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女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

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彷徨う光 2話

 ジライが持ってきた衣装に着替えたものの、セレスは恥ずかしくって胸元を両手で覆ってしまった。こんなに露出の激しい衣装だったなんて………
「できましたぞ」
「こっちも着替え終わったわ」
 セレスが続き部屋から戻ってみると…………
 そこには、ジライによってつくりあげられた、かわいらしい東国の少女が居た。
 癖のない長い黒髪を背に垂らし、腰から下だけの黒のドレスを着て、金の紐帯を結び、微かにふくらむ(そのように見える)胸元を金の胸当てで隠し、その上から薄手の黒のベールをまとっている。二の腕から手首までを覆う衣装と同じ黒と金のつけ袖も、似合っている。ふっくらとした頬に紅を差し、大人びた化粧をしているのに幼さが目立つ顔が愛らしい。思わず、抱きしめてしまいたくなるほどだ。
「いやぁん、シャオロン、かわいいわ」
「あ………セレス様も、あの、その………素敵です」
 美少女にしか見えない少年が、顔を真っ赤にする。
 シャオロンとは対照的に、セレスは白い衣装を着ていた。宝石やピーズを埋め込んだキラキラ光る胸当てと、腰までのスリットが入ったドレス。その上から半透明な白のベールをまとっている。セレスの豊満な胸は胸当てにおさまりきれず、こぼれそうなばかり。蜂のようにくびれたウエストや、スリットからチラチラ見える色白の太腿もなまめかしい。
「御免」
 そう断ってから、ジライがちょいちょいとセレスの顔に化粧をほどこしてゆく。
 口紅やアイシャドーが濃いので、ちょっとキツめの顔立ちとなった。軽いウェーブを描く金の髪、白い肌、挑発的なその顔は、見る者を釘付けにする魔性の美。
「ああああぁぁぁぁ」
 忍者もポッと頬を赤く染める。
「普段の清楚なお美しさも魅力的にございますが………お化粧をなさると、一層、セレス様の高貴さがひきたちます」
 ジライの目は、もはやハートになっていた。この男は、派手な化粧の方が踊り子らしゅうございますとか何とか言って、セレスを自分好みに化粧してしまったのだ。威圧的な、威厳あふれる、その顔立ちは、踊り子というよりは………女王様。
「それでは、三人で魔族退治に参りましょう。女王………いえ、セレス様♪」
「行くのはいいけど………」
 セレスは忍刀を後ろ手に持つようにして、ジライとシャオロンを見つめた。
「あなた達、外見は完璧だけど、しゃべらないでね。声を出したら、一発で男ってバレるわよ」
 低音の男性声の美女と、声変わり前の少年の声の美少女。シャオロンの方は、まだゴマかせるかもしれないが。
「ああ」
 美女が口元ににっこりと笑みを浮かべる。
「ご心配無用ですわ、セレス様。必要とあらば、変装にふさわしいように改められますもの」
 セレスの全身に鳥肌が立った。
 美女がその顔にふさわしい、ハスキーな、なまめかしい声を出したのだ。声質も口調も全く変わっている。
 シャオロンも驚いて身をのけぞらせている。
「私、変装術、得意ですのよ。完璧に女でございましょ?」
「そ、そうね」
 美女が腰をくねらせ、しなをくる。
 セクシー・ポーズをとる美女にしか見えない!見えないのだけれども………
「やめて!ジライ!中身があなただと思うと、気持ち悪くて吐きそうだわ!普通にしゃべって!」
「気持ち悪くて………吐きそう?」
 いつもの低い声でそう呟くと、ジライはうつむき、ぶるぶると体を震わせた。右手を己の心臓に当てながら。
「あ、ごめんなさい、言い過ぎたわ」
 セレスは慌てて謝った。
 しかし………
 ジライは落ち込んでいるのでも、怒っているのでもなかった。セレスの言葉の暴力にうっとりとし、被虐の悦びに浸っているのだ。
「気持ち悪くて、吐きそうとは………ああ、そこまで嫌われてしまうなど、そんなぁ………」
「だから、ごめんなさいってば!」
「そうですよ!ジライさん!すばらしい技です!」
 セレスの横のシャオロンは両の拳を握りしめていた。
「すごい技です!初めて、見ました!じゃない、聞きました!」
「む?」
「変装術ってすごいんですね!姿かたちだけじゃなくて、声まで変えるなんて!お見事です!」
「うむ」
「どうしたら、そんな事ができるんですか?修行を積んだらオレにもできるんでしょうか?」
「ふむ」
 美女の姿の忍者は、顎の下に手をそえ首を傾げた。
「………一度、喉を潰す覚悟があるのなら」
「大丈夫です!オレ、どんな修行にも耐えます!」
「駄目〜〜〜〜〜!」
 二人の間に、セレスが割って入る。
「シャオロン、あなたは武闘家になるのよ!変装術なんか必要ないわ!あなたは、あなたにしかできない事をすればいいの!隣の芝生がどんなに青くても、必要のない憧れなんか抱いちゃ駄目よ!わかったわね!」
「は、はい」
「ジライ!この子がどんなにお願いしても、変装術は教えないでちょうだい!わかったわね!」
「はあ、心得ました」
 セレスは、ハアハアと肩で息をした。怒鳴ったせいで、頭痛がひどくなってしまった。
「………じゃ、行きましょか」
 変装に予想以上に時間がかかってしまった。が、本当はのんびりしている暇はないのだ。精神系の魔法の影響がいつ表われてくるかわからないのだ。宦官達を倒してハーレムの女性達を助け、早く建物から出なくては。
 敵の狙いは何なのだろう?
 結界を張っている者、洗脳魔法をかけている者、セレス達をハーレムに移動魔法で送った者は、同一人物なのだろうか?この妖しい魔法でセレス達も操ろうとしているのだろうか?


 音も無く敵の背後に忍び寄り『ムラクモ』を振るう美女。
 竜巻や鋭い爪で、敵を浄化する美少女。
 部屋を出てからサロンに向かうまでの間、二人は目にした宦官警備兵達を次々に葬っていった。魔と契りを結んだ彼等は、一握の塩を残して消滅してゆく。
 セレスはもっぱら二人の戦いぶりを見るだけだった。神聖魔法の祝福をかければ忍刀でも魔族と戦えるものの、セレスの魔法ではその効果は三分ともたない。危機(ピンチ)となったら加勢しようと、いざという時の為に魔力を温存しているのだが………二人はまったく危なくならないのだ。
 セレスは姫君のように二人の従者に守られ、通るべき道を切り開いてもらって進んでいった。


 サロンの入口の扉は開いていた。
 漂う血と肉の腐敗臭、そして濃い香の匂い。
 扉の陰に隠れながら、中を覗き、セレスが口元を覆う。
 扉の先では魔族の宴が繰り広げられている。
 欲望のままに猛り容赦なく女を貫く者、複数で女を嬲る者達、死姦する者、サロンに積み上がった全裸の女性の死骸を菓子か何かのように貪りながら踊り子の舞を見る者達………十四人の宦官がいた。
 性欲と食欲の権化のようだった。
 その凄惨で淫靡な宴を、処女の女勇者が直視できるのか?ジライは女主人を気遣ったのだが………
 杞憂であった。
 女勇者は………怒っていた。
 激しく怒っていた、人の尊厳をふみにじる魔族に………
 女をなぶる黒人達に対してだけ怒っているわけではない。
 宦官達の押し殺していた憎悪・欲望を解きはなち、彼等を人外の歪んだ姿に堕とした魔に対しても………怒っていたのだ。
 サファイアの瞳は、目をそらさず、まっすぐに前を見つめていた。
 忍刀を持たぬ方の手―――右手が宙に上がる。何かをつかむように、右の指を折り曲げる。
 自分の持つべき武器が、そこに来たるように。
 そして、そのまま、サロンに飛び込もうとする。『勇者の剣』の飛来すら待たずに。 
 怒りに我を忘れているのだ。
「お待ちを、セレス様」
 忍者ジライは背後から彼女の肩をつかんだ。
「おなご達が死にますぞ」
 ビクッ!と女勇者の体が強張る。
「十四人を一度に浄化できるのですか?」
「あ」
 肩越しにセレスが振り返り、忍者を見上げる、困惑した表情で。
「一人でも残せば、きゃつら、おなごを人質にするでしょう。それで、よろしいのですか?」
「私………」
 セレスはつらそうに瞳を伏せ、右手を力なく落とした。
「ごめんなさい………そうだったわね、その為に変装までしたのよね………ありがとう、ジライ、止めてくれて」
「いえ」
 ハーレムの女性の生死など、ジライは気にもかけていなかった。しかし、女勇者の行動によって、ハーレムの女性が殺害されるのはまずい。セレスが自分を責めすぎて、不眠症となって美しい顔に隈をつくられては大変だし、心労のあまり胃でも痛められては大事(おおごと)だ………そう思って止めたのだ。
「私が天井をつたい、反対へ行きます」
 宦官達の居る位置から、忍者が瞬時に戦術を立てた。
「十秒以内に、五人、殺れます。側のもう一人を加えた六人を、私めが始末します。あちらの死体喰いの四人にはシャオロンが竜巻を。左右の手で二つ放ったら、すぐさま斜め向こうの輪姦中の三人へ、竜巻を。セレス様はあそこの、一人離れておなごを抱いておる、あやつ、アレを斬ってください。神聖魔法の祝福をかけた忍刀で。浄化魔法でもよろしゅうございますが」
「あの男ね………」
(われ)が向こうまで辿りついたらすぐさま竜巻じゃ、シャオロン。おまえの竜巻を合図に、我とセレス様は標的へと走る」
 忍者は、女勇者や自分よりも後方に控えている少年へと視線を向けた。
 しかし………
 少年はサロンの中を見ていなかった。『龍の爪』を装備した両手をだらりと垂らし、廊下の彼方を見つめていた。半ば夢見るような瞳で。
「シャオロン?」
「光………」
 少年がポツリと呟いた。
「白い光と………黒い渦」
 ふらりと、少年が歩き出す。
「彷徨う………光」
 セレスが手を伸ばした時には………
 少女の姿をした少年は走り出していた。風のような速さで。
「シャオロン!」
 慌ててセレスが後を追う。
 しかし、少年の速さについてゆけない。距離が開くばかりだ。
「………あやつ、首根っこをおさえましょうか?」
 セレスの横に追いついたジライが問う。走りながらセレスはかぶりを振った。
「駄目。ああなった時のシャオロンには何かが来てるのよ」
「何かが来てる?」
「霊的なもの」
「ほう」
「私には何にも見えないけど、絶対、そうなのよ。しばらく様子を見て」
「承知」
 青いタイルや宝石をふんだんに埋め込んだ廊下を、シャオロンは走っていた。
 だが、その姿が、フッとセレスの視界から消える。
 跡形もなく。
 急に。
「シャオロン!」
「おさがりください、セレス様!」
 ジライは周囲を注意深く見回し、少年が消えた辺りの床を狙いクナイを投げた。クナイも、又、宙でその姿を消した。
 次にジライは『ムラクモ』を抜刀し、宙を一文字に斬った。聖なる武器はジライの正面ではその刀身の切っ先から半ばまでを消したのだが、右手を伸ばし刀を水平に構えた時には何事もなかったように冴え冴えとした美しいもとの姿に戻っていた。
 消えているのではなさそうだ。その場所に入ったモノが、人の目から見えなくなるだけのようだ。
 ジライは最初は左の指先を、つづいて手を、足を、半身を、と、次々に体をその場所へと伸ばし、半ば消えている自分の体をいぶかしそうに見つめた。
「平気?痛くないの、ジライ?」
「つゆほども痛みはありませぬ。セレス様、この場所に立つと扉が見えます」
 ジライが指したのは壁だ。壁が続いているように見える、少なくともセレスが立っている位置からでは。
「シャオロンの姿は見当たりませぬ。扉の内に入ったのやも」
 先に入って様子を窺って来るという忍者に、セレスはかぶりを振った。
「いいえ。一緒に行きましょう。多分、白い光と黒い渦というのが、その先にあるのよ」
 少し進むと、セレスの目にも、朱塗りの木製の観音扉が見えた。
 扉を開くと、地下へと続く螺旋階段が目に入った。薄暗かったが、ぼんやりとした淡い光が階段の下にあるのが見えた。
 そこに―――人影がある。
「セレス様」
「行くわ」
 止めようとするジライの手を払い、セレスは階段へと足を向けた。忍刀を握りしめて。
 ほんの一段、踏み降りると、
「おや、又、お客様ですか」
 ゆったりと落ち着いた声が、底から響いてきた。


 目についたのは、床に届きそうなほど長い黒髪だった。まるで夜の河のように暗く、流れるような髪だ。
 身にまとっているのは魔術師の黒のローブ。右手が抱いているのは、木製の魔法使い専用の杖。精神力を高め、時には魔法の媒介にも使う神秘の道具だ。
 肌の色は白く、目は青い。穏やかな、女性的な顔をしている。美しい男だ。
 その人物が自らを淡く白く輝かせながら、螺旋階段の下の地下室の中央に佇んでいるのだ。やさしそうに微笑みながら。
「ようこそ、お嬢さん方」
 よく通る、耳に心地よい声だった。
「女性とお会いするのは、久しぶりです。こんな飢えた状態では、どんな一風変わったお顔の方でも愛らしくみえるところなのですが」
 階段の上のセレス、ジライを見てから、男は視線を下げ、自分の側を見る。シャオロンが男のそばにたたずんでいる。
「二つとない素晴らしい花束に出会えるとは嬉しい限りです。長生きはするものですね」
「あなた………誰?」
 男とシャオロンを見つめながら、セレスは階段を下る。忍刀を握ったままで。
(この人………誰かに似ているわ)
 初対面だと思う。相手の顔に覚えはない。けれども、その声を耳にした時から、何かを思い出しかけているのだ。
「あなたこそ、どなたなのです?私と出会えたということは、強力な光の加護を受けた方なのでしょ?」
「え?」
「踊り子の衣装に身をやつしておられますが、王族の方ですね?」
 男は問うというよりは、単に確認する為に尋ねたような口調だ。
「私………王族じゃないわ」
「おや?そうなのですか?そっくりなのに?」
「そっくり?」
「髪の色をのぞけば、瓜二つではありませんか、あの方に」
 セレスは螺旋階段の手すりから、身を乗り出した。昔からよく言われてきたのだ、自分の顔がある人に似ていると。
「あなた、エリスおばあ様をご存じなの?」
「エリスおばあ様?」
 相手は口元に手をそえ、微かに首を傾げる。
「ああ、そうでした、エリス様………改名なさったのでしたっけ。エリス様のお孫様というと………あなたは、セレス様、今世の女勇者様?」
「ええ」
「なるほど」
 得心がいったという顔で、男は微笑んだ。
「ならば、ここに来られてもおかしくはないです。あなたとあなたの従者に対してならば、私の結界は開かれているはずですから」
「結界?」
 セレスはドキッとした。
 この男が………結界の術師………?
 そうなのだろうか?
 更に階段を下ろうとするのを、肩をつかまれ止められる。振り返れば、ジライが無言のまま首を左右に振っていた。
「でも」
 ジライがそっと耳打ちしてくる。
「あの男の足元をよくご覧ください。あやつ、邪法の魔法陣の上に立っております」
「え?」
 よく見れば、男の足元に小さな円があり、その内に複雑な模様がある。神聖魔法以外の魔法はよく知らないセレスでも、それが何らかの魔法の魔法陣である事だけはわかった。
「邪法の魔法陣………?」
「見た事なき型にございますが、あれに刻まれた文字は幾つか読み取れます。『封印』、『時』、『死』………あれに近づいてはなりません」
 魔法使いの杖を手に、魔法陣の中央に佇む男。その顔から全く邪気は感じられなかったが、先ほどから男はその場に佇んで見上げてくるばかり。全く歩こうとしないのも、確かに変だ。
「でも、シャオロンが………」
「私めにお任せを。セレス様はここでお待ちください」
 そういうやジライは………
 手すりを飛び越えた。左手でトゥルク帽と鬘をおさえ、ベールとドレスの裾を宙に舞いあがらせて。
「おや」
 魔法陣の男が楽しそうに笑みを浮かべる。
 ふわりと、体重を感じさせぬ軽やかさで床に着地し、ジライはシャオロンと男の間に入った。右手にクナイを握って。
「セレス様の元へ戻りなさい、早く」
 変装にふさわしい女性の声で、ジライは鋭く命じた。しかし、少年からは反応が返らない。
 ジライは目の端で、シャオロンを見た。魔法陣の男を見上げる少年は、まるで、彫刻のようだった。両手は力なく垂らしたまま。その顔からは一切の感情が抜け、半ば閉じられた目も、何も見ていない。
 完全に正気を失っている。
「シャオロンにかけた術を解きなさい」
 クナイを構え、恫喝する美女。
 魔法陣の男は肩をすくめた。
「私がかけたわけではありませんよ」
「嘘をつきなさい!」
「本当です。その子………敏感すぎるみたいですね。魔族の術にほぼかかってます」
「なんですって?」
「正気を失いそうになったので、それで、逃げて来たのですよ。私の側ならば光の加護が強いので、術のかかりが遅くなります。何で私に気づけたのかはそこはちょっとわかりませんが、無意識なのか父祖の霊の助言か………ともかくも、ここなら安全だと察してやってきたのですよ。上にいたら、もう魔族の駒となっていましたね」
「………でたらめを」
「そんな怖い顔をしないでくださいな、忍者ジライ」
「!」
 ジライは魔法使いの姿の者を睨んだ。何故、忍者ジライの名を?それに、何故、この変装が見破られるのだ。女性の声音でしゃべっているというのに。
「私が何を言っても、あなた、口先だけの言葉としか思ってくれないでしょう?証拠を見せます。その子を洗脳しようとしている魔法、まあ、それはあなた方の頭痛の素なんですがね、それを綺麗さっぱりなくしてあげます」
 と、言った後、黒髪の魔法使いは天井を見上げた。
「むろん、ついでに魔族も始末します。腹立たしいほど下品な魔法を使ってますよね、この術師。何なんですか、あの宦官達の姿。ハーレムを蹂躙するにしても、もう少し、綺麗にやればよいものを………」
 左頬に手をそえ、溜息をつく。
「美的センスがなさすぎます。許せませんね」
 相手の視線は、サロンがあった方角に向いている。千里眼の魔法で、後宮の女性を辱める黒人宦官が見えているのだろう。
 魔法使いは呪文を低く詠唱し、手で複雑な印を次々に結んでゆく。
 あやしげな魔法を使われてはたまらないと、ジライはクナイを投げようとした。
 しかし、螺旋階段からセレスの制止の声がかかる。
「邪魔しちゃ駄目!浄化魔法よ!」
 しかも、高位の浄化魔法だ。
 魔法使いの体から、まばゆい、あたたかな光が広がる。爆発的に広がる光の渦は、シャオロンを、ジライを、セレスを飲み込み、壁や天井をつきぬけて広がってゆく。
 清きものを守護し、邪悪を討つ、神の御力。
 欠けたるものが満たされてゆくような充足感。
 神を身近に感じる至福。
 セレスは安らぎを感じていた。肉体的苦痛――頭痛も消えている。と、同時に、光が建物中に広がってゆくのを感じ取っていた。
 サロンの様子が見えた。
 黒人宦官達は、皆、光を浴びて、消滅した。人の心を取り戻し人ならざる身に堕ちた己を恥じた彼等は、自らを神に捧げ、自らの命を絶つ事で内なる魔を滅ぼしたのだ。
 心を縛られていた女性達からも、呪縛が消える。理性を取り戻した彼女達は、血みどろの死体あふれるサロンの恐ろしい現実に悲鳴をあげ、両手で顔を覆い嗚咽する。いっそ、魔族に殺されていればよかったと嘆きながら。皆、スルタン以外の男性と情を通じてしまったのだ。妃達は死罪、女奴隷達も良くて家臣に払い下げ、悪くすれば処刑だ。
 魔法使いは次の呪文を詠唱した。
 女達が泣くのをやめ、動き出す。
 衣服を着ていた者は皆、着衣を脱ぎ、裸体となった。そして、裸のまま、サロンを離れ、廊下へと出てゆく。
 彼女らの衣服は発火し灰となって消え失せ、衣服だけを焼いた後、炎も又、消え失せる。
(え?)
 戸惑うセレスに、魔法使いが答えを与える。
「血や精液のついた衣服を脱ぎ捨て、体を清めてもらった後、自室に籠り内側からバリケートを築いてもらいます」
「え?」
 サロンの映像が消え、現実だけが見えるようになる。
 黒髪の魔法使いはやさしく微笑んでいる。
「ハーレムで生き残っている女性達は、皆、宦官が魔に憑かれた時、たまたま(・・・・)自室に居たので難を逃れられたのですよ。そう思い込み、その状況にふさわしい状態を自分達で造り出せるよう幻術をかけました」
「………」
「むろん、今、自分達がやっている事もじきに忘れます。彼女らは、スルタンの為に(みさお)を守り抜いた自らを誇りに思うでしょう」
「………ありがとうございます」
「ああ、それから、妊娠の心配もありません。さきほど、皆、浄化の光を浴びましたからね、種がついてしまったのだとしても、魔の穢れと共に浄化されました。魔の赤子はもはやいません」
「本当に………なにもかも、ありがとうございます」
 セレスは螺旋階段を下り始めた。
「セレス様!」
 叫ぶジライに、セレスはかぶりを振った。
「大丈夫よ、ジライ。浄化魔法を使える方だもの、魔族でも大魔王教徒でもないわ。この方は、私などよりよっぽどうまく、ハーレムの騒動を鎮めてくださったわ」
 セレスは地下へと降り立ち、ゆっくりと歩を進めた。
 あれ?ここ何処?と、いった感じに、きょろきょろと辺りを見回すシャオロン。
 渋い顔で、クナイを掌で弄んでいるジライ。
 二人の横を通り過ぎ、セレスは魔法陣の前に跪いた。
 セレスが魔法使いの前に跪いたので、慌ててシャオロンがそれに倣う。忍者も膝を折ったが、クナイを左手に持ったままだった。
「お力添え、感謝いたします。お察しの通り、私は勇者ラグヴェイの末裔、勇者ランツの孫、今世の勇者セレスにございます。スルタンとの謁見中、何ものかの術によって供の者と一緒にハーレムに飛ばされ、異常に気付き、魔を狩っていた次第にございます」
「………従者の数が足りませんね。赤毛の傭兵と武闘僧はどうしたのです?」
「私の従者をご存じなのですか?」
「カルヴェルに教えてもらいましたから」
 魔法陣の男がパチンと指を鳴らす。
 すると、セレスの前に『勇者の剣』が現れた。背に固定するバンドごと、物質転送されてきたのだ。移動魔法同様、空間を渡る魔法の為、物質転送魔法も魔力の消耗が激しい。無詠唱で難なくやってのける魔法使いなど、そうそう居ない。こんな事ができるのは超一流の魔法使いだけだ。
「お師匠様のお知り合いなのですか?」
「ええ、まあ」
 その者はその場で一回転してみせ、魔術師のローブと床まで届きそうな黒髪を翻した。
「この姿を見れば、だいたいわかるでしょ?」
「………そうですね、お二人とも大魔法使いなのですね」
 黒髪の男はニコニコニコとカルヴェルのように笑っている。
「………それで、赤毛の傭兵と武闘僧は何処です?二人ともとても大柄なのでしょ?女装したのですか?」
「いいえ。アジャンとナーダは王宮には来ていません。今は、多分、タブールの宿に戻っていると思います。王宮にはシャオロンとジライとだけ参りました」
「何だ、そうなのですか」
 魔法使いは微かに表情を曇らせた。
「残念です。二人の女装も見たかった………」
「………見ない方がいいと思いますよ」
 アジャンとナーダの女装姿を想像し………
 セレスはうっぷと口元を覆った。
「それで、あの、魔法使い様、ご尊名を伺ってもよろしいでしょうか?」
「私の名前………ですか?」
 魔法使いは青の瞳を細め、口元に手をそえ、微笑を浮かべる。
「私の名前を聞いたら、あなた方、びっくりすると思いますよ」
「え?そうなのですか?でも、よろしかったら、お教えいただけませんか?」
 黒髪の男はにっこりと微笑んだ。しかし、その青の瞳が、悪戯好きの子供のようにキラッと輝くのを、忍者ジライは見逃さなかった。
「………私、ナーダと言います。偶然にも、あなた方の仲間の武闘僧と同じ名前なのでよ」 
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