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女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

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勇者の家 2話

 ヤバい奴等に捕まっちまった……アジャンは溜息をついた。
 あてがわれた豪奢な部屋に馴染めず、ぶらぶらと庭を歩いていたが為に、馬小屋の前でサイコロ賭博をしていた四人の老人に遭ってしまったのだ。
 その時、そのまま行過ぎれば良かったのだが……つい、何となく当たりの目を口にしてしまったせいで、『セレス嬢様の従者にしちゃ面白味のある男じゃねえか、遊んで行きな』と、強引に賭博&酒宴に誘われたのだ。
 サイコロ賭博など十のうち九は正解できるのだが、勝ち過ぎると後で絶対に面倒になるので、アジャンは負けすぎない程度に当たり目を言うようにした。
 昼間っから酒や賭博に興じている老人達は、ヤクザ者独特の雰囲気を漂わせていた。若い頃は相当ヤバい事をして遊んでいたと思われる。しかし、不思議なことに、老人達はこの屋敷の使用人なのだ。玄関ホールにいっぱい居た熱血感動体質の召使達とはあまりに異種であったが。
 それに、馬小屋の傍にはいるが、馬丁にしては身なりが良すぎる。とはいえ、護衛兵にしては所持している武器(えもの)が変だ。鞭にナイフに杖(たぶん、仕込み杖だ)ときては。
「なあ、ジイさん。あんたら、セレスの親父さんの私兵か何かか?」
 そう尋ねると、老人達はゲラゲラと笑った。
「冗談じゃねえや。俺達ぁ、うすのろヤンセンなんざに仕えちゃいねえよ」
「まあ、面倒をみちゃいるがな」
「あいつは、まあ、俺達の舎弟ってとこだな」
「ちがいねえ。俺達のご主人様は、後にも先にもランツ様、ただお一人!俺達はランツ様のご遺言を守って、ヤンセンの馬鹿を護衛してやってるのさ」
「ああ、なるほど」
 赤毛の戦士は頷いた。
「あんたらはセレスのジイ様の家来なんで、屋敷の召使達とは毛色が違うのか」
 老人達は再び愉快そうに笑って、アジャンに酒を勧めた。
「あんたも、びっくりしたろ?屋敷の若い奴らはイカレてるからなあ」
「ヤンセンの馬鹿を崇めてるんだぜ、馬鹿も馬鹿、大馬鹿だぜ」
「若い使用人は、みんなヤンセンの法のお裁きで、家族親類縁者や本人が救われた身なんだ。で、感謝感激雨霰ってなもんで、この屋敷の押しかけ召使をやってるのさ」
「アホで助平なヤンセンを尊敬しているだけで、あいつら、もう詰んじまってるぜ」
「なあ、あんた、ヤンセンをどう思う?」
「……あれこれ思えるほど、知らん」と、アジャン。
「じゃあ、あいつの悪党ぶりも知らんのだな?」
「悪党なのか?」
「そうだ!」
 四人は声を同じくして叫んだ。その中でも一番年長そうな老人(名乗ってくれないので、老人Aとしておこうとアジャンは思った)が、詰め寄ってくる。
「ヤンセンはな……ランツ様のお留守を狙ってこの屋敷に入り込んで、ランツ様の一粒種のサリア様を……」
 老人Aはそこで、ぐっと喉を詰まらせた。
「サリア様を……」
 老人Aの目に涙がきらめく。酒の助けもあるのだろうが、相当、自分に酔っているようだ。
「サリア様を手籠めにしやがったんだ!」
「ちきしょう!あの助平め!」
「思い出す度に腸が煮えくり返るぜ!」
「ランツ様も、さぞご無念であったろう。サリア様は、それはおかわいらしく、やさしく、天使のようなお方だったのに……あんな馬鹿の毒牙にかかってしまわれて……」
 と、口々に叫ぶ老人達。この際、老人B、老人C、老人Dにしておこうとアジャンは勝手に決めた。
「おい!あの忌まわしい事件は、てめえらのせいだからな!てめえらが一ヶ月もランツ様を連れまわさなきゃ、悲劇はまぬがれた!」と、老人A。
「何だとぉ!悪いのは、留守居のおまえらだろうが!ランツ様からサリア様の護衛を頼まれてた、おまえらが悪い!」と、老人B。
「てめえらが、貧乏男爵家の三男坊を屋敷に招き入れなきゃよかったんだ!」と、老人C。
「しょうがねえだろ!サリア様が『あの方をお招きして』っておっしゃったんだぜ? ヤンセンの馬鹿が一週間も門の前に立ってやがったんだ!サリア様の目にも留まるわ!」と、老人D。
「何で、サリア様のお目に留まる前に、あの馬鹿、シメてどっか遠くに捨てて来なかったんだ!」と、老人B。
「法律の勉強がしたいだの、ロイド様の蔵書が拝見したいだの、まともなゴタク並べてやがったんだ、あいつ。わしらの一存じゃ、半殺しまではできんわ」と、老人A。
「やっときゃよかった……」と、老人D。
「うまい事言って屋敷にあがりこんで、女を襲うとは、最低野郎め!」と、老人B。
「下級貴族の三男坊のくせに、名門侯爵家令嬢をかっさらいやがって!」と、老人C。
「あの馬鹿が屋敷に乗り込んできた時、すぐにランツ様と連絡がつけば、悲劇は防げたものを……」と、老人D。
「仕方ねえよ、あの時、ランツ様は前人未到の記録に挑戦なさっておいでだったんだぜ」と、老人C。
「そうじゃ、エーゲラの国中の歓楽街の全ての店の全ての娼婦と男娼をモノになさっておられたのだ。ランツ様といえども、一ヶ月はかかるわ」と、老人B。
「移動時間が結構かかるからのう」と、老人C。
「コマすだけなら、あの方のムスコにかかれば、あっという間なのだが」と、老人B。
「ランツ様が記録に挑まれてお忙しかったのならば、お側に仕える者が気をきかすのがスジじゃろうが!テメエらが連絡先を知らせなかったのが悪い!留守居のわしらはランツ様がエーゲラにいらっしゃるのすら知らなかったんじゃぞ!」と、老人A。
「エーゲラで娼館制覇中などと連絡できるか〜!わしらの文がサリア様の目にとまったら、わしらの命は無いんじゃぞ」と、老人B。
「なにせ、ランツ様はサリア様を無垢に育てておられたからのう。色町めぐり中など伝えられんわい」と、老人C。
「そう、サリア様は穢れなき少女だった。じゃから、あのヤンセンの毒牙にやすやすと……」と、老人D。
「く」と、老人B。
「くそぉ、ヤンセンめ」と、老人A。
「我らはあの馬鹿を決して許さぬぞ」と、老人C。
 肩を抱き合っておいおいと泣く老人達を見つめ、アジャンは大きく溜息をついた。やっかいなジジイどもに捕まった身の不運を嘆きつつ……


「お父様ってね、スキンシップにはおおらかなのよ。おじい様に対してだけじゃなく、誰に対してもね。護衛役のボッチェおじいさん達、昔から何かというとお父様を小突いたり蹴ったりするんだけど、いつも笑って許してらっしゃるの」
「護衛役のボッチェおじいさん?」
「ああ……お父様にはね、常に護衛役がついているの。お父様は公正な裁判をなさるから、貴族や聖職者や富豪の権利を損なう判決を下される事もままあるのよ。だから、今まで、逆怨みした馬鹿な人達に数え切れぬほどお命を狙われているのよ」
「……そうなんですか」
「ボッチェおじいさん達、六人のおじいさんが交替で、必ず二人はいつもお父様を護衛しているの。この屋敷の中でも誰か二人はお父様につきそっているはずよ。お父様、武術はてんで駄目だから」
 セレスはフフフと笑った。
「ボッチェおじいさん達はね、昔、町の『ふだつきの不良』だったんですって」
「『ふだつきのふりょう』ってどういう意味ですか?」
「ん〜、よくわからないけど、町で軽犯罪を犯していたみたい。それで、ランツおじい様がボッチェおじいさん達を『シメた』んですって」
「『シメた』って何ですか?」
「ん〜、お説教したって事だと思う。その日からずっと、ボッチェおじいさん達はランツおじい様の家来になったのよ。おじい様の死後もおじい様だけを主人と決めて、おじい様の遺言通りに、お父様の護衛を続けてくれているの。ボッチェおじいさん達が居なかったら、お父様、もう百回ぐらい暗殺されてるんじゃないかしら」
「忠義の部下なんですね」
「おじい様の忠義の部下ね。お父様のことは……嫌ってはいないみたいなんだけど、すぐボカスカ殴るのよね。私やお姉様やグスタフにはすごく礼儀正しくて優しいのに、何故かしら?」
「そういえば、セレス様、セレス様のお姉様や旦那様、甥御様って、確か、ご一緒に暮らしてらっしゃるんですよね?先ほどは、玄関ホールにいらっしゃらなかったみたいだけれど」
「みんな、今、王宮よ」
「え?」
「ケルベゾールドが復活した後、お姉様達は王宮に移られたの。魔術師協会の精鋭達が張る結界の中、次代勇者のグスタフは聖騎士訓練を受けているのよ」
「へええ」
「私の旅が失敗に終わったら、跡を継ぐのはグスタフしかいないもの。まだ四つだけど、エウロペでは王族に次ぐ重要人物として扱われているわ。勇者の血を残せるお姉様が、その次の重要人物ね」
 シャオロンは知らない事だが、セレスの従者をエウロペ国王が募った時、魔術師協会はセレスの従者を出す事を拒否していた。次代勇者グスタフの保護に魔術師協会は全力をもってあたりたいという理由をもって。
 しかし、実際のところは、セレスが魔術師協会未所属の大魔術師カルヴェルの弟子である事への反発と、海のものとも山のものともつかぬ女勇者になど人を割くのも惜しいという侮りからの拒絶だという事は、父から教えられてセレスも理解していた。
 旅立ちの前は、魔術師協会を含むさまざまな組織、国家、宗教団体から、軽んじられている事が悲しく、大魔王討伐に期待されていない事をつらく思えたものだが……
 セレスは目の前の少年を静かに見つめた。
 エーゲラ(いち)の戦士アジャンとインディラ教次期大僧正候補のナーダの二人だけを伴って始めた旅も、東国の武闘家の少年シャオロンと、東国忍者ジライが加わって、従者は四人となっている。セレスは四人を歴代勇者の従者にも劣らぬ超一流の戦士だと思っている。
 従者達の助けを借りて、大魔王四天王のうち三人を倒し、シャイナ・インディラ・トゥルクにおける大魔王の企みは阻止した。後は四天王の最後の一人を倒し、ケルベゾールドを滅ぼすのみ。その為にも、明日からの大魔王の本拠地探しを頑張らねば!と、セレスは決意を新たにした。
「シャオロン、明日は王宮に行くわよ」
「はい、セレス様」
「お姉様達にもお会いしたいけど、まずは勇者として働かなきゃ!国王陛下に拝謁して、大臣のお歴々や学者さん達にも大勢会って、今後について話し合うのよ。大魔王の本拠地探しの旅をどういう形で進めるか、これから先は、私の独断だけじゃ無理だから。北方やアフリ大陸に向うのなら許可書が必要だし、どちらもおいそれとは出ないものなのよ。特に北方はねえ……。行けるものなら、バンキグに行きたいのだけれど」
「セレス様……」
「ともかく、明日から忙しくなるわ!魔術師協会にも顔を出さなきゃ!絶対、怒らない!絶対、冷静に!何、言われても、勇者らしく!笑顔で!私も頑張るわ!シャオロン、あなた、私の供をしてね!」
「はい、セレス様!」
「だからね、シャオロン」
 セレスはにっこりと微笑んだ。
「ホーラン様のお顔、今日中に描いてもらえるかしら?」
「う」
 まだ覚えてらっしゃったのか……シャオロンはがくっと頭を垂らした。


 屋根裏や建物の陰など賊が侵入しやすい箇所に罠を仕掛け、屋敷中をざっと探索し敵の気配が無い事を確認し終えた忍者ジライは……趣味に走る事にした。
 なにしろ、この屋敷はセレスの生家。彼女にまつわるお宝の宝庫なのだ。最高の宝島『セレスの自室』は最後の楽しみにとっておいて、まずは外堀から攻めようと、ジライはヤンセンの自室に向った。
 娘を持つ両親はえてして親バカとなりやすいもの。しかも、セレスは絶世の美少女なのだ。その親ともなれば、デレデレの甘々となり、娘からの贈り物や娘との思い出の品を後生大事に抱えている可能性は非常に高い。
 仕事関係の法律の本と書類に埋もれたヤンセンの部屋。
 しかし、ジライは、クローゼットの奥、ベッドの下、本棚の上、続き部屋の衣装部屋の奥から次々とお宝を発見していった。ヤンセンは几帳面といおうか、分類バカといおうか、収納袋や箱それぞれに二人の娘や妻の名前を書いていたので、どの中身がセレスのものかはすぐにわかった。
 セレスの幼少のみぎりの絵と木彫りの彫刻は、ダイナミック(大雑把)で、その稚拙さ加減がかわいらしくってたまらなかった。セレスからの贈り物と思われる、押し花やらドライフラワーもあった。落書きだらけの綴り方の本、折れた練習用の剣、壊れた乗馬鞭……。
 お宝を眺め、ジライはほぉっと溜息をついた。
 次にジライは巨大なクローゼットの奥の奥にあった大きな箱を開けてみた。中身は薄汚れた大きな茶色の熊のぬいぐるみ。幼児並みの大きさがある。セレスの昔のお気に入りなのだろう。
「む!」
 近づいてくる二つの足音に気づき、忍者はすばやく姿を消した。天井裏に潜み、息を殺し、気配を絶つ。
 足音は徐々に大きくなり、そして、ヤンセンの部屋の扉の前で止まった。ノックの音が響く。
「お父様、いらっしゃいます?硯と筆と墨をお借りしたいのですが」
(やはり、セレス様か。もう一人はシャオロンだな)
 覆面の下のジライの顔が渋いものになる。つい調子に乗って漁りすぎてしまった。ヤンセンの部屋の中には、箱やら袋があちらこちらで開けられ、邪魔でどけたヤンセンの服やら書類も散乱している。もとどおりに片付けるのには数秒では無理だ。
 入室は断固阻止すべきだ。
 廊下に回って天井から飛び下り、いつもの要領でジライはセレスの背後をとり、その耳に息を吹きかける。
「セレス様、お父様はお部屋には居られませんぞ」
「うっ!きゃあぁぁぁぁぁぁ!」
 セレスにぶん殴られ、ジライが廊下をゴロゴロと転がってゆく。唖然と忍者を見送るシャオロン。潔癖な性格の女勇者は鳥肌を立てながら、涙目で仲間に怒鳴りつけた。
「私の背後に立たないでっていつも言ってるでしょ!いい加減にしてよ、もう!」


 ロイドの蔵書の山を見渡すヤンセンの顔には微笑が浮かんでいた。この部屋はセレスの母――サリアとの思い出の部屋なのだと、当主は語った。
「サリアは心臓に疾患があり、あまり丈夫な体ではありませんでした。屋敷からほとんど出る事なく、ロイド様の蔵書を友に暮らしていたのです。出会った時、彼女はまだ十三歳でしたが、とても聡明で、法にも詳しく、古文にも精通していました。駆け出し裁判官だった私はエウロペ建国以前の律法書すらあると評判のロイド様の蔵書がどうしても見たくてこの屋敷を訪れ……サリアと出会ったのです。真面目だけが取り柄の私に何故かサリアは好意を抱いてくれ、私達は共に古書を読み、意見を戦わせ、理想の法について語り合いました。時には喧嘩もしましたが……じきに互いになくてはならない存在となりました。出会ってから数日で、二人は恋に堕ちたのです」
「ランツ様は何と?」と、ナーダ。
「それは、もちろんお怒りになられましたよ。烈火のごとく。それから、まあ、いろいろありましたが……最後にはサリアとの仲を認めてくださいました」
 ナーダは人のよさそうなセレスの父を見つめた。
 勇者ランツには怒りにまかせて盗賊を百人斬っただの、ある少女を下世話な手段で辱め自殺に追い込んだ貴族をなぶり殺しにしただの、暴力的で物騒な噂話が多い。ヤンセンは語ろうとはしないが、ランツから愛娘を()っと以上、相当、怖い目にあっているはず。
 だが、見るからに非力そうなこの男は、勇者に対し一歩も引かなかったのだろう。どんなに脅されようとも、愛を貫く為に戦ったに違いない。だからこそ、勇者一族の家に婿として迎え入れられたのだ。


「なあ、ジイ様方、そんなにセレスの親父が憎いのなら護衛するのやめちまったらどうだ?」
 と、アジャンが尋ねると、老人A(本名はボッチェ)はむっとした顔で怒鳴った。
「わしらはヤンセンを護衛してるんじゃねえ!ランツ様が死の床で『サリアを寡婦にするなよ』っておっしゃったからよぉ、仕方なくあの馬鹿を守ってやってるんだ!」
「じゃ、今は何で守ってるんだ?確かセレスの母親はずいぶん前に亡くなってるよな」
「ぐっ」
 老人A(本名はボッチェ)は顔を赤く染めた。
「今は嬢様方の為だ!サリア様の忘れ形見の嬢様方を(てて)無し子にできるかっ!」
 と、言ってもセレスももう十七。その三つ上の姉は二十歳のはず(しかも、婿も取っている)。父親が亡くなって困る年齢ではない。
 何のかんの言ってこの老人達は、セレスの父親を気に入っているのだろう。だから、護衛を続けているのだ。
 なら、酒飲んで絡んでくるな……アジャンは溜息をついた。
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