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女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

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勇者の家 3話

「巡回裁判官をお幾つまで続けられるのですか?」
 ナーダの問いに、ヤンセンは少し間をおいてから答えた。
「少なくとも、後十年は……」
「ご立派ですね」
「とんでもない。孫のグスタフが育つまで、セレスは嫁ぐ事すらできません。『勇者の剣』を振るえるただ一人の人間ですから。あの子の旅が無事に終わる事を私は信じて疑っていませんが……帰国後もあの子は勇者であり続けねばならないのです。娘が女の幸せを全て捨てて、今世の勇者として頑張っているのです。私も正義の為に働き続けねば、あの子に申し訳ない」
「ご当主様……」
「あの子が良縁に恵まれどこぞに嫁いだ後に、進退を考えようかと思っています。私の考えに賛同してくれる若手裁判官も増えてきています。後進がきちんと育っていれば引退し、読書三昧の老後を送ろうかと」
「ご勇退後、ロイド様の蔵書を心ゆくまでご覧になられたら、是非、インディラにおいでください」
 ナーダは僧侶にふさわしい品のある微笑を浮かべた。
「総本山の書庫も、ここ同様、貴書の宝庫です」
「それは素敵だ」
「私の名で紹介状を書いておきますね」
「ありがとうございます。では、その手紙、書けましたらセレスにお渡しください」
 ヤンセンは頭を掻いた。
「明日から、私、ウエスコ地方の巡回に向いますので」
 そうと聞き、ナーダは頭を下げた。
「お忙しいところ、私の為に、すっかりお時間をとらせてしまいましたね。すみませんでした、どうぞ、セレスのもとへ」
「いや、まあ」
 困ったようにヤンセンは頭を掻いた。
「時間があっても、あの子とはそう話さないと思います」
「え?」
「何と言いますか、あの年頃の娘とは、その、何を話してよいものやら……子供の頃はもう少し私的な会話もできたのですが、このごろは、まったく……。決して仲が悪いわけではないのですが、会えば二人とも妙に構えてしまって」
「……そうですね」
 玄関ホールでの二人のやり取りを思い出し、ナーダは頷いた。ヤンセンとセレスは熱血師弟のようだった。とても、久しぶりに会った父と娘には見えなかった。
「昔から私はあまり屋敷に居りませんでした。セレスは私の仕事に敬意を表してくれていますが、父親としての私はあの子から遠い存在でした。剣の修行に明け暮れ泥まみれになっているあの子に、私は何もしてやれなかった。助ける事も慰める事も、何も……」
 そこで、ヤンセンは苦い笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「他人行儀となってしまっても仕方ありません。ほとんど交流が無かったのですから。あの子はいつも、私の前ではお行儀の良い勇者として振舞います。会う度に、かわいそうなほど気を張っているのです」
「それは、自分をよく見せたいからでしょう」
「え?」
 ナーダはにっこりと笑みを浮かべた。
「ご先祖様の勇者様達と同じくらい、ご当主様を尊敬しているから、あのように緊張してしまうのでしょう。めったにお会いできない相手だからこそ、良いところを見てもらいたいのですね」
「いや、それは……」
「お気づきになられません?、正義の為に邁進するセレスはあなた様にそっくりです。あなた様を慕い、心から愛しているのですよ」
 ヤンセンは息を呑み、武闘僧を見つめた。しばらくしてから弱々しく笑い、そうだと良いのですが、と、又、頭を掻いた。
 と、そこへ、ノックが響く。
「ヤンセン、セレス嬢様だ、開けていいか?」
 護衛役の老人からの問いだ。主人に対して、ずいぶん横柄な口をきくと、ナーダはいぶかしく思った。
「ああ、通してくれ」
 シャオロンとジライを従えて女勇者が、書庫へと現れる。
「お父様、やっぱり、このお部屋でしたのね……て、あら? ナーダ、あなたもいたの? 意外ね。こんな所で何してるの?」
 どうしてこうセレスは、言葉の選び方に無頓着なのだろう。ナーダは眉をひそめた。悪意がまったく無いのはわかるのだが。
「ここで拳法の練習でもしているように見えます?」
「見えないけど……」
 喧嘩を売ってもしょうがない。ナーダはわかりやすく女勇者に説明した。
「私が読書好きだとご当主様に手紙で知らせてくださったそうですね、ありがとう、セレス。この部屋の鍵もお借りできる事になりました。滞在中は、ここを利用させていただきますね」
 セレスの顔がパッと輝いた。
「そう! よかったわ! インディラの総本山の書庫の本を暗記しちゃうような、あなただもの! 絶対、この部屋、気に入ると思ったの! あなたの役に立てたのなら嬉しいわ!」
 無邪気に喜ぶセレス。何の裏表もなく善意のみでつき進む彼女はナーダにとって……女性ではあったが、不快な存在ではなくなっていた。愚かだと思い、呆れる事は未だに多々あったが。
 ナーダに対してニコニコと笑みをみせてから、セレスは父親に顔を向けた。
「お父様、東国の墨と硯と筆を貸してくださいませんか?」
「墨と硯と筆……? おや、何処にしまったかな。最近、使ってなくてねえ」
「……机の引き出しの上から三段目」
 と、ぼそっと呟いたのはジライだった。忍者はハッとして覆面の下の口を押さえた。が、時、既に遅かった。
「え? 何でジライがそんな事を知っているの?」と、セレス。
「………」
 忍者は四方を見渡し、前方の書棚を指さした。
「セレス様、あそこを!」
「え?」
 全員の視線が一斉に書棚へと向く。
 しかし、埃をかぶった本が並んでいるだけで書棚に異常はない。
「なによ、ジライ、どうしたの?……あっ!」
 セレスが振り返った時には、背後に居たはずの忍者ジライの姿は忽然と消えていた。


「なによ、これ!」
 荒らされたヤンセンの部屋を見渡し、セレスは怒りの声をあげた。
 全ての引き出し、全てのクローゼットの扉が開き、ヤンセンの服やら収納箱やら袋やら本や書類やら、床の上にいろんな物が散乱している。泥棒が入った後のようだ。
「ジライの仕業ね! まったく、もう!」
「ジライさん、きっと情報収集をしてたんですよ、情報収集が忍の本分ですから」と、シャオロン。
 いや、違う……ヤンセン所蔵のセレス所縁(ゆかり)の品を漁って悦にいっていたに違いない……武闘僧は気づいていた。が、敢えて口を閉ざす事にした。
「お父様、ごめんなさい!」
 セレスは父親に頭を下げた。
「私の従者がご無礼を働いてしまい、すみませんでした。お部屋をよく調べて。何か無くなっているものがあったら、私が責任をもってジライから」
「いや、大丈夫だろう」
「え?」
「おまえの従者が盗みを働くはずがない。何か理由があってこの部屋を調べていただけだろう」
「でも……」
「セレス、もっと自分の従者を信じなさい」
「はい……ごめんなさい、お父様」
 荒れた部屋を見渡していたセレスの目が、クローゼットの前に止まる。
「あ!」
 蓋のあいた、大きな箱が床の上に転がり……
 大きな熊のぬいぐるみがある。クローゼットの扉の陰に隠れるように、床の上に座っている……
「パティ!」
 走り寄り、セレスは熊のぬいぐるみを抱きしめた。
「パティ……」
 五才ぐらいの子供の大きさの熊を、セレスは愛しそうに抱きしめた。
 シャオロンとナーダが顔を合わせる。あのぬいぐるみは、セレスにとってとても大事な物のようだ。
「……パティ、お父様が取っておいてくださったの?」
「ああ……うむ」
 真っ赤な顔でヤンセンがひっきりなしに頭を掻く。
「その、おまえの部屋に最後まで残っていた人形だったから、捨てるのも忍びなく……」
「……捨てなきゃいけないと思ってたの、正式に聖騎士修行を始めた時に……。十才にもなってパティが居なきゃ眠れないなんて、格好悪すぎるから……大好きなお友達だったけれど、大人になるにはぬいぐるみを捨てなきゃと思い込んで、それで……。後でとても後悔したわ。大切なお友達をゴミにしてしまっただなんて……最低だって。ずっと悔やんでいたの」
 セレスは父親に抱きついた。
「ありがとう! お父様!」
「セレス……」
「大好きよ、お父様!」
「………」
 ヤンセンは自分よりも背の高い娘を、そっと抱きしめた。
「私もだよ、セレス……おまえを愛しているよ」


 慣れない西洋式画材を使うよりはマシだと墨と筆と硯を借りたものの、やはり、うまく描けない。広間に机を運び込み、ロイド作の二代目勇者の肖像画を何度も何度も眺めつつ、シャオロンはホーランの似顔絵を描こうと頑張ったのだが……どう見ても幼児の落書きレベルだ。
 両手を組み合わせ、わくわくと待っているセレス。
 侯爵家の先祖の絵をセレスの従者が描くと聞いて、興味津々といった顔でたちあっているヤンセン。
 二人の期待がシャオロンに重圧としてのしかかっていた。
 腕で囲いをして隠れながら絵を描く少年は、泣きそうな顔をしていた。武闘僧ナーダはやれやれと溜息をついた。
「本物のホーラン様は、あの肖像画より、肩幅はもっと広く、面長、唇は厚く、目は細いのですね、シャオロン?」
「あ、ええ、そうです」
 ナーダは机の上の羽ペンを手にし、積みあがった紙の束から一枚をとって、インク瓶を開けると、さらさらとペンを走らせた。
「……こんな感じですかね?」
 ナーダは描きあがった絵をシャオロンに見せた。
「うわっ!」
 少年は目を見開いた。ナーダの描いたペン画は、肖像画よりもずっとホーランに似ていた。
 背後から覗きこんだセレスとヤンセンも感嘆の声をあげた。線こそ少なかったが、実に的確に形をとらえた絵なのだ。
「すごいです! ナーダ様! この絵、ほとんどホーラン様にそっくりです!」
「どこが違います?」
「えっと……本物のホーラン様はもうちょっと目尻が下がっていて……」
「少々、垂れ目、ね」
「それと……そうだ! 顎がもう少し角ばってました!」
「じゃあ、こうですね」
 ナーダは一分もかけずに、二枚目の絵を描き上げシャオロンに手渡した。シャオロンが破顔した。
「そっくりです! ホーラン様そのものです! さすが、ナーダ様!」
「それは良かった」
 武闘僧もにっこりとシャオロンに微笑みを返す。
 セレスは頬をゆるませ、シャオロンの手の中の絵を食い入るように見つめていた。ご先祖様に憧れているセレスにしてみれば、その絵は、金銀財宝よりも遥かに価値のあるものだった。絵から目をそらせないまま、セレスは、
「意外ね〜 ナーダ、あなたに絵の才能があったなんて」
 と、又、武闘僧のご機嫌を損ねるような言い回しを使ってしまう。
「訂正してください。私には絵の才()あるんです」
「……そうだったわ。ごめんなさい。あなた、大僧正様に気に入られる為に、学問も魔法も武術も懸命に学んで何事にも超一流の実力を身につけたのよね。絵の才なんて、あなたの特技の一つにしか過ぎないのよね」
「その通りです」
 何かを描きながら偉そうに答える武闘僧。
 ちょっぴりムっとしていたセレスに、ナーダは描き上がった三枚目を手渡した。
「はい」
「え? て! えぇぇっ! これって!」
 セレスは口元を左手で覆った。
「これ……貰ってもいいの?」
「私の事をご当主様に知らせてくださった事へのお礼です。あなたが気に入るかと思って描いたのですが……」
 武闘僧は肩をすくめた。
「要らなきゃ捨てちゃってください」
「要るわ! 要るわよ!」
 セレスは絵を見つめ、とろけるような笑みを浮かべた。
「……ありがとう、ナーダ、嬉しいわ」
 東国の少年と女勇者の父も絵を覗き込み、溜息を漏らした。
 羨ましそうに絵を見つめる少年に、武闘僧は同じ絵をあっという間に描き上げて渡し、少年を喜ばせた。
「ご当主様にはよろしければ、こちらを……」
 絵を受け取ったヤンセンは、思わず頬を緩めてしまった。
 絵には……ヤンセンとその隣に共に立つセレスが描かれていた。セレスは愛らしく微笑んでいる……
 明日からの巡回の旅に、この絵を忍ばせて持っていこうとヤンセンは決めた。


 その夜、寝る前に、セレスはベッドの横の椅子にパティを座らせた。本当は昔のように抱いて寝たかったのだが、長い間洗っていないので、召使に止められたのだ。
 パティの後ろのサイドテーブルの上には、今日、ナーダから貰ったペン画を額縁に入れて飾っている。
 その絵の中で……鎧姿のセレスは、アジャン、ナーダ、シャオロン、ジライの四人に囲まれて幸せそうに笑っていた。
 セレスにとってその絵は、広間のご先祖様の肖像画と同じくらい大事な絵となっていた。
 絵とパティ。
 愛するものに囲まれ、幸せな気分に浸ったまま、セレスは瞼を閉じた。


 その頃……
「もう一軒! もう一軒いくぞ、若いの!」
「次の店は、ウハウハのこれもんの別嬪さんが居るんじゃ!」
「エウロペ一の名店だ! 奢ってやるからついて来い!」
「夜はまだまだ明けねえぞ!」
 夕方、老人Cと老人Dは仕事の時間だといなくなったのだが、代わりに老人Eと老人Fがジジイ集団に加わり、『セレス嬢様の従者を、クリサニアの名娼館に案内してやろう!』と、勝手に盛り上がり、あっちだこっちだとアジャンをひきずりまわしているのだ(当然、アジャンはヤンセンとの食事の会に出席し損ねている。堅苦しそうな会なので出なくて済んで、かえって助かったのだが)。
 花街めぐりに案内など必要なかったのだが、何となく憎めないジイさん達に負け、アジャンは彼にしては珍しく根気よく老人達につきあっていた。


 翌日、早朝……
 セレスの父ヤンセンはウエスコ地方の巡回裁判の旅に出かけて行った。そのままアズーリ地方にも回るので、屋敷に戻るのは三ヶ月後になる。
「次におまえに会う時は、おまえはケルベゾールドを倒して真の勇者になっているだろうね」
 頑張るのだよと励ます父に、セレスは拳を握り締め、
「勇者一族の名に恥じない戦いをいたします!」
 と、勇ましく答えたのだった。
 ヤンセンの旅には、秘書や召使、護衛兵などのお行儀の良い若者達の他に、ヤクザにしか見えない凶悪な面構えの老人六人とその舎弟の柄の悪そうな男達が同行する。
 眠そうな顔の老人達はセレスに対しては笑顔を見せ、大きく手を振って別れを告げた。しばらく見ていると、老人達は前後左右にバラけ、ヤンセンの馬車の側に二人がぴったりと馬を寄り添わせていた。
 一行の姿が見えなくなるまで、セレスは玄関の前に佇んでいた。
「さて、と」
 セレスは振り返り、共に父を見送ってくれた仲間に笑顔をみせた。シャオロンとナーダだ(ほんの少し前に屋敷に帰って来たアジャンはいびきをかいて眠っている。ジライは昨日からずっと行方不明だ)。
「今日は十時から王宮に行って、国王陛下にお会いするのよ! 大魔王の本拠地探し、頑張りましょうね!」
「はい! セレス様!」
「北方諸国に行くことになるんでしょうかねえ。それとも、アフリ大陸でしょうか?」


 女勇者は仲間の肩を叩き、屋敷の中へと戻って行った。
『勇者の家』 完。

次回は『勇者の家 後日談』。
もう少しだけ、今回の話が続きます。
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