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女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

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彷徨う光 4話

 武闘僧ナーダは己が目を疑った。
 国王への取り次ぎを引き受けてくれた宦官警備兵を、赤毛の傭兵アジャンが『聖王の剣』で斬り捨てたのだ。
 宦官は驚きの表情に固まったまま、塩となって消え果た。魔族だったのだ。しかし……
 今、二人が居るのは、王宮の第二庭園奥の幸福の門の前(馬は第一庭園で預けて来たので徒歩だ)。門の先にはスルタンの居住区と謁見の館しかない。アジャンが宦官を斬る様を、近衛兵や門そばの宦官警備兵は目撃してい。武器を手にした王宮の者達が駆け寄って来る。
「アジャン、無茶苦茶です! 魔族を斬るにしても、もっと穏便に」
「ナーダ、浄化魔法だ」
「は?」
「ここには魔族しか居ない。どいつもこいつも黒の気はないが、魔族だ」
 赤毛の傭兵は不愉快そうに、武器を手にざわめく兵士達を見回していた。緑の瞳には嫌悪の情すら浮かんでいる。
「あっ! あなた、魔除けのペンダントつけてないでしょ! あれ、つけてたら、そんなもの見えるはずが」
「浄化魔法だ、この門ごと魔法をかけろ」
 武闘僧はムッと顔をしかめ、それから手で印を次々に結び呪文の詠唱を始める。
 浄化魔法を唱えているナーダの元に、させじと兵士達が走る。
 アジャンは『聖王の剣』をもって二人に近づく敵を斬り伏せていった。
 やがて、ナーダから光の渦が広がる。
 高位の浄化魔法だ。
 その光に触れた魔は全て、人の形を保てず、塩となって崩れ落ちる。
 浄化の光に触れた途端、スルタンの居住区に繋がる門(幸福の門)が、ぐにゃりと曲がるのを、武闘僧は目にしていた。苦痛にあえぐかのように、うねうねと形をくねらせ、それから門は元に戻った。ただの建築物へと。
 ナーダの浄化の光が消えると、周囲には塩の山が築かれていた。門の周囲の衛兵の詰所も、無人となったようだ。人の気配も物音もない。
 赤毛の傭兵は周囲を一瞥すると、ジロリと武闘僧を睨んだ。
「建物に入る前には必ず浄化魔法を唱えろ。でなきゃ、魔族の胃袋にまっしぐらだ」
「え?」
「建物と魔族が繋がっている。相当、力が強いヤツだ。知らずに建物の中に入ると、そいつの支配下に置かれる。セレス達のように、な。洗脳され、魔族の意のままに動く駒にされてしまうんだ」
「アジャン……」
 赤毛の傭兵は、空を睨みあげた。ナーダには何も見えないが、そこに何かがあるのだろう。
「こいつら、まったく魔の気がなかったんですが……上位魔族なのですか? 黒の気を消していたのでしょうか?」
「違う」
 空を見たまま、赤毛の戦士が言葉を続ける。
「あいつ、結界を張るのが好きなようだ……何重にも結界を張ってやがる」
「え?」
「一番デカいのが、王宮全体を覆う結界……自分の配下の黒の気を隠す為のものだ。探知や千里眼に対しても、偽の映像を見せるつくりのようだ。第二庭園から先が魔の巣だって事を、タブールの聖職者から隠してるんだ」
「………」
「それから建物ごとの結界。自分の娯楽施設、人体実験研究所、部下どもの住み処……中の状況が外に漏れないよう、或いは、中に迷い込んだものを支配下に置く為に、結界を張っているんだ。この王宮の建物は、どれもこれもあいつに繋がってる」
『あいつ』とは、空に浮かぶ、常人には見えない存在―――魔族の事だ。その魔のかけた目くらましの魔法をものともせず、アジャンは、今、真実を見抜いているのだ。アジャンの『シャーマン』能力は飛躍的に向上している。神の覚えめでたき、高位の神官に匹敵するほどだ。
 しかし、ナーダには断言できた。アジャンは、今、セレスの身を案じるあまり無意識に才能を開花させた……一時的な熱狂(フィーバー)状態にあるに過ぎないのだ、と。
 又、現在の彼の便利な状態を維持する為には、絶対『セレスへの思いゆえ』うんぬんは口にしてはいけない。指摘されれば赤毛の戦士は取り乱し、そんな事あるものか! と必死に否定して、平常心を失って能力を曇らせるに決まっている。
 第三庭園への門をくぐると……
 ナーダの背筋に、ぞくっ! と寒いものが走った。
 濃い魔族の気を感じた。空気さえ、ねっとりとしている。黒く深い闇が第三庭園にいる。黒の気を隠そうともしていない。
「これは……かなりの大物ですね」
「ああ。ウズベル以上だな」
「こんな奴の影響下に置かれているのでは……無事な人間はもう居ないんじゃないんですか? 心弱き者は魔にあてられて己を失うでしょうし、野心を抱く者は無限に欲望をふくらませて魔に堕ちてしまいます」
「……いや、あっちこっちの建物の中に人間が残っている。正しくは、飼われてるんだが。正気を奪われ、閉じ込められている。実験素材兼魔人の餌として、な」
「セレス達は?」
「言っただろう? 今は無事だ。あいつらの周囲には強い光がある。それに、これしきの魔の気、あいつらなら跳ね返す」
 と言ってから、はたと気づき、不機嫌そうに顔をしかめる。
「シャオロンならな。ま、セレスも多分大丈夫だろう。忍者はどうだか知らんが、な」
 幸福の門の正面に、謁見の間がある。スルタンが外国の大使や、(宦官ではない)政府高官と謁見する場所だ。
 そこから、一人の若者が現れる。
 白いターバンを巻いた、トゥルク人だ。年若い顔に不似合いな顎鬚をたくわえている。付け髭かもしれない。金糸銀糸を使った豪奢な衣装を身にまとっている。
 外見からするとこの国のスルタンと思われたが、間違いなく魔族だ。その体の器ではおさまりきらぬのか、その者の周囲には大量の黒の気がこぼれ、霞のごとく立ち上っていた。
「……おでましか」
 アジャンは『聖王の剣』を腰におさめると、背の大剣を抜いた。それは傭兵の愛剣ではあったが、聖なる武器ではない。魔を斬れぬ、ただの刃だ。
 腰の革の小袋から小瓶を取り出し、蓋をあけ、アジャンは乱暴にその中身を大剣にふきかけた。白い霧がさあぁぁぁと広がり、視覚化した呪言葉が宙を舞い、剣へと吸い込まれてゆく。
「何なのです、それは?」
「ジジイから買った魔法だ。きさまのヘボ魔法よりも役に立つぞ」
「へ、……ヘボ魔法?」
「見てな」
 傭兵はにやりと笑い、大剣を手に走った。
 黒の気の塊と化した男に向かって。
 黒の気が、傭兵めがけ濁流のように押し寄せる。
 それを……
 大剣は斬り裂いた。
 聖なる武器ではない、ただの武器が……
 魔族の気を切り裂いたのだ。
(祝福の魔法?)
 神聖魔法には、ただの武器に魔族を倒す力を与える『祝福』もある。しかし、刃に浄化の力を宿らせておける時間は短い。ナーダがかけてもその効果は五分、セレスがかけた場合は三分ともたない。短期決戦とわかっている時以外、あまり実戦むきではないのだ。『聖王の剣』をしまって、その魔法を使う意味があるのだろうか?
 魔族を狙い、走る傭兵。
 若者は顎鬚を撫で、面白そうにアジャンを見ている。
 アジャンが薙ぐように大剣を振り回した瞬間!
 若者の全身から黒の気が吹き出し、大剣ごと傭兵を包み込んだのだ。アジャンの全身がねっとりとした闇に包まれる。
 取り込まれたのか? と、ナーダは急ぎ浄化魔法を唱えようとした。
 が……
 アジャンの周囲を覆っていた闇が、徐々に溶けゆき、消えていく。
 見れば……
 赤毛の傭兵の全身は、きらきらとまばゆく輝いていた。大剣から広がる浄化の光に包まれているのだ。
「攻防一体の魔法か! 面白い!」
 魔族の若者は、声を弾ませた。
「その魔法、何処で手に入れた赤毛の傭兵?」
「ふん」
 アジャンは鼻を鳴らした。
「聞いてどうする?」
「むろん、手に入れる。全ての魔法を余の掌中におさめるのだ」
「……おまえ、イグアスって奴か?ケルベゾールド四天王の一人の……」
「ほう。人間、よくぞ我が名を知っていたな!」
「親切なジジイが教えてくれたのさ、次の相手は魔法が得意な大物だってな。で、さっきの魔法を売ってくれたのさ。この魔法がかかっている限り、おまえは俺を殺せん。この体も奪えん。歪んだ魔族がもたらす力は、全て魔法が弾いてくれる」
「なるほど……では、これはどうかな?」
 呪文の詠唱も無く、魔族は雷の魔法を放った。雷は自然界の力を借りた魔法。魔族の邪悪な魔法とは別種の力だ。
 雷は傭兵を貫いたかに見えたが……
 アジャンは平然とした顔で、その場にたたずんでいた。
「この手の魔法に、魔法障壁の能力がないわけなかろう? 俺に向けて放たれる悪意ある魔法は、皆、弾かれるのさ」
 魔族の若者は、感嘆の声をあげた。
「素晴らしい! その魔法、ぜひ余のものとしたい」
「神聖魔法の一種らしいぜ、おまえには使えんだろう」
「使えずとも、原理さえわかればいい」
「ケッ! コレクターかよ」
 これ以上、馬鹿げた会話につきあっていられないと、傭兵が更に相手との距離をつめようとすると……
 周囲に人間が、ぼこぼこ現れる。近衛兵に宦官警備兵、一目で魔人とわかる異形。次々とわいてくる。
 赤毛の傭兵は敵を倒しつつ、何もない宙―――異次元通路を大剣で破壊していった。だが、それでも、後から後から敵が現れる。複数の異次元通路があるのだ。魔人に、洗脳され正気を失っている人間達。餌として囲っていた人間達まで戦力に投入してきたのだ。
「ナーダ!」
 浄化の力をこめた拳で魔人を殴って葬っていた武闘僧は、その呼びかけに振り返った。
 赤毛の戦士は、忌々しげに上空を見つめている。
「上だ!」
 傭兵の視界の先には、夕方のように明るい空があるだけだった。けれども、妙な歪みがあるように武闘僧にも感じられた。五メートルぐらいの高みが、魔族が出現する度に、揺れ動いている……ように感じられた。
 神に助力を願い、浄化の光を放つ。しかし、蜃気楼のようなゆらぎが起こるばかりで、異次元通路は閉じない。魔法結界が張られているようだ。
「弓を使え!」
「弓って……『エルフの弓』ですか?」
 ナーダの顔がひきつった。確かに、背にはセレスに届ける為の『エルフの弓』と『エルフの矢筒』があり、腰には虹の小剣がある。けれども……
「『エルフの弓』以外、聖なる武器の弓はねえだろうが! 早くしろ!」
「うぅ〜」
 近づく敵を殴り倒し、蹴り、突き飛ばして、周囲の敵を払ってから、一応ナーダは試してみた。弓を左手に持ち、右手で矢筒から矢を抜こうとしたのだが……矢筒から矢が取れない。
「……やっぱり」
 ナーダは溜息をついた。右手で弓の弦も引いてみた。予想通り、びくともしない。
「あああ……」
 聖なる武器『エルフの弓』の装備条件は『心の美しさ』だ。インディラ僧侶とはいえ……大僧正候補とはいえ……自覚はあるのだ。自分が、結構汚れた性格である事は……
 腹立ちまぎれに周囲の敵を吹き飛ばしながら、武闘僧は叫んだ。
「アジャン! 私じゃ、無理です! セレスかシャオロンじゃなきゃ、この弓は使えません!」
「おまえ、弓は使えんのか?」
「弓も人並み以上の腕前ですよ! 私はたいていの武器を使えます! でも、この弓は駄目なんです!」
「役立たずめ」
 カチンときて、ナーダは更に声を荒げた。
「なら、あなたが使ってみなさいよ! 品性下劣で傲慢なあなたじゃ、絶対、この弓を引けるものですか!」
「試す気はない」
 傭兵は、きっぱりと言った。
「弓は不得手だ」
「あなただって役立たずじゃないですか!」
 と、しばらくは、ぎゃいのぎゃいのと言い争う余裕があったのだが……
 地上から手が届かない距離にある異次元通路を閉じられない為、敵が無尽蔵にわいてくるのだ。
 さすがに、多勢に無勢、二人は追い込まれていった。
 敵はアジャンの大剣にかかっている魔法が解けるのを待っているのだ。その効果時間(アジャン本人は知っているのだろうが)を知らないナーダは、たまらなく不安だった。
 霊媒能力の素質あふれるアジャンは、魔族にとって理想的な器らしい。アジャンは、もう何度も、その体を魔族に盗まれかけている。カルヴェルから買った魔法の効果が無くなれば、おそらく、大魔王四天王イグアスも、アジャンを欲するだろう。
 イグアスは微笑を浮かべ、謁見の館の前にたたずんでいる。持久戦の末に手に入る獲物―――珍奇な魔法と極上の器を、楽しみに待っているのだろう。
「このままじゃ、ラチがあかん。セレスを連れて来い」
「それって……ハーレムへ行けって事ですか?」
「浄化魔法を唱えて建物の結界を壊せ。出口ができりゃ、奴等も勝手に出てくるだろう。俺はイグアスをひきつけて、適当にここで暴れてる。行って来い」
「……お一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
 赤毛の傭兵は、にやにや笑っている。
大剣(あいぼう)が一緒だからな」
 アジャンは大剣を嬉々として振り回していた。自分の身長ほどもある大剣を軽々と扱い、多くの敵を一度に薙ぎ払い、間合いの内に入って来る敵は体術(蹴り・肘打ち)で牽制してから距離をとりなおし、大剣で葬っていた。
 片手剣『聖王の剣』を装備したアジャンも一流の戦士ではあったが……大剣を装備したアジャンはまさに水を得た魚、一騎当千の戦士だ。
 ナーダは戦いながら呪文を詠唱した。少しでも敵を減らしておけばアジャンの負担が軽くなるし、芋洗いのごとく敵がいては、ハーレムへの道が開けない。
 武闘僧は手で印を結び、自らの体を中心に、高位の浄化魔法を放った。周囲の魔は一掃された……が、イグアスだけは別だった。薄く笑いながら佇んでいる。人間ごときの浄化魔法など痛くもないのか……結界にこもっているのか……
 ともかくも、これでアジャンの周囲は人間だけとなった。しばらくの間は。じきに魔族も召喚されるだろうが。
「すぐに戻りますから、魔に捕まらないでくださいよ」
「ほざけ!」
 ナーダは額の汗をぬぐって、走り出した。
 高位の浄化魔法を使用するのは、今日はこれで二度目。最近、精神力が強くなってきたとはいえ、寝不足の体には少々負担がかかってきている。
(そろそろ魔法は温存した方がよさそうですね)
 魔族の手下になっている人間達を、拳と蹴りで倒し、道を急ぐ。
 前方に、獣人のごとき毛むくじゃらな者達がいた。魔人の一団だ。
(えっと……)
 ナーダは腰の『虹の小剣』を意識した。
(抜ける……絶対、抜ける! 抜けなければ、おかしい!)
 己を奮い立たせ、聖なる武器を鞘から抜く。すれ違いざまにナーダが振るった『虹の小剣』に刻まれ、魔族は消滅した。
(良かった……)
 武闘僧は魔族を倒した事よりも、むしろ『虹の小剣』に使用を許可された事を喜んでいた。さきほど『エルフの弓』にすげなくされただけに、喜びはひとしおだった。
『虹の小剣』の装備条件は『美貌』。容姿には自信があった。しかし、世の中には、隆々たる筋肉を野暮ったく感じ、綺麗に剃りあげた頭を笑いものにするような、そんな歪んだ審美感の者もいる。インディラ寺院における美が、『虹の小剣』に受け入れられた事がナーダには嬉しかった。
(魔族退治にはできるだけ『虹の小剣』でやりましょう。魔法は必要最低限に)
 ナーダは、ハーレムの建物の脇で足を止め、呪文を詠唱した。
 彼を追って来た敵は、ナーダに刃を向け、襲いかかろうとした。が、届かない。武闘僧と魔人達の間には、目に見えない障壁があった。結界魔法だ。カルヴェルからもらった(貸し付けられた?)腕輪を、左腕の神聖防具の装甲の先――左手首に装備している今、結界維持能力が高まり、わずかな魔力で結界が張れるのだ。
 邪魔者が来られないようにしてから、ナーダは次の呪文を唱えた。浄化魔法でハーレムを覆っている結界を払うのだ。


 その少し前……
 ハーレムの中では……
 敵が新たに開いた異次元通路からは、魔法生物が送り込まれるようになっていた。魔法生物には、聖なる武器も、浄化魔法も効果がない。体のどこかに埋め込まれた魔法の核である呪具を破壊するより他には、セレス達には、敵を倒す手立てはなかった。
 人型の魔法生物であれば呪具は失いづらい箇所……頭部・腹部に埋め込まれている可能性が高いのだが……
 今回の相手は、液体状の生物、木人、岩石人間などだ。外見からでは何処に呪具が入っているのか、さっぱりわからない。体を切り刻んで、体ごと呪具を破壊するしかない。
 東国の少年シャオロンは三人の中で最も敏捷性が高いのだが、慣れぬドレスのせいで、せっかくの持ち味を活かしきれないでいた。裾を踏みそうになってつんのめったり、広がるドレスのせいで間合いを勘違いしたりしている。
 素早さという利点が無くなると、少年は非力さばかりが目立つようになる。
 又、周囲を囲まれた乱戦となると、竜巻も放てなくなる。精神集中の間がとれないからだ。
 岩石人間の突進を身をかわして避け、木人の枝を長く鋭い爪で払う。
 そこへ、岩の塊が迫る。避けきれず、爪をもってその突撃を受け止めた。
 弾かれこそしなかったが、押し返せない。シャオロンの両腕がぶるぶると震える。靴の裏が床を擦り、体がズルズルと後退していく。
 シャオロンは歯を食いしばり、敵を睨んだ。このまま負けてなるまい! 気力だけは負けていなかった。が、敵の力を前になすすべもない。
 横から別の岩石人間が、木人が迫って来る。
 逃げようがなかった。
 と、その時……
 人の頭ほどもある巨大な卍手裏剣が飛来する。横あいの敵を吹き飛ばし、卍手裏剣は岩石人間の頭部と思われる箇所に突き刺さった。魔法生物である敵は痛みを感じはしないが、その衝撃によろめき、シャオロンより離れる。
 シャオロンの体がふわりと浮く。背から抱きかかえられて宙を飛んでいるのだと気づき、少年は驚いた。
「阿呆! 力勝負など百年早いわ!」
 忍者ジライだ。ジライに抱えられ、運ばれているのだ。忍者はセレスの背後を守っていたはずなのに、いつの間に?
「敵と距離をとれ。乱戦こそ竜巻が有効。背後は守ってやるゆえ、うちまくれ」
『勇者の剣』を振るう、踊り子姿のセレス。その背を狙う魔法生物めがけ、忍者はシャオロンを抱えたまま忍術を放った。
「忍法、かまいたちの術!」
 風の魔法で切り刻まれた敵が、呪具を失って消滅する。
「時間を稼ぐ。竜巻を」
 セレスのそばにシャオロンを下ろすと、忍者は手で印を結び、気を高めた。
「忍法、火焔の術!」
 忍者ジライの周囲から炎が広がり、津波のごとく敵に襲いかかる。火に包まれ、木人達が滅びゆく。液体状の魔法生物も、体内の水を失い、消滅する。けれども、猛き炎は魔を葬るだけでは飽き足らず、壁を、床を、天井を飲み込み、業火で鮮やかに彩ろうとする。
「シャオロン!」
「あ! はい!」
 忍者の求めに応え、少年は『龍の爪』より竜巻と聖なる水を生み出した。水を撒き散らす竜巻が、炎を鎮め、岩石人間達の体を崩していく。
「竜巻を放ち続けよ」
 そう言うや、忍者は跳躍していた。天井からとびかかって来た敵を『ムラクモ』で斬り裂いたのだ。着地と同時に、懐から取り出した球形の金属の塊のからくりを外し、人の頭ほどもある巨大な卍手裏剣を作り出していた。それをセレスの横から迫っていた敵に投げつけ吹き飛ばしていた。とどまる事を知らず、セレスとシャオロンの周囲を守っている。
 シャオロンは……
 純粋に感動した。
 アジャンやナーダとは全く違うタイプだが……
 忍者ジライも、又、超一流の戦士なのだ。
(すごいです、ジライさん!)
 少年の胸が熱くなった。忍者への憎悪・嫉妬・反発心が、瞬く間に消えていく。代わって芽生えた感情は、セレス、アジャン、ナーダに対して抱いているものと同じ――敬意だった。
(オレもがんばります!)
 シャオロンは『龍の爪』を振るった。不思議な事に、武器が軽く感じられた。今まで以上に、武器が手に馴染んでいるのだ。
 劣等感の塊となって、己の感情に溺れすぎていた。自己嫌悪も忍者への憎悪や嫉妬も、不要な感情だったのだ。
『敵は魔族』。
 龍と心を一つにし、魔を切り裂く為に、爪を借りているのだ。
 穢れたものを切り裂く事こそ、龍の望み。
 戦場においては、その思いに応える事……それだけを心掛ければいいのだ。


《女勇者様、結界が解けましたよ》
 声ならざる声が届いた。
 セレスは魔法生物を葬る手を止めずに、心の中に響く魔法使いナーダの心話に耳を傾けた。
《そこから東にまっすぐ。二番目の通路を曲がった先が出口です。その先に、あなた達のお仲間の武闘僧が居ます。彼が結界を解いてくれたのですね》
「ナーダが?」
《急いだ方がいいですよ。結界を修復しようとしている魔力も感じます。お仲間は対抗して浄化魔法を唱えていますけれどね。時間がかかるほど、お仲間の負担が大きくなります。彼の魔力がつきる前に、駆けつけてあげなさい》
「わかりました!」
 二人の会話は聞こえていたようで、振り返るとシャオロンとジライが頷きを返す。
 通路を埋め尽くす魔法生物めがけ、ジライは忍法を放とうと印を結んだ。
 が……
 それよりも早く、周囲に、火焔、雷、氷、水の魔法が荒れ狂う。それは正確に魔法生物だけを攻撃し、敵の消滅と共に効力を失う。神秘の力は周囲に被害を及ぼす前に、敵の消滅と同時に全て消え失せる。
 魔法使いナーダの攻撃だ。セレス達の行く手を塞ぐ敵を、一瞬で片付けてくれたのだ。
 セレスは地下室の方角に頭を下げ、通路を走った。
 シャオロンも元気よく(目に見えぬ)魔法使いにお辞儀をし、セレスを追いかける。
 ジライはチッと舌うちを漏らした。魔法使いの技量が高すぎる。カルヴェル級だ。相手が敵に回らなかったのは幸運ではあったが、得体のしれない者の助力ほど気味の悪いものはない。
(あの男……もしや……)
 ある考えがジライの内に生まれた。
(伝説となっているお二人と共にあった、もう一人か? あの風体(ふうてい)はナニだが、そうとしか考えられぬ。いや、そう考えたい。カルヴェル様に匹敵する輩がゴロゴロしておるとは思いたくないしのう)
 ジライは己の考えを口にはせず、ただ二人の仲間の後を追った。


 光が見える……
 通路の先に、外界へと通じる穴が開いている。
 セレスの顔に笑みが浮かんだ。
(助けに来てくれたのね、ナーダ……それに、アジャン。アジャンも居るわ)
 大魔王討伐に旅立った時から、従者としてついて来てくれた二人。
 何度となく喧嘩し、何度となく口論し、何度となく侮辱し合い……
 それでも、少しづつ認め合い、互いの距離を縮めてきた仲間。
(ありがとう……)
 セレスの目に、現実に重なるように二人が見えた。
 しかめっつらで呪文を詠唱しているナーダ。
 その緑の瞳を輝かせ、遊びに興じる子供のように大剣を振り回すアジャン。彼の大剣に触れると、魔族があえなく消滅してゆく。大剣に祝福の魔法がかかっているのだ。
 生き生きと大剣を振るうアジャンのそばに……
 底のない沼のような……
 どこまでも黒く暗い者が居た……
『サリエル』、『ウズベル』によく似ていたが、それらよりももっと深い闇、果てしなく黒い、醜く歪んだもの……
 小物魔族ではない。
 大魔王四天王の一人だ。
 それがアジャンを見ている。
 舌なめずりするかのように……
「駄目!」
 そう叫んだ瞬間!
『勇者の剣』がまばゆく輝き、瞬く間にセレスの姿は廊下から消えていた。


「セレス様!」
 二人の従者は必死に周囲を見渡した。が、何処にも女勇者の姿が見当たらない。その気配すらない。
《彼女は外ですよ》
 魔法使いナーダの思念が届く。
《『勇者の剣』の移動魔法で、赤毛の傭兵のそばに送られてしまいました》
「え?」
「何じゃと?」
《女勇者様が共感能力者(エンパシー)のせいですよ》
「あの、共感能力者(エンパシー)って?」
《他人の強い感情、思いに触れた事がきっかけで、その者の心を我がことのように感じる能力です。記憶や人格さえ共有する事もあります。彼女は精神が高揚した時に、ふとしたはずみにその能力を発動させてしまうようですね。多分、仲間と共感しかけて、そのそばの大魔王四天王イグアスの心に触れてしまったんだと思います。魔族の精神のあまりのおぞましさに嫌悪した女勇者様の気持ちに応え、『勇者の剣』が討つべき敵の所に彼女を送ったのではないかと》
「大魔王四天王じゃと?」
 忍者ジライは、拳をぎゅっと握りしめた。
「急ぐぞ、シャオロン! セレス様をお助けするのだ!」
「はい、ジライさん!」
 二人の従者は、廊下をひた走った。
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