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女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

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彷徨う光 3話

 一方……
 その頃、セレスの従者――大僧正候補のナーダは……
 赤毛の傭兵アジャンに宿屋で怒鳴りつけられていた。
「遅いぞ、クソ坊主!」
 セレスとシャオロンが宿泊している続き部屋の扉を開けるなり、そうののしられたのだ。ナーダはムッと顔をしかめた。
 ナーダがこの宿に顔を出すのは、今日、これで二度目であった。最初、昼前に戻った時は、アジャンはシャオロンの部屋でいびきをかいて寝こけていた。無理矢理起こすと不機嫌そうな顔で、セレスはシャオロンとジライを連れて王宮に挨拶に向かったと教えてくれた。まだ眠そうだったので傭兵は放っておいて、インディラ寺院に挨拶に行って帰って来たわけなのだが。
「とっとと支度をしろ。王宮へ行く」
 アジャンは『エルフの弓』、『エルフの矢筒』、『虹の小剣』を投げるようにしてナーダに押し付けた。
「持ってけ」
 アジャンは研ぎ石で背の大剣の刃を整えていたようだ。机の上にちらけていた道具類を乱暴に片付けている。
「王宮で何かあったのですか?」
「セレス達が行方不明になったのよ」
 しわがれた老人の声……
 武闘僧ナーダのすぐ横に、ニコニコ笑っている老人が居た。大柄なナーダと顔の高さがほとんど一緒だ。空中浮遊の魔法で宙を漂っているのは……当代随一の大魔術師カルヴェルだった。気が向いた時にだけ勇者一行にかかわるこの老魔術師は、ナーダがインディラ寺院に行っている間に、移動魔法で宿までやって来ていたようだ。
「セレス達が行方不明?」
「うむ。実はの、ナラカの甥よ」
 老魔術師は長い顎鬚を弄びながら言葉を続ける。
「スルタンとの会談中にセレス達が消えたと、今、王宮は大騒ぎよ。何処をどう探そうがセレス達は見つからぬ。三人の気は、王宮付きの魔術師が探知の魔法で探しても、王宮はおろか、タブールの街中にもない。だもんで、今、王宮はパニックじゃ。王宮内で勇者が消えては暗殺の嫌疑がトゥルクにかかる。諸外国に攻め込まれる正当な理由を提供するようなモノ。トゥルクとしては大迷惑なのじゃ」
「……セレスが亡くなれば、『勇者の剣』の振るい手がいなくなります。大魔王の野望を阻止できる者がいなくなるのです。戦争どころの問題ではありません。この世が滅びるのです」
「ホホホホ。何を熱くなっておる? 世の国王どもは、そのほとんどが、女勇者などアテにしておらぬ。自国の守りは軍隊と宗教団体、魔術師でまかなえると思っておるからの」
「……愚かな」
「無駄話は後にしろ」
 支度を終えた赤毛の傭兵が、ナーダの前に立っていた。
「王宮に行くぞ、ついて来い」
 背には大剣、腰には『聖王の剣』。それから腰のベルトには見慣れない革の小袋が三つ釣り下がっていた。カルヴェルに何かアイテムを借りたのだろうか?
「王宮にセレス達が居るのですか?」
「居る」
 絶対の自信をもって、アジャンは答えた。
「魔族の結界の中に居る」
 シャーマンであった父から継いだ『真実を見抜く目』が教えているのだ。求めるもの―――セレスが何処に居るのかを。
 そこでカルヴェルがホホホホと笑った。
「赤毛の傭兵、首飾りをつけるのじゃぞ」
「………」
「王宮に巣食っておるのは高位魔族じゃ。忘れるな。おぬしは魔に好かれやすい体質をしておる。魔除けの首飾りをつけねば、目をつけられる。その体、奪われるやもしれぬぞ」
 赤毛の傭兵はボリボリと頭を掻き、面倒くさそうに溜息をついた。それだけで、老人に答えを返さない。
 そして、武闘僧の肩を軽く叩く。
「行くぞ」
「ですが……」
 ナーダはカルヴェルを糸目で睨んだ。
「移動魔法で送ってくださらないのですか? 今、セレス達は魔族に捕まっているのでしょ? 一刻を争うはずです」
「ん? 送って欲しいのか?」
 ニコニコニコニコ、老人は笑う。
「何をもってわしに助力を頼む? 『聖なる武器に関する記録』の写本を譲ってくれるのなら、王宮まで運んでやっても良いがの」
 ナーダは、カッと怒りに頬を染めた。
「結構です! あなたに助力を願った私が馬鹿でした!」
「ナーダ」
 赤毛の傭兵がもう一度、武闘僧の肩を叩く。
「大丈夫だ、間に合う」
「え?」
「セレス達は、今は、それほど危険じゃない。さっきまでは少しヤバかったんだが、今、あいつら、白い光の側にいる。のんびりしているわけにもいかんが、俺達の力が必要になるのはもう少し先だ。馬で行っても充分間に合う」
「……そんな事までわかるんですか?」
「ああ。何となくな。白く大きな光が何なのかはよくわからんが、禍々しくないから魔族じゃない。その光の中にいる限りは安全なんだが、外には出られん。俺達が出口をつくるんだ」
 武闘僧は、まじまじと赤毛の戦士を見つめた。
 正式な修行を積んでないのでアジャンの能力は不安定で、殊にセレスに関わる予感はアテにならない。セレスが傍にいるだけで赤毛の戦士は心を乱し、己が目を曇らせてしまうようなのだ。
 しかし……セレスと離れ、セレス達の無事を案じている今、未来を見通すアジャンの目は、異様に研ぎ澄まされているようだ。
「じゃあな、ジジイ」
「王宮につく前に、首飾りをつけるのじゃぞ」
「……気が向いたらな」
 カルヴェルに対し、アジャンは軽く手を振って歩き出す。老魔術師を快く思っていない武闘僧も、それでも一応軽く会釈をし、赤毛の傭兵の後を追った。
「きさまが昨晩と今朝、何処で何をしていたのかは知らんが」
 歩きながら、赤毛の傭兵はギロリと武闘僧を睨んだ。
「寝不足だからって手は抜くなよ。いいな、クソ坊主」
 それだけ言って、ズンズン進んで行ってしまう。
 武闘僧ナーダは苦笑を浮かべた。目の下には隈があるし、瞼も腫れぼったい。この顔では、ほとんど寝てないと宣伝しているようなものだ。
(ジライは大丈夫なんですかねえ……)
 ナーダは、それでも四時間も眠っているのだ。明け方まで消耗する事をやってしまったのでそれだけの休憩では不充分ではあるものの、結構寝ているのだ。
 対して……ジライは完徹のはずだ。一晩中、犯りまくった後、すぐにセレスの元へ帰ったのだから。
 昨夜、ジライの素顔を知ってしまったナーダは、遊び半分にジライを恐喝し、無理矢理関係を持った。ジライを抱いたのだが……めっきり暗黒系の性格の忍者がおとなしく抱かれるはずもなく、どちらかというと弄ばれたのはナーダの方だった。
 そして……
 武闘僧の頬が朱に染まった。ふとした拍子に思い出してしまうのだ、昨夜のジライを。妖しく美しい白い顔、きつい眼差し、ひきしまった魅力的な体、快楽に抗いきれずせつなげにあげる嬌声……
 思い出す度に、胸がときめく。
 大僧正候補のくせに、ナーダは……
 もと大魔王教徒で未だに闇の教えに忠実なジライに惚れてしまったのだ。
 しかも、相手はセレスにホの字。ジライが女王様趣味なのも昨夜、わかった。ジライはセレス女王様に夢中なのだ……
 望みゼロの片思いであった……
(早く忘れなくては! ジライとは昨晩限りの約束なのだし……)
 勇者の従者として働くのだ! 恋心は捨てよう! と、武闘僧は自己暗示をかけた。
 アジャンは、今、セレス達は安全だと言っていた。しかし、舞台は王宮。部下の老忍者ガルバからの報告によれば、最近のトゥルク王宮は物騒な場所なのだ。
 三か月前に皇太后が狂死してから、スルタンの王子が次々に変死。更にここ一カ月では、法務長官、軍務長官他、国王の側近、親衛隊などあわせて(少なく見積もっても)四十名が失踪している。王宮に出仕していた彼等は、それぞれの持ち場から忽然と消えたのだ。ほんの数分前まで国王と会話を交わしていた者でさえ跡形もなく消えていた。
 セレス達の無事を祈り、武闘僧ナーダは赤毛の傭兵の後を追った。


「ナーダ?」
 セレスはきょとんとした顔をした後、華やかな笑みを浮かべ、パンと手を叩いた。
「そうだわ、ナーダよ。ナーダに似てるんだわ」
「どうしました、女勇者セレス様?」
 やさしい笑みを浮かべる黒髪の魔法使いに、セレスは急ぎ頭を下げた。
「すみません、魔法使いナーダ様。先程から気になっていた謎がようやく解けたので……」
「何です?」
「あなた様と話していると、何か妙に落ち着かなくて……誰かに似てる、でも、誰だったかしら? と、ずっと気になっていたのです。やっと、わかりました。ナーダ様のお話の仕方、私の仲間の武闘僧ナーダとそっくりなんです。ね、シャオロン、そうでしょ?」
 同意を求められた少年が、下げていた頭をおそるおそる上げる。
「そうですね……そう言われてみれば、そうかも」
「そうですか」
 黒髪の男が、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「話し方が似てますか……」
「声もよく似ています、顔は、全然似ていませんけど」
「あの子は父親似らしいですからね」
「あの子?」
 もうすぐ三十になるナーダをつかまえて、『あの子』? 黒髪の魔法使いは、フフフと楽しそうに笑った。
「私から見れば、あのぐらいの年齢ではまだ子供です。私、外見はこの通り若く美しいのですが、カルヴェルとそう変わらない年なのですよ」
「……不老の魔法?」
「ええ、まあ。そういった(たぐい)のものがかかっています」
 セレスは眉をひそめた。
 不老不死の魔法は自然の摂理に反する不自然な魔法――――邪法だ。
 魔法使いは肩をすくめ、杖底でコツコツと床を叩いた。
「この魔法陣のせいなのですよ。数十年前、ちょっとドジを踏んで、魔法陣に封じられてしまったのです。その時から、外見は変わっていません」
 セレスは床に刻まれた魔法陣を見つめた。見た事もない模様、邪法を誘う文字が刻まれている。円陣の端に手をかざすと、バチッ!と稲妻が走った。魔法陣に近づく事かなわず、中の者が外に出る事もできないのだ。
「何十年も封印されているのですか? ずっと、この王宮に?」
「……私、ここに居るわけではないのですよ。この王宮にも、たまに接点が繋がりますが、体はここではなく別次元にあるのです」
「え?」
「数十年前、私は魔族のしかけたこの魔法陣につかまり、異次元に封じられて、そこで死んだのです」
「死んだ?」
「はい。時が流れない異次元では、存在していても死んでいるも同然ですから。しかし、私が封じられてから十何年か後に、カルヴェルが私の影をこの世界に呼び戻してくれたのです」
「影……ですか?」
「ええ。魂と魔法で写された肉体。本当の肉体は異次元に封じられたままですが、おかげで魔法力でこの世界を覗き、干渉する事ができるようになったのです。ただ、今の私は、非常に不安定な存在なので、どの場所にどれぐらい留まれるかわからないのです」
「と、いうと?」
「私の影は今はこのハーレムの地下にありますが、明日、明後日も、ここに居るかどうかはわかりません。今すぐ、シャイナの竹林に飛ばされるかもしれない、シルクドの砂漠に行くかもしれない、人里離れた山の中に出現してしまうかもしれない……。私、魔法陣ごと世界中を飛ばされているのですよ」
「世界中を……」
「世界中の……魔のものが開いた次元通路。そこにしか私の影は存在できないのです。どこにどれぐらい居られるのかは、カルヴェルはある程度予測できるようなのですが、私にはさっぱりわからないのです。トゥルクに居られるのも数時間なのか、数日なのか……彼に聞かないとわかりません」
 魔法使いの体は淡く白く光っている。それは魔法で作られた偽りの体だったからなのだ。
「ハーレムにやって来て、まだ一時間ぐらいでしょうか。ここに来るのは久しぶりです。五年ぶりぐらいですね。のどかで、艶やかで、覗くには楽しい場所だったんですけどねえ、ここ。それを荒らしてしまうだなんて……まったく、魔族は無粋で困ります」
「何十年も世界中を彷徨っておられるのですか……?」
「ええ、まあ」
 シャオロンが感じた黒い渦と白い光とは、この事だったのかとセレスは思った。魔族の魔法陣(黒い渦)に囚われた魔法使い(白い光)。強力な高位の浄化魔法を使える人間が……神の祝福を受けている人物が、何十年も結界と囚われているとは……
「……その魔法、お師匠様にも解けないのですか?」
「カルヴェルでも無理です。人間には解けない呪なのです」
「そんな……」
 セレスが青ざめ、口元を覆う。
「ああ、でも、大丈夫」
 黒髪の魔法使いは、にっこりと笑みを浮かべた。
「この魔法、時がくれば効力が無くなるのですよ。多分、もう間もなく解けるはずです」
「本当ですか?」
「はい。条件さえ整えば、明日にでも……私の体は異次元からこの世に戻されます」
「その条件って何なのですか?」
 自分にできる事ならば協力します! と、ぐっと身をのりだすセレス。
 そんな女勇者を、シャオロンは『さすが、セレス様!』と目を輝かせて見つめ、忍者は心配そうに見つめている。
 黒髪の男は、優美に頭を横に振った。
「お気持ちだけ、ありがたくいただいておきます」
「でも……」
「あなたは、女勇者の務めを全うすべきでしょう。私の救出はカルヴェルに任せておきなさい」
「お師匠様に……? そうですね……お師匠様が動いていらっしゃるのなら、確かに、私が下手に手出しをしない方がいいかも」
「セレス様」
 セレスは背後を振り返り、女性に扮した忍者ジライを見つめた。
「我等が今なすべき事は、我等をこの建物に閉じ込めた敵を倒す事、そして、ここより脱出する事にございます」
「そうね」
「魔法使いのナーダ殿」
 忍者は魔法陣の中の男に、深々と頭を下げた。
「貴殿が本当にカルヴェル様の知己なれば、セレス様の危機を見過ごされるお方ではありますまい。お力をお貸し頂けまいか?」
「いいですよ、私にできる事でしたら」
「かたじけない」
 そう答えながらも、忍者の眼は射抜くように鋭く魔法使いを見つめている。相手を信用していないのだ。
「まずは、この館の結界。我等を内に閉じ込めておる結界、あなたに解けましょうか?」
 魔法使いは瞼を閉じ、魔力を高めた。心の眼で、建物とそれを覆う魔法を調べているのだ。しばらく調べた後、嘆息し、青の瞳を開く。
「……無理ですね。結界魔法は外からかけられています。内側から外へ向けたあらゆる攻撃・あらゆる魔法は結界に弾かれてしまいます」
「では、術師も外に?」
「ええ。中には居ませんね。でも、」
「でも?」
「……覗いてはいるようです。いやらしい、ねちっこい視線を上に感じます。あなた方が見つからず、焦れてるみたいですね」
「む?」
「あなた方が何処に居るのか、魔の者には見えないのですよ。あなた方、今、私の結界の中にいますから」
「魔法使いナーダ殿の結界?」
「私の周囲には、絶えず、結界が張られています。カルヴェルの魔法です。私にかかわりない者が傍にこないよう、街なかに出現してしまっても周囲に迷惑をかけないように、姿隠しつきでね。この地下室の扉、見えなかったのではありませんか?」
「はい、そうでした」と、セレス。
「私やカルヴェルと縁のある者は結界内に入りさえすれば真実が見えるようになるのですが……他の者はそうはいきません。カルヴェルの許しのないものは、肉眼でも魔法の眼でもこの魔法陣の周囲が見えず、私へと通じる道を歩けません。カルヴェルよりも強い魔力を有する者ならば、彼の結界を無効化できますが……この地上にそんな存在はありえませんから」
「確かに」と、セレス。
「あなた方をここに閉じ込めた魔族、焦りまくってますよ。あなた方の姿は消える、浄化魔法で魔人化した宦官達は全滅、女達は正気に戻って自室に籠る、『勇者の剣』も物質転送魔法で消えたとあっては、何がどうなってるのか探りたいと思うのも自然の流れ。放っておいても、敵は何らかの手を打ってきますよ。そこをすかさず叩いて、馬鹿魔族の鼻をあかしてやりましょう」
 黒髪の魔法使いには、にっこりと微笑んだ。
 セレスは、妙な既視感を感じていた。話し方といい、声といい、その会話の内容といい……仲間の武闘僧ナーダと話しているような錯覚を覚えるのだ。


「あっちだ」
 王宮の正門をくぐってすぐに、赤毛の傭兵アジャンは北西を指さした。
 武闘僧ナーダは糸目をすがめ、遠方を見やった。
 今、居る第一庭園は、武器庫やさまざまな役所の建物、造幣局、病院などが立ち並ぶ、民間人にも立ち入りが許されている場所なのだ。
 この広い第一庭園の北の奥に、第二庭園へと通じる門があり、広大な第二庭園の先に第三庭園に通じる幸福の門がある。身分の高い高官達は第二庭園までの入場が許可されているが、三番目の門の向こうはスルタンの住まいだ。謁見の館を除けば、スルタンとその家族と宦官しか入る事はできない。
「北西には……監視塔がありましたよね、第二庭園に」
「塔……? いや、塔じゃない」
「じゃあ、その横の会議用の建物……ですか?」
 そうであって欲しいという顔で尋ねるナーダに、アジャンは無情にもかぶりを振る。
「もっと先だ」
「て、ことは第三庭園内……」
 武闘僧は額に手をあてた。第三庭園のアジャンの指さす方角にある建物といえば……
「ハーレム……? ですよね、あっちにあるのは……。セレス達は後宮に居るのですか?」
「よくわからんが、あっちだ」
 そのままズンズン馬を進めて行こうとする傭兵を、武闘僧は慌てて止めた。
「男の私達がハーレムに近づいたら、問答無用で殺されちゃいますよ。まずはスルタンに事情を話して、協力を仰ぎましょう」
 武闘僧はためいきをついた。何かもっともらしい嘘を考える必要がある。ナーダはアジャンの勘に信頼を置いていたが、アジャンは『真実を見抜く眼』で結論・結果だけを知って行動する。何故、その事実を知りえたのか、他人に納得してもらえる、『過程』をでっちあげねば。
「あ、そうでした、アジャン。セレス達の居場所もわかった事ですし、魔除けの首飾り、つけた方がいいんじゃないんですか?」
「……ああ」
 傭兵は馬を止め、空を見上げた。
 時刻は夕方だが、空はまだ明るく、青い。
 武闘僧は自分の考えに浸り、ぶつぶつと小声で何かを呟いている。
 それ故、気づかなかった。アジャンの顔に、苦い笑みが浮かんでいる事に。
 アジャンには、空に浮かぶ禍々しい巨大な両眼が見えていた。ナーダや庭園に居る他の者には見えないようだが、それは宙に浮かんでいた。
 ぞっとするほど冷たい、貪欲な眼……獲物を求める飢えた眼は、一点を見つめていた。騎乗の赤毛の戦士を……
(見つかっちまったか)
 赤毛の戦士は腰の革の小袋に入っている首飾りを意識した。
(今更つけても遅い)
 ならば、つける必要はない。と、傭兵は馬を走らせた。第二庭園を目指して。


 ナーダと名乗った魔法使いは、階上の映像を宙に映しだし、セレス達三人に見せた。
 人よりも獣に近い姿の魔人が、階上を跋扈(ばっこ)していた。蜥蜴やなめくじのような形態のものもいる。人の目を意識しないですむ、密閉された空間に居るので好きな姿をとっているのだろう。
 魔人達はハーレムの女達の部屋の周囲をうろついていた。中に入りたいのだが、女達の部屋の周囲には魔法使いのナーダが結界を張ったので、入れないのだ。それでも未練がましく、側を歩き回っているのだ。
 魔法使いがパチンと指を鳴らすと、映像が切り替わった。後宮で最も広く豪奢な装飾が施された空間が映る。スルタンの広間だ。天蓋つきのスルタンの玉座があり、その横には母や妻、女達の為の席が並んでいる。スルタンが家族や側近の為に宴を催すその部屋に、魔族を生み出している穴があった。
 床からボコッボコッと音を立てて泡が立ち、それが破裂する度に、次々と魔族が生まれでているのだ。
「あれは、入口専用の次元通路です。一方通行なので残念ながら、あそこから外には出られません。が、放っておくと、上階、魔族だらけになってしまうので掃除した方がいいですね」
 魔法使いはにっこりと微笑んだ。
「女勇者様、あの入口を『勇者の剣』で壊してきてくれませんか?」
「え? ええ、わかりました」
「別に、シャオロン君の爪でも、忍者ジライの刀でも、聖なる武器であれば何でもいいんですがね、やはり、ここは、女勇者様が活躍して、女勇者の健在ぶりを覗き魔にアピールすべきかと。あの侵入口を女勇者様が壊せば、敵ももうちょっと本気になって、真面目に攻撃してくると思います。女勇者を殺そうとして、ね。敵が焦って動いてくれる方が、つけいる隙もできます」
「セレス様が戦われるのなら、オレも行きます!」
 と、シャオロンが力強く声を上げる。
「私めも」と、忍者。
「なら、あなた方三人をスルタンの広間に移動魔法でお送りします。次元通路を壊したら、階上の魔族を派手に斬りまくって浄化してください。私はここを動けないので、補助に徹します。そのうち敵があらたな動きを見せたら、心話でお知らせしますね」
「わかりました」と、セレス。踊り子の衣装の上にバンドをひっかけ、鞘におさまった『勇者の剣』を背負う。
「ご武運をお祈りいたします」
 魔法使いが低く呪文を詠唱し始める。
 セレスは魔法陣の中の人物に会釈をし、シャオロンもそれに倣う。
 忍者ジライも魔法使いに頭を下げていた。が、覆面から覗く忍の目は、冷徹に魔法使いを窺っていた。
(セレス様はこやつを全面的に信頼なさっておいでだが、名乗った通りの者かどうかわかったものではない)
 この男は何か隠し事をしている……
 忍者経験で培った人間観察眼から、ジライは真実を見抜いていた。今の所、危険はなさそうだったが、何時、相手が豹変するかわからない。準備だけは怠ってはいけない。
 魔法使いが呪文の詠唱を終えると同時に、三人の姿は地下室から消えていた。


 敵の侵入口を壊した後、セレスは『勇者の剣』を振り回し、周囲の魔族を葬っていった。
 踊り子の衣装を着ているせいで、戦いづらかった。肩にまとっていたベールは早々に脱ぎ捨てたものの、それでも戦いづらかった。腰までスリットが入っているので足を大きく開く事はできるのだが、ふわふふわと裾が広がるドレスはともすれば踏んづけてしまいそうだった。
 シャオロンも戦いづらそうだったが、彼の方が裾が短いのでまだ動きやすそうだった。
 ジライは、二人の守りに徹した。特にセレスは、今、白銀の神聖防具を身につけていない。彼女のやわらかな肌を守るものはほとんどないのだ。飛び道具をくらっては傷を負ってしまう。
 スルタンの広間の敵を全滅させたところで、
「セレス様、少々、お待ちを」
 と言って、忍者はドレスの裾を翻し、すばやい体術で姿を消した
 敵の様子でも探りにいったのかしら? と、セレスは背を見送り、額の汗をぬぐう。
 シャオロンも腕で額の汗を拭いていた。
 慣れない恰好をしているせいで、二人とも妙に緊張し、疲れていた。
 二人が体を休める間もなく、ジライは戻った。
 しかし……戻った彼を見た途端、セレス達は非難の声をあげた。
「あ――っ!」
「ずるいですよ、ジライさん!」
「そうよ、ずるいわよ、ジライ! 何で、あなただけドレスを脱ぐのよ!」
 忍者は、トゥルク帽、鬘、ドレス、トゥルク風ズボン、短靴を脱いで……いつもの覆面に黒装束の忍者の姿に戻っていた。
「私も着替えるわ!」
「オレも!」
 いきりたつ二人に、忍者はチッ、チッ、チッと指を振ってみせた。
「それは不可能にござりまする、セレス様」
「何でよ!」
「セレス様のご衣裳や鎧を置いて来た部屋には、今、あの魔法使いナーダとやらの、魔族よけの結界が張られております。出入口が封じられておるのです。今は何人たりとも中に入れません」
「ぐ!」
「残念にござりまするなあ、私めの衣装は倉庫に隠しておきましたゆえ、着替えは可能でしたが」
 覆面の下の忍者の目元が笑みを作る(化粧を落としていないので、目元が妙に色っぽい)。
「ご安心くだされ、セレス様。この通り、このジライめが着替えましたから。先程までは三人とも動きが悪すぎましたが、私はもういつも通りに動けます。雑魚の始末はお任せください」
「……ずるいわ」
「一人ぐらいは、まともに動けねば困ります」
 ジライは口に出さなかったが、魔法使いナーダへの不信もあって着替えたのだ。
「……それに」
「それに?」
 にっこりと忍者は笑った。
「せっかくお似合いなのですから、今しばらくはそのまま。特におみ足がお美しゅうございますよ。ぷるんぷるんと揺れるお胸も溜息ものでござりまするが」
 プッツン、と。
 セレスの中で何かが切れた。
「このド助平!」
 セレスは一瞬腰をかがめ、それから白いドレスを割るように左足を高々と突き上げ、忍者ジライを蹴とばした。
 そして、宙を舞う忍者に背を向け、肩を怒らせて怒鳴る。
「行くわよ! シャオロン!」
「……はい、セレス様」
 廊下へと向かうセレス。
 後を追うシャオロン。
「あああぁぁ」
 被虐の悦びに酔いしれつつもどうにか体を起こし、二人に続くジライ。
 三人は紙くずか何かのように、廊下の魔人を葬っていった。
 特にご機嫌斜めの女勇者の活躍には凄まじいものがあり、小物魔族など瞬く間に斬り捨てられていた。
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