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女勇者セレス 作者:松宮星

過ぎ去りし日々と未来

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仲間 4話

 白い光の中で……
 シャオロンはご家族と一緒に野原にいた。


 束髪の道着を着た男達。武闘家ユーシェンとその息子……シャオロンのお兄さん達、そしてお母様。
 家族との行楽(ピクニック)の思い出なのだろうか、まだ小さな子供が二人、大きなお兄さん達と戯れている。
 一番、小さな子供がシャオロンなのだろう。


 ジライが『ムラクモ』を構える。
 幻術が生み出したものを消滅させなければ、シャオロンは目覚めない。
 それはわかっている。
 けれども……
 大切な家族を、又、シャオロンから奪うだなんて、ひどすぎる。
 二年前の夏の日に彼の故郷の村は焼け……彼ただ一人が生き残り……
 冬の荒野でシャオロンは自ら、魔族に利用されていた父と兄の体を浄化した。
 二度も家族に死なれているのも同じなのに……
 その上、又……
「待って、ジライ」
 刃をシャオロンの家族へと向けようとする仲間を、私は止めた。
 しかし、ジライは静かに頭を振った。
「斬るのは、私の役にございます」
 術を解くには、その方法しかないのだろうか……?
「セレス様は、シャオロンのお心をお救いなさいませ」


 大切な家族を失った彼が、傷つかないように……
 私のように復讐の妄執に憑かれないように……
 私にできる事は……


「ちょっとだけ待って……」
 私はシャオロン達へと歩を進めた。
 皆、とても楽しそうだ。無邪気な顔でシャオロンが笑い、大好きなお兄さんに抱きついている。
 幻のご家族の目には私が見えないようだ。シャオロンも、まったく私に気づいていない。
 そっと手を伸ばして、幼児となったシャオロンの体を抱えた。
 お兄さんから急に切り離され、シャオロンが戸惑う。お兄さん達もびっくりしている。彼等には、シャオロンが宙に浮いているようにでも、見えているのだろうか。
 もがくシャオロンを左腕で包み込みながら、足元に降ろす。
 私の右手には『勇者の剣』がある。
 剣に幻術を祓って欲しいと切に願う。
 けれども……
 腕の中のシャオロンは動けぬ事にただ戸惑い、お兄さん達も魔物の悪戯かもしれないとシャオロンを助けようと彼に触れようとする。
『勇者の剣』の守護の力では祓えないのかと、悔しく思う。私も幻術の中に居た。剣には干渉できない領域の魔法なのだろか?
 私は上体をまげて、小さな彼を体で包み込んだ。右腕でシャオロンを抱き締めて動けぬようにして、左手で彼の両目を塞いだ。
「ジライ……お願い……」
 私の求めに応じ、忍者が走る。
 流れるようにシャオロンの家族の間を走り、ほんの数秒で全員を刃にかける。急所をつき、皆、即死させる。
 けれども……
 血の匂い、人の倒れる音や気配、最後に喉から漏れる声などは、どうしても隠しきれない。
 死を印象づけてから、ご家族の幻は消え失せた。
 全員、跡形もなく。
「あ、あ、あ、あ」
 シャオロンの小さな体が、ぶるぶると震える。
 何が起きたのか、わかっているのだ……
「幻なのよ、シャオロン……あなたのご家族は二年前に亡くなっているわ」
 私はシャオロンを抱き締めた。
「ごめんなさい……シャオロン……」
 熱いものが私の左手を濡らす。
 私の指が、どんどん濡れてゆく……
「許して……ごめんなさい……」
 泣きながら震えているシャオロンに、私は、ただ謝る事しかできなかった。


 そのままどれぐらい抱き締めていたのだろう?
「セレス様……」
 腕の中のシャオロンから呼びかけられた。
 いつのまにか周囲は、闇に包まれていた。
 幻術をもたらしていた白い光は消えている。
「すみませんでした……もう大丈夫です」
 私が抱き締めているシャオロンは、元の姿に戻っているようだ。暗くてよくわからないけれど、背が伸びている。立っていることができず、膝をつきその場に座っているみたいだ。
 私が左手を離すと、シャオロンは右腕で急いで目元をゴシゴシとこすり、それから私から離れた。
「セレス様、ジライさん、ありがとうございました」
 今、ここにいるのが私とジライだと気配で察したのか、そう感謝の気持ちを伝えてきた。シャオロンのことだから、私達に対し頭を深々と下げているのだと思う。
「セレス様のお声が聞こえました……」
 シャオロンの声は少し震えている。
「あの家族は幻だってセレス様がおっしゃって……オレも思い出せました。オレ、偽物だって知っていました……知っていたのに、惑わされるなんて、オレ、本当にダメですよね」
「そんな事はないわ。あなたが悪いんじゃない」
「……セレス様のお心づかいで……オレは何も見なくてすみました……本当に、ありがとうございました」
 じわ〜と涙があふれてきた。
 でも、泣いてはいけない。
 シャオロンが涙を堪えているのだから、私が泣くべきじゃない。
 シャオロンだけではなく自分も奮い立たせる為に、私は力強く言った。
「さあ、行きましょ。アジャン達も起こさなくっちゃ」
「次はナーダですな。ここより近い」
 三人とも魔法道具を手に、魔法道具自体が持つ淡い光に照らされながら、ナーダがいるはずの場所を目指し進んだ。


 ナーダが囚われている白い光の中で……
 とても美しい女性が、優しく微笑んでいた。たいへん高貴な御身分のようで、インディラ風の衣装も立派で上品なものだった。
 周囲もたいへんきらびやか。王宮の中なのだろうか?
 私は思わず首をひねっていた。
 あの女の人と、何処かで、お会いした事があるような……?お顔には覚えがある。けれども、誰だか思い出せない。
 頭にターバンを巻いた、白い衣装の子供がその女性の前に跪いていた。まるで臣下のように恭しく。
「待っていましたよ、ジライ」
 子供だ。私達の方を見もしないで、女性の前に跪きながら子供が言葉を続ける。声は子供らしく高いものなのに、口調はナーダそのものだ。
「あなたならここまで来られるとわかっていました。母の幻を斬ってください」
 母……?
 あの女性がナーダのお母様なの? 


 駆け寄ったジライが、『ムラクモ』を振るう。
 その女性が倒れ消えゆくまで、子供は跪いたまま微動だにしなかった。


「助かりました」
 白く輝く光は消え、周囲は闇に包まれた。
「アレが幻とわかっていても、私では手を下せなかったので……」
 普段通りの低く落ち着いた声が闇から聞こえる。
「ジライ、あなたが勇者一行にいなかったら、我々の旅はここで終わっていたでしょう。あなたが我々と共にある事を、あなたと神に感謝します」
 何故、そこで『神』にまで礼を言うと、不満そうなジライ。
 でも……
 私とシャオロンは幻に囚われていたけれども、ナーダは正気だったようだ。しかし、それでも、幻を祓えなかったのだ。
 どうして……?
「私の所にも幻術が生み出した人間が現れたんだけど……アレは何だったの?」
「それぞれが大切に思っているモノを具現化したものです」
「アレ……私には斬れなかったわ、シャオロンもよ」
「普通の人間には無理ですよ」
 懐から魔法道具を取り出したナーダ。その右の掌にある魔法道具の放つ光が、彼を照らす。ナーダは感情のうかがえぬ静かな顔をしている。
「執着がありますから」
「執着?」
 結界を張りますと断ってから、ナーダが結界魔法を使う。自分の周囲に結界を張ったのだろう。光球も浮かべてくれたので、皆の顔が見えるようになる。
 アジャンの元へ行きましょうと、歩き出すナーダ。私もシャオロン達も、その後を追った。
「さっき、私もシャオロンも、完全に過去の自分と同化しちゃってたの。でも、あなたは違ったわね?」
「どんな性質の呪かは察する事ができたので、術に完全にはまる前に精神障壁を張りましたので」
「ああ、それで、正気だったのね」
「ええ。ですが、術を破る為の行動が起こせませんでした。心の中の聖域を……己の心の支えとしている清らかなものを……捨て去れなかったのです」
「どういう事?」
「あの母の幻は、私の母への愛情や思い出から作り出されたものです。こういう方だったと思い出す通りに母の幻は動き、私も母に対してとるであろう行動しかとれなかったのです」
「それ以外の行動を取ろうとしたら、動けなくなる?」
 出会ってすぐにおじい様の幻を斬ろうとして果たせなかった事を思い出した。
「そうです。母を殺すなど、現実の私にはありえないこと……無心となれれば良かったのですが、無理でした。一片でも情が残っていては、良心の呵責から肉体は行動を止めてしまうので」
「じゃあ、私は……おじい様を愛していたから、あの幻が斬れなかったのね」
「おや、あなたの所にはランツ様が現れたのですか」
「オレの所には亡くなった家族が現れました」と、シャオロン。
「我の前には剣の師が現れた」
 面白くなさそうにジライが言う。
「だが、何年も前に亡くなられた方だ。ご本人のはずがない。だから、斬った、それだけだ」
「そうきっぱりと言い切り、その通りに行動できるからあなたは幻が斬れたんですよ」
 ナーダが小さく笑う。
「愛しい者を斬ることへのためらい、罪の意識、悲しみも感じることなく、共に過ごした過去を思い出す事もない。よけいな情をからめず、殺人の為の殺人に集中できる……あなたはとても優秀な忍ですから」
 何となくわかったような……
 私はジライへと顔を向けた。
「あなたの潔さに私達は救われたってわけね、ありがとう、ジライ! さすがね!」
「さすがです、ジライさん!」と、私にシャオロンも同調する。
「なにほどのこともございませぬ」
 左手で覆面に覆われた頭を照れたように掻き、ハハハハとジライが笑う。
「我々の中でそんな境地に至れるのは、ジライだけなわけで」
 ナーダが大きな溜息をつく。
「この先が怖いです……アジャン、絶対に、幻に、がっつり溺れてるでしょうから」
 う!
 確かに!
 ご家族を失い一人生き残った運命を呪い、アジャンは祖先神への信仰も捨てたのだ。
 ケルティで触れた彼の深い嘆きを思い出し、胸がズキンと痛む。
 アジャンは、きっとご家族と一緒に居る。大切なお姉さんアジンエリシフさんと一緒に……
「更に」
 この上ないというほどの特大の溜息が、ナーダの口から漏れる。
「先ほどから何の音沙汰も無いことから察するに……カルヴェル様も幻に囚われてるでしょうし」


(…………………………)


 えぇぇぇ〜?
 お師匠様までぇ?


 でも、確かに……
 はぐれたら拾ってやるっておっしゃってたのに、私達四人のもとへ姿を見せていないし、誰にも心話を送ってきてないようだ。
 お師匠様も術に囚われているかもしれない。
 ナーダみたいに精神障壁を張って正気を保っていればいいけれど、私やシャオロンみたいに過去の思い出に飲み込まれているのだとしたら……
 私達は、お師匠様と戦わなくてはいけなくなるかも。
「まずはアジャンです。カルヴェル様は目印の魔法道具はお持ちじゃないですからね、その現在地は我々にはわかりません。でも、アジャンなら、天性の勘でカルヴェル様のいらっしゃる場所がわかると思いますし……カルヴェル様が正気を失われているのなら全員で封じに走りたいですしね」
 それは、もっともだ。
 さっき、私がジライを『仇』と思いこみ襲ったみたいに、お師匠様が私達に敵意を向けられたら……
 アジャンを含めた五人で力を合わせても、勝てない気がする……
 お師匠様が正気である事を祈ろう。


「ナーダ様……」
 ためらいがちに、シャオロンが尋ねる。
「さっき、何故、お母様の前で跪いていらっしゃったんですか?」
 その事は私も気になっていた。
「向こうのペースにはまらぬよう、こちらから話かけていたんです。過去の心動かされる場面(シーン)に移動されてはたまらないと思いまして……さすがに、亡くなる間際のお姿とかはもう拝見したくなかったので」
 やはり、お母様とのお別れはつらいものだったのね。
 私も……
 お母様とのお別れは悲しかった。
 小さかったから、ただ、ただ、泣いてばかりだったけれど……
「お母様とどんな話をなさったの?」と、私が尋ねる。
「夢を見たということで……母が亡くなってからの私の人生を語って聞かせていました。勇者の従者として、これから仲間にそのお身体を斬ってもらう事もお伝えし、お詫びしました」
「お母様は何と?」
「正しい判断だと。辛い選択を乗り越え立派に大僧正候補を務めている私を誇りに思う……そんな事をおっしゃってましたね」
「そう……」
 ナーダはインディラ国王の長子だ。本人は何も語ってくれないけれども、世継ぎとなるべき長子が出家したのだ、よっぽどの事情があったのだと思う。
「それなら……良かったわ」
 ナーダのお母様が、ナーダの人生を認めて褒めてくださったのなら。
「セレス」
 苛々したような声で、ナーダが言う。
「アレは私の願望が見せた幻。私が望む答えしか返せませんよ」
「え?」
「その程度のものだったのです。アレは母ではありません……もうこの話題はやめましょう。アジャン達を救う(すべ)でも考えていてください」
 それ以上の会話は、武闘僧の逞しい大きな背は拒んでいた。
 私、又、無神経な事を言ってしまったのだろうか?


 でも、望んだ答えしか返ってこないのだと知っていて、それでも、あえて人生を語り、御命を奪う事をお詫びしたのだから……
 本当のお母様ではないとわかっていても……
『自分の選択は間違っていなかった』のだと、お母様から支持してもらいたかったのかもしれない。
 そんな気がした。
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