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女勇者セレス 作者:松宮星

勇者として

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黄昏の河 1話

 インディラの首都ウッダルプル。
 七つの門を持つ城壁に囲まれた、広大な都市だ。
 整然とした街路が縦横に走り、偉大なラジャラ王朝の力を誇示する巨大な王宮が街の東部に位置する。庭園と森(そこには十八の離宮がある)に囲まれた、一つの街ほどもある王宮だ。
 西部には、王宮に劣らぬ規模のインディラ教の大寺院が河べりにあった。参詣者が後を絶たない格式ある寺院ではあったが、そこはインディラ寺院のウッダルプル支部に過ぎなかった。インディラ教の総本山は、ウッダルプルより馬で三日の南西の聖山にあった。
 ウッダルプルのインディラ寺院周辺には、毎日のように華かやな市が立つ。巡礼者や観光客、ウッダルプル市民で通りは賑わっていた。
 しかし、ほんの少し裏道に入ると、人通りは嘘のように減る。表通りの喧騒こそ多少は聞こえたが、辺りは静けさに満ちていた。
 裏道に続く白の土壁にそって、フードマントを被った者が歩いていた。隣国ペリシャから来た砂漠の民のような身なりだったが、温暖な冬のウッダルプルに居るというのに、フードマントを目深に被り、口元は布で覆っていた。革袋を背負っており、これから砂漠越えでもするかのような恰好だ。
 土壁に窓のようなぽっかりと穴が開いている箇所があった。ちょうど人の顔の高さだ。
 フードマントの者は、その穴に顔を覗かせた。
「やってるか?」
 中から色黒の痩せた男が顔を見せる。
「何が欲しい?」
「特別調合薬グジャラを………」
 そう言って古い銅貨を取り出し、窓の男に手渡す。
「客の名はジライだ」
 中の者は銅貨をためつすがめつ見て、それが裏の商売の会員証である事を確認する。そして、
「待っていろ」
 と、言って姿を消した。が、じきに、土壁の先にある扉が開き、くだんの男が顎をしゃくる。
 フードマントの男は頷き、周囲に人目がない事を確かめてから扉の中に入って行った。


 扉を開くと、香の甘い香りが漏れた。薄暗い、赤を基調とした部屋。応接用の、エウロペ風のソファーから男が立ち上がる。
「よお、『白き狂い獅子』のお坊ちゃん、久しぶりだなあ」
 そう言って、男は両手を広げた。黒髪を後ろに撫でつけた、口髭も見事な役者ばりの二枚目だ。年は三十代前半だろう。腰布をまとっただけで上半身は裸なので、黒の剛毛が密集した厚い胸が露わになっている。
 抱きついてきた男を少し横に動いただけで避け、フードマントの男は目深に被っていたフードを外した。
 こぼれ出たのは、老人のように白い髪だ。乱れた白髪に、顔の右半分が隠れる。鼻の下から顎までを口布で覆っている為、露わにしている箇所こそ少ないが、その肌も異様に白かった。しかし、目元の肌には張りがあり、切れ長の瞳は刃を思わせる鋭さだ。
「………支店で、おまえが本店(ここ)に居ると聞いて来た」
「へぇぇぇ、会いに来てくれたってわけ?わざわざ?そいつは嬉しいねえ」
「情報屋の元締めと直接、交渉がしたくて、な。情報を買いたいのだ、グジャラ」
 グジャラと呼ばれた男はにやにや笑いながら、白髪の客を舐めるように見つめた。
「麻薬は要らないのか?」
「うむ。きさまの表の商売の品に用はない」
「媚薬も?」
「要らぬ」
「残念だな………アレに狂った時のあんたは最高だったのに………俺、今でも、時々、夢に見るんだぜ、ジライ」
 そう言ってグジャラは、相手の肩を抱こうとした。が、ぴしゃりと平手で払われてしまう。
「薬の修行の時には世話になった。だが、今日はそういった用ではない。インディラにおける魔族と大魔王教徒の情報が欲しいのだ」
 グジャラはチェッ!と舌をうち、ソファーに腰掛け、足を組んだ。
「俺ン所の相場は知ってるだろ?あんた、払えるのか?」
「うむ」
「本当に?ツケは嫌だぜ。特に、請求先が忍の里だったりしたら、回収できない恐れがある」
「………」
「あんた、里での評判ガタ落ちだぜ」
「ほう?」
「女勇者の暗殺に時間をかけ過ぎたせいだ。迅速・確実の『白き狂い獅子』も牙が抜けたとさ。あんたの時代は終わったらしい」
「………まあ、当然だな。我の失敗を待ってた奴も多かったし、の」
「騒いでいるのは、主にコマキの一派だ。あいつら、里で大魔王教徒とつるんで動いてる」
「壊滅したジャポネの教団の生き残りか?」
「ああ、大物幹部はいないがな、結構な数が里に身を寄せてるぜ」
「………(かしら)はどうしておる?」
「特に動きはない。大魔王教徒どもを迎え入れてはいるが、あのジイさんの性格からして、喜んじゃいないだろうな。金を落とさなくなった顧客なんぞ、居ても邪魔なだけだ」
「だろうな」
 白髪の男は嘲笑を浮かべた。
「ま、おまえの正確な情報の通り、放っておけば、我は、じきに、次期頭領の座からひきずり降ろされる。女勇者の暗殺期限は一月末。それを過ぎれば、始末されるだろう」
「いいのか、インディラなんかで油を売ってて。女勇者は、まだシャイナだろ?それとも、暗殺の下準備の為に、先回りしたのか?」
「その件も含め………おまえに相談がある」
「何だ?」
「まずは情報料だが、物品で構わぬか?」
 そう言って懐から小袋を取り出し、テーブルの上に中身をちらける。大小の宝石が転がり出る。
「まがい物はない」
「換金して来いよ。基本的に俺の店は、物品お断りだ。名のある宝石なら別だが………」
「む………名もないクズ石じゃが、珍しい指輪ならある」
 白髪の男は、翡翠の指輪を手に取った。
「シャングハイで評判のSMの館『フェティシズム』を知っておるか?」
「ああ。白・黒美人を取り揃えて、東国人相手に派手な商売をしてるな。固定客がつき過ぎちまって、最近じゃ、人気SM嬢は一カ月先まで予約が一杯だそうだ」
「この指輪があれば、あの店一の女王様マリアと、その場で遊んでいただける」
「へえ」
「ただし、その魔法が効くのは一回限り。受付では、フードマントを被って素顔を隠さねば魔法は切れる。マリア女王様にお会いしたら、そうじゃのう、この指輪の持ち主の白子は病で亡くなったが、死の床で女王様を慕い涙に暮れていたとでも伝えれば良い。その者の供養に来たのだと言えば、女王様も無下にはすまい」
「………つまり、あんたが女王様から貰ったのか」
「我にはもはや不要の品ゆえ、売る」
「ま、そっちのケがある野郎は山のように知っている。他のクズ石よりは金にできそうだが………宝石の売買は専門外だ。仲買人を通すと、手間賃がかかる。たいして金にならないぞ」
「どれぐらい足りん?」
「そうだな………この三倍は欲しいな。大魔王関連の情報は高いんだ」
「ならば、情報を売ろう」
「何の?くだらない情報なら一ゴールドも払わんぞ」
「とっておきの情報じゃ」
 白髪の男の目元が笑みを作る。
「『忍者ジライは抜け忍になる』」
 ガタン!
 派手な音を立てて、情報屋はソファーからすべり落ちた。
 床の上の相手の傍に、白髪の男はしゃがんだ。
「買うか?忍の里に高く売れるぞ」
「何で?何で抜けるんだ?暗殺期限まで、まだ一カ月以上あるぜ。あんたなら、殺れるだろ?」
「情報を買ってくれるのなら、理由を教える。どうする?」
「………」
 グジャラはコホンと咳払いをし、乱れた髪を後ろに撫でつけつつ、ソファーに腰を下ろした。
「買おう」
「助かる」
 白髪の男は口元を覆っていた布を外し、素顔を見せた。
 やや痩せすぎではあるものの、微かに微笑むその白い顔には人を惹きつける妖艶さがあった。白い手がグジャラの両頬に伸びる。互いの顔を近づけ、薄い唇を突き出し、
「これは、サービスだ」
 と、言って贈られた接吻は濃厚なものだった。最初は驚いていたグジャラも、次第に大胆となり、相手の背に両手を回し、引き寄せて更に結びつきを深いものにしようとする。
 興奮し顔を上気させているグジャラに対し、白髪の男は作り物めいた妖しい笑みを浮かべるばかり。人ならざる淫魔のごとく………
「ジライ………」
 グジャラは、白い頬に首にと口づけをし、舌を這わせた。
「ずっと、あんたが忘れられなかった………」
「さもあろう」
「なあ、媚薬、使ってもいいだろ?」
「駄目だ」
「軽いヤツにする。後遺症も無い。だから………」
「我はもうあの頃とは違う」
 甘えるように相手に体を預けながら、白い指先がグジャラのものを愛撫する。
「媚薬なぞ無くとも、きさまを酔わせてやるわ」


 睦言の代わりに、二人は互いの情報を口にする。
 淫らに白い髪を乱しながら大魔王教徒の情報を求める相手に、グジャラはインディラでの教団の動きを教え、魔族の情報も伝えた。大魔王教団幹部の中にも間諜を飼っているグジャラの情報は、他の情報屋とは比べようもないほど正確で詳細だ。
 ケルベゾールド四天王『サリエル』と『ウズベル』の名が出た時、相手の黒の瞳が激しく光るのを、グジャラは見逃さなかった。


「ジライ、会員証の銅貨は捨てずに持ってろよ」
 巻煙草をくゆらせながら、グジャラが言う。
「俺の店は、誰にでも情報を売る。国にも、軍隊にも、忍者にも、大魔王教徒にも、寺院にも、な。金がある奴なら誰でもいい………むろん、抜け忍でも、な」
 吸うか?と吸い口を向けた。が、全裸でソファーの上に寝そべっていた者に、かぶりを振られ、断られてしまう。グジャラは一人、麻薬入りの煙草を吸った。
「匿ってやる気はないが、客としてなら何時でも歓迎するぜ。支店の奴等にも、話は通しておく。今まで通り、俺の店を使ってくれ」
 白い顔が会心の笑みを浮かべる。忍者の活動に、情報は必須。敵勢力の情報、潜入先の地図、軍隊の動向、流布している噂、等々。諜報術に優れた者でも、その全てを一人で調べるなど不可能。
 大陸一の情報屋グジャラに『支払い能力を失った』と縁を切られるか否かが、死活問題だったのだ。
「あんたがサービスしてくれたから、こっちもオマケをつけよう」
 そう言ってグジャラは、部屋の奥の戸棚から木箱を取り出して来た。テーブルの上に置き、蓋を開ける。
「表の商売の最近の売れ筋だ。商品名は『戦士の矛』」
 小さな三角形の紙の包みが、箱の中に整然と並んでいる。その一つを指先でつまんで、グジャラは相手に投げつけた。
「興奮剤の一種だ。飲めば、一時的に筋力が増強し、痛覚を失い、死の恐怖を忘れる」
 白髪の男は、掌のモノを冷ややかに見つめる。
「その手のモノに興味はない。一時的な能力の向上など、体を痛めつけるだけじゃ」
「その通りだ。中毒性も高い。俺は使わん。だが、大魔王教徒は、これのお得意様だ。箱買いをしていく」
「ほう」
「あいつらは未来など求めていない。今さえ良ければ満足なのさ。だから、これを使う」
「なるほど。狂信者どもが『戦士の矛』を愛飲しておるのか。戦うには、ちと面倒そうじゃな。これは有難く貰っておく。色や匂いを覚えたい」
 白子は立ち上がり、革袋の口を開け、貰ったモノをしまう。その背に、グジャラは尋ねた。
「なあ、ジライ、商売半分、友情半分で聞くが………うまい事、『ウズベル』に意趣返しできたとして、その後、あんた、どうするんだ?」
「さあな」
「インディラに居りゃ、東国の忍の里の奴等も、そうそう手出しできない。ここはインディラ忍者の庭だからな。下手に動けば、全面戦争だ。ンな馬鹿な事は、あの頭はやらねえ。けど、この国を出たら追い忍がつくぜ」
「うむ」
「なあ、インディラで、王宮にでも雇ってもらったらどうだ?なんなら、紹介状、書くぜ」
「………先の事など、どうでもよい。生きて帰れるとも限らんし、な」
「まあ、そうなんだが………必要になったら言ってくれ。たいていの組織に、俺は顔がきく」
「………ずいぶん親切じゃな、グジャラ」
「俺はあんたに惚れてるからな」
 そう言って近づいて来た者を、東国忍者は拒まなかった。口づけを許し、体に触れる事を許す。
「きさま、匿ってくれぬのだろ?これ以上、犯ると我を泊める事になるぞ」
「あんたの情報を売るのは明日だ。今日は客としてもてなしてやる」
「なら、食事と風呂もよこせ」
「後でな」
「麻薬も媚薬も要らぬ。食事に入れたら、殺すぞ」
「おっかねえなあ、あんたは………」


 それは女勇者が、ウッダルプルを訪れる半月前の事だった。
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