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女勇者セレス 作者:松宮星

ケルティの闇と光

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極光の剣 11話

 一方、ホルムの王宮では……


「まあ、これからシベルア教大司教様とお会いするの? 良かったわね、ナーダ、待った甲斐があったわね。大魔王が復活した時の事や、その時、大司教様達尊き方々がどうやって魔を撃退したか、う〜んと、お話を伺って来てね」
「はあ」
「心配しなくても、私なら大丈夫よ。シャオロンもジライも側にいてくれるし、アレクセイ様達近衛の方々が護衛してくださっているから」
 顎の下で両手を組み、首をやや傾げ、口元ににっこりと笑みを浮かべたのは……襟の高いネグリジェを着た金髪の美少女……目の病の為に巻かれた包帯も痛々しい、女勇者セレスだ。病で伏せている為に髪は束ねず、肩より腰へと流れている。寝台の背もたれに体を預けて座る姿も頼りない。
「セレス様は私どもにお任せください」
 そう言って胸を張ったのは、近衛少尉アレクセイ。やや鷲鼻ぎみだが整った顔立ちの、金髪の青年将校だ。
 セレスに淡い恋心を抱くこの近衛仕官は、彼女が目の病に伏してから過剰なほど騎士道精神を発揮している。静かに休みたいと望む女勇者の為に、できうる限り見舞い客を断ってくれる有難い面もあったが……用が無くなっても部屋に居座る彼は、はっきり言ってナーダには邪魔だった。寝台の上の愛しい人と二人っきりになれないし、秘密の打ち合わせができないからだ。
「それよりも、ナーダ、あなたの方こそ粗相をしないように気をつけてね。大司教様に失礼があってはいけないわ。ガルバさんが心配するようなことは絶対にしないでね」
 護衛役を連れて行けと言っているのだ。ナーダは溜息を漏らした。
「わかりました、セレス、お行儀の良い召使を連れてゆきますよ。ムジャとヤルーにします」
「その二人なら安心だわ、気をつけて行って来てね」
 セレスの姿でセレスの声で媚を売るように微笑む相手を、ナーダは複雑な思いで見つめた。この十日ほどの間に化粧の匂いが苦手なことも知られてしまったし、相手はナーダが女嫌いだともともと知っている。
 なのに、事あるごとに、セレスの姿で愛想を振りまくのだ。ナーダが鳥肌立てて嫌がっているのをわかった上で、めいっぱい女らしくふるまってからかっているわけだ。
(M趣味のくせにSなんだから……)
 惚れた相手への文句を飲み込み、武闘僧はセレスの寝室を後にした。


「セレス様、今日こそ温室かサロンにいらっしゃいませんか? お目がご不自由でお辛いでござりましょうが、ベッドにばかりおられてはお体に障ります」
 古語交じりの共通語で話しかけてくるアレクセイに、セレス役を演じている者も共通語で返した。
「すみません、アレクセイ様……めまいがするんです。休んでもよろしいかしら?」
「ああ! ええ、どうぞお楽に」
 寝台に寝そべる者に、アレクセイは尋ねた。
「セレス様、昨日の話、考えていただけましたか?」
「昨日のお話? 何だったかしら?」
「ケルティ一の名医の診察を受けていただけませんか? 間もなく十日です。ナーダ様の医師としての腕を疑うわけではありませんが、一度、専門医に診ていただいた方が」
「アレクセイ様、そのお話でしたら、昨日、お断りしたはずですわ」
「ですが」
「アレクセイ様、私の失明は、ただの病ではありません。魔族との戦いでの負傷が原因、つまり呪いの一種なのです。お医者様では治せません。私が私の信心をもって祈りを捧げ、奇跡を待たなければいけないのです。未だに治らないのは、私の信心が至らないからでしょう」
「そんな!」
「アレクセイ様……神に祈りを捧げたいのです。席を外していただけませんか?」
 女勇者の願いに、近衛少尉は従った。シベルア教徒の自分が側に居ては、祈りに集中できまいと思って。
「又、参ります……」
 扉が閉まり、靴音が遠ざかっていくのを確認してから、寝台の者は上体を起こし、両手を組み合わせエウロペ式の祈りの型をとった。
 その姿勢で、周囲の気配を読む。隣の居間にはジライ役とシャオロン役の忍者、召使用の部屋にくノ一が二人、この寝室を覗き穴から覗く監視者が二人、いつも通りだ。妖しいところはない。
(シベルア教大司教……ついに動いたか。ホルムの宗教区画には強力な結界があって中が覗けぬとムジャ達が言っていたな……あそここそが大物魔族の隠れ処やもしれぬ。大司教も果たして人かどうか……ナーダと忍二人では危険かのう?)


 ターバンまで白で統一した姿に、両手両脚の神獣の装甲。王族の装いでナーダは、二人の忍者を伴って王宮内にあるシベルア教会に向った。
 そこで十一半時から三十分ほど、大司教と面談の約束をしているのだ。
 病に伏せているとの理由で女勇者一行との面談を拒否し続けていた大司教も、今日は王宮に来ている。本日一時より大聖堂で行われる特別ミサの為だ。聖誕祭準備の為に毎年この時期に行われる儀式で、そこで大司教が神の国の話をするのが恒例となっているのだ。
 普段はホルム北部の宗教区画――大聖堂・鐘楼・大修道院、神学校が並ぶ区画で神事に身を捧げている大司教に、ナーダは毎日のように見舞いの手紙を送り続けていた。見舞いにかこつけた面談の催促ではあったが、多少の効果はあったようで、昨日、返事がきたのだ。ミサの準備があるので長時間は無理だが、お話を伺いましょう、と。意外なほど、あっさりと面談の約束はなった。
 王宮の敷地は半ば以上常緑樹の森で、そこに、離宮、教会のほかに劇場や美術館、軍隊の詰め所、裁判所、造幣所、倉庫などの巨大な建物が建物があり、そのほとんどの回廊や渡り廊下で繋がっていた。
 非常に複雑な造りなのだが、シベルア教会が他に埋もれることはない。教会の屋根が『ねぎ坊主』と呼ばれる火焔を象った独特の形をしているからだ。雪の重みで屋根が壊れないよう、雪が落ちやすい形に設計されているのだ。その個性的な屋根のおかげで、かなり遠所からでも教会の位置はわかった。
 ナーダは屋根つきの渡り廊下の窓から、教会の白壁と赤い『ねぎ坊主』の屋根を見つめた。外観の美しい、厳かな雰囲気の教会だ。大聖堂には三百人を収容できるそうだ。
 しかし……眺めているうちに、ナーダはぞくっと背筋が寒くなった。ナーダは僧侶ではあるが霊感はなく、神秘を見通す眼も持っていない。しかし、職業柄、黒の気には敏感なのだ。
「居ますね……これは」
 主人のつぶやきに、その背後を行くムジャが神妙な顔となった。ムジャは中肉中背、黒髪黒目、美醜とは縁のない平凡な顔立ちをしている。だが、忍である以上、他に埋もれてしまう目立たぬ顔はむしろ美点であった。忍者としての技量もガルバに次いでおり、ナーダの部下のナンバー・ツーだった。それゆえ、ナーダは彼をアジャンの召使役にあてていた。アジャンを監視する為だったが、監視対象が出奔している今、その任務からムジャは離れている。
 もう一人の部下のヤルーは大柄な男あった。茶色いカツラや付け髭、化粧で違う顔をつくってはいたが、顔立ちも体格もナーダに良く似ている。ナーダの為の影武者用忍者なのだ。
 二人は、ガルバより主人を守るようきつく命じられていた。彼等インディラ忍者は主人の影、いざという時には己の命を盾として、主人を守る覚悟をもって生きているのだ。


 大聖堂に足を踏み入れた途端、ナーダの全身の気が総毛立った。
 小さな明りとりから差し込む雪明りと、所々に置かれた燭台の蝋燭の炎が、薄闇を照らしている。
 大聖堂の中に人影はない。大司教達がミサの準備をしているはずなのだが……
 身廊天井が高い為か、建物はがらんとしている。ナーダは視線を正面入口の聖像画が描かれた壁へと向けた。信者達の会衆席と祭壇のある深奥部の至聖所を隔てている壁だ。
 大聖堂は何処も魔の気に満ちていた。特に最奥部が最も邪悪な気が濃い。正体を隠す気がないのか、隠しきれぬほど敵が強大すぎるのかはわからなかったが、これほどねっとりと濃い黒の気に包まれているのだ、建物の中に人と呼べる者は残って居まい。
「ムジャ、ヤルー、私の側を離れてはいけませんよ」
 ナーダが浄化魔法を唱え始めると、塩が引くようにさぁぁぁっと黒の気が至聖所を目指し逃げ行く。浄化の光を恐れているのだ。唱え終えた聖なる力を右の拳に宿らせ、ナーダは左手の指輪を頼りに自身と部下を包み込む形で結界を張り、声を張り上げた。
「私をこんな所に招いて、罠を張ったつもりなのですか? ですが、この程度の黒の気ではインディラ教次期大僧正候補を殺せませんよ」
 大聖堂にナーダの声が響き渡る。
 人の居ない寒々とした空間を睨み、ナーダは叫んだ。
「あなた、相当、高位の魔族でしょう? ゼグノスとかいう奴ですか? 四天王最後の? イグアスはあなたが大魔王一の家来と言っていましたが、疑わしものですね。あなた、サリエル、ウズベル、イグアスより弱いんじゃないんですか? 奥に隠れて縮こまっているなんて、みっともないですよ」
 至聖所の前の壁へと目を留め、ナーダは敵を挑発する言葉を選んだ。魔族は今世では何かに憑依して具現化している精神的な存在の為か、言葉による敵意や侮辱に過敏に反応する。おびき出すには、相手のプライドを刺激する言葉ほど効果がある。
「まあ、もっとも、私、強すぎますものね。異国の地であっても、我が神は我が信仰と共にこの地におわします。下級魔族に毛が生えた程度のあなたに、私を恐れるなと言っても無理でしょうね。あなたなど、しょせん、雑魚ですから」
 唐突に……ナーダの目の前に黒の気の塊が現れた。移動魔法で現れたのだ。豪奢なシベルア司教のローブをまとった、それは、人の形をした、黒い煙の集合体だった。血も肉もない、黒の気のみの存在……
 これが大司教なのだろうか……? 魔に憑依されて人の心を失った聖職者のなれの果てなのか?
《我が名はゼグノス》
 ゆらゆらと司教の服が揺れ動く。
 黒の気を撒き散らしながら、人の形をとっているものが思念を伝えてくる。
《口ばかり達者な僧侶よ……古えの時代より我らと争い続けたモノを神と信じ仕える愚かな盲目者よ、きさまを選んでやろう》
「選ぶ?」
《間もなく宴が始まる……この国を血で彩る宴が、な。インディラ僧……きさまに見届けさせてやる、この国が滅びゆくさまを……女勇者の死を……深き絶望を味わいながら見届けるがいい》
「何をたくらんでらっしゃるのかは知りませんが」
 背筋を伸ばしたまま、ナーダは両膝を曲げて腰を落とし、拳を構えた。
「我が信心をもって、あなたの野望を阻止します」
 まずは逃がさぬよう敵の周囲に聖なる結界を張って、動きを縛る。と、同時に床を蹴り、聖なる光が宿る右手をもってナーダは魔族の体を貫いた。
 一握の塩を残し、人を象っていたものが消える。
 けれども……
《人間ごときに、何ができる?》
 大聖堂に魔族の哄笑が響き渡った。
《我が名はゼグノス。ケルベゾールド様に最も近しい魔。人では我が力、浄化しきれぬ。人が人である限りな》
 ナーダは眉をしかめた。
 異次元の存在である魔族は、この世々に存在する為に何かを寄り憑代にして姿を現す。人、動物、草木、岩石、水……。その憑依物を失えば、魔族は現世との接点を失い、魔界に強制的に戻されるはずなのだが……憑依物を浄化したのに、ゼグノスは消滅しなかったのだ。サリエルのように、緊急時にのり移れる体を別所に所持しているのだろうか?
《我が宴を楽しまれよ》
 浮遊感覚。
 ナーダは、急ぎ、部下をも包み込む形の結界に物理防壁も付加する。
 落下してゆく感覚。
 足元の床が無くなったのだ。
 何処までも果てしなく続く闇の中に、ナーダは落ちていった。
《宴の見届け役は誰でも良かった。きさまを選んだ事に理由はない。しいて言えば、きさまが憎々しい僧侶である事が理由か。その目で見届けよ……愛しい者が死にゆくさまを……きさまを愛し仕えた者の末路を……庇護すべき者のみじめな最期を……新たな生を得て黒き殺戮者となる友を……人間どもの希望がぶざまに散りゆくさまを……。そして、絶望と恐怖の中、息絶えるがいい。我が名はゼグノス。大魔王四天王が一人……》


「シャオロン、ジライ」
 セレスの声色で呼んでも答えはなく、居間に居るはずの二人の忍者が気配が感じられない。
「マリー、ローラ」
 召使部屋にいるはずのくノ一も同様だ。忽然と姿を消してしまった。移動魔法で運ばれてしまったかのように。
 そして、周囲は……
 殺気に満ちていた。
 一人二人のものではない。数知れぬ敵が武器を片手に、この部屋を目指している。
「!」
 忍者ジライはすばやく体を起こし、掛け布団を高々とはねあげた。
 ズブッ! ズブッ! ズブッ! ズブッ! と、四方から迫る刃が布団を貫く。その内のものを貫かんと。
 剣を手にした者は四人。四人の暗殺者は、しかし、次々に悲鳴をあげて倒れていった。跳躍して刃を避けた者が、布団の下に隠し持っていた『小夜時雨(ムラクモ)』を抜き、風のように彼等の間を駆け抜けていったのである。
 部屋に血と水飛沫が舞い、暗殺者達は絶命した。
 だが、間髪を置かず、周囲から刃が迫る。又、暗殺者が現れたのだ。
(チッ! 移動魔法か!)
 敵は移動魔法で暗殺者を送ってきているのだ。
(十……いや、十一か、くっ、数が多すぎる……)
 常であれば十一人に囲まれても切り抜ける自信はあった。だが、ジライは、今はセレスの変装をし、両目を包帯で覆っているのだ。状況がはっきりするまでは、セレス役を演じ続ける義務がある。当然、忍法は使えないし、包帯を取るわけにもいかない。
(こやつら気が黒い……だが、瘴気が薄いな。魔に堕したのではなく、魔に操られておるのか? いずれにしろ、黒の気が相手ならば……)
 ジライの愛刀『小夜時雨(ムラクモ)』。振る度に浄化の水を散らす聖なる武器だ。ジライはいつもより『小夜時雨(ムラクモ)』を大振りし、わざと浄化の水を周囲に撒き散らした。
「う!」
「ぐぉ!」
「ひぃ!」
 斬るまでもない。浄化の水を浴びせれば、殺気は消えてゆく。魔族に呪縛され、操られていた者は自由になったのだ。ある者はその場に倒れ、ある者は塩となって崩れ落ちているようだった。
「セレス様ぁぁぁぁぁ」
 背後から鋭い突きが迫る。その剣をジライは跳躍して逃れたのだが、敵は上段・中段・下段と攻撃を切り替えて巧みに連続攻撃をしかけてきた。
「セレス様……おっ、お逃げ、ください。体が……勝手に……」
 襲撃者は苦しい声を絞り出した。その声は近衛将校アレクセイのものだった。
(セレス様に不埒な欲望を抱く身の程知らずの阿呆と見下しておったが……こやつ、思ったより出来る)
 ジライは『小夜時雨(ムラクモ)』で宙を切り、浄化の水をアレクセイにかけて黒の気を祓うと、彼が倒れる前にネグリジェから取り出したものを床に投げつけた。
 ボン!と、広がる黒い煙幕。
 もくもくと上がった黒煙が室内を充満する。誰彼の区別がつかなくなった黒煙の中、襲撃者達は咳き込み、涙を流す。
 その黒煙が引いた時には……
 寝室に女勇者の姿はなかった。


「ハリレーレク叔父上! ハリハラルド! ハリグレチル! ハリコルベイン!」
 ハリハールブダンの声が、建物の間に響き渡った。家畜小屋から牛や馬のいななきは聞こえる。だが、誰一人、ハリの戦士長に答えを返さないのだ。農場には、彼の親族達と息子ハリハラルドが居るはずなのだが。
 橇から飛び降りたハリハールブダンの後を、セレスとシャオロンが追う。老忍者は周囲の気配を読み、彼等と違う方向にすばやい体術で移動して行った。
 炉のある館、炊事小屋、納屋、穀物倉……どこも普段通りだ。家畜の数にも変化は無い。何気なく何処からか人が現れそうな雰囲気はあるのだが、何処にも人の姿がない……
「ここには何人いたんですか?」と、セレス。
「奴隷を含め二十人だ。先週、様子を見に来た時は、何事もなかったのだが……」
 ハリの戦士は必死の形相だった。この農場には、王に代わって部族神を祭るシャーマンとシャーマン候補の子供達がいた。彼の惣領ハリハラルドも居た。ハリの心臓部が消え失せてしまったのだ。
 全ての建物を回った後、ハリハールブダンは炉のある館の広間へと戻った。火の絶えた炉の側を通って、北側の主人の席へと急ぐ。
 席の背後には、彫刻つきの高い柱が聳えていた。彫刻の模様を器用になぞりながら、隻眼のハリの戦士は呪文を唱えた。柱の一部が抜けた。からくり式の引き出しのようだ。柱の引き出しの中を覗き込み……ハリハールブダンは低いうめきを漏らした。
「無い」
「どうなさったのです?」
 問いかける女勇者に、ハリハールブダンは絶望に染まった顔を見せた。
「ハリ族の祭器が無い……部族神より賜った『知恵の指輪』が無いのだ……父ハリビヤルニがここに隠していたのだが……」
「え?」
「我らは神との契約の証を失った……」
 体を小刻みに揺らし、ハリの戦士は頭を抱えた。
「誰だ? 誰が盗んだ……?」
 その顔は蒼白になっていた。
「……新王朝か? 偽王の軍隊が我が一族の祭器を奪ったのだろうか?」
「違いますよ」
 そう言ったのは、『龍の爪』を装備した少年だった。ハリの戦士と女勇者の注目を浴び、少年は少しうろたえた。が、それでもどうにか自分の考えを述べることができた。
「だって……この農場のハリ族の方達って、部族神を心から信仰しているんでしょ? 新王朝の軍隊が攻めて来たって、一族の祭器を簡単に渡さないと思います。でも、この農場、何処にも争ったような形跡はありませんでした。だから、新王朝の軍隊は来てないと思います」
「そうだ……その通りだ。ここを束ねていたハリレーレク叔父上は、誇り高いシャーマン戦士だ。己が体を切り刻まれようが、一族の者を人質にとられ脅されようが、新王朝に屈するはずがない」
「と、いう事は」
 セレスは口元に手をそえ、首をかしげた。
「一族の方々は、ご自身の意志で集落を離れられたのかも……」
「何処へ……」
 と、言いかけて、ハリハールブダンはハッ!と息を呑み女勇者と目を合わせた。
 ハリ族の祭器を持ってハリのシャーマンが失踪したのならば……今、赴く先は一つしかない。
 もう一つの祭器が眠る場所だ。
『極光の剣』を受け継ぐ新たなアジの王と共に……
 ケルティ新王朝を滅ぼすべく……
 この地上に部族神を降臨させる気なのだ。
「馬鹿な……」
 ハリハールブダンは憤りを壁にぶつけた。
「時代はもはやハリに味方しておらん! 今更、神を降ろしたとて手遅れなのだ! ハリには率いるべき民など、ほとんど居ないのだ! 叔父上の目は、現実が目に見えぬほど、憎悪に曇っておられるのか!」
「思い出しました……私の仲間が言っていました、アジャンに一族の元へ戻るよう説得していた者の中にはアジの戦士の他に、共通の部族語を持つ近しい一族ハリの者もいたって……。ハリの一部の方は、アジャンに『極光の剣』を継がせたかったんですね」
 女勇者が思いつめたような顔で、顔の前で両手を組み合わせ、願いを口にする。
「ハリハールブダン様、アジャンを止めたいんです。私は『極光の剣』が眠る洞窟まで行かなければいけません。今すぐそこに行く方法はありませんか?」
 床に目を落とし、ハリの戦士はかぶりを振った。
「ハリレーレク叔父上以外に、ハリに移動魔法の使い手は居らん。ここからアジの聖域の森まで、どんなに急いでも四日かかる」
「それでは、間に合いません」
 セレスは頭を垂れた。
「アジャンが死んでしまいます。彼は部族神への信仰を失っています。『極光の剣』に触れれば神の怒りを買うわ」
「失踪している間に、再び信仰に目覚めたかもしれない」
「……それはないわ」
「そうか? だとしても死ぬ事はあるまい。ハリとアジの人間、二つの祭器が揃わなければ神は召喚できぬのだ。ハリレーレク叔父上が何としてもアジの惣領を守るであろう」
「人間が? 人間が神の怒りを防げるとでも?」
「今の叔父上ならば、おそらく、できる。叔父上は父ハリビヤルニに次ぐハリのシャーマンだった。神をその身に降ろすことも、精霊の声に耳を傾けることも、あらゆる魔法を使うことも、叔父上ならばできた。その上に、今、『知恵の指輪』を持っておられる。その魔力は人の器を越えているはず」
「では、ハリの祭器の指輪は……」
 ハリハールブダンは頷いた。
「魔力を増幅させる魔法道具(マジック・アイテム)だ。装備者の魔力が高いほど、その効力も大きくなる。今、この地上のどんな魔法使いよりも……叔父上はお強いだろう」
「でも……大剣に触れてもアジャンが無事なのだとしても……私、行かなきゃいけないんです! 夢の中でアジンエリシフさんが必死に叫んでいたんです! 行ってはいけないって! 私が彼を止めなきゃ!」
「しかし……」
 (すべ)はない……後に続く言葉をハリの戦士が言いかけた時、外から火薬が破裂する音が響いた。
「ガルバさん?」
 真っ先に外に飛び出したのは、東国の少年シャオロンだった。ナーダの部下の老忍者は周囲を探っていたはずなのだが……
 シャオロンの視界は雪に覆われた。この集落に来るまでは晴天だったのに、雪嵐が吹き荒れている。風が肌に突き刺さる。冷たくて痛い。
 開ききれぬ眼で周囲を見渡すと……建物と建物の間の雪道にガルバが倒れているのが見えた。老忍者は両手両足を奇妙な角度に曲げ、雪の上を赤く染めていた。
「ガルバさん!」
 走り寄ろうとしたシャオロンを……
 風の魔法が切り裂いた。
 全身から血飛沫を舞わせ、東国の少年も、力なく雪の上に崩れ落ちた。
「シャオロン!」
 仲間の元へ駆け寄ろうとする女勇者を、ハリの戦士が背後から抱き止める。
「外に出るな!」
「でも、シャオロンとガルバさんが!」
「外に出れば、おまえも餌食だ! だが、この内にいる限り、魔法は届かぬ。この集落の建物には部族神のご加護がある。部族神より賜った魔力では傷一つつけられぬ。シャーマンゆえに身につけられた攻撃魔法も、無効となるのだ」
「え?」
 ハリの戦士は扉まで進み、外に吹き荒れる雪嵐を睨みつつ声を張り上げた。
「ハリレーレク叔父上! お名乗りくださらなくとも、魔力でわかります! その雪嵐も風も、叔父上の気に満ちています! 姿を見せてください! 何故、我々を襲うのです?」
《その女を『極光の剣』に近づけてはならぬ》
 セレスとハリハールブダンの頭に、声ではない声が届いた。思念波だ。
《その女は神の降臨を阻む存在……偽王に愛されておる邪悪な女だ……殺さねばならぬ……魔族を操り、何度となくその女を襲わせたが……思いの外、しぶとくてな……殺せなかった……だが、もう時はない……森の結界が解けたのだ……わしの魔力とアジの新王の力に、結界の魔力がついに屈したのだ……後は、アジの新王を剣の元へ導くだけ……もう時間がないのだ。その女を外に出せ……わしが殺す。一族の栄光を取り戻す為に》
「叔父上! 我が息子ハリハラルドは何処です? 従兄弟のハリコルベインは? 甥達は一体、何処へ?」
《皆、わしに共感し賛同してくれた……ハリの戦士として、戦いに身を投じたのだ》
「何?」
《ハリハールブダン……その女、おまえが殺してもよいぞ……その女を殺し、おまえも共に来い……その偽りの眼帯を外して、ハリの真の王となれ。おまえは臆病な我が兄ハリビヤルニとは違う……シベルアを恐れ、新王朝に屈している兄とは違う……偽王に従う事を厭い、おまえは左眼を潰す演技をして傀儡の王位継承権を捨てた……わしと共に来い……ハリとアジが再びこの地を統べるのだ……》
「この地を統べる? 民の存在しない土地を統べろと言うのか? 叔父上! ハリの子供の多くは一族の復興など望んでいない! 都会に住み着いたあの子らに、ハリの生き方など、もうできぬ! 時代は流れてしまったのだ! ハリは古えの栄光には、二度と戻れぬのだ!」
《ハリハールブダン……それがおまえの本心か?》
「そうだ! 俺はハリの誇りを貫く。だが、新しい時代の子等に、ハリの生き方を強要する気はない! 違う道を行く者に、これが正義だと己の道を押し付けるものか! すれば、新王朝の者どもと同じ恥知らずに堕ちてしまう!」
 雪嵐の中に、稲妻が走った。悪天候を呼んでいるシャーマンの怒りが形となって現れたのだ。
《失望したぞ、ハリハールブダン……しょせん、きさまは、ハリビヤルニの息子に過ぎなかったのだな……》
 稲妻が大地を貫き、えぐる。
 セレスは悲鳴をあげた。落雷の衝撃に、シャオロンの体が舞い上がったからだ。少年の体は二度バウンドし、雪を散らせながら、地面の上を転がった。
「ぐっ!」
 ハリハールブダンは身を二つに折り、低いうめきを漏らした。腕の中に守ってやっていた女勇者に、鳩尾(みぞおち)に肘打ちを食らわされたのだ。
「シャオロン!」
 女勇者は雪の中に身を躍らせた。
「待て! 死ぬぞ!」
 何とか彼女を捕まえようと、ハリの戦士は手を伸ばし……彼自身も、又、軒下から飛び出してしまった。


《さらばだ、我が甥よ》


 天をも黄金に染める雷の魔法が……
 豪雨のごとく……
 わずかの隙間もなく……
 地上に降り注がれた……


 ナーダは両腕を組み、背後に二人の忍者を従え、闇の中に浮かぶ映像を見つめていた。
 空も地面もない、闇ばかりが広がる異空間。その闇の中の所々に、人間界で起きている出来事が切り取られて映っていた。ナーダをこの空間に封じたものが見せつけているのだ。
 王宮中の人間に追われるジライ。
 虫の息だったガルバとシャオロン。彼等を救うべく外に飛び出したセレスとハリの戦士は、ガルバやシャオロンと共に雷の魔法に飲まれていた。
 そして、暗い洞窟の中のアジャン。彼の隣には、白髪の老人がいた。片手剣を佩いた戦士の出でたちだが、その左手にはきらめく黄金の指輪があった。魔法の波動を放つあの指輪が『知恵の指輪』なのだろう。老人――ハリレーレクは、目の前の鞘ごと岩に突き刺さった巨大な両手剣を探るように見つめていた。
「これが……あなたの宴なのですか?」
 感情を殺し、ナーダは平坦な声を出した。
「意外とくだらない見世物ですねえ。言っておきますが、セレスは無事ですよ。あの程度の攻撃で死ぬようなヤワな勇者なら……とっくのとうに死んでいます。彼女は無事ですよ……」
 根拠などない。だが、そう信じるべきだ。シャオロンも言っていたではないか、わからなくても信じる事はできると……
 彼等の無事を信じるのだ……
《これからだ……これから、もっと面白い事が起こる……あの『極光の剣』が抜かれた瞬間に、宴が始まる。愚かな人間どもは宴に酔い、舞い狂うのだ……》
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