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女勇者セレス 作者:松宮星

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終わらない伝説 1話

「さすがお師匠様! 私が眠っている間に『千人斬り』を終わらせてくださるなんて! しかも、たったの十二日で……あああああ、ありがとうございます、お師匠様!」


 両手を顎の前で組み合わせて瞳をうるうると潤ませているのは、今世の女勇者セレスだ。『勇者』とは思えないほど、たいへん肌の露出の多い格好だったが。
 それと対しているのは白髪白髭の黒のローブの老人――当代随一の大魔術師カルヴェルだった。
「それだけではないぞ、セレスよ」
 老人はニマニマと笑い、女勇者の耳元で囁いた。
「わしの術によって、おぬしの処女は守り通した。おぬしは処女のまま、千人の男の精気を体内に取り込み、大魔王の憑代を滅ぼしたのじゃ」
「え?」
「つ・ま・り、純潔は無事。ぴっちぴっちの処女のままじゃよ。(みさお)は好きな男が出来た時に捧げるが良い」
 セレスの頬がポッと赤く染まった。


 今世に何度と無く召喚される魔界の王ケルベゾールド。
 女勇者セレスは、大魔王ケルベゾールドをその身に宿していた人間――憑代を、その居城にのりこんで『勇者の剣』で斬り裂いた。憑代の肉体が息絶えた事で、大魔王は地上との縁を失い、今世に留まれず魔界へと戻って行った。
 しかし……
 大魔王の憑代は、自分の死によって発動する呪の罠を仕掛けていたのだ。
 それは……
 死者の復活……
 女の子宮に己が精気を宿らせ、百日後に、宿主の肉体を奪ってこの世に復活を果たす邪法であった。
 そうと知って、セレスは真っ青となった。
 憑代は生き返れば、再び大魔王を召喚するだろう。しかも、肉体を奪われた時点でセレスが死亡してしまうので、その時、この地上に『勇者の剣』の振るい手はいないのだ。百日後では、セレスの甥のグスタフはまだ五才……大剣を振るえるはずもなく、世界は滅亡へと向かってしまう。
 更に、この邪法、この世から女性がいなくならない限り有効という性質の悪いモノだった。宿主が死ねば最も近くにいる他の女性に移り、その女性が死ねば更に他の女に移り……と、死者が復活を果たすまで呪に終わりはない。セレスが自ら命を絶ったところで、全てを終わらせる事はできなかった。
 大魔術師カルヴェルと邪法に詳しい忍者ジライが、憑代の残した日記などを調べ、邪法を祓う術を見つけてくれた。
 それは……
 百日以内に、千人斬りを成し遂げる事……
 それしかないのだと……
 セレスの子宮に宿っている大魔王の憑代の精気は、彼自身の魔力と交わり数百人の男の精気並の強さになっていた。おいそれと消えるものではないが、その精気を薄れさせる事ができれば、死者の復活の邪法も効力を失い、憑代の魂も個を保てずに散じる。
 ゆえに、精気をもって、精気を征するのだ。
 百日のうちに千人の男と交わり、千の種類の精気を体内に取り込めば勝てる!……カルヴェルはそう言った。
 憑代は子宮に宿ってはいたが、精気の影響は全身に及んでいる。千の精気は直接子宮に入れなくてもよいともカルヴェルは言った。精気は体内に入りさえすればいいので、口でも尻穴でも、それこそ鼻の穴を使用して吸収するのでも構わないと。
 で……
 世界平和の為、セレスは泣く泣く運命を受け入れ、千人斬りの決意をした。
 そして、最初の相手を……処女を捧げる相手を仲間から選んだ。
 その男性が、カルヴェルだったわけだ。


 亡き祖父の親友で当代随一の大魔術師、魔法の師匠であるカルヴェルを、セレスは最初の男に選んだ。
 と、言っても、老魔術師を男性として愛しているわけではない。かつて、セレスはカルヴェルの下で修行し、たった一ヶ月で神聖魔法の初歩を習得した。魔法に縁の無い人間が初級だけでも魔法を会得するには、普通は、半年から一年かかるものだ。カルヴェルの師としての桁外れに優れていたのだ。
 そこで、セレスは、今回の難事を、カルヴェルの師としての才に頼って乗り切ろうと思ったのだ。カルヴェルに女の道を教えてもらえば、千人斬りも何とかこなせるのではないかと期待して。


 けれども、その期待は良い意味で裏切られた。


 カルヴェルにHな格好をさせられ、恥ずかしいところをいっぱい触られ、羞恥のあまり失神した経験こそ辛かったものの……
 それから十二日間、セレスは意識なく眠り続け……
 目覚めた時には、何と、千人斬りが終わっていたのだ!
 処女のままで!


 目覚めた時、セレスは森の中に居た。
 千人斬りが終わると同時に、大魔王の憑代の城の崩壊が始まったのだそうだ。セレスや従者達それにナーダの部下の忍達は、カルヴェルの移動魔法で山を二つ越えた場所にある森の中に瞬く間に運ばれたので、かすり傷一つ負わずに済んだとの事だ。
 セレスが一番最初に見たのは、カルヴェルの笑顔だった。ニコニコニコと、いつものように優しく笑う魔法の師。
「ぐっすり眠れたかの? 悪い夢は見なかったか?」
 と、尋ねられ、セレスは覚醒しきっていない頭をかしげ、しばらく考えてからかぶりを振った。
「よくわかりません……」
「わからぬのなら、それはそれで良い」
 そう言った師の顔は、何処となく寂しそうだった。
「おはよう、セレス。よう目覚めたの。全ては終わった。おぬしの前には光の道が開けておる。安心して進むが良い」


「何で、私……こんなHで変な格好をしてるんです?」
 お師匠様の趣味ですか? と、セレスは師を上目遣いに睨みつけた。
 目覚めた時には朦朧としていた意識も、今ははっきりしている。セレスは自分の格好に気づいた途端、顔を真っ赤にし、慌てて両腕で豊満な胸を隠し、その場に座り込んだ。
 乳首だけを覆う胸当てと、股間だけを隠す下着。その上にトゥルク風の半透明なベールを何枚か羽織っただけの姿。ほとんど裸だ。
「私の神聖鎧は……?」
「それなんじゃが……すまぬ、セレス」
 老人はぺこりと頭を下げた。
「城の崩壊が突然始まったのでの、人間を運ぶだけで精一杯じゃった。おぬしの神聖防具は、荷物と共に瓦礫の下じゃ」
「そうですか……」
 聖騎士叙勲の祝いとしてカルヴェルから贈られた白銀の鎧。装備者の成長と共に大きさが変わってゆく聖なる防具を、十二の年からずっとセレスは纏ってきたのだ。それが瓦礫に埋もれてしまっただなんて、友人がいなくなったように思え、寂しかった。
 それに、荷物には大切なものがあった。北方諸国の通行許可書はもちろん、ケルティ、バンキグで知り合った人々から送られた友情の証……それと、セレスにとってはご先祖様の肖像画と同じくらい大切だった絵。その全てが瓦礫の下なのか……
「今、分身に魔法をかけさせておる。時をほんのちょいと戻して、崩れる前の城からおぬしらの荷物を物質転送させる魔法を、の」
「え?」
 カルヴェルはにんまりと笑った。
「大掛かりな魔法じゃて、ちと時間がかかるが、明日の朝にはおぬしらの荷物、手元に戻せるじゃろ」
 セレスの顔がパッと明るく輝く。
「ありがとうございます! さすが、お師匠様!」
 そうと聞いて安心したものの、セレスは立ち上がれなかった。こんなHな下着しかつけていないのだ。恥ずかしくって、動けなかった。
 パサァァと上から降って来たものが、上半身を覆った。毛皮の長衣(コート)だ。見上げると、苦虫を噛み潰したような顔の赤毛の傭兵が佇んでいた。その背には『極光の剣』があった。
「アジャン……ありがとう」
 毛皮の長衣に袖を通しながらセレスがそう言うと、赤毛の戦士の顔がカァァァッと紅潮した。しかし、彼は何も言わず、口をへの字にしたままそっぽを向いた。
 変なの、何で赤くなるのかしら? と、思うセレスの視界の端に東国の少年が映った。顔を向けると、偶然、目が合った。シャオロンは木の陰に隠れて、セレスの様子を窺っていたのだ。背にはいつも通り『龍の爪』入りの革袋を背負っている。
「シャオロン」
 と、声をかけると、少年は顔中を真っ赤に染め、セレスに背を向けダーッ!と走り出してしまった。森の中を何処までも何処までも走って行く。
「ちょっと、シャオロン!」
 立ち上がり追いかけようとしたセレスを、背後から何者かが止める。両肩を掴まれ、動きを奪われたのだ。
「なりませぬ。セレス様は素足にございます。ここは森、下生えの蔓や岩も多うございます。かような地を走られては、セレス様の貴いおみ足が傷ついてしまいまする」
 背後から耳元でそう囁いた人物が誰かは、振り返らなくてもわかった。耳にふぅ〜と息をふきかけられ、セレスの全身にぞわぞわと鳥肌が立った。
 仕返しとばかりに背後の人物――忍者ジライに肘鉄をお見舞いし、セレスは叫んだ。
「じゃあ、あなたがシャオロンを連れ戻して来て!」
「……承知」
 しばらくの間、うずくまり腹部を押さえてぶるぶると震えてから、覆面に黒装束の忍者はすばやい体術で姿を消した。木の上にでも飛び移ったのだろう。
 溜息をつき、セレスはシャオロンが走って行った方角を見やった。
「あら?」
 武闘僧ナーダが居る。かなりセレスから離れた所で木々の間に座り、座禅を組んで、ぶつぶつと何かつぶやいている。お経を唱えているようだ。彼の側の木の幹には『勇者の剣』がたてかけられていた。意識のなかったセレスに代わって、ここまで運んでくれたのだろう。
「ねえ、ナーダはあそこで何してるの?」
 まだ背後に佇んでいるアジャンに尋ねたのだが、アジャンは答えない。変な顔で、じろじろとセレスを見つめるばかりだった。
 何か……
 アジャンも、シャオロンも、ナーダも変だった……
「お師匠様ぁ」
 師に救いを求めたのだが、老魔術師はいつも通り宙に浮遊魔法で浮かびながら、ホホホホホと笑ってばかりだ。何も教えてくれない。
「青春じゃのう」
 杖頭で自らの額をコツコツと軽く叩き、老人は楽しそうにセレスと仲間達を見つめていた。


 忍者ジライが何処からか調達してきてくれた履物は、踵の高い黒のブーツで森向きの履物ではなかった。が、贅沢も言っていられない。膝までの毛皮の長衣で裸体を隠し、黒のブーツを履いて、セレスは精神を集中した。
 彼女の求めに応じ……
 彼女の右手に大剣が現われた。持ち手の呼び声に応じ現われたその大剣は、大魔王を葬れる唯一の武器『勇者の剣』。ナーダの側から剣は空間を渡って飛んできてくれたのだ。剣がまだ女勇者を主人と認めてくれている証拠だ。
 セレスはにっこりと微笑みを浮かべ、仲間を見渡した。ナーダの部下の忍達の姿はない。別所に移ったのか隠れているのかはわからないが、見える所にいるのは馴染みの五人だけだった。
 赤くなってもじもじしているシャオロン、シャオロンが照れて逃げ出さないように見張っているジライ、そっぽを向いているくせに気づくとセレスをじろじろと見つめているアジャン、座禅をやめようとしないナーダ、そして、ニコニコ笑っているカルヴェル。
 何か変だったが、ともかくも、全て終わったのだ。大魔王を倒し、この世に平和を取り戻したのだ。
「お師匠様、私達をシベルアの王宮に送ってください。大魔王討伐に成功した事を皇帝陛下にご報告しなくては」
「……その格好で王宮に行くのかの?」
 指摘されて、セレスは頬を染めた。毛皮の長衣の下は、紐の下着とベールのみ。ほぼ裸だ……とても、人前に出られる姿ではなかった。
「すみません、その前に、物質転送で何か服をください」
「ホホホ、焦らずとも明日には荷物が戻るわ。せっかくエロっぽいのじゃ、しばらくそのままでいよ」
「お師匠様!」
「それに、王宮への報告ならば終わっている」
「え?」
「おぬし、十二日間も眠っておったのだぞ。その間に、わしが分身を送ってちょちょいと報告しておいたわ」
「そうなのですか、ありがとうございます。でも、勇者である私が直接ご挨拶に伺うのが礼儀かと存じますが」
「いや、それは……」
 と、ジライが口をはさむ。
「いえ、その……セレス様は速やかにエウロペに戻られた方がよろしいかと……」
「何で?」
「何でって……そのぉ……シベルアでは」
 覆面の忍者は、困ったように視線を彷徨わす。
「いろいろと噂になっておりますゆえ……」
「噂? どんな?」
 きょとんと目をしばたたくセレス。
 良からぬ噂など主人の耳には入れたくない。困惑しているジライに代わり、カルヴェルがあっ軽く言う。
「千人斬りの噂じゃよ」
「え?」
「おぬし、十二日間に、千人の男の精気をその身に取り込んだのじゃぞ。来る男、来る男、皆、骨抜きにして、の。おぬしは男好きのド淫乱、公衆便所の、稀代の淫婦と、シベルア国中で噂となっておる」
 カルヴェルはホホホホと愉快そうに笑った。
「シベルアの王宮に行こうものなら、ゴシップ好きの貴族どもの餌食じゃて。どーやって千人の男と寝たか根ほり葉ほり聞かれ、果ては犯らせろと迫られるに決まっておる。王宮中の男に襲われかねん」
「………」
 セレスはポカーンと口を開き……
 それから、ぶるぶると震えだした。
「私……この十二日間、何をしていたのでしょうか?」
「覚えてないのか?」
 と、横から赤毛の戦士が尋ねる。
「ええ、まったく……何も覚えていないわ」
 と、涙目となりながらセレスが答える。
 アジャンは複雑な表情でセレスを見つめ、チッと舌打ちをした。悔しそうとも残念そうともとれる顔で。
「ねえ、アジャン、私、今まで何をしてたの?」
「………」
 赤毛の戦士はチラッと大魔術師を見た。が、老人は楽しそうにホホホと笑うばかりで、何も言わない。赤毛の戦士はボリボリと頭を掻いてから口を開いた。セレスの顔を見ないようにそっぽを向きつつ。
「おまえさんは、千人の男のをくわえたり、でっかいオッパイに挟んだり、手でしごいたりして、次々に男どもをイかせまくってたんだよ」
「は?」
「クソ忍者が外で集めてきた男どもをジジイが移動魔法で城に運んで、おまえが日がな一日、男どものミルクを飲めるようにしてやってたのさ。一日、八十人から百人の男のを飲んでたぜ」
「……嘘」
「嘘なもんか! ともかく、すげぇ性技(テク)でこの俺ですら四分でイかされちまった。艶っぽく笑う顔が、これが、又、色っぽくって……」


 ちくしょう! と、アジャンは地面を蹴った。馬鹿にしきってきた処女のセレスに。色事で良いようにあしらわれたのが本気で悔しかったのだ。おかげでこの十二日の間、アジャンは悶々と過ごしていたのだ。
 もう一度、セレスと寝たい……
 次こそは、自分がイく前に彼女をイかせたい……
 あの妖しく微笑む顔を自分に向けさせたい……
 魅惑のサファイアの瞳に、自分一人だけを映させたい……
 そう思いながら。
「おまえがあんまり色っぽいもんだから」
 アジャンはビシッ! と、シャオロンを指さした。東国の少年は顔を真っ赤に染め、うつむき、もじもじと手をこすり合わせていた。
「童貞のシャオロンなんざイチコロだったし」
 次にアジャンは、遠くで座禅を組んで己の世界に浸っているナーダを指さした。
「クソ坊主は座禅三昧だ! 女性に欲情したのが恥ずかしいんだとさ! しかも、その相手がおまえじゃな!」
 アジャンは胸をかきむしった。
「俺だって、むちゃくちゃ悔しいぜ! ああ、ったく、よぉ!」
 赤毛の戦士は茫然としているセレスを無視し、老魔術師を睨んだ。
「やい! ジジイ! てめえ、何しやがったんだ! 何の魔法をセレスに使ったんだ! 教えろ!」
 老人はホホホホと笑った。
「千人斬りが早く終わる魔法よ」
「ちゃんと説明しろ!」
「ん、まあ、眠っている間に、体が勝手に動いて、巧みな性技で男を翻弄する魔法といったところか」
「眠っている間?……じゃ、あの時、セレスは眠ってたのか?」
「うむ。じゃから、あの時の記憶が今のセレスには全くないのよ。あれは魔法で目覚めた聖なる淫婦。巧みな性技と男心をくすぐる微笑みで、数え切れぬ男達を昇天させた伝説の美姫じゃ。あの方は千人斬りを果たす為だけに、今世に現われてセレスに憑かれた。セレスの代わりに事を成し遂げられた今は、静かな眠りについておられる。おぬしがいかに愛しく思おうとも、セレスの体を動かされていた方は、この地上には、もはや居られぬ。もう二度と会えぬのじゃ」
 愛しい……?
 アジャンの顔がボッと火を噴いた。
「俺が何時、ンな事、言った! 俺ぁ、ただ、再戦したいだけだ! 今度こそ、俺がセレスをイかす!」


「あぁ〜ん」
 怒鳴るアジャンの横で、セレスが両手で顔を覆い、嫌々と首を振った。
「そんな……そんな恥ずかしい事を私がしてただなんて……千人の男の人のアレを……アレを口に!」
「馬鹿、今更、何、うろたえてやがる。千人斬りをやると決めたのはおまえだろうが。触らんで達成できるとでも思ってたのか?」
「思ってなかったわよ! 口だけでやり通せただなんて、すっごい幸運なんだってわかってるわよ! でも、でも……」
 セレスは泣きながら、かぶりを振った。
「いやぁぁぁ、男の人のアレを千人分もくわえただなんて! しかも、それがシベルア国中の噂になってるですって……」
 泣きじゃくるセレス。
「もう駄目! そんなはしたないことをしたんじゃ、私、もう人前に出られない! それに……それに……お嫁にだって行けないわ!」
 女勇者のそばに駆け寄り、東国の少年がおろおろする。抱きしめるのは恐れ多い。でも、このまま涙を流させているのも辛い……
 少年は声をはりあげた。
「セレス様は正義の為にやったんです! 誰が何と言おうが気にしちゃいけません! 堂々となさっていればいいんです! それに……それに……大丈夫です! セレス様、えっと、そのぉ……いざとなったらオレが責任をとってセレス様を、お、お、およめ、およめさんに!」
 と、ガッツポーズをとる少年。
 その後頭部をガシッと殴りつけてから、忍者はセレスの背後に回りこんだ。
「嫁入り先の心配ならば、当分、無用かと。甥御様がご成長なさるまでセレス様は嫁げませぬゆえ、結婚は早くても十年後でしょう。人の噂も七十五日。セレス様が結婚可能になられる頃には、色情狂の噂など影も形も……」
 ぐぼっ!
 肘鉄の後に回し蹴りを頂戴し、忍者の体はゴロゴロと森の中を転がっていった。
「おまえ、あの変態忍者のもくわえたんだぜ」
「……アジャン」
「それだけじゃねえ、千人目の最後にゃ、そこのジジイのを舐めたんだぜ。美味かったか?」
「覚えてないって言ったでしょ!」
「覚えてなくたって、やったもんは、やったんだ! 現実は変わらねえよ! ケッ! 悪い噂ってのは広がるのが早いからな。今頃、北方中が『好きもの女勇者』の噂でもちきりだろうぜ。国境封鎖ものりこえて、エウロペまで伝わるんじゃねえか?」
「そんな……」
 セレスの顔からサーッと血の気が引いた。再び顔を両手で隠し、セレスはぺたりと座り込んだ。
「もう嫌……恥ずかしい……死んじゃいたい」
「死ぬだなんて! そんな事、おっしゃらないでください、セレス様」
 何とか元気づけようと、シャオロンがセレスを慰める。
「あの時も、今も、セレス様は素敵です! それに、セレス様は女勇者様なんだし、えっと、世界平和の為なら何をしてもいいはずですし、そのぉ、オレはセレス様が頑張られたのよくわかってますし、それと、あの……アレ、本当に気持ちよかったです」
 しかし、言っていることは支離滅裂だった。シャオロンもかなり取り乱していた。
「お取り込み中、たいへん申し訳ありませんが、少々、お時間をいただけますか?」
 と、声をかけてきたのはナーダだった。セレスが気づかぬ間に、座禅を終わらせて側に来ていたようだ。
 何事かと顔をあげると、やつれた顔のナーダがインディラ式の拝礼をとって立っていた。互いの両手分くらい離れた距離で。
「大魔王を倒し、無事、勇者としての使命を終えられた事、心よりお祝い申し上げます。千人斬りも終了まで見届けたことですし、私の従者としての役目は終わりました。ここでお別れしましょう。私、このままインディラに戻ります。どうぞ、お元気で……」
「え?」
 驚き、セレスが立ち上がると……
 ナーダは一歩、後退した。
 セレスが一歩、歩み寄るとナーダは一歩下がり……二歩歩み寄ると二歩下がり……三歩歩み寄ると三歩下がり……セレスが駆け出すと、ナーダは器用にも後ろ足で駆け出した。
「ナーダ!」
「側に来ないでください! 私はもうこれ以上、堕落したくないんです!」
「堕落? 堕落って何よ!」
「僧侶には女戒というものがあるんです! 女犯(にょぼん)を犯したら僧をやめなくてはなりません! 口にとはいえ……自ら女体に精を放ってしまっただなんて……あなたに欲情してしまっただなんて、これを堕落と言わずして何と言うのです! 私は総本山に戻り、精進潔斎をして、大僧正様の下で修行をし直します! 心を入れ替えて己を鍛え直すのです!」
 セレスはムカァァァと怒りで顔を赤く染めた。
 世界平和の為、やりたくもない千人斬りをやろうと決め、(眠っている間に)頑張った(らしい)のに……バイ菌扱いされて避けられるなんて、あんまりだ。
「帰りたい奴は帰らせればよろしゅうございましょう」
 セレスのすぐ側の大木の、セレスの肩ぐらいの高さの低い枝の上に忍者ジライが座っていた。ジライは横目でじろりと武闘僧を睨んだ。
「達者での、ナーダ。いろいろと世話になったな。名残は惜しいが、大僧正候補のおまえと俗人の我らではこれからは住む世界が違う。生きているうちに二度と会う事もあるまい。せいぜいご立派な大僧正となる事だな」
 そう言ってツーンと顔をそむけた忍者を、ぐっと喉を詰まらせて武闘僧が見つめる。言いたい事はあるものの、言っても無駄なので口にしない……そんな感じだ。
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