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女勇者セレス 作者:松宮星

過ぎ去りし日々と未来

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桜花 3話

「あいつが内弟子になってから、道場の裏で二回、台所で三回、納戸で一回、ジライの部屋で五回、おめえの部屋で二回、可愛がってやったんだって?」
師匠(せんせい)〜、もう勘弁してくださいよ」
 ヤマセは情けない顔で、頭を下げた。
「私は心を入れ替えました。兄弟子の立場を笠に着て、迫ったりしません。上忍からのお誘いも丁重にお断りします。だから、もう許してくださいよぉ〜」
「あいつなあ、日付も覚えてるんだぜ。おめえが何って言って口説いたか、何処をどう触ったのかも、全部、覚えてた」
「師匠〜」
「通いで道場に来てた頃の事も克明に覚えてた。おめえやホシノ、兄弟子達、誰のを何時何処でしゃぶったか教えてくれたぜ。日付や経緯だけじゃねえ、わかる限りの相手の身体的特徴や癖、そん時の会話も覚えてた」
「止めてくださいよ、そんな話」
「馬鹿。おめえ、この話、聞いて何とも思わねえのかよ」
「へ?」
「あいつはなあ」
 俺はボリボリと頭を掻いた。
「ものすごく記憶力がある。鍛えりゃ、諜報員として充分、使い物になる」
「あ!」
 それでこんな話をしてるのかと、ヤマセはポンと手を叩いた。
「おめえ、あいつのそっち方面の才も伸ばしてやれ」
「はい」
「受講料取っていいぜ。あいつの勉強を妨げない時間なら、手を出してもいいぜ」
「へ?」
 ヤマセはきょとんとした顔をした。
「……良いんですか?」
「ああ」
 俺は頷いた。
「あいつはあの外見だ。俺もいつも里に居るわけじゃねえし……どうしたって助平な大人どもにいたぶられる運命なのさ」
「まあ……そうなると思います。私じゃ庇ってやるのも限度がありますしね」
「だから、犯らせろと言ってきた奴にゃあ、師匠の許可を貰って欲しいと頼めと教えた。自分は師匠の所有物だから勝手な真似はできないんだと。俺をおっかねえと思ってる奴は、それで引き下がる」
「はあ」
「けど、いくらお墨つきがあったって、俺ぁ、下忍だ。俺なんぞ鼻にもかけねえ、お偉い方々もこの里には居る。そういう奴等の誘いには応じとけと言っといた」
「あら」
「だって、そうだろ? 里の中上忍を怒らせるのは、後々のことを考えりゃマズい。馬鹿はある程度おだてて機嫌とって、敵に回らせねえ。それが忍の処世術ってもんだ」
「たしかに」
「けど、タダで犯らせる事はねえ。交換条件として技を教われと命じた」
「技を?」
「ああ、俺ものぐさな上司だ。教える手間が省ければ、楽ができるって喜ぶような奴だ。技を教わって寝る分には後で師匠に怒られずにすむから教えてくださいと、助平に媚びろと言っといた」
「……つまり、ジライを育ててくれる人間に対しては、師匠は寛大になって、ジライに手を出すのも目こぼすという設定なんですね」
「そうだ」
「なるほど。どうせ犯られるのなら、相手を利用してやれって事ですね」
「……望まない従属を強いられた場合」
 俺は顔を歪めた。
「それがいつ終わるかわからねえ不安と、絶対者に何もできない無力感ほどやりきれないもんはねえ」
 昔の記憶がよみがえりかける。あの頃、俺には何もなかった……ただ、ただ、支配されるだけだった。あんな屈辱の日々、二度と、御免だ。
「反抗できず無理やり犯されるんじゃねえ。自分を育てる為に相手を利用し、肥やしにする。そう思えば嫌な事も耐えられるし、それで、本当に強くなっちまえば弱者の支配なんざ受けずにすむようになる。簡単な話だ、強くなりゃ、いいんだよ」
「師匠……」
「その説明でジライも納得した。だから、遠慮はいらねえ。暗記術や諜報術を教える時にゃ、あいつに手を出していいぞ」
「………」
 ヤマセはしばらく無言で俺を見つめ、それから口元に笑みを浮かべた。
「……師匠に拾われて本当に良かった」
「あん?」
「拾われてなきゃ、私みたいな中途半端な実力の忍者、とっくの昔にあの世に逝ってます。師匠は一度拾ったものは、とことん育ててくれる。感謝してます」
「へ! おだてたって何も出ねえよ! 俺ぁ、自分が楽したいから部下を育ててるだけだ」
「部下の方も、あなたの庇護下で好きに生きてるんだからお互い様です」
 ニコニコとヤマセが笑う。
「ジライには色事ぬきで、いろいろ教えてやりますよ。兄弟子としてね。あいつが、ど〜〜〜〜しても、礼がしたいって身を投げ出してくるのなら、まあ、拒みませんけど」
 ヤマセが小狡く笑う。
「美童には目がありませんから」
「……あいつ、外見の劣等感強いぜ。醜い白子ってさんざんののしられてきたらしい」
「白子でも何でも可愛いのにねえ」
「落としたきゃ、褒めて褒めて褒めまくるんだな。可愛いって褒めてやりゃ、おめえとも寝てくれるかもよ」
「だと、良いですねえ。事あるごとに言ってみることにします」


 ジライは、ヤマセから暗記術や諜報術それに泳法(直射日光を浴びられないジライは泳ぎの経験がなくカナヅチだったらしい。それに気づいたヤマセが夜明け前や夕方、時には夜にジライを川に連れてって泳ぎ方を教えたのだ)を、ホシノからは暗殺術を学んだ。
 手裏剣、暗器、毒薬、忍法、体術、拷問、房中術……忍者として生き延びてきた野郎どもは、必ず何らかの得意技を持っていた。頭の良いジライは、寝る相手から技を教わり次々に吸収していった。


 俺はしょっちゅうジライに聞いた
 剣術はおもしろくなったか?
 生きているのが、ちったぁ楽しくなったか?と。
 その度にジライは神妙な顔で答えた。
『剣術は好きです。早く立派な剣士になって、師匠の為に働きます』と。


「もうすぐ一年ですね……」
 酒の相手をさせていたヤマセがそう呟いた時、俺には何が一年なのかわからなかった。ヤマセは不満そうに唇を尖らせた。
「師匠がジライを引き取ってから、一年、経つんですよ」
「ああ……そうか、そうだな」
 ヤマセはずっとジライに剣や基本忍術、暗記術を教え続けていた。良い兄弟子役をやっている。
「あいつ、最近、かわいくなってきましたよね?」
「そっか?」
「そうですよ。誰が相手でもまっとうな受け答えができるようになったでしょ?」
「けど、あいかわらず表情がないぜ」
「それがそうでもないんですよ。もしかしたら、私に対してだけかもしれませんが……二人っきりの時に、はにかむように弱々しく笑いかけてくる事があるんです。もう可愛くって」
「ふぅ〜ん」
「アッチの方は……そのぉ、自粛してるんですけどね……やっぱ兄弟子ですし……。でも、前はどんな愛撫をしても無反応だったのに、今は、ちょっと手が触れたとか、ふとした時に、顔を赤くして俺から視線を外すんですよ。照れてるんじゃないかな……。すっごく可愛いんですよ」
「………」
 恋は盲目たぁ昔から言うが……
 馬鹿か、こいつ。
 八っつのガキの房中術に踊らされやがって……ジライはこの里一の房中術の使い手のカサギの弟子なんだぞ。ンな媚態、房中術にきまってるじゃねえか。こいつ、俺より頭いいのに、何でわからねえんだ?
 けど……
「一年か……」
 俺は酒を飲み干し、息を吐いた。


 翌日の夕方、俺はヤマセに適当な用事を言いつけた。で、ヤマセを出かけさせてから、ジライの部屋に押しかけ、奴をつまみあげ庭に叩き落とした。
 それから、茫然としている奴めがけ、私物を投げつけてやった。冬の夕暮れとはいえ、まだ陽射しは残っている。普段は神経質なほど日の光を避けているジライも、今は顔を布で覆おうとおせず、息をのんで俺を見つめていた。
 俺は縁側に佇み、庭の、今は裸の桜林の前でへたりと座り込んでいるジライを見下ろした。
「てめえは、今日を限りで破門だ」
「師匠……?」
「今日中に、前の家に戻れ。わかったな」
「師匠……どうして?」
 ジライは土下座し、地面に頭をこすりつけた。
「ごめんなさい! お許しください! 何でも師匠の言うとおりにします! 何でもします! ここに置いてください、お願いします!」
「前に言ったはずだぜ、ジライ」
 俺は冷たく言ってやった。
「ここは剣の修行をする場所だ。おめえの避難所じゃねってな。この一年、おめえは何をしてた?」
「剣の練習をしました! 師匠の為に! 師匠の手足となって働ける剣士を目指して練習しました!」
 ジライは顔をあげた。顔に表情を浮かべるのはあいかわらず下手くそだが、その分、目が必死だ。何とか許しを得ようとしている。
「この一年、俺ぁ、何度か聞いたよな。剣術は面白いか? とか、生きているのがちったぁ楽しくなったか? とかな。おめえ、いつも剣は好きだって答えたな」
「はい。剣は好きです」
「何処がどう好きだ?」
「……一瞬で勝負が決まるところが好きです」
「ほぉ?」
「さまざまな剣の型があり、学んでも学びきれないほど剣の道は奥深く……」
 俺は刀掛けに残っていた奴の刀を掴んだ。あの雨を降らす美しい刀だ。鞘に収まったままのそれを、奴めがけて投げつけてやった。
「馬鹿野郎! この俺までもが、てめえの下手くそな嘘に騙されると思ったのか!」
 顔を両手で覆い、ジライがうつむく。どっか切れてるかもしれないが、構わず俺は怒鳴り続けた。
「てめえは剣なんざ、どーでも良いんだよな、あん?」
「………」
「好きもへったくれもねえ。俺に気に入られる為だけに剣を学んでるだろうが。俺がやれって命じたからその通りにやってるだけじゃねえか」
「………」
「言ったはずだ。俺ぁ、嘘つかれんのが大嫌ぇだってな! 何が剣の道は奥深いだ、胸糞悪い!」
「すみません……」
 ジライは身を震わせていた。
「さっき言ったのは建前です。でも……オレ、剣を習うのは、本当に、好きでした……剣を極めれば、オレでも……師匠のお役に立てるって……思ったから」
 ゆっくりと、ジライが、額に青痣のできた顔をあげた。
「オレは早く師匠の手足となって働きたい……オレは師匠のモノだから……師匠のお役に立ちたい……オレ、師匠に会えて初めて生きてて良かったと思った……お願いします、師匠、捨てないでください……師匠に捨てられたら、オレ、もう生きていられない……前の家には死んでも戻りたくない……お願いです……師匠……師匠」
 白い顔を強張らせ、ジライは俺だけを見つめて両の目から涙を流した。細い体は小刻みに震えている。
 俺は大きく溜息をついてみせた。
「……じゃ、おめえ、俺が明日くたばっちまったら、どうするんだ?」
 弾かれたように、ジライが目を見開く。
「俺ぁ、もう五十だ。日々衰えゆく肉体をひきずって、外で危ないお仕事をしてるんだぜ。明日にもくたばるかもしれねえ。明日は無事でも明後日は駄目かもしれねえ。しばらくは良くても、一年後には俺はあの世かもしれん」
「師匠……」
「不死身の人間なんざいねえ。人間はいつか死ぬ。ましてや、俺達は忍者だ。常に死の危険と隣り合わせだ。確実な時は、刹那、刹那しかねえ」
「………」
「だから、その時々を無駄にしちゃいけねえんだ。今、この瞬間をてめえの為に生きないでどうする? 未来につなげる生き方しねえのは馬鹿だ。いいか、ジライ、俺ぁ、俺の都合でおめえを育ててきた。最初はその刀の為だった。次にゃ、育てる以上、優秀な部下が欲しいと思った。おめえを俺の手足としたいってのは、俺の望みだ。俺だけの、な」
「………」
「おめえは俺の命令を聞いた上で、自分の望みの為に生きるんだ。そうじゃなきゃ、クソだ。他人の命令を聞くだけの奴は、自分の命を他人に丸投げして逃げてるも同じ。そういう奴も嫌いだって、俺は言ったよな!」
「……はい」
「おめえは、ひきとった時から変わっちゃいねえ。おめえはよぉ、からっぽなんだよ」
「………」
「何も望んでいない。何も欲していない。ただ生きて、命じられた事を命じられた通りやるだけだ。それじゃ、人間じゃねえ。傀儡だ。おめえが一人前の年になってから傀儡の生き方を選ぶってのなら俺も止めねえよ。けど、己を殺し、忍に徹しきるのは、十年早ぇよ」
「………」
「忍ってのはな、ある程度は己を殺せなきゃ、話にならん。我の強い忍なんざ、いずれ潰される。だがな、命じられた事を命じられた通りやるだけでも駄目だ。他人にいいように利用され、その挙句、捨て駒とされかねん。嘘でもいい。おめえ、欲を持て。欲望のねえ奴は大成しねえよ。俺の弟子でいたいんなら、生き延びる目標を立て、どうすりゃ目標が達成できるのか自分の頭で考え、突っ走れ」
「………」
「おめえが傀儡の生き方を捨てて、人間になるってのなら、もう一回、拾ってやる。内弟子として飼ってやるよ。さあ、ジライ、考えろ。俺の下にいたいのなら、人間になれ。おめえは俺の下でどう生きたい? おめえの望みは何だ?」
「望み……」
 ジライは真っ直ぐに俺を見あげてくる。
「オレ……本当に、師匠のモノになれて嬉しかったんだ……師匠の為にやってるんだって思えたから……剣術修行も楽しかった……でも、」
 大きな目が悲しそうに俺を見る。
「……師匠の手足となって働く事を望んじゃいけないんでしょ?」
「ああ。その望みを捨てろたぁ言わねえが、中心にすえちゃ駄目だ。他の望みを持て」
「……望み……」
「よく考えろ。思い出せ。何かあるはずだ。産まれてからそこまで育つまでに、何かあったはずだ。何かほしいものがあるだろうが」
「………」
「何でもいい。思いついたことを言ってみろ」
 ジライが口を震わせる。すごく何かを言いたそうなのだが、それを口にするのをためらってる感じだ。
「欲しいものねえのかよ? 何かあるだろう?」
「でも、……」
「でもじゃねえ! あるんなら言えよ、何が欲しい?」
「……が欲しい」
「ん? 聞こえねえ、もっと大きな声で言え」
 ジライが顔を歪めたので、俺は驚いた。こいつが顔の筋肉を大きく動かすのは、めったにないんで。
「……黒髪が欲しい……」
 絶望に顔を歪め、ジライが俺を見つめてくる。
「……みんなと同じ色の肌になりたい」
「………」
「……醜くない体が……欲しい」
「ああ、それは」
 俺は庭に下り、ジライの背に手を回し細い体を抱きしめた。
「そいつは……無理だ。生まれつきのものは、どうあがいたって変わらねえ……」
「うっ」
「無理なんだよ、ジライ」
 肩をふるわせ、ジライが忍び泣く。
「誰だってそうさ。俺もな……。生まれつきの欠陥のせいで、俺ぁ、出世できなかった。生涯、下忍さ」
「………」
「おめえは、生涯、白子のまんまだ。現実を受け止めろ。そして、負けるな。白子でも何でも、おめえは俺の弟子になったんだ。俺のモノにふさわしい、価値ある男になるんだ」


 ヤマセが帰って来たら、やかましくなった。ギャアギャアと俺を責めながら、ヤマセはジライを自分の部屋の布団に寝かせ奴の額を冷やした。説教するにしても頭を狙うのは馬鹿だ、馬鹿力の俺にやられたら死ぬことだってありうるんだ、少しはモノを考えろ、こんなかわいい顔を痛めつけるなんて信じられない……まあ、そんな事を俺に早口でまくしたてながら、見え方が変になったり頭痛がひどくなったら早めに知らせなさいとジライに優しく声をかけていた。
 額の上に濡れた手ぬぐいをのせて寝てるジライの枕元で、俺ぁ、あぐらをかいて座っていた。
 ヤマセが桶の水を替えに部屋を出た時、天井を見上げているジライに俺は聞いた。
「生きるためにずっと持っている望み……難しい言葉でいやあ、宿願って言うんだがな、俺の宿願、知りたいか?」
 ジライの目が動いて、俺を見る。
「はい、教えてください」
「俺の宿願はな……」
 俺はにやりと笑った。
「世界中の名刀を全て盗む事だ」
「え?」
 ジライの目がびっくりと開かれる。
 予想通りの反応だ。
 おかしくなって俺は声をあげて笑った。
「くっだらねえだろ? けど、良いんだ。まだ見ぬ名刀を手に入れたいから、俺ぁ、ふんばれる。死地から舞い戻ろうと必死になれる。宿願ってのはな、生きる希望につながりゃ何でもいいのさ。ハタから馬鹿に見えようとも、な。本人がよければいいのさ」
「………」
「たとえば、ヤマセなんざ、ありゃ、美童好きだからな、美童千人斬りとか、きっとそんな宿願を」
「人を変態みたいに言わないでください」
 お!
 て、こら、蹴るな、師匠を! 馬鹿弟子!
「あいにく手がふさがっていますので」
 桶をジライの枕元に置いて、ヤマセが俺をジロリと睨む。
「師匠〜、何度、言えば覚えてくれるんです? 私のは幼児愛好でも少年愛好でもなくて、稚児趣味なんです」
「一緒だろ、変態」
「全然、違います。稚児趣味は年少者を教え導く事に趣があるんです。精神的な交わりこそ主で、肉体的交わりは過程であり表面にすぎないんです」
「のわりにはジライにゃ手を出してたじゃねえか」
「……まだ私も若いので肉欲に負けてたんですよ。でも、今は年長者の心構えをもってジライを導いています」
「へぇぇ」
 疑りの目を向ける俺の横で、寝たままのジライが微かに口元をゆるめていた。
 何を宿願にすべきか考えてみますと、小さな声で奴は言った。


 剣の道を極めること。
 誰にも支配されずにすむ実力を身につけること。
 その二つを生きる目標とすると、ジライは俺に誓った。


 それから、たった三日でヤマセは沈没した。
 趣味に反する事をしたと言って、かなり落ち込んでいた。
 詳しい事は聞けなかったが、ジライに誘惑されフラフラと手を出しちまったらしい。
 色事絡みの話は俺が大嫌ぇなんで、二人ともおおまかなことしか報告してこなかった。ようするに、ジライはヤマセに里の男どもの橋渡し役を再開してもらったらしい。
 何者にも支配されない実力を一日でも早く身につけようたって、世慣れぬガキのやれる事なんざ、稽古をして体を鍛える事ぐらいだ。だが、そんだけじゃ足りねえと思って、ジライはヤマセを頼ったのだ。
 ヤマセは中忍だし、人あたりがいいくせに抜け目のない奴だから、里の上層部の覚えもめでたい。
 誰と寝りゃ効率よく自分を育てられるのか教えて欲しいとジライはヤマセに相談し、今後の協力を前提に、美童好きのヤマセのをむりやりくわえてイかせたらしい。ガキに強姦されたのかよと馬鹿にしたら、仕方ないでしょと顔を真っ赤にしてヤマセはうつむいた。あんなかわいくお願いされちゃ断れませんよ、と。
 ヤマセの頭の中には里中の人間の情報(データー)がある。
 ジライにとって有益な人間が誰かは、ヤマセが判断する。
 教わっておくべき技術を持った者、或いは支援者(パトロン)向きの里の重鎮、或いは羽振りがよく金品や巻物を貢がせるのに向いた人間……
 そいつらの性格や嗜好までヤマセから教わってから、ヤマセの橋渡しで相手のもとへゆき、相手に気に入られる言動をとり、房中術の手管を持って自分に夢中にさせる……
 ガキらしくねえ発想だったが、ようは最終的に強くなりゃいいんだ。俺はジライの選んだやり方にケチをつけなかった。


 更に数日後、仕事から帰って里に戻って来た俺に、ヤマセが真っ青な顔でたいへんだと焦りまくって報告に来た。
 天地が引っくり返ったみたいに騒ぎやがるから何かと思えば……ジライに会ってわかった。しゃべり方がコロっと変わっていた。
 何つうぅか、ジジィくせえような? 芝居がかったような? 古語調でしゃべるようになってた。
 かわいくない! と、頭を抱えてわめくヤマセの横で、ジライは『(わたくし)も剣士のはしくれ。剣士にふさわしき格を身につけたく思い、言葉より改めました』とか何とかテキトーなことを言ってた。
 んでもって、仕事で又、外に出て帰ってきたら、ヤマセの野郎、頬を染めて、『子供が古語調で話すのって、妙に色気があると思いません?』とか言うようになっていた……本当に、馬鹿だ、ヤマセは。


 ジライは、俺にだけは何故、口調を変えたのか正直に理由を話した。


 ジライの変身に一役買ったのは、ホシノだった。
 ホシノは、あの日――俺がジライに破門を言い渡した日、屋敷に居た。あの野郎が物陰から俺とジライを覗いていたのは、気づいていた。が、放っておいた。聞かれて困るような話ってわけでもなかったからだ。
 それで、あいつがジライに同情したとも思えないんだが……性交抜きで、ジライを部屋に招き入れるようになった。
 ホシノと何を話している? と、聞くと、さまざまなご助言をいただいておりますと、ジライは答えた。
 そのしゃべりもホシノの助言か? と、聞くと、さようにございますとの答えが返った。
「私は未だに、夜、よくうなされております。義兄やキリュウ様達との遊びを夢に見るのです。夢の中で指一本動かせず、殴られ、蹴られ、刃物で切られ……数え切れぬほど死にました。先日、ホシノ兄弟子は悪夢にうなされていた私を起こされ、おっしゃったのです。『恐怖にうち勝つには、まず形から入れ』と」
「形から入る?」
「はい」
 ジライが涼しげに微笑む。
「大人どもに弄ばれていた無力な自分を捨てろと、おっしゃいました。他人になりきれば恐怖も消える、もとの自分に押し付け忘れられる……と」
「ふん?」
「なるのならば、絶対者。強者になりきらねば駄目だとおっしゃったので……最初、師匠の真似をしようとしたのですが……兄弟子に『馬鹿』と叱られました。下忍が師匠になりきったら、他の中上忍に殺されるぞ、と」
……どういう目で俺を見てるんだ、あの野郎。
「じゃ、おめえのそのジジくさいしゃべり、誰の真似だよ?」
「誰ということもございませぬが……口癖や話し方は先代の(かしら)のものを参考にしております」
「先代の頭? なんで、また?」
「……兄弟子がそうせよとおっしゃったのです。先代はキリュウ様の父御にございますゆえ」
 なるほどな。キリュウの親父の口真似をしろって事か。形だけでも、キリュウの上に立っている気になれるように。
「今は師匠にお仕えしている身ゆえ丁寧な口調で通しておりまするが、偉くなったら先代そっくりなしゃべりをする所存にございます」
「先代ねえ……自称が『我』だったな。まあ、おめえがべらべらと、おとっつあんみたいなしゃべりをすりゃあ、キリュウも嫌だろうぜ」
 ジライはにっこり笑った。
 表情をつくってるのかもしれなかったが、笑えるようにはなったわけだ。
「兄弟子は『形から入る』事を、ホオジロじいさんという方から教わったそうです。兄弟子がよく口にする御名ですが、前の家の指導者の方にござりますか?」
「……まあ、そんなものだ」


 いけすかねえ性格ではあるが……
 ホシノは憐れな男だと思う。
 俺が拾った時には、あいつはもう壊れていた。
 殺人剣に精進する事にしか興味のない人間になっていた。
 何で壊れたかは、引き取る時に、知った。
 一人、二人と、仲間が死んでゆく日々の中……ホシノは恩人を殺した。自分達を庇い、導き、守ってきてくれた、世話役の老人を殺した。殺せと飼い主に命じられたからだ。
 だから、あいつは、殺人を続けねばならなかった。生き延びちまった以上、それ以外は許されないと……そう思い込んでいるのだ。
 人殺しを極める事だけを願った奴は……人間が無くしちゃいけないものを捨ててしまった。でもって、捨てた事を後悔しないよう己を偽り続けていた。
 何のこたぁねえ、奴も『形から入っていた』のだ。


 ジライはよくホシノの部屋に居るようになった。
 ホシノもジライの存在を許した。
 二人は何を話すでもなく、何をするでもなく、同じ時を共に過ごした。
 どこか通じ合うところがあったのだろう。


 そして、ジライを引き取ってから二年とちょっと経った冬のある日……
 俺とジライに又、転機が訪れた。
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