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女勇者セレス 作者:松宮星

過ぎ去りし日々と未来

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悪夢 1話

この話は『女勇者セレス』の『勇者の家 後日談 セレス&アジャン』の後、『女勇者セレス――夢シリーズ』の『夢と現実』前の話です。
 夕日に染まった草原に、アジンエリシフがたたずんでいる。
 茜色の世界の中、ジンエリシフの髪が一層、赤く見える。


「おいで、××××××××」


 アジンエリシフが俺へと左手を伸ばす。
 母さんのようだ。
 まだ小さいアジャニホルトを、右腕に抱きかかえている。
 アジンエリシフのアンダードレスにはアジフラウがまとわりついている。アジンエリシフのドレスの裾をつかみ、アジフラウは左手の指をおしゃぶりしていた。


「帰ろう、××××××××。父さんも母さんも待ってるよ」


 アジンエリシフが俺へと笑いかける。
 溌剌としたアジンエリシフ。
 陽気で勝気でやさしくて……
 誰よりも美しい……俺のアジンエリシフ……


 俺は右手を伸ばした。


 とても近くにアジンエリシフの左手はあるのに……


 俺の右手はアジンエリシフに届かない……


 決して、彼女の手を握れない……


 手をつなぎ、皆で家に帰ることなど……


 俺にはできないのだ……


* * * * * *


「あたしだって鬼じゃないさ。利子の五万を返してくれりゃあ、三日、待ってあげるよ。返すもん返してもらえりゃあ、文句はないからね。五千しかない? 馬鹿言っちゃいけないよ、なら、やっぱり、あたしの言う事を聞いてもらおうか。あんたの借金ニ百ニ十万、『ミモザの家』が肩代わりしてくださるとさ。今日からあんたは『ミモザの家』の専属娼婦さ、隣の部屋の男達についていきな。借金がなくなるまで、毎日、とれるだけお客をとるんだね。 鬼? 悪魔? 馬鹿言っちゃいけないよ、借金を返済しないあんたの方が『鬼』だし『悪魔』だよ。逃げようたって無駄だよ。隣の部屋には屈強な男達が控えてるって言ったろ? それに、あんたのかわいい弟のところにもガタイのいい男が二人ほど詰めてるからね。あんたが逃げたら、あんたのかわいい弟はあの世逝きさ。そう、そう、そうだよ。聞き分けのいい子はあたしは好きだよ。手下どもに乱暴なこともさせないさ。ほんの二百二十万だ。毎日、四、五人客をとりゃあっという間さ。すぐに返済できるよ」


 あばたと皺だらけの醜い顔を一層、しかめ、老婆は廊下へと消えてゆく女の背を見送った。
 扉が閉まると、老婆の口からため息が漏れた
「馬鹿な女だよ。手を切れって、あたしゃ半月前に言ったのに」
 でっぷりと太った体を揺らし、老婆はテーブルの上の表の商売の品――占い師用の水晶珠を両手でこすった。
「あの女の未来にはもう『破滅』しかないよ。うちの店の利率がおかしいことだって、ちゃんと教えてやったのに。どうしても金がいる……必ず返すから用立ててくれだなんて……何で、男のそんな言葉に騙されるのかねえ」
「あの女、『弟』の為に金を借りたみたいだが」
 部屋の奥の黒いカーテンが開き、背の高い美丈夫が現われる。背には大剣、腰には片手剣にナイフ。身なりより傭兵とわかるが、ただの傭兵とは思えなかった。見事な赤い髪や緑の炯眼、筋骨逞しい肉体、野性美あふれる外見は、そこにいるだけで女心を乱す色事師のようだった。
「本当の『弟』じゃないな?」
 老婆はフンと荒い鼻息をついた。
「本当の姉弟なら、何だってぇんだい? 見ず知らずのあの女の借金を肩代わりしてやろうとでも?」
「場合によってはな」
 男はニヤニヤと笑いながら、老婆の触れる水晶珠を覗き込む。
「知ってるだろ? 俺がうるわしい姉弟愛が好きなのを。馬鹿な弟の為に身を売る姉って聞くだけでグッとくる」
「病気もちが」
 ケッ! と毒づき、老婆が赤毛の男を睨みつける。
「偽の姉弟だ。駆け落ち者だよ。『弟』はどこぞのボンボン、あの女はそこの召使(メイド)だったのさ」
「まあ、そんなこったろうとは思った」
 曇りのない水晶珠を見つめ、赤毛の傭兵は瞳を細めた。
「あの女……まるっきり『女』だったしな。『姉』らしい雰囲気がなかった」
「ちょっと、やめとくれ。あたしの商売道具にあんたの息をふきかけないどくれよ」
 赤毛の男は覗き込むように水晶を見つめていた。
「どう見ても、ただの水晶だ。これのどのへんが『破滅』なんだ?」
「これはあたしの目だ。あたしの為の水晶なんだよ。あんたが見ても、何にも感じるもんか」
「インチキくさいな」
「占いなんざ、半分以上インチキさ。あたしの目に見えるのなんざ、ほんの一場面。こういう意味かと解釈してお客に伝えているだけだもの」
 上体を起こした大男に、老婆がやれやれと肩をすくめた。
「鍛えりゃあんたの方が、ものの見える占い師になれるよ。あんた、高位のシャーマンだもの。相手の過去も、先に広がる幾通りの未来も、全て見えるようになるだろうさ」
「シャーマンじゃない、俺は傭兵だ」
 男はニヤリと笑って、老婆に尋ねた。
「で、俺の未来はどうなってる? あいかわらずか?」
 たまには見料を払ったらどうだいとぶつくさ文句を言いながら、老婆が水晶珠を静かに撫で、瞳を細めた。
「あいかわらずだね……『悪夢』。あんたの通ってきた道にも行く先にも、『悪夢』しかない」


 占い師用の部屋の奥が、老婆の生活空間だった。黒いカーテンをめくった先には大きなテーブルがあり、その上には金袋が五つ置かれ、開いたままの二冊の帳簿が載っていた。老婆は席に着き、ふいの来客で中途となっていた作業を再開した。金袋を開き、中身の金子を正確に数え、帳簿につけてゆく。
 赤毛の傭兵は両腕を組んで壁を背に佇み、老婆の手元を見つめていた。わずかな数え間違いもごまかしもされないように。四つの金袋を数え終えたところで、老婆は息をついた。
「たしかに百万ゴールド。あんたはこれで十五年先まで礼金を先払いしたことになる」
 老婆はムスッとした顔で、領収書を書く。
「もういい加減にしたらどうだい? あたしが十五年以上、生きるとでも?」
 渡された領収書を懐に、男がニヤッと笑う。
「生きるだろう? 憎まれてる方が長生きすると世に言われているじゃないか」
「ハン! あたしみたいな親切な女をつかまえて憎まれ者とは言ってくれるじゃないの。あたしがいなきゃ、あんたなんざおっちんでたじゃないか」
「わかってる。だから、戸籍取得の礼金を払い続ける。あんたか俺が死ぬまで年収の半分か百万ゴールドを毎年払う契約だ。大魔王退治が終わったら数年分、まとめて礼金を払ってやる」
「……あたし、もう七十なんだよ。いい加減におしよ、馬鹿」
「あんたが裏の裏の仕事をやめん限り、礼は返し続ける」
 表の商売――占い師。
 裏の商売――高利貸し。
 老婆にはその二つの仕事以外にもう一つの仕事があった。出費ばかりがかさむあまり儲からない仕事だ。
「あんたは脱北者の世話人だ……あんたがその稼業をやめない限り、俺は礼金を払い続ける。あんたなら、俺の金をうまく使ってくれるだろうからな」


 老婆が使っている用心棒も下働きの女も、隣国ケルティからエウロペに不法に国境を越えて来たケルティ人だ。
 越境者に住む場所と食事を与え、戸籍を与え、言語を教え、職を斡旋する組織のリーダーがこの老婆なのだ。
 今では組織の運営は、南に馴染んだ越境者達に任せ、老婆は出資者(スポンサー)に徹しているのだが。
「同胞を助けたきゃ、直接あっちに金を渡しゃいいのに……」
 ブツブツ文句を言う老婆に、男はニヤニヤ笑うだけだ。
「俺は奥ゆかしい男だからな……表に出たくないのさ」
「お天道様がひっくりかえるような世迷言を言うんじゃないよ、馬鹿」
 あんたが奥ゆかしい善人なら、あたしゃこの世を救う聖女様さと、毒づきながら老婆は残っていた五つ目の金袋を数え始めた。


 もう十三年前のことだが、老婆はこの男に戸籍を与えていた。八十年近く前にエウロペで亡くなったケルティ人、アジクレボス。実在した男の記録をちょっといじり、その曾孫であるという戸籍を作ってやったのだ。
 当時、国境そばの村ライカに住んでいた老婆は、吹雪き舞う夜に突然、訪れてきたこの男を――その頃は、十三歳の少年で体中に防寒服代わりに毛皮やら布をまきつけた珍奇ないでたちだったのだが……一目見ただけで何者か知った。
『あんたが助け手だな?』
 ケルティ語でそう尋ねた少年を老婆は家の中に入れ、暖炉にあたらせ、着替えを与えた。家には越境者用に用意した服がけっこうな数あったので、少年に合う服もあった。
 少年は、何年も風呂に入っていなさそうな薄汚れた肌をしており、赤毛も鳥の巣のようではあった。が、身なりさえ整えれば男娼街に立てそうな派手な顔だちをしていた。
 だが、老婆が一番、気になったのは、その緑の瞳だった。鷹のように鋭いその眼には、絶対者の鋭さがあった。
 老婆にはわかっていた。この少年は上位者なのだ。微弱なシャーマン能力しかない自分よりも、より高位な存在。尊敬すべき相手は家に迎え入れる……エウロペに住もうが、ケルティのシャーマンの掟を老婆は忘れていなかった。
『こんな雪の中、国境を越えて来るとはねえ……あんた、案内人は?』
 と、老婆がケルティ語で尋ねると、かじかんだ手をこすっていた少年がかぶりを振った。
『いない。一人で山を越えてきた』
『ケルティからここまで一人で? よくもまあ……死ななかったもんだ……けど、じゃ、あんた、誰にあたしの事、聞いて来たんだい?』
『誰にも何も聞いていない。国境を越えたら、足が勝手にこの家に向いた』
『精霊のお告げってわけか』
 老婆は笑いながら、少年にあたたかなスープを渡した。
『精霊界にまで知られてるとは、あたしの商売も有名になったもんだ』
『あんた……何者だ?』
『おや、あんたの精霊はそこまでは教えてくれなかったのかい?』
 少年は、スープの器を両手で持ち、暖をとった。
『俺は自分の進むべき道がわかる。どちらへ向かえばいいのかはわかる。だが、そこに何があるのかはわからない』
『いまいち役に立たない精霊をつけてるもんだ』
 老婆は肥え太った体を大袈裟に揺らし笑った。
『あたしゃ、人買いだよ』
『人買いか』
 恐怖も驚きも嫌悪もなく、少年が淡々と尋ねる。
『商売品は、ケルティからの越境者か?』
『そうだ』
 老婆は少年の手のスープ皿を見つめた。手をあたためる為だけに使い、少年は一向にそれを口にしようとしない。飢えてもいるだろうし、体も冷えているだろう。だが、見ず知らずの人間が与えた食料を、不用意に口に運ぶような愚行をする気はないのだろう。
『あたしゃ、越境者に住む場所と食い物を与えてやる。一週間は客人として遇し、タダで面倒をみてやる。だけど、そっから先は一人で生きてもらわなきゃね、あたしゃ、慈善家じゃないんだから』
『右も左もわからない、南の言葉も知らない同胞を放り出すのか?』
『あたしのところに残りたい奴は残らせてやるよ。こっちの言葉を知りたきゃ、教えてもやる。けど、それも三ヶ月内だ。ここに滞在した日数分かかった金を、三ヶ月内にあたしに払えりゃ、それでよし。餞別をつけてあたしゃ旅立ちを見送ってやるよ。そん時、契約を結んでくれるんなら戸籍だってくれてやるさ。けど、三ヶ月たっても自立できない馬鹿なら……仕方ないから職場を斡旋してやって、自分で生きてもらうのさ』
『斡旋する仕事は、お貴族様の奴隷やらペット、ヤクザ組織の下働きやら肉体労働者、娼婦あたりか?』
 老婆は肩をすくめた。
『馬鹿でもやれる仕事を斡旋してやるだけさ』
 老婆はスプーンを持ってきて、少年の皿のものをすくって自分の口に入れた。中にあやしいモノは入っていないことを、自ら食べて示したのだ。
『食べな。毒も眠り薬もしびれ薬も入ってないよ。トアの神の名にかけて誓う。一週間は、あんたはあたしの客人だ』
 老婆が彼女の部族神の名を出したので、多少ではあったが、少年の警戒心がやわらぐ。少年は緑の目でジロリと老婆を睨むと、だいぶさめてしまったスープを口に運んだ。
『しばらく世話になる。三ヶ月以内には出てくから、こちらの言葉を教えてくれ。その時、戸籍も頼む』
『いいよ。あたしはこっちじゃ、ドロテで通っている。あんたの名は?』
 赤毛の少年は布を巻いた自分の左の手を見つめながら、小さな声で言った。
『……アジャンだ』


 赤毛の戦士アジャンは、老婆が世話をした越境者の中の、成功者の一人だ。
 戸籍取得の礼金を毎年払っているだけではない。十五年先まで先払いをしているのだ。その経済力においても、義理堅さも、他の越境者から抜きんでている。
 アジャンは、高額な価格で自分を売れる、名の知れた傭兵だ。エーゲラでは女王の私兵として活躍し、エーゲラ(いち)の戦士の称号を貰っている。
 現在は、女勇者セレスの従者として、シルクド、シャイナ、ジャポネ、インディラ、ペリシャ、トゥルク、エーゲラとユーラティアス大陸の主たる国々で魔族を討伐し、武勇を広めている。大魔王四天王のうちの三人までも女勇者一行は葬っているという評判だ。
 大魔王討伐の旅が終われば、赤毛の戦士アジャンは英雄となる。比類なき戦士としてみなされる。しかし……
「女勇者様はこれからどうするんだい?」
 老婆――ドロテが数え終えた金を袋に戻しながら、アジャンに尋ねる。
「ケルティに行くのかい?」
 ユーラティアスで女勇者が未踏の国は、後三国。ケルティ、バンキグ、シベルア。北方に存在している三国は同盟を結び、三国以外の国々を敵視し国境を閉ざしている。もう百年近く、北方と南の諸国との交流はないのだ。
 北方諸国に入国するには北より通行許可書を発行してもらう必要があった。が、この百年、数えるほどしか許可書は発行されておらず、先代、先々代の勇者一行にすら許可書は出ていないのだ。
「行けるわけがない」
 アジャンが鼻で笑う。
「北方が南に通行許可書を発行するものか」
 自信たっぷりにそう答える男に、老婆はため息をついた。
「あたしも、ありえないとは思うんだけどね……世の中、ありえないことが起きちちまうものさ。先祖から代々受け継いできたケルティの土地は、シベルアからの『ありえない侵略者』によってのっとられちまったんだからね」
「ありえんものは、ありえんさ。多分、アフリ大陸行きか、ユーラティアス巡回のやり直しになると思う」
「だと、いいね」
 ドロテが預り証二十五万ゴールドと書いた紙を、アジャンに渡す。アジャンは戸籍取得の返戻金の他に、老婆に金を預けてもいた。
 常に身軽に動けるよう、赤毛の戦士は手持ちには非常用の金袋しか持っていない。老婆以外の複数の金貸しにも金を預けているようだ。
 有事に頼りとなる金を分散して、他人に預けているのだ。
「ありえないことが起きたら、どうするのさ? 奇跡的に許可書が発行されて、女勇者一行はケルティに向かうかもしれない」
「なら……従者をやめるだけだ」
 預かり書を懐にしまい、赤毛の戦士は席を立った。
 その顔に自嘲の笑みを浮かべながら。
「『英雄』の称号を貰えんのはもったいないが、『破滅』するよりはマシだからな。ケルティに戻ったら、俺は俺でなくなる……復讐の為に生きねばならなくなる」
「『破滅』の方がマシかもしれないよ? 何度も言うけど、南にいたら、あんたの未来には『悪夢』しかない」
 老婆はもう一冊の帳簿も閉じ、赤毛の戦士を見つめた。
「『悪夢』から『悪夢』へ。あんたは終わる事のない『悪夢』に溺れ、狂ってゆくだけだ」
「『破滅』よりはマシさ」
 同じ言葉を繰り返し、赤毛の戦士は老婆に軽く手を振った。
「邪魔したな……大魔王を討伐したら、又、来る……或いは、従者を首になってから何処ぞで小金を稼げたらだな」
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