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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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旅のはじまり * ジライ *

「恥ずかしがらずに正直におっしゃい。今日はどういったプレイがお望みなのかしら?」


 SMの館『フェティシズム』。シャイナの大都市シャングハイに最近開店した、外国人SM嬢を売りにする専門店だ。金髪碧眼の美人女王様、アフリ大陸から渡ってきた黒奴隷、オープンなサービスでSもMもこなす陽気なエーゲラ美人などなど……。趣味人の心をくすぐる店として、今、シャングハイで密かなブームになっている。
 その店におととい、フードマントで顔を隠した男がやって来た。店一番の女王様マリアに既に予約が入っていると知ると落胆し、その客は通常の三倍の金を前金として払い、今宵一晩の予約をとってその日は姿を消した。
 そして、今、黒衣の女王様マリアの前には、フードマントを被った客がいた。半地下の拷問部屋に似せたプレイルームで、マリアは客と二人っきりになっていた。
 こういった趣味の店で、正体を隠そうとする客は珍しくもない。醜聞をはばかる金持ちほど、SM趣味の露見を恐れるものだ。けれども、マリアは優しく、そして厳格な女王様で通っている。顔を隠そうとする客の気持ちをほぐしつつ、イニシアチブをとって、女王様と奴隷の関係を相手に刻み込むのが第一の仕事だ。
「痛くないプレイをひととおりやってあげましょうか?それとも痛い方がお好き?」
「……女王様のお心のままに」
 そう言って男は、フードマントを外した。
 マリアは、ハッと息をのんだ。
 客の肌も髪も、異様に白かったのだ。まるで老人の髪のようだったが、肌には張りがあって若々しく……そして美しかった。
 やや痩せすぎではあったが、乱れた白髪で右側を隠している顔は、黒の瞳は切れ長で、鼻はすらりとし、唇は薄く、近寄りがたい品格があった。
 けれども、うっとりとマリアを崇めるその瞳には、まぎれもなく奴隷の従順さがこめられていた。
「鞭の痕や蝋燭の火傷が肌に残っても構いませぬ。どうぞこの身をお好きに(もてあそ)んでくだされ」
「お好きに……?」
 白い指が己の頬を撫で、白い顔が恍惚とした笑みを浮かべる。
「この顔と、手足さえまともに動くように残してくだされば……後は女王様のご随意に。どのような責めも甘受いたしますゆえ」
 マリアはごくりと唾を飲み込んだ。これほど美しく従順そうな奴隷は初めてだった。醜い変態親父どもの相手も商売と割り切り見事にS嬢の役をこなしてきたマリアは……その日、初めて商売を忘れた。
 打てば響くような最高の奴隷を手に入れたのだ。マリアは嗜虐の悦びに酔いしれ、一晩中、白い体を弄んだのだった。


「夜が明けましたな」
 客がぽつりとつぶやく。
 高窓から漏れ入って来る朝の光を怨めしげに睨み、マリアは客の体から離れた。あらゆる責めを駆使し、最後には騎乗位でマリアは客を自ら犯した。本来、本番抜きのSMの館で、客と寝るのはルール違反だ。プロ失格の愚行と言えたが、後悔はなかった。
 四肢を拘束していた鎖と枷を外してやりながら、マリアは甘えるような声で客に尋ねた。
「ねえ、どうだった?良かった?」
「はい。素晴らしき一夜を過ごせ、幸せにございました」
「だったら、私の専属奴隷にならない?」
 マリアは身を乗り出した。
「お金なんて要らないわ。毎日、毎日、かわいがってあげるわよ」
 客は目を伏せ、悲しそうにかぶりを振った。
「ありがたきお言葉なれど……お受けできませぬ」
「なぜ?」
「私には年老いた父母がございます。幼き頃に病をえて、このような醜い白子(しらこ)となった私を、慈しみ育ててくれた二親です。捨てるわけにはまいりません。私は両親の待つエウロペに戻らねばならないのです」
 一瞬、マリアは、この客の両親を殺してでも、この男を自分のものにしたい衝動にかられかけた。が、プロである彼女は己の欲望をかろうじて押さえこみ、営業用のスマイルを浮かべる事で己のプライドを保つ道を選んだ。
「あら、そう。とても残念だけれど、それではしょうがないわね。シャイナにいらっしゃるうちに、是非、又、お店にいらしてね。私の指輪を差し上げるわ。これをカウンターで見せてくだされば、私、その時、お客をとっててもすぐに切り上げて、あなたのお相手をするから」
「かたじけのう存じます」
 翡翠の指輪を恭しく受け取る男を、マリアを名残惜しげに見つめた。


「フン」
 もらった翡翠の指輪を掌で弄び、男は懐にそれをしまった。
「安物だが、まあ、使い道はあるか」
 フードマントを被り素顔を隠して、早朝の歓楽街を歩く男。フードの下は、マリアの前で見せていた従順な顔とはがらりと変わる、ふてぶてしい顔になっている。
「昨夜の女も悪くはなかったが……中の下といったところか。言葉責めは単調、鞭の振りも甘い、だが、なにより気品に欠けておったのがいただけぬ。しょせんは商売女か」
 男はフーッと溜息をついた。
(まこと)の女王様は、なかなかおられぬものだ」
 朝の歓楽街は閑散としている。時折、路上に転がっている酔っ払いや、朝帰りの客を見かけるものの、ほとんど人影はない。
 男はふと足を止め、建物と建物の間の狭い路地に横目を向けた。そこには美姫がいた。結い上げた黒髪も、赤と金糸に彩られた薄物も、白粉に薄く紅をさしただけの化粧が映える顔立ちも、まるで天女のように美しい。シャイナ風高級娼婦とわかる姿だ。
 女は嫣然と微笑み、フードマントの男の元へ歩み寄った。
「探したわよ、ジライ」
「……目立ちすぎぞ、アスカ。変装の意味がない」
「いいの。あなたに見てもらいたかったの」
 そう言ってアスカと呼ばれた女は、男にしなだれかかった。
「このまま歩いて,どこかの宿に入りましょ」
「一晩中、犯りまくった後なのだがなあ」
「んもう! また女王様遊び?仕事が終わっても里に帰らないでふらふら遊び歩いて、本当にしょうのない人ね。どうせ報酬のほとんどを()ぎこんじゃったんでしょ」
「ほとんどではない。全部だ」
「全部ぅ? 馬鹿ね!あたしなら、タダで何でもしてあげるのに!」
「フン」
 フードマントの男は、じろりと横目でアスカを睨む。
「おまえにはもう飽きた」
「意地悪」
 冷たい扱いをされるのに慣れているのか、アスカはさほど気にした風もなく男に甘える。
「今日じゃなくてもいいわ。又、かわいがって」
「……気が向いたらな」
「あたし、性感マッサージ、上達したのよ。この前も潜入先でインポ親父をメロメロにしてやったんだから」
「おまえの技術(テク)ではたかがしれておる」
「そういう事は試してから言ってよね!」
 アスカの変装に適した、西国風のそれなりに高級そうな連れ込み宿に二人で入る(宿代はアスカが払った)。
 二人は世間話をしながら、寝台、机、イス、ドレッサー、壁、窓、天井をあらため、襲撃・覗き・盗聴の恐れがないのを確認してから、ようやく本題に入った。
「……次の仕事か?」
「そう、又、暗殺。今度は大物よ」
「ほう」
「今世の勇者よ。世直しの旅の最中の、ね。今はシャイナに滞在中のはずだけど、もしかしたら、もうジャポネに向かったかも」
「勇者?というと、先代勇者ランツの」
「孫だそうよ」
「孫……か」
 フードマントを外し、白髪の男は笑みを浮かべた。切れ長の瞳を薄く細め、口元を歪める。不敵な笑みだ。
「それは楽しみだのう」
 その白い顔を、アスカは不機嫌そうに見つめる。
「また、いやらしい事、考えてるんじゃない?」
「む?」
「……犯っちゃう気?」
「犯る?ランツの孫を、か?ふむ……それは考えなかったが、勇者ランツは歓楽街の帝王として、未だに伝説を残している男。祖父の血を正しく引いておれば、まあ、男色もそれなりにイケルかもしれんなあ」
「男色?なに言ってるのよ、ジライ」
 呆れたという顔で、アスカが言う。
「当代の勇者は女よ。知らなかったの?」
「おんなぁ?」
 驚きに眉をしかめた後、白い顔には明らかな落胆が浮かんだ。
「……それはつまらぬ。女か……」
「なに言ってるの、女ならチャンスでしょ?」
 アスカの目がきらりと光る。
「『勇者の剣は女を嫌う』って言うじゃない?その女勇者、まともに『勇者の剣』を扱えないそうよ。あなたの敵じゃないわ」
「……ますますつまらん」
「もう!あなた、大魔王教徒のくせに勇者を殺したくないの?当代こそケルベゾールド様に真の復活をしていただいて、欺瞞に満ちた醜い世界を滅ぼしていただきましょうよ」
「……(われ)としては」
 顔の右側にかかる前髪をかきあげ、男は溜息をつく。
「名のある勇者の寝首をかき、世の者どもの希望を木端微塵にうち砕くほど、むごたらしくもみじめな形でその死骸を辱めたかったのだ。我が二つ名をより高めるためにも、の。だが、相手がおなごでは………世の期待はもとより低く、惨殺したところで絶望を覚える者も少なかろう」
 つまらん、ああ、つまらん、と、男はぶつぶつと文句を言う。
「ねえ、ジライ。確かに女勇者はたいしたことないザコなんだけど……この仕事、あなたじゃないと難しいのよ。もう六人、勇者一行にやられているの」
「む?」
「強いのは勇者じゃなくて、その従者らしいの。二人いてね、一人はエーゲラ一の戦士と称えられた赤毛の傭兵、名前はアジャン。身の丈ほどもある大剣を振り回して、トライチ、カザミ、ムジナ、コロクを斬り捨てたそうよ」
「ほう」
「もう一人はインディラ教の次期大僧正候補の武闘僧、名前はナーダ。そいつは武器は一切使わないらしいんだけど、ミコシとマシラを殴り倒して、負傷した女勇者の怪我を癒してしまったんですって」
「まあ、インディラ僧が勇者の従者になるのは、昔からの伝統だ。従者にいてもおかしくない」
「そうなの?」
「うむ」
「シャイナで従者が一人増えたんだけど、それは数に入れなくていいわ。十二のやせっぽちの子供で、一応、格闘技を使えるみたいだけど、たいした事ないそうよ。名前はシャオロン。女勇者のお小姓みたいね」
「……で、従者に手こずっておるから、我に働けと(かしら)は?」
「そういうこと」
「ふむ。まあ……あまり気は進まぬが、仕事ならば仕方ない。エーゲラ一の戦士と次期大僧正候補とやらを辱めに行くか」
「ジライ♪」
「女勇者を守りきれねば、従者の評判も廃る。国一番の戦士にエリート僧侶……お高くとまった阿呆の顔を潰してくれるわ、女勇者を二目と見られぬ姿にして、な」
 男の白い顔は酷薄な笑みに歪み、黒の瞳は無情な性をあらわすかのように妖しく輝いている。
「……素敵」
 頬をポーッと赤く染め、アスカは男に抱きついた。
「抱いて、ジライ」
「おい」
「もう駄目。あたし、欲情しちゃった……抱いて」
 男はいかにも面倒だという顔で嘆息し、頭を左右に振った。
「……しょうのない奴め」
 そして、アスカの顎をとり、己の白い顔を近づけていくのであった。


『白き狂い獅子』の異名を持つ忍者……ジライ。
 先天性白皮症、いわゆる白子だ。
 性格は冷静沈着にして残忍。獲物を弄びすぎる悪い癖こそあったが、仕事をしくじったことは一度たりともなく、(しのび)の里一の暗殺技術を誇っていた。
 忍術・忍法・邪法・諜報術・剣術・体術・盗術・房中術・暗殺術に秀でた彼は、次期忍者頭に目されていた。本来、忍の里では異形は生涯下忍なのだが、ジライは二十を少し越えたばかりの若さで中忍となっていた。他の追従を許さぬほど、その実力は抜きんでているのである。


 東国ジャポネ。
 大陸の東端ジャイナから船で一日の距離にある小さな島国である。
 その首都オオエから馬で三日の旅籠の一室で、ジライはつなぎ役のカナメと接触していた。カナメは、勇者一行の跡を気づかれぬよう追跡し、暗殺者の為に諜報活動をしておく役の『くノ一』だった。
 黒の束髪の(カツラ)をつけ、染め粉でジャポネ風に肌の色を染めたジライは、衣服をジャポネの剣士(サムライ)のものに変えていた。麻の筒袖の一重に袴。旅の剣士の姿で、刀の手入れに集中する態を装っている。
「『勇者の剣』が無いだと?」
 カナメは頷きを返した。部屋の隅にひざまずくカナメは、素顔を覆面で隠し黒装束を着た忍者姿だ。
「女勇者の師匠にあたる老人が現れ、女勇者の了承を得て、移動魔法でいずこかに運びました。三日ほど、老人が剣を預かるそうです」
「何ゆえ?」
「『勇者の剣』をより扱いやすくする為に、まじないをかけるとか……」
「魔法使いだな?」
「そのようにございました。直接、剣に触れず、浮遊させて運んでおりましたし」
「その者の名は?」
「わかりませぬ。女勇者は『お師匠様』、赤毛の戦士はたんに『ジジイ』と呼んでおりました。おそらくは、女勇者の神聖魔法の師、当代随一の魔術師カルヴェルかと」
「ふむ」
 ジライは顎の下に手をあて、瞳を細めた。
 実力不足の女勇者など、もともと敵とみなしていない。しかし、『勇者の剣』が手元に無いとなれば、当然、従者も警戒を強め、女勇者の寝所を固めるだろう。
 ジライは、薄く笑った。
 相手が警備を強化している今こそ、女勇者の殺し時だ。警備を固めた時期に主人が暗殺されたとあっては、従者は面目を失う。屈辱感もいやがうえにも増すだろう。
「……今夜、しかけるか」
「え!」
 カナメが意外そうに尋ねる。
「相手が警備を強化している今、仕掛けるのですか?」
「そうだ」
「……ですが」
 ジライは横目でジロリと部下を睨んだ。
(われ)のやり方に不服があるのなら申せ」
 カナメはビクッと怯えた。ジライは表面は物静かだが苛烈な性格。失敗への仕置きにも容赦はない。理由なく配下をいたぶる事はなかったが、必要とあらばどこまでも残忍になれる男だ。機嫌を損なうと恐ろしい相手なのだ。
「いえ、そうではなく……今日は襲撃はないものと思い込み、私は、つい、浅慮にも、このようなものを……」
 深々と頭を下げながら、カナメは跪いた姿勢のままジライの元へツツツと滑るように進み、手にした紙を頭より高く差し出した。
 受け取ったジライは……
 顔を朱に染め、紙を懐にささっとしまった。
「カナメ……おまえ、なかなか気のきくおなごじゃな」
「は、ありがとうございます」
「……『勇者の剣』は三日返らぬのであったな?」
「はい」
「……ならば、襲撃は明日にいたす」
「では、今宵はお渡りに?」
「うむ」
 頬を更に赤く染め、ジライは刀を鞘に収めた。
「おまえの好意じゃ、今宵は遊んで参る」


 カナメが渡したのは、この宿場町一の遊び()、SM嬢としても名高いシラギク相手の真性Mコース百七十分の当日二十二時からの予約券であった。


 けれども……
(またしても、ハズレか……)
 翌日、襲撃を前に、昨夜の情事を思い出し、ジライは溜息をついた。
 遊んでいる時は、そこそこ楽しかったのだ。しかし、あくまでもそこそこ。終わってみれば、何とも言えない空しさばかりが残っていた。
(商売女はマニュアル通りに女王様役を演じているのに過ぎぬ。しょせんは芝居……。真に気品にあふれ残忍でお美しい女王様など……この世におられぬのかもしれん)
 幼い頃から性の遍歴を重ね、ジライは男女の酸いも甘いも噛み分けてきた。老若男女誰でもOK、SもMもこなせる(とこ)上手となっている。房中術を修めたくの一でさえ指一本でイかす事ができるし、(彼本人は己の容姿をうとましく思っているのだが)白い異形の美貌で多くの者を瞬く間に虜にできる。
 だが、ここ数年、ジライは性交(セックス)にそれほど悦びを感じなくなっていた。達すれば肉体的な快感はある。しかし、胸が熱くなるときめきがない。精神的な充足をまるで感じないのだ。
 現在は、女王様遊びの時にのみ被虐の悦びに火がつけば性的興奮を覚える。けれども、その興奮も回を重ねるごとに弱まっているように思えた。いずれは女王様遊びにも無感動となりそうだ。
(とはいえ、畜生には走りたくないのう。スカ●ロも趣味に合わんし……)
 二十そこそこで枯れてしまうのも空しい気がしたが、心がときめかない以上、仕方がない事なのだ。


 昨日のうちにカナメを先行させ、次の宿場町近くの村の井戸に毒を撒かせた。
 宿場町に着いた女勇者一行は、近くの村で医者の薬が効かず多くの村民が苦痛にのたうち回っているとの噂を耳にした。彼等の耳に入るよう、人を雇って噂を流させておいたのだ。予想通り、女勇者は武闘僧一人を村へと派遣した。村人の治療を終えて武闘僧が旅籠に戻るのは、早くて翌朝、遅ければ明日の昼過ぎとなるだろう。
 赤毛の傭兵をひきつける役は、カナメにやってもらう。女好きの傭兵を、くノ一の房中術をもって誘惑し、護衛の任を忘れさせるのだ。
 シャオロンという小僧などものの数ではなかったが、女勇者の隣室に一人でいる時を狙い、眠り薬を塗った吹き矢を使った。武闘家の少年はひっくり返り、すぐに寝息をたて始めた。半日は眠り続けるので、これで騒がれる心配はない。
 残るは獲物……女勇者だけだ。
 着物と袴からなる黒装束に覆面、背には忍刀(しのびがたな)
 夜半、忍者姿のジライが天井裏から覗くと、女勇者は布団に入り、すやすや眠っていた。『畳やジャポネ布団に馴染めず、ここ数日、寝不足だった模様』と、カナメから報告があったが、今夜は熟睡しているようだ。
 忍は常人よりも夜目がきく。ジライは覆面から覗く両の目(前髪は額当てで後ろに撫でつけている)で、女勇者をじっくりと眺めた。
 枕元の行燈のそばに、弓と矢筒を固定した荷物入れ、小剣、白銀の鎧一式。他に私物はないようだ。
 ジャポネ風の枕はお気に召さないようで、布団のわきによけ、畳んだ衣服を枕代わりに眠っている。長い金の髪はやわらかく布団の上に広がり、頬はふっくらとし、唇は小さく赤く、微笑んでいるかのように瞼を閉じている……可憐な少女にしか見えない。
(確か、十六の小娘であったな)
 獲物があまりにも無防備に眠っているので、ジライは拍子ぬけした。殺してくれと言わんばかりだ。
(さて、どうしようか)
 屋根裏から糸を使ってその口に即効性の毒薬を流しこんでもよし、毒薬を塗った吹き矢や針を使ってもよし、部屋まで下りて寝首をかっ切ってもよし。
(いっそのこと、火薬玉を投げつけ、木端微塵に砕いてやろうか……いや、どうせなら)
 ジライはにやりと笑った。
(死の恐怖を刻んでやった方が面白い……起こすか)
 ジライは、己の左の小指の皮膚をクナイで浅く切った。浮き上った血で右の二の指を染め、クナイの刀身にすらすらと血文字を書いてゆく。魔に染まりし者のみが知る魔族の文字……邪法を誘う為の血文字だ。
 音もなく天井の板の一部を外し、ジライはクナイを投げた。クナイは女勇者の金色の髪の、その毛先へと突き刺さった。
 女勇者の青い瞳がぱちりと開く。
 呪によって目覚めたのだ。
 しかし、起き上がれない。
 邪法により、女勇者の体を縛った。意識はあるし、目も耳も口も普通に使える。けれども、まったく動けない。指一本上げることすらできないのだ。
 ジライはふわりと畳の上に下り立ち、小剣を蹴って畳の上を滑らせ部屋の端に追いやった。万が一の用心だったが、邪法にかかっている敵が動けるはずはない。
「女勇者セレス殿とお見受けする」
 両腕を組み、フフフと低く笑いながら、ジライは女勇者を見下ろした。
 だが、身動きできない絶体絶命のピンチに、敵が現れたというのに、女勇者はまだ寝ぼけ眼だった。口もだらしなくもぐもぐ動かしている。
「……誰?」
 ジライは半ば呆れ、半ば腹を立てた。死の恐怖を相手が感じてくれねば、姿を見せた意味がない。自分の姿が闇の中でも見えるよう、女勇者の枕元の行燈に火を入れた。
 行燈の灯りが、忍者を闇から浮かび上がらせる。セレスは眠そうな眼で、忍者を見上げ、同じ質問を口にした。
「あなた……誰?」
「死にゆくあなたには教えてしんぜよう。我が名はジライ。あなたの魂をケルベゾールド神の元へお送りする者にござる」
「大魔王教徒……?」
「さよう」
「そう……」
 女勇者はゆっくりと瞼を閉じた。
「………邪法を使ったわね。動けないわ」
「ほう。邪法とわかるのか。小娘にしてはよくわかったのう」
「わかるわよ。だって、私……」
 女勇者はにっこりと笑みを浮かべ、口をもぐもぐと動かした。その途端、
「!」
 呪が跳ね返ってくるのを、ジライは感じた。呪を払う神聖魔法を唱えられたのだ。
「くっ……」
 女勇者が金の髪を靡かせ、布団から跳ね起きる。エウロペ人の勇者は着慣れない浴衣を、完全に着崩して着ていた。その上、腰紐が緩んでいるので、裾が乱れ、左足が露わになっている。
「私、神聖魔法だけは使えるのよ。当代随一の大魔術師カルヴェル様直伝の魔法なんだから」
 ジライは意志の力で呪に抗った。手足が痺れ、まともに動かせない。しかし、相手はたかが十六の小娘。殺すだけならば、難しくはない。その死を演出できないのは残念であったが。
「チッ!」
 舌打ちを漏らし、ジライは懐から煙玉を出そうとした。煙玉を床に叩きつけて相手の視覚を奪い、隙をついて喉を切ってやれば仕事は終わる。
 だが……
 女勇者の方が早かった。夜着の裾が乱れるのも気にせず、一気に距離を詰め……
 ジライを……
 その右の拳で……
 殴り飛ばしたのである……

「はぅぅぅぅ!」

 その瞬間……
 ジライの内に稲妻が走った。

 ドタン、バタン、ゴロゴロと……
 東国の少年の泊まる部屋へと続く襖をぶち破り、ジライは無様に転がった。
 拳自体はそれほど痛くなかったのだが……
 心臓が早鐘を打ち、全身がぶるぶると震え、体が硬直していた。
(なんじゃ?何が起きた?)
 足音をたてて女勇者が駆け寄って来る。ジライは立ち上がろうとしたのだが……
 顎を蹴られ、再び畳の上に転がった。
 それでも、この時は、まだ戦う意志があったのだ。懐から暗器を取り出そうとしたのだ。しかし……
「この薄汚い大魔王の使徒!」
 と、女勇者に罵られ……
 ジライは完全に戦意を無くした。
 体中にえもいわれぬ歓喜が広がってゆき、完璧に理性が麻痺してしまったのだ。
 金の髪を振り乱し、あどけないようなかわいらしい顔を怒りに歪ませ、女勇者は、拳を、蹴りを、繰り出してくる。腕力のない女性なので威力自体はさほどでもない。が、攻撃は素早くそして鋭い。戦士として体術の鍛錬を積んできた者の動きだ。
「おまえなど虫ケラ以下よ!」
 ズキン!とジライの胸が痛んだ。
 全身は熱を帯び、息は荒くなり……
 股間のものが、じんじんと疼き出した。
 目は怒りの形相で浴衣前をはだけさせる女勇者に釘付け、耳は彼女の怒声に聞き入り、体は彼女がもたらしてくれる苦痛に酔いしれた。
 被虐の悦びに浸り無抵抗になっている忍者を、女勇者は容赦なく殴り、蹴り飛ばしていた。
「邪法を使う魔の手先め!汚らわしい!」
(あああああああああああ)
 少女には凛とした気品があり、犯しがたい清楚さがあった。それでいて敵を完膚なきまでに叩きのめそうとする無慈悲さも持ち合わせている。
 しかも……美しいのだ。ウェーブを描く金の長髪、サファイアのごとき瞳。眉や鼻の形も上品で、頬は子供のようにふっくらとしているのに唇は悩ましいほどに赤い。襟からのぞく胸は豊かで、腰はくびれ、尻の肉づきもよく、その上、美脚。
 どれをとっても完璧だ。
(この方こそ……)
 ジライは確信した。
(この方こそ、真の女王様……)
 このまま女勇者に殴り殺されてもいい……
 そんな気分になりかけていた。
 しかし、廊下から近づいて来る気配が、ジライの内に忍の心を甦らせた。
「セレス、無事か?」
 襖をがらりと開け、赤毛の傭兵が現れる。傭兵は左手だけで、後ろ手に縛った半裸のカナメを拘束していた。カナメはぐったりとしていたが、意識はあるようだ。
「チッ!」
 ジライは手足を使い、瞬時に宙へと高々と跳躍した。
 ほとんど動かず無抵抗だった忍者が、突然、すばやく動いたのだ。女勇者は拳を宙に切らせ、よろめいた。
 天井にぴたりと張りついた姿勢でジライは、女勇者と赤毛の傭兵、拘束されたカナメ、部屋の隅で畳につっぷしている子供を見回し、瞳を細めた。邪法による痺れはまだ消えていない。この体で赤毛の戦士と女勇者の相手をするのは、分が悪い。
「女勇者セレス殿、いずれ、又」
 懐から煙玉を取り出し、畳に叩きつける。
 黒煙と目潰しの粉が広がる。
 咳きこむ女勇者と赤毛の戦士。
 ジライは背の忍刀を抜刀し、赤毛の傭兵に斬りかかった。
 右手で顔を押さえていた傭兵は、その瞬間、すばやく後方へ身をそらせた。視力を失っているのに、ジライの動きを感じ取っている。危機を察知する能力に秀でているようだ。動物的な勘と言えよう。
 更に連続攻撃をしかけるジライ。
 避けているうちに、赤毛の戦士は襖に足をとられ、よろけた。先ほど、女勇者にぶっ飛ばされたジライが突き破って倒した襖だ。
 倒れかけた彼に、忍者の刀が迫る。
 忍者めがけ赤毛の戦士は、腕の中のカナメをどんと押しつけた。捕虜を盾代わりに使って刀を避けたのだ。
 ジライの判断は早かった。部下を左の小脇に抱えると、忍刀を鞘に収め、畳を蹴って跳躍したのだ。
「待ちやがれ!」
 叫ぶ赤毛の傭兵の足元を狙い……
 ジライは懐から出した火薬玉を投げつけた。


 後方から広がる爆風と爆炎。
 背後に広がるものを見もしないで、カナメを抱え、ジライは夜の闇を走った。
 あの程度の攻撃で、赤毛の傭兵や女勇者を仕留められたとは思えない。火薬玉は単なる時間稼ぎ。目潰しの効果もそろそろ切れたはずだ。この混乱に乗じて逃げなければ、思うように動けない以上、命が危うい。
 重い体に苛立ちながらも……
 ジライは……
 不思議な昂揚感を覚えていた。


 長く暗い洞穴を進み続けた者が、遠方にまばゆい光を見つけた時に感じるような……
 喜びと解放感が彼を包んでいた。
『旅のはじまり * ジライ *』 完。

次回は『シャオロン奮戦す VSセレス』。舞台はジャポネ。
忍者の夜襲に備え、護衛役としてセレスと同室になったシャオロンは………。

もとのワープロ文ではジライが壊れてからハート多用になってたので、どう直そうか、試行錯誤中です。『この方こそ真の女王様(ハート)』、『あああああ(ハート)』。
記号で表現の手間を省いていたんだなあと実感。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
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