挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

42/151

英雄の墓―――ペリシャ編 1話

「どうゆう事かしら、ジライ……今日という今日は、きっちり申し開きをしてもらうわよ」
 今宵の宿屋の部屋で、女勇者セレスはポキポキと指を鳴らしていた。
 少し前に仲間になったばかりのもと暗殺者―――忍者ジライは、これまでも、やたら背後をとってくれたり、耳に息を吹きかけてくれたりと、いろいろといやぁな事をしてくれたのだが………
 今日ばかりはやすやすと許す気は無かった。
 なにせ、忍者は……
 セレスが寝室の屋根裏に潜んでいたのだ。
 天井に気配を感じ、『勇者の剣』を振るってその剣圧で天井を壊したところ……天井から忍者が落っこちてきたというわけなのだ。
 忍者は片膝をつき、床に跪いた。
「誤解なきよう先に申しあげておきまするが、お命を狙い潜んでいたわけではござりませぬ」
「あ〜ら、そう。そうと知って、嬉しいわ……でも、じゃあ、ど〜して屋根裏に潜んでいたのかしら?」
 ジロッ! と睨む女勇者に対し、忍者の覆面の下の目元がへら〜と笑みをつくる。
「屋根裏掃除などを」
「嘘つきなさい、この変態!」
 セレスは、おもいっきり忍者の顎を蹴とばした。
「H! H! H! H! 見たわね、ジライ! あなた、私の着替え、覗いたでしょ!」
 ドスドスと忍者を踏みつけるセレスは顔中を真っ赤にして、目に涙を浮かべている。寝巻きの貫頭着に着替えるところを覗かれてしまったのだ。恥ずかしくって、顔から火が出そうだった。
 一方、踏みつけられている忍者は……
「ああああああ」
 うっとりと被虐の悦びに酔いしれていた。床に転がって踏みつけられると、貫頭着のおかげで、セレスの美脚は丸見え。太ももまで見えるし、時には下着までチラチラと♪


「…………………………」


 扉の前で硬直していた武闘僧ナーダと東国の少年シャオロンは顔を見合わせ、セレスの部屋の扉を閉めた。セレスの部屋から轟音が響き、敵襲か?と焦り駆けつけてみたのだが……
「……馬鹿らしい」
 ナーダは嘆息し、遠巻きに見ている宿屋の者達の元へと向かった。『大魔王教徒の襲撃ですが、間もなく撃退できます』と適当な嘘をついて、忠義の部下から渡されていた金袋の中身を有効利用する。宿屋の主人には後ほど修繕費を全額支払う約束をした上で、金の魔力を使って野次馬ともども下がらせる。周囲に人影が無くなってから、ナーダはシャオロンに笑みを見せた。
「とても付き合ってられませんね、私達はさっさと寝て旅の疲れを癒しましょう、シャオロン」
「……そうですね」
 シャオロンの表情は暗く、顔は強張っている。
 ナーダは微かに眉をしかめた。
 忍者ジライが仲間に加わってから、すがすがしいほどに元気だったシャオロンが沈みがちになっている。暗殺者であったジライを受けいれられないまま、セレスの側仕えの役を奪われ、襲撃者を瞬く間に撃退する忍者の有能な護衛ぶりを見せつけられているからだ。
 シャオロンはセレスの役にたてぬまま、鬱々とした日々を暮らしているのだ。
(そういえば、明日は……)
 僧侶はにっこりと笑みを浮かべた。
「シャオロン、私達はこの宿に明日も泊まります。明日、私が当地のインディラ寺院を訪れますので」
「あ、はい、お供しましょうか?」
「いえいえ、大丈夫です。あなたは、あなたの予定があるでしょ?」
「え?」
 ナーダは懐から先ほどの金袋を取り出した。多少、使ってしまったが、まだ充分な重みがある。それを少年に手渡した。
「使ってください」
「え?でも、何で、そんな……?」
 ナーダは微笑んだままだ。
「ここペリシャではお酒は販売されてませんからねえ、そのお金で何か良い供物を買ってらっしゃい」
「あ……」
 少年が大きく瞳を見開く。
 明日は、父母、兄達、村人達の月命日なのだ。毎月、シャオロンは月命日に、部屋に仮の祭壇をつくり、香を焚き、酒と供物を捧げ、死者に祈っているのだ。
「あの……ナーダ様」
 おずおずと、少年は金袋をささげ持った。
「お気持ちだけで充分です。オレ、お金なら、けっこう持ってるんです。アジャンさんが、その、正当な護衛料金だって言って、お金を渡してくださるんで……」
「ほう」
 パーティの金庫番のアジャンが、シャオロンに報酬を渡しているなど初耳だった。
「いくら貰っているのです?」
「最近は月に三万ゴールド。大きな戦闘をこなす度に、成功報酬として五万ゴールドいただいています。ちょっともらい過ぎだと思うんですけど、これぐらいが相場だって、アジャンさんが………」
「とんでもない。あなたの働きからすれば安すぎるぐらいですよ。衣食住の面倒をみてあげている分を差し引いたとしても、ね」
 とはいえ、あの傲岸な赤毛の傭兵が、セレスから預かっているお金をやりくりしてシャオロンの報酬分をねん出しているのかと思うと、ほほえましかった。
「まあ、お金はいくらあっても困るものではなし。それは、あなたが使ってください」
「でも」
「では、こう思ってください。そのお金は、ご家族と村の方々への私の気持ちだと。月命日って三年、続けるのでしょ? お香や供物、酒代だけでも、結構な額になります。弔われている方々にしても、自分達の為に、あなたが貧窮にあえぐのは望まないはず。アジャンから貰う報酬は貯蓄に回し、そのお金は今後の供物代にしてください」
「ナーダ様……」
「インディラ教とシャイナ教。信心する神は異なれど、死者を敬う気持ちは同じです。月命日を続けているあなたに、私は敬意を表しているのですよ」
「そんな……オレなんか」
「あなたは立派です。戦士としても、人間としても。その事を、私はよく知っていますよ」
 合掌して軽く頭を下げてからナーダは少年に背を向け、自分の部屋へ戻って行った。


 シャオロンは宿屋の窓から、外を眺めていた。
 街の彼方から朝日が昇っている……
 ペリシャの首都イスファン。砂漠の中に浮かぶオアシスの街。窓から外を見渡すと、整然と建物が遠くまで並び、街の中心を流れる河ぞいには一際大きな豪奢な建物―――王宮があった。北部山岳地帯から流れる河の恵みが、この街を造ったのだ。イスファンより南に下ると、河は次第に細くなり、やがて砂漠に消える。
 インディラやシルクドとの国境の山岳地帯には緑があるものの、ペリシャの国土の七割が砂漠・乾燥地帯なのだ。ペリシャ教という厳しい戒律のある信仰を貫く砂の国……シャオロンにとって、ここはまったくの異郷だ。今までは、インディラ教を国教としているシャイナと同じ宗教圏―――ジャポネとインディラに居た。異国とはいえ、人々の気質には自分に通じるものがあった。が、ペリシャに来てからは、妙に落ち着かない。心が休まらないのだ。
 ノックが響いた。
 こんなに朝早くに誰だろう? 扉を開くと、廊下に赤毛の戦士が佇んでいた。
「アジャンさん……?」
「入るぞ」
 ズカズカと部屋に入って扉を閉めると、赤毛の傭兵はフードマントを脱いだ。砂埃が部屋に舞い、シャオロンは咳きこんだ。砂漠越えでもしてきたような汚れ方だ。
「悪い」
 謝ってからフードマントの下に隠していた物を取り出し、ぽんと部屋のテーブルの上に置く。
「やる」
 水筒だった。
 何なんです? と、尋ねても、赤毛の傭兵は肩をすくめるばかり。シャオロンはアジャンに頭を下げて断ってから水筒の蓋を開け、ハッと驚いた。
「アジャンさん、これって!」
「シッ」
 傭兵は周囲の気配を伺ってから小声で囁いた。
「隠しておけ。外国人でも、そいつを持ってるのがバレたら鞭打ち刑だ」
「でも、これを、一体、どこで?」
 赤毛の戦士はあくびをした。
「蛇の道は蛇ってね。何処の世界にも、俺みたいなはみだし者はいる。やばい事やってでも稼ぎたいって奴も、な」
『使わないんなら、寝台を貸してくれ』と言う傭兵に、少年は頷きを返した。
 魔除けのペンダントをしてすぐにいびきをかいて眠りに落ちたアジャンを、シャオロンは涙目となりながら見つめていた。感謝の気持ちで胸を熱くしながら。
 禁酒を戒律とするこの国で、アジャンはシャオロンの為に酒を探してくれたのだ。今日がシャオロンの家族や縁者の月命日だと覚えていてくれて、砂埃にまみれ(おそらく遠所まで行って)高価なヤミ酒を購って来てくれたのだ。
(アジャンさん……ナーダ様……)
 自分は、今、幸福なのだと……皆に伝えようとシャオロンは思った。護衛役としてろくな働きのできない自分を、見捨てずに大切にしてくれる人間が居るのだ。鍛錬を続け戦士としての技量を高める事が、二人への恩返しだ……
(いつかは、あの忍者よりもオレは強くならなくっちゃ!)


 朝食の後、シャオロンは置手紙を残し、バザール(市場)に馬で出かけた。
 アーチのかかった通りの両側には、似たような大きさの店がずらっと並んでいる。品物の種類ごと職業の種類ごとに店が固まっているので、まずは香を扱う区画に向かい、東国風の線香を買い求めた。
 次に向かったのは、食料品と日用品が揃ったバザールだ。そこで新鮮な果物か菓子を買おうと思ったのだが……
「!」
 シャオロンは、周囲をキョロキョロと見渡した。
 行き交うのは、頭にターバンを巻いたペリシャ人。肌の色が違う、黒人、白人奴隷達。ほとんどが男性で、頭からベールを被り網のマスクで目や顔を隠した女性がほんの少し人ごみに混じっている。
「!」
 もう一度、シャオロンは周囲を見回した。
 確かに、聞こえたのだ。
《勇者の従者よ……》と、呼びかける声が……
 だが、遠い。声は遠くから響いているようだ。
 シャオロンは馬に跨り、声が聞こえてくる方角を目指した。


 イスファンの街を離れ、シャオロンは郊外の荒れ地にやって来ていた。
 土饅頭が盛り上がった土砂の小山が、不規則に並び、幾つも幾つも、何百何千と何処までも続いている。
「ここは……」
 シャオロンはハッ! とした。先日、武闘僧ナーダから聞いた話を思い出したからだ。
『ペリシャ教では神以外のものに祈る事は固く禁じられていますので、葬儀も一周忌などの死者への儀礼も、たいへん質素です。墓参りもほとんどしません。死は神が定めた運命であり、一時的な眠りにすぎないと信じているからです。ペリシャ教にとって、死体は単なる抜け殻、穢れにすぎないのです。ですから、墓所はたいてい郊外にあり、墓も簡単な盛り土だけです』
「ここって……」
 墓所に間違いない。
 シャオロンは慌てて馬を返した。知らぬ事とはいえ、異教徒の自分が墓所に侵入してしまったのだ。ペリシャ教の信者の眠りを妨げる非礼を犯してはいけない。
 けれども……
《勇者の従者よ……》
 呼びかけは、墓所から響いているのだ。
「………」
 シャオロンは馬を止めた。
「どなたです? オレに何のご用ですか?」
《勇者の従者よ……俺の話を聞いて欲しい……そして、かなうなら、俺の言葉を友に伝えてほしい》
「お友達に?」
《俺はとりかえしのつかない過ちを犯した。我が友ホーランとゲラスゴーラグンの為に、俺が犯した罪を、我が友ゲラスゴーラグンに心より詫びたい……俺の墓所まで来てくれぬか、勇者の従者よ……》
「……わかりました」
 ホーラン?
 ゲラスゴーラグン?
 シャオロンは首を傾げた。どこかで聞いたような名前だったが、どこで聞いたのか思い出せない。ペリシャ風の名前でないのは確かだが……
 シャオロンは下馬し、引き綱で馬を連れ墓地を歩いた。馬の蹄で盛り土を壊さないよう、細心の注意を払いながら。
 足を止めるべき場所は、シャオロンにはわかった。
 だが、そこには何もなかった。盛り土すらも。ただ荒れ地が広がっているばかりで、その周囲にも墓は無い。墓所から出てしまったのだろうか?
 けれども、そこは呼び手の墓であった。
 シャオロンの前に、立派な口髭のペリシャ人が佇んでいた。シャムシール(曲刀)を左手に持った、鷹のように鋭い眼の武人だ。その姿は、よく見れば、所々が半透明だ。生者ではない。
《俺の名はシャダム。ペリシャ王の弟にあたる》
「え?王族の方なんですか? でも、じゃ、どうして、こんなさびしい墓所に……」
《寂しい墓所? 外国の者はおかしな事を言う。朽ち果てた後の肉体やその周囲をいかに飾ろうと、何も変わらぬ。亡骸は抜け殻だ。イスファンで亡くなった者は国王といえども、死後はここに葬られる》
「……そうなんですか」
 盛り土だけの墓に身内を葬り、墓参りすらしないなんて、シャオロンには馴染めない考え方だ。しかし、それは、あくまでシャイナ教徒の考え方なのだ。
《勇者の従者よ……俺の眠りを覚ましたのは、今世の勇者だ。女勇者ゆえに、俺の呪は解け、俺は真実を語る事を許された。聞いてほしい。そして、伝えてほしい。我が友ゲラスゴーラグンに、俺が詫びていた、と》


 現実に重なるように幻が見えた。


 焚き火を囲み……
 シャダムと名乗ったペリシャ人が、両腕を組んで不機嫌そうに座っている。
 その横に座り温和な笑みを浮かべているのは、頭を丸めて髭を剃ったインディラ僧だ。ナーダが身につけている武闘僧用のものとは異なり、僧衣の裾は踝にまで達している。
 その隣には、豪快に笑う赤毛赤髭の小柄な男が居た。背こそ低いが、がっしりとした横幅があり、両腕も太く逞しい。背に大きな戦斧を背負い、腰には投斧を下げている。
 更にその隣には……魔術師用のローブをまとった美しい女性が居た。ローブから流れ出るのは月のごとく輝く白銀の髪、さらさらと河のように流れている。勝気そうな眉、不可思議な紫の瞳、よく動く愛らしい赤い唇。
 女性の隣には、金髪碧眼の大柄な騎士がいた。軽口をたたく赤毛の男と女魔法使いの話に、一々相槌をうつかのように、ふむふむと頷いている。彼の背後の木には……人の身長ほどもある巨大な大剣『勇者の剣』がたてかけられていた。


「!」
 シャオロンは愕然とした。
 これは……
 過去の勇者一行なのだ。
 従者の中に女魔法使いがいるという事は……
(二代目勇者ホーラン様とその従者の方々なのだ)


 歴代勇者の話は、セレスから寝物語としていろいろ聞いていた。先祖に憧れているセレスが、目を輝かせ、嬉しそうに語ってくれるのだ。シャオロンは頬を染め、いつも話に聞き入っていた。
 二代目勇者ホーランには、ペリシャ建国王の弟で『銀の三日月』の振るい手の聖戦士シャダム、後にバンキグ国王に即位する『狂戦士の牙』の振るい手のゲラスゴーラグン、インディラ僧侶のマハラシ、女魔法使いユーリアが従っていた。
『シャイナの古代遺跡でのケルベゾールドとの決戦のさなか……女魔法使いユーリアは魔に堕ちたの。勇者一行を裏切ったのよ。ケルベゾールドに挑んだホーラン様を幻影で騙し、窮地に陥っていたケルベゾールドを助け、移動魔法で共に逃げたのよ。ユーリアの堕落に最も心を痛めたのは、北の戦士ゲラスゴーラグン様。旅の途中から、ゲラスゴーラグン様はユーリアの美しさに心惹かれ、熱心に求婚していたそうなの。ゲラスゴーラグン様は最愛の女性の心を取り戻そうと命も惜しまず魔に挑み、四十八回も生死の境を彷徨ったと言われているの。この四十八回っていう具体的な数字は後世の脚色っぽいんだけど、何度も大怪我をされたのは事実だと思うわ。だけど、ゲラスゴーラグン様の思い空しく……ユーリアはホーラン様の命を狙い……仲間を斬れないホーラン様に代わって……シャダム様がユーリアを魔族の呪縛から救ってあげたの。ゲラスゴーラグン様はユーリアが消えた後に残った一握の塩を握りしめ、天を仰ぎ、血の涙を流して号泣したと伝えられているわ』
 女魔法使いユーリア以後、勇者一行に女は加わっていない。心弱き女では魔を払えないと信じられ、『勇者の剣は女を嫌う』という風評が世に広まったからだ。


 なごやかに火を囲む二代目勇者一行。
 彼等の姿は遠のいてゆき……


 シャイナの古代遺跡が見えた。


 そこに……ソレは居た。
 シャオロンは悲鳴をあげそうになった。
 暗い……
 あまりにも黒く暗いものが……
 そこに居たのだ……
 光を穢すおぞましいもの……
 触れてはいけない醜いもの……
 どこまでも深い闇……
 人の形を捨てた、瘴気のごとき闇……
 大魔王ケルベゾールドがそこに居たのだ……
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ