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女勇者セレス 作者:松宮星

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五つの道 8日目

 赤毛の戦士は、老魔術師の移動魔法によって昼前に要塞前の凍河に現われた。旅をしてきた犬橇と共に。
「アジャン!」
「アジャンさん!」
 駆け寄るセレスとシャオロン。ナーダは部下の老忍者と共に要塞の入口に佇み、セレス達が傭兵の前で足を止めると女勇者の背後にフッと東国忍者が現われた。
 ニコニコと笑う老人と一緒に居ると、赤毛の戦士の仏頂面は一際目立つ。アジャンは鋭い緑の両の眼で、セレスを睨むように見つめた。金の髪をうなじで一つに束ねた女勇者は多少やつれてはいたが、ふっくらとした頬の健康的な美しさを保っていた。
「元気そうだな」
「ええ。あなた達のおかげよ。本当に、ありがとう、アジャン。あなた達が居なかったら、私、死んでたわ」
 赤毛の傭兵は、ボリボリと頭を掻いた。
「なら、二度とドジを踏むな。おまえさんのケツを拭うのは、もうこりごりだぜ」
 例えのあまりの下品さに、セレスが硬直する。
「ケ……そ、そうね。その通りね。二度と迷惑をかけないように気をつけるわ」
「その言葉、忘れるなよ」
 アジャンは懐から折りたたまれた紙を出し、セレスへと渡す。
 中を開いてみると……
 大きく数字が書かれ、エウロペ語の文章が記されていた。要約すると、自分の働き無しには女勇者の生存確率はゼロに近かったという内容だ。
「これって……」
「特別手当の請求書」
「………」
「これぐらい安いもんだろ?」
 請求書から顔を上げて、セレスは溜息をついた。お礼もまともに言わせてくれないのねと、残念そうに。
「おかえりなさい、アジャンさん」
 と、にっこりと笑う少年に、赤毛の戦士は笑みで応じ、その頭をポンポンと叩いてやった。少年に和やかな笑みを見せていた戦士は、いかにも言い忘れていたといった風にセレスへと顔を向けた。
「ああ、そうだ。ハリハールブダンから伝言。全てが終わったらケルティに顔を出してもらえると嬉しいだとさ」
「え? ハリハールブダン様? お会いしたの?」
「なに寝ぼけてんだ、馬鹿。今回のおまえさんの魂救出に、あいつも協力してくれただろうが」
「え? ハリハールブダン様が!」
 女勇者は驚き、魔法の師匠に尋ねた。
「そうなのですか、お師匠様?」
「うむ。あやつの協力なくば、こたびはアジスタスフニルといえども充分な働きができなかったであろうなあ」
「そんな!」
 そういう事は早く教えてください! たいへんだわ、すぐにお礼のお手紙を書かなくっちゃ! と、あたふたとうろたえ始めた女勇者は、首をかしげて仲間に尋ねた。
「ハリハールブダン様は、私の為に何をしてくださったの?」
「何って……」
 赤毛の戦士は女勇者を見つめた。穢れのない子供のような瞳で、真っ直ぐに自分を見つめる女勇者を。
「……まあ、いろいろだ」
「具体的に教えてよ!」
「……そんなの、おまえさんが知る必要はない」
「何で?」
「何でって……」
 アジャンは困ったように眉をしかめた。
「あいつは高潔な上皇様だ。恩を売りつける為に、おまえの救出に協力したわけじゃない。自分の手柄を宣伝する気も、してもらう気もないはずだ」
「アジの先代王の息子とは、大違いじゃな」
 と、ぼそっとつぶやいたのは、セレスの背後のジライ。アジャンは『魔は祓えたのか。又、命拾いしやがって』と、忍者をジロッと睨んだ後、セレスへの言葉を続けた。
「だから、ありがとうございましたと、礼状にはそれだけ書いておけば良いんだよ。それで礼儀にはかなう」
 フンとアジャンがそっぽを向いてしまう。魔法の師匠はニコニコ笑うばかりで何も教えてくれない。
 変なのと思いつつも、セレスは、それ以上は追求しなかった。



 ケルティの上皇は、エウロペのカルヴェルの居城に三日間滞在していた。カルヴェル所有の魔法道具(マジック・アイテム)を拝借し、大魔王について調べているのだ。憑代の正体、復活から今日までの動き等々。
 カルヴェルは、ハリハールブダンに全面的に協力していた。大魔法使いである自分が動きすぎるとセレスの成長を妨げてしまうと、普段、老人は自らの行動を制限している。しかし、積極的に魔と戦う意志を持つ者への助力は惜しまないのだ。
「魔は何かに憑依してこの世に現われる。憑依物を何にするかでその能力も大きく変わる。木に憑けば火に弱くなり、水に憑けば枯れる事もあり、火に憑けば水に弱くなる。それは、人に憑いた場合も同じ。優秀な器に宿れれば魔は己が本来持っている能力を最大限にまで引き出せる。が、同時に憑依した者が知的であればあるほど、影響を受けてしまう。つまり、性格・思考等、その人間のアイデンティティーに基づいた行動をとる事になる」
 カルヴェルは記憶を記録した魔法球も、次々にケルティの上皇に渡していった。 
「今世に大魔王を召喚したのは、シルクドの一流半の実力の魔術師。己の才のなさを、大魔王への信仰で埋めようとした、憐れな男よ。劣等感の塊であったあの男は、生まれながらにして『最強』となる資格を得る勇者一族を妬んでいた。セレスへの呪は、セレスを辱め奴の虚栄心を満足させるモノであろうな」
 ケルティの上皇が眉をしかめる。大魔王の消滅後に、老人の身に起こる事を想像したのであろう。
「シケタ面をするでない、上皇殿。おぬしには、この城を開放してやる。大魔王と共にわしが消えても消えずとも、この城にある魔法書、魔法道具(マジック・アイテム)、魔法生物を好きに使わせてやる。これからも、ケルティの為、そして人の住む世界の為、その能力を使ってくれ」
「………」
「おぬしは上皇という一国の最高権威にありながら権力欲も物欲もなく、大魔法使いとなりながら傲慢さはなくさほど知識欲もない。己が欲望に溺れておらぬゆえ、常に公平。おぬしの庇護下にあれば、世界も安泰じゃ。この世界の為とあらば、遠慮はいらぬ。この城のモノ、好きに使ってよいぞ」
「……まるで遺言のようだ」
 老人はホホホホと笑った。
「言うたであろう、わしは死なぬ。死ぬものか。余計な事は気にせんでよい」
「………」
「どうせ気にするのなら、おまえの半身の未来でも気にしてやれ」
「半身?」
 ハリハールブダンが不快そうに顔をしかめた。
「アジスタスフニルの事か」
「さよう」
 老人がニヤリと笑う。
「夢であれほど後押ししてやったのじゃ。現実でも、アジスタスフニルのかわいらしい初恋の手助けをしてやったらどうじゃ?」
「とんでもない」
 ハリの戦士は、こりごりだと言わんばかりに頭を振った。
「あんな気恥ずかしい恋とは、もう関わりあいたくない。それに、あの男、告白まで漕ぎつけたというのに、二日眠り続けただけで、皆、忘れてしまった。夢で何があったのか自分がどんなことをしたのか全く覚えていないと言っていた。後押しのしがいもない」
「仕方あるまい、あやつはシャーマンじゃ」
 老人は愉快そうに笑っている。
「神をその身に宿す時、シャーマンは己を捨て去り器となりきるが、それは保身の為よ。大いなる存在の前では人間ごとき矮小な存在は塵芥(ちりあくた)も同然。下手に自我など持っていようものなら、神の存在に圧倒され、跡形もなく吹き飛んでしまう。そうゆう性質ゆえ、シャーマンは己の理解を超えた現実に直面した時、受け入れられぬ事実(もの)を頭からしめだして己の精神の平常を保つ癖を、無意識に身につけてしまうのじゃ」
「ほう」
「セレスと両思いとなるなぞ、あやつにとって、ありえぬ事実(こと)だ。それゆえ、頭が理解を拒否し、それまでの経緯を含め一切の記憶を排除したのじゃ。あやつにセレスの夢の世界に入ってから先の記憶が無いのは、そのせいよ。夢の中の出来事であったが為、精神の及ぶ影響が大きすぎたのも、記憶喪失を助長する原因じゃな。ま、現実世界での告白ならば、忘れんじゃろ」
「難儀な男だ……」
「だからこそ、面白いのよ」
 老人の茶の瞳が、やさしい笑みをつくる。
「ケルベゾールドが今世から消えたら、勇者も従者もその使命から解放される。わしは、その後、彼等が心のおもむくままに生きてくれる事を期待しておる。それがどんな未来になろうとも……彼等が自らの意志で切り開く未来を見届けたい。そう願っておる」
「……それゆえ、死なぬと?」
「うむ」
 老人の笑みが悪戯っ子のモノに変わる。
「面白い見世物が始まるのじゃ、見ないで死ねるものか」



「何時から秘密主義に転向したんです? 私にぐらい、ケルティの上皇様のご活躍を含め、あなたが西で何を果たしてきたのか教えてくださっても良いと思うのですが……」
 寝台の上のアジャンは、王族姿のナーダを無視し、寝たふりをしていた。要塞の中にルゴラゾグス国王が用意してくれた部屋でくつろいでいたところを、無粋な男に邪魔されたのだ。起き上がって相手をしてやる義理もない。
「カルヴェル様にお尋ねしても答えをはぐらかされるばかりだし……セレスが目覚めたのはあなたのおかげなのでしょ?」
 そうらしいが、アジャンは自分が何をしたのかわからなかった。犬橇の旅をし、ハリハールブダンやカルヴェルに出会った事までは覚えていた。が、その先の記憶がないのだ。思い出そうとすると、頭が痛くなるので、思い出す努力すらもうやめている。
「まあ……言いたくないのなら、良いですけどね」
 ナーダは皮肉たっぷりに言葉を続ける。
「世の中には人に知られたくない事実ってありますものねえ」
 その挑発に、アジャンはのらなかった。もっとも、のったところで話せる事などないのだが。
 武闘僧は大きく溜息をついた。
「あさって、ここを出発して、東へ向かいます。魔族を掃討しつつ、シベルアを目指すのです。シベルアにケルベゾールドが居る事を祈りましょう。北方も外れだったら、アフリ大陸を目指すか、ユーラティアス大陸巡回の旅のやり直しになりますものねえ。いい加減、ここらで決着をつけたいものです」


 女勇者セレスは窓辺に腰かけ、鞘に収まった『勇者の剣』を抱えるように抱き、雪景色を眺めていた。
 従者のアジャン、ナーダ、シャオロン、ジライ、魔法の師のカルヴェル、ナーダの部下の忍者達、ルゴラゾグス国王とバンキグ人、ハリハールブダン……さまざまな人達に助けられ、死の縁から戻って来られた幸運を思うと胸が熱くなった。自分を愛し、支えてくれた人たち……
 一層、思いは強くなった。
 勇者となりたい……
 愛すべき人達のいるこの世界を守りたい……
 ケルベゾールドを倒し、この世に平和をもたらすのだ。
 腕の中の『勇者の剣』が、あたたかい波動を放つ。
 セレスの思いに共感しているのだ。


 最初、セレスにもわからなかった。
 死の縁から舞い戻り目覚めた彼女を要塞中の者が祝福してくれた。シャオロンに、ルゴラゾグス国王を初めとするバンキグ人達、セレスのもとにやって来る人々は、セレスの無事を心より喜び、祝ってくれた。
 けれども……
 誰かが泣いていた。
 セレスの生還を喜んで涙を流すシャオロンよりももっと大きな声で、周囲の目も気にせず部屋中に嬉し泣きの声を響かせて泣いていた。
 誰が激しく泣いているのだろう?
 声こそ大きいのだけれども、その姿は見えず、セレスは周囲を見渡し……
 しばらくしてから、その部屋の壁の前に目をやって、ようやく気づけたのだ。
 セレスの死に絶望し、何もできぬ自分を責め、従者達がセレスの魂を取り戻す事をひたすら願い続けていたもの……
 そのものの思いに、自分は共感しているのだと……
 それは、長い孤独の末に出会えた者を愛しく思い、共に戦えることを喜んでいた。
 だからこそ、『剣士』である事をやめた時、怒ったのだ。
『女』に戻り、『戦い』を捨てるのか、と。
 自分を捨てて、ただの『女』に戻るのか、と……
 しかし、拗ねてはいたが、見捨てたわけではない。『剣士』に戻って欲しかっただけだ。
 失う事など、耐えられない……
 誰のものにもなれなかった日々には戻りたくない……
 又、会えて嬉しい……
 生き返ってくれて嬉しい……
 とりとめもない、けれども、とても強く激しい感情が、セレスへと押し寄せてくる。
 セレスはシャオロンの手を借りて寝台から体を起こし、壁に立てかけられているものの元へと向かった。
 その顔に微笑を浮かべながら。
「心配かけて、ごめんなさい。ただいま……」
『勇者の剣』を、セレスはそっと抱きしめた。
「私も、又、あなたに会えて嬉しいわ……一緒に、大魔王を倒しましょうね……」


 セレスの手の中の『勇者の剣』は、持っている事を忘れてしまうほど軽かった……


「セレス様」
 振り向けば、そこには、明るい笑みを見せる少年と、影のように自分につき従ってくれる忍者がいた。
 彼等ににっこりと微笑んでから、セレスは窓を閉じ、愛剣を手に立ち上がった。


 長い夢を見た後に感じた寂しさは、セレスの心から消え去っていた。
 仲間達と共にある喜びだけを感じていた……
『五つの道』 完。

次回は『旅のはじまり* カルヴェル *』。舞台はシベルアへ。 
大魔王との最終決戦を前に、カルヴェルはナラカと語らい、過去を振り返ります。
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