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女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

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英雄の墓―――ペリシャ編 2話

 闇が蠢く………
 巨大な闇が………
 底知れぬ無限の闇が………


『ケルベゾールド!覚悟!』
 ホーランの『勇者の剣』が闇を斬り裂く。
 闇と化していたケルベゾールドの憑代は、一握の塩を残し、消滅した。
 勇者ホーラン、僧侶マハラシ、戦士ゲラスゴーラグンの顔に笑みが浮かぶ。
 けれども………
『キャァァァァァァ!』
 女魔法使いユーリアの悲鳴が響き渡った。
 身を二つに折り、跪くユーリア。彼女の元に最初に駆けつけたのは、聖戦士シャダムであった。
『闇が………私の中に………』
 ユーリアは魔法で周囲の時を止め、駆け寄ろうとしていた仲間達の動きを止める。最後の願いをシャダムに伝える為、やさしすぎる仲間達の介入を拒んだのだ。
『憑かれたわ………ケルベゾールドに………』
『気をしっかりもて!浄化魔法をかける』
『無駄よ………私に悪心があったのね………こうも簡単に憑依されるなんて………従者失格だわ』
『あきらめるな!必ず助ける!』
『殺して、シャダム………』
『ユーリア!』
『今ならまだ、完全にとりこまれていない………あなたの剣でも、私を浄化できるはずだわ』
『何を馬鹿な………』
『早く………このままでは私を器にして大魔王が復活してしまう………殺して』
 シャムシール『銀の三日月』の使い手は、かぶりを振った。
『嫌だ』
『もう時間がないわ………早く、殺して』
『………できない』
『シャダム』
『愛する女を………この手にかけられようか』
 ユーリアは瞳を見開いた。
『シャダム………あなた………』
『ずっと君を愛していた』
『そんな………私、あなたに嫌われているものとばかり』
『ペリシャ教の戒律が捨てられず、己を偽ってきたんだ………だが、本当は………ずっと君に惹かれていた。愛している………君を失いたくない』
『シャダム………』
 苦しそうに顔を歪ませていた女魔法使いが微笑む。嬉しそうに、目の前の聖戦士を見つめて。
『駄目よ、シャダム………あなたの教えでは、私は罪の女。穢れた存在よ。私のような女を愛したら、地獄に堕ちてしまうわ………忘れなさい、シャダム、何もかも。女魔法使いユーリアは魔の誘惑に負けて、魔に堕ちるのよ。そんな女を、誇り高いペリシャの聖戦士は憎まなければいけないわ』
『よせ、ユーリア!呪をかけるな!』
『軽蔑し、憎みなさい。そして、あなたが私を殺すのよ』
『やめてくれ、ユーリア!言霊で俺を操るな!』
『殺して、シャダム………あなたの手にかかって死にたい』
『嫌だ!』
 聖戦士の右手がゆっくりと上がる。呪に抗おうと聖戦士は魔力を必死に高めたが、彼の意志に逆らい、聖なる武器が女魔法使いを狙う。
『無駄よ、シャダム。私の方が圧倒的に魔力が強い』
『ならば………こうする』
 シャダムは愛剣の切っ先を自らの喉に向けた。
『シャダム!』
『愛している、ユーリア………君を殺す事などできない。君が罪の女であろうとも、魔となろうとも、俺にとって、君はただ一人の女だ………』
『そんな事を言っては駄目………シャダム』
『君を殺したら、待っているのは絶望だけだ。俺は俺を憎む!全てを憎むだろう………君の体から離れたケルベゾールドは俺の醜い心に惹かれ、俺に憑くに決まっている』
『シャダム………』
『………君を殺す事などできない』
『………馬鹿な人』
 女魔法使いの紫の瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。
 黒い気が女魔法使いの体に徐々に染み込んでゆく。
 嫣然と微笑み、女魔法使いが呪文を唱え始める。
 神聖魔法の一種と思われたが、シャダムには聞き覚えのない呪文だった。
 長い詠唱だった。
 その間、二人は瞳に互いの姿を映し、闇に囚われる苦痛と戦いながら女魔法使いは愛しい男に微笑みかけていた。
 全ての詠唱を終えた女魔法使いは、己の胸に聖なる力をこめた右手をあてがった。その瞬間、清らかな白い光が華々しく輝き、瞬く間に収縮した。
 光の消滅と共に、黒の気が急速に彼女の中にとりこまれていく。ケルベゾールドの魂が、ユーリアの内に………
『ユーリア!』
 呼びかけに応えるかのように、女魔法使いは微笑んだ。彼女のものとは思えぬ妖艶な笑みを作って。
『………ケルベゾールドと強い絆を結び合ったのよ』
『なに?』
『魔族はね、この世に存在する為には、力の大半を封印しなければいけないの。無理に力を行使すれば器が壊れ、人の世との縁が切れて魔界に戻ってしまうから。でも、さっきの呪文で、私は神の祝福を棄てたから………魔にふさわしい器に自分を造り変えたから………光の世界の制約を受けずに、ケルベゾールドは力を行使できるようになったのよ』
『ユーリア?』
『私達は完全に融合したのよ。ケルベゾールドは私、私はケルベゾールド………もう離れられないわ』
『なぜ、そんな?』
『私達はもう固く結びついているから………私が死ねばケルベゾールドも死ぬ。次の憑代には移れないわ………ホーランにも、マハラシにも、ゲラスゴーラグンにも、そして、あなたにも………そういう形でケルベゾールドを呪縛したの。さよなら………シャダム』
『ユーリア!』
『ケルベゾールドがここから離れたいと望んでいるの。逆らえないわ』
『行くな!』
『なにもかも忘れて、シャダム。私はじきにこの姿を捨てるわ。私が大魔王では、おひとよしのホーランは斬れないもの。影を送るわ………私の姿の影を………あなたが斬るのよ。この世界から裏切者の女魔法使いを殺すのよ』
『頼む!やめてくれ!呪をかけないでくれ!』
『あなたが斬って………ホーランとゲラスゴーラグンの為に。私を愛してくれた優しい北の国の戦士に、私を斬らせないで………』
『ユーリア………』
『生きて、シャダム………あなたは光の戦士のままで。私への愛など忘れて、輝かしく生きるのよ』
『忘れない!忘れるものか!君が呪で俺の思いまで消すというのなら、俺は、今、ここで死ぬ!』
『シャダム………』
『愛している、ユーリア………この思いを失わせないでくれ』
『………どうしようもない人ね、あなたって………』
 ユーリアは微笑んだ。その気を黒く染めながら。
『あなたの私への思いは消さないわ。でも、今は忘れて、ホーランとゲラスゴーラグンの為に………』
『ホーランとゲラスゴーラグンの為………?』
『あの二人には、私は魔に堕ちたと信じさせて。私が心を保っていると知ったら、あの二人はケルベゾールドと戦えなくなるわ。二人の為に………今は愛を忘れて………私を憎むのよ』
『今だけだな?』
『ええ』
『俺は思い出せるのだな?』
『時が来れば、あなたは思い出す………でも、それまでは忘れるのよ、シャダム。何もかも………』


 幻は消えた。
 シャオロンは、冷めた笑みを浮かべる英雄の霊と、荒れ地にたたずんでいた。
《ユーリアは、俺のユーリアへの思い、大魔王に憑依された後の彼女との会話、それらの記憶を忘れさせた上で呪をかけた。勇者一行に女が加わった時に記憶が戻るという妙な呪を。更に、彼女は俺に別の呪もかけた。女魔法使いの堕落を世に広め、心弱き女を二度と従者に加えぬよう強く世に訴えよ、とな》
「それじゃあ………」
《俺はユーリアの術に完全にはまった。『勇者の剣は女を嫌う』というざれごとを世に広めたのも俺だ。俺やホーラン、ゲラスゴーラグンの心の安息を願い、ユーリアは俺達が死ぬまで悪を演じたのだ。あれは愚かしいほどに優しい女だった………》
「それでは、ユーリア様は………」
《ユーリアは影を俺に斬らせた後、その美しい姿を捨てた。以後、ずっとおぞましき大魔王の姿をとり続け、己が正体を隠したままホーランの刃にかかり、この世から消滅した》
「………ご立派な方だったんですね」
《そうだ。英雄の名は、俺よりも彼女にふさわしかった………今世の勇者の従者よ、今日、見た真実を、今世の勇者に伝えてくれ。そして、いつか、我が友ゲラスゴーラグンにこの真実を伝えて欲しい》
「ゲラスゴーラグン様に?でも………」
 ホーランの時代から六百年以上の時が流れているのだ。バンキグ国王に即位したゲラスゴーラグンも遥か昔に亡くなっている。
《あの男の魂はまだこの地上に居る》
「え?」
《あれは得心がゆくまで、一歩たりとも前に進まぬ頑固な男。ユーリアの無実を主張し続けていたあの男が、彼女の汚名がすすがれぬまま、今世を去るはずがない》
「それでは、ゲラスゴーラグン様の魂は今世にとどまっておられるのですか………お墓はバンキグですね?」
《俺の方が先に逝ったので、あれが何処に葬られたのかは知らぬ。だが、おそらくバンキグだろう》
「………北方なんですね」
 シャオロンは悲しくなった。北方諸国のケルティ・バンキグ・シベルアとは国交が断絶している。もう百年近く北方とは国レベルでも民間レベルでも交流が無いのだ。バンキグの墓所を訪れるなど不可能だ。
 けれども、シャダムの願いをかなえたかった。何としても。
「セレス様は………今世の女勇者様は北方に向かわれないかもしれません。今、北方に行くのは難しいんです。でも、オレ………何とかします!オレ、頭、良くないし、てんで子供ですけど………セレス様の側にはオレなんか足元にも及ばない凄い方達がいます!」
 シャオロンは拳を握りしめた。
「武闘僧ナーダ様はすっごくものしりで、各国の王様とも対等に渡り合っていて、えっと、セイジテキカケヒキも上手な方です!きっと、何か打開策を見つけてくださいます!それにアジャンさんはエーゲラ(いち)の戦士で、むちゃくちゃ強いのに、とてもやさしい方です!女の方をとても大事にするし………きっとユーリア様の為に働いてくれます!それに、セレス様のお師匠様は今世一の大魔術師カルヴェル様なんです!先代勇者様と一緒に大魔王を倒した、もの凄い魔法使いなんです!きっとどうにかしてくれます!だから………」
 顔を真っ赤にした少年。その頬を熱いものが伝わってゆく。ポロポロと涙がこぼれてゆく………
「ごめんなさい。オレじゃ、シャダム様のお力にはなれないと思います………でも、何とかします………いつか、きっと、必ず………ユーリア様のことをゲラスゴーラグン様にお伝えします」
《今世でなくとも良いのだ》
 シャダムが口元に笑みを刻む。
《勇者一族さえ真実を知っていてくれれば………いつかはホーランの子孫が、ゲラスゴーラグンの子孫にまみえる事もあるだろう。その時、真実と共に謝罪を伝えてもらえればよい。俺が間違っていたと………謝罪の気持ちを北方の戦士に伝えて欲しい》
「間違っていた?」
《俺は生涯、ゲラスゴーラグンを侮辱し続けた。ユーリアが神聖な誓いを破って堕落するはずがないと、仲間を信じたあの男を嘲笑ったのだ。女の外見の美しさに惑わされ真実を見失った愚か者と………ののしったのだ》
「でも、シャダム様はユーリア様の魔法に操られて、ユーリア様を非難しちゃったんでしょ?仕方がなかったのでは?」
《いや。同じ魔法をかけられたのだとしても、ゲラスゴーラグンならば魔法に踊らされなかった。あれは信念をもって仲間を信じていた。ホーランを、マハラシを、ユーリアを、そして俺を………あれは信じきっていた。魔族を憎み地上の和を求め集った我等は、己の武器と名とそれぞれの神にかけて、仲間を信じ助け合う事を誓っていた。ゲラスゴーラグンは、その神聖な誓いを最後まで守りとおしたのだ。しかし、恥ずかしい事に俺は………心の奥底では異教徒である仲間を信じていなかった。それ故、ユーリアの術に簡単にはまり、最愛の人の名を辱め、仲間の誇りを傷つけ続けたのだ》
「シャダム様………」
《勇者の従者よ………そなたの心には迷いがある。勇者と仲間への不信がある。だが、それは愚かしい感情だ。俺のようにはなるな。信じるのだ。戦士としての技量、魔力、知謀など、勇者の従者にとって、それほど重要ではない。共に戦う仲間を信じよ。友が闇に堕ちたように目に映ったとしても、信じ続けるのだ》
「………」
《ゲラスゴーラグンに伝えてくれ………友を信じなかった愚か者が詫びていたと………》


 気がつけば、シャオロンは一人、墓所に佇んでいた。日は傾き、何処かで鳥が鳴いていた。
 シャダムの霊は再び眠りに就いたのだ………
 もはや墓の形すらない遥か昔に造られた英雄の安息の場所に、東国の少年は深々と頭を下げた。そして馬を引いて、もと来た道を戻って行った。


 イスファンの街に着いた時には、日はすっかり暮れ、空には星が瞬いていた。もうバザールは終わっている。家族や村のみんなの為の供物を買い損ねてしまったのだ。けれども、この地に眠る英雄の為に動いたシャオロンを、村の誰も責めないだろう。
 急ぎ宿屋に帰り、自分にあてがわれた部屋の扉を開くと………
 熱い抱擁に迎えられた。
「良かった、シャオロン!無事だったのね!」
「………セレス様?」
 抱きついて来たのは………女勇者セレスだった。白銀の鎧はまとっていない。そのやわらかであたたかな感触に、少年はどぎまぎした。
「心配したのよ、本当に良かったわ、無事で」
 顔を離し、セレスは眉をしかめ、口をすぼめ、少し怒った顔をつくった。
「朝食の後に、『ちょっとバザールに行って来ます』って置手紙だけ残して居なくなっちゃって!今、何時だと思ってるの?どこがちょっとよ!」
「あ………すみません」
 シャオロンは慌てて頭を下げた。
「セレス様、それでは行って参ります」
 と、横から声をかけてきた忍者に、女勇者は頷きを返した。
「よろしくね」
「承知」
 ふっと忍者の姿が消える。
「アジャンとナーダを迎えに行ってもらったの。あの二人、あなたが何かトラブルに巻き込まれたんじゃないかって心配して、街まで探しに行ってるのよ」
「え!そんな!すみません!オレも、ひとっぱしり街まで戻って、アジャンさん達を探しに」
「駄目よ、シャオロン」
 セレスは静かにかぶりを振る。
「そんな事してたら今日が終わってしまうわ。月命日、今日なんでしょ?まずは死者の方々への祈りをすませなさいな。その後は………わかってると思うけど、お小言よ。アジャン、すっごく心配してたのよ、帰ってきたら確実に雷を落とすわね。ナーダもここぞとばかりお説教してくるだろうし。ちなみに、私も………かなり怒ってるんだから」
 セレスは少年の小柄な体をぎゅっと抱きしめた。
「あなたに何かあったら、私、自分が許せないわ」
「セレス様………」
「………あなたをケルベゾールドとの戦いに巻き込んだのは、私だもの」
「そんな!セレス様は、オレのわがままを聞いてくださっただけです!村の仇のサリエルをオレが討ちたいって、無理にお願いして、それで」
 セレスはかぶりを振った。
「あなたを従者に迎えた以上、あなたの命を守るのが私の義務よ。あなた達、いつも命がけで私を守ってくれるでしょ?だから、私もあなた達を守るわ………誰一人、欠けて欲しくないもの」
「セレス様………」
 ふと見れば………
 テーブルの上には、花瓶があり、小さな白い花が、数本、生けられていたいた。可憐な花だ。
 死者を慰める為に、この砂漠の国で花を探して来てくれたのは、おそらく………
 目の前の………
 シャオロンは体の震えを押さえられなくなった。
「ごめんなさい………セレス様」
「あら?」
「オレが馬鹿でした。オレ………」


 セレス様のお気持ちを疑ってました。
 オレなど、もう不要だと思ってました。
 何のお役にも立てないオレみたいな従者、もう要らないと思ってました………


「ごめ、ん、なさい………セレス様」
 言葉を詰まらせ嗚咽する少年を、女勇者は慰めた。
「もう怒ってないわ、シャオロン。もう一人で街に出て居なくなったりしないでしょ?泣かないで。あなた、ペリシャ語、全然、話せないから心配だったのよ。シャオロン、お願い、泣かないで………」
「セレス様、オレ、何もできないけど………信じます。セレス様やみなさんを………」
「シャオロン?」
「信じ続けます………何があっても………」
「………」
「聞いてください………オレ、今日………昔の」
「話は後よ。まずは涙をふいて」
「………はい」
「そして、深呼吸。気持ちを落ち着けて」
「………はい」
「落ち着いたら、まずは月命日よ。ご家族の方々、あなたの祈りを待ってるわよ」
「………はい」
「私はここに居るから………ずっと居るから。後で、ね」


 シャオロンは頷いた。
 月命日の祈りを終えたら、英雄シャダムの願いをセレス達に伝え、皆の知恵を借りて考えるのだ。英雄ゲラスゴーラグンに真実を伝える手立てを。
 だが、今は………
 まだ涙が乾きそうもなかった………
+注意+
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