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女勇者セレス 作者:松宮星

ケルティの闇と光

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極光の剣 7話

「セレス、情報屋グジャラを覚えていますか?」
 唐突に話題が変わった事に戸惑いながらも、女勇者は頷きを返した。
「覚えてるわ。インディラで会ったもの。西はエウロペから東はジャポネまでの情報を知っている、この大陸一の情報屋でしょ? ジライのお友達の」
「お友達……」
 ジライは顎の下に手を当て、首を傾げた。
「まあ……似たようなものかもしれませんなあ」
 そんな忍者を糸目で睨みながら、武闘僧は女勇者への説明を続けた。
「そのジライの知り合いの情報屋から、私、エウロペで手紙を預かったんです。グジャラからの手紙であることは秘密にして人づてに頼まれたって形で、北方一の情報屋に渡して欲しいって、ね」
「あら、あなたもグジャラさんのお友達だったの?」
 セレスの問いを、ナーダは怒りを露に否定した。グジャラの表の商売は魔薬屋。魔薬全般を嫌悪し寺院内の麻薬排斥運動を進めているナーダにしてみれば、グジャラは、事情さえ許せばすぐにも排除したい、憎むべき敵なのだ。
「違います! 北方諸国の情報屋を紹介してもらう代わりに、配達屋を引き受けただけです! 魔薬関係でも犯罪がらみでもないってあの男が保証したので、手紙を預かりました。私も内容は知らなかったのですが……私が届けた手紙は『アジャンに関する調査報告書』だったのです」
「え? なに、それ?」
 ナーダは肩をすくめた。
「そのへんの事情は、ジライに説明してもらいます」
 指名された忍者は、静かに一歩進み出た。
「セレス様、私めがグジャラから聞いた話によりますと、あやつ、一時、ケルティからの亡命者を部下として使っておったそうなのです。もう十年以上前の事ですが、その亡命者はアジ族の戦士。情報屋グジャラの元に身を寄せたのは、主人となるべき子供を捜す方便だったようで」
「アジャンを探して……?」
「はい。シャーマン王アジクラボルトの長男、次男、次女。生死の知れぬ三人を求めアジの戦士達は、ある者は北方諸国を彷徨い、ある者は北方の情報組織の一員となり、ある者は越境し南で王の子らを探していたのです」
「王の子……」
「燃え盛る炎のごとく見事な赤髪の子供……成長すれば父王のごとく勇猛果敢な戦士となるであろうシャーマンをアジ族は探しておりました。王の子さえアジに戻れば、ケルティ新王朝を転覆できる……そう信じておったのです」
「まあ、アジ族全体が王の遺児を探していたわけではありませんがね。アジクラボルト王の死後、アジ族の三分の二はアジャンの叔父にあたるアジカラボスを部族王に祭り上げ、ケルティ新王朝に恭順しました。残り三分の一は恭順の演技をしつつ反逆の機会を待つ、秘密組織を作ったそうです。グジャラの部下となった戦士は、後者の一員だったとか」と、ナーダ。
 再びジライが説明を続ける。
「詳しい事は聞けませなんだが、そのアジの戦士、どうもグジャラの身代わりとなって命果てたようにござりまする。死に際に己が使命を告白したのやもしれませぬ。グジャラは損得勘定に忠実な男。刹那主義、享楽主義でもあります。普通であれば、あやつは何の得にもならぬ事はしません。死者への義理を果たす為に、十年以上もアジの王の子を探していたなど、正直、驚きました」
「何にせよグジャラは、エーゲラ(いち)の戦士アジャンに目をつけ、勇者の従者として活躍する以前・以後の情報を集め、アジクラボルト王の遺児である可能性が高いと考えたわけです。でも、情報屋の元締めがタダで情報を流しては示しがつかないでしょ? かといって、この件を商売にしたくない。それで、アジャンの仲間の私に配達屋を頼んだのですよ。人づてに頼まれたって事にして、調査報告書を渡してくれってね。で、トスベルの街で、私、北方の情報屋の元締めに会いましてね、その手紙を渡したんですよ……そしたら」
 ナーダがフーッと溜息をつく。
「アジャンに会わせてくれ! って、元締めが目の色を変えてわめいたんですよ。当地の情報屋の現在の元締めはアジソールズといいましてね……ようするにアジの男だったのです」
「まあ」
「アジソールズはアジクラボルト王の角笛を預かっていた、王の腹心の一人だったそうです。王の死後、王の遺児の情報を求めて情報屋組織に潜り込んだ彼は、とんとん拍子で出生して、二十年足らずでその世界の頂点に上り詰めていたのです。それで、翌朝、食堂でアジャンに『アジソールズがあなたに会いたいと言っています。王の遺児を二十年探していたとか』と、耳打ちで伝えました。その名前に覚えがあったのでしょうねえ、アジャン、びっくりしてました」
「あ」
 セレスは思い出した。そういえば、そんな事があった。朝食の時、食堂でナーダに何事か耳打ちされた後、アジャンはひどく暗い目をしていた。何を思い悩んでいるのか、気になっていたのだ。
「ホルム入都前に、再び情報屋の元締めに会う事になったので、監視役のゲオルグを利用して外出の機会をつくりました。私がインディラ王家の出だとバラして金品をちらつかせると、あの俗物、めいっぱい媚びてきましたからねえ。アジャンと私を夜遊びに連れて行けって頼んだら二つ返事で了解しましたよ。その時、召使役のヤルーとクルグも同行させました。娼館で入れ替わってもらう為です」
「入れ替わる?」
「ええ。鈍いあなたは、多分、気づいていないでしょうが、あなた方の召使役の忍者のうち必ず一人は、主人と似た背格好をしています。顔もわりと似ています。影武者たりうるように、ね。むろん、そっくりではありませんから、親しい者までは騙せません。しかし、薄暗い娼館で入れ替わる分には問題はありませんでした。私とアジャンは影武者を娼館に残し、情報屋アジソールズを訪ねました」
「………」
「情報屋の元締めアジソールズは、臣下の礼をとって跪いてアジャンを迎えました。アジャンの生存を喜び、神に感謝の言葉を捧げ、男泣きに泣いてもいました。しかし、対するアジャンの態度は冷淡なものでした。アジ族も部族神も捨てた、アジに戻る気はないって、ね」
「どうして?」
「いろいろ理由はあるのですが……アジャンは自分が復讐鬼になれば、勇者一行を破滅に追いやってしまうと考えていました。勇者の従者がケルティ新王朝に弓を引けば、大魔王討伐どころではなくなります、北方三国全てで我々はお尋ね者にされ命を狙われるでしょうから。それに、アジャンは魔に好かれやすい体質です。強国シベルアに対抗する力を欲するあまり、魔の誘惑に負け、魔に堕ちかねない……だから、セレス、あなたがケルベゾールドを倒すまでは、アジャンは復讐に走るまいと思っていたのです」
「………」
「アジソールズは、勇者の従者であるアジャンの立場を理解してくれました。王となりケルティ新王朝を討つのは大魔王討伐後で構わない、それまでは、アジ族戦士一同、アジャンの部下となり戦力となって大魔王討伐の旅を助けるとまで言い出しました。むろん、アジャンは部下なんぞいらんと怒鳴ってましたけどね。一方は部族王になる気はないの一点張り、もう一方はもうアジャンを新たな部族王と決めつけ崇めるばかり。話し合いがまとまるはずもありません」
 やれやれというように、ナーダは首を左右に振った。
「その日は話に何も進展がなかったんで、後日、又、話し合いの場をもうけることとなりました。なにせ、相手は当地の情報屋の元締め。すげなくして、ご機嫌を損ねるわけにはいきませんし。で、ホルムに着いた後、アジャンを情報屋の元締めの元に連れて行くために、王宮を抜け出しての夜遊び三昧の芝居となったわけです」
「あ? あれって、そういう目的だったの? やっぱり、お芝居だったのね?」
 セレスがそう言うと、武闘僧はじろりと彼女を睨んだ。
「当たり前でしょ。僧侶のこの私が、理由もなく娼館に行くものですか! 汚らわしい! 白粉べたべた香水プンプンの娼婦達に囲まれて、もう、むちゃくちゃ大変だったんですよ! 吐き気とめまいで、何度、死ぬかと思った事か!」
 娼婦達に囲まれたせいで、吐き気とめまいで死ぬ? 意味がよくわからなかったものの、相手の剣幕に押され、セレスはひきつった笑みを浮かべた。
「ご苦労様。アジャンの為に、たいへんだったのね」
「そうなんですよ! アジャンの為に、私、頑張ったのですよ! 娼館に影武者忍者を残し、姿隠しと結界魔法を駆使してアジソールズのもとにアジャンを連れてってたんですよ! なのに! アジャンったら、全然、話をまとめる気がなかったんです! 嘘でもいいから一言、『大魔王討伐後にアジに戻る』と言えば話し合いは終わったのに! 確約はマズいのなら、『大魔王討伐後にケルティに戻る』でごまかしておくでもいいじゃないですかって、私、言ったのに! 俺は王にならんとしか言わないんですから! 話し合いがズルズル続いて、娼館通いも続いて! 毎日、毎日、娼婦と顔をつきあわせてたんですよ! 私、アジャンに殺されると思いましたよ!」
「わかったわ、僧侶のあなたがものすごい苦労をしたのはよくわかったわ」
 本当はわけがわからなかったが、セレスはナーダを宥めた。言うだけ言ってナーダも気が済んだのか、閑話休題となった。
「アジソールズはアジャンの翻意を促そうと、必死でした。仲間のアジ族の男や、共通の部族語を持つ近しい一族ハリの男を集め、数をもってアジャンを説得する策に出ました。アジの困窮を訴えたり、昔の栄光を語ったり、アジクラボルト王の偉業を語ったりしてね。アジャンはいつも仏頂面でしたが、ご家族の死に関する話には聞き入っていました。アジクラボルト王がどういった経緯で捕縛されたのか、その時、どのような扱いを受けたのか、王を助けるどころか石を投げ罵倒を浴びせたのはアジ族の誰だとか、どれほどの時間苦しんで死に至ったのかとか……。処刑に関わった司教や軍人全ての名前も、アジャンは知りました」
「………」
「家が襲われた時の詳しい話も聞いていました。アジャンが斬り捨てた三人の他にも、襲撃者はいたのです。しかも、十五人も。アジャンの叔父で、現在アジ族の部族王を名乗っているアジカラボスもその一人でした」
「………」
「彼等と過ごした一週間でアジャンが変心したとは思いたくないのですが……おととい、アジャン、ポツリと呟いたのです。一度、北に戻るべきなのかもしれん、って」
「北へ……?」
 セレスの胸がドキッと鳴った。
「……何をしに?」
「北にある深い森に、聖なる武器『極光の剣』があるようなのです。部族神とアジとの契約の証、王たる者しか振るえない両手剣なのだとか。シャーマン王アジクラボルトは、多分、身の危険をそれとなく感じていたのでしょうね、生前に、部族に伝わる聖なる武器を何処かに隠して封印してしまったのだそうです」
「武器を……封印?」
「ええ。アジ族には聖域とされる場所が幾つかあります。その中の一つに、次代の王たる者が部族神と契約を結ぶ森があり、その森の何処かに剣を隠したのではないかと思われます。現在のアジ王アジカラボスは即位後すぐに、『極光の剣』を求めてその森に向ったのですが、森の中に足を踏み入れられませんでした。強力な結界が張られていたんです。森に住む獣や鳥はもちろん、人に飼われている馬や犬も楽々と森と外を行き来できるのですが、人は進めないのです。目に見えぬ壁に阻まれ、森の中に入れないのだとか。魔法で中を窺おうとしても結界に阻まれるそうです。アジクラボルト王の死後、もうすぐ二十年だそうですが結界は未だに生きています。おそらく……次代の王たるアジャンが行くまで解けないのでしょうね」
「森の何処に……剣はあるの?」
「森にあるとはっきりしてるわけじゃないんです。多分、そこだろうってだけで。それに、誰も森の中に入れないんです。あるか無いか確かめる事すらできないのですよ」
「剣は洞窟の中にあるのよ。暗い洞窟の大岩に、鞘ごと突き刺さっているんだわ」
「……確かに、その森には洞窟があります。次代シャーマン王の修行場だそうで。シャーマンは、そこに籠もって神の試練を残り越えてはじめて、他者の魂を救える真のシャーマンになれるのだそうです。剣があるとしたらその洞窟なのではないかと、アジソールズも言っていました」
「『極光の剣』って、『勇者の剣』よりもを大きくて、柄は銀と真鋳で柄頭はキノコ型、鞘は青銅製で真鍮の金具がついているのよね?」
 ナーダが糸目を見開き、女勇者を見つめる。
「その通りです。何故、あなたが『極光の剣』の形状をご存知なんですか?」
「夢で見たの……ホルムに来る前と、おとといの夜から昨日の明け方にかけて。アジャンのお姉さんのアジンエリシフさんと、アジャンのお父様と思われる赤髪の戦士が夢に出てきたわ。『北に疾く戻れ、戻らねば、おまえの命運は尽きる』って赤髪の戦士がおっしゃってたのがすごく気になって」
「え? 何ですって?」
「『北に疾く戻れ、戻らねば、おまえの命運は尽きる』よ」
「え?」
 ナーダがけげんそうに眉をしかめる。セレスは気づいた。今、自分が口にしたのはアジ族の部族言葉なのだ。夢の中では不思議と意味がわかったし、その言葉を覚醒している今でもなぞる事はできる。しかし、本来、セレスの知らない言葉なのだ。むろん、ナーダも。セレスは夢の中の言葉を共通語で仲間に伝えた。
「夢の最後には洞窟が見えたわ。洞窟の中に眠る巨大な大剣、あれを手に入れろと、アジャンのお父様はおっしゃってたわ。神との契約の証だから、って」
「セレス、あなた……」
 呆然と、ナーダは女勇者を見つめた。
「あなた、霊感ゼロのくせに、どうしてそんな夢を見たのです?」
「知らないわ。でも、見たんだもの」
「他に何かわかりませんか? アジャンは『極光の剣』を求め、出奔したのだろうとは思うのです。その為に、アジソールズ達の願いを容れて彼等の協力を得て、アジの魔法使いに移動魔法などを使わせているのではないかと。しかし、剣が本当に聖域の森にあるのかどうかはわからないのです、私達には」
 そこで、ナーダは一呼吸置いてから言葉を続けた。
「ですが、アジャンには『わかる』と思うのです。求めるものがどの方角にあるのか、真実を見抜く目が彼に進むべき道を教えるでしょうから」
「……そうね」
「アジャンが移動魔法の使い手と移動してるとあっては、忍では行方を追いきれません。夢でわかるのなら教えてください。『極光の剣』は遥か北のシャーマン修行の森にあるのでしょうか? それとも別の場所に?」
「そんな事を聞かれても……」
「アジャンは、彼の性格からいって、絶対に、『極光の剣』にいきつくはずです。アレにはケルティ新王朝を転覆させる力があるそうなので」
「え? 剣なんでしょ? 聖なる武器の? それに、新王朝を転覆させる力がある?」
「アジソールズがそう言っていました。部外者の私が同席していたせいか詳しい話はしませんでしたけどね、アジの王が『極光の剣』を手に入れれば勝てると……アジャンを説得していた男達は皆、そう信じていました」
「武器は武器だと思うわ……」
 セレスは納得がいかず、顔をしかめた。
「夢なんだけど、あなたに話した以上の事はわからないわ。洞窟の中しか見てないの。そこが何処にあるのかなんてわからないわ……それに、夢も、毎日、見てるわけじゃないのよ。前はよく見たけど、ホルムに来てからはさっぱりだし。おとといの夜だって、本当に久しぶりにあの夢を見たんだから」
「おとといの夜……」
 声を漏らしたのはジライだった。忍者は視線を東国の少年に向けている。シャオロンも困ったような顔で、忍者を見つめ返している。
「セレス様がかような夢を見た理由、私めにはわかりもうした」と、忍者。
「え、本当?」セレスの問いに、忍者は頷いた。
「でも、ジライさん!」東国の少年は不満そうだった。
「黙れ、シャオロン。間違いはございませぬ。セレス様はシャオロンと共寝した時のみ、アジャンに関わる夢をご覧になっていたのでしょう」
「へ?」
 女勇者と武闘僧の目が点になる。
 忍者ジライは、時々、セレスが寝ボケてシャオロンの寝台に潜り込んでいた事、眠っているセレスとシャオロンが同調(シンクロ)していた事、おとといの夜、ホルムに来てから初めてセレスがシャオロンの寝台へ入り込んだ事を教えた。おとといの夜など、わざわざ廊下に出て隣の客室(ゲスト・ルーム)の扉をノックして召使役の忍に扉を開けさせ、真っ直ぐにシャオロンの寝台に向ったのだと忍者は言う。
「あやつら、セレス様とシャオロンはそういう仲かと勘違いして、見て見ぬ振りをしておりました」
「そういう仲ってどういう仲よ! 何で起こしてくれなかったのよ!」
「セレス様の安眠を守るのも私の務めですから」と、にこやかな顔で忍者はほざき、
「お目覚めになる前に私が腕に抱きセレス様をお部屋のお布団まで運んでさし上げておりますゆえ、何の問題もござりませぬ。ケルティに着いてからご心労が続き、セレス様のお肌と内臓に少々、疲れが表れております。眠れる時には少しでも多くお眠りいただいてセレス様の玉のお肌を守らねばと、共寝は放っておきました」
 セレスは怒りの張り手を忍者に食らわせてやった。本当なら蹴り飛ばしたいところなのだが、相手は大怪我をした後なので、多少は、手加減をしたのだ。
 それは、ともかく……
 セレスはシャオロンをジーッと見つめ、その右手をとった。
「シャオロン、これから一緒に寝ましょう」
「え――っ!」
 少年は逃げ腰になるが、セレスは逃がさなかった。
「霊感が強いあなたが、アジャンのお父様とお姉さんの霊を呼んだに決まってるわ! あの夢を見させてくれたのは、あなただったのよ!」
「いえ、正確には、シャオロンの霊感とセレス様の能力が重なった結果でしょう」と、忍者。
 ジライは、カルヴェルの知り合いの魔法使いナーダから聞いた話なのだがと断ってから、
「あの男、セレス様は共感能力者(エンパシー)で、他人の強い感情や思いに触れると、その者の心を我が事のように感じ、時には記憶や人格さえ共有するのだと言うておりました。シャオロンが霊を呼び寄せ、その霊の思いにセレス様が共感なさっておいでなのでは?」と、推測を伝えた。
 セレスは口元を覆った。そんな能力が自分にあるなんて、信じがたい。しかし、昨晩、アジャンの記憶を読んでしまったのも、もしかしたら、その能力のせいかもしれない。 
 ナーダが両腕を組み、首を傾げる。
「そういえば、セレス、あなた、シャイナの荒野でダイダラという方の心を読んでいましたよね?」
「ええ……」
 一つ目鬼の巨人ダイダラ。ジライの異形の部下だった。
「……そうね。あの時は、あの人が何を考えているのか、何故だかわかったわ。ジライの体をサリエルがのっとっている、でも、ジライもまだ居る、ジライを殺しては駄目だって……あの人、必死に物言えぬ口で訴えていたわ……あの人を刃にかけた私に」
「セレス様は、お優しゅうございますから……」
 覆面の下のジライの目が細くなる。笑みをつくったのだ。
「アレの憐れな外見に心を痛め、それゆえ、アレと共感なさったのでしょう。セレス様が居らねば、私めはサリエルに体を奪われ、ダイダラは乱心の汚名を着せられたまま犬死にしておりました。ほんに……いくら礼を述べても、足りぬぐらいにございます」
「感謝なんか、やめて……私の腕が未熟なせいで、あの人を殺してしまったのですもの」
「いいえ。アレは満ち足りて逝きました。何の未練もなく往生したのです。セレス様がアレの心を読んでくだすったからにございます。セレス様のお力は、人を救済できる尊き力にございます」
「………」
 ためらいつつも、セレスは疑問を口にした。
「私……本当に共感能力者(エンパシー)なのかしら?」
「おそらく。精神が高揚した時などに、ふとしたはずみで発揮されるお力だそうです。こたびは、安定した霊感のあるシャオロンが、セレス様のお力を発揮しやすい場を作っているのやもしれませぬな」
「………」
「セレス様、正直に申し上げれば、私めは、アジャンがどうなろうが関心はございませぬ。あやつが魔に堕ちセレス様のお命を狙うとあらば、斬るまでの事。ですが、セレス様があやつを助けたいとお望みである以上、このジライ、力の限りお助けいたします」
 目元の笑みを消す事なく、ジライはシャオロンを見つめた。
「セレス様がご所望じゃ、シャオロン、共寝を務めよ」
「え――っ! でっ、でも!」
 今までは眠っている間にセレスがベッドに入り込んできたのだ。知らない間、同じ布団に入っていただけだ。けれども、セレスやジライの望んでいる通りにするという事は……寝巻き姿のセレスと同じベッドに入るわけで……当然、自分は、最初、起きているのだ。
「できません! 無理ですよ! オレ、男なんですよ! そんな事、できるわけないじゃないですか!」
「まあ、シャオロン、あなた、アジャンの行方を知りたくないの? 幽霊にお尋ねすればわかるのかもしれないのよ」
「アジャンさんの行方は知りたいです! でも、それとこれとは別問題なんです!」
「どうして?」
「どうしてって……だって、オレ……」
 顔中を赤く染めながら、少年はセレスに告白した。
「オレ、セレス様が好きなんです! 愛する方と同じベッドで眠れるほど、オレ、人間できてません!」
「シャオロン……」
 セレスは真っ赤になった少年を見つめ、握っていた少年の右手にそっと優しく包み込むようかのようにもう片方の手をそえた。
「私もあなたが好きよ」
「え?」
 セレスはにっこりと微笑んだ。
「私も、あなたを愛しているわ」
「え?」
 少年は自分の耳を疑った。しかし、セレスは確かにそう言ったのだ。
 ドキドキと大きく鳴る心臓。その音をセレスに聞かれてしまうのではないか? 少年は震えながら、愛する女性に問い返した。
「オレを愛しているって……本当ですか?」
「ええ、本当よ」
 セレスは、大輪のバラのような艶やかな笑みを浮かべている。
「だから、心配しなくていいのよ。あなたが寝相が悪かろうが、歯ぎしりをしようが、いびきをかこうが全然、気にしないわ。だって、シャオロン、あなた、仲間だもの。家族と同じよ。弟のように愛しているわ」


「……弟」


 シャオロンはがくっと頭を垂れた。ぬか喜びをしてしまっただけに、ショックは大きかった。だが、敬愛する女性から弟のように可愛がられているのだ、悲しむほどの事ではない!と、自らを元気づけようとしている少年の肩がポンと叩かれる。ジライだった。まだ覆面からにこやかな笑みを見せている。
「案じずともよい、シャオロン」
「ジライさん?」
 忍者はとても優しそうに微笑んでいた。が、
「何事もおきぬよう、我がしっかりと見守ってやるゆえ」
 その右手には……クナイがあった。
「きさまが獣欲に負けたときは、全力で止めてやるぞ」
 クナイをチラつかせ、ジライは笑みを浮かべていた。その目は冗談を言っている目ではなかった。
「さあ、シャオロン、寝ましょう!」
「シャオロン、はようせい。セレス様をお待たせするな」
 やるき満々のセレス。
 無慈悲な忍者。
 少年は大きな溜息をつき、諦めて頷いた。
「でも、オレ……たぶん、眠れないと思います」
 興奮しちゃうだろうからとは、さすがに口にしなかったが。
「ならば、我が忍法で眠らせてやろう」と、ジライ。
「……そうですか。じゃあ、もう、何でもいいです……」
 ハハハと力なく笑う少年。
 ナーダは同情の眼差しで少年を見つめていた。一世一代の告白は、鈍い女勇者には通じなかった。無垢すぎる罪な女性と、とことん身勝手な忍者に振り回されるシャオロンは、非常に気の毒に思えた。
 しかし、アジャンの行方がわからない以上、シャオロンの霊感とセレスの共感能力に頼るしかない。アジャンを運んでいる移動魔法がカルヴェル級のものであれば、もう目的地まで到達してる可能性すらある。となれば手遅れは確実だが、そうでなければこちらが急げばどうにかできるかもしれないのだ。
「このまま幻術と結界を張り続けますから、頑張って夢を見てください」
 と、言い残し、ナーダは移動した。姿隠しの魔法を使って。アジャン失踪を隠す工作、部下への指示、新王朝から移動許可がもらえてないケルティ北部への移動の算段、監視役となる軍隊の目をくらます方法……やらねばらない事、考えねばならない事は山積みだ。
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