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女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

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師と弟子

 忍者ジライが仲間に加わってから、勇者一行の戦闘スタイルは変わった。
 ジライが忍法を使える為だ。 
 武闘僧ナーダは神聖魔法・回復魔法・強化魔法・弱体魔法を使えるものの攻撃魔法だけは使えず、セレスは神聖魔法しか使えない。
 赤毛の傭兵アジャンは魔法とは全く縁がなく、東国の少年シャオロンも同様だ(シャオロンは『龍の爪』を装備すれば、聖水を降らせたり、竜巻を起こす事ができたが)。
 これまでは、離れた敵とは『エルフの弓』か『龍の爪』の竜巻をもって戦うしかなかった。それが、火焔・わたつみ・大なまず・かまいたち・氷柱・雷の、火水土風氷雷の忍法を用いても良し、手裏剣・クナイで攻撃しても良しとなったのだ(しかも、ジライは複数の人間を一度に倒せる巨大な卍手裏剣『大風車』を持っていた)。
 地中深くに埋められていた呪具を浄化する為に、掘削魔法のない一行はひどい苦労を強いられた事があった。が、これからは同じ状況となっても、ジライの『大なまず』と『雷』の忍法があるので地中のモノを掘り出したり、壊したりする事は困難ではなくなった。
 ジライは敵を弱体化する忍法―――影縫い・眠り・麻痺・幻術や、隠身のような役に立つ忍法も使えた。
 しかし………
 忍法は、持って生まれた魔力を源とする魔法とは異なり、気を練って初めて使用が可能となり、大技になればなるほど長時間、気を練る必要があった。忍法は突発的な事態の対処には、あまり向いていないとジライは説明した(ジライは戦闘前に常に気を練っているとの事だが、五つの大技を使うのが限度だと言っていた)。
 忍法は連発できない性質のものなのだ。
 だが、そもそも………
 女勇者一行は、魔法をあまり使わない。
 武闘僧は、魔族の数が多い時には強力な浄化魔法を使用する事もあった。が、いざという時の治癒魔法の為に、たいてい、魔力は温存していた。彼が常日頃使う魔法は、セレスへの疲労回復魔法ぐらいだ(成人男性並みの重量の『勇者の剣』を背負う彼女は、二〜三時間も歩くとへばってしまうのだ)。
 セレスにしても、唱えられる神聖魔法は初級レベル。魔法を唱えるよりも、聖なる武器を振るう方が遥かに強いので、ほとんど魔法は使わない。
 忍者ジライが加わって多少は改善されたものの……
 やはり、勇者一行は魔法が不得手であった。
 一行に魔法使いが加わらない限り、その状況に変わりは無いだろう。


「きゃああああああ!」
 振り向きざまに、セレスは、遠心力を生かして、左腕で背後に居た者を吹き飛ばしていた。
 ドタン、バタン、ゴロゴロと……部屋の中を転がってゆく者を睨みつつ、セレスは大声をあげた。
「あなたねえ……いい加減、やめてちょうだい!気配を殺して背後に立つのも!耳元でぼそぼそ呟くのも! 鳥肌が立っちゃったじゃない!」
 おぞおぞ〜とする全身を抑えるように、セレスは両腕を組んだ。いつも、こうなのだ。宿屋の部屋で一人でくつろいでいたり、廊下を歩いていたりすると……忍者ジライがすばやい体術で何処からともなく現れ、背後を取って、耳に息をふきかけるようにボソボソと話しかけてくるのだ。
 何しろ、ジライは元暗殺者。何度も命を狙われたセレスは、危険を感じると過敏に反応してしまう。あ、マズい、止めようと思う前に、手足が勝手に動いて……ジライを殴り飛ばしたり、蹴り飛ばしたりしてしまうのだ。
 ジライが背後に立つ→セレスが殴る(蹴る)が、日課になりつつあった。そんなセレスに、シャオロンは怯え、アジャンとナーダは呆れている。
 セレスとしてはこの日課を止めたいので、何度も、ジライに背後に立たないよう注意した。
 だが、ジライは毎回『心しておきまする』とか何とか殊勝な事を口にするくせに、翌日、又、同じように背後を取るのだ。『申し訳ございません、セレス様、私は忍にござりますれば、人の背後をとるのは癖のようなものでして』と、忍者はニコニコ笑うばかり。ちっとも背後に立つのを止めてくれない。
「で、何の用なの、ジライ?」
 不機嫌な為、つい喧嘩腰になってしまう。
 忍者は左の脇腹の辺りを押さえて、ぶるぶると震えていた。そんなに痛がるのなら、殴られかねない登場の仕方を改めればいいのに! と、セレスは忍者を睨んだ。
「実は……」
「え? 何? よく聞こえないんだけど?」
「ですから……」
「え? だから、何?」
「つまり……」
 ぼそぼそっと呟く忍者の小声がよく聞こえない。覆面をしているせいで、声が籠っているのだ。
「もう! あなたねえ! はっきりとしゃべれないのなら、その覆面、取りなさいよ!」
 忍者は脇腹を押さえるのを止め、セレスに対し片膝をついてかしこまった。
「申し訳ございません、セレス様、そればかりはご容赦を。忍にとって素顔を見られるのは死に勝る恥辱。お仕えする主君であっても、素顔をお見せするわけにはいきませぬ」
「だったら、もっと、しゃきしゃき喋ってよ! 男のくせに、ぼそぼそぼそぼそ! 蚊の鳴くような声なんて、みっともない! 聞いてるだけでイライラしてくるわ!」
「ああああぁぁ」
 忍者は胸を押さえ、頭を下げた。
 時々、ジライは胸の動悸を抑えるかのように胸元に手を当てる。結構、頻繁に手を当てるので、胸に持病が? と一時、セレスも心配したのだが、単なる癖らしい。
「覆面を外したくなかったら、もっと聞き取れる声でしゃべってちょうだい。それで、何ですって?」
「……先ほど、武闘僧より伝言を頼まれました。東国の小僧を伴って、当地のインディラ寺院を訪れるゆえ、しばし宿屋を空けると」
「ナーダがシャオロンを連れてインディラ寺院に行ったのね」
 セレスはフーッとため息をついた。
 ジライが仲間に加わってから、間もなく一週間。しかし、忍者は他の仲間に全く馴染んでいないのだ。
 忍者は常に覆面をして素顔を見せず、人前では飲食をせず、同じ宿屋にすら泊まらずに夜は何処かに行ってしまう。日中も居たり居なかったり。居る時は常にセレスの側。話しかけるのも常にセレスに対してだけ。これでは仲間と親しくなるわけがない(アジャンはあからさまな敵意を忍者に示しているので、二人の仲が好転しなくても仕方がないのだが)。
「武闘僧は夕方には戻るとの事。宿屋にはセレス様と(わたくし)めの他には、赤毛の傭兵が残っています」
「ねえ、ジライ。その武闘僧とか赤毛の傭兵って呼び方、やめて」
「む?」
「あなた、仲間になったのよ。親しみをこめて名前を呼ぶ方がいいわ。ちゃんと、ナーダとかアジャンとかシャオロンとか……」
「ご命令とあらば、改めまする」
「ご命令って……そういうわけじゃないんだけど」
「シッ!」
 ジライの雰囲気が瞬時に変わる。覆面の下の目が冷徹な忍のものに変わったのだ。胸元からクナイを取り出し、セレスを背後に庇うように立ち、腰を低くする。忍者は何もない宙をにらみ、クナイを投げつけた。
 空を切り、一直線に進んだクナイが、カーンと音を響かせ、宙で向きを変える。まるで壁で弾かれたかのように。
「物理障壁? 結界魔法ね!」
 セレスも壁にたてかけてあった『勇者の剣』へと手を伸ばす。
 腰の『ムラクモ』を抜刀しようとするジライ。
 だが、そこで、ホホホホと笑うのどかな声が部屋に響き渡った。
 二人の前に、長い白髪、長い白髭の、黒のローブの老人が現れる。右手に握っているのは、魔法使いの杖だ。移動魔法でこの部屋を訪れ、おそらく姿隠しの魔法で室内を伺っていたのだろう。
「お師匠様!」
「おお、カルヴェル様!」
 セレスは、え? と驚いた顔をジライに向けた。
『カルヴェル様』?
 この老人と忍者ジライには面識があった。ジャポネの龍神湖で二人は出会っている。しかし、その時、二人は、セレスの師と暗殺者という立場で対立していた。命のやり取りをしていたのだ。
 それなのに、どうしたわけで……『カルヴェル様』と呼ぶなんて?
「久しぶりじゃのう、セレス。シャイナの荒野でちょいと顔を合わせて以来じゃな。そして、ジライ、おぬしがセレスの味方となってくれて嬉しく思うぞ」
 東国忍者は片膝をつき、恭しくカルヴェルに頭を下げている。まるで臣下のように。
「お師匠様、いつ、ジライと親しくなったんです?」
 老人はホホホホと愉快そうに笑った。
「龍神湖の後、ジャポネの街でばったり会っての、意気投合したのよ」
「敵同士だったのに?」
「それは違うぞ、セレス」  
 老人はニコニコニコ笑っている。
「おぬしとジライは敵同士であったが、わしとジライは敵でも何でもなかった。わしは勇者一行の一員ではないからの」


 カルヴェルは楽しくてたまらなかった。
 素直な性格のセレスは、内面の感情がすぐに表に出る。
 カルヴェルに改めて『勇者一行の一員ではない』と言われ、龍神湖でのカルヴェルの発言を思い出したのだろう。顔を真っ赤にして、口をへの字にし、かわいらしい眉をしかめて、ふるふると震えている。
『わしは、今も昔も世がどうなろうが構わぬ。わしさえ楽しければ、後はどうでもいいのじゃ』
 世の惨状を気にも留めず、己が楽しみに耽り、のうのうと生きている老人。正義を愛するセレスが、その生き方を認められるはずがない。しかし、祖父ランツの親友であり英雄の一人、魔法の師である老人を、軽蔑しきる事もできないのだ。何か理由があって悪役を演じているのだ、そうあって欲しいと願っているのだ。
「それで、お師匠様、今日はどういったご用件で?」
 よそよそしい口調で尋ねてくるセレス。
 本当に、セレスの反応はわかりやすい。
「なぁに、野暮用よ。それと、ジライに会いたくての」
 老人は視線を忍者へと向けた。
「で、どうじゃ、勇者一行に加わっての感想は?」
「は。至福……の一言につきますな」
 忍者は頭をあげた。
「セレス様の御為に働き、セレス様の盾となって戦う……私は生きる道を見つけました」
 老人は忍者の目を見つめた。ジライは穏やかに笑みを浮かべている。
 上忍に刃向う意志すら持てず、理不尽な支配を受け入れ、命じられた暗殺者を演じて、刹那、刹那を生きていた男……己が命にすら執着を持てなかった男は、セレスという主人を得て、初めて生きる喜びを見つけたようだ。
 セレスにちょっかいを出しては怒られ、殴られ、蹴られ、罵倒される日々は……女王様趣味の忍者にとって被虐の悦びに酔いしれられる薔薇色の日々なのだろう。
 ジライは恋い慕うセレスの為ならば、己が命をためらわずに差し出すだろう。忍の里一の忍者が、セレスの護衛に全身全霊を捧げているのだ。セレスはこれ以上望むべくもない優秀な盾を手に入れたといえよう。
「何ぞ、お飲物でもお持ちいたしましょう」
「あ、いや、いや、接待は無用じゃ。ちと話をしたら帰るでの」
「さようにござりまするか。ならば、御用の際にはお声をおかけくだされ。では御免」
 と、言うや、忍者はすばやい体術で姿を消してしまった。師弟水入らずの邪魔はすまいという心配りなのだろうが……
「居てもいいのに……」
 セレスが小さく呟いた。その顔は、カルヴェルと二人っきりになりたくなんかないと言ってた。
 老魔術師はニコニコと笑いながら、弟子を見つめた。
「その後はどうじゃ、『勇者の剣』は? 仲良くなれたかの?」
「ええ、だいぶ。未熟な私を見捨てずに、力を貸してくれています」
「今、重量は?」
「戦闘時には、時には持っているのを忘れてしまうほど軽いです。どんなに重い時でも、辞書並の重さです」
「平時は?」
「……あいかわらずです、男の方を背負ってるぐらいでしょうか」
「戦士としてのおぬしは認めても、おなごに背負われるのは断固拒否か……若い男が好きじゃからのう、その剣は。のう、セレス、平時は前のようにナーダに背負ってもらってはどうじゃ?」
「嫌です」
 きっぱりとセレスは言った。
「『勇者の剣』の振るい手は私です。常に傍にいて、剣と苦楽を共にしたいんです」
 だが、重くのしかかる剣を背負っていては疲労も激しい。すぐに疲れるセレスの為に、勇者一行はよく小休止をとるし、武闘僧も一日に数回、疲労回復の呪文を唱えたりする。セレスが『勇者の剣』を背負い続ければ、デメリットが大きいのだ。
 しかし、勇者一行の誰一人、セレスを責めない。あの口うるさい赤毛の傭兵ですら、背負うな! と言わないのだ。皆、セレスと『勇者の剣』が結びついた時の強さを認めているのだろう。
「ならば、その事はもう言うまい。セレスよ、これをちと預かってはくれまいか?」
 何もない宙から、老人は銀細工の細い腕輪を取り出した。
「これをナーダに渡してくれ」
「ナーダに?」
 腕輪を手にし、セレスは瞳を細めた。腕輪から、あたたかな光が広がっているように見えたからだ。
魔法道具(マジック・アイテム)ですか?」
「うむ。結界魔法を増幅させる腕輪じゃ」
「………」
「あやつ、ナラカの甥のくせに、結界魔法が苦手とは情けない。ナラカはその気になれば、インディラ国中を覆う巨大な結界を張れたものを」
「………」
「その腕輪を装備しておれば、今まで通りの魔力で結界の範囲・持続時間が百倍となる。腕輪が結界を維持するので、結界維持を腕輪に任せて戦う事も可能じゃ」
「……やっぱり、ご覧になっていたんですね」
「うん?」
「私達の戦いを千里眼でご覧になっていたんですね?」
 腕輪を握りしめ、セレスは顔をしかめた。
「私達の戦いを覗いておられるほどお暇でしたら……他にやるべき事があるんじゃないんですか?」


 悔しくて、悲しくて、セレスの青の瞳は涙に潤んだ。
 カルヴェルが仲間にいてくれたら……
 どれほど多くの命が救えただろう?
 シャオロンの家族、村の人間、ジライの部下……
 シルクド・シャイナ・ジャポネ・インディラで、魔族や大魔王教徒に殺された人々……
 セレスはいたらぬ勇者である事を死者達に詫び、同じ悲劇を繰り返すまいと、勇者になろうと努めてきた。だが、いまだ未熟。数多くの犠牲を目にしている。
 それなのに、この老人は……
 何百の魔族を瞬時に倒せるほどの力を有するこの老人は……
 安全な場所から、傍観しているだけなのだ、魔族と人間達の戦いを……
「のう、セレスよ、おぬし、まだわしに勇者一行に加わって欲しいと願っているのか?」
 セレスはカッと頬を染めた。
「思ってません! お師匠様は正義の為に戦うのはお嫌なのでしょ! だから、もう……馬鹿なお願いはいたしません!」


(ふむ。意気地を持つのは良いが、少々、悪い方向に精神が向かっておるようじゃな。わしへの不信感を魔族に煽られ、邪心を育てられては面倒じゃ)
 ならば、そんな不信感など気にならなくなるような精神状態にしてしまえばいいと、カルヴェルは思った。
 老人は、のんびりとした口調で言った。
「セレス、このところ、ずっと気になっていたのだが」
「……何です?」
「……最近、シャオロンが元気がないように思わんか?」
「え?」
 スーッと、セレスの顔から険が消えてゆく。
「シャオロンが元気がない……?」
「うむ」
 カルヴェルは力強く頷いた。
「あの元気いっぱいだったシャオロンが、最近、暗い。非常に暗い。笑いもしない。深い悩みを抱えておる様子。おぬし、心当たりは?」
「と、言われましても……」
 セレスは首を傾げた。
「わしの見た所……ジライが仲間に加わってからじゃな、シャオロンが落ち込んだのは」
「え?」
「更に言うと」
 コホンとカルヴェルは咳払いをした。
「赤毛の傭兵は、最近、怒りっぽい。非常に怒りやすい。気がかりな事がある様子。おぬし、何ぞ心当たりはないか?」
「……アジャンが怒りっぽいのは何時もの事でしょ?」
「じゃがな、セレス、気づいとるか?あやつ、最近、夜に宿をあけてはおるが、まったく娼館に行っておらん。あの女好きの男が、何やら調べ回っておる。わしの見た所………ジライが仲間に加わってから、ずっとじゃな」
「………」
「ナーダは、まあ、今の所とりたてて変わったところはないが、心の中まではわからんぞ。新しい仲間への不信感を募らせておるやもしれぬ」
「………」
「セレス、ジライを仲間に加えたのはおぬしじゃ。おぬしは、ジライにも今までの仲間にも、その点において責任がある。ジライは、まあ、はっきり言ってしまえば、生き方の下手な男じゃ。忍の里の枠しか知らぬな。放っておけば、あやつ、シャオロン達を無視し続けるぞ」
「無視し続けますか?」
「うむ。あやつは、おまえの部下になったのであって、勇者一行の仲間になったのではない。シャオロン達など眼中にないじゃろう」
「う」
「赤毛の傭兵はジライが未だにおまえの命を狙っておるのではないかと、疑っておるのだ。あやつ、見かけによらず真面目な男じゃからのう、護衛役を真剣にこなしておるのだ」
「はあ」
「シャオロンは……精神葛藤中じゃ。おぬしの命を狙っていた忍者は許せない、しかし、おぬしは仲間と認めている、認めねばと頑張る、だが、やはり許せない、と堂々巡り。ついでに言うと、ジライがあまりにも優秀におぬしの護衛役を務め、瞬く間に襲撃者を倒してしまうので、よけい落ち込んでいるのじゃ。ジライさえ居れば、自分は要らないのではないか、と」
「!」
「セレス……広き世界を守護する事もむろん大事じゃが、まず周囲を見よ。勇者にとって何よりも大切なのは、共に戦ってくれる仲間なのじゃからな」


「……はい」
 セレスはその青の瞳に、老魔術師を映した。
 遊び好きで、いつも不真面目で、冗談ばかりを言って……でも、老人は真に大切な事は忘れない人だった。
 勇者一行に加わらない事には、きっと理由がある。今は、その理由が明かせないので、ふざけて『世の中がどうなろうが構わない』と、言っているのだ。
 そう信じよう……セレスは腕輪を握りしめた。
「さて、そろそろ行くかの」
「え? もう戻られるんですか?」
「うむ。今日はナーダにその腕輪を、赤毛の傭兵に首飾りを渡しに来ただけじゃ。赤毛の傭兵は隣室じゃな? ちょいと行って、首飾りの説明をしたら帰るわ」
「ちょっと待ってください、お師匠様……せっかくいらしてくださったんですし、あともう少しお話を伺いたいのですが……」
「話? したが、用事は終わったが?」
「今日の天気でも、最近の話でも、魔族の事でも何でもいいです。もうしばらく……ここに居てください」


「……セレス」
 老人は苦笑を浮かべた。
 祖父にも等しい老人に対し、女勇者は……甘えているのだ。嫌悪や不信感では打ち消すことができないほど、強い敬慕の念をセレスは老人に抱いているのだ。
「……赤毛の傭兵をここに呼び、おぬしの前で話すか」
 老人は声を張り上げた。
「ジライ、傭兵を呼んでまいれ」
「承知」
 姿はなくとも、返事は返る。東国忍者は身を潜めて護衛役を務めながら、二人の会話を聞いていたのだろう。
 間もなく、赤毛の傭兵がやって来た。むっつりとした不機嫌そうな顔で。
「で、俺に何の用だって?」
「これをやろうと思っての」
 老魔術師は、空から銀の首飾りを取り出した。ペンダント・トップには、傭兵の瞳と同じ色の大粒の翡翠が輝いている。
「魔除けじゃ。おぬし、魔族に好かれやすい体質のようじゃからの」
「ふん」
 赤毛の戦士は、ジロジロと老人と首飾りを見つめた。
「そいつは、どの程度、ご利益があるんだ?」
「これをつければ、おぬしの第三の目は閉じる」
「あん?」
「ようするに、勘が働かなくなる。普通の人間と同じになるのじゃ」
「ケッ! なら、要らん! 俺は、自分の勘を頼りに生きてきたんだ。勘を鈍らせたくない」
「……おぬし、又、魔族に体を奪われたいのか?」
 その質問に、赤毛の戦士はぐっと喉を詰まらせる。
「魔族とて、本来は、そうホイホイと人に憑けるものではない。好きに出来るのは、契約を結んだ体か、もしくは自我を失い抜け殻となった体、或いは憎悪に憑かれ理性を失った者ぐらいなのじゃ、本来は。光の庇護下にある者に、無理に憑こうとすれば魔族側にもデメリットがある。能力の制限・減退……最悪、器ごと消滅する危機がある。じゃから、本来は無理に憑こうとはしないのだが、」
『本来は』と何度も強調して言う、老魔術師。アジャンの顔が渋いものとなる。
「無理を承知でも欲しくなる器というものもある……それが、おぬしじゃ」
「………」
「しかも! おぬしは神魔の器となれる才がありながら、その精神に全く垣根を張り巡らしておらん。いつでも何に対しても精神を開け放ち、優秀な器である事をおおっぴらにしておる。道端で、素っ裸で寝っころがって大股を開いておるおなごも同然。さあ、どうぞ襲ってください、とばかりに、な」
「………」
「小物魔族であれば目をつけられてもいい。『聖王の剣』とおぬしの気力で、邪悪は退けられるじゃろう。じゃが、四天王級の上位魔族が相手となれば話は別。人が気力だけで抗える相手ではないのだ」
「………」
「目をつけられたら最後……と、思うべきじゃな。今のおぬしの場合」
「フン」
「どこぞの神殿で修行を積んで精神防壁の張り方を習得し、防衛できるようになればよいのじゃが、四、五年はかかるじゃろう。大魔王退治の旅の最中では無理というもの。そこでじゃ」
 老人は、魔力で首飾りの周囲を輝かせた。
「この首飾りの出番! おぬし、これを寝る時と戦闘時につけるがよい。魔は人の夢も利用する。無防備度合が半端ない睡眠中と、魔族と顔をつきあわせる戦闘時に、霊媒能力の高さを匂わせてはいかん。能力を封印して、一般人の振りをしておけ」
「……寝る時と、魔族と戦う時だけでいいのか? それをつけるのは?」
「うむ」
「なら、まあ、付けてもいいが……」
 アジャンは、首飾りへと手を伸ばしかけた。
「待て。渡す前に術をかける。おぬしの名を教えよ」
「名前? ンなの知ってるだろうが」
(まこと)の名を教えよ」
「………」
 アジャンは眉をしかめた。
 セレスは気遣わしげに、傭兵を見つめている。
 赤毛の傭兵の『アジャン』という名は、本名ではない。彼の亡くなった弟『アジャニホルト』の偽名が『アジャン』だったのだ。弟の死後、赤毛の傭兵は弟と名前を取り換え、弟の名前を名乗っているのだ。
「真の名なんかねえよ、俺はアジャンだ」
「真の名、本当に忘れたのか?」
「ああ」
「過去見の魔法で、過去を振り返る事もできるが?」
「いらん」
「過ぎ去りし日々、おまえが生まれた家、両親、家族、本来のおまえであった時代の記憶が克明に甦る。何もかも思い出せるぞ」
「いらんと言ってる!」
「何故、拒む? 真の名を取り戻し、おまえがおまえに戻るだけの事。おまえが本来の生に戻るだけじゃ」
「冗談じゃねえ!」
 赤毛の戦士は声を荒げた。
「お断りだ! 俺はアジャンだ!その名が駄目だってんなら、魔除けなんざいらん!」
 赤毛の傭兵は、老魔術師を激しく睨みつけていた。相手を目で睨み殺しかねない、鋭いまなざしで。
 しかし、その顔は青い。体も震えている。
 怯えているのだ……己の過去に……
(この男……危ういな……いずれ魔に捕まる)
 老魔術師はチラリと視線を女勇者に向けた。
(セレスの手には余るやもしれぬ)
 だが、そんな思いは顔には出さず、老人はニコニコ笑みを顔に刻み、
「しょうがないのう。偽名では効力半減なんじゃが、無いよりはマシか。これ、傭兵、わしがタダで物をくれてやるのは珍しいのじゃぞ。首飾りを疎かにしたら、化けて出てやるぞ」
 と、おちゃらけるのであった。


「カルヴェル様が結界魔法を増幅させる腕輪を私に?」
 インディラ寺院から戻った武闘僧は、セレスから銀の腕輪を迷惑そうに受け取った。
「非常にありがたいアイテムですが……あの方から物をお借りすると、後で無理難題をふっかけられるんですよね。セレス、カルヴェル様は、これの貸し賃について何かおっしゃってました?」
 女勇者はかぶりを振った。
「特に何も。アジャンには首飾りをあげると言っていたけど、腕輪に関しては何も言っていなかったわ。聞いておけばよかったわね、ごめんなさい」
 武闘僧は溜息をつき、室内を見渡した。ナーダ達と入れ違いぐらいに、老魔術師は移動魔法で帰ってしまった。今、居るのは、セレスと不貞腐れて窓から外を見ているアジャンと、壁に張り付くように静かに佇んでいるジライと、ナーダとシャオロン。勇者一行だけなのだ。
「おい、小僧」
 忍者の声だ。ナーダの斜め後ろに立っているシャオロンは、ムッと眉をしかめて忍者を睨んだ。忍者に侮辱される覚えはない。確かに、実力は及ばないけれども。
「何か、ご用ですか?」
「うむ」
 忍者は両腕を組み、頷きを返した。
「今日から、おまえを『シャオロン』と呼んで構わぬか?」


「…………………………」


「はい?」
「嫌か? 嫌なら呼ばぬが」
「いえ、別に……『シャオロン』で構いませんけど」
「そうか」
 忍者はスッと目を細めた。微笑むかのように。
「ならば、シャオロンと呼ぼう。おい、武闘僧、きさまを」
「ええ……『ナーダ』で結構ですよ」
 半ば驚きながら、武闘僧は相手の先を読み、答えた。
「うむ。では、次だ。おい、赤毛の傭兵」
「うるせえ! 好きに呼べ!」
 アジャンは外を睨み続けている。よほど気に入らない事を大魔術師に言われたのだろう、不機嫌なままだ。
「ジライ……」
 きょとんとした顔のセレスに、忍者は頭を下げた。
「セレス様の為、努めて騒動を起こさぬようにいたします」
 そう畏まる忍者を見ているうちに……セレスは小さく吹き出していた。
「だからって、あなた変よ、一々、断るなんて」
「さようにござりまするか?」
 忍者は首を傾げた。
「しかし、親しくもない相手から呼び捨てにされては、不愉快かと思いまして」
「馬鹿ねえ! 『小僧』とか『武闘僧』とか呼ぶ方が無礼よ! あなた、やっぱり、ちょっと抜けてるわね」
「はあ……面目次第もござりませぬ」
 ぽりぽりと、覆面の上から頬を掻くジライ。
 明るく笑い声をあげるセレス。
 その笑いは……シャオロンにも伝わった。ジライが仲間に加わってから、自分の存在意義に悩んでいた少年も、セレスの笑みにつられ、久しぶりに明るい表情を浮かべた。
 シャオロンの笑みは、武闘僧の心も和ませ、笑顔を誘った。
 一人、アジャンだけが意固地に外を見ていたので、その輪に加わらなかったが。


 千里眼の水晶珠から顔を上げ、老魔術師カルヴェルはにっこりと微笑んだ。まだまだ問題は山積みだが、勇者一行は絆を深め合い、徐々に結束してゆくだろう。
(しかし、このままではマズい。セレスの次の相手は、魔法に長けた魔族、大魔王四天王イグアス。ジライの忍法やナーダの魔法では話にならぬ。イグアスは倒せぬ)
 むろん、カルヴェルが手を貸せば、イグアスなど敵ではない。だが、カルヴェルが戦ってしまっては、全てが台無しとなってしまうのだ。
(イグアスとの対決の舞台はトゥルク。と、なれば、アレの力を借りられるやもしれぬ。ふむ………暦を読んで、敵の数を調整して、セレス達がちょうどよい頃、王宮に着くようにしてやるか)
 大魔術師カルヴェルは、移動魔法で己を運んだ。
 女勇者セレスを正しい道へ導く為に、カルヴェルは誰にも知られぬよう、ひっそりと戦い続けているのだ。
『師と弟子』 完。

次回は『暁のくノ一』。舞台はペリシャ。
ジライを慕っていたあのくノ一再登場です。
+注意+
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