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女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

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黄昏の河 7話

「ナーダ様、ようするに、わしに餌になれとおっしゃってるのですな?」
「その通りです。私、ジャガナート様のお願いを聞いて王宮でスパイごっこをしたのですから、今度はジャガナート様の番です。私のお願いを聞いて、ウズベルを呼び出す餌になってください」
 ウッダルプル寺院、僧正の修行房。
 ジャガナート僧正は六十過ぎとは思えない逞しい体を揺らし、豪快に笑った。
「国王、ウッダルプル支部僧正、大僧正候補、それに女勇者! その内の誰か一人でも殺されれば混乱は必至。ウズベルめ、わしかナーダ様が死ねば寺院が国王に挙兵するよう仕向け、国王が死ねば寺院側の犯行と偽装し寺院に軍隊を派遣しましょう。又、女勇者殿が亡くなれば、この世は終わり。魔族の未来が来る……。どう転んでも、優位に運べる。相当、本腰を入れてせめてくるのではありませんか?」
「更に条件の悪いことに、舞台は王宮なのですよ」
 ナーダはにっこりと笑みを浮かべた。
「戦争をしに行くわけではありませんから、ジャガナート様が伴なえる侍僧は……三人ってところですね。この寺院で最も優秀な武闘僧達をお選びください」
「それは無理じゃな」
 ジャガナートは、からからと笑った。
「この寺院一の武闘僧は未だにこのわしですのでな! 弟子どもの中から、適当なのを選ぶといたそう」
「結界魔法が得意な方はいらっしゃいますか?」
「結界魔法……ですかな?」
 とたんに、ジャガナートの顔が渋くなる。老武闘僧は格闘技は神業、知略にも富んでいる。しかし、魔法はあまり得意ではない。初級の回復魔法と浄化魔法しか使えないのだ。その弟子も、師を押して知るべしだ。
「いえ、やはり、浄化魔法と格闘が得意な方にしてください。生き延びねば意味がありませんからね」
「ならば、良い弟子がおる」
 と、僧正の顔がにこやかになる。
「……結界は私が張りましょう」
 ナーダは溜息をついた。
「結界魔法は、あまり得意ではありませんが………」
 ナーダの魔法では、十メートル四方程度の結界でも、三十分ほどしか維持できない。宮廷魔術師に助力を頼むとしても、ウズベルを結界内にとどめおける時間は短いだろう。
「そうじゃ。王宮には、まだ、結界魔法が得手な僧侶が十人とどまっておる。その者らに結界を任せてはいかがかな?」
「無理です。彼等は他の仕事をしていますから」
「ほう」
「スパイをやっててわかったのですが、王宮中の防御魔法陣・厄除けアイテムが全て破壊尽くされていたんです。神像、浮彫、聖石などが、形だけが似ている神聖さの欠片も無い贋物とすり替えられていました。ここ数日で可能な限り、新たなものを設置したりして術をかけ直したんですが、まだまだ、あそこ不安定な場で……百万の魔族が忽然と現れても不思議はありません」
「それは物騒な」
「十人の僧侶達には、大口の侵入口を塞いでもらっています。彼等が頑張ってくれていますから、魔族が侵入できるとしても、百か、まあ、いっても二百ですね。その程度の数なら、ジャガナート様の敵じゃありませんよね?」
「ですな!後日、正式に王宮の防御魔法陣を張り直させましょう」
「防御魔法陣や厄除けアイテムを破壊したのは、アヌラーダ様の愚かな次男と、買収された王宮の祭司達です。王宮のミスなんですから、めいっぱい恩を売ってください。祭司長達の首をすげかえるよう陛下にご助言もお願いします。賄賂に動かされなかった者にしても、聖なるものがすり替えられているのに気付きもせず、毎日、儀式を執り行ってたんです。役立たず度は一緒。全員、首でもいいと思います」
「王宮の人間が聖なる結界を壊したか……やれやれ。どこも、愚かな内通者が出るものだ。まあ、それだけ、魔族が人につけいるのがうまいという事でしょうなあ」
「……欲深いから惑わされるのです。王宮は魔族に侵入されないよう、されたとしてもその能力を著しく狭めるよう、聖なるものによって守られていたのに……魔族が自由に動ける場所を人間がつくりあげてしまうなんて……どこまで愚かなのでしょうね」
 口元を歪めて笑う、ナーダ。ジャガナートは複雑な生い立ちの弟子に対し、あくまで明るく大きな声でこう言った。
「いろいろと話し合わねばいけませんな! せっかく国王が寺院と同じ席に着く気になってくださったのだ、生き延びて、あれこれやらねばなりませんな、ナーダ様!」


 その日の午後遅く、大僧正候補ナーダの案内でウッダルプル支部僧正ジャガナートが三人の供を連れて王宮を訪れた。
 僧正級の上級僧が国王との会見の為に王宮を訪れるなど、実に二十二年ぶりの事であった。この二十二年、国王は寺院と疎遠であった。定期的な宗教儀式・冠婚葬祭以外は僧侶の王宮立ち入りを禁じ、(国王の特権である)大僧正との接見ですら拒み続けていたのだ。
 王宮は、いつにない緊張に包まれていた。王宮の警備にあたる近衛兵の数も常を上回っている。
 孔雀の間―――絢爛たる会議室で国王とジャガナート僧正の会談は始まった。武器と盾を手に、部屋の壁の前にずらりと並ぶ三十人の近衛兵に警護されながら。
 王宮側の出席者は国王と国務大臣他三人の大臣と大将軍の六名、寺院側はジャガナート僧正と大僧正候補ナーダと三人の侍僧の五名。警護役と女勇者一行(セレス・アジャン・シャオロン)だった。
 シャオロンと共にセレスが後宮から戻ったのは、会議開始直前だった。時間がなかったので、赤毛の傭兵に対しては『第三夫人は大丈夫だったわ』としか伝える間はなかった。
 セレスは国王の後ろに回り、その耳元に小声で何かを囁く。国王は安堵の表情を受べ、セレスに対し何かを囁き返していた。第三夫人の帰還でも報告したのだろうか?
 そのままセレスとシャオロンは国王側の警護陣に加わり、アジャンは反対の寺院側に入った。


 異変に最初に気づいたのは、やはり、赤毛の傭兵であった。
 異空間に封じられた人間の救出方法を、ジャガナート僧正が説明している時だった。術師を殺せば(たいていの場合)囚われていた人間は元の世界に戻る。囚われ人の縁者が呼び役を務めれば、帰還の可能性はより高まる。
 そう説明するジャガナートの背後まで歩み寄ると、赤毛の戦士は腰の『聖王の剣』をやおら抜刀したのである。
 殺気に敏感に応え、避けるジャガナート。
 腰を浮かす武闘僧達。
 満座の注目を浴びる中、アジャンは『聖王の剣』を振りおろし、中央の卓を真っ二つに叩き割ったのだった。
 その瞬間……
 血とも泥ともつかぬ赤黒い粘り気のある液体が、ごぼごぼと断面から吹き上がった。
 赤毛の傭兵は何もない空を『聖王の剣』で斬り、武闘僧ナーダをじろりと睨んだ。
「来るぞ……魔族だ。部屋中から来る」
 続いて動いたのは東方の少年だった。セレスと共に国王の斜め後ろに控えていた少年も、何もない宙を切り、両爪から聖なる水を散らした。
 人間には冷たく心地よい清らかな水だが……
 魔族にとっては猛毒も同然だった。椅子や床からシュウシュウと音を立て煙があがる。小動物の鳴き声のような、キーキーと耳障りな甲高い音も響く。
 武闘僧の中で一番、見鬼の才がある者が立ち上がった。
「ジャガナート様、この部屋に無数の次元通路がございます」
「許す、壊せ」
「は」
 武闘僧は神聖魔法をこめた拳を振るい、壁を叩いた。常人の目には魔の姿は見えなかったが、ぶる〜んとゼリーのように壁が動いたのだ。何か異常が起きている事はわかった。
「国王陛下をお守りせよ」
 大将軍の命令に近衛兵が動く。
「扉を開けよ、陛下を別室にお移しするのだ」
「駄目だ!開けるな!」
 と、赤毛の傭兵は叫んだのだが……
 扉前の近衛兵は、大将軍の命令のままに扉を開けてしまった。
 扉を半ばまで開けたところで………
 飛びこんできた巨大なものに近衛兵は飲み込まれた。
「チッ!」
『聖王の剣』を抜いたまま、アジャンが走る。
 ピンク色のぬらぬらと蠢く巨大なものが、扉の中から部屋になだれこんでくる。粘膜とも生き物の内臓とも見えるそれが、ぬちゃぬちゃと脈打ちながら、その場に居た者、あった物全てを飲み込む。壁を、床を、天井を這って爆発的に広がってゆく。
 悲鳴を上げ部屋の奥へと逃げゆく者達とは逆に、扉へと走る勇者一行。
『聖王の剣』が、『勇者の剣』が、『龍の爪』が、ナーダの拳が、聖なる力をもってその異常を清めた。
 間もなく、ぬちゃぬちゃと蠢く不気味な物は、形を失い、跡形もなく消滅した。
 しかし……
 開いた扉の先には……
 何もなかった。
 扉の先には廊下はなく……
 ただ、真の闇が広がっているばかりであった。
「移動魔法で部屋ごと別次元に運ばれたようですね」
 と、ナーダが呟くと、
《その通り》
 と、声ではない声が全員の頭の中に響いた。
《きさまらは、今、光も闇も時も命も存在しない虚無空間に居る。虚しき世界で朽ち果てるがよい》
「あなた、カバーリね?」
『勇者の剣』を背負う女勇者の問いに、答えが返る。
《確かに、今は、その肉体に宿っている》
「言い直すわ。あなた、ウズベルね?大魔王四天王の一人。大魔王から魔人の開発を命じられた魔族なのでしょう?」
《だとしたらどうする、女勇者?》
「あなたと決着をつけたいわ。姿を見せて」
 セレスがそう言うと、部屋が揺れ動いた。ウズベルが笑っているのだ。
《愚かな! 何ゆえ、俺が、きさまごときの前に姿を見せねばならないのだ! 放っておいても、きさまは、そこで朽ち果てる! そこには水も食い物も空気すらないのだ! 俺が結界を解いたら、きさまらは瞬く間に死に絶える》
「私は死なないわ、ウズベル」
 白銀の鎧、金色の髪の少女が、凛と頭を上げ天井を見上げた。
「あなた、言ったじゃない、ここは光も闇も時も命も存在しない虚無空間だって。時が流れない以上、私は死なない。『勇者の剣』が私を生かし続けるわ」
《なに?》
「知らないの? 『勇者の剣』は魔法剣よ。持ち手が老いさばらえて死ぬか、未熟な技量ゆえに敵に討たれるかしない限り、持ち手を守護し続けるわ。こんな異空間に閉じ込めたぐらいで悦にいるなんて、あなた、馬鹿じゃないの? 私は剣ゆえに、元の世界にじきに戻るわ。私を殺したいのなら、私が帰還の手立てを見つける前に、あなたが手を下すべきね」
 少女の青い瞳が激しくきらめく。魔族と対等に渡り合う少女には、犯しがたい気品があった。
 その美しさに、一同は見惚れていた。
 赤毛の傭兵ですら、セレスに心奪われていた。
 人間相手の交渉は、セレスは、決してうまくない。心優しい彼女は、他人に感情移入しすぎて、すぐに情にほだされてしまう。冷静にも冷酷にもなれない、ただ、流されるだけだ。
 だが、真の敵―――魔族と対峙する時、彼女から迷いは無くなる。女神のごとく厳かで、容赦なく魔を滅ぼそうとする強い意志に満ちている。
「ウズベル、私と戦いなさい。それとも、私が、怖い?たかが人間の、しかも、女を……あなたは恐れているのかしら?」
《きさまなど、俺の敵ではない》
「じゃあ、みっともない真似はやめることね。人間相手に隠れるなどやめなさい。人質も要らないはずよ。あなたが捕まえているこの国の王子達を帰しなさい。それとも、無理? やっぱり人質が居なければ、怖くて私と戦えないかしら?」
《人質などいらぬ》
 扉の傍の空が揺らぐ。何もない空から現れたものが、音をたてて、床に倒れゆく。重なり合って倒れているのは王子達だ。四人居る。皆、眠っている。
《まだ殺してはいない。ずっと、この空間にとじこめておいたのだ》
「いざという時、あなたの服にする為ね?」
《さよう。だが、きさまを殺せば、もはや必要はない。この王国を操らずとも、近い将来、人間界は滅ぶ》
「家臣達は? 王子と一緒にさらった家臣達はどうしたの? 彼等も帰しなさい!」
《帰して欲しいのか?》
 再び部屋が揺れ動く。魔族は愉快そうに笑っていた。
《人体実験で壊してしまった者はもはやこの世におらぬが……よかろう、残りは全部、帰してやろう》
 ざわっと全身の気が総毛だつような不快感が、人間たちを襲った。
 異次元の通路が開いたのだ。
 会議室のいたる所から、目を血走らせた者達が現れる。近衛兵、側仕え、召使……老若男女さまざまだったが、皆、武器を手にしていた。『戦士の矛』を服用しているのだろう、目は濁り、息は荒く、口より涎を垂らしている。現れるなり、彼等は襲いかかってきた。
 完全に理性を失っている。魔薬で洗脳され、闘争本能のみで動いているのだ。 
《まずは座興じゃ、楽しまれよ》
「卑怯者!」
 セレスの声は、狂人達の奇声にかき消された。
「陛下と殿下達をお守りせよ!」
 大将軍が大声を張り上げる。
 武闘僧ナーダが巨大な卓を蹴り飛ばしてぶつけ、向かってくる敵を部屋の端に追いやった。が、敵は後から後からわいてくる。『戦士の矛』に酔う大魔王教徒達も、現れた。
 乱戦となった。
 女勇者セレス、武闘僧ナーダ、ジャガナート僧正、その侍僧二人、大将軍、近衛兵が、次々に部屋にわいて出る敵を倒していった。セレスと僧侶達は相手を殺さないよう足を狙うなどして動きを奪うだけに攻撃をとどめようとした。が、それも敵の数が増えるにつれ難しくなっていった。
 赤毛の戦士アジャン、東国の少年シャオロン、それに神秘を見通す目を持つ一人の武闘僧は、異次元通路の破壊を優先した。聖なる武器、或いは浄化魔法で、現世と異次元との繋がりを断つ。
 しかし……
 国王、四人の王子(しかも、眠っている)、四人の大臣と、非戦闘員が多すぎる。
 敵は戦士としての技量の低い者が多いのだが、魔薬に狂って理性を失っていた。命知らずな敵を相手に、近衛兵達は果敢に戦っていたが、一人、二人と倒れてゆく。
 武闘僧ナーダは決断した。敵を殴り飛ばしながら、眠っている義弟達の元へと走る。
「ジャガナート様、国王陛下や文官達をこちらへ」
「心得た!」
 老武闘僧の拳は、ナーダのものよりも重かった。彼の突きを受けた敵は、凄まじい勢いで後方に吹き飛び、周囲の敵を巻き添えに倒れてゆく。
 ジャガナートに伴われて、国王、大臣、近衛兵が、ナーダの居る扉前に集まる。
「結界を張ります。国王陛下、大臣のお歴々はこちら、殿下達のそばへ」
 表には出すまいとしていたが、ナーダは無念を感じていた。結界魔法の為の魔力を、国王達の守護に使ってしまっては、ウズベルが姿を現した時に聖なる結界を張れない事となる。
 移動魔法で逃がさぬ為に、結界内に閉じ込めたかったのだが……
 仕方がない。
 後生大事に魔力を温存していたら、国王、四人の王子、四人の大臣の命を見捨てる事になる。父も義弟も、大臣達(第二妃アヌラーダの伯父や兄、いとこにあたる)も、個人的には助けたくもない連中だが。
 しかし、僧侶たる者、私情で動いてはいけない。この窮地を乗り越えウズベルを倒すためにも、役立たず達を引き受ける人間が必要だ。国王達の心配をしなくてすめば、他の者は自由に動ける。
 国王達に座るよう指示してから、ナーダは武闘の師に真剣な表情を見せた。
「小さな防御結界を張ります。多分、二時間は保つと思いますが、それから先の保証はありません。短期決戦でカタをつけてくれなきゃ、私、確実に死にます。そう、セレスを脅しておいてください」
 ジャガナートは頷きを返した。ナーダの言葉は冗談ではなかった。ナーダの魔力と体力が尽きた時、結界は消滅する。もはや、指一本動かせぬほど疲労しきった僧侶など……魔族の恰好の餌食でしかない。
 ナーダは座禅を組み、目を閉じ、呪文を詠唱した。
 国王、四人の王子、四人の大臣、そしてナーダを包み込む形で目に見えない結界が生まれる。
 外からのいかなる攻撃も、いかなる魔法も弾く、強力な防御結界。これで、国王達の無事は保障された。少なくとも、二時間は。
 その結界の前に近衛兵が立つ。結界がある間は、彼等がそこにいる意味は無いのだが。よくいえば護衛役として職務に忠実、悪く言えば臨機応変さがないのだろう。
 ジャガナートは身の丈ほどもある大剣を振り回す女勇者に、ナーダが国王達と共に結界に籠った事を知らせた。
「二時間以内に決着をつけられますかな?」
「ウズベル次第ね」
 女勇者は小柄な体をふらつかせる事なく、巨大な大剣を振り回す。大魔王教徒達の足を狙い、その動きを奪っている。無駄のない攻撃だ。敵の血に穢されても、臆する事なく戦い続けている。
 次第に……
 セレスの周囲に近衛兵達が集まって来た。美しくも果敢な戦の女神を守るかのように、インディラの近衛兵達は彼女の背後を狙う大魔王教徒達を倒していった。
「えぇい、くそぉ……キリがねえ!」
 赤毛の戦士が獣のように吠える。
 塞ぐそばから、新たな通路を開かれてしまうのだ。数こそ減らしているものの、敵の侵入口を塞ぎきれない。
 セレスは天井に向かって叫んだ。
「ウズベル! いい加減に姿を見せたらどう? 大魔王教徒なんかじゃ、私を倒せないわ!」
《では、これではいかがかな?》
 セレス斜め後方の空が揺らぐ。
 続いて……
「ぎゃあ」
「ぐぉっ!」
 セレスは、背後からの悲鳴に驚き、振り返る。セレスを守っていた近衛兵達が、床にばったりと倒れてゆく姿が見えた。
 ひょろっと背の高い忍者がいた。覆面に黒装束、東国の忍者だ。忍刀を手に飛ぶように駆けてくる。
『勇者の剣』をもって相手の刀を受けようとし時……忍者の背中がぼこっと盛り上がった。
(え?)
 侏儒だ。長身の忍者は、背中に同じ装束の小人を背負っていたのだ。侏儒が左右の手で投げる四本の手裏剣、長身の忍者の忍刀……
 その全てをよけきるのは不可能だった。
 女勇者の左手から、影が走る。
 カン、カン、カン、カン……と、金属音を響かせた後、耳障りな派手な音を響かせて円盤状の盾が床に転がり、手裏剣が床に散乱した。
 激突の瞬間、左から飛来した盾を避け、剣を引いたセレス。長身と侏儒の忍者も動きを止めている。全員の視線が、セレスの左へと向く。
 そこには、一人の近衛兵が居た。タルワール(曲刀)を手にした、口髭をたくわえ、頭にターバンを巻いた色黒の男。男はにやりと笑みを浮かべた。
「素早さと一度きりしかきかぬ奇襲……やはり、それしか売りはないか、マツムシ、コゲラ」
 顎をしゃくり、侮蔑の言葉を吐くその男は……近衛兵ではない。
「ジライ様か」
 口を開いたのは、ひょろながの忍者の背にしがみつく侏儒の方であった。
「へへ、お久し振りでございます。へへ、よくぞ、人間の身でこれまで生きてこられましたな」
「きさまこそ死んだくせに、元気そうだな、コゲラ」
「ヘへ、ウズベル様から新たな命をいただきましたから。へへ、ジライ様、あなたも、ウズベル様の軍門に降られるが賢明です。不死身の体がいただけますぜ」
「不死身ではない」
 近衛兵はタルワールを構えた。
「一度死んだ者は、二度とは死ねぬ。偽りの肉体に縛られ、現世に惑うだけじゃ」
「負け惜しみを!」
 背の高い東国忍者が床を蹴った。狙いは近衛兵姿のジライだ。
「やめて!」
 セレスは走った。
 二人の東国忍者は、この前の四人の少年忍者同様、ジライの部下だったのだ。命を落とし魔に操られている仲間と、戦わせたくなどない。
 父や兄の亡骸と戦ったシャオロンは……愛する者を手にかけてしまった後悔に苛まれている。時折、少年は夜中にうなされる。父や兄に詫び、眠りながら涙を流す少年を……セレスは何度か目にしていた。
 魔の呪縛から解放する為には戦い浄化するしかなかった。その選択に間違いはない。しかし、感情的には受け入れられなかったのだろう、父や兄との戦いは少年の心の傷となっていた。
 ジライに仲間を斬らせたくなかった。
 横から仕掛けてきた女勇者に、侏儒が手裏剣を放つ。
 その攻撃を『勇者の剣』ではじき、セレスは一気に長身の忍者達との距離を詰めた。
「あなた達の相手はこの私よ!」
『勇者の剣』を振るったのだが……刃は届かなかった。ジライの部下の前に、目に見えぬ障壁がある。防御結界だ。背の高い忍者が忍刀で張っているのか?
 ひょろながの忍者が後方に飛び退り、女勇者と近衛兵から充分な距離を開く。その背の侏儒が懐に手を入れる。再び、遠隔攻撃をする気なのだろう。
 侏儒が二人めがけ手裏剣を放とうとした、その瞬間、天井から影が落ちてきた。
 雨が降り……
 忍刀とそれを握る両手が床に落ちた。
 それを草履でぐしゃっと踏みつぶしたのは……覆面に黒装束の東国忍者であった。
「ジライ様!」
 両手を無くした長身の忍者が、目の前の忍者とジライと思われた近衛兵を見比べた。手首から先を無くしても痛みはないのか(一滴の血も流れていない)、ただ茫然としている。
「阿呆。あれは傀儡よ」
 ジライは目にも留まらぬ早技で『ムラクモ』を振るい、長身の部下を斬り刻んでゆく。
 魔法生物と化した部下を解放する為に、魔法生命体の核となっている呪具を壊そうとしているのだ。呪具は、胸部・腹部・頭部など失いづらい箇所に、たいてい、埋め込まれているのだ。
「ひぃ!」
 侏儒が悲鳴を上げ、相棒から離れる。その体を『勇者の剣』が両断した。
 二人の忍者は、ほぼ同時に、魔法で与えられた肉体を失い、身につけていた物を残し砂となって崩れ落ちた。
「解呪」
 ジライは左の掌を、近衛兵に向けた。
 タルワールを手にした近衛兵は、ハッと目を見開き、きょろきょろと周囲を見渡した。ジライに肉体を操られていた間の記憶がないので、何故、ここにいるのかわからないのだ。だが、戸惑う間はろくになく、大魔王教徒に襲いかかられ、とっさに反撃する。戦士としてしみついた習性が、彼を戦いへと導いていったのだ。
 忍者ジライが覆面の下の目で、女勇者を見つめる。
「部屋の隅に潜んでおったのだ。ぎりぎりまで隠れていたかったが、そうも言っておられぬ状況でしたので、な」
 近寄ってきた大魔王教徒を斬り捨てながら、ジライは話を続けた。
「女勇者殿、話は伝わっていると思う。奴が現れたら」
「……ちょっと待って、ジライ」
 セレスは眉をしかめ、青の瞳で忍者をねめつけた。
「……あなた、傀儡の術を使ったわね?」
 真っ直ぐに見つめてくる澄んだ瞳……
 忍者ジライは、敵に囲まれている状況も忘れ、その美しさに息をのんだ。
「傀儡の術って、確か、邪法よね?」
「……さようだが」
 セレスはキッ!とまなじりをつりあげた。
「忠告するわ! 魔族との戦いで、二度と邪法を使わないようにしなさい! 邪法は魔族が人間に与えた邪悪な魔法よ。魔族は、その力を暴走させる事も、無効化する事もできるはずよ。危険すぎるわ!」
「……魔族を標的に邪法を使う気はないが」
「いいから聞きなさい! これぐらいは大丈夫って、小出しにしてても、何時か足元をすくわれるかもしれないわ! 便利だからって、邪法を使っては駄目! 私、あなたが、邪法なんかで滅びる姿は見たくないわ!」
「………」
 ジライはごくっと唾を飲み込んだ。セレスに睨まれ、叱られると……異様に心臓が高鳴り、体温が上昇し、喉が渇くのだ。
「……こっ、心得た……」
 セレスは、にっこりと華やかな笑みを浮かべた。
「わかってくれて嬉しいわ!」
 忍者ジライはセレスから顔をそむけた。彼女を見つめていると、心が揺らいでしまうのだ。これからウズベルとの大一番だというのに平常心を保てねば話にならない。
「……カバーリは我が斬る」
「ええ、わかったわ」
 セレスの返事を待たず、忍者は敵へと向かっていった。
 その背を見送り、セレスも、又、敵を斬るべく走った。懐の、ジライからもたらされた手紙と、全てが終わったら渡そうと忍び持ってきたジライへの手紙を意識しながら。
 第三夫人サラスを、カウラヴァの地下牢から救い出したのは忍者ジライだった。火事の後、王宮付き忍者組織は、上層部を失い、事実上、崩壊した。残った者達が警備の役についてはいたものの、その穴だらけのお粗末な防衛機構など、忍の里一の忍には無いも同然。一週間前から、ジライは積極的に王宮に忍び込み、情報収集をしていたのだ。
 サラスを救出したのも、情報収集が目的だった。(ウズベル本人かその手下と思われた)カウラヴァ王子が、いわくありげな女性を捕らえていたので、事情を探るべくさらったのだ。催眠術と幻術でサラスから話を聞き出した後、邪法で記憶を消して眠らせ、頃合いをみはからって後宮に戻したのだ。
 ジライは、サラスに軽い暗示をかけておいた。セレスに会わなければいけないという強迫観念を与えた上で、セレスの顔を見た途端に発動する暗示をかけたのだ。
 後宮を訪れた女勇者を見るなり、サラスは侍女にペンと紙を持って来させ、暗示通りに共通語でこう記した。
『黄昏の荒野 再び
 刃を捨て
 命を斬らず
 闇を斬る』
 この言葉が頭に残っているのだと、サラスはセレスに紙を渡した。
 その文面から、セレスは第三夫人を救出したのがジライであると気づいた。ジライが何を求めているのかも、見当がついた。
 はたして、それがうまくいくのかどうかはわからなかったが。
 サラスは続けて国王宛に、カバーリの息のかかっている大臣・軍人・忍者のリストを書き上げ、それもセレスに渡した。ジライが自ら得た情報を、サラスに暗示で覚えさせたのだろう。裏付けはまったく取れない事だったが、それが偽情報とは思わなかった。忍者ジライは、今、四天王ウズベルを狙っている。セレスを利用しようとするのも、ウズベルの今世の体のカバーリを弱体化する為。偽りなど言うはずがない。
(『無条件に信じるな、この世間知らずの馬鹿が!』と、後でアジャンに怒鳴られるであろう事を承知した上で)セレスは忍者ジライを信頼し、会議前に国王に、サラスが戻った事、信頼のおける忍者が彼女を救出していた事、カバーリの部下のリストができた事を伝えたのだった。
+注意+
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