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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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信仰と禁忌

 サリエルとの激戦の翌朝………
 戦場跡の荒野で、インディラ忍者ガルバの兜と口元を覆う布の下は、苦渋に満ちた表情になっていた。
 昨夜のうちに部下に荒野に落ちていた武器を回収させたのだが、その数は五百を超え、予想以上に数が多かった。用意していた三台の荷車では全てを運びきれず、仕方なくガルバは追加の車が到着するまで荷物番に残っているのだ。
 人家も畑も無いとはいえ、街道は走っている。日が高くなれば旅人も通るだろう。ただでさえ忍者装束は目立つのに、周囲には大魔王教徒の死骸があふれているのだ。役人がやって来る前に、姿を消したかった。
「ガルバ」
 荒野の南側の丘で野宿していたはずの主人だ。『雷神の槍』を背負い、小荷物を片手に持っている。インディラ教大僧正候補、武闘僧ナーダ。
 ガルバは、ナーダの母の実家に代々仕えている忍者一族の出身。ナーダの母と共に嫁ぎ先に移り、女主人の死後、ナーダを主人と定め、二十数年、忠実に使えている老忍者である。決して表に出られない、非公式の部下であったが。
「聖なる武器候補、まだこんなに残ってるんですか」
 主人は武器の山を見上げた。
 聖なる武器の中には絶えず淡い光を放つ短剣『月のしずく』のようなものもあったが、大抵は外見に特異な特徴はない。つまり、外見からでは通常武器と区別がつかないのだ。
 見分けるには装備するしかない。非資格者が触れた場合、
一、武器が怒って装備者を攻撃する(例、『勇者の剣』、『雷神の槍』)
二、武器として使用できない(鞘から抜けない。弓の場合、弦を引けない)
三、外見がみすぼらしく変化する(刃が曇る。錆びる)
四、装備者の心を操り武器から関心を無くさせる
 の、四パターンがある。今回収集した武器には、触れただけで攻撃してくるような過激な武器はなかった。が、勇者一行全員の記憶を照らし合わせ、聖なる武器を持った敵を二十人ほど倒しているという結論に至っていた。
 通常武器の中に、二十種類近い聖なる武器が混ざっているはずなのだ。
 今、荒野に積み上がっている武器は、やはり刀剣類が多かった。しかし、刀剣といっても、ジャポネの片刃の刀、西国の両刃の剣、ペリシャ教圏のシャムシール(曲刀)ではまるで形が違う。それに、刀剣の種類が豊富なインディラのタルワール・ダオ・アジャカティなどもあるし、各国の伝統的な剣も混ざっている。
 他にも、短剣、小剣、長刀、弓、槍、サイ、チャクラム、鉄鞭、フレイル、独鈷などもあった。気が遠くなるような数だ。
「紛失武器リストとこれを首っ引きで、地道に一つ一つ探すしかありませんねえ」
 と、ナーダが荷物の中から一冊の本を取り出した。インディラ寺院総本山の書庫に秘蔵されている『聖なる武器に関する記録』の、写しである。
 二代目勇者の従者マハラシが記した本に、勇者の従者となった僧侶達が己の見聞を書き足していった、門外不出の貴書、その写本だ(インディラ僧は歴代の勇者の従者となったので、他従者の装備等、聖なる武器を目にする機会が多かったのだ)。
 武器の外見上の特徴、装備条件、性能、威力、追加効果、装備効果等が詳しく図説されている。現在、二百十四の武器が記されている。
 ナーダはその重たげな本を忍者に手渡した。
「総本山から転送魔法で送ってもらったのです。と、いう事で、よろしくお願いしますね」
「御身様?」
「武器の番は私が代わります。私は女勇者様の従者ですからね、ここに居ても、別段、怪しくありません。あなたはその本を持って、ムジャ達と合流してください。期限は三日です。頑張って聖なる武器を探してください」
「しかし、御身様………このような秘蔵の書を私ごときに軽々しく預けてはマズいのでは?」
「問題ありません。その本は写本です。以前、私が原本を写したものですから」
「ですが………あの………」
 しばらく言いよどみ、忍者は思い切って提案した。
「できますれば、聖なる武器の知識をお持ちの御身様に武器の吟味をお願いしたいのですが………私どもとしばし行動を共にしていただくわけには………」
「そういうわけにはいきません」
 ナーダは願いをぴしゃりとはねのけた。
「あなた方といつまでもつるんでいたら、何かあるって匂わせるようなもの。あの鈍いセレスにも不審に思われかねません」
「女勇者様にご事情を説明なさってみては?」
「できるもんですか、あの堅物のセレスに!それに、ガルバ、あなたは、今、インディラ寺院付きお庭番という事になってるんです。いつまでも私があなた方と一緒にいては不自然です」
「………御身様が私兵を抱えておれらようがおられまいが、あの女勇者様はお気になさらないと思いまするが」
 ぶつぶつと小声で文句をつぶやく部下を、ナーダは糸目で睨みつけた。
「あなた方の存在を秘密にせよと、大僧正様から命じられているのです。あなたが何と言おうが、私は、大僧正様のお言葉に逆らいませんからね」
 忍者はやれやれと肩をすくめ、頭を左右に振った。
「大僧正様のご命令では仕方がありませんなあ。大僧正様がおっしゃれば、御身様は黒いものでも白いと思われますからなあ」
 明らかな嫌味に、ナーダはムッと顔をしかめた。
「大僧正様があなた方の存在を秘するよう命じたのは、ゆえあっての事です。いいですか、ガルバ、私は僧侶なんですよ。俗世の垢を全て拭い、本来、身一つで信仰の道に入らねばならない僧侶なんです。それなのに、私には忍者の私兵がいて、しかも、この先何百年あなた方を養っても痛くも痒くもない莫大な隠し財産があるのです。こんな事、世にバレたら、私は破滅です。大僧正候補を降ろされ、寺を追われてしまいますよ」
「そうなられたらなられたで、いっそ還俗してしまわれて、お母上様の仇をですな」
「還俗なぞしません!もう二度と還俗の話はするなと言ったはずですよ!」
「しかし、御身様」
「いいから、その写本を持って、とっととムジャ達と合流してください!武器は私が見張ってますから!」
 語気を荒げる主人と老忍者ガルバは、しばし睨み合うように視線を合わせていた。が………
「ホホホホ、ガルバ、その写本、ちょいと、わしに見せてくれんかの?」
 と、横から声をかけられ、主従の視線がそちらへと向く。
 ナーダとガルバの他には生者はいないはずの荒野に、長い白髪、白髭の黒のローブの老人が佇んでいる。右手には魔術師用の杖が握られていた。
「………カルヴェル様」
 ナーダは眉をしかめた。移動魔法が得手なこの当代随一の魔術師は、どのへんから立ち聞きをしていたのだろう。この老人は姿隠しも得意なはずだ。
「お久しゅうございます、カルヴェル様」
 ナーダの部下のガルバが、老魔術師に対し片膝をつき、恭しく頭を下げた。
 ナーダは更に眉をしかめた。ガルバのナーダへの態度は、主従という立場を越えたかなり気安いものだ。ナーダを赤子の頃から知っているガルバは、三十近いナーダを未だに子供扱いする。そんな忍者がカルヴェルに対し最上の礼を尽くしているのだ、面白いわけがない。
「カルヴェル様、お元気そうで何よりです。今日はどういったご用件でしょう?」と、ナーダ。
「おお、実はの、ナラカの甥よ」
 忍者がチラッと視線を向けてくるのを、ナーダは気づいていた。『ナラカの甥』と呼ばれた事に逆上すまいかと、忍者は心配しているのだ。
 ナーダは澄ました顔を崩さなかった。カルヴェルに憎んでさえいる伯父の名を出されるのは、今日が初めてではない。激昂して魔術師を喜ばせるのは癪だし、忍者に子供扱いをされてなだめられるのはもっと不愉快だ。
「はい、何でしょう、カルヴェル様」
「目の保養にきたのじゃ。ここにわんさと聖なる武器があるのじゃろ?」
 主従は視線を交わし合った。女勇者とサリエルとの戦いは、県令に情報・交通規制をしてもらって、人目のつかぬ舞台で繰り広げたのだが………今世の大魔術師には秘密にできなかったようだ。
「あいかわらず、耳ざといですね」
「なぁに、くれとは言わん。鑑賞させてもらえれば、それで満足じゃ」
「はあ」
「それと、ついでに」
 と、老魔術師はインディラ忍者の手の中の『聖なる武器に関する記録』の写本を杖で指した。
「それも見せてもらいたい」
「それはできません」
 ナーダは忍者から写本を取り戻した。
「これは写しとはいえ、総本山の秘蔵の書が原本です。寺院と無関係の方にお見せするわけにはまいりません」
「したが、おぬし、忍者に見せる気であったろ?」
「いいんです、ガルバは。長年仕えてくれている彼は、私の一部みたいなものですから」
「御身様………」
 老忍者が嬉しそうにナーダを見つめる。便利なので重宝してはいるものの、修行僧のナーダは、忍者軍団を私兵に抱えている事をずっと恥じていた。
 ナーダに滅私奉公する事だけを望み、聞き届けてくれねば自害すると、ガルバが脅迫まがいに懇願しなければ………財産も部下も出家時にナーダは手離していた。今でも機会があれば惜しげもなく捨てるだろう。その事を知っているだけに、ガルバは主人の言葉を喜んだのだ。
 ジーンと感動に瞳をうるませている部下は、ひとまず無視して、ナーダは言葉を続けた。
「それから、聖なる武器は、今、探索中です。お見せできる段階ではありません。日を改めて、おいでいただけますか?」
「駄目じゃ。願いを聞いてもらう」
 カルヴェルは、ナーダの鼻先にぴたりと杖の頭をむけ、にぃっと笑みを浮かべた。
「おぬしは、わしに借りがある」
「借り?」
 カルヴェルは、にんまりと笑った。
「『雷神の槍』の貸し出し(レンタル)料じゃ。是が非でも、その本、見せてもらうぞ」
「………」
 ナーダは肩越しに、背の槍に一瞥をくれた。
「お借りする時に、借り賃が必要だとはおっしゃいませんでしたよね?」
「じゃが、赤毛の傭兵は、自分から『聖王の剣』の借り賃を払うと申し出た。あやつ、いつでも、わしの願いを一つ聞いてくれるそうじゃ。一介の傭兵が使用料を払うというに、天下の大僧正候補殿が知らぬ顔を決め込んで使用料を踏み倒すのはいかがなものかな?」
 ナーダは不機嫌そうに顔をしかめた。忍者ダイダラに対抗する為に、優れた武器が必要だったのだ。とはいえ………こんなわがままな老人を頼ったのは、やはり誤りだったのだ。
「何とおっしゃられようとも、お見せしませんよ。この本をご覧になりたかったら、大僧正様からご許可をいただいて来てください」
「石頭め。おぬしの伯父は、おまえの百倍は話がわかる男じゃったぞ」
「あなたと馴れ合って、堕落したくありませんから」
 と、ナーダはツーンとそっぽを向いた。
 カルヴェルはポリポリと頭を掻き、それから左の指を二本立てた。
「『雷神の槍』の貸し出しに加え、サービスを二つつける。それで、その本、見せてくれんかの?」
「サービス?」
 見せる気はなかったが、ナーダは、一応、サービスの内容だけは聞いておく事にした。
「まず、一つ目」
 カルヴェルは積み上がった武器に目をやり、
「武器全てとおぬしらを移動魔法で運んでやろう」
「おお」
 と、声をあげた忍者を、ナーダは睨んだ。
「二つ目はこれじゃ」
 老魔術師は懐から銀の鈴を取り出した。
「これを貸してやる」
 鈴は風もないのに揺れ動き、耳に心地よい音色をたて続ける。
魔法道具(マジック・アイテム)ですか?」
「さよう。聖なる武器に反応する、魔法の鈴じゃ。聖なる武器に近づければ鈴は鳴り続け、離せば鳴り止む」
「おお」
 と、又も忍者が声を上げる。
「反応距離は一キロから十センチまで調節可能。範囲を最小にして、この鈴を武器一本、一本に近づければ、聖なる武器か否かの選別がすぐにできるぞ」
「おおおおおお」
 忍者が拳を握りしめた。誰だって、五百以上の武器を、分厚い本と首っ引きで一本一本調べていくような面倒な事はしたくあるまい。しかも、期限は三日と切られている。
 ナーダはしばし無言のまま、部下と積み上がった武器を眺め、やがて諦めたように額に手をやった。
「………わかりました。その鈴を拝借できるのでしたら、写本はお見せしましょう。ただし、妙な魔法で中身を写されては困りますので、私の立会いの下での読書で良ければですが………よろしいですか?」


 ナーダと共に現れたカルヴェルに対し………
 女勇者はよそよそしい態度で挨拶をし、東国の少年は村の仇を討てた事を誇らしげに報告し、赤毛の戦士は肩をすくめてみせただけで挨拶すらしなかった。
 セレス達には、カルヴェルをウンナンの寺院まで案内するのだと偽り、半日ほどで戻ると約束して、武闘僧は勇者一行と別れた。


 武闘僧は部下の忍者と共に カルヴェルの移動魔法でウンナン近郊の廃屋に送ってもらった。その地下に、ガルバの部下が普段利用している隠れ処があるのだ。
 突然、移動魔法で現れたカルヴェルを、忍者達は最初、警戒した。しかし、老魔術師が魔法で残りの武器も運んでくれたと知るや喜び、その上、聖なる武器に反応する鈴まで貸してくれるとあっては素直に感謝の気持ちを表した。
 カルヴェル(と、ついでにナーダ)を一番良い部屋に案内し、クッションやら茶菓子を奮発する歓迎ぶり。
 老魔術師はニコニコ笑っていた。
「なかなか家庭的な忍者軍団を作ったようじゃな」
「は。恐れ入ります」
 と、恐縮したのは忍者頭のガルバだった。
 ナーダの方は老人の感想は無視した。『雷神の槍』を壁に立てかけ、老人とテーブルを挟んで向かい合う形で座って、茶をすすっている。
「それでは、私めはこれにて」
 カルヴェルから借りた鈴を手に、ガルバが低頭する。
「武器全てに鈴を試し、聖なる武器の選別が終わりましたら、改めて写本を借りに参ります」
「うむ。それまで、写本はわしが見せてもらおう」
 ホホホホと笑う老人と、仏頂面のナーダ。部屋を後にしてから、忍者ガルバは後ろ髪ひかれる思いで、何度も振り返った。二人っきりになっても、ナーダが冷静さを失わねば何事も起きないはずだ。カルヴェルとてナーダとの対立は望んでいないと思われたが………
「人をからかわれるのが趣味の、困った御仁じゃったからのう」
 忍者ガルバは特大の溜息をつき、廊下を急いだ。なるべく早くあの部屋に戻る為に。


「で、おぬし、何をたくらんでおる?」
『聖なる武器に関する記録』の写本のページをめくりながら、カルヴェルがナーダに尋ねる。
「こたびの聖なる武器探し、セレス達には内緒にしておるのは何故じゃ?しかも、わずか三日で探せと部下に命じる急がせよう。聖なる武器を集めてどうする?」
 茶器を置き、ナーダは口を開いた。
「セレス達に内緒にしているのは、単に、邪魔をして欲しくないからです。今、私がしている取引の内容を知ったら、多分、セレスはお気に召さないでしょうから」
「ほほう。どんな取引じゃ?」
 写本から顔を上げもせず、老魔術師が尋ねる。
「………」
 ナーダは顎の下に手を当てた。取引に関して話したくはなかったが、黙っていても老人は魔法で情報を集めてしまうだろう。ならば、調整した情報を与えた方がいい。
「五日前にウンナン県令に、荒野一帯での戦闘の許可をお願いしました。(さび)れてはいるものの、あそこ街道ですからね、交通規制は必要でしたし、軍隊も派遣されたくなかったので」
「ふむふむ」
「無人の荒野とはいえ自領、戦場となって喜ぶ者はいません。魔族絡みとなれば尚更です。最初、ウンナン県令は荒野の提供に消極的でした。利益(メリット)がある事しかやりたくないという、典型的な小役人タイプだったわけです。で、正攻法で頼んでも埒が明かないと思いまして、餌をちらつかせました。女勇者をつけ狙う魔族は、聖なる武器を数多く持っているぞ、と」
「ほうほう」
「各国で聖なる武器が略奪されている事件は、結構、有名ですからね。案の定、県令は話にのってきました。そこで、ガルバ達に作らせた紛失武器リストを見せてやりました。持ち主がはっきりしている武器は、所有者もしくは遺族に返還しなければ国際問題となります。しかし、リストに無い武器であれば県令が一時保管をする事に何の問題もありませんし、良い環境で管理する為に中央政府の高官の元へ預けても何ら問題はないと、教えてさしあげたのです」
「なるほど。賄賂を勧めたか」
「はて、何の事でしょう。ついでに、聖なる武器を所有者に返還する際の利益についてもアドバイスしました。シャイナ国の力で取りかえした事を笠に着れば、後々、国交を有利に運べますからね。中央政府高官は全ての武器を喜んで預かるだろうと、県令に教えたんです」
「県令は何と?」
「戦闘後に、敵の武器全てを譲渡するよう、要求してきましたよ。それから少し交渉しまして、インディラ寺院関係の武器以外は全て県令に譲渡する事を条件に、荒野での戦闘への協力をとりつけたのです」
「なるほどのう、おぬしの悪知恵のおかげで、その小物、出世できるやもしれぬな」
「さあ、どうでしょう?私としましても、馬鹿の私腹を際限なく肥やしてやる気はありませんので、相応の手を打ちますから。県令が心正しき人物ならば何の痛手にもならない策なんですけど、ね」
 カルヴェルはホホホと笑った。ナーダは、強欲な人間にうまい話を持ちかけ、利用したあげく罠にはめて懲らしめる気なのだ。その為に策を練り、その為に嫌っているカルヴェルの魔法道具(マジック・アイテム)を借りたのだ。
 写本から顔をあげ、老人は満面の笑顔を見せた。
「大僧正候補は、やはり変な奴しか居らんなあ」
「は?」
「おぬし、外見はちとゴツすぎるし、性格もクソ真面目すぎるが………内面はナラカに似ておるぞ」


 ピクッ………と、ナーダの頬がひきつった。


「………そうなのですか?あいにく私は僧侶ナラカとは面識がございませんので、あなたのその発言が真実か否か判断できかねます」
「ならば、ガルバに聞けばよい。あの男は、もともとはナラカの部下。ナラカの出奔後は、おぬしの母のお庭番となったがの」
「………」
「おまえ達、底意地の悪いところなんか、そっくりじゃ」
「………」
 こみかめに青筋を立て、ナーダは、ゆっくりと席を立った。
「………でも、私は彼とは違います」
 そして、壁に立てかけてあった『雷神の槍』を手にし、カルヴェルを睨みつける。
「全ての責任を放棄して野に下るような卑怯な真似、私にはできません」
「同じ大僧正候補として、奴が許せぬか?」
「ええ」
「甥としても、許せぬか?」
「………」
 ナーダは『雷神の槍』を握りしめ、顔を伏せた。


「過ぎた事を今更、愚痴ても仕方がない事です。ただ、母が亡くなった時には………相当、お怨み申し上げましたよ。僧侶ナラカが出奔せず大僧正候補としてインディラに居れば、あの女の一族も寺院を恐れ母に愚かな真似はできなかったでしょうし………母が亡くなる事もなかったでしょうからね」


「幼い頃の私に、ガルバは、勇者ランツ様と伯父上そしてあなたの冒険談をよく語ってくれました。あなた方がどれほど無茶をして、不可能と思われる現実を切り開いて来たか、繰り返し教えてくれたのです。常に死の危険と隣り合わせだった私にとって、ガルバの語る伯父上像は心のよりどころとなっていました。伯父上のような立派で高潔な人物になって母を守りたいと、その頃は本気でそう思ってましたよ」


「僧侶ナラカは大魔王との戦いで殉死したと信じてましたからね………母が亡くなる数日前まで、私は騙され続けていました」


「今では………世に流布している噂通り、大魔王との戦いで伯父上は亡くなったものと思い、気にも留めぬようにしてますけどね」


「信仰を捨て、たった一人の血縁、おぬしの母すら捨て、何ゆえ、奴が失踪したか聞きとうはないのか?」
 ナーダは顔をあげ、冷めた笑みを口元に浮かべた。
「今更聞いてもせんない事です。母は亡くなり、母と私にただ一人忠義を尽くしてくれたガルバは家族も部下も全て失った………何を伺っても過去は変わりません」
「ふむ」
「それに、言い訳なら、あなたからではなく、ご本人から直接伺いたいものですね」
「本人からか………それは、ちと難しいのう」
「もう亡くなられたのですか?」
「いや、まだ生きておる。じゃが、そう易々と出てこられぬ場所に居ってのう」
「………別に、結構です。お会いしたいわけでもありませんし」
 そう言ってから、ナーダは『雷神の槍』を持つ手の向きを変え、柄先をカルヴェルへと差し出した。
「話は変わりますが………『雷神の槍』、お返しします。すばらしい名槍でした。ありがとうございました」
「おや、もう良いのか?」
「はい。どうしても倒したい敵との勝負は終わりました。もはやお借りしている意味がありません」
「さよか?これがあった方が魔族との戦いは有利であろうに」
「そうですね。でも、本来、剣や槍など、鋭い刃を持つ殺傷力の高い武器は僧侶にとって禁忌です。理由もなく使い続けていては、大僧正様に叱られてしまいます」
「………理由があれば良いのか?」
「は?」
「禁忌を犯しても、相応の理由があれば許されると思うか?」
 武闘僧ナーダは、糸目を更に細めて、老人を睨むように見つめた。武器の話題にかこつけて、ナラカの出奔について尋ねているように聞こえたからだ。
「信仰を貫き通した上で、天下にも自分にも恥じない信念があるのなら、人間界の決め事などいくら破っても構わないと思っています。むろん、善人に迷惑をかけないという条件つきで」
 老人は嬉しそうにニコニコニコ笑っている。
「悪人には迷惑をかけても良いと?」
「場合によっては………しかし、」
 そこでナーダは言葉を区切った。荒野で亡くなった人物を思い出したのだ。薄汚い暗殺者の一味と侮り、その非常識なまでの強さに嫉妬し、憎んでさえいた人物は、僧侶であるナーダよりもずっと高潔な魂の持ち主だった。
「………何をもって悪とするかは難しいところですよね」
 老魔術師はホホホと笑う。
「やはり、おぬし、ナラカに似ておるのう」
「………そうですか?ですが、不愉快ですので、同じ事を繰り返して言わないでください」
「内面ばかりではない。多才なところも似ておる。この写本、おぬしが写したと言っておったな。字は達筆、図画も写実的、写字生でも絵描きでもやっていけるぞ。おぬしが総本山の学課で首席だったのは知っておったが、芸術面のセンスまであるとは思わなんだわ。武闘僧のくせに剣や槍も人並み以上に扱えるし、実に面白い奴じゃ」
「私は大僧正候補ですから。学問も魔法も武術も容姿も性格も、どれをとっても一流です。何事においても一番になりたくて、それ相応の努力を重ねてきたのですから、優秀なのは当然の事なのですよ」
 カルヴェルはカラカラと笑った。プライドが雲のように高いところまでそっくりだと言って。
 いつまでもカルヴェルが受け取ってくれないので、ナーダは『雷神の槍』をテーブルの上に置いて嘆息した。何を言っても老人を喜ばせるだけなので、しばらく黙っていようと思いつつ。


 カルヴェルの魔法道具(マジック・アイテム)の鈴のお陰で、聖なる武器探しは一日で終了した。
 聖なる武器は全部で十八あった。
 老魔術師は見つかった武器と『聖なる武器に関する記録』の写本を何度も見比べた後、満足し、ナーダをセレス達の元へ送り、自身も移動魔法で姿を消したのだった。


 四日後、ナーダはウンナンの県令に十五の聖なる武器を譲渡し、その日のうちにウンナンを後にした。


 それから、わずか三日後………
 ウンナン県を皮切りに、シャイナ各地で、同じ芝居がうたれた。『女勇者セレス 荒野死闘編』である。
 勇者一行・魔族・忍者入り乱れての大乱闘。息もつかせぬ大活劇のしめくくりは、ウンナン県令の登場である。清廉潔白な好人物である県令は、魔族の残した聖なる武器を、その名を一つ一つ口にして預かり、必ず持ち主に返すと女勇者と約束するのだった。
 更に一か月後、シャイナにおける人気読本『女勇者セレス』の最新刊『荒野死闘篇』が発売された。そちらにも県令が預かった武器の名前が全て記されていた。
『荒野死闘篇』が世に広まってしまっては、県令も聖なる武器を賄賂として使う事ができなくなった。仕方なく聖なる武器の全てを国に献上し、県令は己の保身を図った。
 聖なる武器はシャイナ皇帝の命によって、速やかに所有者に返還され、持ち主が不明の武器は王宮の宝物庫に納められ管理される事になったのである。


 ちなみに劇団の出資者も『女勇者セレス』の版元に情報を流しているのも、同一人物である。本人は正体を伏せていたが、その代理人はインディラ人で、名はガルバと言った………
『信仰と禁忌』 完。
《第一章 剣と仲間と》完結です。

+ + + + + + +

次回より《第二章 勇者として》が始まります。

最初の話は『黄昏の河』、舞台はインディラ。
大魔王四天王ウズベルとの戦いです。

+ + + + + + +

第二章から『ムーンライトノベルズ』に載せる話も混じります。が、そちらを見なくても、『小説家になろう』の作品だけでストーリーがわかる作りといたしますので、どうかご容赦ください。

第一章、おつきあい、ありがとうございました。
ご感想等、いただけると嬉しいです。励みとなります。

セレスと従者達の旅は、まだまだ続きます。
+注意+
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