挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
女勇者セレス 作者:松宮星

過ぎ去りし日々と未来

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

146/151

仲間 5話

 道を間違えたのだ。


 あの時、心惹かれる道が二つあった。
 だが、進むべき道がどちらかは明らかだった。片方は未来へ、片方は違う方向に繋がっていた。『大魔王を倒す』未来を選択すべきだとわかっていた。
 けれども、もう一つの道は、魂を激しく捉えた。自分はそこへ行かなければいけない、行かねば後悔する……あの時は、強迫観念にかられ、そう思ったのだ。
 道の先に、危険な感じはなかった。そこから漏れる光の波動がとても魅惑的で、吸い寄せられるように足を向けてしまった。


 それが、底が見えぬ湖のように、深い、計り知れないものだと気づいた時には……光に囚われていた。



 夕日に染まった草原に、アジンエリシフがたたずんでいる。
 茜色の世界の中、ジンエリシフの髪が一層、赤く見える。


「おいで、アジスタスフニル」


 アジンエリシフが俺へと左手を伸ばす。
 母さんのようだ。
 まだ小さいアジャニホルトを、右腕に抱きかかえている。
 アジンエリシフのアンダードレスにはアジフラウがまとわりついている。アジンエリシフのドレスの裾をつかみ、アジフラウは左手の指をおしゃぶりしていた。


 繰り返される光景。
 夢で何度も見たそこから始まり、この翌日までを俺は体験する。


 又、見なければいけないのか……
 父がシベルアの犬どもに捕まり、母とアジンエリシフが死に、森で待つ弟と妹の元へ戻る途中で、時は戻る。
 ここに繋がる。
 これで三度目だ。
 アジンエリシフの骸を、又、この目にしなければいけないのか……
 血まみれの、無残な、あの姿を……


 明日、自分の身に何が起こるのか知らぬアジンエリシフが微笑んでいる。


「帰ろう、アジスタスフニル。父さんも母さんも待ってるよ」


 アジンエリシフが俺へと笑いかける。
 溌剌としたアジンエリシフ。
 陽気で勝気でやさしくて……
 誰よりも美しい……俺のアジンエリシフ……


 もう間もなく……


 アジンエリシフは死ぬのだ。


 来春ハリに嫁ぐはずだったのに……


 婚姻が一年早ければ、彼女は生き延びたろう。
 昔気質の部族王ハリのハリビヤルニ王は、部族王を死に追いやったアジ族を軽蔑した。その王の息子ハリハールブダンに嫁していれば、彼女は嫁として守られたろう。


 そして、幼いアジャニホルトとアジフラウ。
 俺が連れまわしたが為に、二人は死んだのだ。
 アジの部族言葉もろくに話せず、一族の掟も知らなかった幼い二人……
 違う生き方を与えてやれば良かったのだ。
 誰かの養子にできれば……
 孤児院にでも置いてくれば……
 死ぬ事はなかったろう。その生が幸せなものとなったかはわからないが……
 ハリレーレク達に見つかり、無理矢理アジ王とされ殺される……そのような未来もありえたろう。


 だが、それでも……


 俺が殺す事はなかった。
 貧しさゆえに風邪を治療してもやれずにアジフラウを殺し、軍隊の奴隷狩りに捕まった俺はアジャニホルトを吹きすさぶ雪嵐の中に放置し凍死させた。

 
 俺は右手を伸ばした。


 俺はずっと……
 帰りたかったのだ……


 俺一人が生き延びる未来など欲しくなかった。
 死ぬのなら、共に……
 アジンエリシフと共に果てたかった……


 アジンエリシフが微笑んでいる。
 その左手には片手剣があった。


 笑いながら、アジンエリシフが片手剣を振るう。
 確かな痛みが額に走る。
 額を割られたようだ。


 利き腕でもないのに、器用に剣を操るものだ。
 そう思いながら、膝をついた。


 アジャニホルトとアジフラウの靴が見えた。顔をあげると、手にナイフを持った二人が目の前に立っていた。
 笑っている。
 そうだ……
 それでいい……
 おまえ達には俺を殺す資格がある。
 俺がおまえ達を殺したのだから。


「アジャン!」


 誰かが俺の横を駆け抜ける。


 アジンエリシフを斬ったのは……女か?
 白銀の鎧を着た金の髪の女……


 そして、幼い弟と妹を斬ったのは……子供だ。
 銀に輝く長い爪を両手に装備した黒髪の子供だ……


 そうだ……
 殺してやればよかったのだ……
 苦しみぬいた末に、みじめな死を迎えさせるぐらいなら……
 一撃で、楽に殺してやれば良かったのだ。


 皆、死んだのなら、次は俺の番だ。
 こいつらが俺も殺してくれるのか……?


「ここまで、あなたが馬鹿だったとは思いませんでしたよ!」
 ぐっと肩を押さえられたかと思うと、あたたかな光が俺を包みこんだ。
「良心の呵責のあまり、幻に自分を刺させるだなんて……自殺する気だったのですか?」
 治癒魔法をかけられている……そう気づいた時には、泣きはらした目の子供が正面に立ちオレを睨んでいた。
「アジャンさんの死なんか誰も望んでません! 弟さんも妹さんも……大好きなお兄さんを殺すものですか!」
 何故、そんなに激しく怒る?
 不思議に思っていると、金髪の女が俺が近寄って来て俺の右頬をはたいた。
「あなた、自分が何をしたかわかってるの? アジンエリシフさんもアジャニホルトさんも、えっと……妹さんも、あなたが辱めたのよ! みんな、あなたを怨むはずないじゃない! あなたを愛しているんだから!」
 何故、そんな事が断言できるんだ……?
 こいつらは誰だ……?
 綺麗な顔を歪め、俺を睨む女。眉間に皺を寄せて歪んだ眉、涙に濡れたサファイアの瞳、怒りのあまりわなわなと震える赤い唇。
 微笑めばいいのに……そう思った。
 笑みを浮かべれば美しいだろう……
 アジンエリシフと同じくらいに……
 この顔には……見覚えがある……
 誰だ……?
 思い出そうとすると、頭が痛んだ。
 視界の端に、覆面で顔を隠した妙な格好の男が見えた。男が呆れたように言う。
「刃物で自傷か……きさまがM趣味とは知らなんだわ」


 怒りのあまり、目の前が真っ赤になった。


「気色悪いことぬかすんじゃねえ! このクソ忍者! 変態はおまえだろうが!」


 怒鳴ったせいで、頭痛がひどくなった。
 が、頭の中がやけにすっきりした。
 俺は……
 過去の幻に囚われていたのか……
 ケルティで過去と決別したつもりだったが……
 まだアジンエリシフ達の死をひきずっていたのか……


「アジャンさん!」
 嬉しそうにシャオロンが抱きついてくる。
 俺の為に、アジャニホルトとアジフラウの幻を切らせてしまった……幼い子供を手にかけるなど、シャオロンがすべき事ではない……
「すまなかった……」
 それだけは口にできた。
 馬鹿女が『いいのよ、気にしないで』とムカつく笑顔で言った。おまえに言ったんじゃない。腹が立ったんで、そっぽを向いた。 


 周囲が闇となる。
 幻術が解け、ありのままの世界が見えるようになったのだ。
 ここは……大魔王の城の異次元通路から通じる空間。
 果てなどない、だだっぴろい空間に思えたが……
 俺の勘では、ここもあの城の中だ。
「治癒完了です」
 ナーダが乱暴に俺の肩をぴしゃりと叩く。
「ま、『極光の剣』をふりかざして襲ってくるよりは、自傷行為で満足してくれてる方がマシですよね、周囲に被害が出ませんから。でも、もう二度と、くだらない理由で怪我なんかしないでください。魔力がもったいないです」
「ケッ! 仲間が怪我した時ぐらいしか働きどころがない奴が偉そうに……」
 くそぉ……
 礼を言いそびれちまったじゃねえか……
 クソ坊主め。
 ナーダが光球を浮かべる。
 俺達を包みこむ形で結界も張っているとの事なので、瘴気を吸わずに進めるとの事だ。
 勇者一行全員それぞれに幻術がかけられていたのだと、ナーダは言う。幻術から生まれた人間を倒し、自分は幻術の中にいたのだと認識しなければ、その術は解けないのだとも。
「で……おそらく、カルヴェル様もこの幻術にかかってると思うのです。アジャン、あなたの勘だけが頼りです。カルヴェル様はどちらにいらっしゃるのでしょう?」
 俺を便利な魔法道具か何かだと思ってやがるな、クソ坊主。
 俺は進むべき方向がわかるだけだ。何でもかんでもわかるわけじゃねえ。
 あのクソジジイのもとへ進みたいと思えば、何となくわかるがな……
「こっちだ」
 俺が指をさすと、馬鹿女が拳を握りしめる。
「さすがね、アジャン!」
「すごいです、さすが、アジャンさん」と、シャオロン。
「さすがはケルティのシャーマン戦士、我らとは格が違うな」
 と、フフンと笑いながらクソ忍者が皮肉な口調で言う。
「おまえの案内なら、間違いはない。我らが、今、ここに、こうしておるのも、ほんにおまえのおかげじゃ」
「その通りですね。もう二度と体験したくないような貴重な経験もできましたしね……本当、アジャンが先導してくださるので助かっています」
 やけにトゲのある声でクソ坊主。
 こいつら……
 気づいてやがるのか?
 俺が道を間違えたことを……
 いや……確信があるはずない。
 こいつらに次元通路は見えないんだ。
 俺が道を誤って、そのせいで、皆、罠にはまったんじゃねえかと疑っているだけだ。
 まあ、実際、そうだが……
 よほど不愉快な経験をしたのか、クソ坊主もクソ忍者も不機嫌そうだ。
 チッ!
 俺がいなきゃ、一歩も進めないくせに!
 わかった! とっととジジイを見つければいいんだろうが!
 もう道も誤らん! それでいいだろうが!


「ジジイが正気失ってたらどうするんだ?」
 闇の中を進みながら、尋ねる。
 ナーダとセレスが溜息をついた。シャオロンと忍者からは特に反応が返らなかった。が、気持ちは同じだろう。
 まっとうに戦って勝てるような相手じゃねえ。俺達五人が束になってかかっても、ひとひねりされちまうだろう。
 最下層でのド派手な魔法の嵐を思い出し、俺まで溜息をついた。
 六種類の攻撃魔法と結界魔法と探知の魔法を同時に使ってやがったんだ、あのジジイ。俺達とのんきにおしゃべりしながら。
 セレスの『勇者の剣』が、無限の守護の力ってヤツを発揮すればどうにかなるのかもしれない。しかし、『勇者の剣』は気分屋だ。アテにしては痛い目にあう。
「カルヴェル様と一緒にいる幻……予想がつきます」
「そうね……」
 と、セレス。顔だけ振り返って見れば、珍しくシュンとした顔をしている。
「お師匠様にとって大切な心の聖域といえば、決まってるわよね……間違いないと思う」
 抜き身の『勇者の剣』の柄をぎゅっと握りしめ、馬鹿女がひどく真面目な顔で言う。
「私が……ううん、『勇者の剣』が倒すべき相手だと思う。本物の『勇者の剣』を目にすれば、幻に心奪われていたとしても、お師匠様が正気に戻ってくださるんじゃないかしら?」
「だといいですねえ……」
 ナーダが、又も、溜息をつく。
「『勇者の剣』とあなた以外、戦力差をひっくり返せる要素はありませんからね。戦闘とならない事を祈るばかりです」


 俺は当代随一の大魔術師様の過去なんざ知らん。
 だが、わかる。
 あのクソジジイが心のよりどころなんて、そんな殊勝なもん抱えてるとも思えねえが……抱えているとしたら、アレしかねえ。
 仲間。
 あのジジイにとっての、本当の仲間だ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ