは神を呼ぶ術を失った……自ら未来を閉ざしたのだ』
 黒い気の塊が涙を流す。
『許してくだされ……アジクラボルト殿……だが、わしは、ついに、あなたの世継ぎを見つけた……ああ、二十年……二十年もあなたをお待たせしてしまった……臆病な兄ハリビヤルニがわしの記憶を縛ったが為に……わしはアジの遺児を探す事をずっと忘れていた……シベルアを恐れるあの名ばかりの王がわしに術さえかけねば……二十年前に遺児と共に神を降ろせたものを……』
 黒の気の涙は、悔恨の涙だった。
『いたずらに年ばかりを重ねてきたが……わしは何をすべきか思い出せたのだ……あなたの子息がこの地に戻った時に……わしはハリビヤルニの呪縛に打ち勝ったのだ! 今度こそ、わしは神を降ろす! この地より汚らしきシベルアの犬どもを抹殺する! 血の宴を開くのだ!』
 戦い始めたセレスとアジャンの横で、ハリレーレクが感情を爆発させて笑う。ハリのシャーマンは、おそらくセレスのケルティ入国と時を同じくして魔に誘惑され、ハリの部族王によって封じられていた記憶を甦らせたに違いない。そのまま、ケルティ新王朝への憎悪の感情を煽られ、アジの部族王の死に加担してしまった罪悪感に苛まれ、魔へと堕ちていったのだろう。
 ハリレーレクはもはや人ではなかった。体内から爆発的に広がった黒の瘴気が血肉を飲み込み、彼を瘴気の塊としてしまったのだ。だが、本人は変化した事に気づいていないようだ。黒の瘴気はハリレーレクの体格を保ったまま衣服をまとい、頭と手足を服から出している。左手の薬指があった場所には、黄金の指輪も輝いている。
 ひとしきり笑った後、ハリレーレクは封印解呪の呪文を唱え始めた。黒の気を更に闇の色に染めながら……
《人が人である限り、我が宴からは逃れられぬ》
 愉快そうに、ゼグノスが笑う。
《まもなく、国中が狂う……この国は大魔王様にふさわしい、血に彩られた地獄と化すのだ》


 その少し前……


「セレス!」
 吠えるように叫び、赤毛の戦士が駆けて来た。女勇者を目指して……
 アジャンの鋭く重い一撃を、セレスは『勇者の剣』で受け止めた。赤毛の戦士は愉快そうに笑いながら、右へ左へと不規則に動き、『聖王の剣』を振り回す。赤く染まった目は、殺戮の喜びに満ちている。女勇者だけを見つめている……
「ずっと……おまえを殺したかった」
「アジャン……?」
「出会った時から……ずっとだ」
 剣と剣を交し合ったまま、二人は睨み合った。
「おまえを殺し……おまえの血を浴びて……俺は解放されたかった」
「どうして……?」
 セレスは、顔をくしゃっと歪め、泣きそうになるのをかろうじて堪えた。動揺して反応が鈍くなれば、殺される。アジャンの手にかかって死ぬ事になる。死んではいけないのだ……大魔王を討つ為に。そして、今は倒れている仲間達を救う為に……シャオロン達はまだ生きているかもしれないのだ……彼等を助けねば……
「……俺はおまえが……大嫌いだったんだよ! 世間知らずのお姫様! おまえを見ているとむしゃくしゃする! 何の穢れも知らず、のうのうと生きてきたおまえには……虫唾が走る……」
 激しい感情のままに、アジャンが剣を振るう。セレスは相手の剣を払い、避けながら、背筋に冷たいものを感じていた。
 アジャンは……
 今まで対戦してきた誰よりも……強い。
 変幻自在の攻撃を仕掛けてくる事も怖いが、こちらからの攻撃が全て先読みで防がれてしまうのが辛い。全てを見通す『シャーマンの眼』は、セレスの動きを完璧に見切っていた。
「アジャン……」
 腕力も剣術のセンスもかなわない上に、動きを読まれているのだ。かろうじて利している身軽さすら生かしきれていない。
 セレスは焦りを感じていた。
 アジャンに憑いている魔が小物である事は、黒の気があまり強くない事からわかる。ハリレーレクは『アジの王』を必要としていた。だから、アジャンを精神的に殺す事のないよう、絶えず悪感情を煽らせ復讐心を植えつける術の為だけに魔を利用しているのだろう。アジャンはまだ完全には魔に堕していない。体を奪われていない。魔さえ祓えれば彼は己を取り戻せるはずだ。
 シャイナでジライを、インディラでアジャンを斬ったように、肉体は傷つけずに、『勇者の剣』の浄化の光をもって内なる魔族のみを斬ればよいのだが……
 肉体を斬らずに浄化の光だけを当てる間合いをとれずにいるのだ。
 剣で打ち勝ち自分の間合いをとらねば、アジャンの洗脳は解けない。
 しかし……
 アジャンに剣で勝つなど……
 不可能だった。


 シルクドからシャイナを旅している間、アジャンはセレスの剣の師であった。重すぎてろくに持ち上げられない『勇者の剣』に翻弄されていたセレスに下段の構えからの剣技、変則的な戦闘方法、体術を叩き込んでくれたのだ。
『技量の勝る相手とは、まともに戦うな。正面からぶつかりゃ、おまえが負ける。おまえさんは女だ。腕力も体力もねえ。長期戦となれば、ますます勝ち目は無くなる。勝負は短期、相手の虚をつけ。で、失敗したらケツまくって逃げろ。後の始末は俺かクソ坊主がつけてやる。大切なのは勝負に勝つ事じゃねえ。生き残る事だ。お嫌でございましょうが、どんなキタナイ手を使ってでも逃げ延びてみせな。大魔王と戦う前にクタバっちまったら、マヌケすぎるぜ、女勇者様』


(相手の虚をつく……)
 しかし、隙だらけに見えるアジャンには、実はまったく隙が無い。何処を狙っても、刃を返されてしまう。
 ジライも言っていた。
『アジャンめと斬り合う事となりましたら、セレス様、まともに剣を交わしませぬように。あれは、敵の太刀筋が読めるのです。いえ、全ての攻撃が見えると言うた方が正しゅうございますな。まともに仕掛けても、無駄。あれは全てよけます。虚をつくしかありませぬ』
 セレスは周囲に視線を走らせた。
『アジャン本人ではなく、その足元や周囲を攻撃するが良いかと。足場を奪い、落石や倒木等であやつの動きを封じるのです』
 足元はともかく、天井の岩などを利用したら倒れている三人の体を潰しかねない。
(ならば……)
 セレスは『勇者の剣』を握り締めた。


 突進してきた女勇者を、赤毛の戦士は余裕の笑みで迎えた。
 敵意は光となって見える。
『勇者の剣』が攻撃へと移る前に、その攻撃の軌跡が見えるのだ。
 地上最強の武器だとて、当たらなければどうという事はない。
『勇者の剣』を簡単に払い、右手のみで『聖王の剣』を持って大剣を振るえぬ間合いに飛び込み、左の拳で彼女の顔面を殴り飛ばそうとする。
 けれども……
 拳は何ものをも捉えられなかった。
 そこに居るはずの女勇者の姿が、消えている。
 空にかき消えるように、消えてしまったのだ。
「アジャン!」
 背後からの声。
 振り向いた戦士を……
『勇者の剣』が両断した。


 セレスはアジャンを見つめた。
『聖王の剣』を手にしたまま、赤毛の戦士はその場に立ち尽くし、うつむいている。
『勇者の剣』に願い、アジャンの背後へ移動魔法で渡った後、セレスは上段から剣を一気に振り下ろした。ぎりぎり刃がアジャンに達さぬ間合いで。刃で斬るのではなく、『勇者の剣』が持っている浄化の光で内面を斬ったのだ。浄化の光はアジャンの皮膚をすりぬけ、体の中の邪悪なもの――黒の気のみを斬った。魔族だけを浄化したのだ。
「アジャン……大丈夫?」
 長身の男の顔を覗き込もうと近づいて、セレスはとっさに身を引いた。
 避けていなければ、下段から突き上げられた『聖王の剣』に貫かれていただろう。顔をあげた傭兵の眼は緑だったが……それが徐々に赤く染まってゆく。再び黒の気が彼に集い始める。
(どうして……?)
『勇者の剣』は彼の内の穢れを全て祓ったはずだ。なのにアジャンは正気に戻らず、再び魔に憑依されてしまったのだ。
『知恵の指輪』の所有者ハリレーレクはアジャンに何重にも精神系の魔法をかけて心を縛り、体内の魔が尽きても次の魔が憑くよう細工をほどこしていたのだろうか……
 セレスが魔を祓っただけでは……この洗脳、解けないのだ……
 アジャン本人が呪に逆らい、勝たねば……
 正気に戻らないのだ……
「もう終わりか……? おまえの力も……その程度なのか?」
 血の色に眼を輝かせ、アジャンが笑う。禍々しい黒い気に包まれながら、セレスへと刃をきらめかせる。


「本気でこいよ。さあ、殺せ! 俺を殺してみろ! 女勇者様! おまえはこの地上最強の剣士なのだろう!」


 アジャンは何をもって心を操られているのか……?


 笑いながらアジャンは剣を振るう。命のやりとりをするのが、楽しくてたまらないといった顔だ。


 剣への渇望……?
 最強の戦士となる事を望んで……?


 違う、とセレスは思った。
 アジャンは戦場においてよく笑みを浮かべる。剣技を楽しむところは確かにある。
 だが、それだけで彼は理性を失う事はない。
 彼の剣は、傭兵魂をもって、仲間を守る為にあるのだ。


「どうした? 逃げてばっかじゃ、俺は殺せないぜ、セレス! 移動魔法を使えよ! 攻撃魔法も! 俺を斬れ! でなきゃ、おまえが死ぬぜ!」


「うっ……」
 セレスは眉をしかめ、アジャンの剣を受け止めた。
 仲間(アジャン)を殺すなど……できない……


 死への渇望……?
 姉と母の骸を目にし、幼いアジャンは慟哭していた。家族を全て失い、守るものを無くした彼は……世に絶望した。


 違う……それでも、ない。そんなはずはない。
 彼はシャオロンを可愛がっていた。庇護すべき者を守り、導く事を続けていた。
 彼は世に、まだ、絶望しきっていない。


 しかし……
 そのシャオロンを……
 アジャンは殺したのではないか……?


 アジャンは死を望んでいるのだろうか……?


 セレスに斬られ果てる事を……?


「殺してやるよ……セレス……おまえが穢れる前に……無垢なうちに……」


『勇者の剣』に願い衝撃波をもって、アジャンを遠くに弾き飛ばす。


「今度こそ……俺は間に合う……女勇者は殺す……殺してやらねばならない」


 魔にふさわしい笑みを浮かべた男が、『聖王の剣』を構え走る。
 セレスは『勇者の剣』を握り締めた。


 殺すしかないのだろうか……?
『勇者の剣』の魔法にすがり、移動魔法を駆使すれば、斬る事はできるかもしれない。魔に憑かれている今、聖なる武器の攻撃はアジャンには致命傷となる。かすり傷だけで、内なる魔族ともども今世から消滅する。一握の塩だけを残して……
 殺して魔の呪縛から解放してあげる事しか……自分にはできないのだろうか?


 黒の気をたなびかせ、禍々しく笑う男に……
 黒髪の小柄な少年が重なって見えた……


『セレス様……何があってもアジャンさんを信じてください。アジャンさんはオレ達と共に魔と戦ってきた仲間です。闇に堕ちてなんかいません……絶対に』


(シャオロン……)
 走っているはずのアジャンの動きが、止まって見える。彼の毛皮の服も、『聖王の剣』もよく見える。
(あっ!)
 セレスは急ぎ、シャオロンやガルバ達に視線を走らせた。予想通りだ。セレスの口に笑みが戻った。
(わかったわ、シャオロン! あなたの言う通りだわ! 間違いない! アジャンは闇に堕ちていない!)


『勇者の剣』を手放し……
 セレスは己の命を狙う者の元へと走った。


「来るな!」
『聖王の剣』を握ったまま、アジャンが立ち止まる。
「死ぬぞ……セレス……俺はおまえを殺す」
「いいえ、アジャン、あなたはそんな事はしない」
「俺は……女勇者を殺さねばならない」
「なぜ?」
「殺してやらなければいけない……でなければ、また、俺は……」
 アジャンの顔より笑みが消える。
「骸を目にしてしまう。おまえは、蹂躙され、穢され、苦しみぬいた末にみじめな最期を迎える……俺が間に合わないせいで、又……」
「『間に合わなかった』悔恨……その心の傷をもって、あなたは呪縛されていたのね……」
 金の髪の少女が、赤毛の戦士の胸に飛び込む。
 赤毛の戦士は顔を蒼白にし、ぶるぶると震えていた。その右手の剣をカタカタと揺らしながら。
「アジンエリシフ……母さん……アジフラウ……アジャニホルト……。いつも、そうだ、俺は間に合わない……間に合わんのだ……俺が遅れたために……皆。……俺は誰も救えない……皆を骸にしたのは……俺だ。俺が、みんな……死なせた。敵に無残に殺され、その死骸まで辱められるぐらいなら……いっそ、俺が……この手で……穢れる前に……無垢なうちに殺してやらねば」
「アジャン! しっかりして、闇の声に負けないで!」
「血が見える……真っ赤だ……何もかも……」
 刃があがる……
 その切っ先は、セレスの脇腹を狙っていた……
「皆の死に顔が見える……俺は復讐を果たさねばならない……シベルア人どもを皆殺しにし、家族の仇を討たねば……」
「やりたきゃ、やりなさい! 止めないわよ!」
 セレスは赤毛の男を睨んだ。
「ただし、あなたの意志でね! 魔に操られるのではなく、あなたが自らその道を選びなさい!」
「俺は……」
「行って欲しくないけど……それがあなたの意志なら止めない! アジャン! 私を見て! セレスよ! あなたが大嫌いな馬鹿女よ! 世間知らずの大甘のマヌケって、私を罵ってよ! 怒ってよ! ずっと、ずっと……あなたには側にいてもらいたかった……」
「血が……」
「血なんて何処にもないわよ! よく見て! あなたは誰も斬っていないわ!」
「斬ってない……?」
『聖王の剣』は、その動きを止めた。
「『聖王の剣』が血に濡れている? あなた、返り血を浴びている?」
 アジャンの視線がのろのろと動く。己の剣や、体へと。
 真っ赤に彩られているはずの剣や体は……何ともなっていなかった。
「俺は……シャオロンを殺した……」
「いいえ! あなたは殺せなかったのよ、シャオロンを……シャオロンを庇って戦った二人を……。殴って動きを止めただけよ」
「そう……なのか?」
「あなたがシャオロンを殺せるはずがないわ! ううん、シャオロンだけじゃない。アジンエリシフさんやお母さん、アジャニホルトさんも、それから、えっと……妹さんも、誰もあなたは殺していない! あなたは愛する者を守って戦ってきただけ! 愛する者を刃にかけた事は一度もないわ! あなたの剣は弱者を守る為の剣よ! 現実を見て! あなた自身で、ハリレーレクの呪縛を断ち切って!」


 アジャンの胸元が……
 まばゆい輝きを放った……
 それは……
 砕け散ったはずの首飾りの形を象っていた……


「ぐっ」
 胸元から広がるまばゆい光に目をくらませ、赤毛の戦士は顔を歪ませた。
「俺は……」
 右手より『聖王の剣』が離れ、足元の岩の上に落ちる。
「娼館に居たはず……そうだ、ハリレーレクが移動魔法で部屋にやって来たんだ。『極光の剣』を手に入れれば、ケルティを救える、宴を開くのだとか何とか……。復讐……旅立ちの前に復讐をするとも言っていたな。寝室にゲオルグが居るから……蛇がどうのと」
 アジャンの瞳が……
 徐々に緑色に戻る……
 セレスは震えながら、赤毛の戦士を見つめた。もう止まらない。ポロポロと涙が頬を伝わっていった。
「良かった、アジャン……」
「……セレス?」
 まだぼんやりとしている相手に、セレスは感情のままにぎゅっと抱きついた。
「……馬鹿女って言って、アジャン」
「……?」
「ずっと側に居て……ずっと、馬鹿な私を怒ってちょうだい……もう何処へも行かないで」
「ん……?」
 アジャンの視線が腕の中の少女に向う。
 腕の中にはセレスが居る……
 精神が覚醒するにつれ、戦士の顔は次第に赤く染まっていった。
「どわっ!」
 アジャンは、抱きついていたセレスを乱暴に突き飛ばした。
「なっ! 何だ、これは!」
 そして、顔を赤くしながら、周囲をきょろきょろと見渡した。
「ここは……」
 父が夢で教えてくれた試練の洞窟……のようだ。ここに『極光の剣』が眠っているはず。
「そうだ……俺は」
 傀儡の魔法をかけられていた間の事を、ぼんやりと思い出す。ハリのシャーマン、ハリレーレクに操られ踊らされて、ここまで来てしまったのだ。
『聖王の剣』を拾い赤毛の傭兵は、禍々しい黒の気を目指した。人の形を保った黒い魔の気の集合体を斬るべく。セレスも涙をぬぐい、遅れて後に続く。
 けれども、間に合わなかった。
 アジャンの目の前で、『極光の剣』の封印は解かれてしまった。ハリレーレクの指にあたる部分にある『知恵の指輪』の力によって。


 しかし、その瞬間……
 空が揺れ、輝かしい光が広がり始めたのだった……


 武闘僧ナーダの口元が笑みに綻んだ。
『極光の剣』の封印が解けた、その瞬間だった、異空間に映し出されていたアジャン達の映像が途絶えたのは。
 ホルムの王宮での凄惨な殺し合い、各地に散ったハリのシャーマン達の映像は変わりなく映っている。つまり、ゼグノスは『極光の剣』より広がった聖なる力に敗れ、あの洞窟の内を覗く千里眼の魔法を失ったのだ。一時的な事かもしれないが、大魔王四天王ゼグノスの力を退けたのだ。『極光の剣』の浄化の力は想像以上だ。
「……大魔王四天王ゼグノスも、たいした事ありませんね。威張っていても、しょせんは魔族……聖なる光の前には無力です」
 ナーダは相手をわざと侮辱し、挑発的に微笑んだ。
 最も最悪と想定していた事態――アジャンの肉体がケルベゾールドの器となっている事はなかった。
 ゼグノスはアジャンを高位魔族の器として使う事よりも、『極光の剣』の封印を解く事を優先した。それほど魔をひきつける何かがあの剣にあるのだろうか?
「あなた、アジとハリの人間を操って祭器を使わせて、何がしたかったのです? 本気で彼らの部族神を降ろす気だったのですか? ですが、魔族の下僕となったアジャンやハリレーレクが願ったとて、神はお怒りになるだけ、降臨などしないはずです」
《そう……人間の望む通りになど神は降臨せぬ。だが、己の祭具を穢されれば、神族は怒る。己の清浄を保つ為に、人に報復する。ケルティ中に雷が走り、雪嵐が吹き荒れ、津波、山崩れ、噴火、地震が大地を痛めつけ、人間どもは飲み込まれる……神の力によって今世は地獄となるはずだった……その中で、我が下僕と化した者どもに殺し合いをさせたかったのだが……絵を変えよう》
 異空間が振動する。ケルティ中を映す映像が、どれも黒く染まってゆく。
《人が人である限り……他を妬み、憎む心がある限り、人は我が支配から逃れる事はかなわぬ。ケルティに居る全ての者が我が下僕……我が分身……ホルムの王宮で繰り広げられている宴を……全土に広げよう……己が心の声に従い……殺戮の果てに魔へと堕ちる……人間は死に絶えるのだ》 
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