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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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希望の光 3話

 草原が夜の(とばり)に包まれ………
 満点の星の下、異形達が蠢き始めた。
 そこかしこで………
 岩が少しづつ大地より盛り上がり、頭、体、手足からなる岩の形となって動き出す。その大きさは高さも幅も人の三倍から五倍はある。
 動き始めた岩を………
 アジャンの大剣が一刀のもとに切り裂く。あるべき姿に戻り、岩はただの岩となって大地に転がった。
 セレスはアジャンの横で『エルフの弓』を構え、矢を次々に射た。聖なる武器に貫かれたロック・ゴーレムは全て、魔の呪縛から離れ、大地へと帰っていった。
「援護を頼みますよ」
 頭を丸め髭をそって僧侶にふさわしい姿に戻ったナーダが、背に『勇者の剣』を背負ったまま走る。手で印を切り、ロック・ゴーレムの群れに向かって浄化魔法を放つ。彼から広がった光を浴びて、全ての魔人があえなく消滅していった。
「セレス!」
 アジャンからの催促だ。神聖魔法が解けてしまったのだ。ロック・ゴーレムが斬れなくなったので、仕方なくゴーレムの巨大な右手を刃で受け止め、攻撃を堪えている。セレスは素早く呪文を詠唱し、傭兵の大剣に祝福を与えた。再び魔人が斬れるようになった大剣を振るい、傭兵がゴーレムを斬り捨ててゆく。
 しかし、それも、じきに………
「セレス!」
 魔法の効果が切れてしまう。
 早く魔法をかけろと傭兵が要求してくる。思うように攻撃できない傭兵は次第に苛立っていったが、セレスも、又、かなり苛々していた。
「アジャン、一人で勝手に走って行かないでよ!」
「うるせえ!のろま!」
 傭兵は気の向くままに敵の群れに走って行き、大剣を振るう。背後からついていくセレスなど、まったく気にかけずに。そのくせ、神聖魔法をかけろと要求してくるのだ。
 彼の身勝手さに、セレスは、久々に怒りを覚えた。ガダーラの王宮の宴で失敗して以来、セレスはアジャンに対し妙に萎縮して遠慮してしまい、素直な気持ちを伝えられないでいた。だが、今は………
「馬鹿!馬鹿!馬鹿!馬鹿!離れすぎ!死ぬわよ!私を置いて行かないでよ!」
「早く魔法をかけろ、馬鹿女!」
「馬鹿ですって!馬鹿はあなたよ!」
「無駄口叩く暇があったら神聖魔法を唱えろ!」
 ぎゃいのぎゃいのと騒いでいる後方の二人に、武闘僧はちらりと視線を走らせる。
(仲が良くなったのは結構なんですが………援護になってませんよ、まったく、もう!)
 ナーダは、周囲を岩の魔人に囲まれていた。魔人は彼が放つ浄化魔法や拳にこめて放つ聖なる力に警戒し、不用意には近づいて来ない。だが、岩や木を投げて来たり、ナーダの死角を狙いかわるがわる襲って来る。
 ところが、背後から近づいて来たロック・ゴーレムは、彼が背負っている『勇者の剣』に触れた途端、岩と土くれに戻り崩れ落ちた。『勇者の剣』の浄化の力だ。それは、武闘僧の想像を凌駕する強力なものだったのだ。
(これを背負っている限り、背後はほぼ安全)
 ナーダは口元に笑みを浮かべ、気を高め、手で次々と印を切り、呪文を唱えた。
(あなた方とは信仰する神が異なるでしょうが、我が信心をもって、あなた方、彷徨える魂をお救いいたしましょう!)
 武闘僧の体から光の渦が生まれる。凄まじい勢いで広がってゆく、それは、斜面の上に居たあらゆるものを巻き込み、光の内に溶かしてゆく。
 アジャンが斬るはずだった敵も、又、ただの岩に戻り、形を保てず崩れてしまった。セレスは構えていた弓を下ろし、ナーダの神聖魔法で浄化されてゆく魂を見送った。
 日の光のようにまばゆくあたたかな光は、全ての異形を飲み込み、浄化していった………
 光はやがて収縮し………
 武闘僧はその場に、がくっと片膝をついた。
「ナーダ!」
 心配して駆け寄ったセレスに、武闘僧は苦々しい顔を見せた。
「しくじりました」
「え?」
「術の最中に、地中から魔法波を感じたのです………ロック・ゴーレムを生み出し操っている呪具が地中に埋もれています。それを壊さない限り、この邪悪な魔法は止まりません」
 ナーダの視線は足元に向いていた。
「浄化したかったのですが、地下数十メートルの地中だったので、光は届きませんでした」
 深呼吸をして息を整えてから、武闘僧は再び気を高め始めた。
「呪具を浄化します」
「でも」
 神聖魔法には、穴掘りに適した魔法はない。セレスは神聖魔法しか使えないし、ナーダは数系統の魔法を操れるものの攻撃系の魔法は使えない。
 地中深くの呪具をどうやって浄化するのだろう?
 武闘僧は右の二の指で、コンコンと額を叩いた。
「信仰心と柔軟な思想さえあれば、困難は乗り越えられるものです。遠方とはいえ、その間を塞ぐのは岩と土だけ。ならば、浄化できるものを浸み通してしまえばいいだけです」
 開いた両手を地面につけて、ナーダは精神集中を始めた。が、まだ幾らかの余裕はあるようで、セレスに指示を与える。
「私はこちらにかかりきりになるので、魔族のお相手はお任せします」
「え?」
「宙に邪悪な気が浮かんでいます。おそらく、呪具を埋めた術師。さほど強い気ではありませんが、聖なる武器か神聖魔法でなければダメージを与えられないのでお忘れなく」
 呪文を詠唱し、ナーダは………
 両手の指先に、邪を払う聖なる水を呼び寄せた。インディラ教の始祖バラシンが神より賜った浄化の泉。インディラ教の総本山の森にある尽きる事のない奇跡の泉、遥か彼方の泉の水を魔法で指先に呼び寄せているのだ。地中深くまで浸み通るほどの大量の水を呼び寄せ、浄化の水で呪具を清めるつもりなのだ。
 セレスの背後から剣戟が響き渡った。
 振り返ると、少し距離が開いたところで、アジャンが黒のローブの男と戦っていた。敵のローブの裾は宙に浮かんでおり、手にした細剣でアジャンの大剣を軽く受け止めていた。
《面白い、これほどの男が野に埋もれておるとは》
 声ではない声が聞こえた。セレスは矢をつがえ放った。が、それは黒衣の男を貫く前に空を反れ、思いがけない方向に飛んで行ってしまった。敵が大気を操り、空間を曲げてしまったのだろう。
《何という柔軟な魂なのだ………偉大なる御方を受け入れてもおまえならば壊れぬ。この世界の制約もおまえを通せば無となる。御力のままに、ケルベゾールド様は、この世に存在できる。これほど理想的な器は滅多におらぬ。これを献上すれば、ケルベゾールド様もさぞやお喜びになられるだろう。ククク、ウズベル様に命じられてのつまらぬ実験で、思いもよらぬ手柄が得られた!》
「うるせえぞ、きさま!」
 アジャンは敵の細剣を弾き飛ばし、黒衣の男の体を斬って捨てるべく刃を振り下ろした。
 けれども………
 黒衣を半ば斬ったところで、大剣は動かなくなった。いや、男の黒衣が絡みつき、大剣を捉えていると言った方が正しいか。黒衣は形を変え、黒い霧となってアジャンを包み込もうと広がっていった。
「アジャン!」
 セレスは叫び、走った。彼の大剣に祝福を与えてやりたいのだが、まだ距離が開きすぎている。セレスの魔法では届かない。
《人としての心はいらぬ。欲しいのは、その魂と肉体。シャーマンよ、己をケルベゾールド様に捧げよ》
「くそっ!」
 大剣の柄を離し、後方へと逃れようとする赤毛の戦士。けれども、人の形を捨てて完全に黒い霧と化した敵は、意のままに形を変え、アジャンを包みこんでゆく。
「アジャン!」
 セレスは、赤毛の傭兵へと手を伸ばした。


《心を解き放て!憎悪を思い出すのだ!》


 現実に重なるように幻が見えた………


 吹き荒ぶ雪………
 目も開けていられないほど、激しい雪嵐。頬を叩きつける風が、刺すように痛く冷たい。
『アジャン!』
 ぼろぼろの布を防寒服代わりに体に巻きつけている少年が、力なく倒れている小さな体を抱きしめ叫んでいた。
『俺だ!アジャン!目を開けてくれ!』
 少年は腕の中の者をきつく抱きしめた。吹き荒ぶ風が、腕の中の者のフードを取り去った。見事な赤毛が風に舞い………生気のない白い顔が晒される。五、六才の幼いその顔は、既に魂を失っていた。
『アジャニホルト!』
 幼子(おさなご)を抱きしめ、少年は肩を震わせた。凄まじい怒りを抑えられずに………
 少年は頭をあげ、雪嵐を睨みつけた。
『神よ!そこにおわすのなら聞け!我が一族は古えからの神との契約を守り滅びた!父は名誉なき死を与えられ、母も姉も凌辱の果てに殺された!おまえは俺から幼き妹すら奪い、そして、今、最後の血族アジャニホルトを奪った!何故、おまえは我等を見捨てる?崇め奉られるばかりで何もせんのが神か?ならば、神などいらぬ!俺はきさまとの契約を破棄する!』


《そうだ、憎め》


《全てを憎むのだ》


《おまえの血族の命を奪ったものを………》


《おまえから誇りを奪い辱めたものを………》


《無慈悲で強欲な支配者達を………》


《強者にへつらい、地べたを這いずるみすぼらしい民を………》


《全ての愚かなる人間を………》


《憎み、見下せ》


《人としての情などいらぬ………》


《憎悪に染まりきった魂さえあればよい………》


《シャーマンよ、その身をケルベゾールド様に捧げよ》


「駄目ぇぇぇぇぇぇ!」


 セレスは望んだ。
 真の光を。
 闇に覆われかけている男を救える、純粋な光を。


 望みのままに、光が集う。
 セレスの両手に………
『勇者の剣』が握られた。


 不思議な事に、それは空気のように軽かった。


 セレスは『勇者の剣』で、アジャンの周囲を覆っていた黒い霧を斬り裂いた。


《馬鹿な………》
 斬られた面から光が広がり、黒い霧はその光に溶かされ形を保てずに消えてゆく。
《そんな馬鹿な………女が『勇者の剣』を使いこなすなど、ありえぬ………女が『勇者の剣』を………》
 パサァァァァァ………と、黒い霧は消滅した。一握の白い塩だけを残して。
「くっ………」
 アジャンが頭を抱え、大柄な体をふらつかせる。
 その体を支えてやろうとして、
「きゃああああああ!」
 逆にセレスが、前のめりに倒れてしまう。『勇者の剣』が、物凄く重たいのだ。両手でも支えきれないほどに。仕方ないので、大地に突き刺して両手を離した。
(でも、これって、『勇者の剣』が私の所まで飛んで来てくれたって事よね。『勇者の剣』はナーダが背負ってくれていたんだし)


『勇者の剣』は持ち手が呼べば遠方より飛来し、持ち手が危機とあらば自ら魔法さえ使う、魔法剣じゃ。


 セレスは魔法の師匠カルヴェルの言葉を思い出した。
『勇者の剣』に持ち手として認められず、徹底的に嫌われているセレスだが………心からアジャンを救いたいと願ったあの時、剣はセレスに応えてくれたのだ。
 赤毛の傭兵が頭を押さえたまま、じろりとセレスを睨みつける。
「………助かった」
「え?」
「今日は俺が悪かった………」
「え?え?え?」
「聖なる武器を借りなかったのは、失敗だった。くそ!次からは魔族相手の時は、おまえさんのオモチャを遠慮なく貸してもらう。あのくそ忌々しい魔族を、俺の手で斬り殺してやりたかった!」
 己の赤毛を押さえる両の手は小刻みに震えていた。
「………嫌な事、思い出させやがって………」
「アジャン………」
 セレスも、又、アジャンの雪の記憶を共有していた。
 雪嵐の中、幼い弟の亡骸を抱き、神への怨み言を叫んでいたのは………昔の赤毛の傭兵なのだろう。彼が口にしていたのは異国の聞きなれない言葉だったが、何と言っているのかは不思議とわかった。けれども、あの記憶の中で、彼は弟を『アジャニホルト』或いは『アジャン』と呼んでいた。
 セレスの物問いたげな表情を読み取り、聞かれる前に傭兵は答えた。
「弟と名前を取り替えたんだ。あいつの遺髪を指輪にして持っていたんだが………いろいろあって無くしちまってな。何もかも無くしちまうのも嫌だったんで、あいつの名を貰った。『アジャン』ってのは俺が弟につけた偽名だったが………本名の『アジャニホルト』よりも、あいつに馴染みのある名前だった。だから、貰ってずっと名乗っている」
「じゃあ、あなたの本名は『アジャン』じゃないのね?」
「ああ」
「本当の名前は何ていうの?」
 赤毛の傭兵は不愉快そうに顔をしかめた。
「忘れた」
「忘れた?」
「本名で呼ばれていたのはガキの頃だけだ。ずっと本名を隠してきたし、弟も妹も『兄ちゃん』としか呼んでくれなかったし、な。きれいさっぱり忘れた」
「でも………」
 そう簡単に忘れるものだろうか?
 忘れられるものだろうか?
 追及したかったが、傭兵があまりその話題に触れられたくなさそうだったので、セレスは話題を変えた。
「そういえば、あの魔族、あなたを『シャーマン』と呼んでいたわね」
「………親父が部族の『シャーマン』だったからだろ」
「お父様が?」
「なるほど………あなたの予知能力は血筋でしたか」
 突然かかった声の方角に顔を向けると………
 疲労困憊といった顔の武闘僧が、弱々しく手を振りつつ歩み寄ってきていた。呪具は浄化できたようで、その口元には満足そうな笑みが浮かんでいた。
「きちんと修行をつめば『シャーマン』になれるのに………傭兵稼業で天賦の才を無駄使いしているわけですね………もったいない………父祖からの贈り物を大切にしないと罰が当たりますよ」
「ケッ!」
 知ったことか!という顔のアジャン。
 セレスは心配そうに武闘僧へと歩み寄った。
「ナーダ、あなた、顔色悪いわよ、大丈夫?」
 近寄ってくるセレスに、ナーダは右の掌をあげ、とどまるように手振りで意思を伝えた。
「大丈夫です。でも、セレス、かすり傷適度の怪我でしたら、しばらくは唾でもつけて治してくださいね。私、当分、魔法を使えそうにありませんから」
 ふらふらと、武闘僧がよろめく。魔法を使いすぎて、魔力が枯渇してしまったのだろう。体力もかなり消耗しているようだ。
「それにしても………すごいじゃないですか、セレス、『勇者の剣』を呼び寄せるだなんて」
 大地に突き刺さる『勇者の剣』を見て、ナーダがにっこりと笑みを浮かべた。
「なかよしこよしの三人組にはなれませんが………私達、勇者一行として何とかやっていけそうですね?」
 その問いはアジャンに向けられたものだったが、傭兵は肩をすくめ、答えずにそっぽを向いてしまう。
 代わりに答えたのは、微笑んでいるセレスだった。
「あなた達が協力してくれるのなら………多分ね」


 南の斜面の斎場近くで一夜を明かしてから、一行は東を目指し馬を走らせた。
 旅の目的地シャイナは、もう間近だった………
『希望の光』 完。

次回は『旅のはじまり * シャオロン *』。舞台はシャイナです。
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