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女勇者セレス 作者:松宮星

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旅のはじまり * カルヴェル * 5話

 その年の内に、エウロペでランツはエリューズ姫と婚姻を結んだ。
 大魔王を討伐した勇者にして(亡くなった兄より)爵位を継いだ侯爵のランツ、トゥルクの姫君。高貴な二人の婚姻じゃ、本来ならば国を挙げての婚礼となるところじゃったが、式はたいへん質素で招待客もわずかの地味なものとなった。
 姫の希望だった。嫁ぐ前に処女を捨てた姫を、トゥルクは王家の恥とみなし、姫を絶縁していた。姫は名を『エリス』と改め、過去を全て捨てランツの妻となる事を誓われた。
 わしは、エリス殿の乳兄弟のもと女官と一緒に、新婦側の列席者として式を見守った。新郎側にしたところで国王代理の使者を除けば、貴族はランツと気心の合う軍人達が五人ほどいるだけで、後は不良仲間ばかり、席は余りまくっていた。が、姫側はわしともと女官の二人しか居なかった。
 式前にそこに座っていただく理由がないと戸惑う姫に、わしは答えた。お美しく気高きエリス殿を救う為に、わしもランツと共に大魔王と戦った。花婿の座はランツに譲ったが、素晴らしい女人とお近づきになりたい気持ちは止まぬ。どうか友として認めてくださらぬか、と。涙をこらえ、小さく頷かれた姫は、とても美しかった。惚れ直してしまうほどに。


 ランツとエリス殿はとても夫婦仲がよかった。
 待ちに待った運命の女をランツは宝石のように扱い、姫も魔に穢された身を気にせず愛しんでくれるやさしい勇者を愛した。
 間もなくエリス殿は身ごもった。待望の子供が生まれるのだ。会う度に、ランツのデレデレ顔はひどくなり、エリス殿の笑みは幸福に満ちていった。


 けれども……
 山頂のわしの城に、ある夜、突然、『勇者の剣』が現われた。魔法研究中だったわしは、持ち手のそばを離れ勝手に移動魔法でやって来た剣に驚いた。
 わしは心話で剣の心を読み……すぐに剣と共にランツのもとへと魔法で移動した。
 剣の思考は、わしに『救い』を求めていた。


 予定月よりも一ヶ月早くエリス殿は、女児を出産した。
 そして、産後間もなく、ランツに男子を残せないのを悔やみながら、エリス殿は短い生涯を終えられたのだった。
 魔王の情婦であり続けた一年半に渡る荒淫な日々がエリス殿の体を蝕んでいたのであろう。その体の衰えをおして、エリス殿はランツの為に子を残してくださったのだ。
『勇者の剣』がわしに伝えたのは、ランツの嘆きっぷりだ。遺体に泣いてすがり、誰にも彼女を触れさせようとせず、ランツを慰め力づけようとした『勇者の剣』に対し消えろと怒鳴りつけ、周囲から人を追い払い、片手剣を持って彼女の部屋に閉じこもってしまったのだとか。
 ランツは半ば狂っていた。エリス殿の遺体を抱いていた奴は、移動魔法で現われたわしに斬りかかって来た。エリスは誰にも渡さんと言って。
 血走った目のランツが、無茶苦茶に片手剣を振るう。
 そのまま数十分……
 結界と剣技で、奴が倒れるまで相手をしてやった。
 ランツは床の上に仰向けにひっくりかえり、おいおいと泣いた。
 亡くなった妻の名を繰り返し呼んで。
 子供(ガキ)のように泣き続けた。
 涙が止まるのを待ってから聞いてみた。
 赤子は元気なのか? と。
「知らん」
 と、ランツは答えた。赤子なんて見たくもない、そうも言った。赤ん坊を産んだせいで、エリスは死んだんだと憎々しげに。
 わしは勇者を蹴り飛ばし、移動魔法で無理やり赤子の部屋へと連れて行った。
 乳母に抱かれた赤ん坊は、たいへん小さかった。手足にはほとんど肉がついておらず、そこの肌は老人のようにたるんでいた。栄養が足りぬまま、月足らずで生まれたせいだ。
 けれども、穏やかに眠る赤ら顔は、たいへん可愛らしくいとけなかった。
「よく見ろ、馬鹿者」
 勇者の首根っこをおさえてむりやり顔をあげさせ、わしは言ってやった。
「エリス殿は、ここに居るわ」
 ランツは赤ん坊を見つめた。ひゅーひゅーと小さな呼吸音をあげ、ぴくぴくと小さく動く弱々しい生命をしばらく無言のまま見つめ……
 必死に生きる小さなものとランツは共感できたのであろう、乳母ごと赤ん坊を抱きしめ、それから、また、大声で泣き始めた。『エリス』と吠え、亡くなった妻を悼んで。しかし……その目は逝った死者ではなく、かよわい赤ん坊を映していた。
 部屋を揺るがすような泣き声に驚き、赤ん坊も力なく泣いた。二人の泣き声が、部屋中に響き渡った。


「すまん、カルヴェル……」
 だいぶ時間が経ってから、ランツは謝った。勇者殿に謝られるのは初めてかもしれん、わしは笑みで応じた。
「悪かった、マーガレット……ありがとな」
 ランツは『勇者の剣』を抱きしめた。


 皇太子の剣術指南兼教育係などという、およそ『らしくない』仕事をランツが引き受けたのも、エリス殿の忘れ形見サリア殿の為じゃった。
 サリア殿やいずれ生まれる孫の為にもエウロペを住み易い国にする、勇者はわしにそう言った。
 不良時代の仲間やボッチェ達ゴロツキを舎弟として屋敷に迎え、そやつらを皇太子の遊び相手兼王侯貴族の横暴に対し鉄槌を下す私設自警団員ともしていた。そして、皇太子を下町に連れだし、街に生きる人々の声を聞かせ、国のあるべき姿を教えていた。
 その背には常に友――『勇者の剣』があり、聖なる剣はランツの心と体を守り続けた。


 わしは忙しかった。
 忙しすぎて、あまり俗世とは関われなかった。ランツにも一年に一度会えるかどうかの状態が十年以上続いた。
 エウロペのとある山を買い、その頂上に魔法で城を造り、一年の大半はそこに籠もって研究に没頭していた。
 来る日も来る日も、ランツが斬った憑代の事を考えていた。トゥルクの東面将軍であり神官戦士だった、中級までの攻撃・補助魔法を使えた男……憑代が残した蔵書を読み漁り、日記・手紙も集め、憑代となる以前の男を知る人物にはかたっぱしから会い、奴の魔法の癖、得意な系統を調べ、推理した。大魔王の憑代が、一体、どんな呪いをナラカにしかけたのか、を。
 それは広大な砂漠を歩き、たった一個の小石を探すような、途方もない作業であった。邪法は何万とあり、オリジナルな魔法であれば無限に造れる。
 けれども、わしは成し遂げねばならなかった。
 ナラカが生きているのか死んでいるのか、どのような苦しみを味わったのか或いは味わい続けているのか、知る義務があった。
 かなう事なら呪からナラカを解放し、彼を取り戻したかったが……夢は見ぬようにした。死亡している確率の方が高かったゆえ。
 呪を研究すると同時に、世界各地の防呪を調べ、魔法道具(マジック・アイエム)の収集もこなした。次代の勇者を呪から守る為の準備であった。
 世界各地の豪傑、大魔法使い、学者、遊び人と交友を持ち、わしは世界各地に茶飲み友達をつくっていった。
 ケルティのアジ族の王アジクラボルト殿、シャイナ(いち)の武闘家ユーシェン殿とも、そうして知り合った。


 十三年後、わしはナラカにかけられた呪をほぼ突き止めた。
 魔法陣の内の者を魔界に封じる呪縛。
 過去見で繰り返し確認した。憑代は目には見えぬ魔法陣を、あの場所に事前に用意していた。自分をその中心に置いて。それに気づかずランツが魔法陣を踏んで奴を斬ったゆえ、呪は発動したのだ。
 魔族の棲まう国――魔界。瘴気に満ちた世界になど召喚されたら、人は魔の毒に穢され瞬く間に命を堕とす。
 けれども、ナラカは生身ではなく、魔法陣の呪と共に魔界に飛ばされた。しかも、その呪はランツを魔界に封印する目的のもの。『勇者の剣』を持った勇者に魔界で暴れられる事態は、何としても避けるであろう。
 つまり、魔界に堕ちた勇者をただ閉じ込めておく事を望むのなら……憑代は結界の内の時を『停滞』させるはず。勇者の動きを奪う為に。
 魔界に封じられたナラカは、時が流れぬおかげで、『まだ死んでいない』可能性があった。


 わしは更に研究を進め、大魔王との決戦から十七年してようやく、ナラカの一部を今世に呼び戻す事に成功した。と、いっても影(精神)だけだったが。
「カルヴェル……?そこにいらっしゃのは、もしや、カルヴェルですか?」
 魔法陣の中にたたずむ者は、昔と変わらぬ姿だった。ナラカは探るようにわしを見つめた。わしは五十のジジイとなっていた。
「このバカ義弟めが。わしに内緒で形代なんぞ、体にかけおって」
 目に涙をためながらわしはナラカを睨んだ。
「喜べ、ナラカよ、ランツに娘が生まれた。サリアという御名で、サリア殿も婿を取り子を成してくれた。そちらも女児じゃ。サリア殿は心臓に病があるゆえ、次の子は無理じゃろうが、勇者一族の血は残してくれた。おぬしが守った世界は続く。果てる事なく、な」
 手を伸ばせば触れ合える距離にありながら、見つめあう事しかできなかった。ナラカは魔法陣の中心円から指一本出す事ができず、わしも魔法陣の中に入れない。二人の間には目に見えない強力な結界が張られている。
 しかし、心は繋がっていた。わしらは互いの姿を目に映し、笑みを浮かべ合った。
 わしはナラカに説明した。生き返ったわけではなく、魔法陣に囚われたままの身の上である事を。
 大魔王の呪は、発動してしまった後では無限の守護の力を有する『勇者の剣』ですら祓えぬ。憑代から大魔王へと術師が変わってしまうからだ。
 本拠地(ホームグラウンド)にいる大魔王の能力は、この世の神に匹敵する強大さ。対して、魔界では神族の加護を借りられず、わしの魔力も十分の一以下となる。魔界で大魔王と戦っても勝機はなかった。
 わしにできたのは、呪の一部に穴を開ける事だけ。七百年前より大魔王が今世に開き残してきた数々の次元通路、それとナラカの呪縛されておる魔法陣を繋いだのじゃ。肉体は無理だったが、精神だけはその次元通路を通し、今世に呼び寄せられるようになった。しかし、不安定な存在の為、ナラカの魂は一箇所にとどまれず、大魔王が開いた百以上の異次元通路の上を彷徨う身となった。
 ナラカを大魔王の呪から完全に救う手立ては一つ。
 待つ事だけじゃった。
 大魔王が勇者に新たな邪法を今世で仕掛ければ、前の憑代の邪法に上書きされて邪法は発動する。つまり、前回の邪法は無効化(リセット)されるのだ。魔法陣は消滅し、ナラカは魔界より今世に戻ってこられるのだ。
 ナラカは生きかえれるのだ……
 だが、それは、新たな呪が新たな勇者にかけられることを意味した。わしはナラカに、共に防呪の研究をして欲しいと願った。次代の勇者に、わしらと同じような悲劇を味わせぬように……
 ナラカは快く承諾してくれた。


 わしは、精神だけとはいえ今世に戻って来たナラカを、ランツに引き合わせた。ナラカの魂がその時あった、ペリシャの砂漠へと移動魔法で案内して。
 すっかりジジイ顔になったランツは事情説明の途中であったわしをぶん殴って砂の上に転がしてから、ナラカに吠えた。馬鹿だの、でしゃばりだの、よけいな事しやがってだの、クソったれだの、イ●ポだの……
 ナラカはツーンとそっぽを向いて、その罵声を聞き流していた。
 で、勇者の息が切れるのを待ってから、にこやかに微笑んだのだった。
「あなた、絶対、若死にするタイプだと思ったのに、意地汚く生き延びていてくれて本当に良かった。あなたのみっともないジジイ顔を見られて、得した気分です」
 ランツはぜいぜいと息を吐きながら、わしをジロリと睨みつけた。
「俺は、魔法はさっぱりわからん。カルヴェル、この馬鹿の世話はおまえに任せた。二人でグルになって俺を騙したんだ、最後までおまえが責任を持て。こいつを必ず救え、わかったな」
 噛み付いてきそうな迫力じゃった。
 わしは正直に、わしではナラカは救えぬと言った。しかし、ナラカが今世に戻るのを、責任をもって見届けると約束した。延命の邪法を用いてでも、生き続けると約束したのだ。
 ランツは、なら許してやると偉そうに答えたのだった。


 魔法研究に没頭していたわしは、現実にあまり注意を払っていなかった。
 それ故、愛すべき者達が不幸に陥っても、知らずにいた。
 ケルティの部族王アジクラボルト殿の時も、そうじゃ。魔法道具を求めてケルティを訪れたわしを、あの男、気持ちよく歓迎してくれた。酒好きの女好き。ランツによく似ていたが、族長として一族を束ねていたアジクラボルト殿の方が万年子供のランツよりずっと大人で礼儀も心得ていた。ほんによい茶飲み友達じゃったが……気づいた時にはあの男は処刑され、家族は殺され、或いは行方不明となっていた。自分や家族に何があっても放っておいてくれとアジクラボルト殿に頼まれていたゆえ、わしは何もしなかった。託されていた『極光の剣』の封印を保ち続けただけじゃった。
 そして、ナラカの妹御……
 ナラカの殉死後、英雄ナラカを悼む国民の声に負け、摂政である宰相が、ナラカの妹のサティーを幼くして国を継いだ新王の第一夫人としたのは知っていた。国王と第一夫人の間に王国の世継ぎが生まれた事も知っていた。主人(ナラカ)を失ったガルバがナラカの妹に仕えていたのも知っていた。
 けれども、第二夫人とその一族の陰謀によりナラカの妹が亡くなり、その息子のナーダが大僧正候補となるという名目で王宮を追われたと知ったのは、ナーダの出家後、半年も経ってからじゃった。又、ナラカの妹と甥を守る為、ガルバは全てを投げ出し、妻子をも犠牲にしたようだった。
 その事をナラカにわびると、
「後宮の中の事では、気づけなくても仕方ありません。あそこは防呪結界やらいっぱいありますしね」
 と、ナラカは苦い笑みを浮かべつつ、尋ねてきた。
「ガルバはどうしています?」
 ナラカの甥を『御身様』と呼び忠義を尽くしているようじゃと答えると、ナラカは嬉しそうに笑った。
「それならいいです。僧侶となった甥っ子に変わらぬ愛を注いでくれているのなら……ガルバが一緒なら、多分、その子、不幸ではありませんよ」
 ナラカは心話で、大僧正と連絡をとった。だが、呪に囚われた自分の存在を世に広める気はないらしく、ガルバにも甥っ子にも生存を知らせようとはしなかった。


 わしとナラカとランツは、ランツが亡くなるまでの数年間、何回も宴席をもうけてバカ騒ぎをした。肉体の無いナラカは酒を飲めなかったが、そんな事はおかまいなし酒好きのナラカにみせびらかすようにランツは浴びるように酒を飲んだ。悔しかったら、とっとと今世に戻ってきやがれと笑いながら。


 会う度に、ランツはわしを遊びに誘った。ナラカを取り戻すまではわしは忙しすぎ、取り戻してからもやる事が多すぎた。わしは一度も、誘いにのらなかった。ランツは目に見えてがっかりしていたが、無理強いはしなかった。
 結局、ランツの生涯において、あの絶倫さにつきあえたのは、わしとエリス殿だけだったのだ。


 ランツは腎臓の病で亡くなった。
 異次元で探し物をしていたわしは、あやつが重態となった事も知らず、最後の別れすら言えぬままその死を受けれいれねばならなかった。
 ランツの娘婿のヤンセンが魔術師協会に依頼して、わしに心話でのメッセージを投げてくれていた。が、葬儀には行かなかった。骸は骸。動き回りもしゃべりもしないランツを見送ったとて、おもしろくもない。
 心に穴が開いたような気分だった。
 何もする気にならなかった……
 だが、わしには使命がある。魔法書を開き、研究に没頭しようとした。じゃが、幾ら時間をかけても、何の進展もなかった。無駄な時間ばかりが過ぎていった。
 わしはナラカの元へ向かった。同情されるのは御免だったが、一人で居るのもむなしすぎた。口の悪い義弟が親愛の情をこめて故人の悪口をまくしたてるのを肴に、わしは酒をくらいランツを送った。
 ランツは五十代で亡くなった。
 絶倫のツケを払ったとも言える。好き勝手に生き、そして、死んだのだ。ランツの生涯は満ち足りていたのだ。嘆く必要はない。そう自分を慰めた。
 生前のランツと最後に会った時、わしは約束をしていた。
 ランツの跡を継ぐ者を守る、と。
 侯爵家に男子がおらぬ為、ランツは三歳の孫娘を『勇者の剣』の守り手に指名する気でいた。サリア殿の次女じゃ。心臓の病をおしてサリア殿が生んだ二番目の子は、たいへん健康で外遊びが好きな……エリス殿によう似た可愛い子じゃった。
 ランツは、エリス殿の血を引く孫娘を、『勇者』にしたくなかった。武人として『男』として生きさせるのも嫌だが、なによりも大魔王を討たせたくなかったのだ。大魔王の呪いが孫娘にかかる事を、ランツは何より恐れていた。
 その孫娘の名は……セレスというた。


 わしは、セレスの父ヤンセンの頼みを聞き、セレスの神聖魔法の教師役を引き受けた。ランツの孫娘は十二歳に育っていた。
 実に愛らしい美少女であった。髪と目の色はランツに、面差しはエリス殿に似ていた。しかし、性格はお二人にまったく似ておらず、生真面目で融通がきかない正義感の塊。正義を愛し悪を憎む、典型的な勇者タイプであった。
 何ゆえ神聖魔法を習いたいのか? と、問うと、神聖魔法を覚えて聖騎士となりたのですと、セレスははきはきと答えた。国王陛下を守る盾となりたいのだと。
 エウロペの現国王は皇太子時代に、ランツから良い事も悪い事も教わった男、名君との誉れも高い賢王じゃ。セレスは女の自分を勇者として認めてくれた国王を尊敬し、忠義を尽くしたいと思っていた。
 セレスはわしの命じた事ならば、何でも一生懸命に果たそうと頑張った。からかわれているとすぐにわかるような課題すら、言葉通りに真面目にやり遂げようとした。祖父の親友で英雄であるわしが騙すはずがないと、思い込んでいたのだ。お嬢様育ちとはいえ、おっとりしすぎていた。人を疑う事をしらんでは、世に出てから詐欺にあうぞ。
 又、女の身で『勇者の剣』の守り手となった為に苦労をしてきたらしく、女の身を恥じながら、女の癖にと侮られぬよう人一倍努力する……そんな子だった。
 わしは、セレスを愛しく思った。ランツとエリス殿の孫で、勇者らしく生きようと肩肘をはっている可憐な男装の美少女。その人生に闇を近づけたくなかった。この子が『今世の勇者』であるうちに、ケルベゾールドが復活しない事をひたすら祈った。
 セレスの姉が男子を産み、その子が『勇者の剣』に認められればセレスの剣の守り手としての任務は終わる。
 セレスが華として美しい時代におなごの生に戻れる事を、わしは密かに祈り続けた。


 けれども、四年後、大魔王は復活してしまった。
 力を求め、自分の体を憑代にしたがる馬鹿は後を絶たぬ。


 エウロペ国王はセレスに勇者一族の義務を果たすよう命じ、近衛兵となっていたセレスは主命を受け、勇者として大魔王を討つ事を誓い、『勇者の剣』をその手に持った。


 世に『勇者の剣は女を嫌う』との風評がある。その噂を流したのは二代目勇者の従者シャダム殿であった。シャダム殿は根も葉もないところからその噂を生み出したのだが、実は的を射ていた。
『勇者の剣』はおなごが嫌いであった。初代勇者ラグヴェイ以降、数多くの『今世の勇者』が剣の持ち手となった。剣と共に生き死地を乗り越えてきた持ち手達も、戦いの日々が過ぎれば日常へと戻り、剣を手放し、恋人や妻へ愛情を捧げる。
 女は剣士の腕を鈍らせ、理性を奪い、時に心まで狂わせる。あのランツとてエリス殿を失った時、狂気へと走りかけたのだ。勇者と自分との絆を穢すものとして、剣はおなごを嫌ってた。
 その剣とセレスは仲ようならねばならなかったのだ。 


 エウロペ国王から、セレスの従者となってくれるよう、何度も依頼の手紙がきた。が、無視した。
 わしが共に旅をしては、セレスも従者達もわしを頼るであろうし、そうとなっては彼らの成長は見込めぬ。
 殊にセレスは『勇者の剣』に気に入られ、剣より力を借りねばならぬ身の上。オカマでスケベなあの剣が、女の勇者を好くわけがない。おなごであるというだけで、既に剣から嫌われているのだ。セレスが変わらねば、『勇者の剣』は重たいだけのナマクラであり続けるだろう。
 それでは、ケルベゾールドに勝てん。
 呪うんぬん以前の問題じゃ。剣を振るえぬまま、セレスはケルベゾールドに殺されてしまうじゃろう。
 セレスの従者には、エーゲラ(いち)の戦士と大僧正候補のナラカの甥がなった。後にシャイナ(いち)の武闘家ユーシェン殿の末子と、セレスの暗殺者であった東国忍者が加わった。
 わしは旅を影ながら見守った。
 セレスが旅を始めてすぐの頃は行く手を先回りし、魔族どもを内緒で全て葬ってやっていた。魔族相手にまっとうに戦えるのが、ナーダしかおらんかったからじゃ。『虹の小剣』と『エルフの弓』を貸し与え大魔王教徒を相手にセレスに戦闘経験をつませてから少しづつ小物魔族を残してゆくようにし、徐々に強い敵とあたらせていった。
 時には手助けをし、時にはわざと波風を立て、時にはからかい、わしは彼らの成長を促した。
 彼等が大魔王との戦いで生き残れるように……
 セレスが『勇者の剣』をうならせるほどの剣技を身につけ、『勇者の剣』と心通わせ合えるように……


 魔族に侵攻される国、蹂躙される人々、魔に堕落しつつある心弱き者……手を伸ばせば救えるであろうものを全て見捨てて……
 わしは、勇者一行の成長を待った。


 そして、ナラカとナラカを介して知り合ったインディラ教大僧正と共に考えた。憑代が仕掛けてくる呪をいかにして防ぐのか……
 今世の勇者を守る手立てを考え続けたのじゃ。


 白魔法系の防呪の他に形代も使うとわしが言うと、ナラカも大僧正も反対した。が、わしの決心がどうあっても変わらぬとわかったので、最後には折れてくれた。
 ナラカは己の経験から、形代について助言をしてくれた。
「呪いには、何処そこの誰々を呪うというような具体的な指示が施されています。呪を向ける相手の条件づけ、たとえば『勇者』、『自分を殺した者』、『金髪』、『××という名前』、『×月×日生まれ』などなど。ですから、形代の術師はいずれかけられる呪の条件づけを事前に予想し語句変換の指示を形代に与えておくのです。セレス様の呪いを肩代わりするのなら『女』を『男』に、『金髪』を『白髪』に、『勇者』を『大魔法使い』に変換する必要があります。他にも思いつく限りの語句変換を形代に与えてください。呪の条件づけを全て変換できれば呪いはあなたへと向かいます。けれども、あなたに合致しない条件づけが一つでも残っていたら、形代は発動すらしません。呪いはそのままセレス様に向かってしまいます」
 ナラカとわしは大魔王の憑代となった男の情報を集め、性格を分析し、どんな邪法をしかけてくるか予想した。
 わしはセレスに会う度に形代の魔王を、こっそりかけなおし、大魔王の呪に備えた。
 大僧正は、わしが消えた後の始末を引き受けてくれた。
 そして、ナラカは……


「今世に戻った後、あなたが何処にもいなかったら、私は私のプライドにかけて必ずあなたを見つけだし取り戻します。あなたが死んでいたら、邪法を使ってでも生き返らせます。私が今世に戻るのは、カルヴェル、全て、あなたの為です。あなたのいない世界なんて、意味がありません」
 そう言ってから、ナラカはにっこりと微笑んだ。
「愛しています、カルヴェル」
 わしは眉をしかめた。嘘つき、め。きさまが愛しておるのはわしではなかろうに。
 だが、ナラカは、ガルバの元へは戻らぬ気だ。甥とガルバの絆を壊したくないそうだ。ガルバが亡くなる前には顔を見せるとは言っていたが。


 明日、セレス達は大魔王の居城に乗り込む。わしは早ければ明日、今世から消える。ナラカとこうして会うのも、これが最後かもしれぬ。
 勇者が大魔王を倒し、ナラカが今世に戻るのも、もう間もなく……
 わしは、この時を、ただひたすら待ち続けてきた。ランツが大魔王を倒した時から、ずっと……
 愚かであった過去の自分を償う為に……
 今度こそ、わしが勇者を守るのだ。
「ナラカよ、見ていてくれ。わしは今世こそ、勇者を守る。勇者にも従者にも光の道を歩ませてやるわい」    
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