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女勇者セレス 作者:松宮星

過ぎ去りし日々と未来

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桜花 1話

 初代『白き狂い獅子』とジライの話です。男性の同性愛を含む性的描写が多めです。子供時代のジライが出てくるので、痛い話でもあります。
 その手の話をご不快に思われる方は、この次の「風花」からご覧ください。そちらは大魔王討伐後のシャオロンの旅を描きます。
 初めて会った時、こりゃ、イかれてると思った。


 そのガキは、乱れた前髪で顔の右半分を隠していた。出している左目は、死んだ魚のようで何処を見てるかわからなかった。白髪・白い肌の痩せた異形。覇気のねえ、気色の悪いガキだった。


 俺は『白き狂い獅子』の異名を持つ、忍の里一の剣士だ。
 暗殺や窃盗なんかの隠密活動の仕事には、まっとうな黒装束を着る。
 だが、陽動や扇動、恐喝、拷問の仕事の時は、上役から文句を言わわれねえ限りは真っ白な忍者装束を着た。目立つからだ。標的とされ、憎まれ、より多くの敵に囲まれるよう、俺は白装束を着た。俺は乱戦が大好きだった。
 抜刀術、剣術、体術、忍術、忍法を取り入れた俺の剣は、まっとうな剣士――サムライにゃ見切れん奇抜な剣となっている。
 目立つ白装束で若い頃から俺は、剣豪と名高いサムライどもを葬ってきた。
 おかげで、俺の素顔も名前もまったく知られちゃいねえが、『白き狂い獅子』の名はジャポネ中に知れ渡っており、『白き狂い獅子』を指名しての里への依頼もかなりの数だ。『白き狂い獅子』の名は、里の殺しの技術の高さの象徴のようになっていた。
 対外的には、俺ぁ、里を代表する有名人なんだが……
 里では、俺は一介の下忍に過ぎなかった。里の掟と生まれのせいで、中忍にすらなれなかったのだ。
 不惑が近づき現役でいるのがそろそろ厳しくなってきた時、今までの功績に報いると(かしら)から屋敷と道場が与えられた。俺にとっちゃ初めての財産といえるシロモノだ。中忍以上にならにゃ、家なんざ持てない。俺が拝領した屋敷と道場は、クソ余ってる頭の土地の桜林の側に建てられたものだった。
 その時、『上忍扱いとする』というお墨付きもいただいた。
 ご褒美だって綺麗ごとを言ってたが、ようするに手が足りなくなったってことだ。
 この里の上忍は八、中忍は四十八と枠が決まっている。家や土地や部下の下忍を抱える権利を持つ上中忍は、里の命令に服し、里から命じられる仕事を一定数こなす義務があった。義務は上忍ほど重く、その義務を上忍は本人がこなしてもいいが、たいていは抱えている手下――中忍・下忍にさせる。
『上忍扱いとする』というお墨付きは上忍並みの仕事数を俺に振るってこったし、屋敷だけじゃなく道場まで付けたって事は俺が老いぼれる前に剣を里の者に教えとけってこった。
 無茶言ってくれる。
 けど、まあ……
 今まで上中忍にピンハネされてた報酬が丸々入るようになるわけだし、狭い板の間の相部屋から解放されるのは喜ばしいことなんで、俺は頭からの条件つき報奨をありがたくいただいた。
 上忍の仕事数をこなすにゃ、いくら俺が優秀だからって一人じゃ無理だ。部下をいっぱい抱えて部下にやらせるか、優秀な部下を育てて他の中上忍に貸与する事で年間一定数の仕事を肩代わりしてもらうか、義務となる仕事数の代替の金子を払って一定数を免除してもらうかだ。
 多少の準備金は貰えたし、最初の一年は割り振られる仕事を十分の一にしてもらえるってこったので、まずは道場を軌道にのせる事にした。
 俺はヘボには教える気はなかったので、里の中からマシな奴等をかき集めて試験(テスト)をし、その中のそこそこ使える坊主を二人だけ内弟子とした。
 ヤマセとホシノだ。
 他にもマシな奴はいたんだが、残念ながら、持ち主の中上忍と値段交渉がうまくいかなかった。買えなかった奴らにゃ、『俺が里に居る時、指南料持ってくりゃ稽古つけてやる』と、言って元の持ち主に戻した。指南料なんざ微々たるもんだが、道場の構えがあるのに弟子とらなきゃタヌキ親父(頭)がうるさいからな。
 結局、俺は、ガキ二人だけを抱えて、上忍並みの仕事をこなさなきゃならなくなった。仕方ねえんで、毎年、仕事数をかなりの数、免除してもらっている。だもんで、外でけっこうヤバい仕事こなしてるのに、免除金の支払いにほとんどが消えちまう。
 働けど働けど、我が暮らし楽にならざりきって奴だ。あのタヌキ親父(頭)の手の内で、いいように使われてるってのはわかったが……
 屋敷が持てる身分を守り通す為に、俺は真面目にお仕事を続けた。


 それから十年。拾った頃はガキだった二人も、いっぱしの忍となった。
 ヤマセは中忍(師匠の俺が下忍だってのに妙な話だ)、ホシノは頭直属の暗殺部隊のエースとなっている。
 二人を比べると、剣の才は弟弟子(おとうとでし)のホシノが圧倒的に秀でている。天才と言っても良い。ホシノは目にも留まらぬ早業で刀を抜く。抜刀術の才は師の俺を越えている。けど、人間的には問題のある奴だ。冷淡で冷酷、陰気な皮肉屋だ。俺ともヤマセともまともに口をきかず、殺人剣の鍛錬と暗殺の仕事に明け暮れていた。
 ヤマセの剣の才は、ホシノよりかなり劣る。並の忍よりは上手い程度だ。だが、頭が良い。引き取ったのも、いろんな流派の剣法の型を会得してたからだ。おまけに要領が良く、世渡り上手。里の上層部にゴマすりまくって、二十そこそこで中忍になりやがった。けど、前任者から受け継いだ財産も家も全部叔父に譲っていて、その分負うべき義務も叔父に押しつけ、『中忍』の肩書きだけを持って気ままに俺の下に暮らしている。俺の義務を代わってこなしてくれたり(自分でやってもいたが、叔父に押し付けてる時もあった)、里のガキどもを集めては定期的に剣術教室を開き剣の才ある奴を探してくれたりと、実に使える弟子だ。俺はヤマセを道場の師範代にした。
 色黒で陰気で無愛想なチビのホシノと、ひょろながで人あたりのいい商家の息子みたいなヤマセ。二人の優秀な弟子のおかげで、免除してもらう仕事数も減って、俺の生活にも多少、余裕ができてきた。


 そんな頃だった、俺があいつに出会ったのは。


 その妙なガキを、俺に引き合わせたのはヤマセだった。
 白髪、白い肌の、無表情の痩せたガキ。
 喜怒哀楽の表情を浮かべねえ、うすぼんやりとした顔は気色悪かった。
 けど、ヤマセの見立てなら間違いない。キ印だろうが何だろうが、剣の才があるのは確かだ。才ある奴に剣を教えるのもお仕事だ。俺は、ガキに、週に三日、道場に通うように命じた。
 俺の命令は上忍の命令同然の強制力がある。不承だろうが、上役が中忍なら絶対、逆らえない。上忍でも確たる理由がなきゃ、『忍者の戦闘力を増強する指南』を掲げる道場主の命令のが優先される。それからジライは俺の道場に通うようになった。
 で、しばらく道場に通わせてみりゃ、確かに筋が良い。教えられた事をすぐに吸収し、めきめきと腕をあげていった。悪かなかった。
 だが、どうしても、俺は奴が気に入らなかった。
 命じられた事を命じられた通りに、奴は、黙々と練習する。命じた奴が席を外そうが、ぶっ倒れるほどに暑い日中だろうが、お構いなしだ。いっさい手抜きをしない。
 剣術が好きな剣術馬鹿がそうなら(要領の悪さは面白くねえが)構わねえんだが……奴は死んだ魚みてえな濁った目で、ただ命令に従うだけだ。
 自分の意志のねえ、傀儡(くぐつ)だ。
 ゾッとした。
 この里にゃ、俺を含めイかれた奴は多い。けど、俺ぁ、好きでイかれてるんだ。年端もいかねえガキが自分の意志で傀儡になりきるなんざ、ありえねえ。
 何処の馬鹿がこいつの主人だ? 誰がこいつを傀儡に育ててるんだ?
 道場でヤマセに尋ねると、奴は厭きれたような顔で俺を見上げた。
「七つの子供ですよ。まだ、どこの部隊にも所属してるわけないじゃないですか。直接の上司はいません」
「今は、何処に飼われてる?」
 この里ではガキは五才まで保育所で養育され、その後は、親類縁者か、使いっぱしりや弟子を欲しがってる奴に引き取られる。そこでガキはエサを与えられ忍術を仕込まれる。そうやって、中上忍はてめえの部下、或いは召使を得ているのだ。引き取るにはは五年分の養育費を頭に払わにゃならんので、毎年、けっこうな数が売れ残り、頭直属の養成所行きになってはいるが。
「あいつが何処の家に居るのかなんて、一目見りゃわかるでしょ」
 ヤマセはやれやれと頭を振り、俺の正気を疑うような目つきをしやがった。くそ生意気な弟子だ。
「異形の館ですよ。白子の行き先なんざ、決まってるじゃないですか」
 そうと聞いて、俺はあいつ(ジライ)への関心をすっぱり捨てた。
 はっきり言う。俺ぁ、異形部隊が大嫌(でぇきれ)ぇだ。醜い外見も嫌いだが、それよりも、誰にでも媚へつらう卑屈な態度が好かなかった。いつも日陰でうじうじしやがって、呼ばれりゃ誰の足の裏でもケツの穴でも舐めてでも相手の機嫌をとろうとしやがる。その上、異形部隊は、仕事となりゃ、日頃のうっぷんを晴らすかのように、敵をズタボロに引き裂く。慈悲の心なんざ俺も持ち合わせちゃいねえが、異形部隊はいつもやりすぎる。不愉快だった。
 異形は、生涯、出世の望みのない下忍で、あのゴウツクで残忍な頭の直属の特殊部隊にいなきゃならねえ。
 生まれつきの欠陥のせいで中忍にすらなれなかった俺と、異形部隊は立場が似てる。だからこそ、一層、気にいらねえ。
 最下層の立場でいつ切り捨てられるかわかんねえのなら……
 切り捨てられねえ実力をつけりゃいい。役に立つ駒だ、捨てるにゃ惜しいと、上役に思わせりゃいい。己を鍛え上げ、突出した強さを持ちゃいいんだ。んでもって、捨て駒に使われないよう、上役をよく観察し、場合によっちゃ相手を操って自分に都合のいい状況をつくりあげりゃいいんだ。
 俺は戦う前から、勝負を投げるようなクズは大嫌(でぇきれ)ぇだ。異形部隊に育てられりゃ、まともに育つはずがない。憐れとは思った。が、そこまでだった。白子のガキ――ジライなんざ、頭からすっぱり切り捨てた。


 ジライは異形の館から、週に三日、道場に通って来た。
 内弟子のヤマセやホシノ、それに通いの他の弟子達が、奴にちょっかいを出しては物陰につれこんでゴソゴソやってたが、どうでもいいので放っておいた。稽古の時間には遅れさせるなとだけ注意した。


 そのまんま何もなけりゃ、二、三年ヤマセに指導をさせ、一、ニ年、俺が直に剣を教えてそれで終わりのはずだった。ジライとは縁が切れたはずだった。
 けど、俺はあいつを内弟子に引き取るはめとなった。
 他でもない、俺のせいで。


 俺ぁ、昔から、刀剣類には目がなかった。
 片刃でも両刃でも、長剣でも短剣でも、槍だろうが薙刀だろうが、殺傷力のあるものなら何でも好きだ。
 でも、やはり、一番はジャポネ刀だ。
 触れるものを真っ二つにする、あのギラリと光る禁欲さがたまらねえ。名のある刀は、見てるだけでいい。イけちまう。
 つっても、実用武器だけだ。刃をつぶした美術品にゃあ興奮しない。
 下忍として相部屋の板の間で暮らす身の頃は、持てる刀の数に限りがあった。他の私物を極力持たないようにしたって大刀、脇差、短刀合わせて十が限度だった。
 だもんで、上忍扱いのお墨付きをもらい、家を持てる身分になってからタガが外れた。
 なにせ部屋が十もあるんだ。道場の裏手には小さいながらも蔵まである。武器を百も千も収納できるはず。
 仕事で里を離れる度、俺ぁ、二、三日余計に外に留まった。趣味の為だ。
 まずは、今まで名刀と目をつけてたものを片っ端から盗んだ。その後も、名刀の噂を聞いてはこっそりそれを拝みにゆき目にかなった時には周到な計画をたて盗みまくっている。
 盗術の腕も、俺ぁ、里では一、ニを争っている。押し込みのような下手な真似はしねえ。気づかれぬようこっそりと、時には偽モノとすりかえたりして、外で騒ぎとならぬようお宝を増やしていった。
 武器の収集は三度の飯よりも酒よりも好きだった。けど、ヤマセに言わせりゃ俺は本当の収集家ではないらしい。収集してきたモノを適当にしまっていたのがマズかったらしい。
『本当の収集家なら、集めた刀剣をいっしょくたにして納戸や押入れに放り込むものですか。何時何処で盗んだ何という武器かわからなさすぎるモノが多すぎます。だいたい、師匠(せんせい)、盗んで数を増やすばっかりで、手入れすらしないじゃないですか。たま〜に気が向いた時に抜いて悦にいってるだけ。私がいなきゃ、数多くの名刀が雲って錆てましたよ、まったく、もう』
 もっと私に感謝してください、と、男の癖に几帳面で重箱の隅をつっつくのが趣味な内弟子がうるさいので……
 一年に一回、俺は収集した武器のうち、やっぱあんま気に入らない出来のヤツや、銘がわからないモノや、自分じゃ扱えない武器を、気前良く弟子どもにくれてやる事にした。
 内弟子が管理している武器を減らしてやろうってな、師匠のやさしい思いやりだ。もっとも、くれてやる数より、毎年、盗んでくる数のが多いので、ヤマセのガミガミはおさまりゃしねえんだが。
 毎年恒例の武器の振る舞い会にゃ、通いの弟子を全部を呼びつける。任務で里を離れている者を除く全員が集まるのだ。
 だから、ジライもそこにいたわけだ。
 記録好きのヤマセは今まで誰が何振りもらったとかちゃんとわきまえてるんで、不公平感がないよう刀は分けられる。まあ、年長者のわがままが、結構、通るんで、ガキに回ってくるのは余りモノと相場が決まっていたが。
 しかし……
 ジライは、あの刀を抜いちまったんだ。
 何処でどうやって手に入れたのかは忘れちまったが、ともかく凄い名刀のはず(それだけは覚えていた)で、五年前にヤマセが押入れから発掘してからというものの、毎年、この里の人間に試してもらってるんだが、誰一人、鞘から抜けなかったあの刀を……
 ジライが抜いたのだ。あの何処を見てるのかわからねえ、うつろな顔で。
 冴え冴えとした刀身を目にした時、ぞくぞくした。五年以上、抜かれた事もなかったってのに……刃身には曇り一つなく、刃は研ぎ澄まされていた……
 振ってみろと命じると、ジライは刀を正眼に構え、素振りをした。
 奴が刀を振った瞬間……雨が降った。刀身から、水飛沫が生まれたのだ。
 間違いなく、魔法剣だ。
 ジライから奪って振ってみたが、俺が持っても雨は降らなかった。その場にいた他の奴等でも駄目だった。ジライだけが、剣より魔力を引き出せるのだ。


 その日のうちに、俺は(かしら)にかけあい、ジライの身を預かる事にした。異形部隊が頭の抱えだからだ。ガキの値段にしちゃ高かったが、言い値で、俺は頭よりジライを買い取った。
 異形部隊じゃ、ジライをまともに育てられるはずがねえ。苛め殺しかねない。だから、預かる事にしたんだ。
 本音を言えば、ジライなんざどうでもよかった。
 だが、ジライの抜いたあの名刀は……息を呑むほどに美しかった。
 見ただけで欲情しちまった。
 けど、口惜しいが、俺には扱えねえ。あの刀の美を堪能するには、持ち手が必要なんだ。
 あの刀の為だけに、俺はジライを育てる事にした。


 俺は晩酌のかたわらに、新たな内弟子を相手に『弟子入りを認める』、『へへー』ってヤツ、よくある師弟の形式美をやっていた。
 ジライは俺の前に正座して、膳をはさむ形で俺と対面していた。いつもと同じうすぼんやりと顔で俺の話に耳を傾けていた。
 頭に貸し出し中のホシノは外の仕事で里を離れていたので、ヤマセだけが俺の横に座り、兄弟子として儀式を見守っていた。
「今日から、おめえは俺の預かりとなった。おめえは俺に買い取られたんだ。剣の腕を磨いて、名刀にふさわしい男になってみせろよ」
 ジライは無言のまま頷いた。
「暮らし向きのことは、このヤマセに聞け。おまえは内弟子の中の一番下だ、兄弟子には逆らうなよ」
 又、無言で頷く。
「もう一人の内弟子ホシノは、おめえも知ってるだろうが、頭直属の暗殺部隊の一員だ。俺が言うのも何だが、ぶち切れてる男だ。用が無い時は近寄らないようにしろ」
 これに対しても、無言で頷く。
「この屋敷には、俺とヤマセとホシノの三人だけだ。嫌いなんで、端女(はしため)は置いてない。家事や雑用は、今までは、ヤマセが通いのガキどもに手伝わせてやってた。これからはおまえの仕事の一部だ。きりきり働けよ」
 やはり、無言のまま、ジライが頷く。
 こんな調子がずっと続いた。
 何か……
 話しているうちに……
 だんだん苛々してきた。
 何を言ってもジライは頷くだけだ。
 剣の才を認められて嬉しいとか、内弟子に昇格できて嬉しいとか、異形の館から出られて嬉しいとか、人間らしい感情は、一切ない。
 ぼんやりした顔で、頷くだけ……
 生気なさすぎだ。
 名刀の為とはいえ、剣で身を立てる気もない、うすのろを高い金で買ったのかと思うと……
 腹が立って……
 頭に血がのぼって……


 で、俺はキれたらしい。


 気づいた時には、俺はヤマセに羽交い絞めにされていた。大柄でガタイのいい俺を、ひょろ長のヤマセがよく押さえられたもんだ。
師匠(せんせい)〜、子供相手に、空を飛べとか、地面に潜れとか、何むちゃ言ってるんですか〜」
「このガキ、頷きやがったんだ! 俺がやれって命じたら、頷いたんだ! できもしねえのに!」
「だからって、(さかずき)投げつけて、額を割る事ないでしょうが」
 そう言われて初めて俺は……
 伸びすぎの右前髪を掻きあげ、ジライが額を押させてうつむいているのに気づいた。膳も蹴っ飛ばしたみたいで、銚子も皿も中身も畳の上に散らばっている。
 又、俺は……やっちまったらしい。理性を失って暴力に走るのは、俺の悪い癖だ。酒が入ると、特にやっちまいやすい。
 けど、それも、これも……
 このガキが悪い! 何でもかんでも頷く、このガキが!
「……申し訳ございません……やります……」
 細い声が聞こえた。それがジライの声だと気づくまで数秒かかった。半年以上、こいつに剣を教えてきたが、まともに声を聞いたのは、初めてだった。
「今はできないことも、必ず、覚えます……どうか、お怒りを静めください……愚かな白子に道をお示しください……お心にかないますよう、できるようになるまで励み、必ずやお望みをかなえます……」
 俺は顔をしかめ、ヤマセと顔を合わせた。
 ヤマセも気分悪そうに、眉根を寄せている。
 ジライの台詞には反吐が出そうだった。何処の馬鹿だ、ガキにこんな口上を覚えさせた奴は。
 この白子は、命じられた事を命じられた通りにやるよう仕込まれているのだ。それが実行不可能な命令であっても、反抗は許されなかったのだろう。
「へっ! 何、ムキになってやがる、バーカ。冗談だよ、冗談に決まってるだろ」
 ヤマセの手をふりほどき、俺はジライの顎を取って顔をあげさせた。
「手ェ、どけな」
 ジライは言われた通り、傷口から手をどけた。流れ出た血は多いが、さほど深い傷じゃねえ。痕も残らないだろう。
 傷よりも、ジライの目が気になった。俺への恐れも敬意も媚びもない、何の感情もこもっていない目で俺を見つめている。
 胸糞悪かった……
「……怪我させて悪かったな。話は終わりだ。ヤマセに手当てしてもらって部屋に案内してもらえ。今日はもう寝ちまっていいぞ」
「はい……」
「畳部屋を一人で使えるんだ。ちったぁ、嬉しそうな顔をしやがれ。どーせ、今まで土間か廊下で寝起きしてたんだろ?」
「え?」
 ほんの少し、ジライの顔が変わった。まあ、無表情は無表情なんだが。どこがどう違うってはっきりは言えねえが、とまどっているように見えた。
「畳部屋に一人……?」
「ああ、言ったろ、この屋敷、おまえを合わせても四人しかいねえんだよ。部屋はクソ余ってる。下忍のくせに一人部屋なんざ、夢みたいだろ? ありがたく使え、ガキ」
「一人……?」
 ジライが声を震えさせながら尋ねてきた。
「……一人で寝ていいの?」
「あん? 一人じゃ眠れないのか? 誰か一緒に寝てもらいたいのか?」
 ジライは急いでかぶりを振った。
「一人で寝たい……」
「じゃ、そうしろ。ヤマセ、後は頼んだ」
「はい。師匠、これどうぞ。もう大人なんだから、ご自分の後始末ぐらい、ちゃんとしてくださいね」
 ヤマセがにっこり笑って、雑巾を手渡しやがった。何時の間に持って来たんだ? いや、持って来たんなら拭いてから出てけよ、クソ弟子。
 それでは♪ と、妙にご機嫌な顔でヤマセはジライを連れて部屋を出て行った。
 引っくり返った膳の始末なんざ、弟子の仕事だ。一応、酒が染み込んだ畳の上には雑巾を置いといた。が、後は知らねえ。転がっていたスルメを拾って、齧りついた。
 で、気づいた。ヤマセがホクホクしている理由に。
 ヤマセは稚児趣味だ。最初、剣術教室で、ジライに目をつけたのも、多分、ジライの(ツラ)が良かったせいだ。まあ、すぐに剣術の才もあると見抜き、俺にご注進してきたわけだが。
 そういや、ヤマセもホシノも通いの弟子どもも、ジライをしょっちゅう物陰に連れ込んでいた。あんなウスノロそうなガキの何処がいいんだか、俺にゃわからんが……やっぱ(ツラ)か?
 里じゃ、造作の良い子供は諜報部隊預かりとなる。潜入潜伏活動要員として、里の他の連中から隔離された場所で育てられる。
 つまり、諜報部隊以外の奴は、美童に手を出すどころか、その顔を拝む事すらできないのだ。見目の良い子供は里じゃ高嶺の花だ。だから、あいつら、手近なジライを使うのだろう。
 けど……俺にはよくわからねえ。色事ってのは、男女でやるもんだ。ジライと犯るぐらいなら端女と遊んだ方がマシじゃねえか? 端女に誰かの種がつきゃ、里の人間が一人増える。精液を無駄にするヤマセ達の気持ちは、俺には一生わかりそうになかった。
「でれでれ鼻の下伸ばしてやがったしなあ、怪我の治療だけじゃ終わらねえな……ったく、酒臭え」
 その時、俺が気にしていたのは、何時、ヤマセが戻ってくるか? だけだった。
「……とっとと戻って、部屋を片付けやがれ」


 ジライは家事が下手だった。と、いうか、家事全般の手順をまるで知らなかったそうだ。前の家じゃ仕込まれなかったらしい。端女がいねえこの家じゃ、家事は弟子どもの仕事だ。叩き込めと、ヤマセに命じたところ、ジライは三日で使い物になるようになった。
 料理を除いてだが。
 ヤマセによると、ジライは味覚音痴だそうだ。
 奴に味付けさせた味噌汁は味噌の塊、漬物は塩の塊、そのくせ生煮えの煮物にはダシが入っていなかったそうだ。その人間の食い物と思えない料理をジライは表情も変えずに食ったのだと、ヤマセはこぼしていた。
 一ヶ月後、どうにか人並みの料理の腕となった。が、それは奴の味覚がまともになったのではなく、料理ごとのヤマセの味付けをそのまんま暗記したに過ぎなかった。
 家事の合間に、剣や忍術の修行をさせた。だが、俺はほとんど指導してやららず、ヤマセに任せた。俺には外向きの仕事が山ほどあるし、里にいる時は通いの弟子どもの相手もしてやらにゃいけねえ。好き勝手やってるわりにゃ真面目にお仕事してたんで、忙しかったのだ。ガキなんぞに構ってる暇はなかった。
 ジライは無口で、居るのか居ねえのかよくわからねえガキだった。空気に溶け込む能力は忍としちゃ将来有望って事なんだろうが、俺は好かなかった。
 気が向いた時に、刀を持って来させ、素振りをさせた。見るたんびに、切れ味のよさそうな華麗な美しい刃に、うっとりしちまう。馬鹿ガキも、しょうがねえから飼ってやろうかって気になる。
 それ以外じゃ、俺にとって、うっとーしいだけの存在(モノ)だったが。
 晩酌の時間、ジライは膳を運んできちゃ、障子の前に控えてちょこんと座っていた。ご主人様を待つ犬みたいに、俺のお言葉を待っているのだ。
 側に居られると酒がマズくなるんで、俺はいつも、
「もういい。おめえは部屋に帰って寝ちまいな」
 と、さっさと追い払っていた。
 その度に、ジライはでっかい目で、探るように俺を見やがった。
「……もうご用はないんですか?」
「ねえよ」
「………」
 何か言いたそうに、微かに眉や口元を動かす。が、何も言わない。深々と頭を下げて、ジライは自分の部屋に戻って行く。
 無口で無表情のガキは、本当にうざったかった。


 内弟子にしたものの、俺はずっとジライを放っておいた。もうちょっとデカくなってから、本格的に剣を教えりゃいいやと思ってた。


 あの日までは……
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