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女勇者セレス 作者:松宮星

得るもの失うもの

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旅のはじまり * カルヴェル * 6話

 長い冬が終わり、シベルア高原には春の息吹が満ち溢れていた。青々と茂る若葉、風に靡く色鮮やかな花達。澄んだ青空の下には緑の楽園があった。
 しかし、その美しい景色は……全て偽りだった。
 獲物を誘い込む為の見せかけの自然だ。
 高原を覆っていた幻術が解かれると、そこは……瘴気の充満した死の土地と化した。草木一本生えていない荒涼たる岩場が果てなく続き、そして……
 その中央に、異質な巨大なものが浮かんでいた。
 それは天に向かって聳え立つ、巨大な黒い城だった。少なく見積もって二十階層はある。山のように巨大なそれは、魔法で造られた建築物だ。
 魔法城は、繋ぎ目の無い滑らかな黒の巨大一枚岩をくりぬいて造られており、黒水晶のようにきらめいていた。
 女勇者セレスは、目の前に聳えるものを見上げ。腰まである金の髪をうなじで一つに束ね、白銀の鎧をまとい、身の丈ほどもはる巨大な大剣を背負う可憐な乙女。
 あの黒い城が旅の終着点だと仲間より教えられ、今世の女勇者は感無量となっていた。
 大魔王ケルベゾールドの憑代の居城に辿り着いたのだ……
 セレスは感極まってこぼれそうになる涙を必死にこらえた。エウロペから始まり、シルクド、シャイナ、ジャポネ、再びシャイナ、インディラ、ペリシャ、トゥルク、エーゲラときて一端エウロペに戻った後、北方へにやって来たのだ。ケルティ、バンキグ、シベルアへ、と。
 セレスの脳裏に救えなかった人々、荒れた国、流された血が過ぎっていった。いたらぬ勇者である自分を恥じ、ひたすら努力を続け、ついに……使命を果たす時を迎えようとしているのだ。ケルベゾールドを倒して魔族を祓い、世界に平和を取り戻すのだ。
 セレスのすぐ後ろには東国の少年シャオロンが居た。少年は両腕に『龍の爪』を装備し、東国風の道着を着ていた。冬が明けたばかりのシベルアでは少々寒かったが、決戦に備えて気持ちをひきしめる為に故国の衣装に身を包んだのだ。少年もセレス同様、城を見上げていた。
 昨晩のうちに、シャオロンは父母と四人の兄、村人の霊達に、大魔王の城に乗り込む事を報告していた。村を滅ぼした大魔王四天王サリエルは既に消えた。しかし、敵討ちは、ケルベゾールドの消滅を見届けるまで終わらない。シャオロンは霊達を思い、自分に右爪を託した古の神官や旅の途中で出会った過去の英雄――シャダムとゲラスゴーラゴンに従者に恥じぬ働きをする事を誓うのだった。
 シャオロンの横に、忍者ジライが静かに佇んでいた。覆面に黒装束の、いつもの姿で。彼は周囲に視線を走らせ、気配を読み、伏兵の有無を探っていた。敵の襲撃があれば真っ先に動いて、セレスを守る為だ。
 刹那、刹那を生きているジライには、魔族への憎悪はなかった。魔に部下を殺され体を盗まれかけた経験を忘れたわけではない。しかし、サリエルやウズベルが消滅した時点で、魔への意趣返しは終わっている。主人(セレス)と自分に火の粉がふりかからない限り、魔族など眼中になかった。存在していようが消滅しようが、どうでも良いのだ、主人さえ守れれば。
 ジライよりわずか後方に、武闘僧ナーダが居た。最後の戦いを前に死をも覚悟して、ナーダは僧形に戻っていた。北方に来てから伸ばしていた髪を剃って頭を丸め、武闘僧の短い僧衣を着て、神獣クールマのこうらより造られた神聖防具を両腕、両脚に装備している。
 幻術を解いて大魔王の城を視覚可能にしたのも、聖なる結界を張って勇者一行を瘴気から守っているのもナーダだ。彼の魔法のおかげで、セレス達は大魔王の城に乗り込めるのだが……ナーダは不機嫌だった。大魔王との最終決戦に進めるのは、自分一人の働きではないとわかっているからだ。大魔王の居城は強大な魔力に覆われている。城ごと大魔王をこの地に縛っている結界だ。誰が張ったものなのか、ナーダにはよくわかっていた。こんな強力な結界を張れる人間は、あの老人しか居ない……だから、不機嫌なのだ。
 ナーダの左斜め後ろに、赤毛の傭兵アジャンが立っていた。『勇者の剣』より更に大きな大剣『極光の剣』を背負い、肩当と胸当てだけの鎧をつけ、炎のごとく赤い髪を風に靡かせている勇ましい姿で。
 この世の神秘を見通せる彼は、周囲に充満している瘴気の出所が目の前の城だと気づいていた。城から煙のように周囲に広がってゆく瘴気を目で追いながら、アジャンは口元に笑みを浮かべていた。あの城の中には間違いなく大物がいる……強大な敵を前にアジャンは武者震いすら覚えていた。早く戦いたい、戦って強敵を倒したくてたまらないのだ。
 優秀なシャーマンである彼は、今までその肉体を何度と無く魔族に狙われた。しかし、『極光の剣』を得た事によって先祖の霊の守護を受ける身の上となった。もはや邪なものは彼に手出しをできない。大魔王とて恐れる必要はない。
 ナーダの部下の忍者達が、この高原の周囲を封じているので、旅人が紛れ込んでくる事もない。
 これから、心置きなく、大魔王と戦えるのだ。
「む?」
 まずは忍者ジライが、続いて赤毛の戦士アジャンが気づいた。城の前の空間にゆらぎが生じた事に。二人の戦士はすばやく迎撃の体勢を整えた。
 だが、現われたものは魔族ではなかった。
「あら?」
 女勇者セレスが目を丸くする。
 移動魔法で現われ、宙に浮かんでいる人物は、白髪、白髭、黒のローブの老人……当代随一の大魔術師カルヴェルだったのだ。人の良さそうな笑みを浮かべ、老人は一行に対し杖持たぬ左手を振った。
「遅かったの、待ちくたびれたぞぃ」
「お師匠様」
 セレスは、神聖魔法の師の元へと駆け寄った。
「一体、どうなさったんです? 何かご用ですか?」
 私達、これから大魔王の城に乗り込むのですけれど……と、最後の方は語尾を濁らせ、女勇者は小首をかしげた。
「借りを返してもらいたい」
「え?」
「セレス、おぬしは、わしに借りがある」
「え? え? え?」
「ケルティで移動魔法で運んでやって謝礼じゃよ。あの時、おぬし、セクシー・ポーズで払うと言うとったが、わしゃ、まだ満足のゆくポーズを見せてもらっとらんぞ」
 セレスはハッとして口元を覆った。
「すみません、そうでした。でも、あの、今、そんな悠長な事してる場合じゃありませんので、お師匠様、それは、又、日を改めて……」
 老人はかぶりを振った。
「セクシー・ポーズはもう良い。おぬし、才能ないからのう。謝礼は他のもので払ってもらう」
「はあ。今、払えるものなのですか?」
「うむ。今でなければいかん。ちょいとした頼みごとを、今、聞いてもらいたいのじゃ」
 ニコニコ笑う老人。思わず、セレスは逃げ腰となった。こういう顔と態度の時、カルヴェルは何かよからぬ事をたくらんでいる可能性が高いのだ。
「私にできる事でしたら……」
 ためらいがちなセレス、何事かと様子を窺う従者達。彼らの顔を見渡して、カルヴェルはにっこりと笑った。


「わしを、おぬしの従者に加えてくれんかの」


「へ……?」


 あまりのショックに、勇者一行の目は点になった。
 エウロペを旅立つ前、つまり、二年以上前から、何度もセレスはカルヴェルに従者となって欲しいと頼んできた。けれども、その度に老人は、願いを無視するか、『わしをうならせるセクシー・ポーズができたら、従者になってもよい』などとふざけたりしていた。
 そんな状態が続いたので、旅の途中からセレスはカルヴェルを仲間に誘う事は諦めていた。理由こそ話してくれないが、何か事情があって従者に加わってくれないのだろうと、自らを納得させて。
 しかし……
「従者になりたいんですか?」と、セレス。
「うむ」と、老人は元気良く答えたのだが。
「ふざけるな!」
 赤毛の戦士が声を荒げた。
「てめえ、このクソじじい! 何をたくらんでやがる? 最後の最後、土壇場になって従者になるだぁ? これまでさんざん好き勝手やって、この馬鹿女のお守りを俺達に押し付けてきやがったくせに!」
「……馬鹿で悪かったわね」
 ぷぅ〜と頬をふくらませて、セレスが仲間を睨む。しかし、赤毛の傭兵はセレスを無視して、老人に詰め寄った。
「理由を言え、ジジイ! 何で今更、従者になるんだ?」
 カルヴェルはホホホと笑い、魔法使いの杖の杖頭で背後の城を指した。
「目的はお宝探しよ」
「は?」
 またもや勇者一行の目は点となった。
「あの城の中はの、実はお宝の宝庫なのじゃ。ケルベゾールドの憑代が収集した古今東西の魔法道具やら魔法書がわんさとあり、聖なる武器もありそうじゃて。目の保養がしたいのよ。むろん、どさくさ紛れに、持ち主のはっきりしないお宝を懐にしまってやろうかとも思っているがの」
「お宝探し……」
 茫然としていた女勇者の顔が、むぅ〜としかめられ、それから慌ててハッと目を見開く。利己的な理由で同道したいという師の願いに怒りを感じたものの、すぐに今のは冗談で本当はちゃんとした理由があるのでは? と、思い直したのだ。それに、すちゃらかな性格ではあるが、カルヴェルは大魔術師。魔法使いが欠けている勇者一行には、必要な戦力だ。同道してもらえれば非常に助かる。
「……私は構いません。お師匠様がご一緒してくださるのなら、百万の味方を得たも同然ですから」
 セレスは背後の仲間を振り返り、同意を求めた。
「お師匠様に同道してもらって、構わないわよね?」
「あ、はい! セレス様!」
 と、シャオロンは元気よく答え、カルヴェルに対しぺこりと頭を下げた。シャオロンはセレスもアジャンもナーダもジライも尊敬しているが、セレスの師で今までも陰ながら勇者一行を助けてくれたカルヴェルも心から尊敬していた。少年は老人の同道を心強く思った。
「異論などあろうはずがございませぬ」
 ジライは覆面から笑みを覗かせ、もみ手となっていた。世界各国の歓楽街で伝説を残しているカルヴェルを、忍者は慕っていた。機会があればそのお教えを受けたいと、ずっと願っていたのだ。
「私達が反対しても、うむを言わさずついて来る気なのでしょ? なら、反対するだけ無駄というものです」
 ナーダは、嫌だ嫌だと言わんばかりに頭を振った。カルヴェルが何らかの形で介入してくるだろうとは予想していたことだが。大魔王をこの地に縛る結界を張ったのは老魔術師だ。あの結界が無くなれば、ケルベゾールドは別所に逃げてしまう。老人の機嫌を損ねるべきではない。
 それに、幼い頃から先代勇者一行を憎んできた癖がぬけず、カルヴェルと顔を合わせるとつい反発してしまうものの……もはや憎悪はなかった。仲間として協力し合う事は不可能ではない。悪ふざけが好きな老人の性格は、好きになれなかったが。
「ケッ! ついて来るんなら、今までサボってきた分、きっちり働きやがれ!」
 アジャンは赤い髪をボリボリと掻き、老人を睨みつけた。どうもカルヴェルは苦手だった。出会った時から何か嫌だったのだ。妙に知ったかぶりで、ちゃらんぽらんで、笑ってばかりいる老人にはムカつく。この老人が亡き父の友人だろうが、故国の後見人だろうが、気に入らんものは気に入らんのだ。
 当代随一の大魔術師なんぞ、無視だ。戦闘では、勘に頼っていつも通りやる。好き勝手に動いてやる……アジャンは密かに心を決めていた。
 アジャンの容赦のない視線に対し、老人はうむうむと頷いてみせ、にっこりと微笑みを返した。
「勇者の従者としてきっちりと働いてやろう。城の下層部におる雑魚魔族は全てわしに任せよ。わしの魔法で、一掃してやるわ」
 他の者が同じ台詞を口にすれば、自信過剰な無謀発言という事になる。けれども、言ったのは大魔術師カルヴェルなのだ。下級魔族が千いようが万いようが、老人は言葉通りに魔族を葬るだろう。
「おぬしら木っ端には構うな。大魔王戦に備え、体力を温存しておけ。大魔王戦は、今までの四天王戦とは比較にならないほど厳しくなるぞ。ナーダ、おぬしはわしと共に物理・魔法障壁を張る係じゃ。神聖魔法は使うな。負傷者がでた時の為に魔力はとっておけ。なにせ、わしゃ、あらゆる魔法が使える大魔法使いじゃが、回復魔法だけはへっぽこいからの。怪我人は、おぬしに任せる」
 ナーダは、はい、はいと、なげやりに返事をした。
「大魔王の攻撃は凄まじい。攻撃力だけ見れば、魔族は神族を凌駕しておる。神族の御力をお借りしたとて、あやつの破壊本能を抑えきれぬ。全ての攻撃を封じるのは無理じゃ。きゃつの放つ攻撃の嵐をかいくぐり、セレスは剣の届く距離まで行かねばならぬ。アジスタスフニル、シャオロン、ジライよ、おぬしらが突破口を開き、セレスを守護し、大魔王の元へと導いてやるのじゃ」
 頷くシャオロンとジライ。
 アジャンがフンとそっぽを向く。
「こころおきなく戦うがよい。おぬしらの背中はわしが守ってやるゆえ」
 セレスの顔に微笑が浮かんだ。
 仲間になってくれるのなら、もっと早くになって欲しかったが……カルヴェルが同道してくれるのは正直に言って嬉しかった。
 絶対、大魔王に勝てる……
 カルヴェルが共に戦ってくれるのなら、誰一人失う事なく、大魔王に勝利できる……
 そう確信できた。


「さあ、みんな、行くわよ。大魔王を倒して、地上に平和を取り戻しましょう!」


 女勇者セレスの声が、死の大地に響き渡った。


 彼らの前では……
 大魔王の黒き城が静かに一行を待ち構えていた……



 セレスが憑代を斬って邪法を発動させるのは、これより十七時間後……


『清らかな身でありながら、子を宿しはぐくめる者』という条件づけがあったその呪を、大魔術師は肩代わりしてやれず……


 女勇者は呪いを受けた。
 ケルベゾールドの憑代であった男はセレスの子宮で眠りにつき、百日後にセレスの体を乗っ取って今世に復活する。それは大魔王の復活をも意味した。
 だが、邪法は魔族が人に与えた邪悪な魔法。邪法には必ず術師を破滅へと導く道がある。
 今世の憑代を熟知していたカルヴェルと邪法に詳しいジライの二人が、邪法を解く術を見つけてくれた。子宮に宿る憑代の精気を精気で上回れば、憑代の魂は散じ、呪は無効となるようなのだ。
 おそらく、千人の精気があれば勝てると、カルヴェルは言った。


 つまり……


 百日のうちに千人の男と交わり、その精気を体内に取り込まねばならないのだ。


 自分が命を絶っても呪い自体は別所に移って憑代と大魔王が百日後に復活してしまうとあっては、呪を無効にする為に動くしか道は無い。
 セレスは泣く泣く運命を受け入れ、最初の相手を――処女を捧げる相手を仲間から選んだ。


 その男性は…… 
『旅のはじまり* カルヴェル *』 完。

+ + + + +

次回は……

* 十八歳以上で男女ものの18禁話でもOKという方 *
 ムーンライトノベルズの『女勇者セレス――千人斬り事始め編』をご覧ください。
 セレスが最初の男性に選ぶのは誰か? アジャン編・シャオロン編・カルヴェル編・ナーダ編・ジライ編の五通りの未来。 
 誰を選ぶかによって、セレスの未来は大きく変わります。
 (ナーダ編は、もちろん、シリアスな話ではありません……)。

* 十八歳未満の方、男女ものでも18禁はパスという方 *
 このまま『小説家になろう』で。
 『女勇者セレス――千人斬り事始め編』の終了後、こちらに戻ってきます。
 次回は『終わらない伝説』。舞台はシベルア。 
 『カルヴェル編』のつづきですが、そちらを読まなくても話が通じるようにします。

 『終わらない伝説』をもって、『女勇者セレス』のメイン・ストーリーは終了します。
+注意+
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