挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

51/151

新盆

「ナーダ、『にいぼん』って知ってる?」


 宿屋の部屋を訪ねて来たセレスがそう質問した時、武闘僧は女勇者が何を聞きたいのかわからなかった。
「『にいぼん』……ですか?」
「ジャポネの宗教儀式なんですって。ジャポネには死者の霊を祭る盆という祭が夏にあって、亡くなって一年経っていない霊にとっての最初の『ぼん』を『にいぼん』って言うんでしょ?」
「ああ」
 ようやくナーダは合点がいった。
「新盆ですね」
「知ってるのね?」
「ええ。ジャポネのインディラ教独特の宗教儀式です。盆も新盆も、ジャポネの風習にインディラ教が結びついて生まれた儀式ですが、それが何か?」
「実はね……」
 セレスは口元に手をあてて、言いにくそうに言った。
「ジライが『にいぼん』をしたいって言ってきてね……」
「ジライが?」
 武闘僧は眉をしかめた。もと大魔王教徒で未だに暗黒系の性格の彼がそんな殊勝なことを願うとは意外だったが……
「別に構わないのではありませんか。昨年末、彼の周囲ではかなりの部下が亡くなったようですし、死者を祭りたいという気持ちは大切にしてあげねば」
「でもね、『にいぼん』の為には……」
 セレスはため息をついた。
「生贄の供物が必要だし、邪法を使わなければいけないらしいのよ。それも、かなり危険な邪法を。しくじると、ジライの命が無いんですって」
「………」
 武闘僧は目を点にした。
「ジライ、何をしたいんですって?」
「だから、『にいぼん』よ」
「……私が知ってる新盆とはかなり違うようですが」
「でも、忍の里の『にいぼん』は昔からそうみたいよ。幽霊を体に招いて対話して心残りを無くしてあげるの。その時、生者側の精神力が弱いと、幽霊に体を乗っ取られたり、あの世に連れて行かれたりするんですって」
「はあ」
「ジライには、もう二度と邪法を使ってもらいたくないんだけど……インディラでも、彼、夏に『にいぼん』をしたいって言ってたの。亡くなった部下達に何かしてあげたいって気持ちを無下にしたくないわ」
「セレス……」
 女勇者は遠い目をしていた。ジライの部下の一人を、セレスはその手にかけていた。未熟な腕は大剣を止める事ができず……ジライを庇い、身を投げ出した彼を……殺す事になってしまったのだ。
「だから、私の目の届く所でならやってもいいって許可したの。そしたら、この宿屋で、さっそく準備始めちゃって……駄目とは言えないんだけど……やっぱり不安なの。ナーダ、悪いんだけど、力を貸してくれないかしら?」


「立ち会うだと?」
 扉をわずかに開き、ジライが半身を見せる。いつもの黒装束に覆面姿だ。
 廊下にたたずむ大男を、ジライはねめつけた。
「きさまが居ては、霊は安まらぬ。邪魔じゃ」
 その声には内心の思いが率直に表れていた。迷惑だ、とっとと帰れ、と。
 武闘僧ナーダは、肩をすくめた。
「ご不快でしょうが、聞き入れていただきます。セレスの命令ですから」
「セレス様の?」
「あなたの用いる術が暴走したり、あなたに危険が及びそうになったら、私に止めて欲しいとの事でした。私、浄化魔法は得意ですから」
「そんな事はありえぬ」
 ジライは語気を強めた。
「確かに、しくじれば術師の命が危うくなる魔法じゃとはお教えした。だが、我は毎年一人で新盆をしておる。一度も危うくなったことなどないわ。この程度の術に飲まれる我ではない。失敗などありえぬ」
「あなたが自信をもってそう言い切るのなら、失敗は万に一つもありえないのでしょう。でも、それでも、セレスは心配なのですよ。万分の一でもあなたが危険に陥るかもしれない状況が嫌なのですよ」
「………」
「大切な仲間を失いたくない、失う危険があるのに見過ごしておけない……何もしなければ、仲間に何かあった時、絶対、後悔する……そう思ってるんですよ、セレスは」
「………」
「あなたは、セレスにとって大事な仲間なのです。部屋の隅に、私、置いてくださいませんか?」
「仲間……か」
 ジライは、ため息をついた。
「セレス様のご命令では仕方が無い……入れ」
 室内に入ると、むっとする熱気に体は包まれた。
 窓を閉め切り、香を焚き、祭壇を設けた部屋の部屋の北側に蝋燭を何十本も立てているのだ。蝋燭の炎がチラチラと揺れている。蝋燭の周囲に飛び散っている赤い染みは、多分生贄の獣の血だろう。部屋の隅に引き裂かれた鶏の肉があった。
 扉に鍵をかけてから、ジライは覆面を外した。白髪、白い肌の、整った顔が現れる。
 武闘僧はドキッとした。
 二ヶ月近く前に、武闘僧は忍者ジライと肌を重ねていた。ナーダが恐喝して関係を強要したのだ。セレスにさえ内緒にしている素顔を見てしまった事をゆすりのネタに、沈黙を守る代償としてその体を求めたのだが……
 単なる遊びのつもりだった。ジライの見目が非常に好みだったので、ちょっとつまみぐいをしようとしただけだったのだ。
 しかし……
 一度抱いただけで、ナーダは本気になっていた。セレス至上主義で他の者など視界に入れようともしない忍者を……愛してしまったのである。
 鋭い目が睨むように、ナーダを見つめてくる。
「スケベ心を起こすでないぞ」
「は?」
 心を見透かされたかと一瞬うろたえた。が、何故そんな事をジライが言い出したのかはすぐにわかった。
 額当て、手甲、脚甲を取り、ジライは帯を外し、忍者装束を脱ぎ始めたのである。胴衣まで脱ぎ始めた時、ナーダは慌てて視線を外した。
 しかし、目の端には、白い素肌がチラチラ見える。雪のように白いはずの肌に、何か赤黒いものが付着している事も気になった。
 ナーダは口元に手をあて、朱色になった顔を隠しながら、ジライに視線を向けた。
 ジライの体は血文字で彩られていた。胸と腹、左腕に、魔族の言葉が記されている。ナーダの来訪前に既に裸となって血文字を書いていたのだろう。
「……『贄』に『憑代』? それに、『犠牲』、『対話』……?」
「おまえ、読めるのか?」
「ええ、まあ。邪法を誘う魔の文字に関しては、昔、勉強しました。魔族の文字が読めなければ効果的な浄化魔法を選べませんから」
「書けるか?」
「書いた事はありません。忌むべき文字なので形にしてはならぬと教えられましたので」
 ジライは、フンと鼻を鳴らした。
「……ならば、いた仕方ない。我が書いてやる。脱げ」
「は?」
「服を脱げ」
「し、しかし……」
 ジライが上目遣いに睨みつけてくる。長い前髪に顔の右半分が隠れているので、見えるのは左目だけだが。
「さっさとしろ。蝋燭の炎が消えてしまう」
「はあ、でも」
「下帯を残し、後は全て脱ぐのじゃ」
 下着はつけていて良いと言われ、ナーダはホッと安堵の息を漏らした。全てを脱いでしまっては、己の欲望を抑えきれなくなりそうだったからだ。既にジライは袴も足袋も外し、股間をジャポネ風の下帯で隠しているだけだ。その細い体、ひきしまった腹筋、形のよい臀部が視界に入るだけでむらむらしてくるのだ。
 ナーダが僧衣を脱ぐと、ジライはクナイで己の左手の甲を浅く切って、じんわりとにじみ出た血で右の二の指をぬらし、ナーダの胸から腹部にかけて大きく文字を書いた。
「『無縁』……『禁止』?」
「新盆には無縁な人間ゆえ、手出しするなと書いた。良いか、きさまは部屋の端に座り、決して口を開くな。(われ)が良いと言うまで、立つ事、話す事を、禁じる。下手に動くと、きさま、その身を八つ裂きにされるぞ。招く者の中にはコゲラも居る」
「コゲラ?」
「きさまがシャイナで殺した侏儒じゃ」
「侏儒? ああ、あの……」
 武闘僧は不快そうに顔をしかめた。
「私を殺そうとして、仲間を巻き添えにした卑劣な奴ですね」
「声を出すなよ。出せば、きさま、コゲラの霊に殺される。それに、おそらくマツムシもきさまを怨んでいる。きさまに半殺しにされねば、あやつ、魔に捕まることもなかったであろうしな」
「はあ。黙っているようにします。ですが、ジライ、あなたの様子が明らかにおかしくなったら、私、浄化魔法で霊を祓ってしまいますからね」
「蝋燭が消えるまでは何もするな。蝋燭が全て消えた後、我が我でなければ好きにしてよいが、それまでは黙ってみておれ」
 そこで言葉を区切り、ジライはキッ! と武闘僧を睨んだ。
「邪魔は許さぬ。新盆は、死者となった者と対話して心残りを尋ねる儀式。生者が霊の執着を解いてやらねば、霊は地上に縛られたままだ。輪廻の輪にも入れず、何時までも地上を彷徨わねばならぬ」
「ジライ……」
 武闘僧は胸を熱くした。勇者の従者となった今も暗黒系な性格ではあったが、彼は彼なりに部下を大切に思っていたのだ。部下の魂の安らぎを願っているのだ、と。
 しかし……
「霊など、とっとと祓うに限る。死んだ者どもに、いつまでも、ぞろぞろ、ぞろぞろ、つきまわとわれるなぞ、うっとうしい事この上ないからな」
 と、ジライはジライらしい身勝手な発言をして、祭壇の前で座禅を組んだ。
 ナーダはむなしい幻影を抱いた自分をなじる思いで、額に手をあて、床の上にあぐらをかいた。


 ジライは、ぶつぶつと小声で何かをつぶやき続けていた。
 それは、時には呪文、時には支離滅裂な言葉、時には目に見えぬ誰かとの会話だった。
「駄目じゃ……それは聞けぬ。他の願いは?……良かろう。いや、それは、ならぬ。ああ、ジャコウ? ジャコウならば、おまえのそばに居るはず。手を伸ばせ。共に輪廻の輪に入れ……。待て、アカハナ。くだらぬ事を申すな。何? そんな事で良いのか?……ふざけるな。我はまだそちらへ行く気はない」
 時々、ジライの周辺が白く発光したり、蝋燭が一本だけ風も無いのに消えたり、ガタガタと扉が揺れたりした。
 口にしている名から察するに、ジライが招いている霊の数は二十を超えているようだ。つまり、ジライの周囲は幽霊だらけなのだ。
 シャーマン体質のアジャンや霊感体質のシャオロンがこの場に居たら、楽しくないものが見えすぎて背筋が凍る思いをすることだろう。
 だが、ナーダは(僧侶のくせに)霊視能力はなかったので、ただジライの横顔だけを見つめていた。
 ジライは瞳を半ば閉じ、頭を垂れ、床を見つめ続けていた。ほぼ無表情だった。が、時々、苦笑を浮かべたり、恫喝するように顔をしかめたりする。
「ガンケイ……あいかわらず面白い男じゃの。良かろう、届けてやる……。願いはないのか、チドリ? ならば、何故、惑う?……さようか?……承知した」
 ジライが口にする名に、ナーダは耳を傾けていた。ナーダにとって好敵手であった人物の名前があがるのを待っていたのだ。縁のあったあの巨人がジライの元を訪れたら、手ぐらい合わせようと思っていた。
 けれども、ジライは最後までその名を口にしなかった。
 気を高めて宙で印を切り、ジライは立ち上がって、残っていた蝋燭を一本、一本、吹き消していった。
 全ての蝋燭を消し終えた後、
「解呪」
 と言って、まず己の体に右手をあてて気の力で血文字を消し去る。同じ事をナーダに対してもやってから、口元に微かに笑みを刻んだ。
「もうしゃべってもよいぞ」
「新盆の儀式は終わったのですか?」
「霊との対話は終わった。後は霊の心残りをかなえてやって、新盆は成る。三日のうちに、おなごを八人抱き、男三人と寝て、手紙を五通書き、シャイナ式とエウロペ式のディナー・フルコースを食さねばならぬ」
「ディナーですか? 妙な心残りですねえ」
「殺人やらの物騒な願いを退けていったら、こうなった。あまり気は進まぬが、いた仕方ない」
 ああああああ、面倒だ、面倒だと、ぶつぶつ文句を言いつつ、ジライは部屋の隅に置いてあった革袋を手に取り変装用の衣装を選び始めた。
「……ジライ、ちょっとお尋ねしたいのですが」
「何じゃ?」
「さっき、ダイダラという方は来なかったのですか?」
「うむ」
「何故です?」
「新盆に生者の元を訪れるのは、死んでも死にきれず迷っている者だけだ。ダイダラは心残りなく死んだのであろう」
「……心残りなく、ですか」
「あれは我に仕えるのを無上の喜びとしておった。己が命を犠牲にして我を守って死んだのじゃ。大往生に決まっておる。あの阿呆にしては上出来な死に方だ」
 と、言ってジライが高らかに笑いだした時には、ジライに熱をあげているナーダもさすがにムッとした。
「死者を冒涜する発言は慎みなさい」
「む?」
「あなたの発言は、恩人に対して、あまりにも不敬です。あの方は立派な方でした。私などよりもよほど徳が高く、強く、純粋で、心の美しい方でした」
「ほう」
 ジライは、口元に歪んだ笑みを浮かべていた。
「知らなんだわ。忍の里一番の阿呆で一番の醜男を、大僧正候補様はえらく高く買ってくださっておったのか。里の子供にすら石もて追われていた、あの阿呆をなあ」
 ジライが声をあげて笑う。
 武闘僧の顔は怒りに赤く染まった。
「……あなた、人間を何だと思ってるのですか? 知恵遅れの方を嘲笑して楽しいのですか?」
「嘲笑しようがしまいが、我の勝手じゃ」
「あなたという方は……」
 ナーダは拳を握り締めた。
「今だから言いますけど……私、あの方のことで、(はらわた)が煮えくり返る思いというものを体験しました」
「ふん?」
(つの)と舌です! あの方の額には外科手術の痕がありました。何で角なんか付けたのです? それに何故、舌を抜いたのですか?」
「………」
「異形と生まれただけで、それだけで重荷を背負っているであろうに……それを更に貶めるような……あんな非道なことを! 許せません! 悪意の所業に、私は嫌悪しました!」
「………」
「ジライ、あなたがやったのですか?」
「なに?」
「あんなにあなたを慕っていた部下に、あなたがあの非道な手術をしたのですか? だとしたら、私は」
「ふざけるな!」
 ジライの語気は、いつになく荒い。ナーダの声を掻き消すほどに。
「我がやっただと?」
 ナーダを見つめるジライの顔が、ひどく歪む。顔にも血がのぼっている。
「我には醜きものを、より醜くする趣味などないわ!」
 そう叫んでから、わなわなと唇を震わせる、ジライ……
 怒りを隠そうともしていない……
 これほど感情を露にしている彼を見るのは初めてだった。
「ジライ……」
 巨人のあの姿に、ジライも、又、憤りを感じていたのだ。
 同じ里に暮らし、上役として目をかけていた相手のことだ。おそらく、ナーダよりも、ずっと……あの外科手術に対して怒りを感じていたのだろう。
「すみません……」
 ナーダは深々と頭を下げた。
「……あなたが、あんな事をするはずありませんでした。あなたが部下に対して非道だったのなら、命懸けであなたを守ろうとする部下も居なかったでしょうし……少し、考えればわかることでした。失礼な事を言ってしまいました。本当に、申し訳ありません」
「………」
 ジライは、ぷいと顔をそむけた。
「許してください。浅慮でした」
「……角をつけたのは(かしら)の弟。単眼の異形をより強そうにし、よりおぞましく見せる為に、手術を行った上で邪法にて角を定着させていた」
「そんな理由で……?」
「顔を見せるだけで畏怖を誘えるのだ。武器といえば武器」
「……本人が納得した上での手術なのですか?」
「阿呆。上忍が下忍の許可などとるものか」
「そんな非道な!」
「非道? 仁愛あふれるお方にはさぞ気に入らぬ事であろうが、下忍とはそういうものなのだ」
 ジライの口には歪んだ笑みが浮かんでいた。ナーダへの嘲笑というよりも、それは、諦念からくる笑みに思われた。
「……では、舌は?」
「別の上忍が抜かせた。ダイダラは、あの顔や体格に似合わぬ甲高い声をしておっての、耳障りじゃと言われてやられた」
「………」
「それに、ダイダラは撤収の時、シンガリを任される事が多かった。敵に捕らわれたときに余計な事をしゃべらせぬ為もあって舌を抜いたのだろう」
「………」
「必要ないのに、な。あの阿呆の頭は鼻たれ小僧なみじゃった。戦えと言われて戦うだけ。作戦内容など理解できぬ馬鹿じゃった。敵に情報を漏らしたくても漏らせなかったろうに……」
 ナーダは気づいた。
 ダイダラの話をする時、ジライの声は感情的になる。上忍の非道に憤り、阿呆と罵りながら思い出を語る時、やさしい声となっている。
 ジライは……やはりジライなりに部下に情をかけていたのだ。新盆をしたいと願ったのも、部下の魂を救いたかったからなのだ。面倒くさがったり、霊にまとわりつかれるのは迷惑と言っているのは、彼なりの照れ隠しなのだろう。
「ダイダラはもはや輪廻の輪に入っておると思うが、まあ、せっかくだ。おまえがあの阿呆を気に入ったのなら、新盆のこの時期、あやつの供養はおまえがやれ」
「え?」
「我はこれより三日忙しくなる。アレの為に何かしてやる暇も、その気もない」
「ジライ……」
「里の者は誰一人、あやつの為に、花すら捧げぬだろう。おまえがやりたくば、おまえの教えに従って、アレを供養してもいい」
「あ……」
 ナーダはジライを見つめた。常と変わらぬ冷たい顔をしていたが……非情な瞳はそこにはなかった。
「ありがとうございます……大切なあなたの部下のご供養を任せていただけるなんて嬉しいです」
「ふん」
「私、ダイダラという方を尊敬しているんです。人の為に己を犠牲としながら、心に一点の曇りもなく亡くなるなんて、普通の人間にはできません。あの方に出会い、ほんの少しですが、私、人間的に成長できました。あの方と出会えて、本当に良かったと思っています」
「あの阿呆が良いとは……大僧正候補様はゲテモノ趣味じゃな」
 言い回しは最悪で言葉だけだと侮辱のようにしか思えないところだったが、ジライの口元は綻んでいたのだ。嬉しそうに。
 ジライにとっても、あの単眼の鬼は特別な存在だったのだろう。
「皆が皆、ダイダラのように大人しゅう我から離れてくれればよいのじゃが」
 ジライは西国風衣装を選び、それに袖を通しつつ文句を言う。
「……健啖家の部下なぞ持つものではないな。フル・コースなぞ食ったら吐くに決まっておる」
「……あなた、食が細そうですものね」
 ジライは、ジロッと横目で武闘僧を睨んだ。
「我はこれから花街へ行って、今日中に、三、四人、女を抱いてくる。その後はエウロペ風の豪勢な夕食でもとるつもりだ。おまえ、どうする?」
「え?」
「監視役として娼舘まで共に来るか?」
「う!」
 ナーダは、顔をひきつらせた。
「娼館はちょっと……マズいかと。ご存知でしょうが、僧侶には女犯(にょぼん)というものがありましてね、疑わしい行動をとっただけで、かなりマズいことに」
「ふん」
 ジライは鼻で笑った。
「この三日の間に、霊の願いを全て聞き届けられねば、我は霊に八つ裂きにされるであろうなあ。そうなっても良いのだな、監視役?」
「う……」
 苦虫を噛み潰したような顔で、しばし沈黙を守ってから、武闘僧は拳を握りしめ、一歩、前へと踏み出した。
「わかりました! 同道します! たとえどんな破廉恥な地であろうとも、共にゆきます。我が信心をもって、試練を乗り越えてみせましょう!」
「……阿呆」
 思いつめた顔で迫ってくる大男に、ジライは冷たく言った。
「からかっただけじゃ。本気にするな、うっとうしい」
「え?」
「きさまのようなむくつけき大男がそばにおったら、犯るものも犯れぬわ。絶対、ついて来るなよ」
「からかった……ですって?」
 ジライは、フフンと笑う。
「我は三日、この町に滞在する。三日のうちに、豪勢な食事を二度とり、手紙を五通書き、おなごを八人抱き、男三人と寝る。セレス様には我に構わず先に進まれるよう、お伝えしてくれ」
 娼館に行った事実がナーダの敵対者の耳に入ったら、ろくでもない噂を散々流されるだろう。僧籍を廃される危機に陥るかもしれない。それを踏まえた上で、仲間として共に行くと言ったのに……からかっただけ?
 不満そうに顔をしかめた大男を見つめ……ジライは笑った。
 皮肉な笑みでもなく、先ほどのやさしそうな笑みとも違う……なまめかしい笑みだった。
 その肉感的な笑みを目にしたナーダは、ぞくっとした。
 微笑んだまま彼の方からナーダに近づき、長身の相手の頬に両手をそえる。
「聞こえなかったか? 我は男三人と寝ると言ったのだ」
「え?」
 そのままぐいっとひっぱり、長身の相手の上体を曲げさせ、互いの顔を近づける。
 ナーダのすぐそばに白く妖しい顔があった。
「誰と寝てもよいのだ」
「え?」
「アオザが、(われ)が熱く喘ぐ顔を見たいそうじゃ……」
「ジライ……」
「この体を男に預けねばならないな……」
 ナーダは、自分の顔がどんどん真っ赤になっていくのを感じていた。
 胸が高鳴り、息が苦しくなる。
 ジライが顔を近づけてくる……
 もはや、唇と唇が重なりそうなほど近い……
 息が触れ合っている……
「私と……寝てくださるんですか?」
 ジライは微笑んだ、淫靡に……
 見るものを蕩けさせるような妖しい笑みだった……
 しかし……
 頬をおさえていた手を離し、ジライはふいっと離れてしまう。
「おまえとは寝ない」
「え?」
 そう言ってから、クククと低く笑い始める。武闘僧をその目に映しつつ。
「何で……?」
「深い理由はない。じゃが、寝る理由もなかろう?」
 ジライは口元をおさえ、声をあげて笑い出した。
 楽しそうに……
 体まで揺すって……
(完全に遊ばれてる……)
 ナーダの気持ちを知った上で、からかったのだ……
 ナーダはがっくりと肩を落とした。セレス至上主義で女王様趣味のジライと共寝する機会など……やはり、もう二度とないのかと。もともとあの夜、一晩限りの約束だったし……
 ひとしきり笑った後も、ジライは無言のままナーダを見つめていた。意味ありげに、口元を微かに歪ませたまま。
「ジライ……どうかしました?」
「どうとは?」
「何かおっしゃりたそうな顔をしてますが?」
「気のせいであろう……それよりも、きさま、いつまで裸でおる気じゃ? ここを片付けたら、我は出かけるぞ。服を着ろ」


 祭壇が無くなり、蝋燭や香炉が片付けられ、床も拭かれると、そこで大魔王教の儀式が行われていた痕跡は全て無くなった。
 ただの部屋に戻ったそこには、香の甘い香りだけが漂っていた。 
『新盆』 完。

次回は『シャオロン奮戦す VSジライ』。
舞台はエーゲラ。この二人、少し仲良くなったみたいです。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ