挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

38/151

黄昏の河 8話

 赤毛の戦士は、にやりと口元を緩めた。
「見つけたぜ、このカメ野郎!」
 アジャンの目には、孔雀の間の壁に重なるように、淡く光る霧のような霞んだものと、その内に潜む黒く澱んだモノが映っていた。
 アジャンは淡く光る靄の中に右腕を突っ込み………
 その手に掴んだものを………
 中からひきずり出したのだった。
《馬鹿な!》
 現れたのは、黒兜、黒の装甲を身につけたインディラ忍者だった。腕と脚の装甲の側面に、トゲのような装飾がついているのが特徴的だ。
 その肉体は王宮付き忍者の頭領カバーリ………
 その肉体を操っているのは、大魔王四天王ウズベルだった。
 襟をつかまれているカバーリは、右手に装備していたカタール(刺し刀)を傭兵に向けた。
 貫かれる前に傭兵はカバーリを床に叩きつけ、自身は後方に飛び退った。
《何故だ?》
 カバーリの兜の下の目が、不気味に赤く輝く。
《何故、異次元通路にいた俺が見えたのだ?何故、たかが人間がこの世に俺を召喚できたのだ?》
「知らねえよ」
 アジャンは面倒くさそうに、顔をしかめる。
「見えたから、ひっぱり出した………それだけだ」
 カバーリは立ち上がり、注意深く傭兵との距離をとった。
《きさま、シャーマンだな?》
 アジャンは不愉快そうに眉をしかめ、『聖王の剣』を構え直した。
「ただの傭兵だ」
《………シャーマンか》
「こら!人の話を聞け、クソ魔族!」
《………素晴らしい器だ。これほどの器が人の世に埋もれていようとは………》
「前に似たようなセリフをほざいた魔族が居たが………そいつは、消滅したぜ。おまえも消してやろう」
《その体もらうぞ。ケルベゾールド様に献上する》


 凄まじい気と気がぶつかり合う。
 赤毛の戦士アジャンがインディラ忍者と対戦している。『聖王の剣』と忍者のカタールが激しく火花を散らし、ぶつかり合っている。
「アジャン!」
 セレスは目の前の敵を薙ぎ殺し、傭兵の元へと急いだ。まだウズベルを倒してはいけない。まだ距離が開き過ぎている。気はせいたが、大魔王教徒の壁が厚く、なかなか距離が縮まらなかった。
 セレスよりも早く二人の元に行き着いたのは、東国忍者だった。跳躍力と壁や天井を走れる忍の技で、望みの場所に現れたジライ。宙より二人めがけて手裏剣を放つ。
 アジャンは素早く引いてかわし、カバーリは結界を張って手裏剣をはじき飛ばした。
「きさまがウズベルなのだな?」
 ふわりと床に降り、刀を正眼に構える忍者。
 赤毛の戦士は、自分の傍に降り立った東国忍者を目の端で睨んだ。手裏剣はアジャンをも狙っていた。カバーリさえ倒せれば、周囲をどうまきこもうが構わず、傭兵の生死など問題ではないのだろう。
《きさまは?》
「東国忍者ジライ」
《ほう、きさまが?きさまが女勇者暗殺をしくじり続けているマヌケか》
「ウズベル、きさま、憑く相手を間違えたな。インディラ忍者になぞ憑くから、要らぬ野望を抱くのだ。里の上忍を抱き込みあれこれと画策しておるようじゃが、忍の里はきさまの軍門には降らぬ」
《それはどうかのう》
「頭を甘く見ぬ方がいい。あれは一筋縄ではいかぬ狸ジジイ。きさまの部下では役不足じゃ、きさまの野望はついえる」
「ンな話はどうでもいい!」
 赤毛の傭兵が、がなりたてる。
「勝負の邪魔をするな、クソ忍者!」
 忍者は横目で傭兵を盗み見るように見て、瞳を細める。
「………餌はおぬしか」
「何?」
「我が餌となろうと思うたのだが、そちらの方が上物のようだ。おまえのようなむくつけき男の何処が良いのかさっぱりわからぬが、魔族には美味なのであろうな」
「何が言いたいんだ、きさま」
「………独り言だ」
 そう言うや、忍者は床を蹴って、カバーリへと『ムラクモ』で斬りかかってゆく。
「てめえ!そいつは俺の獲物だ!」
 赤毛の戦士もカバーリを狙う。
 聖なる武器を所持する、東国忍者と赤毛の傭兵。二人の猛攻に押され、カバーリには反撃の余地はなかった。結界を張り続け、内に籠るしかない。現在の肉体は、戦士としての技量が足りないことを、認めざるを得なかった。
 更に………
 間もなく、女勇者がこの戦いに加わる。『勇者の剣』を手に走り来る白銀の鎧が見える。
 この肉体は捨て時だ。
 ウズベルは目の前の男を見つめた。赤毛の傭兵は、高次元の精神とも同期できる魂の持ち主。この男を器にすれば、今まで人の世では使用できなかった強力な魔の力も使えるだろう。
 上位魔族はその力が膨大ゆえに、人の世に現れるのには、自らの力の大半を封印しなければいけなかった。無理に力を行使しようとすれば器が壊れ、人の世との縁が切れ、魔界に強制的に帰還させられてしまうからだ。
 だが、この男の肉体に宿れば………
 カバーリは懐から煙玉を取り出し、床に投げつけ黒煙を立ち上らせた。
 と、同時に結界を解き、魔族の力を解放する。
 赤毛の傭兵に、自らの黒の気を染み込ませ、所有物である印をつけるのだ。
 けれども………
 常人であれば目も開けられぬ黒煙の中で………
 東国忍者は目をカッと見開き、カバーリを狙い、刃を振り下ろしたのだった。
 聖なる水の、雨が降る………
 ジライの刃に両断されたカバーリは滅びた。魔法生物と化した肉体の一部、おそらく核に憑依していたのだろう。カバーリの肉体は浄化をまぬがれて砂となり、装束とカタールが床に転がる。
 その消滅を見届けてから、東国忍者は練っていた気を放った。
「忍法、かまいたちの術!」
 風の忍法が、黒煙を吹き飛ばす。
 黒煙は薄れ………
 そこから現れ出でたのは………
『聖王の剣』を手にした赤毛の傭兵だった。
 その瞳は、血の色に輝いていた………
「セレス殿!」
 ジライの叫びに頷き、女勇者は赤毛の傭兵の元へと走った。『勇者の剣』を上段に構えて。
 赤毛の傭兵が、嘲るようにセレスを見つめた。
 音を立て、セレスの周囲の大理石の床が崩れゆく。彼女の足元には奈落の闇が広がっていた。
 落ちゆく彼女を腕に抱き、落下しつつある床を足場に、その場から跳躍して逃れたのは忍者ジライだった。
 忍者はすばやい体術で次々に開く次元の扉を回避し、腕の中の女勇者を守った。
 赤毛の傭兵は哄笑し、魔力を弄んでいた。
「最高だ!最高の気分だぜ!」
 複数の力を操っても、尚、力があり余っている。この肉体ならば、魔界での本来の力も使えるだろう。
 この世界においてならば………
 或いは………
 大魔王ケルベゾールドすら凌駕できるのでは………
 未熟な器に宿るケルベゾールドが相手ならば………
 勝てる。
 この男の肉体があれば………
 この男に憑くと共に、ウズベルはケルベゾールドへの畏怖を失っていた。
 絶対者への恐れは消え、己が力のみを信じる意志にあふれていた。
 この男の脳を共有したからだ。
 ケルベゾールドへの忠誠心など、もはやかけらもなかった。
 げらげらと笑い、ウズベルは、女勇者を見つめた。
 この男の憎悪に彩られた心は心地良く、女勇者への愛憎をないまぜた複雑な感情も美味であった。全てを憎む荒んだ心も、魔族に通じるものだ。
 何と素晴らしい器であることか!
「遊びは終わりだ」
 口元を歪め、ウズベルは叫んだ。
「あの世にいきな、お姫様」
 アジャンの口を使い、アジャンの口調を真似て、ウズベルが嘲笑う。
 セレスはカーッと頬を赤く染め、ジライの手を振り払い、飛び下りた。
 仲間の体を弄ぶ魔族を斬るべく。
「セレス殿!」
 ジライは叫んだ。が、間に合わない。
 ウズベルが新たな異次元通路を開いたのだ。灼熱の炎渦巻く、火山。その火口へと通じる穴が、セレスの足元に開く。
 しかし………
 セレスはその上を、まるで、ただの床の上であるかのように、まっすぐと進み、ウズベルとの距離を詰める。
「何だと?」
 ウズベルは、セレスを飲み込ませるべく、次々に異次元への扉を開いた。
 けれども、その全ての通路を素通りし、女勇者は真っ直ぐにウズベルを目指すのだった。
 仲間を辱められ、義憤にかられたセレス。
 魔族を憎む魔法剣『勇者の剣』。
 持ち手と心を一つにした時、『勇者の剣』は、持ち手の為に、無限の守護の力を示すのだ。
「ウズベル!」
 上段に構えた『勇者の剣』を、セレスは赤毛の傭兵めがけ、一気に振り下ろした。
 赤毛の傭兵の体を両断するかのように。
 しかし、刃は紙一重のところで、傭兵に到達していない。ぎりぎりの間合いで刃を振り、刃で斬るのではなく、『勇者の剣』が持つ浄化の力で内に宿る魔族だけを斬り裂いたのである。
 赤毛の傭兵の手から、『聖王の剣』が離れ、床へと落ちゆく。
 何もない宙を呆然と見つめ、戦士は棒立ちとなっていた。
 ゆっくりと………
 赤毛の傭兵が眉をしかめる。
 眼が、徐々に、赤から緑へと変わりゆく。
「アジャン!」
 嬉しそうに顔をあげたセレス。
 だが、そこで………
 ズゥゥゥン!と、部屋がきしみ、揺れ動いた。
「キャッ!」
 激しく揺れる床。
 近衛兵や大魔王教徒が床へと倒れる。
 セレスもこらえきれずよろめいたのだが、体勢を崩した彼女を逞しい腕が抱き、支えた。
………赤毛の傭兵だった。
 左手で額をおさえながら、右手だけで小柄な少女を支えている。
 部屋が揺れ動いたのは、ほんの数秒。やがて、揺れは収まった。
「ウズベルの結界が消えたな………あのクソ魔族、今世から、きれいさっぱり消え失せたようだ………」
「アジャン!」
 セレスの顔に笑みが浮かぶ。
「大丈夫なのね!あなたなのね!」
「………きゃんきゃんわめくな、バカ女………頭が痛ぇんだ」
「良かった………アジャン………良かったわ」
 セレスの青の瞳から涙があふれる。
 喜びのままに、女勇者は、『勇者の剣』を手放し、仲間へと抱きついた。
 赤毛の傭兵の頬が、微かにだが、赤く染まる。
「バッ!馬鹿っ!まだ敵が居るんだぞ、離れろ!」
 頭を激しく振り、泣きじゃくりながら、セレスがアジャンにしがみつく。
 赤毛の傭兵の顔は、みるみる赤くなっていった。
「………ったく、馬鹿が………」


「廊下だ!廊下が見えるぞ!」
 扉から先には、御影石と大理石でできた壮大な宮殿の廊下が続いていた。近衛兵は生き残っている仲間らと抱き合い、歓声をあげた。
「術が解けた!我等は元の世界に戻れたのだ!」
 全ての次元通路も閉じていた。後は部屋に残っている大魔王教徒達を捕縛するだけだ。
「………セレス殿」
 忍者ジライの声に、セレスはアジャンの胸から顔をあげ、指で涙をぬぐった。『ムラクモ』を腰に差した忍者が、傍に佇んでいる。
「助力感謝する」
「こちらこそ………それで、あなた、これから、私を殺すの?」
「殺さぬ」
 ジライは溜息を洩らした。
「もはや、あなたを殺す意味がない」
「そうなの?」
「………カバーリがあなたの暗殺の依頼者。我は依頼主を殺してしまったのだ」
「………あなた、大丈夫なの?これから、どうするの?」
「さあな」
 忍者は淡々と答える。
「どこぞで死ぬまでは生きる」
「忍の里には戻らないの?」
 ジライはフッと鼻で笑った。
「そこまで愚かな真似はせん。戻れば、処刑される」
「え?」
 忍者は覆面の下の目を細めた。微笑みを浮かべるかのように。
「セレス殿………もう二度とお会いする事もなかろうが、お元気で」
「待って、ジライ!」
 セレスは白銀の鎧の下に手を入れ、胸元にしまっておいて封筒を取り出し、忍者の手に強引に持たせた。
「読んで」
「………」
「お願い!絶対、読んでね!」
 忍者は無言のまま、すばやい体術で姿を消した。ウズベルと戦っている限りいずれ会えるだろうと、ここ数日、持ち歩いていた手紙を渡せて、セレスはホッと安堵の息を漏らした。
 が………
「セレス………今の手紙は何だ?」
 地を這うように低く、魔獣のうなり声のように恐ろしげな声が頭上からする。
 セレスは振り返り、ひきつった笑顔を傭兵に見せた。
「………デートの誘い」
「何ぃ!」
「保護者同伴で構わないの。もう一回、彼に会いたいのよ。ね、アジャン、あなたの護衛つきでいいから………それなら、会ってもいいでしょ?ね?ね?」
 媚びる青い瞳が、逆に、傭兵の怒りを煽った。
「この馬鹿!どこまで馬鹿なんだ!仕事でなきゃ、おまえみたいな世間知らずの大甘の、マヌケ、とっくに見捨てているぞ!」


 それとほぼ同じころ………
 武闘僧ナーダは結界を解いていた。
 まだ大魔王教徒は十数人残っていたが、もはや異次元ではない。危険ならば、別室に避難できる。
 だが、別室にお渡りをと促す大将軍や近衛兵を手で制し、インディラ国王は孔雀の間に残った。四人の王子だけが近衛兵に運ばれ、部屋を出て行った。
「ナーダ」
 名を呼ばれ、武闘僧は振り返り、忠告した。
「ここは危険です。せめて廊下にお下がりください」
「おまえが共に来るのであれば、下がろう」
 そう望まれれば従う他はない。
 国王は廊下をしばらく進むと立ち止まり、大臣達には部屋で控えよと命じた。国王の傍にはナーダと二人の近衛兵のみが残り、後の者は全て廊下より消える。
 ナーダは国王に対し膝をついた。相手の顔を見たくも無かったので、頭を深く垂れながら。
「よくぞ、余と王子達の命を守ってくれた。感謝する」
「ありがたきお言葉」
 と、武闘僧は心にもない事を口にした。
「何か望みはないか?何なりと申してみよ」
 何なりと?ナーダは眉をしかめた。幼い頃は、母を見捨てた父を怨み、第二夫人アヌラーダとその一族を怨み………その死すら願ったものだが………
「………私の望みはインディラ国が一つとなる事。王宮と寺院が反目し合っていては、国の繁栄の妨げとなります。魔族が世にはびこっている今だけでも、寺院へのわだかまりを捨てていただきとう存じます」
「………それだけか?」
「はい。私は大僧正候補。いずれは寺院の頂点に立つ者。王宮と親しくつきあってゆく事が私の望みです」
「………そうか、大僧正となるか」
 国王は声を落とした。
「ずっと、おまえと話す機会を探していた。だが、余には、常に、さまざまな目がついていた。護衛役の忍、貴族達の放つスパイ、王宮付き忍者………誰かが常に余と共にあった。インディラ国王たる者の宿命ではあるが………できれば、おまえとは余人を交えず、話をしたかったのだ」
「………」
「今更言ってもせんない事だが………おまえに謝りたかったのだ。おまえの母の事だ」
「………」
「幼くして王となった余は、愚かであった。前宰相の決めた第一夫人をうとんじ、自ら選んだ第二夫人アヌラーダばかりを偏愛していた。おまえの母は勇者の従者の妹、国民にも人気があり、寺院との縁も深かった。美しく聡明で、まさに出来過ぎた妃であった。だが、余には煩わしい存在であった。七つ年上の彼女は、妃というよりも教師のように余と接していた。今にして思えば、国政を疎かにし大臣達の言いなりになっていた余を王位にふさわしき者に導こうとしてくれていたのだとわかるが、当時はわからなかったのだ」
「………」
「おまえが生まれてすぐに、余は第一夫人の室に渡らなくなった。それ故、アヌラーダとその一族、更にはサラス達他の夫人や後宮の者達が、おまえ達親子に何をしたのかは知らぬ。しかし、おおよそ察しがつく。余は夫として、アヌラーダの暴走を止めるべきであった。国王として、第一夫人に礼節を尽くし仕えるよう、後宮の者達を叱るべきであった。だが、そんな事すら、当時の余はわかっていなかったのだ。ナーダ………許せ」
 武闘僧はゆっくりと顔を上げ、国王を見つめた。滑稽なほど、自分によく似た顔。年をふり、老いという落ち着きを得たせいか、国王の顔は幼い頃、恐れ憎んでいた人間とは別人に見えた。
「おまえの母が亡くなった時だ、当時、ウッダルプル寺院副僧正であったジャガナートに余は叱られたのだ」
「え?」
「副僧正は一年以上前から余に面会を求めていたが、すべて、余の周囲に握りつぶされていたらしい。サティーが亡くなって、ようやく、葬儀で陛下にお会いできたと………無念そうに、そう言っていた」
「………」
「ジャガナートは言った、余が盲目であったばかりに、後宮がどうなったか、目を見開いてみよ、とな………余は侍従長からの報告を疑いもせず信じ、ずっとおまえ達は病に伏せている、それ故、公式の場に出て来ないのだと思っていた。まさか世継ぎの王子がろくに食事も与えられず、痩せ衰え、日々、暗殺の危機にあったなどと、夢にも思わなかったのだ」
「………」
「おまえを出家させたいと望むジャガナートを、余は拒んだ………愚かな余が招いてしまった事態であれば、余が責任をもって正すべきだ………そう思ったのだが」
 国王の顔に自嘲の笑みが浮かぶ。
「余の周囲の者は、皆、第一王子が大僧正候補として後宮を去る事を喜び、誰一人、己が罪を認めず、第一王子の出家を促すばかりだった。愚かな国王の周囲には、それにふさわしい家臣しか居なかったのだ………おまえの出家を認めぬわけにはいかなかった、王宮におまえを残せばアヌラーダ達は何としてもおまえを取り除こうとするであろうしな」
「………」
「あれから二十二年………有力貴族であるアヌラーダの親族を退ける事は不可能であったが、政道とは何かを心得る家臣達をとりたててきた。今ならば、余にも、多少の力がある。有力貴族達との政争は避けられぬが、国を動かすだけの事もできよう」
 国王はまっすぐに息子を見つめた。
「今日まで故意に、寺院との接触を断ってきた。だが、それも今日という日を迎える為であった。ナーダよ、おまえに問う、還俗する意志はあるか?」
「………陛下」
「正統なる世継ぎとして王宮に戻り、国を正す為に、余に力を貸してはくれまいか?」
―――暗く醜いしこりが溶けてゆくのを、ナーダは感じていた。
 国王を怨み、王宮を厭い、母を死に追いやった全ての者を憎んでいた幼い日の自分が………
 今、救われたのだ………
「ありがとうございます………陛下、心よりお礼を申し上げます。私の出家が私の命を守る為であり、成人した私を王宮に迎え入れる望みを貴族達に気取られぬよう寺院との関係を断ってこられたのだと………お話しいただけて、嬉しいです。私の心の闇は祓われました。陛下が私を救ってくださったのです」
「ナーダ………」
「ですが………それだけで、充分です。これ以上のものは望みません」
「だが」
「有力貴族の後ろ盾のない世継ぎが王宮に戻ったところで、騒乱の種となるだけです。私は世の乱れは望みません。大僧正候補として寺院に残ります」
「………そうか」
 国王は深いため息をついた。
「残念だ。おまえに国を譲りたかった。おまえはサティーによく似ている、聡明で、決して周囲に流されぬ。王たる資格に満ちている」
「いえ、私ごときなど………」
「謙遜する事はない。優秀である事は知っている。大僧正が、毎年の新年の挨拶の書状におまえの近況を書き添えてくれていたのだ。どのような師に師事し、どのような学問・武術・魔法を修め、僧侶達からどれほど人望を得、大僧正候補としていかに高潔に生きてきたか、全て知っている」
「大僧正様が私の事を陛下に………」
「関心があるそぶりをみせたくなかったので、返事はしなかった。しかし、王国の世継ぎにふさわしく成長してゆくおまえを頼もしく思っていた」
「………」
「他の王子達は、おまえに比べ、あまりにも凡庸だ。若い頃に、せめて今ぐらい世を見通す目があれば………。悔やんでも悔やみきれぬ、国を継ぐべき者を出家させてしまうとは」
「人は………誰しも過ちを犯すものです。大切なのは、過ちを認め、己が罪を悔い改める事………何より肝要な事を陛下は心得ていらっしゃいます。インディラ国は、これより、一層、繁栄するでしょう」
「うむ」
 国王は頷きを返した。
「寺院と和解したい。総本山まで大僧正を訪ね、己が罪を詫び、正しき王道についてのお教えを乞いたい………供を務めてはくれぬか?」
「私ごときでよろしければ………」
 畏まって答えてから、ナーダは父に対し笑みを見せた。
「もっとも、女勇者様のお許しがいただけたら、ですが。私は、今、あの方の従者ですから」
「そうであったな。余も、こたびのカバーリの起こした騒動を収拾せねばならぬ。大僧正との会見はその後だ。又、連絡する」
「お待ちしております」
 国王は護衛の近衛兵と共に廊下を渡ってゆく。
 ナーダはその背を見送っていたのだが。
「やりましたな、ナーダ様!」
 ナーダは、べしゃっと前のめりに床に倒れた。ガッハッハッハッハと豪快に笑う僧正に、背中をバーンと叩かれてしまったのだ。
「ジャガナート様!少しは手加減してください!」
「すまん、すまん、いやあ、嬉しくて、つい」
 僧正は弟子に手を貸し、立ち上がるのを助けた。
「国王陛下と大僧正様のご会談が決まったのは、ほんにめでたいが………せっかくの機会でありましたのに、残念に思います」
「え?」
「ご還俗なさればよろしかったのに………」
「………ジャガナート様、どこまで地獄耳なんです?よく聞こえましたね」
「いやあ、実は、気を断って、弟子に姿隠しをかけさせて、こっそり傍で聞いておったのですよ、お二人の会話が気になりましてなあ」
「それがウッダルプル寺院僧正のふるまいですか」
「ガルバは………あなたの忠義者の忍者はがっかりするでしょう。あなたこそが正当な王位継承者だと口癖のように言っておりますからなあ」
「還俗なぞ無理です」
 澄ました顔でナーダが言う。
「だって、ジャガナート様、還俗して、しかも、国王なんかになったら、国王の義務を果たさなきゃならないんですよ。妃を娶り、王国の世継ぎをもうけなきゃいけなくなるんです」
 大げさに、ナーダは肩をすくめた。
「私には無理ですよ。女の方を抱くなんて、ああああああ、汚らわしい!」
 ジャガナートは豪快に笑った。ほんに手遅れですな、国王陛下もお気の毒にと、腹を揺らして。
 孔雀の間に戻ると、戦闘は終わっていた。大魔王教徒達は全て倒されるか捕縛されたようだ。
 部屋の奥で、セレスとアジャンが言い争いをし、その横でシャオロンがおろおろとしていた。
「聖なる結界を張れなかったのに、よくウズベルを倒せたものです。やはり、セレスがやったのですか?」
「わかりませぬ。しかし、たいしたものですなあ」
「セレスが?」
 老武闘僧はニヤッと笑った。
「ナーダ様もですぞ!」
 そう言って、又、力任せに、背中をバンバン叩く。王宮と寺院との和解、そして親子の和解を、喜んでいるのだろうが、老武闘僧の感情表現は過激であった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ