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女勇者セレス 作者:松宮星

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旅のはじまり * カルヴェル * 4話

「おまえが女なら、絶対、俺の嫁にするんだがなあ」
 と、ことあるごとに、ランツはわしに言った。あまりにも頻繁に言うので、ある時、理由を問うてみた。ランツは溜息をついて語り始めた。
「俺な、星の数ほど女を抱いちゃあいるが、孕ませた事、一度もないんだ。ここぞと時期を狙って犯っても駄目、数を撃っても駄目。だから、種無しなんじゃねえかと思ってたんだが、五年前、クリサニアの下町で占いババアに言われたんだ。俺のは種が無いんじゃなくって、薄すぎるんだと。つまりな、一晩で、何十発も出すもんだから、子種が一回ごとにほんのちょびっとしか入っていないんだそうだ。俺がこの世で孕ませられる女は一人しか居ないんだと。俺は、いずれ俺のセックスにとことん付き合える美女に出会う運命にあるのだとも言われた。その女を逃せば、子供は作れず、勇者の家系は絶えるんだとさ。あ〜あ、おまえがその運命の女なら良かったのに」
 無茶苦茶言いおる。
「お兄様にはお子様がいらっしゃらないのでしたよね。庶子も居ないのですか?」
 と、横で聞いていたナラカが尋ねる。するとランツはフンと鼻で笑った。
「居ねえよ。ご立派な兄貴様は妻以外の女に手をつけなかったからな」
 ランツは兄と不仲と聞いている。高潔で品行方正、国王に忠節を尽くし、友を大切にし、妻に貞節を誓う、実に騎士らしい人物と、ランツの兄の世間での評判はすこぶる良い。
 しかし、ランツは、幼い頃から、兄が大嫌いだった。兄の全て虚飾だからだ。
 世間の目を気にし、気の小ささや強欲さをひた隠し、ランツの兄は『今世の勇者』にふさわしい高潔な人物を演じ続けたのだそうだ。
 たった七つで『勇者の剣』を扱えた弟への嫉妬と憎悪、やくざ者のような弟への侮蔑、弟の欠点を探し優越感に浸ろうとする心の卑しさ、『今世の勇者』であろうとする虚栄心……その全てが共感能力者であるランツには伝わってしまうのだ。
 醜い心を抱えながら弟思いの寛大な人物を演じる兄を、ランツは心底嫌いぬいていた。鼻から右頬にかけて傷を負ったのも、兄とのいさかいの末らしい。
 だが、ナラカはランツが兄の話題を嫌っているのを承知で、ずけずけと質問を続けた。
「病床のあなたのお兄様、回復の見込みはないんでしたよね?」
「ああ。聖職者様の治癒魔法でも治らない不治の病さ。俺がエウロペを離れた時には体中が麻痺してたぜ。もうクタバったんじゃねえか?」
「と、なると、あなたの旅行中に甥か姪が生まれる事もなさそうですね」
「ねえな」
「おやおや、たいへんですねえ」
 ナラカがニコニコ笑う。
「残る勇者一族はジジババばかり。あなたがその底なしに淫乱な女性と出会えないと、勇者の家系が絶えてしまうじゃないですか」
「別にいいじゃねえか」
 ランツがゲラゲラと笑う。
「俺の死後、世界がどうなろうが知ったこっちゃねえ」
「それも、そうですねえ」
 と、ナラカもフフフと笑う。
 こいつら……ほんに自分勝手じゃ。
「ですが、ランツ、あなた、私より先に死にそうですね。世界中、敵だらけだし」
「憎まれっ子のおまえは長生きしそうだよな、ナラカ」
「ランツが死ぬと魔族の天下になっちゃうんですよね、勇者がいないから。その前に出奔できてればいいけれども、し損ねてたら、大僧正候補の私、インディラ国中を覆う規模の魔族よけの結界を張らされる事になるかも。結界を張り続けると疲れるし……う〜ん、勇者の家系が絶えると仕事が増えそうで嫌ですねえ」
 にっこりと笑って、ナラカはわしの両肩をがっしりと掴んだ。
「というわけで……世界平和の為です。犠牲になってくれませんか、カルヴェル」
 へ?
「あなたが変身魔法で女になってランツと結婚すれば万事解決するのですよ」
 はあ?
 お! いいねえ! と、ランツが身を乗り出す。
 頑張ってランツの子供を生んでくださいねと笑うナラカ。
 ぉい……
 変身魔法で変化したとて、妊娠できるか。
「でも、カルヴェル、変身魔法で鳥になれば空が飛べますし、魚になれば海深くに潜れるではありませんか。女になれば子づくりも可能なのではありませんか?」
 理論上、肉体的には可能だ。じゃが、別の生命を腹に抱えたら、その形態から変化できなくなる。たえず女の体でいられるよう、魔法をかけ続けねばならない。
「大丈夫、あなたの魔力は底なしですから。十月十日ぐらい女性でいても枯れやしませんよ」
 と、ニコニコ笑顔のナラカ。
 ランツはわしへと突進してきた。
「よぉぉぉし、やろうぜ、カルヴェル! 女になれ!」
 ちょっと待て、勇者! 大魔王退治の旅はどうした!
「ンなの、後回しだ! 俺ぁ、ずっと子供がほしかったんだ!」
 たわけ!
 よく考えろ!
 侯爵家の者が『勇者の剣』を振るえるのは、エウロペ神のご加護があるからじゃろうが! 魔法で性別を変えた者に子供を生ませるなど、神の定めた摂理への背信行為! 誕生した子供に神の祝福があろうはずがない! 『勇者の剣』を振るえぬ子供ができたとて意味ないではないか!
「そんなの、やってみなけりゃわからねえよ! とにかく犯ろうぜ!」
 マズいことにランツはかなりその気になってしまった。
 女性化しての妊娠が禁忌だと知っている僧侶は、いっそのこと成長促進魔法で妊娠期間も短くしたらどうですか? と、更なる禁忌をそそのかして事態を見守るばかり。
 腕っぷしほど頭脳が優れていないランツは『犯ろう、犯ろう』と、そればかりを口にして片時も離れようとはしない。
 だから、言ってやった。十年待て、と。十年経っても、ランツが運命の女性と出会えなければ相手をしてやる。それまでは、わしを放っておいてくれ、と。
 結局、期限の十年はしつこく食い下がるランツに、三年に縮められた。三年後までに、大魔王討伐を終えており、且つ、ランツが運命の女性に出会えていなければ……一年ほどランツに付き合う。そういう約束をした。その一年の間に、ランツの念願が叶ったのなら、二つ身になるまでは更に付き合うとの約束も付加して。


 ランツはわしを連れて各地の歓楽街で、さまざまな遊びをした。
 一晩で何人の女を抱けるか競い、達さぬまま何人の女を抱けるか競い(この勝負はわしの楽勝じゃった。日に十発ぬいてる奴が我慢できるものか、馬鹿め)、時間無制限で睦み合ったり、アレの相撲大会に出たり、尻の鍛錬をしたり……二人で競い合ったせいか、互いの性技は熟練していった(この手の遊びにはナラカはまったく参加しなかった。付き合いの悪い男め)。
 比類なき遊び人となったわしらは、各地で常識はずれな遊びをし、各地に性の武勇伝を残していった。


 ナラカは時折、懐から手紙を取り出し、同じ手紙を繰り返し読んでいた。共に旅をして一年経ってから、わしに心を許したのか、その手紙を見せてくれた。
 たどたどしい文字……子供からの手紙だ。お会いできて嬉しかった、元気が出ました、お兄様、大好き……そんな内容だった。
「妹のサティーからの手紙です。もう八年も前のものですがね、お気に入りなので何時も持っているんです。僧侶は本当は私物は一切持ってはいけないのですが、ガルバが内緒で届けてくれたのですよ」
「おぬし、妹がいたのか」
「ええ。八年前に両親が事故で他界しましたので、たった一人の身内です。十三歳も年の離れた可愛い妹です」
「十三? そりゃまた、ずいぶん離れておるの……では、今、十五か? 花の盛りじゃな」
「ええ、それはもう」
 ナラカはニコニコ笑っている。
「心も顔も綺麗な子なんですよ、私にそっくりで」
 ナラカに似ては、顔はともかく心は綺麗かわからんが。
「三弦琴と舞踏が大好きな、賢く慎み深くやさしい子だそうですよ」
「『だそうです』?」
 ナラカの笑みが苦笑と変わる。
「二度しか会った事がないのです。八年前と、一年少し前に。それも遠くから顔を合わせただけです。直接、会話はしていません」
「……戒律のせいか?」
「ええ」
「破戒僧のくせに、その戒律は守っているのか?」
 ナラカの笑みが一層、苦いものに変わった。
「私、一人の問題ではありませんから」
 それ以上は、聞かずともわかる。ナラカは自分が戒律を破る事で妹に災いが及ぶ事を恐れているのだ。この身勝手な男が己が欲望に従わないのは、非常に珍しい。それほど妹を愛しているのだろう。
「実は私、非常に高貴な生まれなのです」
「ほう?」
「私の母は古えの時代にインディラを統べていたさる王朝の末流で、父は傍流とはいえラジャラ王朝に王位継承権を持つ身の上でした。その上、私はこのように賢く美しく才にあふれて生まれついてしまったのです。私、国一番の神童と呼ばれていたんですよ。で、私が優秀すぎたのがいけないといえばいけないのですが……私の存在を国王陛下もその取り巻きも快く思わなかったのですよ。適当な理由をつけて、人の良い両親から財産を没収したり、父の官位を奪ったり、おとなげない事してましたねえ。母の一族には莫大な隠し財産があるとも噂されてましたし、謀反を恐れたのでしょう。で、まあ……いろいろありましてね、私、八才で出家したんですよ。謀反の意志が無いのを示す為に、ね」
「おぬし、よくおとなしく出家したのう」
「……私一人の問題じゃありませんから」
 先程と同じ事を言ってから、ナラカは口を閉ざした。この男は、妹同様、父母も愛していたのだろう。父母の為に俗世を捨てたわけか……たった八才で親を守る生き方を選ぶとは、怜悧な頭脳も考え物じゃな。
「俗世に未練が無かったといえば嘘になりますが、でも、いいんです。私があそこで我を通さなかったおかげで、うちの家はお取り潰しをまぬがれたわけですし、おかげでかわいいサティーが生まれたんですからね」
 蕩けるようにナラカが笑う。ほんに妹が好きなんじゃな……
「それに、出家した私にガルバもついて来てくれましたし……総本山での生活も悪くは無かったですよ。戒律が大好きな高僧のお歴々さえいなきゃ、確実に八割り増しでもっと住み易くなりますけどね」
 八割増しで良くなるって……今、ほぼ最低状態という事ではないか。
「ガルバは実家からおぬしについて来たのか?」
「ええ。ガルバは代々母の家系に仕えてきた忍者一族の出身で、私が七才の時、私の影となったのです」
「影?」
「インディラでは王侯貴族は忍者を使います、護衛や情報収集の為にね。『影』は忍者の中でも特別な存在で、主人に常につきしたがい、主人の危機には盾となって主人を守ります」
 そこで、ナラカは天井を見上げ、にっこりと微笑んだ。
「とはいえ、それは俗世での話。ガルバと出会ってから一年後に、私は出家してしまいましたからね。僧侶に影は不要。私はガルバに家に残り、父母を守ってくれるように頼んだのですが」
 ナラカは微笑んでいる。いつもの冷笑とは違う、あたたかな笑みだ。
「ガルバは聞き入れなかったのです。主人が死なない限り、一度、決めた主人の元を離れない。それが忍者の生きる道だと言って、ね。まったく、困ったものです。僧侶は個人財産を持ってはいけないというのに。私の破戒の初めは、ガルバという部下を捨てられなかった事なのですよ。ね、あなたもそう思うでしょ?」
 天井裏に潜んでいる、ナラカの言う『あなた』からは返事がない。
「無視ですか。私が破戒僧になっちゃったのは、ぜぇんぶ、ガルバのせいなのに。薄情ですねえ。ああ、そうそう、薄情といえば、カルヴェル、天井裏の男なんですがね、常に私につき従うフリをしてたくせに、私に内緒でやる事やってたんですよ。二年前に、おさななじみと結婚してたんです。私に内緒で! しかも、もうすぐ三才になる男の子まで作っちゃってるんですから! ああ、でも、変ですねえ。結婚して、まだ二年なのに、子供はどうして三才になっちゃうんでしょうか、計算が合わないような……」
 天井裏からわざとらしい咳払いが聞こえた。そこに潜んでいる忍者が、照れているのだ。
 ナラカの顔は、妹を思う時と同じだ。幸福そうに微笑んでいる。
「ようわかったわ……妹御とガルバがおぬしの聖域なのじゃ、と」
 ナラカの口元がニィッと笑う。
「それに、ランツとあなた。四人とも、私にとって、この世で最も愛しい者達です」
「ふん」
 ムカついたんで、以前、ナラカに言われた言葉を返してやった。
「『嘘つき』め」
 ナラカにとって、わしとランツは義兄弟。義理の兄として慕い敬ってくれてはいる。
 じゃが、妹やガルバに対する思いは、別種のものじゃ。神への信仰にも通じる、清らかな無私の思い……
『大魔王を倒したら出奔する』がナラカの口癖じゃが、本気ではない。妹御がインディラに居る限り、ガルバがインディラに残してきている妻子を大切にしている限り、ナラカは出奔などせぬ。いざという時に、愛する二人を守れるよう、総本山にとどまり続けるだろう。


 わしにとっての聖域は……ランツ。
 それと、まあ、ついでにナラカ。ついでなんて言おうものなら、あのうるさい口が皮肉を歌うように連ねるだろう。じゃが、やはり、同列ではないのだ。
 ランツに出会えたからこそ、わしは真の生を得られたのじゃ。ランツと共に旅をし、共に戦い、共に語らい、共にバカ騒ぎをし、助平で乱暴なあの男の為に働いてやるのが、何と楽しい事か。
 旅を始めて一年も経った頃には……
 嫁なんぞになりたくもないし、変化魔法で女となって子を成すマズさも重々承知していた。
 しかし……
 共にずっと生きられるのなら……
 生涯、あの男の側に居られるのならば……
 あの男がわしと共にある人生を喜んでくれるのなら……
 女体化して、そのままバケ続けてやってもいいような……そんな気になっていた。
 大魔王との戦いへの恐れはなかった。
 しょっちゅうくだらぬ事で喧嘩をしていたが、『勇者の剣』はランツにベタ惚れ。大魔王戦ともなれば、愛しい男に無限の力を貸す事はわかりきっていた。
 勇者史上最強の勇者ランツ、この世の誰よりも魔道を極めたわし、神聖魔法と結界魔法の達人のナラカ。三人にかかれば、大魔王など雑魚同然となるはず。
 わしは旅が終わった後、ランツとついでにナラカと、どう付き合っていこうか、そんな事ばかりを考えていた。


 じゃが、わしらの旅は悲劇に終わった……
 それを防ぐ手立てもあったろう。なのに、わしは、脳天気に旅を続け、その時まで何も気づけなかったのだ。


 闇の聖書……初代ケルベゾールドが四天王に与えた暗黒魔法(邪法)指南書。この世に三冊しか現存しておらぬ闇の書は、もとの持ち主の位から、一の書、二の書、四の書と呼ばれている。
 シャイナの大魔王教団から二の書を奪った時、ナラカはその本をわしに渡すまいとした。
「黒魔法に興味津々のあなたは、二の書なんか持ったら、絶対、読みたくなるに決まってます。読んだら、絶対、実践したくなるでしょ? あなたみたいな自信過剰な天才は、慢心のあまり禁忌に手を出し、抜き差しならぬ状況に陥って魔に堕落しやすいんです。この邪悪な本は、あなたにだけはあげません。総本山に転送魔法で送って、大僧正様に清めていただきます」
 喉から手が出るほど欲しい本を、ナラカは余所へやってしまった。わしは不満たらたらじゃったが、相手に理があったので渋々引き下がった。
 ランツはもとより、魔法書などに興味がない。
 誰もナラカを止めなかった……
 ナラカは二の書を総本山には送らず、普段は異次元に封印しておいて、毎日、密かに読み進めて邪法を研究してゆき、そして……
 大魔王との決戦の前に、形代(かたしろ)の邪法を己が身にかけたのじゃ。わしやナラカの準備した防呪結界がものの役に立たなかった時に、大魔王がランツにかける呪いを己が代わって受ける為に。
 ランツもわしもナラカも、大魔王が代々の勇者に呪いをかけてきた事は知っていた。憑代が『勇者の剣』で斬られた瞬間に、大魔王の呪いは発動する。大魔王を斬ったものが呪われるのだ。
 だが、わしには大魔法使いという自負があった。どのような呪いがこようが防いでみせると、ランツに豪語していた。
 大雑把な性格のランツも、大魔王の呪いなど気にかけてもいなかった。


 しかし、わしは呪いを防げず……
 呪いは発動して……
 ランツへと向けられた呪いはすべて、形代によってナラカに移ったのだ。


 トゥルクのタブールの王宮の第二庭園で、わしらはケルベゾールドと戦った。王宮の人間はガルバが避難させたので、遠慮なく、派手にランツは戦った。
 ナラカの張った聖なる結界に大魔王を閉じ込め、事前にわしとナラカが張っておいた防呪魔法陣・魔除け・魔法道具で大魔王の呪いへの対抗手段もばっちりな状態で、大魔王の使用する魔法は全てわしが防ぎ、ランツが暴れやすい状態を整えての戦いだった。
 ケルベゾールドの憑代を両断した後、ランツはわき目も振らず、塔を目指した。
 全力で駆けゆくその背を見つめ、わしは安堵の息をついた。大魔王を倒してもランツに変化はない。呪いは防げたのだ、と。
 ランツが目指す塔には、囚われの美姫がいるのだ。国を守る為、憑代に(みさお)を渡し、きゃつの邪悪な魔法によって淫婦にしたてあげられたエリューズ姫が……


 それより十日ほど前、王宮より逃れてきた女官が勇者にすがり、涙ながらに頼んだ。囚われの姫君をお救いください、と。
 婚前交渉が死罪となる厳しい戒律のあるこの国で、エリューズ姫は国を焼こうとしていた憑代の意を変えさせる為、自らの体を魔族に差し出し、大魔王の情婦となった。王族として国を守る為に、死に値する罪を受け容れたのだ。美しく真に気高い女性の話にランツは心動かされ、彼女の絵姿にみとれ、そして……
 千里眼の魔法で彼女を見た瞬間、ランツは恋に堕ちた。
 大魔王との戦いを前に、わしは、一度だけ、千里眼の魔法で彼女の姿を捉えるのに成功したのだ。
 姫は……大魔王に命じられ、人外のものどもと交わっていた。豚やらネズミやら低俗な獣に憑依した魔、ツタ状の植物、巨大なカエルのようなモノ、光輝く鉱物、意をもって動く粘着質の水……知性の低そうな魔どもが、次々に姫を襲う。
 大魔王にかけられた呪によって、姫の体は淫らに輝き、憂いのこもった美貌は美しくなっていった。彼女は休む事も許されず、人外のもの達と交わり続けていた。
 凌辱につぐ、凌辱……
 しかし、彼女は疲れた様子を見せようとはせず、頭を下げないのだ。王族として凛とした態度をとり続け、自分を組み敷くバケモノどもに媚を売るようなことはせず、巧みな愛撫をしかけ逆にバケモノどもを翻弄していた。
 何とも……凄絶な美だった。
 わしの目は水晶珠に釘付けとなった。穢される度に、姫は、更に美しく気品にあふれてゆく。何ものにも冒されぬ、強い魂がそこにはあった。
 これほどの女性を……わしは見たことはなかった。
「俺の女だ……」
 わしの水晶珠を覗きこんでいたランツが、両手を握り締め、叫んだ。
「この女が、俺の運命の女だ! 俺の子を生む女だ!」と。
 わしは……
 何も言わなかった……
 わしとて姫の美しさに心奪われ惹かれていた……
 わしも、姫に恋をしたのだ。彼女への思いは、生まれた瞬間に、捨てるべき思いとなったが。
 だが、それはいい。それは耐えられる。しかし、わしは……
 己が恋が終わった事を、むなしさと共に認めねばならなかった。


 その日から、ランツはただ一点を見つめ、戦った。
 大魔王を倒し、姫を救う事だけを望んで……


 ともかくも……
 ランツは憑代を斬った。
 大魔王が今世から消えれば、誇り高き姫は大魔王の呪縛より解放される。となれば、これ以上、生き恥はさらすまいと、自ら命を絶とうとするに決まっておる。ランツはエリューズ姫を救うべく、一直線に塔を駆け昇って行った。その最上階に姫は幽閉されておるのだ。
 魔法で上階まで送ってやろうかと思っていたわしは、小さく吹き出した。ほんに直情的な男じゃ。その純情を共にからかおうと思い、わしは背後を振り返った。わしとランツの後ろに立ち、結界を維持していた者の顔を見ようと思って。
 しかし……
 そこに、ナラカはいなかった。
 ナラカが佇んでいた場所に、闇色に染まった黒きものが影のように佇んでいたのだ。右手に杖を持っているように見える。それはわしに対し軽く左手を振り……そして、消えた……
 跡形も残さず、消えてしまった……
 見渡したが、何処にも生意気な義弟の姿はなかった。あの影は……やはり……
 茫然としていたわしの心に思念が伝わってきた。わしのやった杖を媒介に、わしの杖へと、ナラカの奴がメッセージを残していたのだ。
《申し訳ありません、カルヴェル。あなたがこのメッセージを聞いているという事は、私が失敗したという事。未熟な私にはケルベゾールドの呪は防げなかったようです。ですが、形代で呪いはランツから私に移ったのだから、最悪の事態は避けられたと言えるでしょう。どうか、カルヴェル、彼がエリューズ姫と結ばれ、勇者の家系が続くのを見届けてください。彼はこの世にかけがえのない存在……勇者なのです。彼の身に何かがあれば、侯爵家に世継ぎがいない現在、世界は破滅へと向かってしまいます。何があっても、彼の心と体を守ってください。彼の呪いを私が肩代わりしたなんて、絶対に教えてはいけません。教えたら、あなたを怨みます。私はかねてよりの計画通り、殉死を装って出奔したのです。そう伝えてください。もしも、私の死体が転がっているようなら、お手数ですが跡形も無く消し去ってください。挨拶すらせず立ち去ったのは時間が経つとこの辺も人目につくから……殉死を装う為、早々に立ち去った事にするのです。ガルバにも、本当の事は教えないでください。私を守りきれなかったのは自分のせいだと、そう思い込む性格ですから。ガルバにはサティーを守って欲しくて伴わずに出奔したのだと伝えてください、頼みましたよ》
 わしは、震える右手で杖を握り締めた。
 ランツにかけられた呪いを、ナラカが肩代わりした?
 その呪い故に、ナラカは今世から消えてしまったのか?
 わしの準備した防呪など……何の役にも立っておらなんだのだ。
 何が大魔法使いじゃ……
 わしは……愚か者の役立たずじゃ……
《カルヴェル……嫌な役目を押し付けてしまって申し訳ありません。でも、どうか許してください。私はこの世界を守りたいのです。あなた方さえ生きていてくだされば、私は満足なのです》
 嘘つき……め。
 おぬしは戻りたかったはずじゃ……インディラに。妹の住む国に。そして、ガルバと共に生き続けたかったはずじゃ。なにゆえ、こんな時まで嘘をつく。
《愛しています、カルヴェル……》
 その言葉を最後に、ナラカの思念は途絶えた。
 最後の最後まで『嘘』をつきおって……
 わしはうつむき、目頭を押えた。泣くわけにはいかなかった。間もなくランツがエリューズ姫と共に戻ってくる。ナラカの命令に服し、王宮の人間を避難させていたガルバももう現われよう。
 ナラカはわしを共犯者に選んだのだ。あやつの願い通りにしてやるのが……わしにできるせめてもの償いじゃった。


 ナラカの出奔を聞いて……
 ガルバは真っ青となって姿を消した。主人の姿を求めに走ったのじゃ。だが、幾ら探そうとも、王宮にもタブールの街にもナラカは居ない。いずれは絶望がガルバを捕らえるであろう。
 ランツはわしの顔をジーッと見続けていた。その腕の中には意識のないエリューズ姫が居た。ランツのマントを借りて裸体を隠して。やつれたその横顔は、胸をつくほどに美しかった……
 ランツに感情を読まれぬよう、わしは魔法にて己が心に精神防壁(プロテクト)をかけていた。不自然にならぬよう、偽りの記憶と感情もそこに散りばめて。大魔王を倒した達成感と友との別離を惜しむ感情、それ以外はランツは感じられないはず。わしの絶望も後悔も自身への怒りも……ランツは共感できぬはず。
 ランツは何も言わない。ただわしをジーッと見つめるだけじゃった。その視線が辛かった……いたたまれなくなって、わしは、
「あやつが居らんと、寂しゅうなるの」と、口にしてうつむいた。
「……そうだな」
 と、だけランツは言った。
 わしの異常を、ランツは気づいていた。だが、何も言わなかった。
 沈黙するならそれなりの理由があるだろうと、察してくれたのだ。
 わしの顔を立ててくれたのだ……
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