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女勇者セレス 作者:松宮星

過ぎ去りし日々と未来

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風花 2話

 甘かった……


 オレは自分の甘さを嫌というほど噛み締めた。


 勇者の従者というものを、オレは甘く見ていた。
 ご立派なのは女勇者のセレス様であり、大僧正候補のナーダ様であり、両手剣の達人のアジャンさんであり、忍の里一の忍者のジライさんであり、大魔術師のカルヴェル様であり、オレなんかオマケだったはずなのに……


 昔から、大魔王退治に加わった従者は『英雄』と称えられてきた。セレス様のお話でその事は伺っていたし、アジャンさんもそういえば言っていた『金と名声の為に従者になったのだ』と。
『勇者の従者』とは比類なき豪傑……のようなイメージが世間に定着しているのだ。超一流の戦士、超一流の魔法使い、超一流の聖職者……ともかくも立派な人物……と、世には信じられているのだ。


 通行書を見せると、どこでも騒動になった。皆、目の色を変えてオレに群がる。
 正体を隠していても見知らぬ人から『シャオロンさんですよね?』と声をかけられてしまう。街道でも、街中でも、店先でも、宿屋でも、オレは注目の的となってしまった。
『女勇者セレス』にオレの容姿の描写があるせいだろうか? あれは美化しすぎなんだけれども……『かぼそい』、『小柄』、『少女めいたやさしい顔立ち』、『首の後ろで一つに束ねた黒髪』、『つぶらな黒い瞳』、『眉は細く鼻も口元もかわいらしく』、『溌剌とした健康的な美しさ』、『道着姿』、『龍の爪入り革袋を背負う』……。
 冒険読本の登場人物の一人で、東国シャイナ出身の従者。すっかり忘れてたけれど、オレはシャイナやジャポネでは人気者だったんだ。


 周囲を見知らぬ人達に囲まれた時、何度か財布を盗まれかけた。でも、アジャンさんにスリから身を守る方法を幾つか教わっていたので、大事にはならなかった。金袋に鈴をつける、金袋を何重にも体に結びつけておく、金目のものは分散して持つ、普段使い用の金袋には小銭しか入れないなどなど。
 アジャンさんは、大金を持ってる時は決して気をぬくなと言っていた。靴底やベルトの内側に隠す方法や衣服に縫いつける方法も教えてくださった。『スリや追いはぎはチョロそうな奴を狙う。女子供も狙われやすい。格闘家らしく、少しでも強そうにみせかけ、気合で盗人をおっぱらえ』。
 眠る時も体に巻きつけておき、人に預ける時はその人の目の前で金額を数えて幾らあるか文字にして残しておく。
 従者騒動のおかげで人に囲まれすぎ、オレは始終周囲に注意を払っていなければいけなかった。


 なるべく目立たない恰好をした。でも、関所や役所では通行書を見せないわけにはいかない。役人からその上司、更には県令様までもがオレを館に招待したがった。
 断りきれずに応じると、とても疲れることになる。
 歓迎の宴が開かれ、招待主は、オレに演武を求め、旅の冒険譚をねだり、書を願い……。
『英雄』とおだてる方、この子供が何で『英雄』なんだ? とオレに疑惑の目を向ける方、珍獣を見るような目を向ける方、オレを女と間違えてるのかベタベタしてくる方……
 手合わせを願われる事も多かった。招待主本人と戦う事もあったけれども、だいたいはその人物が見込んだ武人との戦いとなった。挑戦者が十人なんてこともあった。
 オレはあいかわらず痩せていて、腕力も弱いままだ。何かの間違いで『英雄』となってしまった子供に勝ち、自分こそ『英雄』となりたいと、皆、思っていたのだろう。オレを見下し、意気揚々と挑んでくる方がとても多かった。
 オレは修行中の未熟な身であり、魔族相手に戦えてこられたのも『龍の爪』に助けられたからこそと断った上で、ユーシェンの息子として勝負に応じた。よほどの事情がない限り、挑戦は断らなかった。
『龍の爪』を装備して闘う時もあれば、外して闘う時もあった。
 武者修行を望んでいたオレにしてみれば、対戦相手にことかかない状況は本来は喜ぶべき事なのだけれども……
 残念なことに、闘うべき戦士はめったにいなかった。何々流の師範とか砦一の使い手とか何々軍仕官とか肩書きは立派でも、闘ってみると、攻撃の組み立てが稚拙だったりした。アジャンさんのような奇抜な攻撃をしかけてくる方も、ナーダ様のような多彩な攻撃をしかけてくる方もおらず、彼等の動きは止まって見えるほど遅すぎた。
 筋肉隆々な対戦相手との素手での対戦でも、怖くなかった。相手の拳をくらえば一撃でオレは沈みかねないが、避けきれればどんな攻撃も怖くない。腕力がないオレの攻撃でも重ねて当ててゆけば相手にダメージを与えてゆける。オレの動きについてゆけず、疲れて対戦途中でヘバってしまう情けない方もいた。
 父さんや兄さん達、村のみんなや、ナーダ様とインディラの武闘僧の方々を見てきたオレには、街一の使い手とかは信じがたい実力だった。この程度の腕で道場が持てるのかと……驚くばかりだった。


「『勇者の従者シャオロン』だな?」
 街道で声をかけられた時は、うんざりした。
 又か、と。
 髪を三つあみにし、衣装もただの袍にあらため、『龍の爪』の入った革袋も荷物入れの中にしまっているのに、何故、わかってしまうのだろう? ジライさんから変装術を習っておけば良かったと、つくづく後悔する。
「俺の名はリューハン。南拳の流れを組む者だ。お手合わせ願いたい」
 相手はまだ若い。背もさほど変わらないし、体型も同じようなもの……目は丸く頬はふっくらしている。年下かもしれない。背には不釣合いなほど大きな荷物があった。買い付け帰りの商人にも見える。
「申し訳ありません、お断りします」
 オレは丁寧に断った。が、これで引き下がってくれる人は滅多に居ない。リューハンもオレの後を追っかけてきて、歩調をオレに合わせる。対戦に応じるまでずっとまとわりついてくるだろう。
「待てよ、頼む、俺と対戦してくれ。なあ、それほど時間はとらせない。十分だ! 十分あれば俺が勝ってみせる。すぐに勝負をつけてやるからさ」
 どうして、みんな、こうも自信過剰なのだろう? 相手の実力をきちんと測る前に、五分で倒すだの、十分で終わらせるだの……対戦しないうちにそんな事を言い切る神経が信じられない。
 アジャンさんなら言うかもしれないけど……相手を怒らせる為に『三分でカタをつけてやる』と挑発して、カッとなって挑んできた相手を瞬殺して『すまん、一分もかからなかった』とかニヤリと笑って言いそうだ。
「日が陰るまでに次の宿場町に行きたいんです。お相手をしている暇はありません」 
「じゃ、街についたらやろう。宿についたらで、俺は構わないから」
 あなたが構わなくてもオレが構う。まったく、もう……。
「街の何処で対戦するって言うんです? この先の街にお知り合いの道場でもあるのですか?」
「そんなものあるかよ。俺はウンナン出身だ。北に知り合いなんかいねえよ」
「ウンナン……」
 懐かしい県名に思わず足が止まった。
 その県名にオレが反応するのを、相手は見通していたんだ。
「オレが前に通っていた道場は『死の荒野』のすぐそばなんだ」
 オレが振り返ると、リューハンはニィィッと口を広げて笑った。
「『女勇者セレス』の十五巻、俺、百回以上読んだんだぜ」
「あれは……娯楽本です。現実とは違います」
「けど、シャイナイ(いち)の武闘家ユーシェンを倒したのは、息子のあんただ」
「オレの実力じゃありません」
 きっぱりとオレは答えた。
「『龍の爪』の力のおかげです。相手が魔族だったから倒せたんで、父が人間のままだったのなら百遍やったら百遍ともオレが負けますよ」
「そうだろう? そうだと俺も思うよ」
 リューハンはニカッと笑った。
「でも、あんたは勝った。大切なのはそこなんだよ。腕力のない人間が、戦い方次第では拳法の達人に勝ってしまう。俺の目指している拳はそれなんだ」
 リューハンは右袖をめくり、ちからこぶをつくってみせた。オレが言うのも何だけど……格闘家にしては細い腕だ。
「遺伝だか体質だか知らねえけど」
 リューハンは苦笑を浮かべる。
「いくら鍛えても駄目なんだ。これ以上、筋肉がつかねえ」
「それは……」
 オレは共感を覚えながら、言葉を続けた。
「もう少し大きくなれば……」
 リューハンはムッとしてオレを睨んだ。
「なるかよ、俺、二十越えてるんだぞ」
「二十?」
 びっくりした。小柄だし、年下かと……
「俺ぁ、童顔の、痩せっぽちの筋肉の小男だ。けど、俺の三倍はある熊男を倒した事もある。俺とやりゃあ、あんたも楽しめると思うぜ」
 自信たっぷりに笑うその顔は……何となくだけど、アジャンさんを思い出させた。外見は全然似てないけど。
 憎めない。
 自然と笑みがこぼれた。
「わかりました、対戦しましょう」
「おお? やった、あんた、話、わかるな。どっか広い所でやるか? まあ、俺は街に着いてからでも、本当、構わないんだぜ、部屋の中でも道端でも屋根の上でも」
「は?」
 重たそうな荷物を背負ったままなのに、リューハンは右足を曲げてあげ、左足だけで佇んだ。まったく揺らぎのない姿勢で。
「南拳は、ぴょんぴょこ飛び跳ね回る北拳とは違う。足が立つ場所さえありゃ、何処でだって戦える。小船の上でも塀の上でも屋根の上でも、な」
 跳躍や蹴りを技に多く組み込んでいる北拳は広い場所でなければ、技の大半を封印しなければいけないと言われている。父さんの拳法も基本は北拳だ。しかし、いかなる場所でいかなる敵とも戦える……それが父さんの拳法だ。
「狭い宿屋で家具も壁も床も壊さずに闘えるんですか?」
「俺はできる。けど、あんたが出来るかどうかは俺は保証しない」
 リューハンは自信満々の顔でオレに言う。
「こうしないか? 宿屋の大部屋を二人で借りる。で、対戦だ。宿屋のモノを何か壊したり汚したら、やった方が弁償する。攻撃をすかされて勢いあまって何か壊したら壊した奴が払う、拳をくらって受身をとれず何か壊したら拳をくらった方が払う。拳の勝負と弁償額の勝負の二本立てだ、おもしろそうだろ?」


 宿屋の離れを借りきる頃には、リューハンとすっかり意気投合していた。
 鋼鉄のように頑丈な体、筋肉隆々たる腕や脚。それは、格闘家として理想型の一端であることは間違いない。
 しかし、武闘の道は奥深くそして広い。
 痩せた体で、腕の力や脚力に欠けていても武を極められる。リューハンはそう考えていた。
 オレも、同じ考えだった。


 宿屋の離れは十六人用の長方形の相部屋で 八つの寝台が左右の列に別れて並んでいた。床も壁も木製の安っぽい造りで少し強く踏むだけで穴を空けてしまいそうだ。
 互いの荷物を部屋の端に置き、準備を整える。道着に着替えたオレ。リューハンはずっと体の慣らしをやっていた。
 拳を構え対峙した。左右の寝台の列の間の細長く狭い通路で向き合っているのだ。
 オレは『龍の爪』は付けていない。こんな狭い場所で爪武器をつけたら何かを壊してしまうだろうし、素手のリューハンに対し対等じゃなくなってしまう。
 腰をややかがめ、両脚を大きく開いて右手を上に左手を下に向けて拳を構えるオレ。
 足をあまり開かず膝を曲げ、背はほぼ直立で、拳を構えるリューハン。
 南拳の使い手との対戦は初めてではなかった。が、リューハンは隙なく、しなやかに立っている。綺麗な型だと思う。
 オレは摺り足でジリジリと距離をつめていった。
 さて、どうしかけるか……
 オレの拳には威力がない。素早さと目の良さを生かして相手の攻撃を避け、同じ箇所に攻撃を重ね当てる事で今までどうにか闘ってきた。しかし、自由に動き回れない狭い場所では相手の攻撃を避けようにも、場所がない。やれる事は限られる。
 こんな場所での対戦相手がオレと同じ腕力のない人間だったのは幸いだろう。拳の全てを避ける必要はない。多少喰らっても大丈夫だ。相手の拳や蹴りを受けてからの反撃も可能だろう。
 リューハンは悠然と構えている。こちらの出方を見ているのだ。
 ならば、様子をみようと、オレは一気に距離をつめ、掌を突き上げた。
 しかし……
「え?」
 突こうと思ったと瞬間、リューハンが見えなくなる。
 視界が大きな布で覆われてしまったのだ。
 何だ? と、思う間もなく、左頬に痛烈な痛みを感じ、右列の寝台の上に倒れていた。
 蹴られたのだ。
 オレは寝台の上を後転し、上半身にかぶさっていたものを投げ捨て、その場からすぐに動いた。
 寝台に鋭い突き。
 オレの後を追うように、リューハンの両の拳が宙をつく
 寝台の上に足をついて立ち上がろうとすると、リューハンがニヤリと笑った。
「はい、シーツ1」
 リューハンは顎でオレの足元をしゃくった。
 オレは靴を履いたまま、寝台の上に立っている……靴の裏で宿の備品を汚してしまったのだ。
 一瞬、動揺してしまったオレはリューハンに簡単に距離をつめられてしまった。
 足場の悪い寝台の上でオレとリューハンは、拳と蹴りの応酬をする。腰を落としてしっかりと踏ん張るリューハンの姿勢は、寝台の上でも揺らぎをみせない。すばらしい平衡感覚だ。
 その上……
「はい、シーツ2、毛布3」
 体勢を整える為に寝台の上を移動すると、いちいちリューハンは大きな声で指摘する。オレの靴が何に足型をつけたのかを。
 一度だけにやりと笑って、リューハンは高い蹴りを放った。後方に飛び退ったオレの目にリューハンの右の足が見えた。素足だ。対戦前に靴を脱いでいたのだ……
 寝台の上で闘えば闘うほど、オレの弁償するモノが増えてゆくわけだ……
 寝台から下りると、又もや、視界が布で覆われる。
 毛布だ。
 さっきもこれを顔に投げられ、視界を奪われたのだ。
 だが、この後の拳は後方に飛び、綺麗によけた。攻撃が来るとわかっていれば、避けられる。オレは毛布を投げ捨て、リューハンと拳を交わし、受け流した。
 リューハンに対し、汚い! と、思う気持ちもあった。しかし、今日の対戦は、約束事の決まった試合ではない。周囲のものを利用してはいけないという決め事(ルール)はなかった。ならば、なにをしても間違ってはいない。オレの失敗を指摘して平静さを失わせるのも、心理戦だ。上手な戦い方だ。
 ジライさんは虚をつく戦いが得意だった。
 ナーダ様も正面から堂々と戦う事を好まれながらも、必要ならば策を弄し敵を罠にはめていた。
 アジャンさんも敵を見極め、敵の意表をつく攻撃をしろと言っていた。
 恥じるべきは……冷静さを失い、己の拳を振るえていない自分自身だ。
 リューハンは彼の流儀で、正しく闘っている。
 オレはオレの闘い方で勝てばいいんだ。
 落ち着いて見れば……
 リューハンの拳は早いけれども……
 目で追えないほどじゃない。
 それに拳や蹴りの攻撃は軽いし、組み立ては型どおりで単調だ。防ぎやすいし、読みやすい。
 ナーダ様との稽古より遥かに楽だ。素早さではオレはナーダ様には勝っていたけど……ナーダ様はオレの動きを読み、その場その場に応じた適格な対応をする。よほどの事がない限り、一本も取れなかった。オレが無茶な姿勢から甘い攻撃をすると、それをとがめるかのようにナーダ様はたやすく避けて重く鋭い拳や蹴りを放ちオレの前でぴたりと止めた。くらったらオレが再起不能になっちゃう攻撃を綺麗に寸止めしてくださっていた。
 相手の動きの流れを読み、次に手足をどう動かすつもりなのか先読みする……
 右の正拳づきがくるのがわかった……
 リューハンの右の拳を避け、彼の右腕をつかんで固定し、すかさず腹に拳を叩き込んだ。
「ぐっ!」
 よろけたところを二発、三発と入れていく。
 相手が首筋をみせたところで、手刀をそこへ振り下ろした。
 あっけなく……リューハンは床に沈んだ。
 気を失ったのだ。
 オレの勝ちだ!
「………」
 オレはうつ伏せに床に倒れこんだリューハンの首を、ちょっとだけ動かしてみた。
 完全に白目をむいてる……
「………」
 えっと……
 これ……大丈夫……だよね?
 ナーダ様直伝の手刀、初めて人に使ってみたんだけど……気絶させて、意識を奪うやつ……
 打ちすえた箇所は間違ってないはずだ……
 でも……
 リューハンはぴくりとも動かない……
「………」
 オレは急いで離れを飛び出し、宿屋の本館へと向かった。医者を呼んでもらう為に。


「完敗だ」
 寝台で目覚めてすぐ、リューハンは参ったと頭を下げた。
 オレは苦笑いを浮かべ、宿屋のご主人から渡された請求書を見せた。
『洗濯代 毛布5、シーツ6』
「場所を利用しての戦いはオレの完敗です」
 オレはリューハンに対し、参りましたと頭を下げた。


 シャングハイまでオレはリューハンと旅をした。
 南拳の拳法着を借り、リューハンの弟弟子に変装して。泥で顔を汚す事も、たまにやった。
 リューハンと一緒になってから、驚くほど旅は順調になった。『シャオロンさんですね?』と、声をかけられることも、身動きできなくなるほど周囲を囲まれる事もない。通行書を見せない限り騒動は起きなかった。
「だから言ったろ?」  
 リューハンが得意そうに笑う。
「俺らが探していた『英雄』は、一人旅の束髪の顔のいい少年だ。あんた、袍を着て誤魔化そうとしてたけど、そんなんじゃ格闘家は騙せないよ。身のこなしが良すぎるから、動きを見れば、何か武術をやってるってバレバレだ。変装の為に着替えるんなら、あんたが絶対、着ない服がいいんだ」
 父さんは北拳の流れを組んでいる。息子のオレが南拳の稽古着を着るなどありえない事だ。
「ま、女拳法家の服でも良かったんだけど」
 ヘヘヘとリューハンが笑う。
「それはそれで目立って困ったろう。美少女格闘家なんて。気色悪いおっかけにつきまとわれかねないよな」
 リューハンは軽口好きの明るい性格だった。オレより年上なんだけれども、とても気安く、同年代の友のように思えた。あてのない武者修行の途中だったリューハンは、ジャポネに向かう俺の為に共にシャングハイを目指してくれたのだ。そのことを礼に述べると、
「良いってことよ。北拳に興味があったから北を目指してたけど、別に急ぐ旅じゃなかったし。シャングハイにゃ拳法道場がいっぱいある。尊敬できる師に出会えるかもしれない」
 道中で、二人で組み手をし、互いの技を教え合ったりした。どちらも師でどちらも弟子だった。逆立ちして人差し指一本で立てるリューハンの平衡感覚には脱帽ものだし、そこにあるものを何でも利用し何でも武器とする柔軟性には見習うべきものが多かった。
「なあ、シャオロン、あんた、いつか故郷の村に帰るんだろ?」
 何時になるかわからないけれど自分の拳の道が見えたら帰ると答えると、
「したら、その時、オレを弟子にしてくれよ」
 と、頼まれた。未熟なオレが弟子なんて……それに、リューハンだって自分の拳の道を探しているのに、何でオレなんかの弟子に? 自分で拳を極めて道場を開けばいいじゃないか。
「いやだ。あんたの弟子がいい」
 リューハンはニッと笑った。
「御前試合十連覇でユーシェンが皇帝陛下からいただいた権利は、息子のあんたが継ぐんだろ? いざという時に皇帝陛下の為の拳となる約束の下に、武闘家ユーシェンとその家族及び弟子は末代まで、土地を所有し納税の義務を免除されて暮らせるんだ。土地も家も持たない貧乏格闘家には、夢のような暮らしさ」
 半ば冗談、半ば本気でリューハンは言う。
「あんたの拳と俺の拳は似ている。互いに精進し切磋琢磨してりゃ、互いに拳の理想の型が見えるかもしれないぜ?」


 シャングハイでリューハンと別れた。
 変装用にやるよと言われ、南拳の拳法着はいただいてしまった。
 お礼に……と、言っても渡せるものが無かったので、代わりにオレの道着を一揃え渡した。
 変装用にするわ、と、ケラケラ笑ってリューハンはオレの道着を背の荷物入れにしまった。


 わざわざ港までついて来てくれたリューハンは、煩雑な出国手続きの間もそばにいてくれた。
 リューハンに見送られ、オレは船に乗り、ジャポネを目指した。               
+注意+
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