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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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死の荒野 6話

「やめて!殺しては駄目よ!」
 止めを刺そうとしたサリエルを阻んだのは、女勇者だった。『勇者の剣』をもって『ムラクモ』を受け止めたのだ。
「魔族に憑かれたんだとしても、仲間でしょ?殺してはいけないわ!」
「何を甘い事を」
 セレスの剣を払い、サリエルは刀を構え直した。
「殺らねば、殺られる。そやつは殺す」
「その必要はありませんよ」
 何時の間にやら、ダイダラの元へは武闘僧が駆け寄っていた。『雷神の槍』を地面に置いて、腹部の傷を調べ、表情を曇らせる。
「この傷じゃ、もうまともに動けません」
「だが」
「それに、本当に魔族に憑かれたのなら、さっきのあなたの一撃で、この方、昇天してますよ。聖なる武器で斬られても生きているのですから、人間です。別の理由で乱心したんじゃないんですか?」
 どうあっても女勇者も武闘僧も引く気は無いようだ。
 武闘僧は三人のインディラ忍者を呼び止め、怪我の治療を命じた。結界が張られている現在、内側の者は誰も魔法が使えない。治癒魔法も唱えられないのだ。
 サリエルは舌打ちした。正体を気取られている以上、早くダイダラを始末したい。しかし、ここであえて知恵遅れの忍者を殺せば、その行動を不審がられてしまう。サリエルは『ムラクモ』を鞘に収めた。
「………そやつは、そちらに任せる」


 女勇者はにっこりと微笑み、『勇者の剣』を下ろした。
「わかってくれて嬉しいわ」
 そして、ナーダと巨人の元へ走る。周囲にはもう敵はほとんどいない。残党狩りは数多くいるインディラ忍者に任せて大丈夫そうだ。怪我はどう?と聞こうとして、セレスは驚いて後ずさった。
 三人のインディラ忍者をはじき飛ばし、一つ目鬼が暴れ出したのだ。斬られた腹部は真っ赤に染まり、腹から腸がはみ出ているというのに。
 ナーダがその怪力で、巨体の忍者の肩を押さえ、地面に無理矢理縛りつけた。が、尚も、巨人はじたばたと暴れる。
「痛覚がないからって、無茶しちゃいけません!あなた、内臓がはみ出ているんです!出血死しますよ!」
 巨人がぱくぱくと口を大きく動かしていた。何か言いたそうなのだが、その口からはうめき声しか漏れない。
「この人、もしかして、口が………」
 セレスは気がついた。相手が大口を開けた時に見えたのだ、異様に短い舌が。この男は舌を切り取られている。それに間近で見れば、額の角も人工物である事がわかる。額に縫い目があるのだ。
「何て事を………」
 ナーダも同じ事に気づいたようで、怒りを堪えるかのように唇を強く噛んでいた。
 巨人の単眼は生まれつきのようだ。異形に生まれた者に角をつけ、舌を抜いたのは誰だろう?その悪意の凄まじさに、セレスも激しい怒りを覚えた。

………その時、セレスの耳に、声でない声が聞こえた。

―――ちがう、ジライ、ちがう―――

「え?」

―――ジライ、じゃない。なか、ちがう―――

「ジライじゃない?中が違う?」
 聞こえた声を鸚鵡返しにすると、巨人は嬉しそうに口を横に広げ、うんうんと頷いた。

―――なか、くろい。でも、ジライも、いる―――

「中、黒い?でも、ジライも居る?」
「セレス、あなた?」
 眉をしかめる武闘僧。セレスは何と言って良いのかわからず首を傾げた。
「ダイダラって人の声が聞こえるの。その忍者ジライは別人だと言ってるみたい。本人も居るけど、今、その体を動かしている魂は違うって………邪悪だと言っているわ」
 セレス、武闘僧、三人のインディラ忍者の視線が、東国忍者ジライに向けられる。ジライの背後の二人の部下も、覆面から探るような眼を覗かせている。
 話題の主のジライは、取り乱しもせず、腕を組み、平然と佇んでいた。
「寝ボケておるようじゃな、その阿呆は。(われ)がジライ以外の誰だというのだ?」
「忍者ジライでなければ、魔族でしょう」
 と、静かに武闘僧が言う。
 ジライの姿の者は声をたてて笑った。
(われ)が魔族?何ゆえ、(われ)が魔族なのだ!」
「………そうだとは断言しません。その可能性があると言っているだけです」
 脇に置いておいた槍を拾い、武闘僧が立ち上がる。
 片腕の忍者ジャコウとくノ一ユリネが走り、ジライを背に庇う形で、忍刀を手に武闘僧の道を塞ぐ。
「きさま、屁理屈をこねてジライ様のお命を狙う気か!」
「通すものか!」
 武闘僧は二人の忍者に対し、肩をすくめてみせた。
「命をとる気はありませんよ。人間だと証明していただければ結構です。この場で試せる方法は二通りです。一つは聖なる武器で傷を負う方法。魔族ならば些少の傷でも死に至るダメージになりますものね。ですが、まあ、怪我をしてもらうのも気がひけますから、もう一つの方法を試させてもらえませんか?」
 武闘僧はインディラ忍者から、油紙で丸めた小さな球を受け取った。
「この仕掛け玉の中には、インディラ総本山にある神秘の泉の水が入っています。魔を浄化する、いわゆる聖水ですが、人体には無害、透明で喉に甘露な名水です。これをあなたにかけますから、しばらくの間、『ムラクモ』を手放し、地面に置いてください」
「………」
「これをかけられても、多少、冷たいだけ。痛くも痒くもありません。嫌とはおっしゃいませんよね、人間なら?」
 ジライは溜息をついた。
「………いた仕方ないのう」
 腰に差していた『ムラクモ』を鞘ごと抜き、ジライの姿の者は、それに地面に置こうと体を低くかがめ………
 いきなり『ムラクモ』を抜刀した。
 ジャコウとユリネの背より血と水飛沫が舞い上がる。
 東国忍者は鞘を投げ捨てそのまま高々と跳躍すると、右手のみで刀を持ち、左手で二本の手裏剣を投げた。その一本をナーダは槍で防いだのだが、彼の背後に居たインディラ忍者が悲鳴をあげて地面に転がった。針状の手裏剣に目を深々と貫かれたのだ。
 地に降り立つや、忍者は風のように走り、インディラ忍者を血祭りにあげてゆく。止めに入った武闘僧を嘲笑うかのように頭上を跳び越し、次に重傷のダイダラを獲物に選ぶ。
「阿呆の分際で!よくも我が策を無駄にしてくれたな!」
 ダイダラを狙った刃は、しかし、女勇者によって止められる。『勇者の剣』を握る女勇者の顔は怒りのあまり朱に染まっていた。
「………仲間を殺したわね」
「そうじゃな。確かに、この体の仲間も殺した。正体が露見してしまった以上、傍に置く意味はない。敵の数は減らさねば、な」
「あなた………誰なの?」
 忍者ジライの体を操る者が、目を細め、薄く笑う。
「我が名はサリエル………」


「サリエルですって………」


 セレスはいぶかしそうに相手を見つめた。
「どういう事?さっき殺したのは影武者って事?」
「さあな」
 横から武闘僧の槍が迫って来たので、忍者は後方に跳び退り、二人との距離を開いた。
「セレス、二人で仕掛け、一気に勝負を決めましょう」
「駄目。ナーダ、あなたは負傷者を診て」
「セレス!」
「あなた、優秀だもの。医学の知識もあるんでしょ?治癒魔法なしでも、怪我人の治療はできるわよね?」
「ですが………」
「お願い………治療すれば助かる人も居るかもしれない」
 生き残っているのはダイダラだけだ………そうとはわかっていたが、武闘僧はセレスの言葉に従う事にした。皆の生死を気にかけ過ぎては、セレスの集中力が衰える。『勇者の剣』と心を一つにできなくなる。ダイダラ以外全員死亡の事実を確認してやった方がいい。
「わかりました、治癒できる方が残っていたら、治療します。ですが、セレス、無茶はなさらないように」


 武闘僧を残し、セレスだけが走り近づいて来る。サリエルは嘲笑と共に女勇者を迎えた。
「愚かな!二人で仕掛ければ隙がつけるやもしれぬのに!」
「………聞きたい事があるの」
 セレスの青い瞳が、サリエルを睨む。
「その体の中に忍者ジライも居るって、ダイダラって人が言ってたわ。どういう事?」
「ふむ………他心通?いや、共感能力だな。制御できぬ微弱な能力のようじゃが………ますます面白い」
「答えなさい!サリエル!ジライはどうなったの?殺してその体を奪ったの?」
「まだ殺してはおらぬ。時間がなかったので、な。ジライは………」
 サリエルは己の胸に左手を当てた。
「ここに居る。ここで我が活躍を、ずっと見ておる。ダイダラの阿呆を斬った時には憤死せんばかりに怒っておったが、ジャコウとユリネを不意打ちにて殺してからは妙に静かじゃ。話しかけても、うんともすんとも言わぬ。絶望のあまり正気を手放したのかもしれん」
「………最低な奴ね、あなたって………」
 セレスは迷っていた。
『勇者の剣』で斬れば、サリエルは倒せる。しかし、同時に宿主のジライも殺してしまう事になる。その肉体は浄化され、この世に一握の塩を残して消滅してしまう。剣の好敵手であった彼を、そんな形で失いたくない。
 斬る以外に他に道は………
(『勇者の剣』………教えて、どうすればいいの?殺されて魔人にされた人間を浄化するのとは違うわ。ジライはまだ生きている。魔さえ払えれば、彼は救えるはずよ)
 真摯なセレスの思いが通じたのか………
 魔法剣は自らの意志で動き、セレスの腕を持ち上げる。そして、その切っ先で『ムラクモ』を指したのだった。
(『ムラクモ』?『ムラクモ』をどうすればいいの?)
 それ以上の答えはない。『ムラクモ』と剣を交わせという事なのだろうか?
 セレスはサリエルとの距離を詰めた。特に手立てがない以上、『勇者の剣』を信じるしかない。


 ナーダは、まず部下の生死を調べた。が、やはり、インディラ忍者三人は絶命していた。
 その横でダイダラが、自分の忍者装束を引き裂いて作った布で腹をぐるぐる巻いていた。内臓は無理矢理、腹の中に押し込んだようだ。痛みを感じないにしても、やる事が大雑把すぎる。
 単眼の鬼は心配そうにジライとセレスを見つめ続けていた。二人は剣で戦っており、かなり離れた位置まで走って行ってしまっている。
 くノ一も息絶えていた。
 が、片腕の忍者は微かながら息をしていた。ナーダはうつぶせに倒れている相手の傷を確認しようと、その場にしゃがみ、背に手をかけた。しかし、怪我人本人に止められてしまう。
「触れるな………離れろ」
「ですが」
「無駄じゃ。もう死ぬ。それより………ユリネは?」
「くノ一ですか?」
「我が弟子じゃ………あれは無事か?」
 くノ一の亡骸は、片腕の忍者の斜め後ろにあった。うつぶせに倒れている彼の視界には入らないのだ。
 ナーダは口元に微かに笑みを作った。
「………重傷ですが、ご無事ですよ。今、私の部下が治療しています」
「さようか………かたじけない。恩に着る………あれが無事ならば未練はない。離れてくれ、この体、処分する」
「自爆する気ですか?もうすぐ結界は解けます。結界さえ無くなれば、私も治癒魔法が使えます。もう少し頑張ってみませんか?」
「………この体、さほど持たぬ。意識があるうちに処分したい。死後に魔族に体を奪われとうない」
「………固いご決意のようですね」
 そこで、ぬっと陰がかかる。単眼の鬼が火薬玉を右手に現れたのだ。
「ダイダラ………か。ユリネを頼む」
 片腕の忍者の消え入りそうな声に、一つ目鬼は頷きを返した。
「………二人とも離れよ」
 巨人がナーダの首に左腕をがっしりとまわし、後方にひきずって行く。爆発に巻き込まれない位置まで連れて行ってくれるようだ。
 単眼の鬼はユリネへと火薬玉を投げた。それと、ほぼ同時くらいに片腕の忍者の体が破裂する。くノ一の体もはじけ飛んだ。
 生への執着を煽る為に、くノ一の死を偽った。騙したまま逝かせてしまったのは心苦しかったが、あの忍者が心安らかに逝けたのであればいい………ナーダは合掌した。
 仲間を送る巨人の顔には何の表情もなかった。忍にとって仲間の死骸を千々に砕くのは当たり前の事なのかもしれないと、武闘僧は思った。


 土を蹴って斬りかかるサリエルを『勇者の剣』で跳ね返し、右へ左へと身をかわす敵のその獲物『ムラクモ』を狙い『勇者の剣』を振り下ろす。もう何度となく同じ事を繰り返している。だが、何も起きない。セレスの疲労がひどくなるばかりだ。
 肩で息をするセレスに対し、サリエルの呼吸に乱れはない。激しく飛び回っている彼の方が息が整っている。
「セレス!」
 武闘僧の声だ。視界の先に、遠くから駆け寄って来る武闘僧と一つ目鬼が映った。
 同じものをサリエルも見ていた。三対一となれば、かすり傷さえ致命傷となるサリエルは不利。一気に勝負を決めようと、無理な間合いから仕掛けてくる。
 その時、セレスには相手の動きが見えた。次にどう仕掛けてくるか手に取るようにわかったのだ。
 相手の動きに先んじ、セレスは右下段から『勇者の剣』を跳ね上げ、『ムラクモ』を弾き飛ばした。
「む!」
 宙の己が武器へと視線を向け、サリエルは、そのまま、その場を動けなくなった。
 ぶるぶると体を揺らし、身を二つに折り、がっくりと膝をつく。
 何かの発作を堪えるかのように。
「………斬れ」
 忍者の口から苦しそうな声が出る。
「はよう斬れ………今なら、こやつ、動けぬ………」
 覆面から覗く目元は苦痛に歪んでいた。先程までとは、漂う雰囲気も異なっている。
「ジライ?忍者ジライね!体を取り戻せたの?」
「虚をつき、サリエルの心を縛った………刀を失った瞬間、こやつの心に隙ができたので、な。じゃが、長くはもたぬ………殺してくれ」
「でも………」
「………我は魔族の傀儡となってまで長らえとうない」
「………」
「慈悲の心を持ち合わせておるのなら………斬ってくれ」


 女勇者は頬を震わせ、サファイアの瞳から一滴の涙をこぼした。つらそうに瞳を伏せ、それから、ゆっくりと瞼を開く。
「ごめんなさい………あなたを救ってあげられなくて」
 がたがたと『勇者の剣』を震わせている。今にも声を出して泣きだしそうなほど顔を歪めてから、その口元に諦念の笑みを浮かべた。
「………もう一度、あなたと剣の勝負がしたかったわ」
 女勇者が『勇者の剣』を振りかざす。
 死ぬのだ。
 この者の手にかかって死ぬのだ………
 そう思うと、ジライの心は甘美な悦びに満たされた。
 忍である以上、刹那、刹那を生きていくのみ。いつ果てても良いように常日頃から死を覚悟してきた。ありとあらゆる死を想定してきたが………
 これほど幸福な死はありえまい。愛しく思い、胸をときめかせていた者の手にかかるのだから………
 鋭い刃が近づくのを、ジライは口づけを待つ乙女のようにうっとりと待ち構えた。
 けれども………
 その刃はジライには届かなかった。
 横から飛び込んできた者がジライの体を突き飛ばし、代わりに刃をその身に受けたのである。


「キャァァァァ!」


 セレスは悲鳴をあげ、『勇者の剣』を大地に落とした。
「いやぁ!こんな………こんな事って!」
 血に染まった顔を歪ませ、セレスは斬ってしまった者の元へ駆け寄った。岩をも砕く『勇者の剣』の凄まじい威力が、その者の体を二つに分けていた。
「ナーダ!お願い!助けて!私、こんなつもりじゃ!」
 懇願するセレスに、武闘僧は静かにかぶりを振った。セレスに斬られ、その者の体は腰椎(ようつい)のあたりで上下二つに分かれていた。大量の血や臓器が周囲に飛び散っている。まだ息はあったが、治療は不可能だ。
 忍者ジライはゆっくりと立ち上がり、自分を突き飛ばした者に一瞥をくれ、
「まさに忠犬。身を挺し主人を庇うとはあっぱれな!」
 と、高らかに声をあげて笑い始めた。その体から広がる気は禍々しいほどに黒く、情の欠片(かけら)もない。
「サリエル!」
 カーッと顔を紅潮させ、武闘僧が槍を構え走る。
 忍者ジライの体を盗んだ魔族は、『ムラクモ』を拾おうとした。が、その進路に仕掛け玉を投げつけられ、聖なる水の飛沫を恐れ、身を引く。武闘僧の槍を、忍者は背の忍刀を抜いて受け止めた。


《ジライ、先ほどは我をうまく出し抜いてくれたが、次は無い。おまえはこのまま内に潜んだまま死ぬのじゃ》
(死ぬ?)
《そうだ。忍の里の次期頭領を失うのは惜しいが、女勇者に正体を知られた以上、おまえはもう要らぬ。敵の数を減らし、適当なところで、新しい(ふく)に移る》
(何?)
《きさまが死ねば、我は次の体に移る。死ぬるのはきさまだけ。我は赤毛の男の内に潜み、外界に出る》


「………ごめんなさい」
 両の目から流れる涙がセレスの頬を濡らしていた。
「………あなたに、こんな事をするつもりはなかったの」
 一つ目鬼ダイダラの命はもう尽きようとしていた。忍者ジライを庇い、『勇者の剣』の前に躍り出た彼は腰椎のあたりで身二つに分けられてしまった。いかに丈夫な彼でも、もはや生きられない。
 セレスの心に、声ではない声が伝わる。忍者ダイダラの思念だ。ダイダラは、セレスに助けを求めている。自分の事ではない。義兄を救って欲しいと願っているのだ。

―――ジライ、きるの、ダメ―――

「でも………」

―――きるの、くろいのだけ。ジライ、ダメ―――


「黒いのだけを………斬る?」


 セレスはハッと瞳を見開いた。
「そうか………そうなんだわ!わかったわ。あなたの大切な人、私が助けてあげる!」
 セレスは走った。
 武闘僧と戦っているサリエルの元へと。
「ナーダ、どいて!」
 セレスは柄を握る形で、両手を振りかざした。


 素手の女勇者が駆けて来る。
 武闘僧が槍を引き、三歩後退する。
 何事かとサリエルは女勇者へと視線を向けた。


 セレスが両手を振り下ろす前に、その手に『勇者の剣』が現れる。持ち手の求めに応じ、剣が自らの意志で飛んできたのだ。
 セレスは『勇者の剣』を、地面まで一気に振り下ろした。忍者ジライの体を両断するように。
 けれども、その刃は、紙一重のところで忍者に達さぬようにした。
 刃で斬るのではなく、『勇者の剣』それ自体が持っている浄化の光を放ったのだ。
 浄化の光はジライの皮膚をすりぬけ、体の中の悪しき黒いもの………それだけを両断した。


『勇者の剣』が重かった。もう腕が痛くて、持ち上げる事もできない。セレスは荒い息を吐きながら、忍者ジライを見つめた。
 憑き物は完全に落ち、その体から黒の気は無くなっていた。しばらく、忍者は棒立ちでその場に立っていた。が、やがて己を取り戻した。
「………すまぬ」
 それだけを言うと、忍刀を背にしまい、風のように走る。途中、聖なる水の溜まりを踏みつつ『ムラクモ』を拾う。聖なる水に触れても、その体は浄化されなかった。
 彼が急いで向かった先には………
 死にかけている仲間が待っていた。


「阿呆のおまえに命を救われるとはな………思いもかけぬ事もあるものだ、ダイダラ」
 その声を聞いて、死相が色濃く現れた顔が嬉しそうに笑みを作った。
「ようやった………よくぞ、我が命を守った。おまえにしては上出来じゃ」
 単眼の鬼の喉でゴボゴボと嫌な音が響き、口から大量の血がこぼれ出す。それでも、巨人はえへらえへらと笑い、義兄を見つめていた。
 ジライは瞳を細め、義弟に微笑みかけた。
「褒美をやろう………受け取れ」
 巨人の首に、ジライは『小夜時雨(ムラクモ)』を振り下ろした。


 雨と血が舞い上がる………


 ダイダラの亡骸を爆破し、一人、荒野に佇む男。その背にセレスは遠慮がちに声をかけた。
「………ごめんなさい、私………」
 忍者は肩越しに振り返り、横目でセレスを見つめた。
「何を謝られる?我等は敵同士。あなたは敵の忍を一匹、斬っただけにござろう」
「もう敵じゃなかったわ!あの時、私が剣を引いていれば………こんな事には………私が未熟なばかりに………」
 忍者はかぶりを振った。
「我は、我自身の不始末で、部下を三人失ったまでの事。あなたのせいではない」
「………」
「サリエルに逃げる間はなかった。アレは果てたと思う。じゃが、まだ終わりではない。サリエルと共に我をはめた者がインディラに居る」
「え?」
「サリエルが教えてくれたのじゃ。四天王の一人ウズベルがインディラに居ると」
「インディラに!」
 セレスの横のナーダが驚いて身を乗り出す。
「インディラの何処です?王宮ですか?まさか寺院に?」
「そこまでは知らん。(われ)が知っているのは、聖なる武器の収集役がサリエル、新たな魔人とやらを造っているのがウズベル、両者は大魔王の命で協力し合っていた。それだけじゃ」
 ジライは、サリエルが投げ捨てた愛刀の鞘を拾い、『ムラクモ』を収めた。
「ここまで虚仮(こけ)にされては捨ててはおけぬ。ウズベルとやら、我が始末する」
 そう言ってから、武闘僧にチラリと視線を向ける。
「サリエルは滅びたはずじゃが、あやつ、我の他にもう一つ、憑ける体があると言うておった。一応、そちらに移っていないか調べた方がよい」
「はあ。わかりました。で、その体というのは?」
「名は言わなんだが、赤毛の男じゃそうな」
「赤毛の男………」
 ナーダとセレスから、サーッと血の気が引く。二人は顔を合わせ、同時に同じ名を叫んだ。
「アジャン?」
「………おそらくな」
 武闘僧は頭を抱える。
「冗談じゃありません!シャーマン体質のアジャンに、あんなろくでもない魔族がついてごらんなさい!乗り物が良すぎて、とことん暴走しちゃいますよ!セレス、アジャンに奴が憑いていたら、さっきの手で追い出してください!」
「あ?ええ………」
 赤毛の傭兵の元へ急ごうと武闘僧に促され、セレスも、二、三歩、歩き出す。しかし、まだこの場を離れたくはなかった。
「あの、でも、今、『勇者の剣』が重くて」
「持ってあげますよ」
「ありがとう………でも、待って、少しだけ。お願い」
 セレスは振り返った。
 何時の間にやら忍者は歩き出しており、二人の間はかなり距離が開いていた。セレスは大きく息を吸い、口の両側に両手をそえ、声を張り上げた。
「ねえ、あなた、大丈夫?」
 足を止め、忍者は振り返った。
「一人で大丈夫なの?」
 忍者は無言だった。
「私達と一緒に行かない?」
「セレス!」
 武闘僧が慌てふためく。
「本気ですか?彼は暗殺者です!あなたの命を狙っていたのですよ!」
「今は違うわ。それに、四天王のウズベルを倒す気みたいだし、魔族と敵対しているんなら協力し合った方が」
「無茶言わないでください!」


 武闘僧と女勇者が言い争っているうちに………東国忍者の姿はその場から消えてしまっていた。
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