挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
女勇者セレス 作者:松宮星

得るもの失うもの

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

112/151

五つの道 5日目(3)

 ナヴィアス要塞の一室でセレスは静かに眠っていた。
 交替で二人のシベルア司祭が彼女に付き添ってはいたが、魔法で身体機能維持はしてもらってはいない。今のセレスは自力で呼吸ができる。忍者ジライが邪法を祓ってくれたので……そして、その為に死にかけているジライを僧侶のナーダが異次元に籠もって治療している。赤毛の戦士アジャンも、セレスを救うべく旅に出てしまった。従者の中でセレスの側についているのはシャオロンだけなのだ。
 寝台のすぐ側の椅子に腰かけ、シャオロンは尊敬する女性を見つめていた。この要塞に着いてからずっと、用がない限り、何時も少年はそこに座っている。口をぎゅっとひきしめて。革袋に入れた『龍の爪』を背負い続けているのも、何時でも戦う覚悟を表していた。
 そんな少年を護衛として同じ部屋に詰めるバンキグの戦士達やシベルア司祭は、温かな目で見守っていた。女勇者への忠義あふれるけなげな少年に、心打たれぬ者はいなかった。
 老忍者は部屋にいないかと思うと、何時の間にか戻っていたりする。何をしているのか、その行動は謎に包まれていた。しかし、一つだけはっきりしていた。少年が仮眠をとる時ややむにやまれぬ事情で部屋を離れる時には、老人が必ず少年の代わりに女勇者を護衛するのだ。
 二人は、時折、南の言葉で会話していた。北方の言葉があまり得意ではない少年は、南の言葉でなければ思いをうまく伝えられないようなのだ。


「……すみませんでした」と、シャオロン。
「ん? 何がじゃ、シャオロン殿?」と、ガルバ。
 二人は女勇者のすぐそばの椅子に並んで腰かけていた。
「結局、オレ、お役に立てませんでしたよね。ナーダ様、寝不足のまま異界に向かわれてしまったし」
「まあ、あの状況ではいた仕方ござらぬ。常からお体をいたわらぬ御身様が悪いのじゃ」
「ナーダ様が、絶対、ジライさんを助けてくださるってオレ信じてます。信じてるんだけど……ほんのちょっとだけ不安なんです。ナーダ様、体力も魔力も回復しきってませんでしたから。無茶なさっておられなければいいけど……」
「いや、御身様のことじゃ、痩せ我慢しまくって、無茶しておられるに決まっている。だが、命に別状はあるまい。明日には御身様も東国忍者も今世に戻って来よう」
「……そうですよね」
「そうに決まっておる。カルヴェル様が御身様らの身柄を預かられたのじゃ。あの御方は表面こそちゃらんぽらんじゃが、仲間を愛し信義を重んじる方。信頼に足る魔法戦士じゃ。あの御方が側についておられる限り、誰一人死ぬはずが無い」
「……ガルバさん」
「ん?」
「あの、もしかし、ガルバさんとカルヴェル様ってお知り合いなんですか? そんな風に聞こえるんですけど」
 少年の問いに、老人は目をぱちくりとさせる。
「知り合いも何も……ご存じじゃろ? 御身様の伯父御は、先代勇者ランツ様の従者、僧侶ナラカ様じゃ」
「あ、はい、知ってます」
「ナラカ様はわしの最初の主人(あるじ)。九つの年よりずっと、ナラカ様が大魔王討伐の旅で消えられる時まで、わしはナラカ様にお仕えしていた」
「え! て、事は!」
 少年は目をきらきらと輝かせ、老人を見つめた。
「ガルバさん、先代勇者一行の旅に同行なさったんですね?」
主人(あるじ)に影ながら付き従うのが、インディラ忍者。ランツ様がわしの同道をお許しくださったので、情報収集などで勇者一行の旅を助けたが……?」
 それが何か? と、いう老人に、少年はにっこりと笑みをみせた。
「セレス様がお目覚めになったら、その頃の事、是非、お話してください! セレス様、勇者様や従者様達のお話が大好きですなんです! おじい様とナラカ様達のお話なら大喜び、間違いないです! ぜひ、お願いします!」
「ああ……まあ」
 老人は腕を組んだ。
「魔族退治の話なら、まあ、幾つか語れるかな」
「それもいいですけど、普通、よそじゃ聞けないようなお話がいいんじゃないかと」
「と、いうと?」
 少年はにっこりと微笑んだ。
「ガルバさんから見た勇者一行のお話をお願いします。普段、皆さん、どんな会話してたとか、宿屋でどんな事してたとか、そういう日常的な事って、他では聞けませんから」
「う」
 老人は喉を詰まらせた。
 あの真面目で融通のきかない女勇者に、先代勇者一行の日常を話す? 素行が悪いわ、いらぬ騒動を起こしまくるわ、道徳も最低だわの一行のことを?
 子供時代のナーダに語ったような冒険話ならいいのだが……それ以外の事を話すのは避けた方が賢明だ。美談をつくっても、多分、ボロが出る。
「すまぬが、暇はないと思う。わしは御身様にお仕えする忍。御身様が戻られたら、主人のご用を果たさねば」
「あ、じゃあ、昔の話、今、教えてください。ガルバさんがもうすぐお忙しくなられるのなら、オレが今、聞いておいて、オレからセレス様にお話しますよ」
「………」
 ニコニコ笑う少年。
 墓穴を掘ってしまった……老忍者はすばやく頭を回転させた。
 話しても問題ない、無難な話があっただろうか? 急用を装って姿をくらますべきか? しかし、仲間と離れ不安になっている少年を見捨てて姿をくらますのも気がひけた。
 どうすべきか……老人は真剣に思い悩んだ。




 アジャンに笑われたら、どうしよう?
 歩きづらいし、足元が見えないし、お化粧した顔が妙にむず痒いし……ああん、もう、顔をゴシゴシこすりたい! 化粧慣れしてないせいね、痒いわ。
 着慣れないモノを着るのって、妙に緊張する……恥ずかしい。
 でも、この格好なら、もしかすると、アジャン、喜んでくれるかもしれない。前に、女は装うと美しさが際立つとか言ってたものね。まあ、あの時は、どんな格好よりも裸の女が一番だとか、Hな一言もつけ加えていたけど。
 このところ、アジャンはずっと暗い目をしている。何かを思い悩んでいるのに、胸中を誰にも話してくれない。シャオロンが不安になるのもよくわかるわ。
 私じゃ役不足なのはわかってる。でも、ナーダは超多忙だし、ジライはアジャンと仲悪いし……
 私しかいない! 私がアジャンの相談にのる! 嫌がられるだろうけど、絶対、引かないわ!




 寝台の上に寝転がっていた過去の俺が、ガバッと体を起こした。寝室に入って来た人物に、度肝をぬかれたのだ。
 扉の前には……
 金の髪を美しく結い上げ、淡い若草色のドレスに身を包んだセレスが居た。髪飾りも首飾りも花を模した細工だ。頬を微かに赤く染め、青の瞳は恥ずかしそうに半ば閉じているのが……何とも……妙にそそった。
 ここは……ケルティの王宮だ。ついに、ケルティまで来てしまったわけだ。ケルティの次がバンキグ。早くセレスを起こさねば!
 起こさねば……
 ああ、しかし……
 過去の俺がセレスを見つめている。
 目がそらせないのだ。
 胸は激しくときめき、体温は上昇していた。
 口の中が乾いている……
 クラクラする……
 めまいがしそうだ……
 何故……?
「セレス……」
 過去の俺の声は、かすれていた。
「何だ、その恰好は……?」
「やっぱり、変……?」
 青の瞳が不安そうに俺を見つめる。
「あ? ああ……」
 綺麗だ……
 夢のように美しい……
 喉まで言葉が出かかるのだが……詰まってしまう。
《褒めろ!》
 頭の中に、ハリハールブダンの思念が大声のように響く。
《照れるな! 褒めちぎれ!》
 できるか!
《相手がセレス殿だから、意識しすぎて硬くなっているのだ。目の前にいるのは、美女だ。セレス殿ではない、ただの美女だ。そう思いこみ、過去の自分の興奮を煽れ!》
 無茶言うな!
 俺とハリハールブダンがもめている間に、過去の俺はドレスなんか似合わないと答えていた。そんな事、微塵も思っちゃいないのに。
 セレスは後ろ手で寝室の扉を閉めてしまった。常に連れているお供の二人――シャオロンとクソ忍者を入室させまいとして。俺と内緒話がしたいのだ。
「おいおい、お姫様、男の寝室にお一人でお乗り込みあそばして、どういうつもりだぁ? ついに処女を散らせる気になったのか?」
 過去の俺が軽口をたたく。王宮では勇者一行には常に監視がついていた。俺の部屋もどっかから覗かれてるのはわかってたんで、不用意な話はしたくなかったんだ。だから、セレスの訪問を下卑た冗談でちゃかし、怒らせて退出させようとしているのだ。
《襲え》
 上皇様がけしかけてくる。
《美女が寝室に押しかけて来てくれたのだぞ。手を出さない方が非礼だ。おまえとて、そう思うだろう?》
……相手がセレスじゃなきゃ、そうするさ。ったく、気がのらねえ。けど、ま、馬鹿女を起こす為だ。過去の俺をその気にさせて、手を出させるか。


「どうしたの、アジャン?」
 セレスがきょとんと小首を傾げる。男の劣情など、夢想だにしないという顔つきで。
 過去の俺は、俺がイメージしたあられもない姿のセレスに興奮し、ドレス姿のセレスに欲情していた。息は荒くなり、体温は上昇した。
 過去の俺が近づいて来るのを、セレスは不思議そうに見つめている。
「ねえ、私の話、聞いてる? あなた、私の護衛なのよ。部屋に籠もってばっかりいないで、働いて。毎日、ちゃんと姿を見せてよ。でないと、シャオロンが心配するわ」
「……シャオロンが?」
「……私もよ。私もこのままじゃ、不安だわ。あなたが……何処か遠くへ行ってしまいそうで……」
「……俺が側に居ないと、寂しいのか?」
「え?」
「俺に惚れたのか?」
 セレスの顔が朱に染まる。
「バ、バカじゃないの! そんなんじゃないわ。私は、仲間として、あなたを心配してるだけよ」
「仲間として?」
「そうよ!」
「違うだろ? 俺が好きなんだろ、お姫様?」
 セレスの顔が更に紅潮する。うろたえる表情は、すごく子供っぽい。
「そんなわけないでしょ! あなたみたいな下品な男、大嫌いよ! 女と見れば見境なく口説くし……うちのメイドさん、九人とHしたのよね、あなた……私のそばで……。街に着く度に、私を置いて娼館に行っちゃうし……」
「セレス?」
「女の人なら誰でもいいんでしょ! Hすぎるわ! お金に汚いし……意地悪だし……それに、それに……あなたは、いつも、私にだけ……」
 セレスはうつむいて、震えだした。感情が昂ぶっているのだ。
 抱きしめようと近づいた俺を、顔をあげたセレスがキッ! と、睨みつける。
「あなたみたいな品性下劣な最低男、そばに居て欲しくない! 大嫌い! 何処へなりとも行っちゃって! 女の人とHしまくって早死にすればいいんだわ!」
 え?
 突然、場面(シーン)が変わった。一瞬にして、周囲は雪景色に変わり、セレスの格好も変化してしまった。
 セレスはもうドレス姿じゃない。白銀の鎧の上に毛皮の長衣をまとっている。北方の旅のスタイルだ。
 雪の森……
 いや、雪に埋もれた庭園だ。ケルティの首都ホルムの王宮を旅立つ時の景色……だよな。ゼグノスをぶっ倒した後じゃねえか。何でここまですっ飛んだんだ?
「大嫌い……?」
 過去の俺がセレスを見つめる。こいつも、戸惑っている。ドレス姿のかわいかったセレスが、瞬く間にいつもの格好に戻っちまったんだ。何が起きたのかわからず、こいつも混乱している。
 今、セレスは半べそをかいて、過去の俺を睨んでいる。ぷるぷると震えている。
「何で……俺が嫌いなんだ?」
「何でですって! わからないの? 私、もう呆れ果てたのよ! 私の側を離れて、あなた、女の人とHしまくってたんでしょ! 最低よ! あなたがアジ族の王として頑張ってると思ったから……だから、私…………くても我慢しようと思ったのに」
「ん? よく聞こえん? 何で我慢しようと思ったって?」
「……くても我慢しようと思ったって言ったの!」
「聞こえん」
「だから、……くても我慢しようって!」
「何だって?」
 セレスの青い瞳が俺を見つめる……
 悲しそうに、つらそうに、真っ直ぐに俺を見つめる……
「あなたなんて大嫌い! あなたが側にいなくても、私、全然、平気よ! 寂しくなんかない!」


 パリィィィィィン……と、音を立てて硝子が砕けるように……周囲の景色が砕け始めた……


「嫌い! 嫌い! 大嫌い! 側に来ないで!」


「セレス」


「馬鹿ぁ! 何も言わないで! 何も聞きたくない!」


「セレス」


「触んないでよ! 変態! H! あなた、私が嫌いなんでしょ! 世間知らずの馬鹿女には虫唾が走るんでしょ? なら、ほっといてよ! 悪口なんか聞きたくない!」


「セレス」


「わかってるわ……あなた、皮肉な事ばかり言うけど、大切な場面では、いつも正しい事を言っている……あなたが悪いんじゃない。私が世間知らずの馬鹿すぎて、あなたを苛立たせてしまうから、いけないのよね。だけど、もう、嫌なの……あなたにけなされると、悲しくなるの……これ以上、あなたに嫌われたくない……」


「セレス……それは違う」


「え?」


「嫌ってなどいない……俺はずっと、おまえを……」


 過去の俺が、セレスを強く抱きしめる。
 愛しい女をその手に抱くように……
 過去の俺が何かをセレスに告げた瞬間……


 全てが砕け散った……
 周囲も……
 セレスも……
 そして、俺までもが……
 粉々になって砕け散っていったのだ……




「セレス様!」


 目を開くと、シャオロンの顔が見えた……
 ポロポロと涙をこぼしながら、シャオロンが私を見つめている。泣きながら嬉しそうに笑っている……


「良かった、セレス様!」


 シャオロンが掛け布団を握り締めて、うつむく。肩を震わせて、涙が止まる気配はない……


 周囲が騒がしい……
 歓声が聞こえる……
 私が眠っていた寝台のそばにいた方々が、聞き取れない言葉で祝福するように私に笑いかけ、急ぎ廊下へと消えて行く。建物中から、明るい声が次々にあがる……


 私……
 死にかけて、意識を失っていたのかしら……?
 長い夢を見ていたような気がする。
 不思議な気持ち……
 悲しいような……寂しいような……
 だけど、心があたたかい……
 どんな夢を見ていたのかは思い出せないけれど……
 あたたかな光を常に感じていた。
 眠っている間、私は一人ではなかった。誰かが側に居てくれるのを感じていた。
 シャオロン、ナーダ、ジライ、アジャン……それに、お師匠様だ……
 眠りながら、五人の気を感じていた。
 五つの光……
 光を浴びて、私は目覚めたのだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ