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女勇者セレス 作者:松宮星

ケルティの闇と光

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極光の剣 3話

 ケルティの地を踏んでから五日目、勇者一行とケルティ軍が川沿いの町トスベルに宿泊した夜の事だった。
 宿屋の部屋で寝台に寝転がり睨むように天井を見つめていた赤毛の戦士の元に、突然、来訪者が現れた。扉を使わずに、部屋の中に侵入してきたのだ。
「アジャン」
「………」
 赤毛の戦士は大儀そうに上体を起こし、寝台の前に佇むあやしげな恰好の人物を睨みつけた。
「クソ坊主、何の仮装だ、そりゃ?」
「何って……」
 来訪者――ナーダは己の恰好に目をやった。革の胴衣にズボン、腰に片手剣を佩いている。
「当地の戦士の恰好ですけど? どこか変ですか?」
「ああ。その頭と顎がな」
 そう言われ、武闘僧はにっこりと笑みを浮かべた。
「なかなか似合うでしょ? ジライから借りたのです」
「ケッ!」
 アジャンはそっぽを向いた。ナーダは肩を過ぎるほどの黒の癖毛のカツラを被り、同じ色と癖の付け髭を顎につけているのだ。
「そんなイカれた恰好をしてどうした? 軍隊にでも雇ってもらうのか?」
「いいえ」
 ナーダは肩をすくめた。
「この地で北方諸国一の情報屋の元締めに会う約束をしていましてね、その為の変装です」
「……おい」
 アジャンは声を潜め、仲間を睨みつけた。勇者一行には、始終、監視がつけられている。覗き穴、屋根裏、床の下、何処に監視役が隠れているかわからない。千里眼の魔法で覗かれている恐れもある。不用意な発言をしたナーダに黙れと、アジャンは目配せを送った。が、
「今は何を話しても大丈夫ですよ。私とあなたの監視役は、先ほど、ジライが忍法で眠らせてくれました。部屋の周囲は部下達が固めていますし、幻術効果つきの結界も張りました。千里眼の魔法で覗かれても、この部屋に、あなたが一人で寝ているだけの映像しか見えません」
「ほう」
「情報屋の元締めとの約束の刻限まで、まだ少し余裕があります。ですから、宿を抜け出す前に、ずっと気になっていた事をこの機会に聞いてしまおうと思いましてね……アジャン、少々、私の話につきあってくださいませんか?」
 赤毛の戦士は不快そうに眉をしかめた。何を尋ねられるかおおよそ察しがつくからだ。
 しかし、武闘僧は思いもかけぬ言葉を口にし、話を切り出してきたのだ。
「エウロペで初めてお会いした時から、ずっと思っていました……あなたは私の嫌いなタイプだと」
「ん?」
「あなたは、下品で女好きでがさつ、お金にうるさく、自分の外見や剣の腕前を鼻にかける傲慢な性格です。攻撃的で常に敵をつくりたがる生き方も嫌いです。聖職者や死者に対して全く敬意を払わないところなど、最悪ですね。本来なら側に近寄りたくも無いタイプです」
「ケッ! 言ってくれるぜ!」
「けれども、アジャン……一年半以上共に旅をしてあなたが不快なだけの人間でない事はわかりました。年少者に示す優しさ、命がけで仲間を守ろうとする気骨、自分と雇い主に忠実であろうとする傭兵魂など、好ましく思えるとこもあります。ですから、正直に言いまして……」
 武闘僧は、一呼吸を置いてから言葉を続けた。
「あなたを失いたくない」
「………」
「私にはわかります。このまま心を閉ざし続けていたら、あなた、闇に堕ちますよ。心の隙間を魔族につかれてしまいます」
 赤毛の戦士はフッと鼻で笑った。
「……かもな」
「アジャン!」
「ちょっと背中を押せば、今の俺は魔に堕ちる。この地に戻った以上、俺は復讐を果たさなければならない。捨てたつもりでいても血の絆は未だに俺を縛っていた……殺したくて、殺したくって、たまらねえんだ。支配者面をしているシベルア人どもや家族の仇を……皆殺しにしたい」
 顔を歪め空を睨むアジャンには、他を拒む狂気があった。触れるもの全てを焼き滅ぼす業火のごとく……
「……やはり」
 ナーダは眉をよせ、唇を噛み締めた。
「あなた、越境者だったのですね。エウロペに不法入国したケルティ人なのでしょ?」
「ああ、十三の時に国境を越え、故郷を捨てた」
「アジクレボスの曾孫というのは?」
「むろん、詐称だ。不法入国後しばらく世話になった強欲ババアから買った戸籍だ。アジクレボスという、エウロペで死亡したケルティ人は実在している。ちょっと調べたぐらいじゃ、この詐称はバレねえ」
「……苦労なさったんですね。あなたのお父様はシャーマン王でしょ? アジ族の王ですね?」
「何だ、そこまでバレちまったのか」
 アジャンは低く笑った。
「まあ、馬車の中であれほどのバカやっちまったんだ、バレてもしょうがねえか」
「もっと以前から、そうではないかと思ってましたよ。シルクドでストーン・ゴーレムを操る魔族と戦った時からです。あの時、弟さんの名前は『アジャニホルト』で、あなたの能力はお父様からの遺伝だっておっしゃったでしょ? 名前の最初に部族名を付けるのが北方古来の風習ですし、アジ族はケルティ最古の部族の一つだと本で読んだ事がありました。それに、ケルティで優秀なシャーマンとなれば真っ先に浮かぶのは部族王ですから」
「アジャニホルトの名前を俺が口にした時から側に居ただぁ? おまえ、いつから話を盗み聞きしてたんだ!」
「背中の『勇者の剣』が宙を飛んでったんです。何事かと思って駆けつけるに決まってるじゃないですか、気配を殺して話を伺ってたんです」
「……油断のならん野郎だ」
「あなたも本名はアジ何とかなのでしょ?」
「……そうだ」
「本名を忘れたというのは嘘ですね?」
「いや、忘れていた。というか……思い出せぬよう、自ら心を縛っていた。自分の名前と、家族の死に立ち会った時の感情を、な」
「心を縛る?」
「記憶はあるが、再生できない状態だ」
「はあ。器用ですね、意志の力で、特定の事だけ忘れるんですか……シャーマンの血筋だからこそできる精神操作ですかね」
「ケルティ人は血と名にかけて一族の誇りを守る。一族を殺害された者は、必ず仇を討つ。その義務を怠る者や敵に背を向ける者は、人間の屑とされる。だが、俺は……仇など討ちたくなかったんだ。守るべき者は誰一人居ないし、部族神への信仰心ももはや欠片もない。俺は浮き草だ。アジャニホルトを失った時、俺はアジを捨てた。だから、心を縛ったんだ。なのに……」
 アジャンは拳を握り締めた。その手は血の気を失い、白くなっていた。
「ジジイが俺に過去見の魔法を使いやがったんだ」
「え? カルヴェル様が?」 
 女勇者セレスの魔法の師カルヴェル。当代随一の大魔術師であり先代勇者ランツと共に大魔王ケルベゾールドを倒した英雄……と、讃えられているわりに、人格に問題のある老人だ。いくら乞われても女勇者一行には加わらないし、ニコニコ笑うばかりで決して本心を明かしてくれない。旅先に出没し気分次第で手を貸してくれる事もあるものの、あてにならない存在なのだ。
「何時、カルヴェル様が過去見の魔法を?」
「……あのジジイが通行許可書を持って現れた日だ。『聖王の剣』の貸しだし料金代わりに魔法をかけさせろと言ってな」
「……どうして、そんな……」
「知るか!ジジイは俺に……あの日を思い出させやがったんだ」
「あの日……?」
「父が処刑され、母と姉が陵辱の末に殺されたあの日……七つだった俺が、幼い弟と妹を連れて村から逃げた日だ」
「………」
「おかげさまで、俺の中の戦士の血が疼き出した。家族の仇やシベルア人どもをぶっ殺したくって堪らなくなったんだ。だが、俺が復讐に走れば、勇者一行は窮地に陥る。それに多分、俺は……俺でなくなる。ケルティに足を踏み入れるべきじゃない。自明の理だ。なのに、あの、くそジジイ……」
 アジャンが忌々しそうに、息を吐き捨てる。
「祝福の魔法の代金代わりだって、命令しやがった。セレスと共にケルティに入国し、なすべき事をなせと、さ! 契約切れを理由に、俺は勇者一行を離れるつもりだったのに! 再契約しろと、あのジジイが! 絶対、後悔するぞ、あいつ! 俺が女勇者一行を破滅に追いやるだろうに!」
「アジャン!」
 武闘僧は血の気が引いたアジャンの手を握り締めた。
「あなたの心の内に、絶望と深い憎悪がある事はわかっています。ですが……勇者の従者として、私達の元に留まってくださいませんか?」
「………」
「あなたの狂気は魔を呼びます。魔は器としてのあなたを欲し、あなたの心は大国に対抗する強大な力を欲しています。魔に堕ちないでください……あなたを……殺したくない。ケルベゾールドを滅ぼすまで、一族再興は待ってください」
「……一族再興だぁ?」
 赤毛の戦士は武闘僧の手をふりほどき、ゲラゲラと下卑た笑い声をあげた。しかし、その目は笑みに崩れる事無く、冷めた光を放っていた。
「アジ族の残党など、くそくらえだ! シベルア人どもに皆殺しにされればいい! 誇り高いアジは父アジクラボルトと共に滅んだ。今、生き残っているのは、薄汚い卑怯者だけだ……俺を含めて、な」
「アジャン……」
「部族王の父を蛇の腹裂き刑で処刑したのは、ケルティ新王朝の軍隊とシベルア司教だが……母と姉をなぶり殺しにしたのは身内だ。アジの男どもだ」
「!」
「シャーマン王の家族を殺し、偽王に恭順を示したかったのさ! アジは堕落し、地に堕ちた! 救う価値などない!」
「………」
「俺には未来の展望などない。ただ、戦いたいだけだ。一人でも多くの馬鹿どもを道連れにしてくたばれれば、それでいい」
 狂戦士(ベルセルク)……
 北方の神話に時折現れる、狂乱状態となって敵を打ち殺す戦士だ。野獣のような獰猛さを発揮し、死を恐れず忘我の境地で戦う彼等は……その多くが悲惨な最期を迎える……
 ナーダは、赤毛の戦士を静かに見つめた。
「……弟さんと妹さんはどうして亡くなったのです?」
「妹は風邪をこじらせて死んだ。弟は凍死だ。俺達兄弟はシベルア軍や身内の追手を恐れ、数年、ホルムの貧民街に潜んでいた。アジ王の子だとバレないように、偽名を名乗ってな。二人を食わせる為に、かっぱらいやら、強盗の手伝いやら、できる事は何でもやった。しかし、貧民街の路地で妹は病死し……弟も……」
「………」
「俺がドジを踏んでしまったせいだ……軍隊の浮浪者狩りに捕まっちまったんだ……弟は帰らぬ俺を待ち続け、凍え死んだ。俺は間に合わなかった……いつもそうなのだ、俺は間に合わない。薬を手に入れた時には妹にモノを飲み込む力すらなくなっていたように……俺が駆けつけた時には弟は凍えた亡骸となっていた。命を惜しみ、逃げるのが遅れたんだ……帰るのが遅すぎた」
「………」
「アジャニホルトが……弟が死んだ時、思った。神など要らん、と。俺の家は神の憑代を代々輩出してきた、神に最も近しい血だ。けれども、我が一族の神は俺の家族が一人、又、一人と死んでゆく時、何の救いの手も差し伸べてくれなかったのだ」
「………」
「俺が七つの時、神は俺の家族を見捨てた。父は蛇に腹を食い破られて死に、母と姉は身内に犯されて殺された。姉はまだ十三だった。来春にはハリ族に嫁ぐはずだった。男勝りで勝気な姉は、俺達を逃す時間を稼ぐ為、そして病に伏していた母を守る為に家に残り……殺された」
「………」
「弟と妹を森に隠してから、俺は姉の言いつけにそむいて家に帰った。姉を守りたかったのだ。だが、俺は間に合わなかった。姉は死んでいた。衣服を剥かれ、縛られ、蹂躙された後……喉や体をズタズタに切られ、殺されたのだ。俺が駆けつけた時、命つきたその体は、尚も男達に犯されていた。母の遺骸もひどいものだった。縛られたまま、細かく切り刻まれていた。怒りに身を任せ……俺はその場に残っていたクズどもに復讐を果たし、家に火をつけた」
「復讐を果たしたって……殺したのですか? 大人を? 七つだったのでしょ、あなた?」
「アジの男は子供でも戦場に立つ。あの時、俺が切り捨てたのはたったの三人だ。しかも、素っ裸の丸腰。その死姦が趣味のくされ外道どもは、俺の従兄弟達だった」
「………」
「神もアジ族も、もはやどうでもいい。父を失った後、アジがどうなったかなど、俺にはわからなかったし、今も興味はない。滅びるのなら滅びちまえばいい。しかし……」


「皆の死に顔が脳裏を離れない。俺の体の中の血が『戦え』と叫んでいる……血の掟が俺を駆り立てる。何もかも捨てて復讐に走りたい」


「だが、俺は傭兵だ。契約は守る。セレスがケルベゾールドを倒すまで、俺はあの女の傍らに立って共に戦うと誓った。あの女がどう思っているか知らんが、俺にとって誓いは絶対だ。おまえ流に言えば『神聖なもの』といったところか。誓いが生きている限り、俺は私闘には走らん。それに、今、俺が復讐に走れば、おまえらまで偽王の軍隊に追われる事になる。馬鹿女やクソ忍者やおまえが殺されても罪悪感はないかもしれんが……シャオロンまで巻き込みたくない。あいつは無事、シャイナに帰してやらねば」


「時々、頭にカーッと血が上ってしくじるかもしれんが……復讐心は殺しておく」


「このところ、朝から晩まで魔除けのペンダントを付けたまんまなんだ。おまえの言うとおり、油断すると、今の俺は容易に魔に堕ちる。そうはならんよう、俺だとて考えてはいるんだ」


「しばらくは、勇者の従者として働くさ」


「安心しました……」
 武闘僧は仲間に笑みを見せた。
「あなたは、このパーティには無くてはならない存在です。私達の元にとどまってくれて、本当に嬉しいです」
「気色悪い! やけに持ち上げるじゃねえか、クソ坊主」
「そりゃあ、そうですよ」
 ナーダの笑みが悪戯っ子を思い出させるものに変わる。
「あなた、このパーティの表の資金の金庫番ですもの。居なくなられたら、困りますよ」
「……金勘定なら誰がやったって同じだろ? 忍者でもシャオロンでも……」
「馬鹿言わないでください。セレス至上主義のあの二人に財布を渡せますか。あの二人じゃ、セレスが望めば幾らでもお金を渡しちゃいます。セレスがあっちこっちに寄付しまくって、くだらない物を買いまくって、あっという間にパーティはスッテンテンですよ」
「なら、おまえがやれ。貨幣単位は覚えたんだろ、もと王子様?」
「とんでもない! 世俗のお金なんか、セコセコ数えたくありませんよ。手が穢れます」
「……てめえ、隠し財産、ごまんと持ってる奴の台詞か、それ」
「私の隠し財産は、部下のガルバが管理しています。国を動かせるほどの莫大な金額らしいのですが、どれほどあるのか正確な金額は私は知りません」
「ケッ! 羨ましいこって!」
「ガルバ達の活動資金にもなってるので放棄してませんが、私自身、執着はないんですよ。本当に、俗世の貨幣に興味が無いんです。ですから、大魔王を倒した後、半分ぐらいあなたに譲ってもいいかな? と、いう気分になってます」
「へ?」
「本当は全部あげてもいいんですが、全財産譲るって言ったらガルバが怒りまくるでしょうし、アレが生きるの死ぬの言い出すと面倒なので……半分か、もしかするともっと少なくなってしまうかもしれませんが、あなたに譲りましょう」
「何だと……」
「あなたが、ケルティの上皇に就いてくださるのなら、ね」
「なっ?」
「あなたは最古の部族の、正当な王の長子です。上皇となる資格はあります。まあ、各部族から承認をもらわなきゃいけませんけどね、そこはそれ私の財力と、あなたのシャーマン戦士としての高い技量をもってすれば不可能じゃないと思うのですよ」
「………」
「国はその国の人間が統べるからこそ成り立つもの……ケルティはあなた方ケルティ人のものです。国王に匹敵する上皇を誕生させ、シベルアの専横から国を取り戻しませんか?」
「おまえ、何を……」
「あなたが上皇になってくださるのなら、大僧正候補としてもあなたを援助します。大僧正様も私に賛同してくださるはずです。布教活動一切抜きで、インディラ寺院はケルティ上皇擁立の為に尽力します。世界各国に寺院支部のあるインディラ教団が本気で動き出したら、その影響力も戦力もちょっと見ものですよ」
「ナーダ……」
「エウロペ国王とインディラ国王を動かす自信はあります。うまく立ち回ればシベルアの隣国シャイナも味方につけられるでしょう。国家間戦争勃発は回避したいところですが、エウロペ・インディラ・シャイナとの緊張状態が高まればそれだけで牽制になります。シベルアはケルティどころではなくなる……勝てますよ」
「……何故だ?」
 あっけににとられ、赤毛の戦士は武闘僧を見つめた。
「何故、おまえはそんな事を……?」
「それが正義だと思うからですよ。それに、」
「それに?」
 ナーダは照れたように笑った。
「セレス流に言いますと、私達は『仲間』です。友の窮地を救いたいのですよ」
「は……?」
 赤毛の戦士は顔を歪め、腹を抱えて大声で笑い出した。先ほどの苦しげな笑いと異なり、本当に笑っているようだ。笑いすぎて目に涙すら浮かんでいる。
「アジャン……そんなにおかしいですか?」
「おまえ、変わったな! 俺達は『大魔王を倒すという共通の目的の為に集まっただけの間柄』だろ! 『仲良しこよしにはなれないし、なりたくもない』んじゃなかったのか?」
「この旅でいろんな経験を積んで、私も成長したんですよ」
 フンと荒々しく息を吐いてから、ナーダは視線を扉に向けた。
「ガルバが待ちくたびれているようです。そろそろ行かなくては……」
「ああ、どこへなりとも行って来い」
「せっかく情報屋に会うのです。ついでに、アジの現状とアジクラボルト王処刑時のアジ族の動きの情報も買ってきますよ」
「ケッ! 余計なお世話だ!」
「あなたの為だけではありません。私自身、興味があるのです。アジは地に堕ちたとあなたはおっしゃいましたが、お父様達が亡くなった時、あなたは七つだったのでしょ? 一族の大人達全員の思惑をご存じだったとは到底思えません。裏切りはごく一部の軽薄な者の仕業で、一族の多くはシャーマン王アジクラボルトの死を悼み密かに部族の神を祭り続けていらっしゃるかもしれません」
「……ありえん」
「ともかぎりませんよ。調べてみなければわかりません」
「俺はアジの王にならんぞ。ましてや、上皇なんぞなりたくもねえ」
「それなら、それで……上皇にふさわしいケルティ人を探しますよ。私としては、できれば、あなたを援助したいのですがね」」
「ふん」
「それでは……」
 右手を軽くあげたナーダの姿が、フッと消える。
 あの男、姿隠しの魔法も使えたのかと、赤毛の戦士は眉を寄せた。もう一度、寝台に倒れ、瞼を閉じる。
 母や姉、弟と妹の死に顔が見える……
 だが、父だけは生前の姿で心に訪れる。その死骸を目にしていないせいだ。
 父が村の中でシベルア兵に拘束される様を遠目に見ながら、姉に手を引かれ家へと走った。気丈な姉は一度も背後の父を振り返らなかった。
 一日の猶予もとられなかった。
 その日のうちに父は処刑され……
 姉も母も……。


 父が来ている。
 心の眼で見れば、目の前に父がたたずんでいるのが見える。
 魔除けのペンダントなど、たいした効果がない。ケルティに着いたその日から、第三の眼を完全に閉じる事ができない。
 真っ直ぐにアジャンを見つめ、父が重々しく口を開く。
 声は聞こえなかったが、何を言っているのかはわかっていた。
 けれども……
 今はその言葉に従うわけにはいかなかった。


「××××××。××××××××××××××××。××××××××××××××××。××××××、××××××××。××××××××××××××。×××××××××」


 たてがみのような赤い髪、長い赤髭の男が、真っ直ぐにこちらを見つめている……
 目は鷹のように鋭く、縁飾りのついたマントの下には鍛え上げられた逞しい体があった。名のある戦士に違いない。
 その者が口にする言葉は、セレスには意味をなさない異国の言葉のはずだったが、不思議なことに何と言っているのかわかるのだ。


「北に疾く戻れ。我らは常に神と共にあらねばならぬ。古えからの契約を破ってはくれるな。わし亡き後を、継ぐのはおまえだ。契約の証がおまえを待っている。ハリと共に光を導け」


 暗い……
 洞窟の中に……
 それはあった……
 鞘ごと大岩に刺さっている……巨大な剣。
『勇者の剣』を越える大きさだ。銀と真鋳で幾何学模様が施された柄、きのこ型の柄頭。鞘は青銅製で、真鍮の金具がついている。見事な細工だ。


「北に疾く戻れ。戻らねば、おまえの命運は尽きる」



 翌日の明け方、廊下にシャオロンの姿があった。宿屋の自分用の部屋の扉を背にし、少年は頭を抱え蹲っていた。
 その横にたたずむ忍者ジライを怨めしそうに見つめ、少年は震える口を開いたのだった。
「すぐに起こしてくださいって頼んでおいたのに……オレ、又、明け方までセレス様と、いっ、いっ、一緒の、ベ、ベッ、ベッドで〜!」
 泣きたい気分だった。寝ボケたセレスがベッドに入って来たというのに、又しても、全然気づかずにグースカ寝ていたのだ。一晩中、屋根裏からセレスの護衛をしていたジライは一部始終を覗いていたであろうに……
「側によって、小声だが、一応、声はかけた」
 しれっと、ジライが答える。
「だが、きさま、起きなかったのだ」
「ぶん殴ってでも起こしてくださいよ!」
「それはできぬ。横でそのような騒動を起こせば、セレス様の安眠を妨げてしまう」
「うわ〜ん!」
「それに……」
 忍者は顎の下に手をそえ、首をひねった。
「睡眠中、おまえとセレス様、妙なのだ」
「え?」
「しばらく放っておくと、同調(シンクロ)する」
同調(シンクロ)?」
 忍者は頷きを返した。
「寝息、寝言、寝返り、寝相……眠っている時のあらゆる所作がまったく同期する。同じ動きをするのだ」
「え? え? え?」
「初めは何らかの術が働いておるのやもしれぬと思ったのだが、いくら調べてもそのような気配は無い。シャオロン、トゥルクで会った魔法使いナーダを覚えておるか?」
「あ? はい、覚えています」
「あやつ、言うていたであろう、セレス様は共感能力者(エンパシー)じゃと」
「ああ、ええ、確かに」
「あれから、我は共感能力者(エンパシー)とはどのような者か調べてみた。確かに、あの妖しげな魔法使いの言うとおりの者はこの世に居る。他人の痛み、悲しみを我がことのように感じる『泣き女』が、それじゃ。聖王や聖者にも、大衆の感情を感じ取れる者がおったそうな。セレス様は、おそらく寝ながらにして、おまえと同期し、おまえと共感しておるのだろう」
「……そうなんですか?」
「『そうなんですか』ではない。おまえ、寝ている間に、何か感じなかったのか?」
「えっと……」
 少年は両手を組み、昨夜の事を懸命に思い出そうとした。しかし、
「特にこれといって、心当たりは……ありません」
「夢は?」
「……何も見ていません」
 忍者はフンと息を吐き、ジロリと横目で少年を睨んだ。
「では、何か悩み事はないか? おまえの心の迷いを、セレス様は感じ取っているのやもしれん」
「悩み……」少年は瞳を細めた。
「悩みというほど、はっきりしたものではありませんが、オレ……アジャンさんを……」
「アジャンを?」
「………」
「む?」
「うまく言えません。よくわかんないんですけど、アジャンさんを見てると不安になるんです。アジャンさん、何かに苦しんでいます。だけど、オレみたいなガキじゃ、何の助けにもなれない……。オレにできる事といったら、ただ信じる事だけ。何があっても、オレ、みなさんを信じます。どんなに闇が満ちても、共に戦う仲間を信じ続けます。それが、一番大切なことだから……」


 セレスは悩んでいた。
 昨夜と先日の夢が気になってしょうがないのだ。
 赤髪の戦士もおさげ髪の少女も、どことなくアジャンに似ていた。髪や目の色だけではなく、顔のつくりとか雰囲気とか……
 それに、少女は夢の中で『アジャニホルト』と、アジャンの弟の名前を呼んでいた。
 二人とも、アジャンの家族のように思えた。
 昨夜の赤髪の戦士の言葉が、何度も何度も心に甦った。


「北に疾く戻れ。戻らねば、おまえの命運は尽きる」


 間違いなく、警告だ。
 夢の中の事を、アジャンに教えるべきかもしれない。
 けれども、ただの夢かもしれないし、ケルティ新王朝の軍隊に監視されている今、夢の事を口にしてはいけないような気がするのだ。


 洞窟の中に眠る大剣……
 大剣は北にあるのだろうか……?


 翌朝、食堂で、セレスは赤毛の戦士の前に座った。
「毒見済みにございます」
 と、いつも通り食事を運んできてくれたジライから朝食を受け取り、セレスは赤毛の戦士を見つめた。朝食にしては分量の多い食事を平らげている彼を。
 夢の事を言うべきか迷っていると、アジャンの隣に座っているナーダがアジャンに何かを耳打ちしていた。
 その瞬間、アジャンの顔が強張った。
 だが、ナーダは何事もなかったかのようにそのまま食事を続け、アジャンもいつも通りの品性を疑うテーブル・マナーでガツガツと朝食を平らげる作業を再開した。
 けれども、その瞳の色は暗かった。
 全てを拒む、孤高の光があった。


 結局、赤毛の傭兵に声をかけられぬまま、セレスは食堂を後にした。
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