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女勇者セレス 作者:松宮星

ケルティの闇と光

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極光の剣 序

 北方諸国に向う事が決まってから……


 仲間が変わりつつある事を、セレスは感じていた。


 まず、ナーダ。
 一行の知恵袋兼軍師のような役割を果たしてきた武闘僧は日頃からよくしゃべるのだが、人を喰ったようなところがあり、大僧正への深い尊敬と愛情を陶然と語る以外は己の感情や事情を吐露する事もなかった。仲間に対し壁を造り続け、一歩引いた態度を貫いていたのだ。
 それが……
 北方諸国へ旅立つ準備の最中、セレス、アジャン、シャオロン、ジライに頭を下げ、自分の秘密を告白したのだ。
「あなた方を信頼のおける仲間と見込んで頼みがあります。北方諸国から発行された通行許可書には、私達それぞれに二名の家来を伴う権利を認めると記されています。その権利を、譲っていただけないでしょうか? 部下を同道させたいのです」
「部下?」
 と、小首を傾げるセレス。
「寺院関係の方?」
「いいえ」
 ナーダは微笑を浮かべた。
「私の個人的な部下、インディラ忍者です。以前、私が寺院付き忍者だと偽ってあなた方に紹介したガルバと他九名を北方まで連れてゆきたいのです」
「え? え? え?」
 セレスは目をぱちくりとさせた。シャオロンもきょとんとした顔をしている。アジャンは眉をしかめて睨むように武闘僧を見つめ、忍者は普段通り無言で佇んでいる。
「ガルバさんって、シャイナの荒野で一緒に戦ってくれた方よね? インディラの城砦跡にカバーリをおびきだす時にも協力してくれたし……寺院付き忍者の遊撃部隊の頭目って聞いてたけど……違うの? あなたの部下なの?」
「はい。インディラ寺院は数多くの忍者を抱えていますが、ガルバ達は寺院に所属していません。彼らの主人は、私一人です」
「じゃ、どーして、その時に、部下だって紹介しなかったの?」
「それは……申し訳ありませんが、あなた方を信頼してなかったからですよ」
「え?」
「僧侶は俗世の垢を拭い、本来、身一つで信仰の道に入るものなのです。ところが、私は出家時に捨てるべきものを捨てなかったのですよ。私的な忍者軍団を抱えていますし、忠義の部下のガルバが私の為に莫大な隠し財産を管理してくれています。こんな事、公になったら身の破滅です。大僧正候補の位を追われるのは当然として、僧籍すら廃されかねません。ですから、部下の事も財産の事も他言してはならぬと、大僧正様からきつく申し付けられていたのです」
「え? あ、ちょっと待って。頭の中を整理するから……。ようするに、大僧正様は、あなたの事情をご存じで、部下も財産も黙認してらっしゃるのね?」
「ええ」
「じゃあ、インディラ教団的には問題ないのね。で、あなたは、今まで大僧正様の言いつけを守って、自分の事情を話さなかった。それなのに、今日、その秘密を告白しちゃったのよね?」
「ええ」
「それって、私達を信用してって事なのよね?」
「はい。私を窮地に陥れるような事を、あなた方は絶対にしない……今ではそう確信しています。だから、告白したのですよ」
 セレスは顔を輝かせた。
「もちろんよ!共に戦う仲間だもの!」
 セレスはナーダの右手をハシッ!と握った。
 武闘僧は、うっ!と顔を歪め、嫌そうな顔こそしたものの、セレスの手を払おうとはしなかった。
「私は全然、構わないわ!あなたの部下を私の家来として同道させてちょうだい!その為に必要な細工は、あなた、自分でやるんでしょ?」
「ええ、まあ。その手の小細工は得意ですし……」
「シャオロン、あなたも協力してあげるわよね?」
「はい。ナーダ様、お好きになさってください」
「すみませんねえ、シャオロン」と、ナーダ。
「あ!そうだったわ!ジライ……悪いけど、インディラ忍者の方々を同道させるわ。ごめんなさい、あなたの意見も聞かずに決めてしまって」
 セレスはためらった。東国忍者とインディラ忍者は犬猿の仲だ。当然、ジライは反発すると思ったのだが。
「構いませぬ」
 と、あっさりと忍者は答えた。
「北方では、ナーダの部下と共に情報収集をする運びとなっておりますゆえ」
「え?」
 セレスは、武闘僧と忍者の顔(と、言ってもジライは覆面をしてるので目元ぐらしか見えないのだが)を見比べた。この二人、何時の間に仲良くなったのだろう? 仲間に加わってすぐの頃は、ジライはセレスにしか話しかけず、彼が仲間に馴染めないのではないかと気をもんだものだが……
 ナーダと内緒話をするほど、仲良くなっていたなんて!そう言えば、このごろ、シャオロンともそこそこ会話をしている。アジャンとの仲はあいかわらずだけれども。
 セレスは、もはや満面の笑顔だった。
「そうよね!忍者同士ですものね!力をあわせれば百人力よね!」
 セレスがそう言うと、そうですねえと感情のこもらない声でナーダは同意し、尚も握っていたそうなセレスの手を無理やり押し戻し、手を神経質そうに擦り合わせ始めた。掌が痒くなったのだろうか?
 女勇者は視線を、ずっと沈黙を守っている男へと向けた。
「ナーダの部下を、あなたの家来って事で同道させてもいいわよね、アジャン?」
「……」
「アジャン?」
 緑の炯眼がジロリと女勇者を睨む。
「好きにしろ」
 答えるのも面倒だと言わんばかりだ。
 セレスは赤毛の戦士をけげんに見つめた。
 このところ、アジャンがおかしい。ぶっきらぼうなのは何時もの事だが、心ここにあらずといった感じで、よくぼんやりとしている。話しかければ、大儀そうに答えてくれるのだが、現実にあまり関心がなさそうなのだ。
 セレス護衛の再契約の時もそうだった。セレスの供として王宮に向った彼は、国王が提示した金額をそのまま受け入れ、何の交渉もしないまま契約書にサインしたのだ。北方におけるセレス護衛の契約書に。
 大魔王討伐こそ成し遂げていないものの、女勇者の世直しの旅を助け、無事な姿で彼女をエウロペに戻したのだ。傭兵として契約内の仕事は完璧にこなしている。
 アジャンは、自分の優秀さを強調し、料金の上乗せ交渉を延々とするはずだ……そう思っていたセレスは、ひどく意外に思った。
 理由を尋ねても、アジャンは肩をすくめたり、睨むばかりで何も言わない。
 明らかに何かがおかしい……だが、何故、そうなったのか、セレスにはわからなかった。
「ありがとうございます。私の事情を考慮して、快く提案を受け入れてくださった事を感謝します」
 武闘僧がにっこりと微笑む。
「舌先三寸で適当な嘘をついて、ガルバ達を同道させても良かったのですが……これ以上、嘘を積み重ねるのが嫌になったのです。あなた方は私を仲間として遇し、大切に思ってくれています。そんな方々に対しては誠実でありたいと、そう思うようになったのです」
「ナーダ?」
 セレスは首を傾げた。ナーダも、どこか変わったようだ。しかし、それは歓迎すべき変化と言えた。彼が自分の殻を破り、進み出てくれたのだから。
 武闘僧は右の二の指を立てて口元に当てた。
「では、私の部下と隠し財産の件は、他言無用という事で」
 セレス達は武闘僧に頷きを返した。


「申し訳ございませぬ。ナーダの部下達と北方における活動の打ち合わせがございまして……」
 などと断ってジライが外出する事も多くなった。
 女主人の元を私用で離れる事をジライは恐縮していたが、その姿がセレスの目には好ましく映った。忍者達と交わるジライは生き生きとしている。忍の里一の忍者だったジライは、ナーダの部下達を指導し、あれこれ助言しているようなのだ。
 シャイナで失ったものを、万分の一でも彼が取り戻せるといい……セレスはそう思った。


 気がかりなのは、やはり、アジャンだった。
 アジャンはよくぼんやりとしている。顔を強張らせ、睨むように床に目を落としている時もある。
 何か問題を抱えているようだ。
 しかし、セレスは鬼教師ナーダにシベルア語を叩き込まれている身の上だった。一週間でシベルア語をマスターなど出来るはずもなく、新たに加わった北方の歴史や風俗などの勉強に加え、日に何時間も言語の勉強に時間をさかねばならなかった。王宮にも通わねばならなかったし、北方の衣装を整えるなどの雑務もあった。
 自由時間などほとんどなく、アジャンと話せる時間はいつもたいへん短かった。
 たまにセレスが暇な時があっても、アジャンの方に用事があったりした。赤毛の傭兵は、シャオロンにシベルア語とケルティ語を教え、雪の中での戦闘方法や雪越えの秘訣なども教えていた。
 物思いに沈みがちなアジャンも、シャオロンに対してだけは常と同じだった。何事にも一生懸命に取り組む素直な少年に、笑みを見せ続けていた。
 その様子を遠くから見つめていたセレスは、その笑顔に安心し、積極的にアジャンの悩みを聞こうとはしなかった。


 ろくにアジャンと話せぬまま、セレスはケルティに向かい……
 後になって、ひどく後悔した。
 闇に堕ちかけていた仲間……
 その苦悩や迷いを見過ごした自分を、責めずにはいられなかった……  
+注意+
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