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女勇者セレス 作者:松宮星

ケルティの闇と光

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極光の剣 13話

 移動魔法で運ばれた先は、雪に埋もれた森だった。
 目の前に洞窟があった。が、その入口を塞いでいた大岩はない。大小の岩の破片が周囲に散らばっているだけだ。武器で叩き割られたのではなく、魔法の衝撃波で砕かれた感じた。
 暗い洞窟の先を見やっていた時……背後から殺気が迫った。
 振り向きざまに、『勇者の剣』を振り下ろしていた。セレスの背を狙っていた矢が叩き落とされる。
 しかし……
 矢は次々に飛来する。
 セレスと、倒れているシャオロン、ガルバ、ハリハールブダンを狙って。
 剣技では、全員を守りきれない……
 そう思った瞬間、結界が生まれていた。
 皆を守りたいと願うセレスに『勇者の剣』が応えてくれたのだ。
 目に見えぬ壁に阻まれ、矢は全て不自然な角度に折れ、威力を失い地に落ち行く。
 セレスの横を突風が駆け抜ける。シャオロンだ。『龍の爪』から、竜巻を生み出しているのだ。衣服は所々が破け血に染まっていたが、怪我が癒えたその体の動きに衰えは無い。
「殺しては駄目よ、シャオロン!」
「はい、セレス様!」
 竜巻が木々の陰に潜んでいた者を、飲み込み吹き飛ばしてゆく。
 ハリ族の隻眼の戦士も剣を抜き、左右を見渡していた。飛来する弓矢が宙で折れる様を見つめ、周囲の雪景色に眉をしかめる。
 老忍者ガルバは、なかなか体を起こそうとしなかった。眠そうな顔で蹲るように雪の上に座っている。彼の服も血に染まっていたが、もうその傷は治っているはず。老人は半ば閉じられた眼で周囲を見渡し……ふっと消えた。すばやい体術で移動してしまったのだ。
「うっ!」
「ぐっ!」
 木々の間から次々に悲鳴が響き……
 やがて、悲鳴は途絶え、弓攻撃は止まった。
 辺りもシーンと静まり返る。
「……ガルバさん?」
 セレスの声に応えるように、顎の下をさすりながら老忍者が雪の森の中から現れた。
「襲撃者は全部で八。軽傷三、無傷五。全員、即効性の眠り薬で眠らせました。縛って連れて参ります」
 老人の姿が、又、フッと消える。
 全ての襲撃者を眠らせた? あんな短時間で? 敵の目がセレス達に集まっていたとはいえ、虚をつけたからとはいえ、鮮やかな手腕だ。
「女勇者殿……ここは何処だ?」
 ハリの戦士が問う。雪の上に散乱している矢を拾い、矢羽を調べながら。
「移動魔法だな? 誰が俺達をここに運んだ?」
「ここはアジ族の聖域の森の、『極光の剣』が眠る洞窟です。実は……」
 セレスは『勇者の剣』の魔法に窮地を救われ、この洞窟に送られたのだと手短に説明した。
「矢羽からすると、襲撃者はアジ族のようだが……」
 老忍者が、全身を毛皮で覆った老齢の戦士を連れて来る。気絶している。ハリハールブダンはその襲撃者の顔を見て、眉をしかめた。
「運ぶのを手伝う、他の者は何処だ?」
「あ、オレも手伝います」と、シャオロン。
 老忍者の指示で襲撃者全員が洞窟前まで運ばれる。全員の顔を改め、ハリハールブダンは安堵とも不満ともとれぬあやふやな息を漏らした。
「俺の身内はいない。皆、アジの戦士のようだ」
「アジの……」
「おそらく、こやつらは、王の試練を誰にも妨げさせまいと、ここを警護していたのだろう」
「王の試練?」
「シャーマンは地下に眠る部族神と対話し、試練を乗り越えて初めて王となる。アジ族の試練がどんなものか俺は知らんが……ここがその修行場の洞窟なのだろう? ならば、ここに入れるのは次代の王たる者だけと決まっている。アジの戦士達は自ら外に残ったのだ。今世の王候補は神との対話なしに、『極光の剣』のみを手に入れようとしているのかもしれんが……それでも、分をわきまえ、王の為の聖域に足を踏み入れなかったのだ。ケルティ人として正しい選択だ」
 ハリハールブダンは溜息をついた。
「アジの聖域を、部外者が穢すべきでない事はよくわかっている」
 そう言ってから、ハリの隻眼の戦士は正面からセレスを見つめた。 
「だが、俺は進みたい。女勇者殿、アジクラボルト様の息子の救出に、俺も参加させてはくれまいか? 叔父上はアジの次代の王と共にある。ハリの部族王ハリビヤルニの長子として、叔父上の企みを阻止したい」


 洞窟の中の風のこない場所に、眠っている男達を軽く縛って置いていった。眠り薬の効果は体質によって異なるが、三十分から二時間は目覚めない。王の試練の洞窟に運びこまれるのは彼等にとって不本意であろうが、外で寝かせていては凍死しかねない。
 老忍者ガルバは己の体を掌で何度もさすり、セレスに事情説明を求めた。『勇者の剣』がインディラ寺院に一同を運んでくれたのでそこの僧侶に治癒を頼んだのだとセレスが説明すると、何処の寺院です?と、質問をしてきた。『寺院の名前は忘れてしまったわ、どこだったかしら?』と、慌ててゴマかす彼女をジーッと見つめてはいたが、忍者はそれ以上は追求してこなかった。
 洞窟の中は暗かったが、セレスが光を望むと『勇者の剣』が淡く発光し自らを明かりとした。魔法使いナーダの言葉の通りだ。セレスが望めば、剣は何でも応えてくれる。

――『勇者の剣』は勇者の為に存在しているのです。今はあなたの為に働くのが、剣の生きがいなのですよ。あなたが剣と心を一つにすれば、剣はあなたに応えるべく無限の力を発揮します。

 どういう風に剣を扱えばよいのかまだわからなかったが、光となってくれた事に対してどうすればよいのかはわかった。セレスは心の中で剣に感謝を伝え、アジャンを取り戻す為に共に戦って欲しいと望んだ。
 辞書一冊分の重量だった剣が軽くなる。空気のように。持っている事も忘れてしまうほどに。セレスは微笑みを浮かべた。
『勇者の剣』を抜いたまま下方に構え、鞘のみを背負い、セレスは洞窟の中を歩いて行った。ガルバが先行して様子を探り、次にセレスが、その後をシャオロンが続き、ハリ族の戦士が最後尾を務めた。
 雪に埋もれた外とは異なり、洞窟の中はとてもあたたかかった。が、奥に進むにつれ、横幅は狭くなり、ハリハールブダンなどは身をかがませなければならないほど頭上の岩も迫ってきた。産道を思わせる細く長く暗い道は、一本道で、やや下降していた。一行はゆるやかな斜面を下り、洞窟の奥へ奥へと進んで行った。


 洞穴の先に光が見えた時、最初、外に通じる出口に着いたのかとセレスは思った。
 しかし、空気は濁っているし、外界の風も吹き込んできていない。それに、ずっと地下へと下りていたのだ、出口とも思えない。
 ガルバは岩に張りつくように横歩きをし、洞穴の先を伺った。
「居りました……」
 光を消すよう『勇者の剣』に願ってから、セレスも老忍者に倣って横歩きをし、そっと洞穴の先を見つめた。
 そこはドーム状の広い空洞だった。かなり大きい。五階建ての建物が十軒ぐらい入りそうだ。
 空洞を煌々と照らしているのは、宙に浮かぶ光の魔法球だった。魔法球の下に、横顔を見せる老戦士とセレス達に背を向ける赤毛の男がいた。とても大柄だ……その背に身長ほどもある大剣を背負っている。
(アジャン……)
 走り寄りたい気持ちを、セレスは必死に抑えた。老戦士とアジャンは、アジャンの前にあるモノを見ているようだ。
「……叔父上だ」
 何時の間にかハリハールブダンもシャオロンもセレスの隣まで来ていた。皆の視線が、空洞の光の下の二人へと向けられる。
 ハリレーレクは、老齢のわりに鍛え抜かれた逞しい体つきをしており、剣を佩いていた。肩を過ぎる白髪と白髭、深い皺の刻まれた横顔、意志の強そうな茶の瞳……日の光のようにまばゆい魔法球を生み出したのは、ハリ族のシャーマン戦士のあの老人なのだろう。
「だが、ここに居るのは二人だ。我が息子ハリハラルドが居ない。従兄弟のハリコルベインや甥達も……」
 ハリレーレクはシャーマンの才のある者を伴って村から消えている。この場にいないのなら、今、どこに?
「アジャンさん……」
 シャオロンは食い入るように、赤毛の戦士を見つめていた。見えるのはその大きな背といつも背負っている大剣ばかりだったが。
《薄汚きネズミめが》
 心話が聞こえると同時に、周囲に雷が走った。けれども、セレス達には傷一つつかなかった。『勇者の剣』が結界を張り、持ち手と仲間を攻撃魔法から守ったのだ。
 光の下で老人が明らかに動揺していた。雷魔法の威力を高めても、結界が揺るがない。知恵を司る指輪を得て魔力を高めた彼に、女勇者一行は対抗したのだ。シャーマンの老人は甲高い叫び声をあげた。
「斬れ! あやつらの狙いは『極光の剣』! 盗まれるな!」
 その命令に従い……
 背の大剣をすらりと抜いて振り返ったのは……
 酷薄な笑みを刻み、口元を歪ませた……
 赤毛の傭兵アジャンだった。
 緑のはずの彼の瞳は、禍々しいほどに赤く染まっていた……
「アジャン……」
 赤毛の戦士は、やはり魔族に憑かれていたのだ……
 息を呑むセレスの横を……一陣の風のように少年が駆け抜けた。


『龍の爪』を装備した少年と、ゆっくりと歩み寄る赤毛の戦士は互いに距離を詰め、やがて立ち止まり対峙した。
「どけ、シャオロン」
 常と変わらぬ口調で赤毛の戦士が、言葉短く言う。
「どきません」
 東国の少年はにっこりと笑みを浮かべ、真っ直ぐに尊敬する戦士を見つめた。
「オレ、セレス様の護衛ですから。セレス様をお守りします」
「そうか……」
 赤毛の戦士は剣を持たぬ左手でぼりぼりと頭を掻き、大儀そうに溜息をついた。
「なら……死ね」
 己の身長ほどもある大剣を、アジャンは右手だけで振り回した。
 けれども、刃が迫るよりも早く、シャオロンは高々と跳躍していた。大柄なアジャンの頭を飛び越え、空中で素早く爪を振るった。
 爪から浄化の水が迸る。アジャンを目指して。
 だが、振り向きざまに剣を振るう傭兵は、剣圧だけで聖なる水を斬っていた。
 着地したシャオロンはすかさず爪より竜巻を生み出し、後方に飛び退った。しかし、竜巻すらも……傭兵は刃で切り裂き、少年へと迫る。
 横転し、少年はその場から逃れようとした。だが、アジャンの方が早かった。少年の体を貫くべく、鋭い突きを放つ。
 その攻撃を……
 横から飛び出してきた大剣が阻んだ。
「!」
 アジャンは後方に飛び、舌打ちと共に愛剣を投げ捨てた。彼の背ほどもある大剣は、刀身が折れ、使い物にならなくなってしまったのだ。
 シャオロンを庇い、アジャンの攻撃を止めたのは『勇者の剣』を構えたセレスだった。岩をも粘土のように砕く『勇者の剣』が、アジャンの大剣を砕き折ったのだ。
「シャオロン、下がって……」
「いいえ、下がりません」
 少年はかぶりを振って、セレスの横に立った。
「セレス様は『極光の剣』の元へ……」
「え?」
「あのシャーマンの側に、剣はあります。まだ大岩に刺さっています。オレには見えます、強力な封印が剣を守っているのが……。セレス様は『知恵の指輪』を持つ者を止めてください。封印を解かせてはいけません。アジャンさんは、まだあの剣に触れてはいけないんだ」
「シャオロン……」
 少年が清々しい笑みを見せる。
「セレス様……何があってもアジャンさんを信じてください。アジャンさんはオレ達と共に魔と戦ってきた仲間です。闇に堕ちてなんかいません……絶対に」
 地を蹴り、少年は赤毛の戦士へと爪をきらめかせた。
 だが、届かない。赤毛の傭兵は腰の『聖王の剣』を抜いていた。剣に弾かれ、少年の体が岩の上を転がる。
「おまえじゃ役不足だ、シャオロン」
 顎をしゃくりあげ、傭兵は挑発的な笑みを浮かべた。
「おまえは非力すぎる。俺を殺れねえよ」
 少年は素早く起き上がり、キッ!とセレスを睨んだ。
「セレス様! 早く!」
「………」
 シャオロンとアジャンに視線を走らせ、セレスは戸惑いながらも頷きを返した。しかし、
「セレス」
 赤毛の戦士が笑いながら、前に進もうとする彼女の心を砕く言葉を口にする。
「いいのか、シャオロンが死ぬぞ?」
「オレは死にません!」
 素早く風のように少年が、爪を振るう。攻撃を上方、下方にわけて、連続して爪を振るう。
 だが、爪は赤毛の戦士を捉えられない。
 ほんの少し体を動かしただけで、アジャンはシャオロンの攻撃を全てよけてしまう。次にどんな攻撃がくるのか……全て読んでいるのだ。
「いいんだぜ、俺は、二人がかりでも……おまえら全員いっぺんでも……」
 ニヤッと笑い、赤毛の傭兵が『聖王の剣』をもって『龍の爪』の攻撃を受け止め、そのまま少年を蹴り飛ばす。
「くっ!」
「シャオロン!」
 身を二つに折って痛みを堪える少年に、赤毛の戦士の刃が迫る。
 慌てて走り寄ろうとするセレス。だが、それよりも早く、老忍者の手裏剣とチャクラムが、傭兵を少年から切り離した。遠隔攻撃を避ける傭兵に、ハリ族の戦士が片手剣をもって攻撃を仕掛ける。
「目を覚ませ、アジの惣領!」
 ハリハールブダンの右眼には、静かなる怒りがあった。
「魔に操られるがままに『極光の剣』を手に入れるというのか? 神との契約の証を穢す気か?」
「神なんぞくそくらえだ!」
 ゲラゲラと笑いながら、赤毛の傭兵はハリの戦士と剣を交わす。
「部族神もアジも俺は捨てたのだ! 俺は俺の為に剣を手に入れる!」
「きさま、それでもケルティの男か!」
「俺にはもはや故郷など無い!」
 剣の技量に差がありすぎる。ハリハールブダンとてハリの戦士長を預かる身だったが、天賦の剣の才のある男を前に、ただ翻弄されるばかりだった。
 ハリの戦士の敗色が濃いとみて、シャオロンも同時に仕掛ける。老忍者もすばやい体術で、アジャンの虚をつこうと攻撃する。
 赤毛の戦士は楽しそうに笑った。
「同時に来い。でなければ、欠伸がでちまう……」
 しばらくは彼等にアジャンを任せておける……彼らの為にも早くハリレーレクと決着をつけ、戻らねば。
 ハリレーレクはセレスに、炎、水、氷、風の攻撃魔法を仕掛けた。だが、その全てを『勇者の剣』が防ぐ。女勇者は毛ほども傷ついていない。
「おのれ……おのれ……来るな! 邪悪な魔女め! 後もう一歩なのだ! 後もう少しでハリの光がこの世に満ちる! 邪魔はさせん!」
「ハリのシャーマン……南から来た私にも、この国の歪みは悲惨なものとわかりました。シベルアの支配に屈してきたあなた方の無念も、わかります。でも、部族神を頼るあなたのやり方には賛同できません! 地上の争いは人の手で解決すべきです!」
「きさまに何がわかる!」
 ハリレーレクの顔が怒りに歪む。
「このままではハリは滅びる! いや、もう半ば滅びているも同然なのだ! ハリの血を絶やさぬ為ならば……わしは何でもする……ハリを守る為ならば……何を犠牲にしてでも」
「犠牲ですって! あなた、目的の為なら手段を選ばないのね! 私の仲間を……アジの王たる者に魔を憑かせ、魔力で操って、そうまでして天下が欲しいの?」
「ケルティはハリとアジが神より継いだ土地。薄汚いシベルア人どもを殺す宴を開き、国中を浄化するのだ。アジの男なら、喜んで贄となるだろう」
「勝手な事を! 力で他人を支配するなんて、あなたのやり方は、ケルティ新王朝と同じよ! 同じぐらい悪逆無道だわ!」
「違う!」
「いいえ、同じよ! 自分が正しい道にあると思うのなら、魔を使って洗脳したりするものですか! 言葉をもってアジャンを説得すればよかったのよ!」
「黙れ、魔女! 黙れ! きさまが悪いのだ!」
「私が?」
「女勇者の従者として生きると……きさまゆえに、アジクラボルト殿の息子は神降ろしを拒んだのだ! きさまゆえに!」
「だから……アジャンを操って私を襲わせたり、魔族を襲撃させたというの?」
「きさまのせいで……きさまへの思いゆえに……何度術をかけようとも正気を取り戻す……わしとて、魔を憑依させるまではしたくなかった。だが、仕方なきことだ。アジの新王を復讐の道に進ませねばケルティは救われんのだ!」
「その為に、汚らわしい魔をアジャンに使ったというの? 共に戦うべきアジの王を傀儡にするだなんて……やはり、あなたは卑劣よ。他人を思いやる心がない。新王朝の非道と何ら変わりは無いわ!」 
「断じて違う! わしはハリの為に生きているのだ!」
「あなたに正義など無い!」
「違う!」
 ハリレーレクの左の薬指には、金細工の指輪が神々しく輝いている。あれが『知恵の指輪』なのだろう。
 けれども、輝かしい指輪に反し、老戦士の体は次第に輪郭が黒くぼやけ、肌もどす黒く染まっていった……
「ハリの為にわしは殺すのだ! 偽王を! 新王朝に与する者は一人残らず!……ケルティ人の裏切り者どもとて容赦なく殺し……そうだ、シベルア司教も皆殺しにしなければ。我が神の像をうち砕き、我が神を穢した罪人どもに死を……」
 目も鼻も口も髪も髭も、手足も、全てが黒い煙に包まれてゆく。人の形を保ったまま、ハリレーレクは黒煙の集合体となった。
 セレスは目の前で魔族と化した相手を、唖然と見つめた。人が魔に憑かれる瞬間を初めて見たのだが……あまりにもあっけなさすぎる。人間には魔の支配に抗う理性があるはずなのに。何の抵抗もなく黒く染まっていくなんて……
「邪魔はさせぬ……ようやく、アジの王の血を手に入れたのだ……ハリビヤルニめ……よくも、我が記憶を縛りおって……ああ、だが、ようやくアジクラボルト殿の子を……これで、ようやく、わしは……」
 目があったところから、二筋の涙が落ちた。それは、錯乱しとりとめもない事をつぶやく魔族にわずかに残された人の感情なのだろうか?
「神の降臨は我が償い……ハリの為に……我が部族神の為に……死ぬがいい、女勇者……」
「死ぬのはあなたよ……死して安らぎを得なさい」
 セレスはハリレーレクであったものめがけ、『勇者の剣』を振るった。浄化し、魔の呪縛から解き放つべく。けれども、ハリのシャーマンは自らの周囲に空間歪曲の魔法をかけていた。セレスの刃はむなしく宙を切っただけだった。
 その時……
 背後から悲鳴が聞こえた。
 振り返ったセレスは……シャオロンが膝を突き、力なく倒れていく姿を目にした。
 シャオロンの前には、ぞっとするほど冷たい笑みを口に刻んだ赤毛の戦士が佇んでいた。
 その右手に『聖王の剣』を握って。
 彼の周囲には……ハリハールブダンとガルバが倒れていた。
 誰一人……ぴくりとも動かない。
 動けないのだ……
「シャオロン……?」
 殺された……?
 シャオロンが……?
 アジャンに……?
 アジャンは自分を信頼し慕ってくれていた少年を……本当に、その手にかけたのだろうか……?
 何があってもアジャンを信じてくれと訴えていた、あの少年を……?
「……弱すぎる」
「アジャン……」
「おまえは……少しは俺を楽しませてくれよ」
 そう言って斬りかかってきた男の剣を、セレスは『勇者の剣』で受け止めた。
+注意+
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