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女勇者セレス 作者:松宮星

ケルティの闇と光

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極光の剣 8話

 眠れそうもないと言っていたわりには、シャオロンはすぐに眠りに就いた。昨晩の襲撃騒動の後、気を張ってセレスの護衛の役を果たしていた為、ほとんど寝てなかったのだ。
 少し遅れてセレスも寝息をたて始める。
 忍者ジライが寝台の横の椅子から見守る中、じきに二人の動きは同調(シンクロ)する。同じタイミングで、寝息をもらし、寝返りをうったり、手足を動かしたりするのだ。



 セレスはあの夢を見た。
 夢の中に、アジエリシフが居た。
 けれども……


「××××××××!××××××××××××!×××××××××××××××××!」


 暗闇の中で、おさげの少女が必死に叫んでいる。
 目に涙をためたその顔は、悲しそうで、辛そうだった。
 しかし、セレスには彼女が何を伝えたいのか、わからなかった。彼女の叫ぶ部族語が、今日は、全然、理解できないのだ。
 少女にセレスは話しかけてみた。ケルティ人の彼女が共通語など知っているはずはないのだが、これは夢なのだから、もしかしたら通じるかもしれないと思って。
 しかし、少女は涙を堪えながら、前方を見つめるばかりだ。彼女にはセレスの姿が見えていないし、声も聞こえていないようだ。彼女の視線の先が知りたかったが、夢なので、セレスは思うように視線を動かせなかった。
 少女は鉄剣を握っていないし、アンダードレスも血と泥に汚れていない。亡くなる直前の彼女ではないのだ。周囲も闇が広がるばかり。過去の再現ではなさそうだ。


「××××××××!××××××××××××!×××××××××××××××××!」


 少女の口調がどんどん厳しくなる。泣きそうな顔で、誰かを怒っているのだ。


 アジャンを……怒っているのだろうか?


 ふいに視界が変わった。


 セレスは風となり、森の中を駆けていた。
 冬の森だ。
 雪が深く積もり、森は凍えている。
 セレスは枝をしならせ、雪を舞わせながら、ひたすら木々の間を駆け抜けてゆく。
 森の奥へ、と。
 森のあちこちに、文字が見えた。今は雪の下となっている地面、岩、木の幹、さまざまな所に光輝く文字がある。
 その文字が、この森を守護しているのだ。
 森に入るべきではない者を拒む為の、呪言葉なのだ。
 セレスが同化している風が行き着いた先には……
 洞窟があった。その入口は大岩によって封じられている。大岩にも、光輝く文字が刻まれていた。



 眠っていたのは、ほんの二時間足らずだった。
 目覚めてすぐにセレスは、ジライに持ってきてもらった紙に夢で見た文字を見た通りに記した。
「……読めませぬなあ」
 紙に目を落とし、忍者は溜息をついた。
「ケルティ語ではございませぬ。アジの部族語ではありませぬか?」
「そうね……そうだと思うわ」
 セレスは、まだ眠っているシャオロンを見つめてから、忍者に命じた。
「ナーダを呼んできて。私、アジャンの後を追うわ。その相談がしたいの」
「セレス様、御自ら?しかし、先程の夢ではアジャンの足取りはわからなかったのでありましょう?」
「ええ。でも、アジャンは『極光の剣』を求めているのですもの、あの洞窟に辿り着くわ……アジ族のシャーマン修行の洞窟が、あそこなんだわ、絶対」
「はあ」
 呪言葉に守られ侵入者を拒む森というのは、確かにアジの聖域の森と特徴は一致している。断定するには情報不足ではあったが。
「アジの聖域の森に向われるのですね?」
「ええ。アジャンが何処で今、何をしているのかは、さっぱりわからなかったけど、アジ族の聖域の森へ向えば会えるわ。森の位置はナーダなら知ってるだろうし。毎日シャオロンと寝ていれば、夢でアジャンのお父様やお姉さんからいろいろ情報ももらえるでしょ? 森に着くまでに、アジャンの居場所とかもそうだけど、何で私を襲ったのかとか、アジャンの今の気持ちとかもわかるかもしれないわ」
「……まあ、そうやもしれませぬが」
「それでね、ジライ、悪いんだけど……」
 寝台のセレスはうつむき、横に跪いている忍者を上目遣いに見つめた。
「……あなた、ナーダと一緒に王宮で留守番してくれない?」
「は?」
 覆面からのぞく、忍者の目元が強張る。
「……留守番?」
 セレスは申し訳なさそうに頷いた。
「仲間の行方を追いたい! って、馬鹿正直にゴドゥノフ陛下に頼めないでしょ? アジャンがアジの跡取りなのは内緒なんだし。それに、私達が移動を許されてるのってホルム近郊ぐらいでしょ? ケルティ北部行きなんか、絶対、認められないわ。だから、こっそりお城を抜け出すしかないと思うんだけど……許可なく王宮を離れてケルティ国内をうろついてるのがバレたら、相当マズイ事になるわ。北方諸国から追い出されるとか、お尋ね者にされるとか、投獄されちゃうとか、処刑されちゃうとかね。アジャンを迎えに行くのは、隠密でなきゃいけないのよ」
「……で?」
 ぶるぶると忍者は震えていた。
 セレスは顔をひきつらせた。ジライは仲間になってからずっと、『セレス様の盾となれれば本望』と、戦闘中も普段もストーカーまがいにセレスにつきまとっている。セレスの護衛を生きがいにしているのだ。そんなジライに、こんな事を頼んだら嫌がられるのはわかっている。わかっているけれども……他に手はないのだ。
 セレスは顔をあげ、無理ににっこりと笑みをつくった。
「ねえ、ジライ。あなた、私が居ない間、私の影武者をやってくれないかしら?」
「………」
 忍者は無言だった。が、構わず、セレスは言葉を続けた。
「ナーダが用意した私の影武者用くノ一ってローラだと思うんだけど、長い間、彼女に私の代理をさせるのは無理だと思うの。でも、その点、あなたなら、私そっくりな声が出せるし、私の性格もよく知ってるし、旅の間の出来事もわかってるし、手紙の代筆もしてたからこの王宮の人間関係にも詳しいでしょ? それに女装も上手だもの。私の影武者、あなたにしかできないわ」
「……できませぬ」
 震えながら忍者が言う。
「セレス様と私では背格好が違いすぎます。私のほうが上背があり、肩幅も広うございます。ごまかせませぬ」
「じゃあ、急病になればいいわ!」
「は?」
「すんごい重い病にかかったって事にして、ずっとベッドで寝てなさい! それなら、身長とかゴマかせるわ!」
「……ですが」
「いい、ジライ? 宗教上の理由って事にして、診察は一切、断るのよ。ナーダは医学も修得してるからお医者様役もやってもらえるしね。ナーダの治療以外受けないって事にして、お見舞いもできるだけお断りするのよ。部屋に籠もってベッドに寝てれば、きっとバレないわ!」
「……セレス様」
 覆面から覗く忍者の眼は、非常に情けない目をしていた。今にも泣き出しそうな、捨てられた子犬のような憐れな目だ。
 セレスの胸がきゅんと痛んだ。でも、同情するわけにはいかないのだ。心を鬼にして、わざと声を荒げた。
「ジライ、これは命令よ! 私の影武者をやりなさい! それとも、あなた、私の命令に逆らう気?」
「ぐっ」
 忍者は喉をつまらせ、肩よりも低く頭を垂らした。
「……承知。影武者を務め、留守居をいたします」
 今にもシクシク泣き出しそうな、弱々しい声だ。
 セレスがホロリと情にほだされそうになった時、突然、部屋の入口から声がかかった。
「それで、あなた、私にはお医者役以外、何をやらせる気なのです?」
 寝室の扉の前には、インディラの王族の衣装をまとったナーダが居た。今まで姿隠しでも使っていたのだろうか? カルヴェルのような唐突な現れ方だ。
「あなた、何時から、そこに?」
「たった今です。でも、結界内の出来事は、術師の私には伝わります。あなた方の会話は聞かせてもらっていました」
 ナーダはゆっくりと歩み寄ってくる。
 セレスは口の達者な武闘僧に負けないよう、気を張って相手を見つめた。
「今まで通り、ケルティ新王朝との交渉はあなたに任せるわ。あと、シベルア大司教との会談の場がもうけられた時には、しっかり話を聞いてきてね。この国の中枢で、まだ対面がかなってないのは大司教だけだもの。大司教が魔族と関わってないかよく調べてね。それと、私は『勇者の剣』は置いて行くわ、可能な限り、剣のご機嫌をとってあげて」
「セレス?」
「女勇者セレスがこの王宮に居る振りをするんですもの。『勇者の剣』を持っては行けないわ。私以外に『勇者の剣』に触れられるのは、あなただけだもの。鞘からは抜けないでしょうけど、手入れ、よろしくね」
「武器はどうするのです?」
「『虹の小剣』と『エルフの弓』があるわ。それにシャオロンと二人だもの。『龍の爪』もあるし、大丈夫よ」
「あなた、シャオロンと二人でアジャンを追う気ですか?」
「ええ」
「本気で?」
「そうよ」
 ナーダはやれやれと頭を振った。
「かたことのシベルア語しか話せないあなたと、日常会話程度のシベルア語とケルティ語がようやく話せるシャオロンが? 二人で? ケルティ北部まで? はっきり言って、あの辺はシベルア語、あまり通じませんよ」
「え――っ? そうなの?」
「そうですよ。二人で出かけたら、間違いなく遭難するでしょうね」
「でも、ジライには私の影武者をお願いしたいし、あなたには新王朝との交渉を続けてもらいたいの。どうしよう……」
「……仕方ありませんねえ」
 ナーダがパチンと右手の指を鳴らすと、ふっと人影が現れた。老忍者ガルバだ。ナーダの執事役の変装をしている。
「何ぞ、御用でしょうか、御身様?」
「ガルバ、あなた、セレスとシャオロンと一緒に、ケルティ北部までアジャンを迎えに行ってください」
「へ?」
 老人は目をぱちくりとさせた。
「しかし、私めには御身様をお守りするという使命が……」
「私の護衛なら大丈夫です。ムジャ達もいますし、ジライも一緒ですから」
「御身様! 私を追い払って、又も、悪い遊びをなさるおつもりですか?」
「違います! できるものですか、この王宮で! そうではなく、ガルバ、あなたを見込んで頼んでいるのです。あなた以外に、セレスとシャオロンを託せる者はいません」
「御身様……」
「あなたしかいません」
「………」
「日のあるうちに、セレス達とあなたの旅立ちの準備を整えてください。北部への旅に必要な書類も偽造して揃えておいてくださいね」
「………」
「この国の言葉をろくにしゃべれない上に雪国に不慣れな二人を導くのはたいへんでしょうが、あなたならできます。頼みましたよ、ガルバ。部下を二、三人連れてってもいいですから」
「………」
「ガルバ、返事は?」
「……は。承りました、女勇者様の護衛をいたします……」
 老忍者ガルバは、がっくりと頭を垂らした。その姿は、セレスに留守居を命じられて落ち込んでいるジライとよく似ていた。
「ナーダ、それじゃ、行ってもいいのね?」
 セレスの問いに、武闘僧は頷きを返した。
「アジャンをこのままにはしておけませんものね。放っておいたら、彼を憑代にして強力な魔族が今世に現れかねませんから。昨晩は、聖水を浴びても平気だったそうですが、何時まで、彼が魔に抗えるか……。既にもう体をのっとられている恐れもあります。でも、最悪の事態になっていたとしても、セレス、あなたとシャオロンなら、彼を救えるでしょう……私はそう信じています」
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