挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
女勇者セレス 作者:松宮星

ケルティの闇と光

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

69/151

極光の剣 4話

 二日後、女勇者一行とその護衛の軍隊はケルティの首都ホルムに入った。
 馬車の窓から眺めると、次々に絢爛なシベルア建築が見えた。
 一行の監視役のゲオルグ男爵は、胸をそらせてホルムの素晴らしさを説いた。これほど広大できちんと整備された都市は、他にはないと。
 森を切り開いて築かれた王宮から放物線状に二十の大通りが伸び、環状に四本の運河が走り、街並みは区画ごとに建物の高さまで統一して建てられている。豪奢で優美、そして機能性にあふれた都市だとゲオルグは言う。
 しかし、橋の下や路地には、粗末な掘っ立て小屋がひしめいていた。
 それについてセレスが尋ねると、軍人は不愉快そうに、ケルティ人達の不法建築物だと答えた。土地や職を無くし食い詰めたケルティ人達が都会に流れてきて建てるのだ、迷惑だ、定期的に撤去しているのだが、すぐに又、景観を損ねる物を建てる。もっと頻繁に浮浪者狩りをして、街の美化につとめるべきだとブツブツと文句を言う。
 セレスの右横には、赤毛の傭兵がいた。蛇騒動の後、彼はゲオルグから最も離れた席に着くのを常としていた。扉窓のカーテンをめくり、傭兵は街並みをじっと眺めていた。
 セレスの左横には狸寝入りをしつつ通訳を務めるジライがおり、セレスの正面のシャオロンはエウロペでナーダから貰ったシベルア語の本を読み返していた。
 今日はゲオルグとの会話はナーダが担当していた。ゲオルグが、ここは商業区だ、宗教区は三つ北の通りだ、軍隊の詰め所はどこだと説明するのを、ナーダが鷹揚に聞いている。セレスは二人の会話に時々参加し、にこやかな笑みを場にそえる役割を果たしていた。
 しかし、変なのだ。
 昨日までゲオルグは、セレス以外の人間を相手にしていなかった。会話すべき相手ではないと、故意に無視している向きもあった。それなのに、今日は気味が悪いほどナーダにへりくだり、お愛想まで言っている。
「ゲオルグ殿、お願いがあるのですが」
「は。何でございましょう、ナーダ様」
『ナーダ様』?
 セレスは目を丸めた。昨日の日中まではゲオルグはナーダを呼び捨てにしていた。という事は、昨晩、ナーダが何かしたのだろうが、一体、どんな魔法を使ったのだろう。
 いぶかしく思っていたセレスは、ナーダの次の言葉に思わず『はひっ?』と驚きの声をあげてしまった。
「昨晩の娼館も悪くはありませんでしたが、ホルムは何事においてもケルティ(いち)の街なのでしょう? さぞ花街も素晴らしいのでしょうね。案内してくれませんか?」
 ゲオルグはオッホンと咳払いをした。顔をひきつらせているセレスを女性ゆえの恥じらいから花街の話題を嫌がっているのだと思い、ごまかそうとしたのだ。
「娼館って……ナーダ、あなた」
 セレスの足をボカッとアジャンが蹴る。騒ぐな、という注意だ。
 女勇者はグッと喉をつまらせ、口をつぐんだ。何か策があってこんな話をしているのだろうけれど……僧侶のナーダが娼館に行っただなんて。
「私もアジャンも並みの遊びでは満足できないのですよ。南には無い北独特の変わった趣味のお店とか、美姫の集う快楽の館なんていいですね。ご存じありませんか?」
「ウオッホン!」
 ケルティ軍人は、更に大きな咳払いをした。セレスが口をぱくぱくさせているので、気まずくて照れているのだ。
「残念ながら、わしの護衛任務は王宮までです。今後のあなた方の護衛は宮廷の近衛兵が担当します。ですから、たいへん申し訳ありませぬが、今日でお暇を」
「おや、そんなつれない事おっしゃらないでください。インディラを遥かに離れた異国で、せっかく心安い方と知り合えたのです。宮廷には南への敵愾心にあふれたお方しか居られないかもしれない……。しかし、あなたは違う。軍人としての職務に忠実でありながら、柔軟に物事に対応できる方です。私もできうる限りの誠意をお見せしますから、私を助けてくださいませんか?」
 ゲオルグが狡猾そうに笑う。
「ナーダ様がそうおっしゃるのなら……」
「昨晩、王宮にも顔が利くとおっしゃってましたね? あなたのご友人で頭が固くない、黄金の魅力をよくご存じの方をご紹介くださいませんか? その方を通じてあなたとも連絡をとりますから、夜のホルム観光に連れてってくださいな」
 セレスは、ぶるぶると体を震わせていた。
 会話からすると……
 昨晩、ナーダはアジャンと共にゲオルグの案内で破廉恥な店へ行き……
 後日、もっと破廉恥な店に行きたいので……
 賄賂を渡すから宮廷内で便宜をはかってくれる者を紹介しろ……
 王宮を抜け出して破廉恥な店に行く手筈も整えてくれと……
 そう言っているのだ、僧侶のナーダが!
 怒りのあまりセレスはめまいを感じた。卒倒しそうなほど頭に血が上っている。
「これは何らかの作戦に決まっております、セレス様」
 セレスにしか聞こえない小声が耳に届いた。ジライだった。
「ナーダめが女戒を破るはずがございませぬ。騒いではなりませぬ。お怒りをお静め下され」
 セレスは唇を噛み、忍者に視線を向けた。首を上下に動かしている忍者は眠っているようにしか見えなかったが……彼の言う通りなのだろう。
 セレスは背もたれに身を預け、溜息をついた。
 セレスの正面のシャオロンは、軍人とナーダに囲まれているので、ただ呆然となりゆきを見守っている。
 そして、アジャンは……ひたすら窓の外を眺めていた。睨むような眼つきで……


 森を切り開いて造られた壮大な庭園を抜け、一行は壮麗な宮殿に辿り着いた。一階に二百以上の窓が並ぶ長方形の、三階建ての白い宮殿だ。全ての窓に細かい装飾が施された豪奢な王宮だ。
 噴水の大滝の前で、セレス警護の任は、ゲオルグ達ホルム警護師団所属第三騎兵中隊から近衛小隊へと受け渡された。新たな案内役となったのは、まだ年若い少尉だった。やや鷲鼻ぎみだったが、金の髪、鋭い緑の瞳の、逞しい美丈夫だった。
 アレクセイと名乗った青年将校は古臭い共通語で、勇者一行に挨拶をした。語学に堪能な為、警護責任者となったのだろう。
 セレスも青年に挨拶を返し、荷車から『勇者の剣』を降ろし、その背に負った。勇者として、王宮に入る為に。
 アレクセイと小隊に導かれ、セレスと従者達は見上げるほど巨大な扉を通って王宮の中へと入って行った。
 内装は溜息が出るほど豪華だった。廊下は十人ぐらい並んで歩けそうなほど広く、エーゲラ風の大理石の円柱が豊富に使われ、琥珀や金箔が壁を飾っていた。床も鏡のようにピカピカに磨かれている。
 しばらく進んでから、召使役の忍者達がいない事に気づいた。彼等は荷車と共に裏口に回っているのだろう。
 幾つもの回廊や、屋根と壁のついた渡り廊下を通り、セレス達は宿泊先の離宮へと向った。回廊の窓からは常緑樹茂る庭園やさまざまなシベルア建築が見えた。アレクセイは王宮には数多くの離宮、シベルア教会、美術館、劇場、軍隊の詰め所、裁判所、造幣所、倉庫などがあり、その多くが回廊や廊下で繋がっているのだと説明した。真冬の雪に埋もれる時期の移動の簡便化の為だ。
 五人には、一人一人に、居間・寝室・二人の召使用の部屋からなる三間続きの広い客間(ゲストルーム)が用意されていた。アレクセイはセレス用の部屋で一同に部屋の造りを説明してから、こう伝えた。
「現在、ゴトゥノフ陛下は観劇中につき、面談はかないませぬ。二時間後、会見の席をもうけますゆえ、それまでに旅の穢れを払い、身なりを整えていただきとう存じます」
「わかりました」と、セレス。
「間もなく、お荷物とご家来衆も着くでしょう。我々近衛は廊下にて待機しております。お困りの事がございましたら、ご遠慮なくどうぞ。又、何かご入用のものがございましたら準備いたしますので、お気軽にお声をおかけください」
 青年将校は物腰がやわらかく、南への敵愾心があるのかもしれないが外には出していない。偉ぶるところもなく、礼儀正しく勇者一行と接している。
 自然、セレスの口調も好意的なものとなる。
「お心遣い、ありがとうございます、アレクセイ様」
 そう言うと、セレスはにっこりと微笑んだ。
 大輪の薔薇もかくやと思わせる艶やかさと、白百合のような清楚さ。相反する二つの美が、その笑顔にはあった。サファイアの瞳は泉のごとく澄み渡り、赤い唇はどこまでもなやましげで……
「高潔な近衛の方々とお近づきになれて、光栄ですわ。王宮滞在中の護衛、よろしくお願いいたします」
 近衛将校の精悍な顔。その尖った鼻が朱色に染まった。
「りょっ、了解、で、あります! そ、それでは、わ、私は、これ、に、に、これにて!」
 逃げるように廊下に向うアレクセイに、セレスが声をかける。
「お待ちになって、アレクセイ様。準備が整った後、少し歓談したいので、私の部屋に皆を集めても構わないでしょうか?」
「じ、じ、じ、時間に、よ、よゆうがございましたら、かまい、ませぬ。お好きにお過ごし、くだ、さ、っさ、さい。謁見予定時間十五分前に、セ、セ、セレ、ス様のお部屋にお迎えにあがります! それで、は!」
 アレクセイは真っ赤になった顔を伏せ、廊下へと走って行った。
 取り乱す近衛仕官を見て、セレスはきょとんとしていた。己の美貌に頓着していない彼女は、自分の笑顔の影響力がわかっていないのだ。
 忍者ジライはふんと鼻で笑い、扉の向こうに消えた近衛少尉に対し未熟者めがと小声で呟いていた。
 美しすぎる、南から来た女勇者……
 やっかい事が起きなければいいが……セレスの背後で、ナーダは糸目を更に細めていた。


 老忍者ガルバはナーダの執事役で勇者一行に同道していた。
 白髪の皺だらけの小柄な老人だ。一見、人の良さそうな老爺だが、彼はかつて僧侶ナラカの部下として大魔王退治を助け、大陸中に武勇を馳せた超一流の忍者なのだ。
 ガルバはナラカの失踪後、ナラカの妹――ナーダの母に仕え、不遇のうちに彼女が亡くなってからはナーダを主人と定め誠心誠意仕えている。
 武闘僧と忍者の関係は、主従を越えた、親しいものだった。
 老忍者は、赤ん坊の頃から見守ってきたナーダに、深い愛情を抱いていた。
 ナーダの方も老人をただの家来とは思っていなかった。周囲は全て敵だった王宮で、ガルバだけがナーダとその母の味方となり数多くの暗殺者を退けてくれたのだ……家族と部下全てを犠牲にして仕えてくれたのだ。
 出家するにあたり、七つであったナーダは全ての私物を捨てると決めた。それには、母の遺品も財産も部下も全て含まれていた。
 しかし、結局、ナーダはガルバとの関係を断てなかった。忍者が泣きながら懇願したからだ、死ぬまでナーダに仕えたい、もうこれ以上、新たな主人を持ちたくないと。『かなわぬのなら自害して、お守りしきれなかった罪をお母上様に詫びて参ります』と、わめく忍者を見捨てられるはずもなかった。
 ガルバには母の遺産の管理を頼み、有事にはナーダの手足となって働く忍者軍団を作るよう命じて、ナーダは総本山での修行に入り……そして今に至っているのだ。
 とはいえ、第一王子だったナーダを僧籍に入れた現国王と第二夫人とその一族を怨んでいる老人は、うっとうしい存在でもあった。正当な王位継承者を名乗り戦を起こしましょうとか、奸婦一族を葬る策がございますゆえ還俗いたしましょうとか、ろくでもない望みを口にするからだ。
 今、その忠義者の老忍者は………
 うるうると瞳をうるませ、主人の着替えを手伝っていた。肌着から順に、主人が望むものを手渡しているのだ。
「次」
「はい! 御身様!」
 涙を堪え、鼻をすすり、主人の姿を老忍者は嬉しそうに見つめている。
 対するナーダは不機嫌そうに眉をぴくぴくと動かしながら、姿見の鏡に映る自分を見つめていた。衣服に袖を通し、末端に縁飾りのついた絹の腰帯を巻いた後、ナーダは首を傾げた。
「……意外と薄手ですね、これ、本当に北部の冬用の衣装なんですか?」
「は。……間違いは……ございませぬ」
 ずず〜っと鼻をすりあげ、老人は薄く細長い絹の布を恭しく捧げ持った。
「……お手伝いいたしましょうか?」
「必要ありません」
 ナーダは布を手に取るや、まず布端を前額に当て布を一巻きして固定した。その後も、すばやく布を前に巻きつけてゆき、最後に宝石の留め金で布を固定した。
「おおおおおおお!」
 老人はへたりとその場に座りこみ、目から滝のように涙を流し始めた。食い入るようにナーダを見つめながら。
「御身様……ほんにご立派になられて……嬉しゅうございます。今まで生きてきた甲斐がございました」
「……ガルバ」
 頭痛を覚え、ナーダは額に手を当てた。
「何度も説明したはずです……これは変装なのですよ」
「わかっております。わかっておりますが……」
 老人は右腕でぐいっと涙をぬぐった。しかし、後から後からダダーッと涙がこぼれてくる。
「そのお姿……亡きお母上様にもお見せしたかった」
 おいおいと泣き濡れる忍者に対し、ナーダは溜息をついた。今は何を言っても無駄なようだと、思いつつ。


「……ナーダ?」
 セレスは仲間から目をそらせなかった。
 謁見前に準備が整い次第、セレスの部屋に集まる事になっていたのだ。
 セレスの支度は早かった。白銀の神聖防具の鎧に『勇者の剣』が勇者の正装だからだ。召使役の二人の女忍者――中年のおっとりとしたマリーと明るい少女のローラ(彼女らのエウロペ風の名前は偽名と思われたが)に、鎧を磨いてもらい、髪を梳いてもらうとやる事はなくなった。
 最初に部屋に現れたのは忍者ジライで、着替えたとは言っていたが、いつもと同じ忍装束だった。次はセレスから貰った貴族の少年の宮廷着を苦しそうに着こんだシャオロンがやって来て、シャオロン同様セレスからのお仕着せのエウロペ風騎士の衣装を着たアジャンがその後に続いた。
 武闘僧ナーダが、一番、遅かったのだ。
 ナーダは、インディラの王侯貴族のごとき姿をしていた。逞しい体を金刺繍を施した白のチュニックで覆い、白のズボンを履き、爪先が尖った変わった形の白い靴を履いて、と、全身を白で統一していた。頭もそうだ。その禿頭を、羽飾りと宝石がついた白絹のターバンで隠しているのだ。
 衣服の上から両腕・両脚に黒の神聖防具をつけている点は異なるが、その姿は、まるで……
「ナーダ……インディラの国王陛下みたい」
 セレスのその言葉に、部屋の隅のアジャンが盛大にこけていた。『ったく、馬鹿女が!』と、体を起こしながら呟いてもいた。
「似てて当然です。親子なんですから」
「え?」
 ナーダは口元に微かに笑みを浮かべた。
「私の通行許可書、あなたも見たのに。私が父親の名前を記した欄、きちんと見てなかったでしょ?」
「え? え? え?」
 セレスは唖然とした。
「あなた、インディラの国王陛下の息子なの?」
「はい。長子です」
「しかも、長子? 嘘ぉ!あ、でも、そうか、あなた三十ですものね、第二王子様より年上だわ。え? でも? え〜〜〜?」
 顔見比べればすぐにわかるだろうと、アジャンは呆れ顔だった。が、シャオロンもセレス同様気づいていなかったらしく、びっくりと両目を見開いていた。
「何で今まで黙っていたのよ!」
「必要なかったからです。生家がどこであれ、私という人間の価値に変わりはないでしょ?」
「……それは、そうだけど」
「しかし、北方では、私の現在の肩書きよりも、出自の方が価値があります。ですから、国王の長子であることを、今後、公にしたいと思います」
「……どうして?」
 ナーダの糸目がキッ!とセレスを睨む。
「『どうして?』ですって? まったく、あなたは、なんで、そう、嫌になるくらい鈍いんでしょうねえ。あなたのせいに決まってるじゃないですか」
「私の?」
 表面は物静かだったが、ナーダの声には冷たい響きがあった。
「勇者であるあなたが、きちんと王侯貴族相手に交渉ができるのなら、私がしゃしゃり出る必要はありません。あなたに交渉の全てを任せ、私は裏方に徹したかったのに……」
 ナーダが、わざとらしく大きな溜息をつく。
「あなた、未だにシベルア語すら満足に話せないのだもの。私が表に出るしかないでしょ?」
「それは……あなたに交渉ごとを任せた方が万事うまくいくわよね……私も楽だし」
「……とりあえず貸しにしておきますね」
「え?」
「あなたのせいで、私、こんな不本意な恰好をしなきゃいけないんだし、服装にあわせ髪も伸ばすんです。それ相応のお返しをいただかなきゃ、割りに合いません」
「えっと……」
「それとも、余計なおせっかいでした? 私、王族の衣装、脱ぎましょうか? となると、王侯貴族との駆け引きは、私、できないんですよねえ、無位だから。女勇者様お一人にお任せしちゃいましょうかねえ」
「う」
 セレスは喉の奥でくぐもった声を出した。
「……お返しって何をあげればいいの?」
 セレスは警戒した。アジャンのようにお金を要求してくる事はないだろうけれども。
 ナーダはにっこりと笑った。どことなくセレスの魔法の師カルヴェルを連想させる、悪戯者の笑みだ。
「実はお願い事があるんです。今すぐじゃないんですが、多分、もうちょっとしたら、どうしてもあなたに叶えてもらいたい事がありまして、ね」
「私にできること?」
「あなたにしかできない事です」
「どんな事?」
「今はまだ話せません。その時がくるまで、内緒です」
「……Hな事じゃないでしょうね?」
 ナーダの頬が、ひくっとひきつった。
「……今のは冗談と思って聞き流してあげましょう。で、どうします? 私の願い事を叶えるって約束してくれますか? それとも、私の助け無しでお一人でケルティ新王朝と交渉する道を選びます?」


 一行が案内されたのは、『謁見の間』だった。
 四十四の窓と窓の間に鏡が埋め込まれ八十を越える燭台の光に照らされているのだ、部屋の中は、まばゆいばかりに金色にきらめていた。
 貴族達が居並ぶ広間の、最奥の玉座にケルティ新王朝二代目国王ゴドゥノフが座っていた。シベルア皇帝風の金刺繍が施されたローブをまとい、真珠や宝石をちりばめた黄金の冠を被っている。たいへん豪奢な衣装だったが、ゴドゥノフ本人は茶髪茶髭の痩せた神経質そうな中年男性で、王錫を手に玉座にふんぞり返って座っていた。
 国王の前に進み出たのは、女勇者セレスとインディラ国王の長子ナーダだった。二人の後ろに、東国の武闘家の少年シャオロン、忍者ジライ(セレスの真後ろに居る)、エーゲラ一の戦士アジャンが控え、国王に対し片膝をついて跪いていた。
 セレスは、つたないシベルア語で話す非礼を先に詫びておいてから、入国許可を感謝し、護衛をつけてくれた好意に礼を述べ、ケルティとゴドゥノフへの賛辞を口にして、極上の笑みを浮かべた。
 セレスを南の女と侮ってた貴族達も、その華やかな笑みに心動かされ溜息を漏らした。『勇者の剣』を背負い白銀の鎧をまとう男装の麗人には、凛とした気品があり、男心を刺激する清楚な色気が漂っていた。
 つづいて、インディラ国王の息子ナーダが口を開いた。流暢なシベルア語で、国王のみならず居並ぶ大臣・貴族・軍人達までにも敬意を表し、威厳を漂わせながらも礼にかなった挨拶した。
 ナーダは広間中の耳目が自分に集まっているのを確認してから、
「女勇者様からの心づくしです」
 と、手にしていた目録を読み上げた。宝玉・宝石などの高価な品々と、象牙・香辛料・香油などの北方では貴重な品を数十点、献上すると申し出たのだ。
 贈り物など、セレスにしてみれば全くあずかり知らない物だった。ナーダがそんな物を持ち込んでるのすら知らなかった。が、国王が女勇者に対し礼を述べる時に、笑顔で対応するぐらいの処世術は今では彼女も身に着けていた。
 国王の頬がゆるんだのを見て、ナーダは北方における女勇者の魔族退治の旅について話したいと希望を伝えた。
 けれども、ゴドゥノフ国王は、
「ボルコフに話せ。摂政がよきにはからう」
 と、相手にもしない。
 国王がナーダに求めたのは、インディラを舞台とした有名な歌劇の名台詞をインディラ語で言ってみて欲しいだの、翻訳して欲しいだの、インディラ料理ができるコックは伴っていないか? だの、たわいもない話ばかりだった。
 又、セレスの美貌を讃え、今宵の晩餐会には是非、出席して欲しいと好色そうな顔で笑ってもいた。
 外見は脆弱、国政に関心もない。
 ゴドゥノフが玉座についている理由は『シベルア王家の血筋』……ただ、それだけのように思われた。


 謁見終了後、別室でナーダは摂政ボルコフと、北方における女勇者の活動権限についての話し合いを始めた。
 今までの旅では勇者一行は、各国から庇護され資金的援助も受けてきた。しかし、北方で援助は望むべくもなく、常に監視され、行動も制限される。魔族退治の為の移動すら、どこまで許されることか。
 自分の事情と隠し財産を告白した武闘僧は、もうすっかり開き直っていた。賄賂や情報収集に湯水のごとく金を使う気になっていた。摂政ボルコフの情報も、既に当地の情報屋から買っていた。欲深い男が気に入りそうな贈り物も用意済みだ。
 女勇者一行に有利な状況をつくる為には、なりふりなど構っていられない。いずれはアジャンか或いは上皇となるべきケルティ人に叩き潰してもらう予定の相手と、ナーダはにこやかに交渉を続けた。


「開けて、アジャン。話があるの」
 シャオロンとジライを伴い、セレスは赤毛の戦士の部屋を訪れた。
 謁見の間から下がる時の、アジャンの表情が気になったからだ。感情を捨て去った、面のごとき顔。一年半近く共に旅をしてきたセレスにはわかっていた。怒りを胸に秘め居ている時、アジャンはあの顔となる。シルクド国王の前で大失態を犯したセレスを庇っている時も、あの表情だった。あれは怒鳴りたいが、人目があるので堪えている時の顔なのだ。
 しかし、扉を開けてくれたアジャンの家来役の忍者ムジャは、謁見から戻ってすぐにアジャンは寝室に籠もってしまった、誰にも会いたくないと言っていると、セレスの入室を拒んだのだった。


(あれが王か……)
 寝台にうつぶせに倒れ、アジャンはシーツを握り締めていた。
(あんな剣すらろくに持てなかろう、国を統べる力もない無能な男が、ケルティの王か……)
 忘れようとしていた憎悪が、再び、荒れ狂う。
 あの偽王を叩き斬れたら、さぞ痛快だろう……
 ケルティを食い物にする、シベルア司教、王侯貴族、軍人どもも、皆殺しにしたい……
 シベルアかぶれのこの城を燃やせたら、どれほど溜飲が下がることか……
 だが、そんな事をしても無駄なのだ。何も変わらない。
 大国シベルアが存在する限り、ケルティの隷属は続くのだ。


 父が来ている……
 目を閉じると、父の顔が見えた。
『北に疾く戻れ』と、その唇は言葉を形作っていた。


 ケルティに足を踏み入れてから、魔除けの首飾りは、日に日に効力を失っていった。
 アジャンのシャーマン能力が飛躍的に向上しているので、魔法道具(マジック・アイテム)では封印しきれなくなっているのだ。
 ホルムの街も、壮麗な宮殿も、回廊から見えた荘厳なシベルア教会も、アジャンには黒く醜く歪んで見えた。
 魔除けのペンダントをしているのに、だ。
 この土地には、かなり強力な魔族が居るように思われた。
 私事で恐縮ですが、操作を誤ってこの4話のテキスト・ファイル消去しちゃいまして、全文入力し直しました……。文章を書き直して入力して推敲しての四時間が全て無駄に……。ちょっと落ち込みました。バック・アップとらないと駄目ですね。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ