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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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希望の光 1話

「いい加減にしろ! 世間知らずにもほどがある!」


 赤毛の傭兵アジャンは不機嫌だった。
 エウロペの首都クリサニアを出発してからずっと、セレスの師匠カルヴェルの元を訪れた時も、エウロペの貴族領を旅している時も、シルクド国に入って荒野を超える時も、ただ、ただ、怒りまくっていたのだ。


 侯爵令嬢のセレスが世間知らずであろう事は、まあ、ある程度は予想していたのだが………
 セレスの世間知らずは、度を超えていた。
 まず第一に、経済感覚がまったく発達していないのだ。求められるままに通常の五十倍のチップを払うあたりは、まだかわいい方で………物乞いの少年に同情して金袋ごと恵んだり、いかにもな悪徳商法にひっかかって粗悪品の非常食やら首飾りやらマントやらを買わされたり……
 シルクド国に着く前に、アジャンはセレスから金袋を奪い、ナーダに預けた。
 しかし、武闘僧も、セレスと五十歩百歩の世間知らずであった。いや、ある意味、もっと(たち)が悪かった。貨幣単位すら知らなかったのだから。『私は七つから大僧正様の下で修行を積んできましたから、世俗にはうといのです』と、悪びれずに堂々と答える僧侶から金袋を奪ったのは言うまでもない。
 セレスとナーダは、焚き火の焚き方も知らない、薪の種類も知らない、狩りもした事がない(セレスはキツネ狩りの経験ならあるそうだが、大人数で馬や犬で獲物を追い詰める遊びの経験では話にならない)、料理をした事すらないので非常食・携帯食の作り方も知らない、水場の探し方も知らない、縄の編み方も知らない……ないないづくしの役立たずだった。
 召使役までやる気はなかったので最低限の仕事(薪拾い、焚き火の管理、食事作りの手伝い)はやらせたが、お世辞にも要領がよいとは言えない彼らの仕事ぶりに、アジャンは、又、いらいらした。
 その上………
 セレスは………
 大魔王教徒の襲撃の度に、アジャンを怒らせる非常識さを発揮してくれた。
 大魔術師カルヴェルから武器を借りてからは、セレスも多少は戦えるようになった。『戦力』と言えるほどはアテにできなかったが、自分の身を守るぐらいはできるようになったのだ。
 だが、戦闘に余裕がでてくると、セレスはアジャンの行動を非難するようになったのだ。
『戦意を失って逃げた敵を後ろから斬っては駄目よ』
『大魔王教徒だって人間よ。話し合えばわかり合えるかもしれないわ』
『私達の敵は大魔王ケルベゾールドと魔族よ。魔に魅入られた心弱き人々は、真の敵ではないわ。刃を向けてくる彼等とは戦わないわけにはいかないけれど………彼等が己の罪を認め悔い改めたら、許さなきゃいけないわ』
 セレスは殺せる敵を何度も助けた。『改心した』と口先だけの恭順を示す敵に、あっさりと騙されて。同じ敵に待ち伏せされ、騙し討ちされ、負傷しても、尚、同じ事を繰り返す。喜んで敵を見逃すのだ。
 アジャンには、セレスは度し難い馬鹿に思えた。己の命をかけて信用に値しないクズを助け続けるなど、馬鹿以外の何ものでもない。こんな非常識な人間を護衛しなくてはいけないなんて、不幸としか思えなかった。
 ナーダもセレスの非常識さに呆れてはいるようだったが、『確かにセレスは愚かだと思います。でも、寛容の精神に富んだ、ある意味、勇者にふさわしい方ですよね。女の方にしておくのが惜しいくらいです。これで実力さえ伴ってくれれば、何をしようが文句は言わないのですが』と、セレスの愚行を喜んでもいるようだった。


 アジャンの苛立ちは日に日にひどくなってゆき………


 そして、ついに………


 シルクドの首都ガダーラの王宮で、アジャンの怒りは爆発したのであった。


 東をシャイナ、西をエウロペ、南をペリシャ・インディラに面しているシルクドは内陸の交易国として知られている(百年前までは北の国境が面しているバンキグとも交易があったが、現在はまったく交流がない)。
 文化も人種も雑多。ガダーラの街は区画ごとに、ペリシャ風、エウロペ風、シャイナ風の建築物が並び、それぞれがペリシャ・トゥルク、エウロペ・エーゲラ、シャイナ・インディラ・ジャポネの行商人のこの大陸での商売の拠点となっていた。
 大魔王ケルベゾールドが復活した今も尚、ガダーラの都は活気にあふれ、治安も良かった。まだ復活から二カ月ほどのため魔族の数も少なく、各国の軍隊・聖職者・魔術師による自国の街道ぞいの魔族掃討が徹底している事もあって、人々の行き交いも多い。
 ガダーラの街に入都してすぐ、一行は、王宮へと案内された。
 アジャンはこの国で何度か仕事をした事があった。と、いっても、雇用主は商人か下級貴族、仕事も隊商の護衛やら用心棒、貴族の遠出の警護程度のもの。
 王宮に入ったのは初めてだった。
 近衛兵に案内されたのは、複雑な模様のタイル画やガラスで壁面を隙間なく覆った豪奢な造りの、ペリシャ風ともトゥルク風ともつかない白亜の宮殿。天井が高く、ひたすら広かった。そのくせ家具はエウロペ風が多く、行きかう使用人や軍人は西国人もいれば東国人、インディラ人、ペリシャ人と雑多。実にシルクドらしい。


 勇者が自国を訪れた時には、資金を援助し、情報を提供し、求めがあれば軍隊をも貸与して、その旅を助けるのが各国の伝統であり義務であった。しかし、どれほどの援助をするのかは国主に一任されている。王宮に招待しその日の夜に宴を開くなど、最大級の歓迎といえるだろう。
 宮殿の大広間に大臣や文化人を集めて宴を開き、東西の粋を集めた豪勢な料理で舌を楽しませ、トゥルク風の楽の音で耳を楽しませ、美しい踊り子達の舞で目も楽しませようという歓待ぶり。
 更にシルクド国王は、女勇者セレスとインディラ教次期大僧正候補のナーダの席を自分の横にもうけていた(何の肩書もないアジャンの席は二人から遠く離れた末席だったが)。遊牧民風の丈長のチュニックを着てはいたが頭のペリシャ風ターバンを見ればわかる、国王はペリシャ教徒だ。ペリシャ教では女は男の所属物とされる、半人前の存在なのだ。女の席を自国の大臣達よりも上座に用意するなど、本来はありえない厚遇なのだ。
 国王は、まだ三十と若い。歓談を求め自分の傍に女勇者を侍らせたのも、その美貌に心惹かれた為………その程度の理由だろう。白銀の鎧姿(これが勇者の正装なのだと、セレスはいつもの姿だ)では色気に欠けていたが。
 しばらくは笑いの絶えぬなごやかな時が流れた。
 ところが、その宴席でセレスは………
 あろうことか………
 シルクド国王に喰ってかかったのである。
「ご歓迎の志には感謝いたします。でも、大魔王退治の旅は、私とナーダ、それにエーゲラ(いち)の戦士アジャンの三人で続けてきました。私とナーダが上座で、アジャンだけが下座のそれも末席だなんて納得がいきません」
 セレスがそんな事を言い出すまで………
 王宮から渡されたお仕着せ(丈長のチュニックにズボン。この国の貴族の服)こそ堅苦しくて着心地が悪かったものの、薄絹をまとって腰をくねらせて踊る美女たちにウインクを送ったり、宮廷料理に舌鼓を打ったりと、アジャンはそれなりに楽しく宴を楽しんでいたのだ。上座からかなり離れた末席ではあったが、不満はなかった。傭兵を招いてくれるだけ、国王に度量があるというものだ。
 上座に険悪な雰囲気が広がり、国王の顔が怒りで赤くなる。ナーダが制しても尚、セレスの声は大きくなった。末席のアジャンの耳にも届くほどに。
「アジャンは一騎当千の戦士です。身分こそ傭兵で無位ですが、彼なくしては大魔王退治の旅は成り立ちません。国王陛下、大魔王を倒しいずれは英雄の一人となる彼を不当に扱われては、後世の恥となるのでは?」
 アジャンは舌打ちし、席を立った。そして、上座に対し跪いて深々と頭を下げ、セレスの声を消し去るほどの大きな声で国王への賛辞を述べたのだった。
「偉大なるシルクド国王よ。広大な国土を統べ、華麗なる文化の守り手として民を愛する慈悲深き王よ。この度は、素晴らしい宴に、卑しい傭兵までご招待いただき、誠に感謝の念に絶えません。これほどの厚遇を、身分の低き者が受けられるのは稀な事。心広きシルクド国王こそ、真の王と感服いたしました」
「むぅ………」
 まだ不機嫌そうな顔の王と、何事?といった顔のセレス、おもしろそうに見ているナーダ、周囲の大臣、学者達、給仕達、踊り子達の視線を意識しながら、アジャンは慎重に言葉を選んだ。
「ですが、たいへん申し訳ございませんが、女勇者様は昨夜から体調を崩され、高熱に苦しんでおられます。王のご厚情に感謝し喜んで宴に出席いたしましたが、熱によって錯乱し、心にもない事を口にしている様子。王よ、宴が始まって間もない時ではありますが、女勇者様をご寝所に案内し休ませる非礼をお許しいただけますか?」
「熱ですって? なにを言って、モガッ!」
 余計な事を言われる前に、セレスの口をナーダが塞ぐ。
 シルクド国王は、赤毛の傭兵とセレスに何度か視線を移す。ムスッと顔をしかめたまま。
 アジャンはそこで顔をあげ、少々、下品な笑みを口元に浮かべた。
「女性ゆえに誠に仕方ない事にございますが、女勇者様は、今、月のもののアレの最中で………その期間の女性は精神が不安定になるもの………男にはわからぬ女の理屈でヒステリーを起こします。寛大なる王よ、どうかご容赦を」
 そう言って更に深く低頭する。
「月のもの………か」
 シルクド国王は快活な笑い声をたてた。
「ならば、仕方あるまいのう。月のもののおなごの言う事に、いちいち腹を立ててはおられんからのう」
「まことに」
「まことに」
 と、国王の家臣達も追従し、笑い声をあげる。
 笑われているセレスは耳まで真っ赤だった。
「エーゲラ(いち)の傭兵、主人(あるじ)を寝所に連れて行け。道中の話は大僧正候補殿に伺うゆえ、女勇者には休んでもらって構わん」
「ご厚意、感謝いたします」
 アジャンは立ち上がると、きびきびと歩を進め、国王の前で拝礼してから、(セレスを睨みながら)跪いた。
「女勇者様、失礼いたします」
 ナーダに口を押えられていたセレスを、アジャンは抱き上げ、両腕に抱えたのである。西国人にしては小柄なセレスは、アジャンの腕の中だと年齢(とし)より幼く見える。
「ちょっと、アジャン! 何を!」
「おぉ、熱がまだ高いようですね、さ、女勇者様、寝室に急ぎましょう」
 わざとらしく大声をあげると、抱きかかえている右手でセレスの口を塞ぎ、国王と大臣に礼をとってから広間を足早に立ち去った。
 廊下を歩いている時は無表情だった。が、女勇者用の西国風の広い部屋から彼女づきとして手配された女官を下がらせるや、アジャンは憤怒の表情となり、寝台の上にセレスを投げ落としたのだった。
「馬鹿か、きさまは!」
「馬鹿って、何よ! だいたい、私、熱なんかないし、それに………それに………生理でもないわ!」
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い! おまえ、自分の立場がわかってない! ただ諸国を歩き回ってりゃ、そのうち大魔王を倒せるとで思ってるのか? いいか、よく聞け! おまえは各国の王と友好関係を築いていくのが義務なんだ。国王から資金的援助を受け、情報を受け取り、国の中で自由に行動する許可をもらわなきゃ、真実には近づけん! 大魔王の本拠地なんざ、一生わかんねえぞ!」
「………」
「国王が多少バカをやっても、おまえは笑って許さなきゃ駄目だ。くだらねえ理屈をこねて、国王を侮辱するなんざ、勇者として()()だ。国王の機嫌をとって、多額の活動資金をせしめ、情報をたっぷりともらって、旅を楽にするのがおまえの務めだろうが、バーカ!」
 セレスは青ざめ、うつむいた。
「……ごめんなさい」
 肩を震わせ、涙を堪えながら、セレスは言葉を続けた。
「私………あなただけが一人ポツンと、とても離れた席にいたし………王の傍の大臣達があなたの事をひどく侮辱したから、つい………」
「俺を侮辱?」
「……あなたが、体で、その……エーゲラの女王陛下にとりいって、エーゲラ(いち)の戦士の称号を得たって言ってたの。何だっけ、えっと『おとこめかけ』とも言ってたわ、意味わからないけど嫌らしい顔で得意そうに」
「……言いたい奴には言わせておけばいいじゃねえか」
「でも」
「でも、じゃねえ!」
 セレスは顔を上げ、まっすぐに赤毛の戦士を見つめた。
「でも! あなたは超一流の戦士よ! あなたほど大剣を操れる人、私、他に見たことないもの! エーゲラ(いち)と称えられて当然よ! それを侮辱するなんて許せないわ!」
「馬鹿! 侮辱を聞き流せなきゃ、人の下でなんざやっていけねえんだよ! 誇り高いお貴族様にはわからねえだろうけどな、生きていく為にはくだらねえ野郎どもにも媚びるさ。心の中で舌を出しながら、きっちり礼儀正しくご身分の高い方々を持ち上げてさし上げるのさ。それが処世術だろうが!」
「アジャン……あなた……」
 セレスの青い瞳が潤む。今にも泣きだしそうな悲しげな顔を、赤毛の戦士にまっすぐに向けて………
「今まで相当、苦労してきたのね。かわいそうに……」


 プッツン……と。
 アジャンの堪忍袋の緒が切れた。


「この馬鹿女! 言っていい事と悪い事の区別もつかんのか! いい加減にしろ! 世間知らずにもほどがある!」


「で、家出ですか?」
 ようやく宴から解放されいささかうんざりといった顔のナーダが、アジャンを見つめる。赤毛の傭兵は、いつもの肩当と胸当てだけの鎧に着替えて、旅支度を始めているのだ。
「家出じぇねえ。街まで女を買いに行って来る」
 セレスのものとは比べようもないほど狭い部屋で、アジャンは荷物を全てまとめ背に大剣を背負った。
「王宮なら兵隊もわんさと居る。護衛役は二人もいらんだろ? だから、女勇者様の従者は、勇者様の為に街まで情報収集に出かけるのさ。そういう風に、上には話しておいてくれ」
「……ここが安全とも言い切れませんけどね」
「何?」
「王宮ぐるみ、魔族にとりこまれている可能性もあります。先代勇者の代、大魔王の憑代はトゥルクの王宮に居ました。少なくとも今日ぐらいは、セレスの傍を離れない方が良いのでは?」
「俺がセレスの傍にいた方がいい? ほう、傍になあ。だが、ナーダ、俺のこの召使用の部屋とセレスの豪勢なお部屋とは建物が違うんだぜ。どこが傍なんだよ? セレスが暗殺者に襲われたって、俺が駆けつける頃には、あの女くたばってるだろうさ」
「そうかもしれませんねえ」と、ナーダは苦笑を浮かべた。
「俺はここに居るだけ無駄だ。じゃ、後は頼んだぜ、クソ坊主。おまえの部屋はセレスの隣だからな」
 そのまま立ち去ろうとする背に、武闘僧が声をかける。
「これだけはお耳に入れておいた方が良いと思うので言いますが……今夜の宴、最初はセレスも笑って相手の侮辱を聞き流していたんですよ」
「………」
「国王陛下も大臣のお歴々も、女性を蔑視しておられましてねえ。女勇者の実力を危ぶむ発言やら、男性と肩を並べようとする女性一般への侮辱やら、まあ、いろいろ。女性を男性の所属物と考えるペリシャ教の方々が多かったので、セレスへの攻撃にも容赦がなく、結構ひどい悪口を面と向かって言ってましたよ」
「………」
「それでもセレスはにこにこ笑って、国王陛下のご機嫌を伺っていました。セレスが怒り出したのは、あなたに関する悪い噂とあなたへの侮辱を大臣達が嬉々として話し始め陛下も同調してからです。自分への侮辱は聞き流せても、仲間への侮辱は我慢ならなかったのでしょうねえ」
「だから、何なんだ?」
 アジャンを振り返り、声を荒げた。
「『何っておやさしい女勇者様!』と、感激の涙でも流せとでも言うのか? あの女は世間知らずの馬鹿だ! 馬鹿を馬鹿と言って何が悪い!」
 ナーダは特大の溜息をついた。
「……別にいいですけどね。私達は『大魔王を倒す』という共通の目的の為に集まっただけの間柄ですから。仲良しこよしの三人組になんかなれないだろうし、なりたくもありませんしね」
「同感だな」
 再び背を向けたアジャンに、ナーダはのんびりとした声をかけた。
「何処へなりとも行ってくださって構いませんが、明日の午前中には帰って来てくださいね」
「午前中? 何でだ?」
「私、インディラ寺院支部に用事があるんです。各国の寺院支部を訪れ、各国の僧正様にご挨拶をするのも、大僧正候補の務めですから」
「ケッ! お忙しいこって!」
「行けば王宮とは違う視点から集めた情報も得られます。この地の寺院支部は、ガダーラのシャイナ人街にあります。行って帰って来るのに半日かかりませんが、その間、セレスを一人にはできないでしょ?」
「わかった。昼前には戻る」


「アジャン!」
 翌日、街より戻った後、赤毛の戦士はナーダの部屋に向かった。しかし、あいにく武闘僧は部屋に居らず、それで仕方なくセレスの部屋に向かったのだが………
 傭兵を見るなり、女勇者は真っ直ぐに駆け寄って来た。すまなそうな顔で瞳をうるませて。
「昨日はごめんなさい。本当にごめんなさい。私、考えなしのバカで、本当、恥ずかしいわ……」
 澄んだ青い瞳がまっすぐに、赤毛の戦士を見つめる………
 子供のように穢れを知らない………
 まっさらな瞳が………
「これからは、できるだけあなたに迷惑をかけないようにするし、もうちょっと考えて何事についても話すようにするわ。だから、許して、お願い。あなたに失礼な事を言ってしまって……本当、ごめんなさい」
 すがるような瞳に見つめられれば見つめられるほど………
 アジャンは不機嫌になっていった。
 セレスの顔を見て、その声を聞くと、無性に苛々してくるのだ。
 アジャン自身、自分の不可解な感情に戸惑いはあった。無能で愚かな雇い主など、今まで幾らでもいた。しかし、セレスほど不愉快な存在は初めてなのだ。傍にいるだけで気持ちが落ち着かなくなる。彼女の子供っぽい話を聞くと、頭に血がのぼる。できればセレスなど視界に入れたくないのだが……彼女は護衛対象なのだ。
「それから……ありがとう、あなた、街まで情報収集に行ってくれてたんですって? ナーダから聞いたわ。私があんなバカやった後だというのに、私の為に休まず働いてくれるだなんて、本当、頭が上がらないわ。あなた無しには大魔王退治の旅はありえない。あなたが私の従者になってくれて、嬉しいわ」
「………」
 アジャンは部屋を見渡した。部屋の奥からのっそりと武闘僧が歩み寄って来るのが見えた。しかし、セレス付きの女官は部屋には居らず、他に部屋に人影はない。ならば演技の必要はあるまいと、アジャンは内面の苛立ちを女勇者にぶつける事に決めた。
 彼女の子供のような瞳など……もう見ていたくない。
「ナーダが何を言ったかは知らんが」
 と、そこで鼻で笑って、
「俺が行って来たのは娼館だ」
「しょーかん?」
 何それ?という顔のセレス。
 アジャンは声を荒げた。『娼館も知らんとはどこまで世間知らずなんだ、この馬鹿は!』と、思いながら。
「娼館ってのはな! 金を払って女を買う場所だ! 女を素っ裸にひんむいて、女の体を撫でたり舐めたりさんざん楽しんで、俺のぶっといので女を悦ばせて、スカッとする所だ!」
 セレスは呆然とした顔をしていた。その横でナーダが『あ〜あ。せっかく誤魔化しておいたのに台無しですね』と言いたそうな顔をしていた。
 セレスは………
 やがて顔中を赤く染めた。アジャンの言った言葉の意味が、侯爵令嬢の彼女にも何となくわかったのである。
「そ……そ、そう、なの。そんな所に情報収集に?」
「な、わけねえだろ。一発抜きに行って来たんだ。もっとも、昨晩は一発じゃ済まなかったがな。(とこ)上手の娼婦相手に三回戦勝負だったぜ」
「え? えっと……?」
「三回やってきたって事だよ、バーカ」
「え? え? え? でも、何で、わざわざ?」
「気晴らしの為だ! 昨日は、おまえをぶん殴って裸にひん剥いてヒィヒィよがり泣きさせてやりたくなるぐらムカついていたんだ!」
「嘘………」
「嘘じゃねえよ! おまえが女勇者じゃなかったら、昨晩のうちにおまえの処女をいただいておいたさ! クソ生意気な女を懲らしめる為に、な!」
「アジャン……」
「もっとも、おまえみたいな胸糞悪い女、抱きたかねえけどな! おまえを見ていると吐き気がする! 傍に寄られるだけでうっとうしい!」
「やめて……アジャン」
「ハン! 俺が怖いのか、処女の女勇者様? 安心しろ、おまえなんか大金積まれたって抱くものか! 俺はなあ、処女は嫌いなんだ! ギャーギャーわめいてうるさいし、キツキツすぎてこっちも痛い! おまえは肉体も最低なら気立ても最悪。おまえなんかより、商売女や熟れた後家を抱く方が遥かに気持ちがいい!」
「やめて! やめてったら!」
 セレスは涙目になっていた。
「なんで……そんな事を言うの?」
 彼女の震える瞳に見つめられていると………
 アジャンはあまりにも気の毒でいたたまれない気分になった。恐ろしい罪を犯している気すらした。
 けれども、口から出る言葉を止める事はできなかった。
「おまえの事が虫酸が走るほど嫌いだからさ!」
 セレスは息をのみ……それから、両手で顔を隠し、わーっと声をあげて泣き始めた。
「泣くな! やかましい!」
 アジャンが怒鳴れば怒鳴るほど、セレスの鳴き声は一層、激しくなった。
「泣けば済むと思ってるのか、え? この馬鹿! うるせぇんだよ、いいかげんにしろ!」
 泣き続けるセレスと、怒鳴るのを止めないアジャン。
 二人を見つめ、武闘僧は溜息をついた。
「お取込み中、たいへん申し訳ありませんが……私、そろそろ出かけてもよろしいでしょうか?」
 アジャンはカッと頬を赤く染めた。
「とっとと何処へでも行きやがれ、クソ坊主!」
「『勇者の剣』は置いて行きます。インディラ寺院支部に居ますから、御用の際はそちらにご連絡ください」
 多分、聞いていないであろうセレスにそう言ってから、アジャンの左肩を叩く。
「隣の私用の部屋で待機していてください。あそこからならセレスに何かあれば駆けつけられます。この部屋に居なくても、充分、護衛できますよ」
「……うるせえ」
 武闘僧は肩をすくめ、部屋を後にした。
 アジャンも、火がついたように泣いている女勇者を睨み、
「隣に居る。何かあったら呼べ」
 と、怒鳴るように声をかけ、部屋を飛び出したのだった。
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