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女勇者セレス 作者:松宮星

過ぎ去りし日々と未来

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桜花 5話

 二日後の朝、ジライは頭の屋敷から戻った。黒装束に覆面。外出時のいつもの格好で俺の部屋に報告に訪れたあいつは、平静を装うとしていた。何もない振りをしようとしていた。
 覆面を取れと命じると、あいつは、ためらいながら命令に従った。
 疲れきった白い顔が現われた。額当てで前髪は後ろに流されているので両の目が出ているのだが、その目はうつろで、心なしか頬までやつれてみえる。
 (かしら)がどんな風にジライを扱ったのか、俺にはわかる。
 俺にはよくわかるんだ……
 腕に抱いて口づけしようとすると、ジライは抵抗した。本気で抵抗した。俺の腕をはねのけようと暴れ、必死に顔をそむけ、俺から逃げようとした。
「なりませぬ!」
 だが、俺から逃げられやしない。俺ぁ、怪力だからな。
「おやめください! 触れてはいけません!」
「やだね」
「お許しください! 口は駄目です!」
「俺は口が吸いたいんだ。させろ」
「あぁ……後生にございます……どうか……どうか……」
「駄目だ」
 唇を近づけると、ジライは狂ったように頭を振った。
「いやぁっ!」
 目をつぶり、ジライが必死に首を振る。
「駄目ぇ! やめて! いやぁ!」
 古語調でしゃべる余裕もなくなってる。手足をじたばたさせ、ひたすら逃げようとする。
「放して! 放してぇ! いやぁ!」
 俺はジライの頬を軽く叩いた。
 ハッとして俺を見つめ、それでもジライは弱々しく頭を振り続けた。
「口はダメ……お願いだから、口はやめて……」
「何で嫌なんだ、ジライ?」
「………」
「言ってみろ」
「……汚いから」
 ジライはでっかい目を大きく見開いた。
「オレの口……すごく汚いから……だから」
 ポロポロと涙が頬を伝わっていく。
「接吻しちゃダメだよ……オレなんかを触ったら、師匠が汚れちゃう……」
 多分、おのタヌキじじいのお決まりのコースをやられたんだ。縛られ、叩かれ、罵倒され、あいつが出したものを全て飲み込まされ……とどめに尻にぶちこまれていたあいつのを舐めさせられたのだろう。
 初めて尻を使われたショックはそりゃああるだろうが、ジライは六つの頃から変態どもの相手をしてきたんだ。初心(うぶ)な処女とは違う。肉体的な辱めには慣れてるはずだ。
 こいつが、これほど傷ついている理由は……
「やめて……師匠は綺麗なんだから……師匠は醜い白子なんかとは全然違う……師匠はおぞましいオレと同じじゃない……綺麗なんだ。口づけなんかしちゃダメだよ。師匠は美しくて強くて明るくて……お日様みたいなんだ……。オレに師匠を汚させないで……」
 あの助平ジジイ……
 聞かせやがったな、こいつに。三十年近く前に、俺が頭の性奴隷をやってた事を。
 種をバラまくのが趣味だったあの野郎は、俺と子供をつくりたがった。里一番の剣士で怪力の俺なら、優秀な跡取りがつくれるかもしれんと考えたわけだ。
 否も応もねえ、子づくりは命令だ。
 下忍の俺は従うしかなかった。
 そのくせ、Sのあの野郎は……
 俺で、さんざん遊びやがった。
 毎回、縄やら鎖で身動きとれねえように縛られ、面にはマスクを付けられた。筋肉質でぶかっこうだが体は使いようはある、しかし、醜い面は見たくないと言いやがった。
 ろくすっぽ息もできねえ皮製のモノですっぽり頭全体を覆われた事もあった。遊び慣れしてるあいつは、ヤバくなる前には拷問同然のしめつけをやめる。そして、俺の体力が回復すると、又、責めてくる。いっその事、あいつが失敗して、俺を責め殺してくれりゃいいのにと責め苦の中で俺は自分の死を願っていた。
 頭にとっちゃ、俺とのことは、種まき半分、里一番の忍を精神的にも肉体的にも屈服させる遊び半分ってとこだった。
 三ヶ月ほど、俺は頭のお気に入りのオモチャだった……
 昔、俺をどんな風に扱ったか、それに俺がどう反応したかを、頭はジライに話したんだ。ジライが俺を精神的支柱にしている事を見抜いて。
 で、俺への侮辱を口にしろと命じたんだろう。『師弟そろって豚奴隷』とか、そんな俺らを馬鹿にしきったような言葉を……。
 ジライのこった、抵抗したろう。俺を崇めているあいつに俺の悪口が言えるわけがない。辱められ、体を痛めつけられても、言うまいと頑張ったろう。それが頭の嗜虐性を煽り、より一層ひどく責められ……最後には言わされちまったんだ。だから、こんなに傷ついているんだ。
 今のこいつには何もない。
 大事なものは、みんな、頭に奪われたからだ。
 俺にも覚えがある。
 自分が汚らしく思え、なさけなくて、生きているのも嫌なのに……何もできない。何をする気力もわかない……ただ、ただ、疲れきっていた時が、俺にもあった……
 俺は軽くジライの頬に口づけた。
 ジライがぶるぶると頭を振り続ける。
「ダメ……やめて……汚れちゃう……汚れちゃうよ」
「馬鹿野郎。俺ぁ、汚れねえよ」
「だけど……オレ……汚いんだ」
「汚かねえよ」
「本当だよ……本当に、オレは……」
「ジライ、オレぁな……おめえが、あの助平にどんな風に扱われたかわかってる。何を聞かされ、どんな事を無理やりやらされたかもわかってる。わかっていて言ってるんだ、俺は汚れない」
 奴の肩をがっしりと抱いた。
「おめえもだ。あのタヌキにされた事なんて、どって事ねえ。房中術の訓練を受けた。ただ、それだけだ。そんなんで、おめえは汚れない。絶対だ」
「………」
「俺を信じろ。あのジジイなんかじゃ、俺達は汚せねえよ」
 俺はジライの唇に自分のモノを重ね、舌を入れべろべろと舐め回した。ヤマセに下手くそと馬鹿にされそうな口づけだった。が、気にせず、歯茎や歯、舌なんかも舐めてやって、あいつの唾を飲み込んでやった。
 ジライは、くしゃくしゃに顔を歪めた。
 やがて、ジライは涙を流しながら、俺の背に両手を回し、口づけに応えてきた。
 俺達は、そのまんま、しばらく口づけを続けた。


 で……
 俺とジライは、すっかりデキあがっちまったわけだ。
 この頃から、俺は外の仕事にジライを連れてゆくようになった。他の奴と組んでの仕事の時は、師弟関係を貫き通した。が、二人っきりの仕事の時はけっこうハメを外した。任務終了後、二、三日、物見遊山でフラフラしたり、俺の趣味の武器窃盗に付き合わせたりってな具合で。
 白子の子供は目立つ。けど、そもそも、男装の大女の俺だって目立つんだ。気にしたってしょうがねえ。人目なんぞ、どうにかごまかせるもんだ。ジライはカツラを被り、肌に染め粉をつけて、外の世界を嬉しそうに歩いた。
 だが、むろん、遊び(デート)の為だけに連れ歩いたんじゃねえ。少しでも多くの任務を経験させたかったんだ。俺が元気なうちに、忍の生き方、命のやり取りの重さ、共に戦う仲間の大切さを、あいつに叩き込みたかったんだ。


 外の世界の通俗小説じゃ、『男と女が結ばれました、それから二人は仲良く暮らしました。めでたしめでたし』な話がゴロゴロしてる。
 けど、両思いの恋人ができたからって、それで終わりじゃねえ。
 恋人と過ごす甘い一時ってのが増えただけで、俺とジライの現実は変わらなかった。
 変わったことといや、俺が仕事にジライを連れ出すようになった事、それとジライが男どもの寝所に行くのは俺が里にいる時となった事ぐらいか。それ以外の時は、俺と一緒に外で仕事してるんだから、まあ、そうなって当然か。
 頭が良いジライは本番解禁になってから、なかなか男どもの誘いにのらなかった。相手が渇望感を募らせるほど自分の価値が上がる。主導権を握れる状態を待ってから、求めに応じていたようだ。その焦らしのテクニックはカサギに習ったらしい。
『白き狂い獅子』の持ち物である事のアピールも忘れず、大人どもがいきすぎた遊びをしないようヤマセと二人でいろいろ調整もしてるらしい。危なくなったら俺の名で切り抜けろとは言ったが、色事が苦手な俺が手伝える事はほとんどなかった。


 ジライは里に戻る度、ヤマセに援助交際(エンコー)相手を決めてもらい、時間の調整がつくと、出稽古と称して外泊した。 
 出稽古に出かけるジライをつかまえて、唇にチュッと軽く口づけをすると、ジライはうっとりと瞳をうるませ、幸せそうに微笑んだ。
 ジライが部屋を出てから、ヤマセが面白くなさそうに唇を尖らせる。
「ちょっとは人目を気にしてください、イチャイチャするのは二人っきりの時だけにしてくださいよ」
「へへへ、妬けるだろ?」
 内弟子の前じゃ格好つける必要もないので、俺はおおっぴらに年端もゆかぬ恋人を可愛がっている。
「今夜は、あいつ、コウヅケの所です。コウヅケが所蔵している古い忍法の巻物を見せてもらうんだとか」
「ふぅ〜ん」
 ヤマセはジライが何時、何の為に、誰の所に泊まるのか、逐一、俺に報告してくる。ジライの身を案じ、俺に気をつかっているわけだ。
「おめえも、結構、いじらしいなあ」
「何、心にもない事、言ってるんです」
「最近、ジライとやってるのか?」
「……ええ、そこそこ」
 ヤマセは大きく溜息をついた。
「里に帰れば義理堅く向こうから誘ってくれるんで……予定がこんでない時に相手してもらってます」
「好かれてるじゃねえか」
「律義なだけですよ。貸しをつくったまんまは、気持ち悪いんだそうです」
「あいつ、今のおめえは嫌いじゃないみたいだぜ」
「……好意は持ってくれてるとは思いますが、しょせん、私なんて、師匠のオマケですから。あいつの心には師匠しか居ないと思うなあ……。ああ、あと、ホシノ。あいつ、ホシノは好きなんですよね。もちろん、師匠への気持ちの何百分の一の好意でしょうが」


 ホシノはずっと、ジライに暗殺術を教え続けていた。
 自分で考えた新しい暗殺手管を教え、効率よく人を殺す手段をジライに考えさせていた。


 ホシノは、何もかも捨てたがっていた。奴の剣の道には人らしい情は邪魔だったので。
 ジライは、からっぽのくせに、俺の命令に従って人間らしく生きようとしていた。
 ホシノはジライのからっぽさを羨み、ジライは余計な感情を持つまいとするホシノの側が居心地良かったのだ。
 二人は似ているようで、根本が違った。だから、惹かれあい、互いを求め合ったのだろう。


 ジライが十一の秋……
 ホシノが死んだ。
 六人一組の仕事を終えての撤退中、敵に囲まれ……
 仲間を逃がして、数の勝る敵を一人で葬り続け……
 最後には爆死したのだ。大量の火薬で派手な花火をあげ、かなりの数の敵を巻きこんで果てたそうだ。
 奴の死を報告に来た同僚は悔しそうに俺に言った。上役の中忍に殺されたようなものだ、と。退路を確保すべき上役が何もせずに先に一人で撤退したため、ホシノと同僚四人は敵の真っ只中に置き去りにされたのだ。ホシノは『おまえらが居ては邪魔だ』と、仲間を逃がし、派手に立ち回って敵をひきつけ……そして……。


 暗殺部隊の持ち主である頭は、『能無し』とその中忍から役職を取り上げて処分したらしい。ジライの義兄の一人、次期頭領候補の一人だったが、その辺に頭は情を、全然、絡めない。しかし、処分するのならもっと前にして欲しかった……


「俺ぁ、底辺から自分で這い上がれねえカスなんざ、どうでもいい。弱い奴は弱いから死ぬのさ。戦いを放棄して逃げた奴なんざ、死んで当然さ。その点じゃ、里のやり方は間違っちゃいねえ。けどよ……生きる努力をしてる奴がくだらねえ奴に潰されるのは我慢ならねえ」
 俺は空っぽの骨壺を握り締めた。
「この里は、くだらねえ掟だらけの、くだらねえ里だ! 馬鹿を中忍にすんじゃねえ! 部下の命を預かれねえ奴を出世させるな! ちくしょう!」
「……師匠のおっしゃる通りです」
 内に怒りを秘めたジライが静かに呟いた。
「仲間を生かせぬ忍など、三流もいいところ……。自らが捨石となって死ねば良かったのです」


 結局、ホシノは捨て切れなかったわけだ。
 捨てたくてしょうがなかった、人の情ってやつを……
 仲間を庇って爆死なら……さぞ満足だったろう……


 前の家で手をかけたホオジロじいさんのもとへ、奴は逝けたのだろうか?
 死骸がありゃジーッと何時間も見つめていたあいつは、同じものになれて、ようやく心安らかになれたのだろうか?


 屋敷は広くて部屋数が余ってたんで、俺はホシノの部屋をそのまんまにしておいた。
 部屋のホシノの位牌にゃ、毎朝、線香が供えられていた。ヤマセは豆に掃除をし、花や果物も供えていた。仲の悪かった弟弟子(おとうとでし)だってのに、人の良い奴だ。
 ジライは主人の居なくなった部屋に入り浸っていた。俺に断ってから、ホシノの遺品の暗器を自分のものとし、ホシノの書き残したものを見て暗殺技術を磨こうと修練を続けていた。
 そして、徐々に、ジライはホシノに似ていった。俺やヤマセ以外の者に対しては、冷淡で冷酷、皮肉屋な態度をとるようになった。ホシノから形から入ることを教えられたジライは、ホシノの強さを求め、ホシノを真似しだしたのだろう。


 ホシノを失って俺は痛烈に思い知らされた。
『白き狂い獅子』なんて異名をもらって、数多くの任務をこなしてはきたが……
 俺は無力だ。
『上忍扱いとする』ってお墨付きをもらったところで、正式な役職についていない俺には里を動かす権限などまるで無い。馬鹿どもの決めた事に、諾々と従って生きるだけなんだ。
 女の俺じゃ、里は動かせねえ。何一つ変えられねえんだ。


 そして、俺は老いを意識し始めた。
 年々、動きが悪くなってきてる自覚はあったんだが……ホシノが亡くなった頃から、ガクッと俺の体力は衰え始めた。


 あんまり時間がねえことは、俺が一番わかっていた。


 だから、俺は……


 自分の夢の為に、恋人を捨てた。


 ジライが十二の春……
 俺は奴をインディラから来た魔薬指導員のグジャラって男に預け、薬漬けにさせた。グジャラはジライを頭から借りた屋敷の地下牢に閉じ込め、朝な夕な抱いて肉欲に溺れさせた。
 ヤマセは怒った。止めさせてくださいと、本気で俺にくってかかった。
 けど、ヤマセは……俺って人間をよく知ってるんで、俺が押し殺していた感情を敏感に感じ取っちまいやがった。苦しそうな顔で奴が『他に方法はなかったんですか?』って聞くんで、嘘ついた。無かったって。他にも方法は、あるさ、むろん。だが、悠長に見守ってやるなんて事ぁ、無理だ。俺にゃ時間がない。性急な結果が欲しかった。
 ヤマセは泣きそうな顔になったが、もうそれ以上、何も言わなかった。


 ジライには、徹底的に欲がない。
 金にも物にも出世にも己の命にすら関心がない。俺を恋い慕ってはいたが、俺が前に手酷く拒絶したんで、俺との関係を刹那、刹那のものと思い、その瞬間だけを楽しもうとしていた。いつ捨てられても耐えられるように、あいつは俺にすら執着を抱いていなかったのだ。
 己を捨てきれるのは忍にとっては美徳ではある。しかし、それは上役にとって都合のいい美徳に過ぎない。
 欲望も妄執も知らなきゃ、他人の欲望を理解できない。相手の望みを察し、いち早く動き相手の心をつかむからこそ、人心が掌握できるというものを。
 このまんまじゃジライは、上役にいいように使われる下忍にしかなれない。利用された挙句、捨て駒とされかねないような……


 欲望をあいつの体に教えるしかなかった。


 てっとりばやく欲を持たせる為に、俺はジライを魔薬指導員に預けた。
 ジライは不感症だ。
 ガキの頃から変態どもの相手をし、性処理に使われてきたせいで、性交に興奮を覚えない性質になっていた。こすりゃ勃つし精も放てたが、性欲ってものがまるでなかった。
 俺が触れてやりゃ悦びはするが、それは対等な人間として扱われる事を精神的に喜んでいるにすぎない。あいつの体は肉体的快楽を感じないのだ。
『俺の一族には、さまざまな秘伝の調合がありましてね。たいていのご要望には応えられます。重度の不感症でも魔薬と性技で治せますよ、魔薬中毒にしないで、ね。治せはしますが……あなたの可愛いお弟子さん、代わりに色狂いになっちまいますよ。良いんですか?』
 魔薬指導員は、浅黒い肌の気障ったらしい若造だった。やたらもったいぶるいけすかねえ男だったが魔薬の本場インディラから来た男だ、他の誰に任せるよりも確実だ。魔薬無しでも感じるようになるまで調教したら返してくれと、俺は依頼した。


 ジライは魔薬指導員の下に二週間いた。
 戻って来たあいつは、ボロボロだった。
 指導中の経過は聞いていた。感覚が鋭敏になる魔薬で肉体を改造された後、媚薬と性技で快楽に溺らされ、ジライは理性を失った。グジャラに悦んで抱かれていたらしい。
 突然、快楽を与えてくれる主人がいなくなった深い喪失感、色狂いとなった自分への嫌悪感、忍である事を放棄していた罪悪感、あさましい姿を俺に見られる恥辱と恐怖……いろんな感情に苛まれていた。
 実に……人間らしい顔をしていた。
 そんなあいつを俺は抱いた。ヤマセにやらせて、横で見たりもした。
 それでも、忍か? と、叱咤しながら。
 異形の館に住んでた頃の話を持ち出し、そこへ戻りたいのかと責めた。
 ただ嬲られるだけの玩具に戻りたいのか?
 誰にも支配されない実力を身につけるんじゃなかったのか?
 戦わずに、このまま逃げるのか?と。


 ジライは少しづつ自分の体を制御してゆき……やがて、精神力で肉欲を制御できるようになった。
 欲望は、時に人から冷静な判断力を奪い、時に破滅へと落ちる事すら快楽と感じさせ、時に果て無い底なしの沼のように人を溺れさせる。
 欲望を知ったジライは、他人の欲望を煽る術を覚えた。
 カサギから習っていた房中術に、実が入って、一層、磨きがかかったと言うべきか。
 悪魔的な媚態と性技でより多くの男達を操るようになったと、ヤマセは言った。子供なので恋愛の機微にはうといですが、まあ、それはご愛嬌ですね、とも。


 その年の夏はホシノの新盆だった。が、奴は来なかった。未練なく今世から、奴は消えたのだ。
「さすが、兄弟子。潔い……」
 と、ジライは寂しそうに新盆の祭壇を見上げ、その日を境にヤマセは弟弟子の位牌を片付けた。


 どうせ死ぬなら、俺もそうありたい。
 生きてるうちにやれるだけやって、それで駄目ならしょうがねえ、すっぱり死ぬ。
 それが忍者ってもんだ。
 俺は俺の夢を自分の胸の内にだけ秘め、ジライにゃ何も話さなかった。俺の夢を知りゃ、あいつは必死に応えようとする。真面目なあいつは、ガチガチに硬くなりかねない。初夜の時のように。
 一人で未来を夢見て、俺ぁ、上忍ども相手にやれる事をやり続けた。


 ジライは俺を敬い慕い続けた。が、無邪気に甘えてくる事はなくなったし、俺の前で涙を見せる事もなくなった。
 精神的に自立したのだ。


 十四の夏から、ジライの姿は屋敷から消えた。暗殺技術の高さを買われ、貸し出し(レンタル)って形で頭直属の特殊部隊配属となったのだ。独立遊撃員で、主な仕事は暗殺。
 で、優秀だったんで、ほぼ出ずっぱりになった。ジライの活躍は逐一ヤマセが教えてくれた。


 年に数日だけジライは里に戻り、その度に必ず手土産を持参して俺の元を訪れた。奴が盗んだ刀剣類は、どれも俺をほれぼれさせる出来だった。
 俺はめったに外に出なくなっていた。ジライの貸し出し(レンタル)料代わりに、俺の義務がほぼ免除となったからだ。隠居ババアになった俺は里でのんびり道場主なんかをやっていた。ヤマセを顎で使って。
 売れっ子暗殺者になりつつあったジライと、中忍のくせに小狡く役目を叔父に押し付けて俺ン家で家事ばっかやってたヤマセと、俺ぁ、よく酒を飲んだ。
 つっても、ジライにゃ、あんま美味い酒は飲まさなかった。訓練を積んで味覚はだいぶ回復したものの、あいかわらず味の良し悪しがわからねえんだ。
「師匠から頂戴する酒は、何でも美酒でございます♪」
 と、可愛い事を言ってはくれたが、何を口にしても美味い不味いがわかんねえ奴が相手じゃ、奢り甲斐がなさすぎる。食に執着のねえジライは、いつまでたっても、痩せっぽちだった。


 けど、忍者としては抜きんでていて、十六の正月には中忍に昇格した。俺も事前に上忍どもを相手に根回しをしてはいたが、昇格はジライ自身の手柄だ。
 異形でありながら、たった十六で中忍になるとは……俺の予想を遥かに上回る優秀な忍に育っていたのだ。


 後はジライを上忍にできれば、いいんだが……
 上忍の枠は八と決まっている。狭き門な上に、上忍は管理職。本物の上忍には、俺みたいに第一線で働き続ける奴はいない。現在、脂がのっているジライを実戦から遠ざける愚を、頭はすまい。
 俺が生きているうちに上忍にするのは無理だろうが、継嗣のない上忍の直属の部下にでもしてやりゃいずれはその地位が転がりこんでくるかもしれんし、頭がポックリ逝ってくれたらいきなり頭領の座が降ってくるかもしれない。
 状況を見つつ、どう援助すればいいか俺は考えた。
 後もう少し……だった。 
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