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女勇者セレス 作者:松宮星

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旅のはじまり * カルヴェル * 1話

 天に架かる青い月を眺めながら、麗人は一人佇んでいた。夜の河のように黒く長い髪、神像のごとき犯しがたい気品にあふれる美貌、長身で細い体を覆う黒のローブ、右手に握るのは魔術師の杖。
 その者が佇む場所に、視界を遮るものは何もなかった。何処までも何処までも風渡る夜の草原が続き、空には満天の星が輝いていた。
 誰もいない夜の草原。そこに佇む者の足元には、不可思議な模様の円陣が刻まれていた。いや、模様ではない。模様と見えるのは、魔に近しい者しか知らぬ邪法を誘う文字。しかも、秘文字だ。
 月を眺めていた麗人が、柔和な笑みを浮かべ、視線を落とす。
 青の瞳が向いた先には……
 白髪、白髭の、老人が宙に浮かんでいた。ニコニコと楽しそうに笑う老人は、麗人同様、黒のローブをまとい、魔術師の杖を右手に握り締めていた。
「久しぶりじゃの、ナラカ。元気にしておったか?」
 老人の問いに、麗人は小さく笑った。
「皮肉ですか? 元気に決まってるのに。私は現実世界に肉体を置いてませんからね。病にかかれないし、老いとも無縁です。おかげで、ほら、この通り、三十六年前と変わらずうっとりするぐらい美しいでしょ?」
「ホホホホ。あいかわらず口の減らん義弟よの」
「それにひきかえ……かわいそうに、あなたは会う度に醜く老けてゆきますねえ、カルヴェル」
「言い過ぎじゃ、このボケ義弟。最後に()うたのは一ヶ月前じゃろうが。一ヶ月で容貌が変わるかい」
 老人はホホホホホと愉快そうに笑い、どっこらしょと草原に腰を下ろし、あぐらをかいた。杖は左肩にたてかけ、足の間に立たせて。
 それを見守る麗人は動かない。正しくは動けないのだ。魔法陣に囚われているため、直系五十センチほどの狭い円の中でしか動けないのだ。どうにか体の向きは変えられるが、座るなど不可能なのだ。
 老人は大魔術師カルヴェル。比類なき魔力を誇る、当代随一の大魔術師。
 対する麗人は、有髪、黒のローブ姿はどう見ても魔法使いにしか見えなかったが……三十六年前の大魔王との戦いで殉死したはずの、僧侶ナラカであった。


「セレス達は、明日、大魔王の居城に乗り込むようじゃ」
「ほう。ついに」
「うむ。ようやく最終決戦(ファイナル・ステージ)じゃ」
 カルヴェルもナラカもニコニコ笑っている。明日の天気を話題にするかのような、のどかさだ。
「女勇者様の二年に渡る冒険も、ついに終わりですか」
「『勇者の剣』とセレスの仲も、今やラヴラヴ状態。セレスの為とあらば、あのスケベ剣、無限の能力を発揮し、ケルベゾールドを葬るじゃろう。勇者一行の勝利は確実となった」
「しかし、逃げられるのでは?」
 ナラカは顎の下に左手をあて、首をひねった。
「大魔王とて馬鹿ではありません。『勇者の剣』に愛されている勇者と、まともに戦うものですか。勝てない勝負を捨て、ケルベゾールドは次元通路を使って逃げるのではありませんか?」
「なぁに、その心配はいらぬ」
 老人はホホホと笑った。
「一週間前から、大魔王の居城に結界を張り、この土地に縛った。わしを殺さぬ限り、あやつ、余所へは行けぬわ」
「さすが、カルヴェル」
 ナラカはパチパチと拍手を送った。
「大魔王を手玉に取るとは、さすが当代随一の大魔術師様ですねえ。尊敬しちゃいます」
「ホホホ。心にもないことを言うて、おだてるな。尻がむずかゆいわ。まあ、いかな大魔王とて今世に現われる以上、憑代の技量によって能力は制限される。今世の憑代はシルクドの一流半の実力じゃった魔法使い。その程度の小物に宿っていては、当代随一のグレイトなわしの魔力にかなうわけもない。神族のお力さえ拝借できれば、奴をシベルアに縛るなど造作もない。もっとも……」
 カルヴェルの笑みが苦いものに変わる。
「わしの魔力がいかに素晴らしくとも、わしでは憑代を殺せぬ。憑代を殺し、ケルベゾールドと地上との縁を断てるのは、勇者の振るう『勇者の剣』のみ。全てはセレスにかかっておる」
 老人の茶の瞳は、ただひたすら、かつて共に旅をした男を見つめていた。
「おぬしを魔界から救えるか否かも、の」
「……カルヴェル」
「明日という日を迎える為に、わしは、人としてあるまじき道を進んできた。魔の侵攻を許し、救えるべき命を見捨て、魔へ堕ちゆく者も放っておいた。だが、後悔はない。他に道はなかったゆえ、な」
「……そんな事、気にしてたのですか? 馬鹿ですねえ、カルヴェル。弱者が死ぬのは、死ぬべき運命にあったからです。あなたのせいではありません、天命です。自分が動けば助けられたであろうなんて上から目線、聞いている方が不愉快です。あなたが全力で頑張ったって、一人残らず助けるだなんて不可能でしたよ。何千何万もの命を一人で背負えるもんですか。良心の呵責を覚える事こそ傲慢です」
「ホホホ。大魔王との戦いで殉死した、いと気高き、大僧正候補様のお言葉か、それが」
 老人は楽しそうに笑う。
「わしは、ただ……セレス達を守りたいだけじゃ。あやつらは正義の為に邁進し、今世を守っておる。大魔王の憑代が死と共に発動する邪法を勇者に仕掛けているとも知らずに、の。わしは、ランツの孫のセレスも、おぬしの甥っ子も、アジクラボルト殿の長男も、ユーシェン殿の末子も、忍者ジライも、皆、愛しく思っておる……彼等をおまえのようにはしとぅない」
「………」
「ナラカよ、今度こそ、わしが勇者を守るぞ」


「最近、よく夢を見ます」
「ほう、立ったまま寝ておるのか。さすが、もと大僧正候補、器用じゃのう」
「グーグー寝てるわけないでしょ、私の魂は魔法陣ごと世界中を彷徨っているとはいえ、体は現実世界でいうところの時が存在しない魔界に封じられてるんですから。そうではなく、白昼夢を見るのですよ」
「おお! ついにボケたか。体は若くとも、心は六十代。白昼夢に心奪われるとは老人性痴呆の始まり……」
 ナラカはニッコリと微笑んだ。気品あふれる柔和な笑みだったが、目に容赦はなかった。
「うるさいですよ、カルヴェル。話、聞きたくないのなら、帰ってくださいます?」
「ホホホ。すまぬ、すまぬ。で、どんな夢を見る?」
「……昔の夢です」
 ナラカは天を見上げた。空には数え切れないほどの星が瞬いている。
「父母との思い出、ガルバとの出会い、出家、総本山での修行とハメはずし、サティーの誕生、そして、ランツの従者となり、旅の途中であなたと出会った……」
「懐かしいのう」
 カルヴェルはニコニコ笑った。
「シルクドで出会った時、ランツの従者はおぬし一人だけじゃったもののう。アジスタスフニルとナーダの二人しか居なかったセレスの時よりひどい」
「ランツは好き嫌いが激しいくせに、好き嫌いでしか行動しませんでしたからね」
 ナラカもニコニコ笑う。
「従者候補は女勇者様の時と違って、三十人以上いたそうですよ。でも、顔を合わせただけで、ほとんど追い返しちゃったみたいです。『おまえら、好かん』って言って」
「ホホホ、各国の歴戦の猛者やら魔法使い、各宗教団体の精鋭を、理由も告げず、追い払ったのか」
「ランツのことですから、面倒くさかったんじゃないんですか、『理由』を説明するのも。彼が気に入ったのは、ただ一人。私の名代としてエウロペの王宮を訪れていたジャガナートだけでした。彼の旅立ちに立ち会ったのは、実は、ジャガナートだけなのですよ」
「ジャガナート? ウッダルプル寺院支部の僧正、切れ者の武闘僧じゃな。ナーダの武闘の師の」
「ええ。当時は教団一の武闘僧でした。豪快な性格の気持ちのいい男でしたよ、多分、今も、そうでしょうね」
「何故、名代を王宮へ遣った?」
「だって」
 ナラカは優美な仕草で、左手で長髪を掻き上げた。地面についてしまいそうなほど、黒髪は長い。
「私、あの当時から有髪(これ)でしたから。ローブではなく、僧衣を着てましたけれどね。私がこれでも、大僧正様はお気になさらなかったのですが、他の高級僧の方々が嫌がりましてねえ。インディラ教団の恥だとおっしゃって。彼等は私以外の者を従者に推薦したかったのですが、大僧正様が直々に私を従者にと決められましたので、その決定に逆らえなかったのです。なのに……小物って嫌ですね、大僧正様に逆らう勇気もないくせに、彼等、腹立ち紛れに私に無理難題を押し付けてきたのです。有髪ではエウロペ国王の前に出るな、出たら大僧正様が何っとおっしゃろうと総本山で千日行をさせるって」
「ホホホ。無理難題のう」
「だから、後輩のジャガナートに王宮に行ってもらったんです。エウロペ国王の前に出られない以上、名代を立てるしかないでしょ? 身を清める行の最中で私は総本山に籠もっているという事にして」
「なるほど」
「で、ランツが王宮から出発するまで、私は仕方なくクリサニアの安宿に泊まってました。賭場と花街を転々として時間を潰し、ジャガナートがランツを連れて来てくれるのをおとなしく色町で待っていたのですよ」
「何がおとなしくじゃ、不良坊主め」
 カルヴェルが愉快そうに笑う。
「ド助平でキれやすい乱暴者の勇者と、呑む(酒)、打つ(賭博)、買う(女)し放題の有髪の大僧正候補。二人の出会いは、どんなんだったんじゃ?」
「そんなの言わなくても、わかるでしょ」
 フフンと笑って、ナラカが黒髪を掻き上げる。
「私はこの通りの美形ですから」
「押し倒されたか?」
「ええ、出会ったその日に、安宿で。ジャガナートの目も気にせず、私の顔と破戒僧ぶりがそそると言って強引に」
「まあ、そういう男じゃ。あやつ、日に十発以上抜かないと体調が悪くなると言っとったしのう。気に入った奴を抱くのも、あやつには挨拶代わりよ。おぬし、あやつに滅茶苦茶気に入られたのであろう」
「ええ。私もランツが気に入りました。己を飾ろうともせず、欲望に忠実。本能の赴くままに生き、つまらない社会通念や常識は徹底的に無視する……まさに自然児。彼が勇者ではなかったとしても、私は彼の友となり、共に旅をしたでしょう」
「うむ。わしもじゃ」
 カルヴェルは静かに瞼を閉じた。
「わしも、あやつが面白そうな男ゆえ、旅立つ気になった。ランツと出会えて、ほんに良かったわ。ちょうど、光の道を貫くか、黒に染まるか迷っておった時期じゃった。暗黒道に転んでも、わしの事じゃ。大魔法使いになるに決まっておるからの」
「と、なったら、暗黒道を極めてましたね?」
「うむ。大魔王をこの身に降ろして融合し、魔王の能力を我が物としたであろう」
「そうなったら、この世は終わっていましたね。憑代の能力が高ければ高いほど、大魔王の今世での能力が増えちゃいますから。女勇者様の技量では、失礼ですが、大魔王が憑依したカルヴェルには勝てないでしょうし」
「ランツに出会えて、ほんに良かった」
 カルヴェルは同じ言葉を繰り返した。
「あの男は、わしにとって光そのものじゃった」
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