挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
女勇者セレス 作者:松宮星

過ぎ去りし日々と未来

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

139/151

悪夢 2話

《開ケルナ……》


 俺は森を走っていた。
 薄暗い森の中を、ただひたすら家を目指し走っていた。


《開ケルナ……》


 そこに……アジンエリシフが居るのだ。


 病に伏せている母さんを守る為……
 俺とアジャニホルトとアジフラウを少しでも遠くに逃す為……


 彼女は片手剣を持って、家に籠もった。


 父を売ったアジの男どもから、アジの誇りを守る為に……


《開ケルナ……》


 アジャニホルトとアジフラウは森に隠してきた。


 急がねば……


 早く戻らなければ……


 アジンエリシフが……


《開ケルナ……》


 森の先に村がある……
 俺の家はその外れだ……
 家の中にはアジンエリシフが……



《開ケルナ!》


* * * * * *


「アジャン!」
 激しく扉を叩く音。
 赤毛の戦士アジャンはむっくりと寝台から起き上がった。
 尚も廊下から扉を叩く音がする。
 寝起きのところに耳に不快な音。最低な気分のまま、赤毛の戦士は扉を開けた。
「朝っぱらから、っせぇぞ、クソ坊主、何の用だ?」 
 廊下にはアジャンよりも更に大柄な男と、侯爵家のメイドがいた。
 筋骨逞しい大男――武闘僧ナーダはあきれたように糸目を細めた。
「朝? 知りませんでした、正午から二時間過ぎても、あなたにとってまだ朝の時間なのですね」
 ボリボリと赤毛を掻く男を見つめ、やれやれと僧侶は頭を振った。
「時間感覚が狂うぐらいなら早寝をしなさいな。朝までセレスん家の侍女とベッドで励んでるから、馬鹿な勘違いをするんです」
 頭痛を覚え、アジャンは額を押さえた。
「用があるならとっとと言え……ないなら失せろ。俺は寝直す」
「用事があるから起こしたのです。急用です。アジャン、あなたに来客です。とても愛らしい赤子を抱いた十代後半の女性が大事な話があるとあなたに面会を求めて来たそうですよ」
 そうですよね? と、問われ、侯爵家のメイドが小さく頷きを返した。
「二階の東の客間にお通しいたしました」
「彼女、五分以上、あなたを起こしていたんですよ。あなた、あなた付きのこの方に就寝中は絶対に入るなって命じてるんですって? 寝ボケて襲うとでも恐れてるんですか? いぎたないあなたせのせいで、かわいそうにこの方、声が枯れちゃったんですよ。見兼ねて仕方なく、私があなたをお起こししたわけです。結婚話だか別れ話だか養育費請求だか知りませんが、セレスが王宮から帰ってくる前に話をすませておいた方がよろしいかと思いますが?」


 客間の女性を見て、赤毛の傭兵は口元を綻ばせた。
 立派なソファーに腰を下ろすのをためらったのだろう、女性は窓辺に佇んでいた。栗色の髪の、小柄なかわいらしい女性だ。麻の、粗末だが、清潔感あふれる服をまとっている。
「ミーリアか……大きく、いや、別嬪になったものだ」
「お久しぶりです、アジャンさん……」
 女性が嬉しそうに小走りに近寄って来る。その腕にはまだ四〜五ヶ月の赤ん坊がいた。
「結婚したのか?」
 赤毛の戦士は、瞳を細め、彼にしてはやさしく女性の手の中の赤子に微笑みかけた。
「はい……ニ年前に。どうにか父を安心させてやれました。この子は、ノルンと言います」
「ノルンか……」
 赤ん坊を抱き直す女性を、赤毛の戦士は笑みと共に見つめた。
「抱いてもいいか?」
「はい」
 にっこりと微笑む女性から赤子を手渡され、大柄な男はその腕の中に小さな命を抱いた。危なげなところは全くない。赤子の世話に慣れた手つきだ。軽く揺すってあやしてから、アジャンは赤子を母親の手に返した。
「可愛い子供だ、良かったな、サイスにまったく似ていなくて」
「まあ」
 女性はフフフと笑い、悪戯の共犯者を見るように赤毛の戦士を見つめた。
「良かった、アジャンさんがいらしてくださって。不安で卒倒しそうだったのですよ。こんなきらびやかなお部屋で待たされるなんて夢にも思ってませんでした」
 赤ん坊を抱く女性は、豪奢な調度品の並ぶ客間を苦笑まじりに見渡した。
「街の噂で、勇者様の従者様として侯爵家にご滞在と伺って、いてもたってもいられず裏口からお訪ねしたのですが……私のような身分の者が、まさかこのようなお部屋に案内されるなんて……」
「この家の人間はおかしいんだ、気にするな」
 と、言ってから赤毛の戦士はニヤリと笑ってソファーを顎でしゃくった。
「絹張りだぞ。スプリングもいい。滅多に腰を下ろせるもんじゃないんだ、座っとけ」
「でも……粗相があって汚してしまったら……とても弁償できないし」
「ああ」
 アジャンは再び赤ん坊をひょいと母親の手から奪った。
「抱いててやるから、座っとけ。記念だ」
「まあ」
 小さく笑ってから、女性はおどけたように赤毛の戦士に頭を下げた。
「では、お言葉に甘えてありがたく……」
 ソッと腰を下ろした女性は、ホウとため息をついた。
「雲の上にいるみたい。お貴族様のものは、やっぱり家具一つとっても違うものですね。これが本当のソファーなら、うちのなんかボロ布の塊だわ」
「もっと深く腰かけろ。緊張しっぱなしだったんだろ?」
「こんなソファー、座ったって緊張しどおしですよ、疲れなんかとれません」
 フフフと笑って、女性は懐から取り出した金袋をソファーの前のテーブルに置いた。
「うちのボロ布椅子の方が落ち着きます。すぐにも帰りますよ、これをお渡ししたら……。アジャンさん……父がアジャンさんよりお預かりしていたモノ、お返しいたします。長い間、ありがとうございました」
「なに?」
 赤毛の戦士に対し、女性は寂しそうな笑みを見せた。
「父は、先月の初めに亡くなりました」
「サイスが?」
 女性は頷き、ソファーから立ち上がった。
「積荷の事故で……頭を打って、そのまま……」
「そうか……」
 赤毛の戦士は静かに頭を垂れた。
「殺しても死にそうにないタフな男だったが……あっけないものだな。お悔やみ申し上げる」
「ありがとうございます。父はいつもあなたに感謝していました。父が第二の人生を歩めたのは、あなたのおかげです。本当にありがとうございました……」
「礼を言われるほどのことはしていない……」
 赤毛の戦士は眉をしかめた。
「金を預かってもらっていただけだ……」
「必要な時いくらでも中身を使っていい、返せる時に中身を戻してくれればいいって条件で? 五年間、一回も返せともおっしゃらずに?」
「……使うアテが無かっただけだ」
「そのお金のおかげで、両足を失ったもと傭兵の父が小さいなりにも自分の店が持てたのです。ありがとうございます。半年前にようやく……元金に戻せたと、喜んでいたんですよ」
「サイスには昔……世話になったんだ。右も左もわからん小僧に、傭兵業を教えてくれた。契約の仕方も接客の仕方も、みな、あんたの親父が教えてくれた。その金はその礼だ。馬鹿正直に言っても、あの男、受け取ってくれんから『預ける』って言っただけだ。俺にとっては、もう無くなった金だ。ミーリア、持っていてくれ。その金が、いざって時、おまえを守るだろう」
「いいえ、アジャンさん、受け取れません。そのお金は傭兵のあなたが、傭兵の父に預けたものですもの」
 女性はにっこりと微笑んだ。
「お返しいたします。父の跡をついだ、私の亭主、やり手なんですよ。収入もぐんぐん伸びています。そんなはした金、もういりませんわ」
「はした金か」
 女性は悪戯者っぽく笑い、赤毛の戦士の腕から赤子を受け取った。
「あまり格好いいことばかりなさるから、馬鹿な小娘があなたにのぼせちゃったんです。そんなお金持ってたら、私、昔みたいにあなたにフラフラまどいかねませんもの。いりませんわ。私、貞淑な妻でいたいんです。それに、あなたに振られるのは、もうこりごり」


 裏口まで母子を送った赤毛の戦士は、彼女の姿が見えなくなるや屋敷の方角へと振り返り、庭の木の陰の大男を睨みつけた。
「いい趣味じゃねえか、クソ坊主。覗きは楽しいか?」
「別に覗いていたわけじゃありませんよ」
 悪びれた風もなく武闘僧ナーダが、赤毛の戦士アジャンへと近づきゆく。
「『三十人殺しのサイス』のお嬢さんを拝見したかったので、裏口付近で武闘の鍛錬を積んでいただけです」
「何故、その名を知ってる?」
 赤毛の戦士の炯眼に、怯える様子も見せずナーダは答えた。
「お嬢さんご本人が侯爵家の召使に父親の名を告げたのです。あなたへの面会を求められた時に、ね。自分は赤毛の戦士アジャンの傭兵仲間サイスの娘だ、借金を返済に来たってね。まあ、もっとも『三十人殺し』の娘だとまでは名乗りませんでしたけれどね」
「ちょいと前の傭兵の噂までご存じたぁ、さすがだな、大僧正候補様」
 赤毛の傭兵がフンと鼻で笑う。
「総本山にこもりっきりだった世間知らずのくせに、普通は知ってるはずないことを、たまぁによくご存じだったりする」
「傭兵に関しては、前に、調べましたからね。あなたが私と一緒に従者候補だった時代に……『三十人殺しのサイス』は、たった一人で、盗賊団からシルクド貴族の子息を助け出した方。一昔前、有名だった傭兵です。あなたに傭兵のイロハを教えた、先輩ですよね。怪我で引退した恩人に、あなた、お金を貸していたのですか」
 ケッ! と、毒づいてから、赤毛の傭兵は不機嫌そうに大男を見つめた。
「てめえ、ミーリアが訪ねて来た理由知ってたくせに、養育費だの何だの言いやがったのか」
「脅した方が寝起きがいいかと思って」
 肩をすくめてから、武闘僧は両腕を組んだ。
「しかし、彼女、どう見ても、まっとうなご家庭の若奥様でしたね。つつましい家庭でつつましく生きていらっしゃる主婦の鑑。とても、あなたに数千万も貢がせてる女性には見えませんでした」
「なに……?」
「彼女に使ったわけではありませんね。あなたが、大金を貢いでいる相手は誰なのです?」


 睨みつける赤毛の戦士に対し、武闘僧は涼しげな顔で言葉を続けた。
「勇者一行の従者たる者、身奇麗でいてもらわなくては困ります。清廉潔白とまでは求めませんけれどもね……いかがわしい商売をされていたり、魔薬や犯罪に手を染められていてはたまったものではありません。同じ従者の立場の私まで世間から白い目で見られてしまいますから。だから、従者候補の頃から、あなたの身辺は洗わせてもらっていました」
「………」
「……あなたの経歴からして、合ってないんですよ。収入と支出、そして貯蓄のバランスがね。たいへん強欲でお金にうるさいくせに、あなたの周囲には金の匂いがない。エーゲラの女王陛下からいただいた報酬で、それこそ豪邸が建てられたはずですのにね。賭け事をなさってるわけでも、女性に貢いでいるわけでもないのに、何で貧しいままなのでしょう? いくら調べさせてもわからないのですよ」
「俺が金を何に使おうが、俺の勝手だ。おまえには関わりない」
「まあ、そう答えるだろうと思ってました。勇者の従者としてふさわしくない事をなさってるのでなければ……何にお金を使われても構わないんですがね……モヤモヤするんですよ。おおまかにでいいから、教えてくれません?」
「黙れ」
「……仕方ないですね」
 武闘僧はニヤリと口元に笑みをつくり、わざとらしい明るく言う。
「勝手に推測します。あなたは、傭兵仲間を助けている篤志家なのだと」
「は?」
「先程の女性の身なりからいってもあの女性の父親に渡したお金は、あなたの懐具合からして微々たるものでしょう。ということは、あなたの使途不明金の大半は他の事に使われたわけです。負傷等の理由で引退を余儀なくされた仲間に、無利子無担保で金銭的援助をしまくっている慈善家なのではないかという推測もできちゃうんですよ」
「は?」
「美談ですね、格好いいですね、赤毛の戦士アジャン。困っている昔の仲間を助けている善人なのに、そんなことはおくびにも出さず自分はお金に汚い悪党だって悪ぶってるんですから」
「は?」
「この推測……セレスに話してあげましょうか?」
「なに?」
 ニコニコニコとまるでカルヴェルのように笑いながら、ナーダが言う。
「喜ぶでしょうねえ、セレス。あなたが、慈悲の心をもって傭兵仲間を助けてるって知ったら、大はしゃぎでしょう。お金にうるさいのも、困っている方を一人でも多く助ける為だったのですものねえ」
「ふざけるな」
 赤毛の戦士は自分よりも体格の良い武闘僧を胸倉をつかみ、睨みつけた。
 つかまれている方は、あいかわらず涼しい顔だったが。
「あの女によけいな事を言うな! 俺はそんな事には金は使っとらん!」
「でも、犯罪がらみでもないですよね?」
「知るか!」
「あ〜あ、そうですか。わかりました、恥ずかしくって認められないんですね。あなたは、困っている昔の仲間の為に、稼ぎの全てをつぎ込んでしまう聖人級のおひとよしの善人だもの。善行を口にできないんですよね。あなたに代わって私がセレスに話しといてあげましょう」
「ナーダ!」
 そこで武闘僧は表情を改め、真面目な顔をつくった。
「これだけ正直に答えてくだされば、もう追求しません……天地神明に誓って、恥ずべき犯罪には関与してませんよね?」
 確認の為に問うように、武闘僧が尋ねる。
 赤毛の戦士はいまいましげに舌打ちを漏らした。
「どこの神に誓えと言うのだ、俺には神などいない」
「では、あなたの良心に誓ってください」
「俺は……己に恥じる事なく生きている。金に関しても、そうだ」
「………」
 武闘僧は肩をすくめた。
「ま、いいでしょう」
 赤毛の戦士の手を強引に払い、武闘僧は静かに微笑んだ。
「私は……信仰を貫き通した上で、天下にも自分にも恥じない信念があるのなら、人間界の決め事などいくら破っても構わないと思っています。善人に迷惑をかけないという条件つきですけれどもね……あなたがエウロペの法律を遵守してないのだとしても……これから少々物騒なことをなさるおつもりでも……勇者の従者たるあなたが信念をもってとる行動ならば、認めましょう。何かあっても、仲間としてうまくごまかしてあげます」
「きさま……」
 赤毛の戦士がジロリと睨む。
「何を知っている?」
「さあ?」
 武闘僧はにっこりと微笑んだ。
「そろそろ王宮からセレス達が帰ってくるんじゃないんですか? 私の口は塞げても、この屋敷の侍女達の口は無理です。赤子を抱いた女性があなたを訪ねに、この屋敷にやって来たんです。セレスが誤解して騒ぎ出す前に、言い訳を考えておいた方がよくないですか? それとも、やはり篤志家ってことにします?」
「極光の剣 3話」で、本人も言ってますが、ナーダはアジャンをケルティからの越境者であろうと予想していました。ケルティに向かう事になれば面倒な事になるだろうとも思ってました。が、アジャンは腹をわって話してくれる気はないのだなと、この時はあっさり引いています。この後、ナーダにも心境の変化があって人との絆にこだわりだすのですが。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ