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女勇者セレス 作者:松宮星

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五つの道 6日目

「セレス様!」


「ジライ! ナーダ! お師匠様!」


 昼過ぎ、ナヴィアスの要塞前。
 魔族の瘴気で草木が全て枯れてしまった森であった場所に、老魔術師の移動魔法で東国忍者と武闘僧が現われたのだ。バンキグ国王や戦士達、魔法使い、シベルア司教・司祭達が見守る中、女勇者は雪を蹴って仲間の元へと走った。その後を、東国の格闘家の少年が続く。
「ジライ! 良かったわ! 助かったのね!」
 セレスは東国忍者に、飛びつくように抱きついた。
 その衝撃に、忍者がふらっとよろける。すかさず、武闘僧がセレスに抱きつかれている忍者の体を支えた。
 今の忍者には、セレスの体重を支えるだけの体力が無いのだ。
 慌ててセレスは忍者に体を預けるのはやめた。
「ごめんなさい、ジライ、大丈夫?」
「はい」
 ジライは素顔を覆面で隠しているので、表情はよくわからない。だが、覆面から覗く切れ長の黒の瞳は涙にうるみ、にこやかに微笑んでいた。
「セレス様こそ……お目覚めになられて、ほんに、よろしゅうございました」
 ジライを見つめる、セレスの顔がくしゃりと歪む。泣き出しそうな顔となる。
「もっと自分を大切にしてって、私、命令したのに……」
「セレス様……」
「聞いたわよ、あなた、私を助ける為に、無茶したんですって? 邪法を使って、そのせいで死にかけたって……」
「もはや大事ありませぬ。魔は体より離れました」
「本当に、もう大丈夫なの?」
「は。すっかり体は衰えてしまいましたが、充分な休息をとれば数日でもとに戻りましょう。ナーダの治療のおかげにございります。セレス様のご無事なお姿を拝見し、手厚く迎えていただき、感激の至り。気力も満ちました」
「良かったわ……」
 女勇者の視線が、忍者の背後へと向く。
「ナーダ……ありがとう」
 セレスの感激の抱擁が自分にもきそうだと察し、武闘僧はそっぽを向きながら後ずさりを始めた。
「礼ないどいりません。僧侶として、当然の役目をなしただけですから」
 ナーダの顔色は土気色だった。魔法の使いすぎで消耗しきっているのだろうが、それでも弱っているところを見せまいと平静を装っているのだ。プライドの高いナーダらしい。セレスの口元に笑みが浮かんだ。
「私はルゴラゾグス国王とお話をしてきます。あなたはジライをいたわってあげてください」と、ナーダ。
「では、わしもついて行こう」と、老魔術師。
「あ! お師匠様、この度はありがとうございました」
 師に挨拶をしてない事に気づき、セレスは急いで頭を下げた。
 黒のローブの魔術師は、鷹揚にかぶりを振った。
「わしはたいした働きはしておらぬ。礼はそこな忍者と。アシスタスフニル、ナーダとシャオロンに言うがよい」
「ええ、それは、もう……。でも、お師匠様、アジャンは何処に? ご一緒じゃなかったんですか?」
「うむ」
 ニコニコ笑いながら、老人が顎鬚を撫でた。
「あやつは、今は、休養中よ。二、三日で戻るじゃろ」
「え?……まさか、アジャンも私のせいで危ない目にあったのですか?」
「そうではない。精神感応のしすぎで疲れて寝ておるだけじゃ。寝て、心身をリフレッシュしておるのよ」
「はあ……そうなのですか」
「ん? これ、待て、ナラカの甥よ」
『おかえりなさい!』と、元気に挨拶をしたシャオロンに軽く会釈をして応えた後、ナーダはすたすたと歩き出していた。共に国王の元へ行くと言った老人を無視している。老人は短距離の移動魔法で、武闘僧の進行方向に移動した。
「何を怒っておる?」
「……別に怒ってなどおりません」
 宙に浮かぶ老人から、ナーダがツーンと顔をそむけ続ける。速度を緩める気もないようだ。
「嘘つけ。不機嫌そのものではないか。まあ、二日に渡る愛欲の日々が終わりを告げ、恋人がセレスの元へ走ってしまっては面白くないのも道理じゃが」
 小声だったので、その声は距離が開いたセレス達に聞こえるはずがない。だが、ナーダの耳には届いた。ナーダは足を止め、糸目でジロリと老魔術師を睨んだ。
「カルヴェル様、不愉快ですので、その手の冗談はやめていただけませんか?」
「ホホホホ。照れるな。おぬしとジライが深い仲なのは知っておる。じゃから、この二日、あやつをおぬしに任せたのよ。おぬしの愛の力が、あやつの体を癒し、あやつの魔への堕落を防いだのであろう?」
 ナーダの瞳が一層、険しくなる。
「この二日、私がどうやってジライの正気を保っていたかご存じなのでしょ? カルヴェル様が私達を異界に閉じ込めてくださったんですから。結界の術師であるカルヴェル様には、結界の中は丸見えだったはずです」
「馬鹿を言うな。わしには、他人の情事を覗き見する趣味なぞないぞ」
 老人は肩をすくめた。
「露出プレイ好きのカップルに付き合ってやった事もあるが、おぬしは性交を秘め事と思う性質(たち)じゃろ? そういう(やから)の情事には関わらん事にしておる。覗きで怨みを買うのも、阿呆らしい」
「………」
「性交で心を繋きとめたのではないのか?」
「……そんな美味しい役回りじゃありませんでしたよ」
「では、どうやって?」
「……そんなの決まってるじゃないですか」
 ナーダは面白くなさそうに、溜息をついた。
「……餌をちらつかせたのです」


『ジライ! 気をしっかりもって! 邪法を使って魔を召喚して、自分に憑かせたんでしょ? 目的の為に手段を選ばず悪どい事をして、セレスの言いつけに背きまくったんでしょ? 良かったですねえ! やったじゃないですか! お仕置きしてもらう、又とない機会(チャンス)ですよ! 性根を入れ替えられるよう、叩いて蹴ってもらえますよ! あああ、そんなんじゃ生ぬるいですね! 鞭に縛りに蝋燭! ゴージャスなお仕置きだって、今回はありえますよ! なにしろ、あなた、魔に堕ちかけてるんです! 人間として最低の過ちを犯しているわけです! セレス、むちゃくちゃ、怒るでしょうねえ。でも、このまま魔族に体を明け渡しちゃ、せっかくのお仕置きを、あなた味わえなくなっちゃいますよ。死ねば丸損! 生き抜けばセレス女王様とのめくるめく官能の世界! お仕置きが待ってますよ!』


「……と、魔の活性化を抑える呪文の合間に、乏しいSM知識を総動員してセレス女王様のお仕置きシーンを予想しジライの心をくすぐる責め言葉なぞを延々と言い続けて、生への執着心を煽っていたわけですよ、二日間も」
「……それは、しんどかったのう」
「まあ、終わり良ければ全て良し、です。ジライは死なずにすんだし……セレスも目覚めてくれましたから。セレスさえ無事ならば、この世の滅びる可能性はぐっと低くなりますしね」
 苦笑を浮かべるナーダ。セレスを話題としながらも女嫌いの彼にしては珍しく、険のない穏やかな表情をしていた。女勇者の回復を心より喜んでいるのだろう。
 と、そこで……
 彼等の背後から、気持ちいいほどこきみのよい音が響いてきた。
 振り返った二人の目に、びたん! と、地面に叩きつけられ雪を舞わせる忍者が見えた。セレスに殴られたのだ。
 あまりの異常事態に、要塞から外を伺っていたバンキグ人も何事? と、凍りついていた。
 周囲の注目を浴びながら、忍者はフラフラと立ち上がり、女勇者の足にすがりついた。
「セレス様、是非、もう一発ぅ……」
 女勇者の顔はひきつっていた。
「もうやめましょ、あなた、病み上がりなのに……」
「いいえ! こんな時こそ、けじめをつけねば!」
 忍者の瞳は燃えていた。
「私はセレス様のお言いつけに背いて、邪法を使いました! もう二度と使わぬと誓いましたのに! 不埒者には罰を与えねばいけませぬ!」
「でも、あなた、私の為に誓いを破ったんだし……」
「セレス様! 一度、たがが外れると、人間はズルズルと堕落してゆくものでござる! 下僕が道を誤る前に、性根を叩き直すのがご主人様の務め! さあ、さあ、是非、是非! セレス様の正しき心の籠もった拳で、あ、蹴りでも構いませぬが、このジライの卑しい心を正してくださいませ!」
「さすがです、ジライさん!」
 セレスの横のシャオロンは、ジライの言葉を言葉通りに受け止め、感動していた。
「セレス様、オレからもお願いします! ジライさんに、入魂してあげてください!」
 熱い涙を流す少年にまで詰め寄られ、セレスには逃げ場が無くなってしまった。
「……わかったわ。殴るわよ」
「このジライを思ってくださるのなら、本気でお願いいたしますぅ。気のぬけたパンチでは、性根を正せませぬゆえ、セレス様の全力でぇ」
 希望(リクエスト)通りの拳を頂戴し、忍者の体はゴロゴロと雪の上を転がっていった。
 ナーダは糸目で要塞を見上げた。
 窓辺にいる人々はあっけにとられて、忠義の部下であり恩人でもある忍者をぶん殴る女勇者を見つめていた。皆、何が起きているのか、さっぱりわからないという顔で、成り行きを見守っているのだ。
「ああああああ、もう! 急ぎます。バンキグの方々に、あの二人のスキンシップについて説明しなくては」
 要塞へと駆けて行くナーダ。
 老魔術師は、ドタンバタンゴロゴロと転がってゆく忍者、大丈夫かしら? と心配顔のセレス、拳を熱く握りしめて感動している少年を、しばし楽しそうに眺め、それから移動魔法で体を運んだ。
 バンキグ国王に挨拶をした後は、エウロペの自分の城へと戻る。そこに、眠り続けているアジの戦士と、彼に付き添うハリの戦士が居るのだ。
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