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女勇者セレス 作者:松宮星

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五つの道 4日目(2)

 要塞の表門まで女勇者の肉体は運ばれた。四人の戦士が担ぐ担架にのせられたセレスには、三人の司教と四人の司祭に六人の魔法使いが付き添っていた。ルゴラゾグス国王もセレスの危機にはすぐに動ける距離でついて行く。
 黒の気をまとう忍者は、微動だにしない。敵意や警戒心を露に自分を睨みつけてくるシベルア司教達など気にもかけず、魂の抜けた女主人をひたすら見つめていた。
 ジライの左右にはそれぞれ、シャオロンとナーダが立っていた。『龍の爪』を装備した少年は、泣きそうな顔をしていた。それに対し武闘僧は拳を構え、全ての感情を排除した顔で仲間(ジライ)の様子を窺っていた。仲間(ジライ)が魔の力に屈した時には、自らの拳で浄化する為に。殺さねばならないのなら自分の手で……。他の者に彼に触れさせる気はなかった。
 そんな主人(あるじ)を老忍者ガルバは、要塞の二階の窓枠に座って見つめていた。バンキグ人の暴走を止めに走るか、女勇者の肉体を保護する仕事に徹するかは状況次第だ。だが、いかなる状況になろうとも、素早く動き、主人の為に働く事に変わりはなかった。
「始めます」
 ジライはバンキグ語でそう断ってから、異空間から四の書を呼び寄せた。
 獣の皮で覆われた禍々しい本が宙に浮かび上がる。本より瘴気があふれ出し、空気を穢してゆく。
 それは……
 触れてはいけないものだった。
 それを目にするだけで、神に対する冒涜に思われた。この場から逃げ出したくなる本能的な恐怖を抑え、人々は四の書の動きを追った。
 東国忍者は何やら呪文を唱えながら、その本を右手にとった。
 その途端!
 女勇者の体から黒の気が幾筋か煙のようにゆらゆらと立ち上がり、四の書へと吸い込まれ始めたのだ。本はぷるぷると生き物のように蠢き、呪を吸い込んでゆく。
 ゆっくりと……
 ゆっくりと……
 その姿は、獲物を弄んでから味わう獣に似ていた。喰らい尽くすのを惜しむかのように、闇の聖書はなかなか呪を吸い込まない。
 東国忍者の体が小刻みに震えだした。前屈みぎみになって、痛みを堪えるかのように左手を己が胸に当てている。呪を唱える声も苦しそうだ。
 四の書の瘴気に肉体を冒される苦痛の中、活性化してゆく内なる魔族を抑えているのだ。肉体的・精神的苦痛に苛まれながら、何時まで正気を保てる事か……
 やがて……
 徐々に……
 四の書は形を変えていった。忍者の右手の中で。
 茨を持った蔓状の触手に変形したかと思うと、次の瞬間には剣となり、更に次の瞬間には氷柱となった。四の書はさまざまな形をとったが、いずれにしろ、その鋭利な先端を女勇者に向けていた。四の書は、女勇者の肉体を狙っていた。
 大魔王の闇の聖書は、持ち手の意思に応じその形を変えるという。東国忍者の内の魔族が四の書を武器と変え、女勇者の肉体を殺そうとしているのだ。
 神聖魔法を唱えようとしたシベルア司教を、ナーダとシャオロンが声で、ルゴラゾグス国王が肩をつかんで止めた。
 武器と化しても四の書の先端は、女勇者に達してはいない。東国忍者が精神力で、女主人への攻撃を阻んでいるのだ。まだ東国忍者は魔族に屈していない。
 緩慢に時は流れてゆく。
 もはや東国忍者は立つことすらできず、膝を折ってその場に蹲っていた。武器と化した四の書を握り締め、左手で胸をかきむしり、それでも尚、うめくような声で呪文を唱え続けている。
 シャオロンは鼻をすすり、必死に涙を堪えた。少年の目には仲間(ジライ)は変わり果てた闇の姿に映っていた。ジライの内の魔が嬉々として仲間(ジライ)の生命力を喰らっているのに、何もできず見ているしかないのだ。自分が情けなくて許せなかった。
 何時、完全に魔に堕ちるかわからない相手への警戒心を捨てる事はできなかったが、ルゴラゾグス国王以下バンキグ人は、己が身を捨ててまで女勇者に忠義を尽くす東国忍者に感動すら覚えていた。
 ナーダは微かに眉をしかめているだけで、内面を表に出さず、拳法の型を構えたまま静かに仲間(ジライ)を見つめていた。彼の抱いている激しい感情――愛する者を失いかけている絶望、嘆き、怒りを、少しでも察する事ができるのは部下である老忍者だけだった。
 永遠とも思われた長い時……
 それにも終わりはあった。
 女勇者の体から、黒い煙状の気が漏れなくなったのだ。
 全ての邪法を四の書が吸い尽くしたのだ!
 すかさず、東国忍者は物質転送魔法で四の書を所有者の元へ送り返した。四の書の邪気に、これ以上、触れるのを恐れて。
 しかし……
「ジライ!」
「ジライさん!」
「女勇者の従者殿!」
 蹲りうめきを漏らす東国忍者から、爆発的に瘴気が広がりだした。内なる魔を制御しきれなくなったのだ。ジライの体から這い出て来た黒の気が、担架の上の女勇者を狙う。その肉体を冒し、魔に堕とす為に。
 その進路を、両手を交差させた武闘僧が塞ぐ。
 ナーダの両腕の装甲に触れた黒の気が四散する。彼の両手両脚にあるのは、神獣クールマの甲羅より造った装甲、魔力を防ぎ、邪を退ける神聖防具だ。力弱い魔では触れることすらかなわぬ、清らかなものだ。
 ジライが苦痛のあまり、雪の上をのたうちまわる。聖なる武器ほどの浄化の力はないが、神聖防具は装備者の力量に応じて守護の力を発揮する。ナーダの腕には聖なる結界と同様の浄化の力があり、中上級魔族であっても触れればダメージとなる。宿主であるジライにしても目をえぐられたか、指を落とされたような激痛であったろう。
 魔法使いが慌てて担架の周囲に結界を張った。女勇者はすやすやと眠っている。自ら呼吸できる状態に戻ったのだ。もう身体機能維持の魔法をかける必要はなくなったのだ。しかし、起き上がる気配はなかった。
 ぐったりと雪の上にうつ伏せに倒れる忍者。その全身から黒の気が現われて具現化し、刃となって無力な女勇者を狙う。数百もの魔が女勇者を標的に定め、襲いかかる。結界に突き刺さっても、尚、黒の気は進む。聖なるものを突き破り、女勇者を貫く為に。
 それを見て、魔と初めて対峙した若いシベルア司祭は恐慌(パニック)に陥った。禍々しい黒の気を恐れるあまり、神にすがる言葉を口にしたのだ。聖なる言葉は形となり、魔を祓う浄化魔法としてこの世に現われた。
 けれども、その浄化魔法は弾かれた。
 倒れた男を背後に庇い、バンキグ人達の前にたちはだかる男。その者が張った結界によって。自身を中心に、背後の者をも包む形で球形に聖なる結界を張っている。
「彼はまだ魔に堕ちていません。攻撃はおやめください」
 武闘僧ナーダだ。女勇者の肉体を狙いジライの肉体から離れすぎたものは、ナーダの張った聖なる結界に拒まれ、宿主の元に戻れず四散する。堪えきれず、ついにジライが悲鳴をあげる。魔族へのダメージはそのまま、宿主へのダメージでもあるのだ。
 ジライの内側の魔族が悔しそうに蠢く。術師を殺し結界を解かない限り、外からの攻撃を喰らわない代わりに女勇者も襲えないのだ。だが、聖なる気をまとうナーダに触れるのは、危険すぎた。攻撃する機会をうかがい、ジライの体から伸びる黒の気がナーダを取り囲んだ。
「……殺せ」
 雪の大地に力なく倒れているジライが、苦しそうに言う。
「もう長くはもたぬ……じきに精神力が尽きる。この体が魔に奪われる前に、浄化してくれ……」
「嫌です」
「ナーダ……」
「あなたはまだ生きている。あなたの自我が残っている限り、私はあなたを生かし続けます」
「おまえを……殺したい……気が狂いそうだ……体の内の魔族が暴れておる……こやつらを押さえ続けるのは無理じゃ……殺してくれ……」
「そんなの駄目ですよ、ジライさん!」
 目に涙をためた少年が、結界の外から仲間(ジライ)を叱咤した。
「顔を上げてみてください、セレス様を!」
「……シャオロン」
「よく見てください! セレス様の体から邪気は無くなりました! ジライさんのおかげです! だけど、セレス様はまだお目覚めになっていません! 眠ったままです! ジライさんは、呪を祓いきれなかったんですよ!」
「……さようか」
 ジライは動かない。顔を上げる体力もないのだ。
「ならば、残りの呪はアジャンが祓ってくれよう……あやつ、西に向かったのであろう? カルヴェル様かケルティの上皇を連れて戻って来るだろう……」
「後は全部、アジャンさんに押しつけちゃう気ですか? 死に逃げるんですか? 卑怯ですよ、ジライさん!」
「……卑怯?」
「ジライさんには、自分のやった事の結末を見届ける義務があります! 辛くても頑張るべきです! 本当に、今、苦しいのでしょうけど……死んじゃ、駄目です! 生きてください!」
「……我は役目を終えた……」
 忍者の声は消え入りそうなほど小さい。
「……セレス様さえご無事ならば……もはや思い残すこともない……逝かせてくれ」
 少年はキッ! と、忍者を睨んだ。
「何、情けないこと言ってるんですか! それでも、勇者の従者ですか! そんなジライさんを見たら、セレス様、お怒りになられますよ!」
「………」
 ぴくり、と……忍者の指が微かに動いた。
「男のくせにウジウジウジとみっともないって言われちゃいますよ! 目を覚ましたセレス様、めちゃくちゃ怒りますよ! 廊下の端まで届くほど、ぶん殴られちゃうんじゃないんですか!」
 ぴく、ぴく、ぴく、と、忍者の指が動く。
 その時、その場に居る全員の心に、声ならざる声が届いた。遠方からの心話だ。
《ナーダ、ジライ、おぬしらを二日ほど異次元に封印してやる。そこには他者は決して入れぬし、中の者も外には出られぬ。ジライが魔に堕ちたとて、殺せるのはナーダ一人よ。他には被害は及ばぬ。そこで殺し合うか治療に専念するかは、おぬしら次第じゃな》
 ナーダ、シャオロン、ガルバがハッとして顔を上げる。その人を喰ったようなしゃべり方、精神波が誰のものか間違いようもない。
「カルヴェル様!」
 ナーダ達が口にした名に対し、バンキグの魔法使い達が恐れとも敵意ともつかぬ声を漏らす。当代随一の大魔術師の名はバンキグにも伝わっているようだ。
「カルヴェル様……?」
 苦しい息を吐きながら、ジライが願い事を口にする。
「カルヴェル様、どうかセレス様を……」
 当代随一の大魔術師カルヴェルならば、セレスを救えるはず。忍者はそう信じきっていたのだが……
《それはできぬ》
 意外な答えが返された。
《おぬし、わしを買いかぶりすぎじゃ。大魔術師のわしとて、できぬ事はあるのだ。わしはセレスにかけられた呪の種類を見抜く事はできるが、セレスを救う為に必要な精神的資質に欠けておる。わしではセレスは救えん》
「そんな……」
《セレスを救う為には、セレスと同化し、セレスの精神世界に入ってゆける柔軟な魂が必要……。ジライよ、おぬしが邪法を祓ってくれたゆえ、アジスタスフニルがセレスと触れ合えるようになった。あの男が残りの呪を祓う。おぬしは二日ほど異次元に籠もってナーダの治療を受け、魔の気を抑えるがいい。そして、二日後に今世に戻り、アジスタスフニルの仕事ぶりを見よ。おぬしが身をはって解いた呪の残り、あの男に祓えぬようなら罰を与えてやれ。その為にもおぬし、死ぬわけにはいかぬぞ》
「カルヴェル様……」
《死ぬな、ジライ。わしは、おぬしを気に入っておる。おぬしが死ぬと、わしも寂しい》
「……ありがたきお言葉……嬉しゅうござる」
 満足そうな精神波が伝わる。ニコニコと上機嫌に笑っている老人のイメージが全員に伝わってきた。
《と、いう事じゃ。おぬしらを封印してよいか、ナーダ?》
「ええ、お願いします」
 そう言ってから、ナーダはバンキグ国王に頭を下げた。
「勝手をいたします。どうか、女勇者様を、よろしくお願いいたします」
「うむ」
 赤銅色の髪の王の大声が響き渡る。
「後の事は任されよ! そこな忠義者の命、救ってやってくれ! わしからも頼む!」
「は。ありがとうございます」
 つづいて、ナーダは少年を見つめた。
「セレスの護衛、頼みましたよ」
「はい、ナーダ様!」
 少年は一歩前に進み出た。
「こっちの心配は無用です! オレ、体を張って頑張ります! だから……ナーダ様はジライさんの治療に専念してください! お願いします!」
 ナーダはチラリと要塞を見上げた。
 二階の窓辺の老忍者が肩をすぼめ、やれやれと頭を振っている。無茶ばかりする主人を責めるように。
 ナーダはそちらには軽く手を振っただけで済ませた。ジライが魔に堕ちた時には、ナーダとて無事にすむとは限らない。二人ともその事を了解しているのに、あえて何も言わないのだ。
《では、送るぞ》
 その思念と共に、ナーダとジライの姿がふっと消える。
 シャオロンは二人が消えた空を見つめ、決意をこめ、顔をひきしめた。



「そこか!」と、アジャン。
「見つけた!」と、ハリハールブダン。
 二人はほぼ同時に叫び、同じ方角に顔を向けた。犬橇が向かう先……春の日差しが照る雪の野原に、一人の老人が佇んでいる。長い白髪と白髭を風にたなびかせて。黒のローブをまとい、魔法使いの杖を右手に老人はニコニコと楽しそうに微笑んでいた。
 当代随一の大魔術師カルヴェルだ。
 犬橇を止めつつ、アジャンは老人に声をかけた。
「よぉ、ジイさん。死んでなかったようだな」
「ご無事で何より」
「いや、まあ、実は、あまり無事ではなかったのじゃが」
 老人は白髭を撫でた。
「ジライのおかげで、今世に戻ってこられた」
「……どういうこった?」
「ふむ。実はの……ちょいとドジを踏んでしもうて、セレスの魂と一緒に魔界に閉じ込められておったのじゃ」
「魔界に?」と、ハリハールブダン。
「魔族の棲む闇の世界よ。天も大地も海もない闇ばかりが広がる空間に、所狭しと魔がひしめいているのじゃ。瘴気が充満していて臭かったぞ。常人ならば、あの世界に迷い込んだ瞬間、魔の気にあたって死ぬわな」
「魔の領域からよくぞご無事で……」
「わしは大魔術師じゃから、の」
 えっへんと老人が胸をそらせる。
「結界にさえ籠もれば、どんな世界であろうと何万年も生きられる。じゃが、ゼグノスの奴、呪によって移動系の魔法を封印してくれおっての、移動魔法も使えんし次元通路も開けられんしで、セレスの魂と共に魔界を彷徨うしかなかったのだ。ジライがゼグノスの邪法を全て祓ってくれたゆえ、魔界に穴を開け、こうして戻ってこられたのよ」
「……て、ことは、ガキんちょセレスの周りで光っていた球があんたってわけか。あんた、結界となって、魔族からセレス守ってたろう?」
「ホホホホ。その通りじゃ。やはり、魔界におったわしらを覗いておったのはおぬしか。魔界まで魂を飛ばせるとは、ほんに、おぬし、優秀なシャーマンじゃの」
「別に見たくて見たわけじゃねえが、夢で見たんだ」
 赤毛の戦士は鋭い眼差しで、ジロリと老人を睨んだ。
「一つ聞きたい。昨晩から光度をあげてセレスの体を隠した理由は何だ? オレの事、ガキにも欲情する変態だと思ってるのか?」
「そうではない。夢とはいえ、男に裸を見られるなど処女(おとめ)には辛かろうと思って隠しただけじゃ」
「ケッ!」
 赤毛の戦士は唾を吐き捨てた。
「馬鹿馬鹿しい! 世界中の女が死に絶えたって、あのくそ忌々しい女には手を出さん! セレスの裸なんぞクソくらえ! そんなモノで()つもんか!」
「ホホホホ。かわゆいのう、おぬしは」
「はあ? 何、寝ぼけてやがる。ボケ老人に付き合うほど、俺ぁ、暇じゃねえ。とっととバンキグに送ってくれ。あんたが今世に戻ったってことは、馬鹿女の魂も体に戻ったんだろ? 万事解決だろ? 俺ぁ、あの女の護衛に戻らせてもらう」
「解決なぞしとらん。これからがおぬしの働き時じゃ」
「へ?」
「ゼグノスはの、本気で女勇者を殺す気でおったのよ……三重もの呪を用意して、の。第一がセレスの肉体と魂の分離、第二が自身とセレスの入れ代わりであった」
「入れ代わり?」
「魔界の住人であるゼグノスは憑依体を失えば、魔界に戻るのが運命。その運命を女勇者に押し付けたのだ。ゼグノスに働くべき魔界への強制帰還の力はセレスに働き……セレスの魂は魔界に落ちたのよ」
「………」
「その代償として、ゼグノスは光の世界の住人であるセレスの住むべき世界に、器もない状態に自らを追いやり……消滅した。死を覚悟しての入れ代わりをさせるとは、おぬしら、相当、あの魔族に怨まれておったようじゃな。ゼグノスは完全に消滅した。魔界にも今世にも、もはや存在しておらぬ」
「………」
「そして、第三の呪いが『眠り』。ただ、魔界に飛ばされただけでは、『女勇者は死なぬかもしれない』……ゼグノスはそう考えたのよ。『勇者の剣』を手にした勇者には剣の無限の守護の力が働くからの。瘴気に満ちた世界で無力にする為、又、確実に殺す為に、ゼグノスはセレスに剣を握らせぬよう眠らせ、『夢』を見させている」
「夢?」
「セレスの魂はの、決して目覚めぬ眠りの中におる。このままの状態では体に戻したとて無駄なので、わしの結界の中で魂を保護しておるのじゃ」
「……どういうこった?」
「セレスの魂は夢の中で、自分の人生をなぞっておる。そのため、夢と現実の区別がつかず、眠りに就いているという自覚がない。眠っている事を知らねば、覚醒しようという意思も生まれぬ。夢を見ている事を教えてやらねば、セレスは自分の人生をなぞり続け……バンキグの広野でゼグノスに呪をかけられた瞬間まで人生をなぞり、その後、死ぬ」
「!」
「その後、生きた記憶が無いからじゃ。ゼグノスに呪をかけられた後、全てが無となる。セレスの魂はそれを己の死と誤解してしまうのじゃ」
「……何ってこった」
「アジスタスフニルよ、セレスの夢の中に入って、あやつを起こしてくれ。それができるのは、おぬしだけじゃ」
「………」
「そして、ハリハールブダンよ、セレスを救う為、アジスタスフニルを助けてやってくれ」
「は?」
 ハリの戦士は首を傾げ、大魔術師を見つめた。
「俺とてセレス殿を助けたいが……俺に何ができるのだ? 俺の魔力などカルヴェル様には遠く及ばん」
「そうではない。それじゃ」
 老人の杖の先端は、ハリの戦士の左手を指していた。
「『知恵の指輪』は『極光の剣』の対となる魔法道具(マジック・アイテム)。二つは神秘の力で繋がっておる。これよりアジスタスフニルは、わしの魔法でセレスの夢世界に赴く。そこは過去の再現であり、夢の中とはいえ肉体もあり、現実と何ら変わりの無い世界だ。じゃが、優秀なシャーマンであるアジスタスフニルとて、他人の精神世界で己を保つのは難しい。又、夢がバンキグの広野の記憶にまで至れば、夢の世界の消滅と共にアジスタスフニルも消滅する。おぬし、指輪を介して、アジスタスフニルに助言を与え励まし導いてやってくれ。アジスタスフニルがセレスの夢に飲み込まれないように、の」
「……承知した」
「俺は、まだ行くとは返事しちゃいねえんだが」
 赤毛の戦士は溜息をついた。
「護衛対象の生死に関わる大事じゃ……仕方ねえ。やらなきゃならんだろうな」



 十二の秋に聖騎士叙勲を得て、国王陛下付き近衛兵となった。カルヴェル様と義兄様が教え導いてくだすった、おかげだ。
 神聖魔法・剣術・槍術、馬術・騎士道及び礼儀作法及び王国の歴史の筆記試験そして面接にちゃんと合格して、聖騎士叙勲を受けたのだけれど……
 世の多くの人は私が『お情けで』聖騎士になれたのだと思っていた。
 聖騎士叙勲は早くて十五、だいたい十八〜二十ぐらいで受けられる方が多い。
 十二歳で叙勲は確かに早いけれども、過去には十歳で叙勲を受けたホーラン様のような逸材もいらっしゃったのだ。多分、問題だったのは、年齢よりも、私の性別だ。
 正直に言えば……国王陛下の近衛兵になれたのは実力ではない。国王陛下のたっての望みで、私はお側においてもらえたに過ぎない。自分の側に居る事が今世の勇者たる私の勉強になる、そう国王陛下はお考えになったのだ。
 その縁故人事を、同輩も先輩方も愉快に思われるはずもなく……
『お飾りの勇者』『お飾りの聖騎士』『お飾りの近衛兵』と、さんざん陰口もたたかれたけれど……
 私が剣を修行を続け、真剣に任務をこなしていくうちに、みなさん、わかってくださった。私が遊び半分で聖騎士になりたがったわけではない事に。
 女でしかも子供の私には、体力も腕力もなかった。でも、正義を愛する心は他の方々に劣らぬよう頑張った。私の思いをみなさん、少しづつ、わかってくださった。
 国王陛下を……
 この国を……
 この世界を……
 私は守りたい……
 愛する人達が住んでいるから……
 尊敬する歴代勇者様達が守ってきた世界(もの)だから……
 邪なるもので穢したくはなかった。


 だから……
 女の私が真の勇者になるなんてありえないと思っていたので、正直、びっくりした。ケルベゾールドが今世に復活した時は。
 この私が勇者として『勇者の剣』を装備して大魔王退治の旅に出る事になるなんて……
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
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