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女勇者セレス 作者:松宮星

得るもの失うもの

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旅のはじまり * カルヴェル * 3話

 一昼夜、シルクドの砂漠で、わしはランツと戦った。
 わしは知る限りの白魔法、黒魔法、古代魔法、複数の魔法を掛け合わせたオリジナルの魔法を放ち、魔法剣や魔法道具(マジック・アイテム)を駆使してランツに襲いかかった。
『勇者の剣』でランツはその全てをはね除けた。『勇者の剣』の無限の守護の力が、ランツを守り通したのだ。ランツにではなく、周囲に仕掛けた攻撃の余波をで多少の傷こそ負わせたものの、わしの攻撃は通じない。
 ランツは自分からは仕掛けてこなかった。ニヤニヤと笑いながらわしの攻撃を防ぐばかりだった。
 ナラカはわしらの周囲数十キロ四方に結界を張り、二人の戦いが他に及ばぬようにしていた。たった一人で、十数時間も、だ。結界魔法に関しては負けるかもしれぬと、わしは女顔の僧侶を見直した。
 夜が明け、昼となり、再び太陽が沈みかける頃には打つ手が無くなった。まだ尽きぬ泉のごとく魔力は体に満ちていた。だが、戦法を失っては戦えぬ。同じ攻撃を仕掛ける愚は犯したくなかった。
 わしは敗北を宣言した。わしの魔法剣をその刃で受け止めこそしたものの、ランツは『勇者の剣』を攻撃に使おうとしなかった。振るえばわしを殺せたであろうに。
 敗者をどう扱おうが勝者の自由。煮るなり焼くなり好きにせよと言うと、
「じゃあ、俺と寝ようぜ」
 と、満面笑顔でランツは、膝を折ったわしを立たせ口づけをしてきたのだ。
 こいつ……色情狂か? 犯る事しか頭に無いのか? と、反発する気持ちもないでもなかったが……
 ランツがあまりにも嬉しそうなので……
 真夏の太陽みたいな眩しい顔で笑うので……
 何か、もう、どうでもいいような気になってしまった。
「あんま男遊びには慣れちゃいないんだよな? 最初は無茶しねえよ。色々と教えてやる。砂漠じゃナニだし、どっか宿に泊まろうぜ」
 ガダーラに運ぼうか? と聞くと、ランツは頼むと答えた。全面的にわしを信じているのだ。移動魔法で別所に運ばれるなど、信頼できぬ人間には任せられん。
「おい、ナラカ。そんな所にボサーッと立ってないで、おまえも来い。おまえも一緒に宿に行くんだ。カルヴェルにおまえの性技(テク)を教えてやれ」
「3Pですか?」
 ナラカがやれやれと頭を振る。
「私、体力バカの性欲魔人と違って一般人なんですよ。一晩じゃ、三回戦ぐらいしか付き合えませんからね。後はあなた方二人で勝手にやってください」
 ナラカはランツに、そして、わしに微笑みかけた、とても親しげに。


 ランツもナラカも衆道の達人だったので、わしは素直に二人の教えを受けた。まあ、男でも女でも犯る事はそれほど大きくは違わぬ。肉体の限度と快楽のツボの違いを心得ておけば問題ない。要は男相手でも楽しめるかどうかが問題なのだ。
 絶倫だが一人で暴走する事なく、常に相手を楽しませようとするランツ。手馴れた性技と媚態で相手を酔わせるナラカ。二人と体を求め合うのは楽しかった。


 気がつくと、よくナラカは居なかった。寝台の端でぐったりしているかと思えば、ソファーで布団をかけてスヤスヤ眠っている時もあり、部下の忍者に軽食を運ばせてパクパク食べている時もあった。
 紺色の兜と口布で顔を隠した小柄な忍者に対し、一度、ランツは、
「ガルバ、おまえも入れよ」
 と、遊びに誘ったのだが、ナラカにジロリと睨まれ肩をすくめて引き下がっていた(後になって知ったのだが、ガルバという男は自分の女房しか抱かない、実に忍者らしくない貞操観念の持ち主じゃった)。
 わしとランツは休む間もなく睦み合っていた。絶倫の魔法で体力と性欲を維持しているわしはともかく……ランツはほんにバケモノじゃった。


「のう、ランツ、おぬし、わしが大魔王教団に身を寄せていると知っても態度を変えなかったが、何故だ?」
 抱かれながら、わしは尋ねた。
「何故、斬ろうとしなかった?」
 酒瓶を片手にわしと繋がっているランツが、ニヤニヤしながら言った。
「俺ぁ、ダチになれそうな奴は斬らねえんだよ」
「じゃが、魔族絡みの者を退治するのが勇者の役目であろうが」
「勇者の役目なんざ、知った事か」
 ゲラゲラと酔っ払い勇者が笑う。
「俺は俺のやりたい事だけをやる。魔族も大魔王教徒も関係ねえ。気に入らねえ奴はぶっ倒し、気に入った奴とは遊ぶ、それだけだ」
 そこで、ソファーで休憩中のナラカが口をはさむ。
「まあ、たいていの魔族や大魔王教徒はあなた(ランツ)にとって不愉快な存在ですから、あなたが勝手をやっているうちに、自然と勇者の役目も果たせてしまうでしょうよ」
 ナラカもシルクド特産の果汁酒を飲んでいた。僧侶のくせに、有髪だわ、おなごも抱くわ、酒は飲むわ、破戒僧じゃな。
「おまえが大魔王教団に世話になってる事は、この前、安酒場でナラカから聞いた」
 ああ……あの、耳元で囁いた内緒話か。
「けど、ふーんってなもんさ。そんなの、どーでも良かった。そん時にはおまえを気に入ってたからな」
「わしの何処が気に入った? おぬしとタメをはれる絶倫さか?」
 酒臭い息を吐きながら、ランツが笑う。
「おまえが、性交(セックス)に弱くても殺さなかった。俺ぁ、おまえが良い奴だから気に入ったのさ」
「良い奴? わしが、か?」
「ああ。一目見りゃあ、わかるからな。おまえは良い奴だ」
 良い奴……?
 そんな事を言われたのは初めてだった。
 魔法の申し子、魔術の天才、バケモノじみた魔力の持ち主、魔法にしか興味のない偏執狂、利己的な理由で魔術師協会を脱会した裏切り者……魔法使い達は羨望と嫉妬のこもった眼でわしを見て、次元が違う相容れぬ者としてわしを遠ざける。
 そして、わし自身、周囲にほんに関心がなかった。人間嫌いというわけではない。こまごまとあくせく生きる人々を眺めるのは好きだった。言葉遊びとして人をおちょくる事も好んだ。互いの性欲を満足させる為におなごともよく交じり合った。
 けれども、わしは……他人と共感し、理解を深め合おうと思った事がない。
「わしが『いい奴』なら世界中の人間が善人じゃな。わしは、大魔法使いとして、高みから他人を見下し生きてきた。下等な生き物を眺めるかのようにの……」
 我ながら、実に、嫌な男だ。
「くだらねえ事言うなよ。おまえは他人を見下しちゃいねえよ、今まで馬が合う奴と出会えなかっただけだ」
「いや、しかし……」
「他人なんざどーでもいいって奴なら、女を抱くにしても自分の性欲を満足させる事しか考えねえ。けど、おまえ、勝負ってなっても、魅了の魔法で女を操らなかったし、数を稼ぐ為の無茶もしなかった。女をモノ扱いしたりもしなかった。相手に合わせて愛撫を変え、やさしい言葉をかけてやってた。わざとらしい表面的なおべっかじゃねえ、さりげないんだが相手の心にグッとくる言葉を。娼婦全員にああいうのが出来るって事は、おまえが愛情をもって人間をよく観察してるってこった。女遊びをしても、おまえは娼婦を買ってるんじゃない、女と一緒に楽しい時を過ごそうとしているんだ。だから、気に入ったのさ」
 そんな事を褒められるとは……思ってもみなかった。
「おまえは、良い奴だぜ、カルヴェル」
 同じ言葉を繰り返し、ランツは言う。
 酒臭い口に唇を奪われ、わしは瞼を閉じた。
 胸が熱かった。白魔法を極めても、黒魔法を学び始めても、わしはいつも満足できなかった。いつも、飢えていた。何を求めているのかわからぬまま、ずっと何かを探していた。
 しかし……
 欠けていた何かが埋まった気がした。
 勇者ランツとの出会いによって……


 従者となって共に旅をしたいと言うと、二人は喜んだ。
 ランツはこれで売春宿がない所でセン●リかかんですむと喜び、ナラカは売春宿がない所で性欲魔人に襲われる数が減りますと喜んでいた。
 二人とも、自分のことしか考えていない。その自分勝手さが……実に好感が持てた。


 それからは、冒険だった。
 怒り始めると手がつけられない乱暴者を、ナラカと二人で御して。
 怒りっぽくて、非常識で、性欲の塊。ランツは自分に正直だった。しかも、直感で生きていた。一目見ただけで好悪を決めていた。気に喰わん奴とは口もきかんし、そういった人間が彼の怒りに触れた日には……確実に血を見た。『ランツが嫌いな相手』は魔族や大魔王教徒の他に、困った事に王侯貴族や聖職者に多かった。だが、それ以外の者には非常に優しく、弱者への面倒見もよかった。
 有髪の僧侶ナラカは女性と見まごう美形のくせに、キツい性格をしていた。口調こそ丁寧なのだが、口も悪い。たいした理由もなく、しょっちゅう、わしやランツをけちょんけちょんにけなしていた。しかし、それはナラカの屈折した愛情表現であった。嫌いな奴にほど、ナラカは無駄口を叩かず、礼節を尽くすのだ。
 三人の旅には、時折、ナラカの部下のガルバが加わった。インディラ忍者のガルバは忍者としての技量に申し分はなく、情報収集の為によく働いてくれた。けれども、素朴な性格で忍者にしては人が良すぎた。ナラカは『御身様』と彼を呼んで慕うガルバの人柄と純粋な忠義心を愛し、部下というよりは友として遇していた。


 ほどなく、わしとランツとナラカは義兄弟の契りを結んだ。
 わしが一番年上だったが、勇者のランツを長男とすべきだというナラカの主張を容れ、ランツが長兄、後は年齢順に次兄がわし、ナラカが弟となった。
 わしらは共にバカ騒ぎをし、行く先々で気に喰わんもの(主に魔族)を蹴散らしていった。


『勇者の剣』を振るうランツは、ほぼ無敵だった。この『ほぼ』という副詞が重要で、『勇者の剣』の攻撃力にはバラつきがあった。
 剣先を向けるだけで岩を粉々に砕く威力があるかと思えば、小枝一本切れない時もある。人の身長ほどもある巨大な『勇者の剣』を軽々と左手だけで振り回す事があると思えば、両手で握ってふんばっても地面から持ち上げることすらできない事もある。
「こいつはな、ひでぇ気分屋なのよ」
 ニヤニヤ笑いながら、ランツは教えてくれた。
「ご機嫌な時には持ってるのを忘れるぐらい軽いのに、ふてくされると大岩みてぇに重たい。切れ味もコロコロ変わる。名剣になるもナマクラになるも『勇者の剣』様のお気持ち次第なのさ」
「あなたが日頃からきちんと手入れをして剣を用途通りに使用していれば、その剣は毎日、ご機嫌のはずです」
 毎日ちゃんと研ぎ石で研いでください、髭剃り代わりにするのもやめるべきですと、ナラカが溜息をつく。
「あなたは品性こそ最低で、頭がものすごく悪いですが、金の髪の豪奢な美形。鼻から右頬の傷だって、見ようによってはアクセントです。外見上は申し分なし。しかも、あなた、相手の気分が読めるんです。悪さをやめれば、勇者史上最強の勇者となれるはずですよ」
 ?
 話が見えていないわしに、ランツが悪戯っ子のような笑みを見せた。
「『勇者の剣』はな、若く逞しい男が好きなんだ。本当だぜ。持ち手が美形で筋骨逞しいほど手助けしてくれ、攻撃力もぐんと増す。スケベ剣なのさ」
 本当であろうか? わしをかついでいるのでは?
 わしの心を見抜いたナラカが、心話で『勇者の剣』の心に触れてみたらどうです? と、澄ました顔で言ってきた。それとも、あなたの心話は人専用ですか? 魔法道具(マジック・アイテム)には使えませんか? と、わしの自尊心を煽りおった。
 馬鹿にするな、無機物でも思念があれば読めるわ! と、わしは目を閉じ、己の魂を『勇者の剣』に向け、交わり、語りかけ……そして、硬直してしまった。
 ランツがゲラゲラと笑い、ナラカも口元を押さえクククと低く笑っていた。
 人間とは異なるモノなので読みづらかった。が、何とかその思考は読めた。
『勇者の剣』は……非常に多感でヒステリック、理性よりも感情に走るタイプなのだが、その根っこは正義を愛する熱血漢でものすごく野太くいかつい感じ……
 つまり、人間にたとえると……筋肉ムキムキで毛深くてごっついくせに、心は女性でむちゃくちゃ厚化粧をして女装している……オカマのようなのだ。
 まあ……
『勇者の剣』がオカマだろうが男好きだろうが何だろうが、最強の剣には変わりない。それに、背負うのはわしではないし……わしが愛されているわけでもない。ま、いいかと思った。



「今日も、綺麗だぜ、マリアンヌ」
 剣を研ぎながら、ランツが『勇者の剣』に話しかける。愛称は日によって『キャンディー』、『デイジー』、『リリィ』、『ナタリー』、『ランファン』、『サムソン』、『アラン』、『さぶ』などなど、ころころ変わっている。剣を握った時にピーンとひらめいた名前で呼んでいるらしい。
「おまえの×××は、本当、最高だぜ。さ、どうだ? ん? ここがいいのか? 気持ちいいなら、もっと声出せよ。マリアンヌ、俺に任せて、×××していいんだぜ」
 はたから聞いていると誤解を招きそうだが……ランツは『勇者の剣』を研ぎ石で研いでいるだけじゃ。
「初代勇者ラグヴェイを除けば、ランツが『勇者の剣』に最も愛されているのではないかと思います」
 同じ部屋でさしむかいで酒を飲んでいたわしとナラカ。ナラカは水のように酒を飲みながら、卑猥な台詞を口にしつつ剣の手入れをする勇者を見つめていた。
「外見が美丈夫な上に、ランツは剣を『ダチ』だと思って可愛がってますからね。自分の気持ちを感じ取り、仲間として話しかけてくれるランツを、剣が愛さないわけありません」
 剣の気持ちを感じ取る? したが、ランツは魔法は使えん。
「ええ。ランツには魔力はありません。当然、心話など使えません。でも、彼は『勇者の剣』が何を感じ、何を思っているのか常に直感的にわかるのです」
 そこで杯を空けてから、ナラカは言葉を続けた。
「彼は共感能力者(エンパシー)なので」
 共感能力?
「他人の感情を我が事のように感じとる能力です。しかも、ランツの能力はかなり強い。だからこそ、人ならざる聖なる武器の感情まで正確に読めるわけですが」
 共感能力者か。大昔の聖人とか聖王にそのような者がいたと伝承にはある。民衆の心が手に取るようにわかるゆえ楽に人を統べられたとか。じゃが、四六時中大勢の感情が頭の中に流れ入る煩わしさから発狂した王もいたはず。
「ランツの能力は、聖王に準じるレベルです。対面するだけで、目の前の人物の心の中が透けて見え、どんな人間かおおよそわかってしまうみたいですよ」
 それはかなりな力じゃな。
「ランツの好き嫌いがはっきりしているのも、そのせいです。彼の前では、悪人が善人を演じても無駄。対面しただけで相手の、品性下劣さ、残忍さ、腹黒さ、嫉妬深さ、それに敵意や殺意も、彼は感じ取ってしまいますから。初対面からあなたを気に入ったのも、あなたの心が美しかったからです」
………わしは、相当、腹黒い邪悪な性格をしておると思うが。
「『心が美しい』って言っても、ランツの基準の『美しい』ですからね。世間からはズレてるでしょう。ランツに言わせると、あなたも私も『勇者の剣』も、『ダチ』にしたくなるぐらい心が美しいのだそうですよ」
 和やかだった剣と勇者のスキンシップは、何時の間にか険悪なものになっていた。ランツの雑な研ぎ方を気に入らないと、剣が思ったようだ。酒瓶をそばにおいて、ぐびぐび呑みながらやってるしのう……
「うるせえんだよ! このクソったれ! てめえのみっともねえ×××をこちとら×××してやってんだから、とっとイきやがれ! それとも、そのお粗末な×××を塩水に浸してやろうかぁ? あぁぁん?」


 わしはナラカに黒のローブをプレゼントし、ついでにわしの念のこもった魔法使いの杖もプレゼントした。
 ナラカはいつも、宿屋の中以外はフードマントを被っていた。とことん長い黒髪と僧衣を隠しておるのじゃ。普段後ろで三つ編みにしている黒髪は、解くと足首までの長さ(八つの年に出家してからずっと切ってないそうだ。天邪鬼め)。ちょいと伸びてしまったでゴマかせる長さではない。
 魔法使いの格好の方が行動しやすかろうと思っての贈り物だった。が、ナラカは意外なほどわしからの贈り物を喜んだ。何時も魔術師のローブをまとい、よほどの事がない限り僧衣を着ようともしなくなった。
 おぬし、何ゆえに有髪なのか? と、尋ねると、
「もともと生えている髪を剃るのって、不自然だと思いませんか?」
 と、逆に聞かれた。
 出家にあたって、八つであったナラカ少年は、インディラ教の教義『自然であれ』を盾に、髪を剃らせなかったらしい。髪を剃るのは不自然、人間が本来持っている欲望――食欲・物理欲・性欲などを否定するのも不自然、人間が生み出した娯楽――飲酒・喫煙・賭博を『悪』と決めつけ非難しかしないのも不自然と主張して。
 その主張を大僧正が面白がったせいで事態はややこしくなったようだ。大僧正は頭の固い高僧達を黙らせ、ナラカに難題を与えた。それをこなせたら、一ヶ月、ナラカの主張を全面的に認めてやると約束して。プライドの高い天才肌のナラカは、本来、子供には不可能なはずの高度な課題を期限内に見事にこなした。
 では、次の一ヶ月、有髪でいたければ次はこの課題をやり遂げよと、大僧正は又、課題を与え、ナラカはそれをクリアーし……と、いった具合に有髪のまま神への信心がなければ成し遂げられない修行をし続け、ナラカはめきめきと力をつけていった。
 宗教学、白魔法、問答、説法、歴史、魔族研究、写字学、奉納舞、棍術で非常に優秀な成績を修め、いつの間にやら教団一の修行僧となり大僧正候補になってしまったのだとか。大僧正がナラカを全面的に認めているので、誰も有髪も酒も女遊びも賭博も止められないのだそうだ。
 インディラ教のトップがそんなに話せるおもしろい男ならば、入信しても良いかもしれない。聖職者となれば、高位の神聖魔法を学べるし、上級以上の回復魔法も使えるようになるやもしれない。
 わしは、そう思ったのだが……
 ナラカは憐れむようにわしを見て、頭を左右に振った。信仰心の欠片もない人間は、入信しても無駄だ。高位の魔法は覚えられないと。
「私は『自然であれ』という教義に則って好き勝手に生きていますが、その根には神への畏怖と愛があります。一般には堕落とみなされる行為に走っても信仰心を失っていないから、神のご加護を受け続けられるのです。でも、あなたは、神を大いなる存在と恐れ敬ってはいますが、『神』を愛してはいません。信仰心の無い者に神は何もお与えにはなりませんよ」
 納得のいく答えだったので、わしは聖職者となるのは止める事にした。
「それが賢明です。あなた、ランツ以外の人間なんてジャガイモかニンジンみたいにしか思ってないけど、それ以上に神そのものに興味がないでしょ? 魔法的存在としての神しか求めないなんて、不敬すぎます。どの宗教であれ、聖職者になろうとしたら、罰が下りますね」
 そんな事は無いと、わしは反論した。
「おや? 信仰心もあったのですか? 意外ですねえ。どの宗教を信仰してるんです? やはり大魔王教ですか?」
 違う、そっちじゃない。『ランツ以外の人間なんてジャガイモかニンジンみたいにしか思ってない』の方じゃ。
「え?」
 わしはおまえも特別だと思っている。
 そう言うと、ナラカは意外そうにわしを見て、クスリと笑った。
「嘘つき」と。
 おまえも特別じゃ、ランツがメインディッシュの肉ならば、ナラカはワインかパン。肉だけでも美味いが、ワインやパンがあれば肉は一層、美味くなる。おまえはなくてはならぬ存在、大切な義弟じゃと言っておいた。
「ほぉら。やはり、私、おまけじゃないですか」
 と、ナラカは愉快そうに笑った。
 戒律なんぞを意にもかけないナラカは、わしに攻撃魔法を教えろとねだった。せっかく魔法使いの格好(ナリ)をしているのだから、それらしくしたいと。僧侶にとって攻撃魔法は禁忌のはずじゃが、ナラカはあっという間に上級の攻撃魔法まで習得し、戦闘で実地訓練もしていた。
 ほんに僧侶らしゅうない男で……
「大僧正様はご立派なお方なのですが、教団の高僧のほとんどがクズです。誘惑に弱い人間が、信仰を貫く為に自らを戒律で縛る。それって、本人が好きでやってる事でしょ? なのに、心強い私にまで戒律を強要するんですもの。総本山ってすっごく居心地が悪いんですよ。だから、私、大魔王戦が終わったら、殉死したって事にして出奔しようかと思っているんです。市井に埋もれただ人として生きるんです。ああ、憧れです。その時には口裏あわせ、よろしくお願いします」
 のような事をしょっちゅう言っておった。
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