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女勇者セレス 作者:松宮星

過ぎ去りし日々と未来

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桜花 6話

 ふと目を覚ますと、ヤマセとジライの会話が聞こえた。廊下で小声で話してるみたいだ。
「ありがとう。ジライ。これで、一ヶ月はもつ。本当に、おまえには何と言って感謝してよいやら」
「何をおっしゃられます、兄弟子。私の方こそ、何のお役にも立てず、いつも申し訳なく思っております。それから、これもお納めください」
「これは……! 駄目だ、ジライ、こんなには受け取れない。少しは自分の為にとっておきなさい」
「いいえ。どうぞ、お納めください。もう部下への給金は払いましたし、武器も新調いたしました。他に金子(きんす)の使い道などありませぬゆえ」
「しかし……」
師匠(せんせい)の為に、お役立てくだされ」
「……すまない……ありがとう、ジライ」


 次に目を覚ますと、枕元にジライが座っていた。黒装束姿だが覆面はしていない。けど、額当てはしている。昔、両目が出てる方が可愛いぞって俺が言ったもんだから、こいつ、俺の前じゃ額当てをして長い前髪を後ろに流すようにしているんだ。
「……よぉ」
 声をかけると、ジライは静かに笑みを浮かべ、俺に敬意を表して頭を下げた。
「……又、麻薬を持って来てくれたのか?」
「土産はそれだけではございませぬ。ご覧あれ、名匠オサフネの作、ハガネの焼刃の光沢も美しき一品……」
 刀の説明をしながら、自分の二刀の横に置いていていた刀を恭しく俺に向けて捧げ持つ。鞘は黒漆に金龍の柄。ちょいと派手な飾り金具がついている。俺は口元をほろこばせた。
「よさげだな」
「抜いてご覧にいれましょうか?」
 布団から体を起こせない俺を気遣っての申し出だ。
「いや。いいや……。後で自分で見る。その辺に置いといてくれ」
「承知」
 腹が痛ぇ……痛み止めの麻薬の量は日々増えてるってのに、効果はどんどん薄れている。俺の体の中はもうボロボロだ。年のせいと酒のせいだ。肉体自体の衰えは、大魔王教徒の神官でも癒せない。死ぬ運命の人間は、悪あがきしないで死ねってこったな。
「なあ、ジライ」
「はい?」
「……もう、刀も麻薬もいいや。もう持って来るな。この体……近いうちに処分する」
「………」
 ジライは瞳を細めた。
「……さようにござりますか」
「おめえとは、多分、今日が今生の別れだな。おめえ、どうせ、明日には里を発つんだろ?」
「いえ。本日、夜半に出立いたします」
「へへへ、人気者はつれぇなあ……いや、逆か。嫌われ者だから里を追われるのか」
 俺はニヤリと笑みをつくった。
「ヤマセから聞いたぜ、(かしら)の掌中の珠の初物を、いただいちまったんだって?」
 ジライは片眉をしかめた。
「アスカの事にございますか?」
「そうだ、頭がちぃちぇ時から手元において可愛がってた娘のこったよ。あのジジイ、悔しいだろうな。おめえに娘の初物を横取りされて、しかも、おめえを殺せないときてるんだから。おめえは一人で二十人分ぐらいの働きをする。腸が煮えくり返るほどおめえが憎くても、算盤がたつあのジジイがタダでおまえを殺すはずがない」
「頭よりお叱りの言葉をいただき、相応の償いをせよと仕事を三つ押しつけられました。幸いな事に、懲罰はその程度ですみました。アスカも軽い仕置きですんだようです」
「ヤマセの野郎、おめえが重い罰をくらうんじゃねえかって、この前までハラハラしてたんだぜ。だが、今は溜飲が下がったろうぜ。おめえが頭のお気に入りを傷物にして復讐を果たしたのは痛快だって言ってたからな」
「……兄弟子は誤解なさっておられます」
「誤解?」
「私はただ、アスカの求めに応じただけ。アレを辱める意図はありませんでしたし、ましてや、頭に復讐する為にアスカを抱いたのでもございませぬ」
 ジライは口元にやわらかな笑みを浮かべた。
「アスカは父母を同じくする私の妹……緑なす黒髪の、それは美しき妹にございます。私めの宝です。アレの望みならば可能な限りかなえてやる所存でおりましたが……まさか、まだ処女だったとは。さすが我が妹、騙しの技は私に劣りませぬ」
……自己投影だな。まっとうな外見に生まれた妹を愛する事で、白子の自分を慰めているんだ。劣等感の強さは変わらねえなあ、こいつは。
 ジライが頭のお気に入りの処女を奪っちまったせいで、俺の計画はパーになった。金や収集した武器をバラまいて上忍どもの機嫌をとり、上忍のコマキにも賄賂を渡し話はつけていたんだ。コマキが里に編成変更を申し出、中忍のジライを直属とし、ジライを跡取りとする。そういう筋書きでいくはずだったんだが……コマキの野郎、ぶるっちまって話を白紙に戻しやがった。
 他の上忍で継嗣も養子もなくジライに執着を抱いているのは、キリュウぐらいしか居ない。あんなドS変態が上司になったら、ジライは一月ももつまい。責め殺されてあの世ゆきだ。
 こうとなっちゃ、どこぞの上忍の跡取りにするのは無理だ。頭の怒りが静まるまで最低でも二、三年はかかる。数ヶ月ぐらいなら麻薬を使ってだましだまし生きられるが、あと数年なんて無理だ。ジライの未来が確かになるのを見届けてから死のうと思った。が、もういいや。こいつは非凡だ。ほっといたって、いずれは、この里の頂点に立つだろう。
 ジライが次期頭領となりゃ、ヤマセが参謀となって助けるだろう。俺の前じゃ善良そうな面しか見せねえが、ヤマセは裏で細工をするのが得意な腹黒い男だ。単純な頭のジライの足りねえところは、兄弟子が補うだろう。
 諜報部隊の要となったカサギも、ジライを支持するだろう。ジライを使い捨てる気で房中術指導を始めたカサギも、俺の元で頭角を現したジライに驚き、奴が中忍に出世した時には心からの賛辞を送ってくれた。ジライが有能であり続ける限り、異形など気にせず味方してくれるに違いない。
 後は……
「なあ、ジライ、おめえ、友達はいるか?」
「友?」ジライは首をかしげた。
「友とは友好関係にある対等な人物の事でございましょう? 居るわけございませぬ。私の周囲には上役と部下しか居りませぬゆえ」
「上役でも部下でもいいや。気の合う奴は居るか?」
「気の合う?」
「……戦場で背中を預けられる奴さ」
「ああ、それならば居ります」
 ジライはニッコリと笑みを浮かべた。
「何人も……」
「どんな奴等だ?」
「どんな……? むぅ、直接の部下ではありませんが、片腕ながら幻術の才を磨き、異形部隊で活躍している男とか。前々から頭の良い男だと目をかけてやっていたのですが、先日、そやつ、女の弟子をとりたいので頭への口ぞえを頼みたいと申してきました。師匠の弟子である私がおなごを蔑視しておるはずがないと見込んで頼むのだとも申しておりました。才があればおなごも実戦部隊に配属してゆき、能力に応じた評価をすべきだと考えているようでした」
「……何てぇ名の奴だ?」
「ジャコウです。他にもガンケイという面白い奴がおります。そやつ、私の房中術にはまっており、許してやると獣のようにこの身にしゃぶりついてくるのですが」
 ジライは小さく笑った。
「『天啓が下った!』が口癖の発明好きで、一度、良い案が閃くと、私を裸に剥いた後でも事が及ぶ前でも、もう私など眼中にないのです。発明バカです。そのくせ造るモノは珍奇なモノばかりで、大半がクズなのです」
 楽しそうにジライが部下の事を語る。やはり、何も心配する事はなかったのだ。こいつの側には、こいつを支える人間がついているのだ。
「……何かにのめってる奴ぁ、俺も好きだぜ」
「そやつ、このまえ、ようやく使えそうな武器を造りました。からくり式の巨大な卍手裏剣です。人の頭ほどの大きさの手裏剣なのですが、からくりで小さくでき、普段は掌ほどの鉄の塊にしておけます。携帯に便利です」
「ほう」
「金具が硬すぎるので改良するよう命じておるところです。扱いが少々難しいのですが、もう少し自在に扱えるようになったら、師匠にご覧にいれ……」
 ジライは口をつぐんだ。その手裏剣をジライが自在に扱えるようになる頃にゃ、俺はこの世に居ないんだ。
「……手裏剣より刀のほうが俺は好きだ」
 畳の上のジライの刀へと視線を向けた。ジライ以外、鞘から抜けない魔法剣。こいつが振ると刀身から雨が降る……不思議な刀だ。
「久々に見せてくれよ、『小夜時雨(さよしぐれ)』を」
 十年と五ヶ月前、何処で手に入れたのかも何って名前かもわかんなくなっていたこの名刀を、俺はジライに持たせ、抜けと命じた。ジライは何も考えずにこの刀を鞘から抜いた。俺はこの名刀の美しさに魅入られ、刀を振るわせる為だけにジライを手元に置く事にした。
 この刀が、俺達を結びつけたのだ。
 ジライは己が運命を変えたこの刀に感謝の念を抱いている。『小夜時雨』って名前をつけ大切にしている。
 随分前、振れば雨が降る魔法剣の本当の名前を、ヤマセが調べてくれた。『小夜時雨』は三代目勇者の従者であるサムライが所持していた聖なる武器だったのだ。言われてみりゃ、そんなモノを盗んだ記憶もあった。
 けど、俺やジライにとって、この刀は『小夜時雨』だ。それ以外の名前なんか、嘘くせぇ。だから、ジライにゃ、この武器の本当の名前を教えていない。
 ジライは頷き、『小夜時雨』を手に立ち上がる。
「雨は、今、邪法にて封じてあります。邪法、解いた方がよろしゅうございますか?」
「……そのまんまでいいや。障子を開けて、縁側で振ってくれ」
「承知」
 ジライが俺の言葉に従う。
 障子の先には……
 一面の桜……
 庭には、満開の桜が咲き乱れている。
 日の光が縁側まで差し込んでいるってのに、ジライは覆面をつけない。素顔のままで『小夜時雨』を抜刀し、宙を切った。
 あぁ……風に舞う桜の花びらが……『小夜時雨』が散らす雨のようだ……
『小夜時雨』の刀身には、赤黒い血文字が書かれていた。が、そんな呪など屁でもねえな。『小夜時雨』は冴え冴えと輝いている……
 綺麗だ……
 目から涙があふれた……


 この頃、時々、夢を見る。
 育たなかったガキの夢を……


 頭に弄ばれた三ヶ月、それから腹がへこむまでの八ヶ月、俺ぁ、忍者じゃなかった。妊娠したくノ一どもと共に保育所の片隅で暮らしながら、俺は毎日、苛々していた。ガキ共の姿を見る度に、ガキ共の声が漏れ聞こえる度に殺意を覚えるほどに。
 筋肉を衰えさせたくねえ、早く仕事に復帰したい……そればっかを考え、腹の中のやっかいものを怨み、消えちまえと思っていた。
 そして、身二つになって間もなく……俺の願いは叶った。
 突然、呼吸を乱し、高い熱を出して……幼い命は消えた。
 あっけなく……半日で……
 頭は『出来損ないが、出来損ないを産みおって』と、ガキの骸に唾を吐きかけた。
 俺は……
 何も感じるものかと思った。赤子は弱いから、簡単にくたばったんだ。弱い奴が自分の弱さのせいで死ぬのは仕方ねえと思おうとした。
 けど……本当は……
 あの時、頭をぶっ殺して、赤子を抱いて俺も死にたかった……
 生まれたばっかの子供を、一人であの世に逝かせたくなかったんだ……


 ヤマセが薬の時間だと言って入って来た。
「粥も食べてくださいね。今日は味付けを変えてみましたから、少しでもいいから口に運んでください」
『お墨付き』は一代限りだが、頭とはもう話がついている。屋敷も道場も頭の所有に戻るものの、多数の流派の剣を会得しているヤマセはこのまんま道場主として屋敷に残る。まあ、空き部屋に頭の部下を住まわせるってこったから、端女も置いてここもけっこうな大所帯となるだろう。
 先月、正式に俺の跡を継いで道場主になったってのに、ヤマセには威厳のかけらもねえ。家事ばっかやって、暇さえありゃ俺の世話ばかり焼こうとする。
『小夜時雨』を鞘に収めたジライに、俺は聞いた。
「ジライ。俺ぁ、ヤマセにはこの道場を残してやったが、おめえにやれる金目のモノは何もねえ。いろいろ売り払っちまったんでな……代わりといっちゃ何だが、俺の異名、継いでくんねえか?」
「『白き狂い獅子』の御名を……私が?」
「俺がぶっ倒れてから、俺指名の仕事、代わりにやってくれてたんだろ? なら、そのまんま、本物になっちまえ」
 俺はニヤリと笑った。
「おめえにぴったりの異名だと思うが、どうだ?」
 ジライは縁側で三つ指をつき、かしこまった。
「最高の贈り物にございます……ありがたく頂戴いたします。名に恥じぬよう、一層、精進し、『白き狂い獅子』異名が二つとない恐怖の名に高められますよう務めます」
 おや? ジライの目が光っているように見える。見間違いか? 俺の前で泣かなくなって久しいもんな……
「じゃ、『白き狂い獅子』ご指名の仕事はおめえに回すよう、頭に伝えておくぜ」
「心得ました……それではお名残惜しゅうございますが、私はこれにて……」
 頭をあげ、ジライがまっすぐに俺を見つめる。
 ひたすら真っ直ぐに……
 俺だけを見る。
 笑いかけてやると、切れ長の瞳が細められ、静かな笑みがつくられた。穏やかな、諦念の笑みだった……


 介添えを受ける弱った姿を、弟子(ジライ)にゃ見られたくない。
 俺の心中を察し、ジライは出て行ってくれたのだ。


 ヤマセにそのままにしといてくれって言って、障子は開けといてもらった。


 舞い散る桜を見ていると、頬がゆるむ。
 ジライにも会えたし、異名も継いでもらえた。
 後はすっぱり逝くだけだ。


 桜が残っているうちに……
 この体、処分しちまおう……俺はそう決めた。 
『桜花』 完。

+ + + + +

 師匠が存命ならば、ウズベルを倒した後、処刑されるだけだとわかっていてもジライは忍の里に戻っていたでしょう。

 いや、そもそも、師匠がいれば女王様趣味に走らなかったし、『白き狂い獅子』の名を継いでいなければ獲物を弄びすぎる悪い癖もつかなかったし……で、セレスは十三話で暗殺されてしまうのですね。あの時、『勇者の剣』はセレスの手元に無かったし。むぅ。

 ジライが抜け忍となってしまったので、師匠の夢は叶いませんでした。が、きっと、あの世で、しょうがねえなあと豪快に笑い、仲間の仇をとったジライを誇らしく思っている事でしょう。

 弟弟子が消えた後も、ヤマセは里の上層部に喰らいついて表面上はのどかに過ごしています。師匠の教えを彼なりに貫く為に、陰謀をめぐらせながら。

 ジライに多大な影響を与えた師匠を描けて、とても嬉しいです。道徳的には問題のある話ですが、最後までのおつきあい、ありがとうございました。

+ + + + +

 次回は『風花』。大魔王討伐後のシャオロンの旅の話です。 
+注意+
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