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女勇者セレス 作者:松宮星

過ぎ去りし日々と未来

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桜花 2話

 ジライを内弟子にして二ヶ月経った頃の事だった。
 外の仕事が思いの外に早く終わり、俺は予定よりも三日早く夜半に里に戻った。
 いつもは仕事の後、外で二、三日、趣味の窃盗をする俺だが、目星をつけてた評判の名刀が遠目にも大ハズレとわかったんで、めずらぁしく真っ直ぐ帰って来たんだ。
 帰宅した俺を、玄関で三つ指ついてヤマセとホシノが出迎える。師匠のお出迎えは、弟子の義務だ。しかし、一匹足りない。
 ガキはおネンネしている時間ではあったが、真冬の寒空の下、疲れて帰ってきた師匠を無視してぬくい布団の中で寝こけてるなんざ許せねえ。ジライを叩き起こせと、俺はヤマセに命じた。
 ヤマセはいつも通りのへらへら(ツラ)で、
「ジライは夕方から発熱して寝込んでます。休ませないと明日の稽古に障りますんで、勘弁してやってください」
 と、言い、女房みたいに、風呂にします? それとも軽く何かこしらえましょうか? 燗をつけましょうか? なんて聞いてきた。
 ジライが病と聞いて、俺ぁ、気まぐれを起こした。いつもはほったらかしだから、たまにゃあ師匠らしい事してやろうと、その程度の思いつきだ。
「んじゃ、見舞うか」
 そう言って廊下を歩き出した俺の前に、ヤマセが回りこむ。
「見舞いなんて大袈裟ですよ。熱ってたってそれほど高くありません。まだ子供なんで、体が出来てないだけですよ」
「何だ、てぇしたことねえのか」
「はい」
「なら、説教だ。動けるのに師匠のご帰宅に寝こけてるんなら、ビシッと躾けてやらにゃあな」
 そのままズンズン進んで行こうとする俺の左腕を、ヤマセが掴んだ。
師匠(せんせい)〜、放っといてあげてくださいよ。子供は寝るのが仕事なんだから。お説教なら明日、起きてからでもいいでしょ?」
「………」
 俺はヤマセをジロリと睨んだ。
「おめえ、なんか変だな?」
「え? そうですか?」
「何で俺を足止めする?」
「足止めぇ? 嫌だなあ、人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」
 そこで、癇に障る笑い声が響いた。ホシノだった。俺達の後ろについてきた男は、口の端を歪めて暗い笑みをつくっていた。
師匠(せんせい)、ジライは部屋に居ませんよ」
「ホシノ!」
 ヤマセが弟弟子(おとうとでし)を睨みつけた。だが、己の剣の才に奢り兄弟子を見下しているホシノは、お構いなしに言葉を続けた。
「師匠、ジライはキリュウの寝所に居ます。兄弟子が、あいつをキリュウに売ったんですよ」
「売っただぁ?」
「いえ、そういうわけではなく……」
 俺の剣幕に驚き、ヤマセが奴らしくもなくしどろもどろに弁解する。
「キリュウ様が是非にと望まれたので……ジライも否とも言わなかったので……今宵一晩、お相手を務めて来いと……送り出した次第で……」
 キリュウは頭領の弟、上忍だ。中忍のヤマセは、命令に否と言えない立場ではあったが……
「今宵一晩だけぇ?」
 ホシノが高らかに声をあげて笑った。
「『今宵一晩だけ』が、もう何晩続いているんですかねえ、兄弟子?」
「ホシノ!」
「師匠が里から離れる度に、ジライは毎晩、あっちこっちの寝所に行ってますよ。兄弟子の命令で、ね。先方からの謝礼で、兄弟子の懐はさぞ膨らんでいるでしょうよ」
 俺はヤマセを睨んだ。ヤマセは完全にビビリまくっている……
「今の話……本当か、ヤマセ?」
「師匠……私は……」
「おめえ、俺に内緒でそんな副業をしてたのか?」
「いえ、その……」
「俺ぁ、ジライに剣を教えろとおめえに命じたんだ。男娼にしろとは言ってねえぞ」
「違います! 私が仕立てたわけじゃない!」
「ほう?」
「もともと、あいつはそうだったんです! 異形の館に飼われていた頃から、お声がかかりゃ何処にも行く男娼まがいの事をしてたんです!」
「で?」
「……師匠があいつを内弟子にひきとられたので……それまでのお得意様が……師匠がその手のことお嫌いだって、ご存じだったんで……それで……私に手引きを頼んでこられたのです……師匠の不在中、ジライを貸すように、と」
「俺が嫌いな『その手のこと』って何だよ? 具体的に言え」
 ヤマセはぐっと喉をつまらせてから、顔中を歪めた。
「……色事です」
「ふぅ〜ん」
 俺はボリボリと頭を掻いた。
「なるほど。無茶ふってきたのが上忍なら、おめえは嫌とは言えねえよな」
「そうです! そうなんです!」
「けどなあ」
 俺は張り手でヤマセを吹き飛ばした。
「ぐぅっ!」
 廊下に倒れたヤマセ。その腹を何度も蹴り飛ばした。
「てめえ、俺の弟子じゃなかったのか! キリュウ達に無理難題ふっかけられたんなら、俺に報告するのが筋だろうが!」
「ぐぇ」
 うめいていたヤマセの胸倉をつかみ、上半身を起こさせた。
「いつから売ってる?」
「……あいつが、ここに来て八日後からです」
「俺が里を出る度に、売ってるのか?」
「……はい」
「どういう仕組みだ? どこぞから声がかかってから売るのか?」
「最初のうちはそうでしたが……途中から……事前に希望を伺っておいて……師匠が里を離れると決められた日から、私から先方に連絡をとり……私が期日を決めてました」
「客は上忍だけなんだな?」
「いえ……」
 苦痛に顔を歪ませながら、ヤマセが言う。
「金を積んだ中忍にも……売ってました」
 俺は胸倉をつかんだまま、ヤマセの左頬をぶん殴った。
「胸糞悪い! 弟弟子の体を売るのが兄弟子の役目か? あん? そう思ってるんなら……残念だが、てめえとは今日が限りだ。破門する」
「……師匠」
「俺はな……おめえの小狡いところも含めて生意気な性格が好きだ。出来のいい頭も気に入っている。剣の才はそれほどじゃねえが、おめえは人に教えるのがうまい。里で後人の指導に当たるにはうってつけだ。いずれはこの道場、おめえに任せようと思っていた。だがな……」
「………」
「俺は仲間をてめえの道具としか思わねえクズは、大嫌(でぇきれ)ぇなんだよ! ジライは俺の弟子だ! おめえにとっちゃ弟同然のはずだ! あいつが色狂いの白痴でも、おめえは守ってやる立場だろうが! 売って私腹を肥やすたぁ、どういう了見だ!」
「………」
 ヤマセは真っ白になった顔をぶるぶると震わせた。
「すみません……師匠……」
「あん? 何がだ?」
「私が間違っていました……」
「何が?」
「売ったのは間違ってました……あいつを弟分として認めてなかった……改めます……ジライにも謝ります……それと、師匠……内緒で勝手した事も謝ります……手に余る事になる前に……師匠の顔を潰さずに済むよう……包み隠さず何でも報告します……許してください」
「へ! 二度目はねえぞ!」
「……はい」
「下がれ、今はてめえの顔は見たくねえ」
 俺はヤマセを突き放した。よろよろと奴は立ち上がる。
「手当てはいるか?」
「……自分でできます。申し訳ありませんでした」
 ヤマセは体をひきずるようにして、自分の部屋へと戻って行った。
「兄弟子がジライを売りたくなったのも、わからないでもありませんがね」
 両腕を組んだホシノがボソボソと呟く。
「通いの弟子だった頃から、ジライの奴、誘われれば誰のでもくわえてましたから。あいつ、年のわりにはうまいんですよ。里一の房中術の使い手カサギの仕込みだし、数をこなしてますからね」
「……ホシノ」
「放っておいたって、師匠の不在中、あいつ誰かの寝所に行ってますよ。タダで犯らせるぐらいなら、金品貰って儲けた方が良かないですか?」
 俺はホシノをジロリと睨んだ。
「てめえは、何時から、ヤマセの副業に気づいていた」
「今日、気づいたんですよ。今日に決まってるでしょ?」
 ホシノは歪んだ笑みを見せた。
「俺は師匠の教えに忠実ですから。兄弟子の間違いに気づいてすぐにお知らせしました」
「下手な嘘つくんじゃねえ!」
「むろん、そうじゃないかって、前々から思ってはいましたよ。けど、俺は屋敷に居ない事の方が多いですし……確証がなかったんです。推測だけでお話できるような内容じゃなかったんで、ね」
 ニヤニヤとホシノは笑ってやがる。この嘘つきめ!
「確証なんざいらねえよ。次からは、兄弟子がどっかおかしいと思ったら、すぐに俺に報告しろ。いいな」
「承知」
 ジライとは違った意味で、ホシノはムカつく野郎だ。自分の殻にこもりやがって誰ともまともに会話しないくせに、たまに口を開きゃ皮肉しか言わねえ。今日俺にジライの事を教えたのだって、忠義心からでも、同情からでもない。このタイミングで言えば、短気な俺はヤマセをぶん殴る。だから、教えたんだ。俺は知ってる。こいつは、苦痛にのたうちまわる奴を見るのが好きなんだ。一番、好きなのは死体を見る事で、ほっとくと何時間でも死体の側に居る。悪戯するとかそんなんじゃなく、ただ見てる。ガキの頃からそうなんだ。その異常ぶりは、暗殺部隊の中でも浮いているらしい。抜きんでた実力のせいで、煙たがられながらも、部隊で重宝されているようだが。
「……ジライが戻ったら、俺の部屋に来させろ」
「はい、師匠」
 俺はホシノの顔を見ないようにして、その場を離れた。


 ジライが戻った時には、夜空は明るくなっていた。
「……ただ今、戻りました」
 障子を閉め、ジライがお辞儀をする。忍装束に覆面姿だ。そういやあ、こいつ皮膚が弱いんで、直射日光が浴びられないんだった。長時間、日の光の下にいたらヒブクレができちまうとか。だから、夜だろうが、外出時には必ず覆面をつけるんだっけな。
「覆面外して、(ツラ)を見せな」
 吐く息が白い。
 肌襦袢の上に綿入れ半纏じゃ寒かったが、ぶるぶる震えるのもみっともねえ。
 寝床であぐらをかいている俺に頷きを返し、ジライは命令に従った。
 白髪と痩せた白い顔。何処を見てるんだかわからねえ、うつろな目が露となる。
 俺はクンと鼻を鳴らした。真新しい匂いがする……
「火鉢に炭を入れろ」
 俺の命令にジライが頷く。
「で、終わったら脱げ。全部だ」
 その命令にもジライは頷くだけだった。


 俺の枕元の火鉢に炭を置くと、ジライは障子の前に戻ろうとした。
「てめえの為につけたんだよ、そこで脱げ」
 俺の言葉に従い、ジライは火鉢のそばで忍者装束を解いてゆく。まるでただ着替えるみたいに、さっさと。
 上衣を半ばまで脱いだだけで、わかった。
「……やっぱりな」
 俺はジライの白い体をじろじろと眺めた。手首にはくっきりと縄の痕が残っていた。が、前はそれほどでもない。火傷の痕が幾つかあるだけだ。
 ジライは全部脱ぎ、脱いだものをきちんと畳んで畳に置いた。その顔はいつもと同じ無表情。
「背中をこっちに向けろ」
 すぐにジライが命令に従う。吊るされ、鞭打たれたことは一目でわかる。赤く腫れ上がった背中には生々しい鞭の痕が幾つも刻まれ、血がにじんでいた。
 キリュウは、血に飢えた本物のSだ。性的な嗜好で暴力を好む輩とは違う。鞭や刃物で獲物を嬲り殺すのが趣味ってな危ない奴で、怒りに任せて何人も部下を責め殺している。反吐がでるほどの、最低野郎だ。拷問のエキスパートなんだが……俺は大嫌(でぇきれ)ぇだ。いつもうすらわらいを浮かべてるあの顔を見ると、ぶん殴りたくなる。頭の弟じゃなきゃ……上忍じゃなきゃ……ぶっ殺したっていいと思う。
「背中の傷……キリュウがやったんだな?」
「………」
「答えろ、キリュウの仕業なんだろ?」
「………」
 ジライは答えない。背筋を伸ばし、俺に背中を見せているだけだ。
 つまり、口止めされてるわけだ。
 俺には何も言うな、と。その命令を忠実に果たしてるんだ。
「もういい。こっち向け、ジライ」
 白い顔が振り返り、姿勢を直す。何の感情も浮かんでいない顔が、気味が悪かった。俺を恐れてもいない。責められてるのに動じてもいない。背中がそれじゃ脱ぐのだって痛かったろうに、苦痛の表情すら浮かべなかった。
 こいつの頭の中は……死んでるんだ。
「ジライ、よく聞け。おめえは、俺の弟子だ。そうだよな? そうだってわかってるのなら頷け」
 ジライは小さく頷いた。
「おめえは、俺の命令に従わなきゃいけねえ。弟子は師匠の言葉に従うもんだ。そうだろ?」
 ジライは、又、頷いた。
「俺は、おめえを、頭から買ったんだ。おめえは俺のもんだ。他のどいつが何言おうが、聞き流せ。おめえは俺の言葉に従ってりゃいいんだよ」
「………」
「わかんねえか? 命令にはな、優先順位ってもんがあるんだよ。この里に住む以上、おめえの一のご主人様は(かしら)だ。そいつは間違いない。で、第二のご主人様はこの俺よ。俺ぁ、下忍だが、頭より『上忍扱い』のお墨つきをもらっている。俺の上には頭しかいねえ。俺に命令できる人間は頭しか居ないんだ」
「………」
「いいか、ジライ、キリュウは上忍だが、おめえの上司じゃねえ。あいつが何言おうが、俺の命令に反することなら無視していいんだよ。あいつの言葉より、俺の命令のが優先されるんだ。わかるか?」
「………」
 ジライは小さく頷いた。
「教えろ、その傷、キリュウがやったんだな?」
「………」
 ためらいがちに、小さく、ジライは頷いた。
「あのクサレS!」
 俺は拳で自分の腿を殴った。
「俺の持ち物を傷モノにしやがって!」
「……お見苦しい姿で、申し訳ありません……」
「あん?」
 ジライは何処を見てるんだかわかんねえボーッとした顔のままだ……
「明日には綺麗になります……今夜のキリュウ様のお遊びの後、大魔王教徒の神官に傷を消してもらう事になっています……今日一日だけ、この汚い姿をお許しください……」
「今夜の遊びってのは何だ?」
「キリュウ様の二日にわたるお遊びにおつきあいするよう、兄弟子に言われています……昨晩の趣向は鞭と炙り……今夜は刃物。更に傷が増え、皮膚がはがされ、みっともない姿となりますが……帰る前には怪我は消してもらえます。師匠の持ち物にふさわしい姿に戻れます。どうか……今日一日だけご容赦ください」
「あのクソ野郎……」
 俺は寝床から立ち上がり、ジライの両肩をがっしりと掴んだ。
「胸糞悪い! 断れ!」
「え?」
「ンな変態遊びに付き合うことはねえ、断っちまえ!」
「……断る?」
 大きな黒の瞳を開き、ジッと俺を見つめるジライ。
「遊びを断る……?」
「アン? 嫌なのか、遊びは納得ずくで、おめえも楽しんでるから、今夜も行きたいのか? だったら、止めねえよ、行けよ。行って、二度と帰ってくるな! ンな変態はいらねえ! てめえなんかキリュウに売ってやる!」
「……行きたくない」
「なら、行くな!」
「……良いの?」
 体を小刻みに揺らし、真っ直ぐにジライが俺を見つめている。
「断っても……良いの?」
 顔はあいかわらず無表情だが……
 でっかい黒目から、一筋涙がこぼれ落ちた。
「断っても……仕置きされない?」
「………」
 俺はジライの小さな痩せた体を腕に抱いた。本当は背中を抱いてやりたかったが、腫れあがったひどい有様だったんで、肩を抱くにとどめた。
「ああ、おめえは俺のモノだ。俺の許可がなきゃ、誰も手出しできねえ。仕置きなんざ、させねえよ」
「………」
 ジライの頬をポロポロと涙が伝わっていくのが、わかった。ジライは体を震わせ、俺にしがみついてきた。


 こいつにも……感情はあったんだ。


 ジライをうつぶせに布団に寝かせ、背中の手当てをしてやった。ともかく、全部、話を聞く事にした。
「俺は嘘つきは嫌いだ、隠し事されんのも嫌いだ、戦わねえで逃げる奴も嫌いだ、奇麗事ばっか言って何もしねえ奴も嫌いだ、仲間を仲間と思わねえクズも嫌いだ、てめえで考えねえで人の言いなりになってるだけの能無しも嫌いだ、それから……ああ、いいや、思いついたら、又、教えてやる。ともかく、俺は、嫌いなモノがいっぱいある。おめえは、俺の持ち物になったんだから、俺を苛々させるような奴にはなるな。わかったな?」
 ジライが小さく頷く。
「じゃ、全部話せ。今までどうやって生きてきたか。俺は部下の事情は把握しときたいんだ。隠し事はするなよ」


 ジライは何度もつっかえ、首をかしげ、話しづらそうに自分の過去を語った。
『仕込まれた下僕の言葉』以外、敬語がうまく使えないってんで、素の口調でいいから話せと先を促した。


 口下手のジライから聞いた話は……
 嫌んなるくらい、気色の悪い話だった。
 この里じゃ、どの子供も、ろくな育てられ方をしない。くノ一の子、孕んだ端女が産んだ子供、さらってきた子供は、いっしょくたに保育所につっこまれ、物心つく前から体質を改善させられ、肉体鍛錬をさせられ、知識を叩き込まれる。ひよわだったりお(つむ)が足りなかったりした子供は、どんどん処分されてゆく。
 六つになってからは、買い手がついた奴は新しい家で下忍となるよう更に仕込まれ、売れなかった奴等は養成所に入れられる。どっちにしろ、生命剥奪権を大人に握られての教育を受けるんだ。
 この里のガキどもは、みんな、不幸だ。ジライだけが迫害されているわけじゃない。しかし……
 保育所では見目のいい子供は特別待遇でいい目をみ、次に男、その次が女、異形はその頃から最下層の者として扱われる。異形でありながら美形のジライは、そんなガキどもの中で複雑な位置に居た。大人も扱いに困り、授業にあわせ、美しい子供のグループと異形のグループの間を行ったり来たりさせたみたいだ。ジライは両グループから仲間はずれにされ、一人ぼっちで暮らしていたらしい。
 異形の館に引き取られてからは、義兄達の性的玩具にされ、ろくに忍術も教えてもらえず飼い殺しの状態だったようだ。逆らえば仕置きで半殺しの目に合わされるので、反抗心を押さえ、ひたすら従順な奴隷となるよう心がけていたと、そういう意味の事をジライは言った。
 唯一、幸いだったのは、房中術の師がカサギだった事だろう。諜報部隊でも重鎮のあの男はこの里の人間にしちゃまともな男で、ガキの体がきちんと成長しない限り、誰が何と言おうが本番OKの許可は出さない。房中術の秘術を使って仕込めば五つのガキの尻の穴でもアレが挿入可能な大きさに広がるらしいが、異形で美童のジライは、将来、どっかデカい所(たとえば、インディラ忍者の巣のインディラの王宮や寺院)で使い道があると踏んで無茶使いをさせないよう異形の館に通達していた。
 中忍のカサギを恐れ、異形どもはジライを『おしゃぶり専門の玩具』として扱ったようだ。
 で、美童好きの中忍や上忍から誘いがかかると、異形どもの命令で、『おしゃぶり専門』の男娼としてそいつら寝所に行かなきゃいけなかったらしい。
 が、ジライは呼ばれるのは嫌ではなかったと言った。
「異形の館には、入れ代わりに十人以上、大人達が居たもの。一晩で、一人か多くても三人を相手にするだけで済んだから……誰かに呼ばれるのは好きだった。楽だったから……。変な趣味の人が多かったけど」
「キリュウとか?」
「……前はキリュウ様に呼ばれるのは好きだったんだ。オレを裸にして舐め回すだけで、くわえろとか命令しなかったし……嫌な事しなかったし……オレの事……かわいいって言ってくれたし」
「かわいい? おめえ、野郎にかわいいって言われて嬉しいのか?」
「うん……キリュウ様は、一度も、オレの事、醜いってののしらないんだ。気持ち悪いとか、おぞましいとか、見てるだけで吐き気がするとか……そんな風に言わなかったんだ」
「……誰が、おまえにそんな事、言った?」
「みんな……言うよ、オレは醜いって……ジジイみたいな髪の気持ち悪いガキだって……」
「白いだけじゃねえか、くっだらねえ。おめえ、とびっきりかわいい顔に生まれてきてるんだぞ、美少女もうらやむような美童にな」
「でも、白いもの……」
 そう言ってジライがションボリと頭を下げる。周りから『醜い』って言われ続けたせいで、本人まで自分はそうなのだと思い込んでいるのだ。
「やさしい言葉をかけてくれるから、キリュウが好きだったのか?」
「……お菓子もくれた」
「菓子?」
「最初が干菓子で、次が饅頭で、三度目が羊羹……オレ、それまで甘い物、食べた事なかったんだ。すごく美味しかった。だから、四度目に呼びだされた時も、喜んで行ったんだ。キリュウ様がわしが好きかって聞くから頷いたんだ……そしたら、キリュウ様、嬉しそうに笑って、オレの愛を確かめるんだって言って……縛られて吊るされて……鞭で……。やめてってお願いしたり、泣くと、キリュウ様が怒るんだ。わしへの愛があれば我慢できるはずだって」
「あの変態!」
「それに、殴るのはオレのためなんだって……愛の教育だって。忍たる者、何時、いかなる時も感情に溺れてはいけないから、痛がったりしちゃいけないんだ……何も感じちゃいけないんだって……言われた」
「な、わけねえだろうが!」
「オレの白い肌には血が似合うって言ってた……綺麗だって、キリュウ様が傷口を舐め回して……そのうち、オレ、気絶しちゃって……目覚めたら布団の中に居た。体中が痛んだけど、どこにも傷はなかった。今なら、わかる。オレが寝てる間に、大魔王教徒の神官の治癒魔法でもとどおりの見た目にされたんだって。だけど、その時はわけわかんなかった。震えてたらキリュウ様が笑いながら言ったんだ、怖い夢でも見たのかね? かわいそうに、大好きなお菓子でも食べて落ち着きなさいって……見た事もない西国風のお菓子をくれたんだ。でも……何も味がしなかった。行く度にキリュウ様は今もお菓子をくださるけれど……甘くも何ともない、ただの塊なんだ」
 こいつの味覚障害の原因はキリュウだったのか。
 慕いかけていた相手に折檻されたショックと、『何も感じるな』と言われた事が暗示になったのが原因ってところか。
 ジライは逐一克明に誰とどんな遊びをしてきたのか、どんな会話をしたのかを俺に話した。
 何でも、何時何処で誰と犯ったかしつこく聞いてくる嫌な義兄が居たそうだ。答えられねえと、そいつに仕置きされるんで、情事を可能な限り覚えるようにしてきたんだそうだ。
 道場に通い始めた時は、来るのが嫌でしょうがなかったとジライは言った。
 奉仕をしなきゃいけない人間が増えたからだ。兄弟子達の性的な要求に対し、ジライは全部、応えたそうだ。拒めるとは知らなかったようだ(まあ、嫌って言ったところで無理やりやらせる奴もいたろうが)。
 だが、内弟子となれたのは嬉しかったらしい。ここには、夜の相手をしろって要求する奴がヤマセとホシノの二人しかいないし、その上、自分の部屋があって、夜、一人で眠れる。酒臭い息を吹きかけられる事も、ごつごつとした気持ちの悪い指で撫でられることもなく、一晩中遊びにつきあえと命じる大人もいない。一人で眠れるのが嬉しいと……感情が麻痺しちまった無表情でジライは言った。
 剣術は好きか? と、聞くと、ジライは首をかしげ、わからないと答えた。
「ここは剣の修行をする場所だ。おめえの避難所じゃねえんだよ。いいか、ジライ、おめえは強くなれ、俺の為に、だ」
「師匠の為……?」
「そうだ。俺ぁ、おめえに住む場所を与え、エサもやる。スケベどもの誘いも、できるだけ断ってやる。そのうち、剣や忍術も教えてやる。どうだ、有難いだろう?」
 ジライは頷いた。
「なら、恩を返せ。おめえは強くなれ。そんじょそこらの強さじゃ駄目だ。超一流の剣の使い手になれ。あの名刀にふさわしい人間になって、俺の手足となって働け」
 ジライは頷いた。
「おめえはご主人様の俺の期待に応える為に生きるんだ、いいな、わかったな?」
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