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女勇者セレス 作者:松宮星

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黄昏の河 6話

 三日後………

 第三王子ドローナの離宮で火災が発生した。内部からの出火が原因だった。
 第三王子は北部別荘で静養中で、離宮にはごく一部の召使しか残っていないはずだった。しかし、中から、何故か多くの悲鳴が聞こえたのだ。
 幸いなことに、その時、大僧正候補のナーダが、宗教儀式の為に、たまたま(・・・・)、十人の僧侶を王宮に招いていた。僧侶達は離宮を覆う巨大な結界を張り、内部を真空状態にして短時間で火災を鎮火した。建物の被害が軽微で済んだのも、彼等のおかげだ。
 火災を起こしたのは、大魔王教徒であった。
 女勇者セレス、武闘僧ナーダ、赤毛の戦士アジャン、東国の武闘家の少年シャオロンは、王宮の森を散策中に、たまたま(・・・・)、離宮の隠し通路の出口にあたる場所に行きつき、雨後の筍のごとく秘密通路より現れる怪しげな一団を発見した。大魔王教徒とわかり、できうる限り捕え、抵抗する者は斬った。捕縛した者は八十を超え、斬り捨てた者(王宮付き忍者も含まれていた)の数はそれを上回っていた。
 王宮の近衛兵立ち合いの下、女勇者一行は鎮火後、第三王子ドローナの離宮を調べた。
 第三王子の離宮は、大魔王教徒の巣窟と化していた。おぞましい人体実験の工房が何部屋にも渡ってあり、地下には氷詰めの死体が所狭しと並べられていた。又、大量の魔薬が発見され、大魔王教徒が『戦士の矛』を常用している事も判明した。
 ドローナの実弟、第六王子ルドラカと第八王子チャンドルの離宮からも、同じような工房が発見された。


 ことこここに至っては、悪事はもはや明らかであった。
 大魔王教徒を匿い保護していた罪で、宰相・財務大臣・侍従長が逮捕された。王宮付き忍者軍団も隠ぺいに協力していた嫌疑があった。が、忍者頭のカバーリが三日前から行方不明の為、副頭領と数人の上忍を逮捕するだけに処置はとどめおかれた。
 捕縛され、観念したのか、大臣や大魔王教徒達は、第三王子を祭り上げ王位簒奪を企てたのだと自供した。
 陰謀の首謀者は第三夫人サラス。
 第二夫人アヌラーダの栄華を妬んでいた彼女は、王位継承権を持つ第二王子ドゥリヨーダナの抹殺を魔族に依頼し、代償としてその城に居た家臣達の命をも捧げ、歪んだ願望を叶えたのだ。息子の第三王子達に呪いをかけたのは自分達一族も陰謀の被害者だと装う策だった。息子達を呪いの病で伏せさせている間に、数多くの魔人を生み出し、国王を亡き者として実権を得る計画だったのだ。
 陰謀に加担した貴族達の多くが、サラスの親族であった事も、その証言に真実味を与えた。
 ただちにサラスの元へ近衛兵が向かったが、彼女の姿は後宮から消えていた。
 北部別荘の彼女の息子達も同様だった。別荘は無人となっていた。第三・第六・第八王子達と家臣達は、第二王子が失踪した時同様、一晩のうちに忽然と姿を消していたのである。百二十人にも及ぶ人間が一晩で消えたのである。
 国王は謀反を未然に防いだ女勇者に感謝した。
 しかし、女勇者は、世継ぎの第二王子殺害の確たる証拠がない事、黒幕とされる第三夫人サラスと第三・第六・第八王子が行方が知れない事を理由に、今しばらく騒動が続くと忠告。現在、王位に最も近い第四王子カウラヴァが次の標的とされる可能性を示唆し、彼の護衛を務めたいと申し出た。
 国王は最初、難色を示した。女勇者一行の全員が王子の護衛にあたる事を快く思わなかったのだろう。その中に次期大僧正候補が含まれていた為に。
 だが、火事から四日目、女勇者の願いを聞き入れ、四人をカウラヴァの離宮へと向かわせたのだった。


 第三王子ドローナの離宮の火災の出火原因は不明だった。出火場所は、火の気のない魔薬倉庫。大魔王教徒の煙草の不始末と、思われた。
 火災は、魔薬―――麻薬・興奮剤・眠り薬・痺れ薬・毒薬を焼いた。人の中枢神経を狂わせる煙が大量に外に漏れる危険があったが、十人の僧侶が建物の周囲に結界を張った為、大事には至らなかった。
 濃度の濃すぎる魔薬の煙は危険だ。ほんの少し吸っただけで、呼吸困難・意識障害の重体に陥る例もある。僧侶達が建物の周囲に結界を張ってくれねば、大惨事となっていた事だろう。


 第三王子の離宮に火を招いたのは、赤毛の傭兵アジャンだった。
『戦士の矛』をはじめとする魔薬は消耗品。大量に使用すれば補充の必要がでる。その読み通り、岩山の要塞城跡の戦闘より二日後、アジャンがのっとった魔薬屋に『戦士の矛』を十箱、買い求める客が現れた。
 その店の従業員に扮したインディラ忍者(ナーダの部下)は、特殊な揮発性の油と火薬を底に仕込んだ木箱を中に混ぜ、客―――大魔王教徒に『戦士の矛』を販売した。揮発性の油には、一定時間、乾燥した場所に置いておくと発火する性質があった。長年、傭兵と暮らしてきたアジャンは、トゥルクの工作部隊より教わったその油に詳しく、翌日発火するよう分量を計算し、販売直前に油を仕込むよう忍者達に渡していたのだ。
 魔薬から火を広げると聞いて、武闘僧ナーダは結界魔法が得意な十人の僧侶を王宮に呼び寄せ、三王子の離宮そばに数人づつ待機させていた。どの離宮で火災となっても対応できるように。年々広がる魔薬の被害を憂いている武闘僧は、魔薬の煙がもたらす惨事を憂慮したのである。


 第三王子の離宮にあった魔人製造工房の破壊に成功した、女勇者一行。
 後は、ウズベルのあぶり出しだけだ。


 赤毛の傭兵アジャンは、椅子の上のぶくぶくに太ったなまっちろい男をじろじろと見つめた。大きな耳輪、大粒の真珠の首飾り、金銀無垢の腕輪、全ての指を飾る大きな宝石の指輪………国王よりも装飾品が多い。
 目の前の人物こそが、ラジャラ王朝第四王子カウラヴァ(第二王子の実弟)だ。カウラヴァは、女勇者が警備上の注意点を説明するのを、椅子の上にふんぞりかえって座って聞いている。あの姿勢が威厳ある態度という事なのだろうか?
 カウラヴァの視線は何度となく女勇者を飛び越え、その斜め後ろに控えている者に向いていた。侮蔑と不安をこめた視線を、義兄に向けているのだ。


「で、何か気づきました?」
 カウラヴァの傍にはセレスとシャオロンを残し、控えの間に下がってから武闘僧は赤毛の傭兵に尋ねたのだが。
「おまえとあの王子、全然、似てないな」
「………いえ、そういう事ではなく」
「あいつ、二十そこそこなんだろ?そのわりに老けた顔をしている。髭のせいというより、覇気がなさすぎるからだな。おまえより年上に見える」
「………だから、そういう話ではなく」
 ナーダは声を落とし、アジャンに耳打ちした。
「嫌な感じはしましたか?魔族の傍にいる時のような」
 赤毛の傭兵は眉をしかめ、首を傾げた。
「いや」
「そうですか」
「周囲に魔族の気配が漂ってるが、あのボンクラ王子からは危険な感じがしない。あくまで俺の勘だが」
「いいんです。私はあなたの危機察知能力を信頼してますから」
「俺の勘じゃ、あのボンクラ王子、クロだ。ただの人間にしちゃ、妙に魔の気配が濃すぎる………だが、そうだとしても、小物だな。ウズベルじゃない。魔族の駒ってとこか」
「………人気(ひとけ)のない所に連れ出して、締め上げましょうか?王族の血の上にあぐらをかいてるだけの根性なしですから、すぐに白状するでしょう」
「おい、おい」
「幸いなことに、王宮付き忍者軍団は、今、上層部を失って半壊滅状態ですからね。護衛役の忍者をまくのは、それほど大変じゃないと思いますよ」
「………おまえ、目的の為には手段を選ばない性格に、最近、磨きがかかってないか?」
「気のせいでしょう」
 武闘僧がツーンとそっぽを向いた時………
「暗殺者だ!」
「カウラヴァ様のお命が狙われたぞ!」
 近衛兵達の叫びを聞き、二人は控えの間を飛び出した。



 それから三日の間に、カウラヴァ第四王子は五度の襲撃を受けた。いずれも、女勇者一行の活躍で、第四王子に怪我ひとつ負わせる事なく、暗殺者を倒せたが。
 王子は最初は余裕を見せていた。離宮で血を汚すな!とか、暗殺者を皆殺しにしてしまっては依頼した犯人がわからないではないか!(生かしておいても暗殺者は自害してしまうのだが)とか、主にナーダに向け『無能者めが!』とか怒鳴っていた王子も、三度目の襲撃の後からは気弱になった。
 顔色も悪く、絶えず不安そうに周囲を見渡し、どこへ行くにも必ずセレス達を伴うようになった。食事前には小姓に毒見をさせ、トイレや風呂にまで勇者一行を連れて行こうとする始末。
「精神が不安定になっている今こそ、白状させ(どき)です」
 とのナーダの言葉を受け、脅し役アジャンと聞き手セレスが王子を尋問する事となった。


 まず、アジャンがカウラヴァ第四王子に『何か隠し事をしているだろう?』と詰問。
 おそろしげな大男に迫られろたえる王子を、白銀の鎧姿の美少女勇者がかばう。
「カウラヴァ様にも深いご事情がおありとは存じますが、私達に隠し事はおやめください。護衛しきれなくなります。襲撃者にお心当たりがおありなら、どうかお教えください」
 ナーダの指示にのっとって『にこやかに、愛想よく、目をぱちぱちとしばたたかせ、女らしい仕草をまじえつつ、かわいらしく』セレスは王子を説得してみたのだが、効果はなかった。王子は怯えながらも口を割ろうとしない。
 赤毛の傭兵が目で合図を送って来る。
 セレスは頷き、口調を変えた。
 作戦は第二段階へ。
 セレスは悲しそうに王子を見つめ、それから片膝をついて座り、王子に対し深々と頭を下げた。
「お心を開いていただけなくて、残念です。こうとなっては、私達がお傍にいる意味はありません。今日中に離宮をお(いとま)いたしましょう」
 暗殺者を退けてきた女勇者一行に見捨てられては命に係わる。第四王子は王族の誇りをかなぐり捨ててセレスに媚び、助けてほしいと哀願した。
 そこで、ほろっと、セレスがほだされそうになるのを………
 赤毛の傭兵が小突いたり、耳元で恫喝したり、足を踏みつけたりしてどうにか止め、隠し事を包み隠さず全て話してもらう事を条件に、護衛役を再び引き受ける事とした。
「正直に言う。だから、怒らないで聞いてくれ」
 王子はおどおどとセレスを見つめた。
「あなた方が僕の護衛についてすぐの襲撃は………最初と二度目は………僕の放った刺客なのだ。暗殺者に僕の命を狙う振りをさせて、女勇者のあなたを殺すよう依頼したのだ」
「まあ」
 セレスは、『何を聞かされても怒らないように。愛想よく、かわいらしく、まるで第四王子に気があるみたいに振る舞うように』と、指示されているので、うるうると瞳をうるませつつ、王子に尋ねた。
「どうして、私の命を狙われたんですか?」
 悲しいですわと、小声でつぶやき、そっと顔を伏せる。
 アジャンは………この大根が!と、内心、セレスの演技に腹を立てていた。台詞に、まるで心がこもってない。慣れぬ媚態もわざとらし過ぎる。
 しかし、世慣れぬ王子にはその演技でも充分すぎたようで、セレスの手を取り、顔をあげた彼女のその愛らしい顔をジッと見つめた。
「すまない。悪かった、許してくれ。僕が間違っていた」
「はい。何かご事情がおありだったのでしょ?」
「うん………カバーリが………」
「カバーリ?王宮付き忍者の忍者頭ですね?」
「カバーリがあなたを殺せと言ったのだ。僕は、あいつに逆らえないんだ」
「どうして、王宮の忍者軍団の頭が私の命を狙ったんです?」
「それは………」
 カウラヴァは泣きそうな顔となった。
「本当に………何を言っても怒らないと………約束してくれるか?」
「もちろんですわ!私、カウラヴァ様の真心を信じますもの!」
 内心『男のくせに、いつまでもグダグダグダグダ!みっともない!』と、思いつつ、セレスは笑みを浮かべていた。カウラヴァ王子以外には通用しなかろう、ひきつった笑みだった。
「僕はずっと………カバーリに逆らえなかったのだ。兄上の誘拐に加担してから………」
「誘拐?」
「うん………」
 そのまま黙ってしまった王子を促す為、セレスは質問した。
「第二王子ドゥリヨーダナ様は、ご生存なのですね?」
「うん………」
「それは何よりです!ご無事と伺って安堵しました」
「うん………」
「カウラヴァ様に手伝わせて、兄上様を誘拐したのが、忍者頭のカバーリなんですね?」
「うん………」
「ご家来の方々をさらったのも、カバーリですか?」
「うん………あいつは、僕に王位をくれると言った。兄上を消し、第三王子のドローナに不治の病をかける。だから………代わりに、神像を幾つか壊して欲しいと、奴はそう言ったのだ。昨年の五月のことだ………」
「神像?」
「この王宮の東西南北あちこちにあった神像だ。それを十二体、壊せと奴は言った。壊すのなど、無理だと思った。祭司が毎日のように祈りを捧げている神像なのだから。そしたら、盗むのでもいいと言ったので、だから、僕は………同じような神像を石工に造らせ、買収した祭司にすり替えさせた。十二体も造らせたので思ったより時間がかかってしまって、全部、終わった時には七月になっていた。その頃には、もう兄上は別荘に移られていて………そしたら、カバーリは」
「カバーリは?」
「今度は別荘の神像を壊せと言った。三つでよいから、と。王宮と違ってあそこは祭司がいないから、贋物を造らせるのも面倒だし、あちらのは兄上付きの近衛兵を買収して壊させた。そしたら………三日後に、」
 カウラヴァは言いにくそうに話を続ける。
「あの消失事件だ。兄上もその家来も、一夜で、別荘から消えた。カバーリは約束を果たしたと、僕に笑った。だが、正直、ぼくは………あいつが何を考えてるのか、何をしたいのか、さっぱりわからない。なぜ、兄上だけでなく召使まで連れ去ったのか、なぜ僕に神像を壊せと言ったのか、どうやって兄上たちに病をかけたのか、何一つわからない」
「兄上様は今どこに?」
 第四王子はかぶりを振った。
「カバーリしか知らない。異空間に幽閉しているらしい」
「異空間?」
「よくわからないが………兄上を生かしたまま、時空の(はざま)に閉じ込めたのだそうだ」
「時空の間に?忍者が王子を?」
 セレスは目の端でアジャンと視線を交わした。傭兵も頷きを返す。
「忍者にそんな魔法が使えるのでしょうか?」
「使えると奴は言っていた………だから、ぼくは、あいつの言う事をずっと聞いてきたんだ。カバーリが兄上をこの世に戻したら………僕は逮捕される。あいつ、兄上に、僕が誘拐を依頼したんだって教えたと言っていた。だから、ぼくは、今までやむなくカバーリの言いなりになってきたんだ。七月からずっと………」
「カバーリは今、どこに?」
「知らない。一週間前の火事の時はここに居たのだが、ずっと戻らない」
「カバーリは火事の前からずっと行方知れずでしたが、生きていたんですね」
「生きているとも。カバーリは、ドローナ達を誘拐したり、大臣達の元へ行ったり、何かいろいろやってるらしい。僕の離宮には奴の部下だけが残って、好き勝手をやっている。あいつら、何かと言うと『カバーリ様に逆らえばお命にかかわりますよ』と脅してくるんだ。だから、奴らがサラス様を誘拐してきた時も嫌だったが、逆らえなかった。第三夫人はこの離宮の地下に、幽閉しておいたのだが」
 第四王子カウラヴァは大きな溜息をついた。
「五日前にいなくなってしまった」
「カバーリが移送したんですか?」
「違う。賊が侵入し、監視役のカバーリの部下を殺し、第三夫人サラス様をさらったんだ。いや………賊ではなく、第三夫人の配下の忍者かもしれない。いずれにしろ、ここにはもう第三夫人はいない」
 セレスとアジャンは顔を見合わせた。第三夫人を発見・拘束したという話は聞いていない。救出者は王宮関係者でも寺院の者でもないようだ。
「カバーリは怒って、ぼくを殺すと言ったのだそうだ。奴の部下がそう言っていた、殺されたくなかったら女勇者を殺せと………だから、僕は父上と母上に頼んで、あなた方を護衛役にしてもらったんだ。でも、あなた方は、とても用心深く、この王宮に着いてからずっと、ナーダ殿の部下が運ぶ物しか口にされないと聞いて………それで、毒殺ではなく、暗殺者を雇って殺そうと、そう思って………」
「最初と二度目の襲撃はカウラヴァ様の雇った刺客だとおっしゃいましたが、三度目からはどなたが?」
「多分、カバーリだ。ちっともあなた方を殺せぬ僕に業を煮やしたんだろう。あなた方と一緒に、きっと、僕も殺す気なのだ………僕の護衛役の忍者は、皆、あいつの部下だ………昨日まで僕を警護してくれた部下が、今日は刃を向けてくるかもしれない!怖くて怖くて気が狂いそうだ!女勇者殿、お願いだ!僕を助けておくれ」
 そうすがりついてくる肥満体を、セレスは困ったように見つめた。
「このお話、国王陛下にお伝えください」
「そんな!こんな話をしたら、僕は犯罪者だ!死罪になってしまう!」
「ですが………でも、えっと、このままじゃ………」
 困惑するセレスに代わり、赤毛の傭兵が進み出る。普段とまるで異なる真面目な顔をつくり、カウラヴァに対し臣下のように礼を取って跪く。
「女勇者様もカウラヴァ様と共に、国王陛下の御前に参ります。国王陛下は慈悲深いお方、事情をお話しになれば、厳しい処分をなさるはずがありません」
「………そうであろうか」
「むろん、多少の処罰はありますでしょう。そのお覚悟は必要です。しかし、カバーリは、おそらくは、大魔王四天王の一人ウズベルです。強力な魔族です。あなた様は強い術をかけられ、心を操られていたに過ぎません。国王陛下も、寛大なご処分を下されるはずです」
「………そうだとよいが」
「国王陛下が厳罰を下されるようでしたら、我が主人、女勇者様が黙ってはおられません。勇者の名にかけて、必ずやカウラヴァ様を弁護し、お救いくださるでしょう」
「まことか、女勇者?」
「え?ええ。もちろんです」
 アジャンに小突かれ、セレスはにっこりと笑みを浮かべた。そして、目で赤毛の傭兵に感謝の気持ちを伝える。筋書きと違ってきてしまって混乱したセレスに代わり、話をまとめてくれたのは、彼だ。
「落ち着いていけ、女勇者様。交渉事は、状況に応じて臨機応変に」
 と、小声でボソッと囁かれ、セレスは頷きを返した。
「しかし、カバーリが魔族であったとは………意外ではあるが、妙に納得もゆく」
 カウラヴァは顎の下に手を当て、太い体を揺すった。
「兄上やドローナ達に謎の病をかけたり、召使ごと誘拐したり………忍者にしては力がありすぎるとは思っていた。それに、あいつは女勇者殿の暗殺に妙にこだわっていた」
「そうなのですか?」
「うん。あなたがエウロペを旅立たれてじきに、あいつ、僕に陰謀をもちかけたのだが、同時にあなたにも刺客を放つと言っていた。あなたの護衛役の大僧正候補ナーダ殿の権威を失墜させる為に、と。勇者が死ねば、従者は面目を失う。ナーダ殿は大僧正候補で国民の人気も高い、今のうちに民の支持を失わせてしまおうっと」
「はあ………変な理由ですね」
「僕も、そう思った。僧侶の権威など、しょせん、信仰上のこと。実権があるわけではない。国王にはかなわぬ。だから、やってもよいが、あまり部下をさくなと答えた。カバーリは何度かあなたに刺客を送っていたが、それだけではなくジャポネの忍者の里にあなたの暗殺も依頼していたようだ」
「え?」
 セレスは口元を手で覆った。
 では、ジライの依頼主は………
 インディラ王宮付き忍者のカバーリ?
「それは、又、妙な話ですな」
 相手の口をより軽くさせる為に、アジャンが口をはさむ。
「インディラ忍者と東国忍者は犬猿の仲のはず。暗殺者を雇うにしても、東国の忍者を利用するとは………」
「インディラ忍者からの依頼ならば東国忍者も面子をかけて女勇者を確実に殺すだろうと、カバーリは考えたようだ」
 カウラヴァは、チラリとセレスを見た。
「結果として………奴の読みは外れたが」 


 その日の夜、第四王子カウラヴァは父王に己の罪を告白した。セレス達勇者一行―――セレス・ナーダ・アジャン・シャオロンにつきそわれた第三王子は、国王に媚び、多少、都合の良いように話をつくりかえていたが、セレス達に語った通りの事実を父王に伝えた。
 父王が息子の話に驚いている様子を見つつ、大僧正候補のナーダは、王宮付き忍者頭の正体はおそらく大魔王四天王ウズベルである事を教え、第三夫人および第二・第三・第六・第八王子救出に寺院も協力したいと申し出た。
 インディラ国中を覆う黒雲を祓う為に私情を捨てていただきたいと願うナーダを、国王を複雑な表情で見つめていた。何かを伝えたそうな様子もあった。
 だが、特に私的な言葉をかける事はなく、国王はナーダの説得を容れ、『ウッダルプル寺院支部のジャガナート僧正を王宮に招き今後を話し合う、その為の準備を頼む』と、だけ大僧正候補に伝え、後は彼を無視し女勇者とのみ話をした。


 翌日………


「寺院と王宮って、本当、仲が悪いのね。国王陛下、ナーダの顔を、まともに見ようともしなかったもの」
 第四王子カウラヴァには寺院付き忍者が警護についている。
 勇者一行は会見が予定されている会議室―――孔雀の間を見回っていた。ナーダはジャガナート僧正を迎えにウッダルプル寺院に向かったので、セレス、アジャン、シャオロンの三人だ。
 会議室にはもったいない贅沢な造りの部屋だ。広間のように広い部屋は職人芸術の粋を極めた壁面装飾に覆われており、ペリシャ風の美術品が並べられ、宝石とガラスと鏡をふんだんに使った(実物大の)孔雀が何羽も羽根を広げている。
『龍の爪』入り革袋を背負ったシャオロンは、たいへん高価そうな家具や芸術品を、おっかなびっくり見て回っていた。ほんの少しの邪悪の気配も見逃すまい!と、きょろきょろと周囲を見渡している。
 部屋の中央には、エウロペから取り寄せたのだろう巨大な卓が縦に並び、数多くの椅子があった。五十人は席につけるだろうそれらを眺めながら、『勇者の剣』を背負う女勇者はポツリと呟いた。
「インディラでは大僧正が国王以上に民から慕われているって言うものね。国王と大僧正で権威争いでもしてるのかしら?」
 赤毛の傭兵アジャンの頬がひきつる。
「………セレス、おまえ、国王の顔、見たのか?」
「見たわよ」
 それがなあに?という顔で、セレスが首をかしげる。
 まだ気づかないのか………アジャンは頭痛を覚えた。あの二人が仲が悪い理由は顔を見れば一発でわかりそうなものだが。
「王宮と寺院の対立は、おそらく、二十二年前からだ。世継ぎ問題が仲がこじれた原因だろう」
 王宮を離れ、情報屋グジャラの元を訪れた時、或いは魔薬屋を乗っ取った時、アジャンは用事を済ませた後、街の老爺達を探し、それとなく王宮と寺院の噂話を聞いてきていた。
 信心深いインディラ人達は、次期大僧正候補の話をする時には、必ず合掌をしていた。
『今世の大僧正候補様は、ありがたくも先代勇者の従者ナラカ様の甥御様で、国王陛下のご長男。本来は国を継ぐべきお方なのじゃが、あまりにも尊きお力を持ってお生まれになったので、寺院より大僧正候補に望まれて俗世を離れられたのじゃ』
 皆、口々に、ナーダの出家を寺院からの願いだと言っていた。が、こんな気になる話をした老人もいた。
『大僧正候補様のご出家よりも前に、国中に噂が流れてましてな。第一王子様は重い病にかかられ、足は萎え、頭も熱でおかしくなられたとか………。廃嫡される日も近かろう………と。不敬極まりない噂じゃったが、その頃、第一王子様はずっと後宮にこもられておったしのう。最後にお姿を拝したのは………確か王子様の五歳の生誕祝いのお祭りの時。お姿をお見せくださらないから、そんな噂が立ったんじゃな』
 別の老爺はこうも言っていた。
『第一王子様が、今の尊いお方となりえたのは、ひとえに大僧正様のお力。神の奇跡で、大僧正候補様は病が癒えられたのじゃ』。
―――つまり、こういう事かと、アジャンは推測した。
 正当な王位継承権を持っていた幼いナーダは、病に仕立てあげられて公式の場から遠ざけられ、第二夫人達国王夫人やその親族に命を狙われ、暗殺されるか廃嫡されるかの瀬戸際にあった。
 その哀れな王子を、『大僧正候補として迎え入れる』という名目をもって、インディラ寺院が保護したのだろう。
 何故、ナーダが武闘僧となったのか………アジャンにはわかる気がした。
 負けず嫌いでプライドの高いあの男は、事実無根の噂を流された事を屈辱に思ったのだろう。自分の心身が健康であると広くしらしめたかったに違いない。インディラ一の武闘僧のみが、神獣クールマの神聖防具をまとう事を許される。誰の目から見てもわかる、優秀である証だ。それを欲したのだろう。
 又、お飾りの『大僧正候補』でいる事にも耐えられず、信仰、学問、武術、魔法、あらゆる事を学び、『大僧正候補』と称えられるのにふさわしい人物になろうと………何事においても一番になろうと………そう努力してきたのだろう。
「世継ぎ問題?第二王子ドゥリヨーダナ様と第三王子ドローナ様の?」
 きょとんとした顔でセレスが尋ねる。
「………」
 赤毛の傭兵はぼりぼりと頭を掻いた。もう二度と………この鈍い馬鹿女とまともな会話なんかしようとするものか!と、思いつつ。
「無駄口叩く暇あったら、働け!変な仕掛けがないか調べるんだ!会議の護衛は俺達の仕事だ!」
 怒鳴る傭兵に、セレスはムッと顔をしかめた。話を途中で打ち切られたのが不満なのだ。
「セレス、一つ、忠告しておく。王宮と寺院の仲違いの理由、ナーダには聞くなよ。あいつ、最近、過激だからな、すぐぶち切れるぞ」
「いくら、私でもそこまで無神経な事はしないわ」
「どうだか」
「しないわよ!だって、ナーダがつらそうなのは、知ってるもの!」
「つらそう?」
「インディラ国に入る前からずっとピリピリしてて………ずっと不機嫌だったでしょ?国に何か嫌な事があるんだなあって思ってたけど、でも、何っていうか、泣きそうな………すごく悲しそうな………そんな気持ちがそばにいると伝わってくるの」
「………どういうことだ?」
「わからないわ。わからないけど、そう感じたの。ナーダが王宮と寺院の対立で、心を痛めている………ううん、何か、それもちょっと違う気がするけど、王宮と寺院のことで問題を抱えているのよ」
「………」
「一人で解決しようとしているみたいだし………時がくればきっと私達にも話をしてくれると思ったから………何も聞かないようにしてきたの。でも、ナーダなら大丈夫。何だって乗り越えられる。信頼できるわ、仲間ですもの」
「セレス、おまえ………」
 赤毛の傭兵が次の言葉を続けようとした時、会議室の扉が開き、近衛兵が現れる。
「女勇者様、至急、後宮においでください。第三夫人サラス様がお戻りになられました」
 反乱の嫌疑をかけられたまま誘拐され、カウラヴァの地下牢から六日前に姿を消した第三夫人が?
 どうやって戻られたのか?と尋ねると、近衛兵は答えに詰まってしまった。
「それが………サラス様も、気づいたら、後宮のご自分のお部屋に戻られていたと………。侍医によると、どうも、ここ数日のご記憶を無くされておられるようで………」
「じゃあ、誰に助けられたのかも、どうやってここ数日を過ごされたのかもわからないのね?」
「はい。ですが、至急、国王陛下や女勇者様のお耳に入れたい事がおありとの事。女勇者様、後宮までご足労いただけませんか?」
「いいわ」
 第三夫人サラスが魔族に憑かれていないか、妖しげな術をかけられていないか、直接会って確かめるべきだろう。
 赤毛の傭兵は、東国の少年を呼び寄せた。
「場所が後宮じゃ、俺ぁ、無理だろうが、こいつなら同行させてもよかろう?」
 近衛兵は少年を上から下まで見つめた。シャオロンもじきに十三になるが、東国の人間は年齢より若く見られがちだ。
「まあ、子供なら………」
 子供と決めつけられ、ム〜と顔をしかめるシャオロン。アジャンは少年にそっと耳打ちした。
「しっかり、セレスを守れ。おまえの目から見て、第三夫人が変だと思ったら切れ」
「アジャンさん………」
「おまえなら、魔族かそうじゃないか、一発でわかるはずだ。後宮の女だろうが構う事はない。俺達は勇者一行だ、女勇者の安全を第一に考えろ」
 少年は真面目な顔となり、頷きを返した。
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