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女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

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勇者の家 1話

「お父様!」


「セレス!」


 ひしっ! と力強く抱き合う父と娘。二人の顔は、再会の感動にきらきらと輝いていた。
「あああああ、セレス!元気そうでなによりだ。おまえの身を案じない日は一日たりともなかったよ」
「私も! 毎日、お父様のご活躍をお祈りしていました」
「ありがとう、セレス。おまえの活躍は全て国王陛下から伺っている。よく頑張ったね。天国のランツ様もサリアも、きっとおまえを誇りに思っているだろう」
「しかし、ケルベゾールドを倒す使命は未だに果たしておりません」
「わかっているよ。でも、全ての道は、たゆまぬ努力と信仰と決して諦めない強い精神によって切り開かれるもの。日々精進!おまえが明日を信じ前向きに突き進んでゆくのなら、必ずや大願を成し遂げられるだろう」
「はい!お父様!」


(…………………………)


「……何か、妙に納得がいきました」と、ナーダ。
「……何がだ、クソ坊主?」と、アジャン。
「ふしだらで不道徳、勇者史上最強にして最低のモラルの勇者とか、不良勇者と謡われたランツ様。その孫のセレスがどうしてランツ様に似ていないのかずっと疑問だったのですが……今日、初めてわかりました。セレス、お父様似だったんですね」
「ケッ!」
 世間知らずの馬鹿が二人かよ、と、赤毛の傭兵は小声でつぶやいた。
 一年と四ヶ月ほど前、勇者の従者候補としてエウロペを訪れた時は、ナーダもアジャンも国賓扱いで王宮に滞在していた。セレスの館には招かれなかったので、彼女の父、現侯爵ヤンセンと顔をあわせるのは今日が初めてなのだ。
 セレスの生家――侯爵家は首都クリサニアの内側、第一隔壁と第二隔壁の間の貴族街にあった。森のように広い庭園の中の優美な装飾の館は、決して華美ではないのだが趣があり、伝統ある勇者一族の屋敷にふさわしかった。
 その館の主人ヤンセンは、知らせをもらってからずっと勇者一行の到着を心待ちにして扉の前で待機していたのだろう、勇者一行が到着するなり、豪奢な玄関ホールで愛娘をひしっと抱きしめたのだった。
 父は娘の目を見て熱く語りかけ、娘は師を前にした弟子のようにかしこまり一々、父親の言う事に頷いている。でもって、周囲にかしずく召使達までも、そんな二人を見つめてうるうると瞳をうるませている。そっと涙をぬぐっている者すらいる。この家は家来まで熱血感動体質のようだ。
(ついていけねえ……胸糞悪い家)
 と、いうのが、アジャンの第一印象だった。
 だが、東国の少年シャオロンは、周囲の空気に完全に染まりきっていた。二人の交わすエウロペ語の会話はまったくわからないのだが、親子の再会の抱擁シーンに感動し、
「さすがセレス様のお父様! ご立派な方ですね!」
 と、両手を強く握り締めていた。
「うむ。そのようだな」
 と、シャオロンの言葉を受けたのは、忍者ジライだった。
 セレスだけを見つめ続けている忍者は、セレスがヤンセンに対し最上の敬意を払っているようなので、セレスの機嫌を損ねないよう、あの貧相な男にも礼節を尽くしておこうと、打算的な事を考えていた。
 ヤンセンは背が低く、西国人にしては小柄な十七歳のセレスよりも尚、低い。肩幅も狭く、頬はこけ、顔色もあまり良くない。口髭をたくわえた顔は端正なのだが、強烈な個性に欠け、整いすぎていて逆にめだたない。武に縁のない、ひよわそうな、地味な男なのだ。
 だが、目だけは違う。しっかりと前をみすえる瞳からは意志の強さが感じられた。
 セレスの両肩をポンポンと叩いてから、ヤンセンはようやくセレス以外の者に顔を向けた。
「勇者の従者の方々、心より歓迎いたします。我が家へようこそ。娘があなた方から受けた恩を万分の一でもお返しできるよう、滞在中は心をこめてお世話させましょう。ご自宅と思って、どうぞおくつろぎください」
 侯爵の共通語での挨拶に対し、ナーダはインディラ式の礼をとり、シャオロンは素直に頭を下げた。ジライは片膝をついて頭を低くする。赤毛の傭兵も内心の不快は全く表に出さず、侯爵に対しそつなく挨拶をしたのだった。


「右から初代勇者ラグヴェイ様、その隣が二代目勇者ホーラン様、その隣が三代目勇者……」
 セレスは満面に笑みを浮かべながら、屋敷の広間に飾られている肖像画を掌で指していった。
「うわぁ」
 シャオロンは広間を見渡し、目を輝かせた。
 ヤンセンがセレスの従者それぞれに案内の者と当面の世話役をひきあわせた(セレスと手紙を交わしている現当主は、僧侶のナーダにはちゃんと男性の召使を準備していた)後、夕食まで数時間、おのおの休憩をとることとなった。
 シャオロンが部屋に荷物を置くのを待ってから、セレスは彼をこの部屋に誘った。歴代勇者の話を熱心に聴いてくれた少年に、女勇者は自分の聖域を見せているのだ。
 広間の肖像画は全部で十二。広い間隔をあけて飾られているから、後、二十人ぐらい勇者が増えても楽に飾れそうだと少年は思った。
 初代勇者ラグヴェイから順に、その肖像画を眺めてゆく。
 逞しい外見の者、女性のように美しい顔立ちの者、文官めいた姿の者。勇者もさまざまだったが、皆、背に『勇者の剣』を背負って描かれているところは同じだった。
 大魔王討伐の暁には、この部屋にセレスの肖像画も飾られるのか……そう思うと、少年の胸は一層、熱くなった。
 そんな少年をセレスは微笑んで見守っている。いつもの白銀の神聖鎧姿だ。平時はひたすら重い『勇者の剣』は、屋敷に戻るなり、祖父ランツの部屋のもとあった場所に置いた。ランツと仲の良かった『勇者の剣』に、里帰りをさせてあげようという彼女なりの心遣いだった。
 七代目勇者ロイドまで順に追ったところで、少年は一度、ぐるりと部屋の中を見渡した。肖像画の男性には、『勇者の剣』以外にも共通点がある。
「勇者様って、みなさん、金髪碧眼なんですね」
「あ? ええ、たぶん、そう」
「え? 実際は違うんですか?」
「七代目勇者ロイド様から後の肖像画は正確なんだけど……」
 セレスは部屋の右手に飾られた初代勇者から七代目勇者までの肖像画を掌で示した。
「初代様から七代目勇者ロイド様までの肖像画を見て、何か気づかない?」
「え? えっと……」
 シャオロンは七枚の肖像画を何度も見直した。
「あれ? 絵の感じが似てますね。全部、筆使いが同じなような……?」
 セレスはパンと手を叩いた。
「その通りよ! さすがね、シャオロン!」
 セレスはにっこりと微笑んだ。
「この七枚は全部、七代目勇者ロイド様が描かれたのよ」
「へー、ロイド様が! そういえば、ロイド様って文武両道の方でしたよね」
「そうなのよ! 七代目勇者ロイド様の事を大魔王討伐に十三年も費やした無能者とそしる心無い人もいるけれど、ロイド様ってすごい方なのよ。戦争に明け暮れる各国からほとんど援助を受けられないまま大魔王討伐の旅を成し遂げた不屈の方、西国で暴れていた邪龍を倒した『龍殺し』、自伝から軍記物に法律の本それに絵本まで書いた文筆家、作曲家、その上、絵画や彫刻まで残されてるんだから」
「すごいですねえ。この絵もプロの絵描きさんが描いたみたいです。とっても、お上手です」
「実はね、邪龍がエウロペで暴れた時、侯爵家も燃えてしまったの。倉庫に所蔵してあった歴代勇者の肖像画も全部燃えて無くなってしまったので、大魔王討伐を終えられた後、ロイド様が初代様から六代目様までを描き、最後にご自分の肖像画を描かれたのよ」
「へえ」
「と、言っても、ロイド様はご先祖様の肖像画を直に見た事がなかったので、伝説とか謡、過去の文献を調べられた上で、想像して描かれた……と、いうか、イメージに合う絵を創造なさったの。六代目様のご容貌は、六代目様を知っていた方がまだご存命中だったのでその方の記憶を元に描いたからわりと正確みたい。初代様と五代様が金髪碧眼だったのは文字として残ってるから合ってると思うの。でも、後は……」
「ああ、そういう事なんですか」
 シャオロンの目は、二代目勇者ホーランの絵に留まっていた。
「だから、あまり似てないんですね、ホーラン様の肖像画」
「え?」
 セレスはきょとんとしてから、ハッと目を見開いた。
「そうだったわね!あなた、英雄シャダム様の霊と交信した時、二代目勇者一行を心の眼で見ていたのよね! ねえ、シャオロン、ホーラン様ってどんな方だったの?」
「どんなって……」
 シャオロンは小首を傾げた。
「とても大柄で真面目そうな方でした。この絵の通り金髪碧眼でしたが、顔はもっと面長で、目は優しそうでもっと細くて、唇ももっと厚かったです。体格の良い方だったから肩幅ももっとあったし……」
「まあ、そうだったの」
 セレスはにっこりと微笑んだ。
「ねえ、シャオロン、ホーラン様の絵、描いてみない?」
「え?」
「必要な画材は揃えてあげる。東国風の筆と硯と墨が良ければ、お父様が持ってるから借りてあげるわ」
「え? え? え?」
「ホーラン様の本当のお顔を知ってるの、あなただけなんですもの。お願い!ちょっと描いてみてくれない?」
「え、でも、そんな……」
 少年はうろたえた。
「無理です、オレ、絵なんて習ったことないんですよ」
「いいのよ。うまく描けなくても、だいたいこんな感じだってわかれば」
「そんな……」
 満面の笑顔で迫ってくるセレス。少年はたじたじと後ずさり、キョロキョロと周囲を見渡した。絵の勉強などした事はないのだ。自分の下手くそな絵を見たら、セレスはきっとがっかりするだろう。
 どうしよう……?何とかセレスの気を他のものにそらせないものか……と、焦っていた少年は部屋の端にある絵に目をとめ、大袈裟に声をあげた。
「セレス様、あれ! あれ!」
「ん?」
「あの絵! あちらの壁の一番はじっこの絵って、ランツ様ですよね? セレス様のおじい様の! カルヴェル様とご一緒にケルベゾールドを倒された、先代勇者様ですよね?」
 セレスは少年が指している絵に視線を向けた。
「ええ、そうよ。ランツおじい様の肖像画よ」
 たてがみのような金の髪、鼻から右頬にかけて走る刀傷、不敵に構えた顔。美丈夫だが野性的な雰囲気の漂う勇者ランツの絵には、黒髪の女性が共に描かれていた。
「ねえ、セレス様! 他の方はお一人の肖像画なのに、ランツ様の絵はとっても綺麗なご婦人とご一緒の絵なんですね! どうしてなんですか! って……あっ!」
 少年の目は、ランツと共に描かれている女性の顔に釘付けとなった。
 エウロペ風の紫の衣装をまとい、エウロペ風に黒髪を結い上げ、微笑を浮かべている貴婦人。美しく艶やかなその女性は……セレスによく似ていた。髪の色を除けば、瓜二つと言っても良い。
「エリスおばあ様よ」
「セレス様にそっくりですね……」
「ええ、そうね。よくそう言われるわ。おじい様はおばあ様をとても愛してらしたのよ。だから、この部屋に飾る絵を、これに決めたみたい。お二人は大恋愛の末に結ばれて、トゥルクの姫君だったおばあ様をおじい様がさらうようにエウロペに連れて来てご結婚なさったんですって」
「トゥルクのお姫様だったんですか……」
「でも、おばあ様、お母様を産んでじきに亡くなられたの。もともと、お体があまりご丈夫じゃなかったのよ」
「お綺麗な方なのに……お気の毒ですね」
「ええ……」
 そのまま二人は、ランツとエリスの絵を見つめ続けた。
 だいぶ時が経ってから、少年がポツリと尋ねた。
「勇者ランツ様って、どんな方だったんです?」
「え?」
「ランツ様の冒険譚は寝る前のお話でいっぱい伺いました。でも、セレス様にとっては、どんなおじい様だったんです?」
「……そうねえ」
 セレスは顎の下に手をそえて、首を傾げた。
「あまり覚えていないのよね、私が三つの時に、おじい様が亡くなったから……。覚えているのは……」


「これは……凄いですねえ」
 武闘僧ナーダは感嘆の声をあげた。二人の老人を護衛兵として伴って現れた当主に、書庫に案内されたのだ。護衛兵を廊下に残し、侯爵と二人で入ったその部屋は……埃と黴のすえた匂いが漂い、天井まで埋め尽くさんばかりに書棚に古書がひしめいていた。
「ほとんどが七代目勇者ロイド様の蔵書です。たいそうな読書家で、活字であれば辞書であろうが律法書であろうが料理の本であろうが何でも集められたようです」
「ご当主様は、ここの蔵書をご覧になったのですか?」
 武闘僧の問いに、セレスの父は穏やかに微笑んだ。
「律法書と裁判記録のみ、若い頃に拝見いたしました」
 セレスも利用しているのですか?と、聞こうかと思い、思っただけでナーダは口を開かなかった。知性と教養に欠けるあのお嬢様勇者が、古書に興味を持つはずがない。
「娘からの手紙で、あなた様もたいそうな読書家と伺っておりましたので、こちらにご案内したのです。いかがでしょう?ご興味をひかれる本はございますか?」
「はい。ざっと背表紙を見ただけでも、書名すら知らない本がとても多いです。拝見できれば、望外の幸せです」
「では、ご自由にこの部屋をご利用ください。鍵をお渡しいたします」
「感謝いたします、ご当主様」
「いいえ」
 ヤンセン侯爵はにっこりと笑みを浮かべた。物腰といい雰囲気といい、貴族というよりは、本好きの人の良い司書のようだ。
「私も折を見て足を運んでいるのですが、あいにく仕事が忙しく、今は思うように本に触れる時間がとれません。年老いて第一線から退いた後は、ここで読書三昧の日々を送りたいものだと思っておりますが」
「ご当主様、ご職業を伺ってもよろしいですか?」
 歴代勇者を生み出してきた侯爵家の者には、軍人が多い。しかし、現当主は、どう見ても、武官とは思われない。
「巡回裁判官です」
「巡回裁判官……ですか?」
 領主の専横を防止する為、エウロペでは領主の司法権を制限している。巡回裁判官が諸領を巡回し、領主の立会いの下、各地の訴訟を裁いているのだ。
 しかし、巡回裁判官は非常に過酷な仕事なのだ。各領の領主と馴れ合わないよう短期間に各地を転々とし、公明正大であらん為に常に税務官の監視下に置かれる。その上、薄給。労多くして、本人の実利が少ない仕事なのだ。本来、勇者を輩出し続けている名門侯爵家の現当主がすべき仕事ではない。
「人が定めたものの宿命ではありますが、法というものは公正ではありません」
 ヤンセンは静かに笑みを浮かべている。
「エウロペの法は、支配者階級、つまり王侯貴族・聖職者の利益保護を目的とする法律です。国を支える大多数の国民は搾取されるばかりで、法律の庇護下から外れがちです。私は現行法下で可能な限り、法的弱者である国民の権利を守れるよう、年甲斐も無く巡回裁判官を勤めさせていただいているのです」
 ナーダはあらためて、セレスの父親を見つめた。勇者一族の当主とは思えないひよわな外見だが、ヤンセンは尊敬に値する人物のようだ。
「ご立派なお志ですね、ご当主様」
「いやいや、とんでもない」
 ヤンセンは慌てて茶色の頭を描いた。
「私など、志のありようが間違っている小物ですよ。ランツ様にもよく叱られました。現行法を本気で憂いているなら、法律を根本から変えてみやがれと」
 ヤンセンの笑みが苦笑に変わる。
「でけぇことに挑む前から逃げているカスが国士を気取るんじゃねえとも怒られましたっけ。本当に、私にそれだけの器量があれば良かったのですが……政治は苦手で」
 笑みは苦いものだったが、過去を懐かしむ顔は嬉しそうにも見える。
「……ランツ様を尊敬なさってるのですね」
 ヤンセンは背筋を正した。
「ええ。ご立派な方でしたから」
「……でも、お若い頃は、ご当主様もご苦労なさったのではありませんか?」
「は?」
「侯爵家に婿養子に入られたのですから、相当な事がおありだったでしょう? 私の伯父は、勇者ランツ様の従者、僧侶ナラカです。ですから、まあ、その……伯父を含め勇者一行のあまり褒められたものではない素行とか、ろくでもない伝説とか、かなり知っているのですが」
「はははは」
 ヤンセンは楽しそうに笑い、頭を掻いた。
「確かに、ランツ様は、世にいう『勇者』に当てはまらないところがありました。しかし、それはランツ様の器が大きすぎて他の者には理解できなかった、それだけの事です、あの方は真の勇者であり、人格者でした」
「人格者……」
 異を唱えたそうな武闘僧に、侯爵はフフフと笑った。
「あの方の噂をよくご存知ならば信じがたいでしょうが、そうだったのです。あの方は文官への敬意も心得ておられました。ご自分には無い才能だから、と。私はこの通り根っからの文官ですが、あの方は私を勇者一族の婿に迎えてくださいました。剣すらまともに握れない私をですよ。あの方は……とてもお心が広く、子供のように純粋な方でした」


「おじい様はね、お酒が大好きだったの。お水の代わりにお酒をガブガブ飲んでたわ。おそばによると、すっごくお酒臭かったから、私もお姉さまも遊び半分でキャーキャー喜んでおじい様から逃げ回っていたわ」
 幼い頃のセレスを想像し、少年は笑顔を浮かべた。金の髪の小さな愛らしいセレスが、肖像画の男性(セレスと共に過ごした頃のランツはもっと年をとっているはずだが、シャオロンの想像の中ではこの絵のままだった)と一緒に遊んでいる姿を思い浮かべた。
「おじい様、酔っててもとっても足が速かったから、ドレスの私達じゃ、すぐ追いつかれちゃったわ」
「ドレス……」
 そうか、と、シャオロンは気づいた。セレスが男装をしだしたのは、ランツの死後なのだ。ランツに次代勇者に指名された、その後からなのだ……
 シャオロンの想像ではドレスの形状は曖昧だったけれども、それでも……幼い日のセレスを心に思い浮かべ、少年の胸は痛んだ。ふわふわのドレスを着たかわいらしいセレスが、ランツの死後、いなくなってしまうのだ。
 セレスは少年の顔に暗い表情が浮かんだのにも気づかず、話を続けた。
「おじい様に捕まると、お髭でジョリジョリ頬ずりされちゃうの。痛くて、くすぐったいのよ。その後はキスの嵐になっちゃうし。すっごくしつこいの。(いや)んて暴れても、なかなか離してくださらないんだもの」
 セレスはニコニコ笑っている。
 楽しそうに祖父との思い出を語る彼女に、少年は少し救われたような気持ちとなった。
「私、『愛しいサファイア』とか『子猫ちゃん』って呼ばれてたみたい。私は覚えてないんだけど、お姉さまがそう教えてくれたの。お姉さまはいつもお名前で呼ばれてたから、一度、『セレスばかり愛称でズルいって!』おじい様に怒ったらしいの。そしたら、おじい様、『おまえだって愛しているよ、愛しいガミガミちゃん』って言って、お姉さまが元通り名前で呼んでって怒るまで、『ガミガミちゃん』って呼び続けたんですって」
「……面白い方だったんですね」
「陽気で明るくてパワフルな方だったわ。お声もとても大きかった。二部屋ぐらい離れてても、おじい様の声、よく聞こえたもの。何事にもおおざっぱで、召使が何かしくじっても、その場では文句を言っても、それでスッキリして後はケロっと忘れちゃう。そんな方だったみたい。だからかしら、侍女達からは好かれてたわ。大きくなってから、ランツ様はご立派な方でしたって繰り返し言われたもの。みんな、おじい様のファンみたいなの、おじい様のお話する時、うっとりと頬を染めるし」
「へええ」
「ただ、おじい様、お母様に対しては、すっごく気をつかってたそうよ。私、小さかったからよく覚えてないんだけど、お姉さまのお話によると、お母様をいつもハラハラ見守ってらしたんですって。何事においても先回りをして、お母様の代わりに何でもやってあげようとして……腫れ物を扱う感じ? そんな感じだったみたい」
「なぜ?」
「お母様ね、生まれつき心臓の病を抱えてらっしゃったの。二十(はたち)まで生きられない、子供も産めないと、お医者様に宣告されていたんですって。でも、お父様と出会って、お姉様と私を産んで二十二まで生きたの。おじい様が亡くなってから二年後にお母様も亡くなったんだけど……本当、よかったわ。亡くなったのがおじい様の死後だった事は。おばあ様だけじゃなくてお母様まで看取ってたら、おじい様の心は砕けたかもしれないって、お父様が……。お母様のご葬儀の前に、お父様が私達に『サリアは偉い。本当によく頑張った。おまえ達も母を誇りに思いなさい』っておっしゃったんですって。小さかった私は泣いてばかりで、その話を聞いた事すら覚えていないのだけれど、大きくなってからお姉様が教えてくれたの」
「よい……ご家族ですね」
 セレスはにっこりと微笑んだ。
「ええ。亡くなったおじい様もお母様も、お父様も、お姉様も、お義兄(にい)様も、甥っ子のグスタフも、皆、私の誇りよ」
「最初……セレス様のお父様にお会いした時、あれ? っと思ったんですけど」
「ん?」
「侯爵家に年頃の男性がいないからセレス様が『勇者の剣』の守り手になったってうかがってたから、お父様がいらっしゃるのならお父様が守り手になればいいのに、って思っちゃって」
「ああ、それは無理よ」
 セレスはかぶりを振った。
「お父様、婿養子だもの。初代勇者ラグヴェイの血筋ではないから、『勇者の剣』に触れたら雷を落とされてしまうわ」
「ええ。お話をうかがってるうちに、ランツ様のお子様はセレス様のお母様の方だってわかりました」
「お父様もお義兄様も婿養子よ。勇者の家系を絶やすわけにはいかないから、お母様もお姉様もお婿を取ったのよ」
「セレス様のお父様とランツ様って、どんな感じでした? 仲良しでした?」
 武官めいたところのないヤンセンと先代勇者の関係はどんなだったのだろう? 素朴な疑問だった。
 それに対し、セレスはけろりと答えた。
「おじい様はお父様を、いつも殴って蹴っ飛ばしてたわ」
「え――?」
 面食らって、少年はセレスの言葉を繰り返した。
「いつも殴って蹴っ飛ばしてた?」
「ええ」
 セレスは平然としている。
「喧嘩……してたんですか?」
「ううん。ふざけてたんだと思う。お父様、いつもニコニコ笑いながら、蹴られたり殴られたりしてたから」
「ああ……そう、ですよね、きっと、そうなんだ、うん」
「全然抵抗しなかったもの、お父様。スキンシップの一種だったのよ、きっと」
「ですよね」
「だけど、私、調子に乗って、おじい様と一緒にお父様をポカポカ殴ったり蹴ったりしてたのよね、何となく覚えてる」
「……セレス様」
+注意+
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