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女勇者セレス 作者:松宮星

ケルティの闇と光

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極光の剣 1話

 女勇者一行はエウロペ国王が準備してくれた中型軍用船に乗船し、通行許可書に指定された日時に指定された航路を通って、ケルティに入国した。
 エウロペとケルティを隔てている山脈に白いものが積もっていたので、セレスはケルティには雪景色が広がっているものと思い込んでいた。けれども、暖流の影響で、ケルティ西南沿岸は北方にしては温暖で、国境を越えても、陸にはエウロペ同様に枯葉色の景色が広がっているだけだった。
 国境を越えた辺りから海上に細長い船が増え、間もなく、セレス達の乗船をドラゴン船が取り囲んだ。船首がドラゴンとなっている、細長い三十人乗りの、北方諸国の軍用船だ。屋根もない軽量な船だったが、(いち)メートルの浅瀬まで入ってゆける機動性がある上に、大洋を横断できる航行能力も備えている。エウロペやシャイナ北部に、時折、この型のドラゴン船が現れる。暗礁や砂浜をものともせず海岸沿いの街や村を襲い、警備兵が到着する前に略奪を終え逃げ去ってゆくのだ。
 ドラゴン船の上から、弓や槍を手にした屈強そうな男達がセレス達の乗船を睨みつけていた。セレスの乗船も中型軍用船だった。しかし、ドラゴン船に比べると遥かに大きく、動きも鈍重だ。
 ドラゴン船の髭もじゃの男達のほとんどが、皮の帽子と皮の胴衣を着ていた。『神のシャツ』と呼ばれる鎖帷子や『戦争の猪』と呼ばれる角のない兜などの、音に聞く北方戦士のいでたちのものはいない。
 セレスはナーダから聞いた、北方における戦闘についての授業を思い出した。


『海上戦では彼等は、普通、鎧をまといません。機動性を重視しているからです。船が重すぎては思うように舵が取れませんし、海に落ちた場合、重い防具が(あだ)となるからです。海上戦で鎧姿の者を見かけたら、それは一軍の将以上の身分の者、王の可能性もあります』
『王様自らが戦闘に出てくるの?』
『ええ。ですが、王と言っても国王ではありません、部族王です。ケルティは遥か遠い昔から、国を統べる王を戴いてこなかったのです。さまざまな部族が国を分割して統べ、それぞれ部族王を立ててきたのです』
『国王がいなくて国って成り立つものなの?』
『成り立ちますよ。ただ周辺諸国に比べ、国力は弱い。現在、ケルティはシベルアの属国となり、シベルア王家の血筋の者が国王に即位してケルティ新王朝なるものをたてています。シベルアからの移民が国王となり大臣となり国を統べているわけですが、部族王制度自体はまだ残ってるみたいです。ケルティ新王朝下で、村々や地域を統括する(おさ)として働いているようです』
『部族王……』
『部族王は最も勇敢な戦士であり祭祀を司る、部族の要です。戦にも率先して参戦します』
『戦?』
『今は戦自体あまり無いんじゃないかと思いますが、百年前、国境が閉じる前のケルティでは十六の部族が、領土争いや水争いで部族間闘争に明け暮れていたそうです。シベルアの属国となって三十年ぐらいでしたかねえ、北の正確な情報って伝わってこないんで現状はわからないんですが、百年前とケルティはだいぶ違うと思いますよ』


 ドラゴン船の数は八。セレス達の船首に近づいて来た一艘に、布のマントをまとった三人の男が立っていた。
「南の女勇者セレスとその一行とお見受けする。王命により、その方らが喜ばしき地に入るにふさわしき人間か否か調べさせていただく」
 入国審査をしたいと男は、シベルア語で要求してきた。北方における『南』とは、シベルア・バンキグ・ケルティ以外の国々の総称だ。甲板からセレスも、シベルア語で承諾の意を伝えた。
 すると、左右のドラゴン船からバラバラと鉤が投げ込まれた。鉤を船にひっかけ太いロープを渡り、海賊さながら北の国の戦士達が船上に現れる。
 シャオロンとジライがセレスの盾となるべく、彼女の前に進み出て、彼女の左と背後はナーダとアジャンが固めた。命の危険が迫るまでは武器は使わないと打ち合わせをしてあるので、武器はぬかなかった。シャオロンは爪を装備すらしていない。しかし、いざとなった時、戦えるよう、皆、四方に気を配っていた。
 操船していた軍人達は武装解除し、両手をあげている。召使役として同道しているナーダの部下の忍者達は、皆、船室に籠もっている。北国の戦士達は抜け目無く、軍人達を一箇所に集めて監視し、船底への扉の前には監視役となる男達を配置していた。
 入国審査官は、さきほどのマントの三人だった。周囲のケルティ戦士達は若くて三十代後半、ほとんどが四、五十代の古兵ばかりだったが、この三人は若かった。二十代前半ぐらいだろう。ケルティ新王朝の役人のようだ。
 セレスは三人に会釈すると、シャオロンとジライに手で合図をして下がらせ、騎士にふさわしい所作で膝をついた。
「北の偉大な戦士をお迎えできて光栄に存じます」
 一つ一つの発音に細心の注意を払いながら、セレスはシベルア語で三人に語りかけた。
「私達は大魔王ケルベゾールドを滅ぼすべく旅をしております。大魔王の本拠地を求め流離う私どもに、どうぞお力ぞえをお願いいたします」
 周囲の男達がどっとわく。セレスの上手とはお世辞にも言えないシベルア語を嘲笑うかのように。ケルティ語で冗談を飛ばし合っているのだ。
 セレスがただの騎士であれば、これほど彼らも興奮しなかったであろうが……類い稀な美少女――透けるように白い肌、サファイアの瞳、形の良い唇、愛らしい頬――が、毛皮の長衣の下に白銀の鎧をまとい、美しい金の髪をうなじで一つに束ね、身長ほどもある大剣を背負っているのだ。『勇者』として。美しい女勇者に、男達は興奮していた。
 セレスが何か言う度に、周囲がざわめく。入国審査官も止める気はなさそうで、部下達がセレスをからかうに任せている。歓迎の志は欠片もなさそうだ。
 通行許可書を見せ、シベルア語で大魔王討伐の為の入国許可を求めるセレスを……
 その背後からナーダは、苦々しい顔で見つめていた。武闘僧は羊毛の帽子で禿頭を隠し、僧衣ではなくエウロペ風のシャツとズボンを着て、毛織のケープを羽織っていた。いつも通り神獣のこうらの装甲を両腕両脚に、カルヴェルから貰った結界魔法増幅の腕輪を左手首に装備しているものの、北方ではインディラ教は邪教扱いなので、騒動を避ける為、変装しているのだ。
 入国審査官達は勇者一行を侮辱し、怒らせ、騒動を起こさせる気なのだ。表立っては入国を拒めないので、こちらの不手際で入国が不可能となる状況を作らせようとしているのだ。
 それなのに……この場でまともに発言権があるのは、政治的駆け引きとは縁遠い直情型正義感の塊――セレスだけなのだ。ナーダは、もどかしくてたまらなかった。こうなっては彼に期待するしかない!と、ナーダは横に佇んでいる者にチラリと目をやった。
 セレスの右手背後には、ジライが居た。忍者は賎業だと自らを卑下する彼は、一行の最も後ろに自らを置くのを常としていた。しかし、今日は、彼はセレスの側にいなければいけない理由があった。
 入国審査官達は不明瞭な発音の早口で、セレスにさまざまな質問を浴びせていた。YES、NOをはっきりと答えなければいけない時に、わざとわかりにくい言い回しを使う。女勇者に恥をかかせ、可能ならば入国を拒む理由たりえる大失態を犯させようとしているのだ。
 けれども、ジライがセレスにしか聞き取れない小声で通訳をつとめてくれるので、セレスが混乱する事はなかった。又、答えに窮するような複雑な問いに対しては、合図を送ればジライが代わりに答えてくれる。ジライは、忍の変装術(変声術)も得意で、セレスそっくりな声を出せるのだ。
 ジライは背に忍刀、腰に『ムラクモ』と小刀を帯び、忍装束に覆面をつけている。いつもと同じような恰好だが、着物は(ひとえ)から(あわせ)に変わっており、毛皮の胴着を身に着けていた。
 シャオロンはナーダの背後にいた。東国の少年は唇を噛み締め、きょろきょろと落ち着きの無い目で周囲を見渡していた。屈強そうな北の戦士達に囲まれ多少萎縮していたが、彼らが変な動きを見せたら、命に代えてでもセレスを守るんだ!と、覚悟を決めているのだ。
 赤毛の傭兵からケルティ語も習っていたので、周囲のざわめきもある程度、シャオロンは聞き取れていた。彼等はセレスを侮辱する下品な冗談に交え、勇者一行を値踏みし合っていた。北方では戦士が最も尊ばれる。アジャンとナーダには比較的好意的だったが、妙な恰好で顔を隠しているジライと子供のシャオロンへの評価はひどいものだった。
 確かに、毛織のズボン・上着・ケープをまとった体は小柄だ。首の後ろで一つに束ねた腰までの黒髪も、この国の基準からすると女っぽいのかもしれない。それに拳闘士のようなナーダや筋骨逞しいアジャンに比べて、自分の体格は細すぎて見劣りするのもわかる。しかし、今は背の革袋にしまっている『龍の爪』さえ装備すれば魔族とも戦える。自分は戦士の端くれなのだ。小姓じゃない!と、シャオロンは怒っていた。
 シャオロンの隣に、赤毛の戦士アジャンは居た。感情を殺した、鉄の面のような顔を北の戦士達に向けて。その威圧的な顔のせいで、ケルティの男達がのまれる事もあった。下品な冗談を飛ばし合っていたところで、アジャンにジロリと睨まれ、口をつぐんだ者も少なくなかった。
 アジャンの見事なまでの赤毛は、額に無造作にまかれたバンダナのせいで、勝手気ままに好きな方向に向いている。さながら赤いたてがみの獅子のように。筋骨逞しい体を革の衣とズボンで覆い、肩当と胸当てだけの鎧をつけ、毛皮をまとっている。手首の金属の腕輪も防具代わりのようだ。『勇者の剣』よりも巨大な大剣を背負い、『聖王の剣』を佩き、カルヴェルから買った魔法や魔法道具を収めた袋を腰から下げていた。その服装や雰囲気は、北方の戦士達に通じるものがあり、彼らの中にアジャンが混じっても違和感はなさそうだった。
 入国審査官達は顔を見合わせた。女勇者はひっかけの問いにも正確な答えを返す。話すのは下手だが、シベルア語は堪能なのだと、彼等は誤解した。
 ならばと、質問をケルティ語に切り替えた。答えを窮すると思ったのだが、その問いにすら間髪をおかずに女勇者はシベルア語で答えを返してきた(彼等は気づかなかったが、答えたのは女勇者の背後の忍者だった)。
 このままでは、入国を許可せざるをえなくなる。入国させるにしても、勇者一行の失言・失態を記録するよう、上役から命じられているというのに。
 入国審査官達は、最後の手を打つことにした。


「××××××、××××××××××。××××××××××××?」
「×××××××××××××××、××××××××××××?」
「××? ×××××? ××××××××××××××××××?」


 セレスの顔はひきつった。入国審査官達はちんぷんかんぷんの早口言葉をまくしたてている。
(頼んだわよ、ジライ)
 背後の忍者に全て任せるしかない。セレスはジライからの合図を待った。
 待ち続けた……
 が、忍者は低くうめくばかりだった。
「どうしたの、ジライ?」
 セレスが小声で尋ねると、
「……申し訳ございませぬ、セレス様……さっぱりわかりませぬ……」
 と、いう情けない声が返ってきた。
「え――!」
 叫んでから慌てて口を押さえ、セレスはシベルア語で、
「申し訳ございません。少々、お時間をいただけますか? 仲間に確認したい事がございますので」
 と、入国審査官に断ってから、仲間と円陣を組んだ。
「ジライ、何でわからないの? あなた、シベルア語もケルティ語もペラペラなんでしょ?」
 セレスに責められて、忍者は恐縮して頭を下げる。
「は。面目次第もござりませぬ……」
「セレス、さっきのアレ、ケルティの古語ですよ。八百年以上前の言語です」と、武闘僧。
「ナーダ、あなた、アレわかったの? すごいわ、さすがね!」
「褒めても無駄ですよ、私も単語を幾つか拾えた程度です。アレ、文献のものと似て非なるものでした。まっとうなケルティ古語じゃありません。方言と思われます」
「え――!あなたでもわからないの!じゃ、どーするのよ、質問に答えられないじゃない!」
「あの……シベルア語で質問してくださいって頼んでみては……?」
 ためらいつつ、尋ねるシャオロン。
「そうしてもらえれば楽なんだけれど……無理よ。私を失敗させたいのだもの、彼等」
 セレスはハーッと溜息をついた。相手はこちらを陥れるのが目的なのだ、シベルア語に切り替えてはくれまい。
「この質問、従者に代わりに答えさせると言え」
 不機嫌そうな顔の赤毛の傭兵が、ぽつりと呟く。
「……俺が答える」
 一同は驚いて赤毛の戦士を見つめた。
「あなた、わかるの、アレ?」
「……さっきのアレは部族方言、北のアジやハリ族の言葉だ。昔っから一族に口承でのみ伝えた言語で、文字も地面に書いて教えるんで、書物に残されていない。まあ、もっとも、シベルア新王朝様が誕生してからは、使用する者も減って、廃れたらしいがな」
 セレスはポカーンと口を開き、武闘僧はけげんそうに眉をしかめ、赤毛の傭兵を見つめた。
 傭兵は二人をジロリと睨むと、早くしろとセレスを促した。


 アジャンが口にしたのは、勇者一行の誰一人理解できない摩訶不思議な響きの言葉だったが……周囲の男達が歓声をあげ、入国審査官が悔しそうに眉をしかめた事から察するに、相手の質問に正しく答えたようだ。
 周囲の戦士達の目ががらりと変わった。同胞に向ける気安さといおうか……アジャンに対し、先ほどのわけのわからない言葉で話しかけてくる者も少なくなかった。
 それに対し、アジャンはぶっきらぼうに短い答えを返していた。が、何と答えているのか、世界中の言語に堪能な武闘僧さえ、さっぱりわからないのだ。
 けれども、入国審査官は、逆に、アジャンに対し、警戒とも侮蔑ともとれる目を向けるようになった。シベルア語で『忘れられた言葉』を話すな!と、周囲の戦士達を怒鳴ってもいた。
「おまえ、何故、ハリとアジの部族語が話せるのだ?」
 入国審査官の問いに、アジャンは自分の通行許可書の巻物を開いて見せた。アジャン自身が記入した戸籍、本人と父母の名が記されている箇所だ。
「父より教わりました。私の父方の曽祖父はアジクレボスという名のアジ族の戦士でした。国境閉鎖前にエウロペにおける略奪の咎で獄に繋がれた曽祖父は、牢獄で足が萎えた為、帰国を諦め、現地の女と婚姻してエウロペの戸籍を得ました。しかし、曽祖父の魂は生涯アジと共にあり、子孫にアジの魂を伝えたのです」
 アジャンの曽祖父がケルティ出身? 初耳だった。セレスは赤毛の戦士を見つめたが、彼は女勇者の方を見ようともしなかった。


 その後は、船中で身体検査が行われる事となった。個別に一人一人調べるというのだ。
 セレスだけを船室に入れると、三人の入国審査官は全てを脱げと命じてきた。女性のセレスに、全裸になれと命じたのだ。嫌らしい顔つきで。
 だが……間もなく彼等は昏倒した。部屋に潜んでいたナーダの部下の老忍者ガルバが、忍法で彼等を眠らせたのだ。
 すぐに、その場に、忍者ジライも現れた。セレスの柔肌、ナーダのインディラ僧の証である禿頭、自分の素顔を隠す為に、入国審査官に幻術をかけて記憶を操ると言うジライ。
 セレスは無論、止めなかった。品性下劣な入国審査官など、同情に値しない。
 目覚めた時、偽の記憶を植えつけられた入国審査官は、五人の身体検査は終了したものと思い込んでいた。
 彼らは女勇者一行の入国を許可した。


 港町ハーグナには、武装した軍隊が待ち構えていた。
 ホルム警護師団所属第三騎兵中隊。八十の騎兵を伴った指揮官は五十がらみの太った男で、ゲオルグ男爵大尉と名乗り、セレスに対し敬礼をした。王命によりケルティの首都ホルムまで護衛すると、うむをいわさぬ態度であった。
 屋根も幌もない馬車に乗せられ、軍隊に連行され、女勇者一行はホルムへと向う事になった。荷物も全て荷車に積まれ、召使身分で同行しているナーダの部下達は監視役の軍人達と共にもっと粗末な馬車に乗せられているのが遠くから見えた。
 ハーグナを離れ、海岸沿いの道を進んでいると、歌が聞こえてきた。
 海上のドラゴン船の戦士達が歌っているのだ。
 それに対し、馬車に同乗している軍人が黙らせろと声を荒げ、騎兵からも怒りの声があがった。
 けれども、ドラゴン船は、すいすいと沖に逃げてゆき、軍隊をからかうように歌い続けていた。
 あの不思議な響きの言葉の歌だ。
 セレスがふと見ると、赤毛の傭兵は口元を微かにほころばせ、海上をみやっていた。
 彼にしては珍しい、ひどく優しい眼差しで……
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